阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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かぐや姫の人里珍道中

「――私はもう、耐えられないのです」

 

 そう語る少女の目には涙が浮かび、見上げる眼差しは黒曜石を連想させた。

 面立ちは何度見ても目が覚めるように美しく、このように迫られれば男などひとたまりもないのだろうと確信させるほど。

 少女は自身の美貌を理解しているのだろう。あらゆる仕草が男の庇護欲をかきたてるものだった。

 

「あなた様の語る世界を聞く度に、この思いは募るばかり……」

 

 よよよと袖で顔を隠しながら、しかし隠しきれない気品のままに少女は目の前の男性へとすがりつく。

 

「どうか、どうか……! 私を外へ連れ出してはいただけませんか……?」

 

 少女の嘆願を一から十まで聞いた少年――火継楓は困ったような呆れたような半目で、細いため息をついて口を開く。

 

「……気が済んだなら永琳を呼んでくるが」

「あなたここまでの流れちゃんと聞いてた!? というか一も二もなく私を連れ出す流れでしょう!?」

「なぜ」

「私がここまでお願いして心動かない男はいなかったわ! 女相手ならわからないけど、男相手なら行けるでしょう!?」

「そんなこと言われても……」

 

 御阿礼の子以外に懇願されても、損得勘定でこっちの損が大きいとなれば引き受ける理由などない。

 しかし自分が迫っても一切表情を変えずに対応されたのが悔しかったのだろう。輝夜は唇を噛み締めながら楓をにらみつける。

 

「ぐぬぬ……どうして私に何も思わないのよ……!」

「それより俺が呼び出された理由を聞いてもいいか?」

「あんたも大概マイペースよね!!」

「いきなり人に色仕掛けしてくる輩に言われたくない」

「永琳の主なのに辛辣ねほんと!」

 

 輝夜の言葉に楓はかえって首を傾げた。これでも今の態度は彼なりに気を使った上でのものなのだ。

 

「いや、こういう態度をお前は望んでいるんじゃないのか?」

「……なんでそう思ったの?」

「妹紅と一緒にいる時の方が活き活きしていた。だからへりくだった態度よりも、素直な対応を取った方がお前は嬉しいのかと」

「…………」

 

 意外と人を見ている。輝夜は目の前の少年の評価を格上げした。

 永琳の教えを受け、自分にも面白い話をしてくれて、身の程知らずにも妹紅と友人でいるこの少年は、やはり永琳が教えを与えるに相応しい天稟を持っているのだろう。

 どう答えたものか輝夜が迷っていると、楓は気にした様子もなく家に上がって永琳を呼ぼうと――

 

「ってちょっと待って!」

「なんだ、もう小芝居は終わったから永琳を呼んでくれば良いんじゃないのか?」

「永琳に黙って出かけたいのよ!!」

「後で俺も怒られるので却下。出かけたいなら俺からも頼んでやるから」

「そんなことしたら永琳もついて来るに決まってるじゃない! 彼女、過保護なのよ!!」

「それは見ればわかる」

 

 ただ、従者としての考え方は楓にもわかるので、輝夜と永琳のどちらに味方するかと言われれば永琳の味方をしたい心情だった。

 しかし輝夜はそんなことつゆ知らず、楓の足にすがりついてまで止めようとしてきた。もはや最初の気品は見る影もない。妹紅も見たら大爆笑間違いなしだろう。

 

「わかるなら協力して!!」

「…………」

 

 なんというか、ここで騒いでいる時点でもう永琳に気づかれている気がしてならない。

 というか気づかれている。楓の千里眼は呆れきった様子で額に手を当ててため息を吐く永琳の姿を捉えていた。

 おそらく、輝夜自身も今の状況は察している。その上でこの芝居を続けているのだ。凄まじい胆力というべきか、面の皮が厚いというべきか。

 なんと答えたものか迷っていた楓だが、千里眼で捉えている永琳の口元がお願いという形に変わったのを見て、諦めることにした。ここで無理やり断ってもまた同じことの繰り返しになるのが目に見えているのだ。

 

「……わかったわかった。一緒に怒られよう」

「本当!?」

「ここで俺が逃げても同じことの繰り返しだからな」

「やったー! 堅物だと思ってたけど頼んでみるものね!」

「お前は堅物だと思っていた相手に色仕掛けと泣き落としを仕掛けたのか……」

 

 楓は頭痛を堪えながら、輝夜の評価を変えることにした。彼女は畏敬を払うべき大物ではなく、どちらかと言えば魔理沙や霊夢に近いこっちに迷惑をかけてくる枠の人間だ。

 

「案内するのは人里。俺の手の届く範囲から離れないこと。あと妹紅と顔を合わせても喧嘩しないこと。この三つが守れるならあなたの外出に付き合おう」

「守る守る! 蓬莱人だから危険なんてないと思うけど!」

「その理屈で永琳を納得させられるなら考えよう」

 

 そもそもこの輝夜という少女、それなり以上に強いのではないかと楓の勘は言っていた。

 永夜異変の話を霊夢に聞いた時にも、最後に戦ったのは輝夜だったと聞いているのだ。弾幕ごっこは間違いなく強いのだろう。

 が、それはそれこれはこれである。少なくとも永琳は過保護と言っても良いぐらいに輝夜を守ろうとしているのだから、彼女の熱意は同じ従者として尊重したかった。

 輝夜が快活な笑みを浮かべて己の腕を引いてくるので、楓は彼女を人里に連れて行くことで面倒が起きないことを祈りながら歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 幸い、というべきか一番問題を起こしそうな妹紅とは道中で出会わなかった。用事でもあったのか、出かけているようだ。

 

「ふぅん、妹紅が出かけるなんて珍しい。家と永遠亭の往復ぐらいだと思ってたのに」

「俺もそう思っていたから驚いている」

 

 輝夜は妹紅の新居を面白そうに見上げ、まだ真新しい木壁をほっそりとした指で撫でながら思ったことを口に出す。

 そこで楓もふと前々から気になっていたことがあったので、聞いてみることにする。

 

「お前と妹紅の因縁は何なんだ? しょっちゅう殺し合いをしているが」

 

 別段、是非を問うわけではない。彼女らの事情も何も知らないのだから、それの正否を問いただせる立場にないことは承知している。

 しかしいつまでも何も知らないのも問題がある。妹紅とも永遠亭ともそれなりに深い付き合いになったと思っているので、多少の事情は知っておきたかった。

 

「あら、本人から聞いてないの?」

「妹紅はその辺りを言いたがらない」

「ま、あの子にとってはそうか。思いっきり自分の恥だものね」

「そうなのか?」

「あの子が言いたくないんなら私も言わないでおこうっと。私たちの事情については――」

 

 そこで輝夜は言葉を切り、楓ですら悪寒を覚えるほど美しく妖艶な表情で、楓の頬を撫でた。

 

「――聞いたら後戻りできなくなるわよ?」

「…………」

「今の関係のままでいたいならやめておきなさい。永琳はあなたに薬の手ほどきをする先生で、鈴仙はあなたと切磋琢磨する友人。てゐは不思議とあなたの面倒を見ている妖怪兎で、私はあなたに迷惑をかけ倒すわがままなお姫様。今まで通りの付き合いをしたいなら変えない方が良いわ」

 

 輝夜の言葉に楓は咄嗟の返事ができなかった。

 できなかったことが何よりの答えなのだろう。輝夜は一瞬で先程の雰囲気を霧散させると、人里への方角へ身体を向けながら楓に無邪気な笑みを向ける。

 

「……わかった。今は何も聞かないでおく」

「いずれ聞くかもしれないんだ?」

「第三者の言葉が必要な状況もある。少なくとも、その時が来たら迷わないつもりだ」

 

 彼女らの事情はおそらく人里と自分には関係がない。関係がないが、楓個人としては見過ごしたくないものだ。

 成り行きもあるとはいえ、彼女らとは友好的な関係が結べていると思っている。その関係の継続のためであれば、多少の労苦は厭わないつもりだった。

 

 ……あとは妹紅のこともある。あれは楓が見ていてもわかるほどに自罰的で、不幸になることを望んでいるフシが見受けられる。

 永い永い、楓にも慧音にもわからないほど生きてきた蓬莱人ならではなのかもしれないが、見せられる側としては溜まったものではないので、彼女の問題と永遠亭の問題が関係しているのなら解決に動きたかった。

 

「……只人が蓬莱人の時間に干渉するつもり?」

 

 時が来たら迷わない、という言葉をいつか楓は永遠亭の事情に踏み込んでくるつもりがあると捉えたのだろう。輝夜の目に僅かながら剣呑な気配が宿る。

 それを見抜きながら、楓は迷うことなく自分の考えを話す。

 

「蓬莱人には蓬莱人の理屈がある。それは理解できずとも尊重しよう。――だがそれはそれとしてこちらにもこちらの理屈がある。どちらか片方しか通せないなら、相手の理屈を優先する理由はあるまい」

「…………」

「それに今じゃないと言っただろう。別段、俺だって問題を起こしたくて動いているわけじゃない。そっちが大過なく日々を送れば一生来ない可能性だってある」

 

 ここで面倒事を起こすつもりはない。そう言い切って、楓は輝夜の先を歩く。

 

「ほら、人里を見に行くんじゃないのか?」

「……今の話をした後でそれが言えるのって、大物なんじゃないかって思うわ」

「慣れてる」

 

 悲しいことにこちらを笑わせにきた直後、全く前触れ無く自分を殺しにかかるような物騒な知り合いの心当たりが楓には何人かいる。

 なので楓には別段、これもいつもどおりのやり取りの範疇だったのだ。それを輝夜に説明すると、輝夜はとてつもなく憐れな生き物を見るような目で楓を見始める。

 

「…………その、ごめん」

「いいさ。面倒ごとの解決はそこまで嫌いというわけじゃない。頻繁に押し付けられるのは勘弁してほしいが」

 

 誰かが解決しなければならなかった問題を自分が解決している。そう考えれば受け入れられるし、文武含めて良い稽古にもなっている。

 気負った様子もなくうなずいた楓を見て、輝夜は先程まで見せていた様々な表情――言い換えれば楓を測っていたようにも捉えられる――から、力の抜けた笑みを浮かべた。

 

「あなた、良い人ね。妹紅がなんだかんだ拒絶しないのも何となくわかる気がする」

「そう見えるのなら良かったよ」

 

 性分なのもあるが、打算がないわけではない。それでも良い人と言ってもらえるなら、悪い気はしない楓だった。

 

 

 

 

 

 人里に到着すると、まず真っ先に楓たちは好奇の視線にさらされる羽目になった。

 門番に始まり、人里の内部に入ると輝夜を見ることのできる人物は全てが輝夜と、一緒に歩く楓に顔を向けてくる。

 

「まあ」

「……予想はしていたが、ここまでか」

 

 楓も輝夜が美しい少女であることはわかっていたが、どの程度の美しさなのかは考えていなかった。

 彼にとって御阿礼の子以外への美醜の観点は美術品の善し悪しに近いため、それが美しいことまではわかっても、どの程度美しいのかまでの判断が付きにくいのだ。

 

「少し甘く見ていたようだ。顔を隠さないと面倒になるかもしれんぞ」

「あら、その時はあなたが対処してくれるでしょう?」

「……まあ、最低限の守護はする」

 

 輝夜に必要なのかはさておき、一応千里眼で常に周囲を見張るぐらいは行っている。

 それにしても、と輝夜は自身に集まる視線を一身に受けても揺らぐことなく、むしろ堂々とした様子で身体を伸ばす。

 

「うーん、青空の下を歩くのは本当に久しぶり。永遠亭はずっと薄暗いし、気が滅入っちゃうわよ」

「……一応、永琳はあなたの安全のためと言っていたが」

「過保護なだけよ。それに関わるって言ったのにもっぱら永琳たちばかりじゃない。私にも関わる権利はあるはずよ」

 

 そう言われると何も言えなかった。何分永遠亭の事情なので、楓に口出しする権利がそもそも存在しない。

 

「それにここ最近、ちょっと自信を喪失しそうになってたけどやっぱり間違いではなかったようね」

「何を?」

「美醜の価値観の変化よ。美しさの基準も年月によって変わる例は往々にして存在する」

「ふむ」

 

 いついかなる時も御阿礼の子が最も美しいのが常識である楓には全くわからない話だが、己の美しさには一家言ありそうな輝夜が言うのならそうなのだろう。

 

「そもそも人間以外に美しさを見出す話だってあるからね。楓もそういった類なのだと思っていた」

「ああ、久しぶりに見た男が俺だったから勘違いをしたと」

「渾身の泣き落としまで無視するのはさすがに想定外だったわ……。私にあそこまで言わせて何もしないなんてむしろ男?」

「そっちが勝手に言い始めたんだろうに。それと女に見える身体じゃないだろう」

 

 話を終わらせて、楓は人里の中を歩き出す。彼も人里の守護者として、衆目に晒されるのは慣れていた。

 

「今回は人里の外縁部を中心に見る。そちらの方が市場や娯楽で賑わっている」

「中心部には大事なものがある、と。典型的な中央集権の里ね」

「合理的なのも事実だからな」

 

 それに妹紅が家にいなかったということは慧音に呼び出され、人里中央にある寺子屋にいる可能性があるので、そういった意味でもそちらには行きたくなかった。輝夜はわからないが、妹紅は輝夜を見たら大体逆上する。

 

「堅苦しいところよりは楽しいものの方が良いわ。早く案内して!」

「わかった」

 

 ここ最近、人里を案内する回数が増えてすっかり説明が板についてしまった、と楓は誰に言うでもなくため息をこぼしながら案内を始めようと前に出る。

 

「やっほー、子分! 最近顔見ないと思ったけどやっと見つけた!!」

 

 そんな彼の横合いから一つの小さな影が飛び出してきて、文字通り頭に飛びつく。

 最初から接近に気づいていた楓は首に力を入れてその衝撃に耐えるが、いきなり楓の頭に童女が飛びついてきたことに輝夜は驚愕の声をあげる。

 

「きゃっ!?」

「ん、あ、ごめん! 人と一緒だったの!?」

「別に良い。里の人間ならともかく、こいつは外の人間だ。このぐらいで驚くような殊勝な肝を持つ輩はいない」

「弱竹のかぐや姫に随分な言い草するじゃないあんた!?」

 

 弱竹のかぐや姫は人の迷惑も考えず人の足にすがりついたりはしない、と思う楓だった。

 ともあれ楓は頭に飛びついてきた童女――橙を頭に乗せたまま何事もなかったように歩を再開する。

 

「じゃあこの人はだれ?」

「永遠亭――迷いの竹林の奥にある屋敷の主だ。今日はこいつに頼まれて人里を案内している」

「蓬莱山輝夜よ。えっと、あなたは……」

「私は橙! こいつのことを赤ん坊の頃から知ってる、こいつの親分よ!」

 

 八重歯をのぞかせる、悪童そのものな笑みを浮かべた橙は楓の頭に肩車の形で乗りながら、器用に上体をそらして輝夜の方を見る。

 赤ん坊の頃、という言葉に興味を覚えた輝夜は上品な所作で口元を袖で隠し聞いてみる。

 

「赤ん坊の頃? こいつ、半人半妖でしょう?」

「生まれたのは最近よ。霊夢たちとほとんど同い年だもの。知らなかった?」

「言ってなかった」

「ダメじゃない」

 

 楓のぶっきらぼうな言葉を聞いた橙はぺしぺしとたしなめるように頭を叩く。楓は軽く頭を振って橙を黙らせ、憮然とした顔で理由を話す。

 

「……青二才に見られたくなかったんだよ」

「その行動自体が背伸びなんじゃないの――うわわっ!?」

 

 橙に正論を言われたのが腹立たしかったので、少し激しく頭を動かして静かにさせる。

 楓の行動が照れ隠しであるとわかっていたのか、橙は気分を害することもなく輝夜の方へ再び向き直った。

 

「それで今日は何を見るつもりなの? 私も案内してあげる!」

「ふふ、ありがとう。それよりお話を聞かせてもらっても良いかしら。二人はどういった関係なの?」

「え? 子分と親分よ?」

「……俺の父が若い頃からこいつと知り合いでな。その縁で子供の頃からこうだ」

「楓はすぐ大きくなっちゃったけど、私の子分なのは変わらないものね!」

「はいはい」

 

 それで良いのか、と輝夜は思うものの楓の表情は世話のかかる身内を見るそれであり、決して今の状況を厭っていないのがありありと伺えた。

 存外、子供には優しいのかしら、と輝夜は楓を見ながら思う。その割に自分には全くもって優しくない辺り、彼の優しさの基準がいまいちよくわからない。普通、美人には優しくするものではないのか。

 

「ところで輝夜は今まで人里に来たことなかったわよね? なんでずっと引きこもってたの?」

「色々と事情があったの。あと、従者が過保護でね。こうして外に出ているのもその従者の目を盗んで、というぐらい」

 

 彼女の気遣いであるとはわかっているが、それでも息苦しいものは息苦しい。

 困ったものだと両手を上げて肩をすくめる輝夜を見て、橙は腕を組みながら楓の頭頂部を見る。

 

「それは過保護ねえ。あんたならどうなのよ?」

「……外出したければ俺が同道したいというが、一人で出かけたいとなれば俺に止める権利はない。そうなった時は千里眼でも捉えないようにしている」

 

 本心を言えば着いていきたいし、千里眼で見ていたいが、阿求がそれを望まない時がいずれ来るだろう。そうなったら楓に何か言うことはできない。

 霊夢たちに頼む手段もなくはないが、誰かが意図的に接触すれば阿求は必ず気づくはず。そもそも主が一人で出かけたいのだから、その望みを最大限叶えるのが従者の役目である。

 

「それじゃどうするの?」

「だから人里の治安に貢献するんだよ。さすがに里の外に一人で行きたいと仰ることはないからな」

 

 自衛手段もなく、里の外に護衛を付けずに出るのは自殺行為と同義である。弾幕ごっこが普及して大きく様変わりしたとはいえ、変わっていないところも確かにあるのだ。

 

「ふーん……じゃあ私もあの子のこと見ておいてあげる! 感謝しなさいよね!」

「そうしてくれると嬉しい」

「ふふん、子分の願いは親分の願い。ちゃんと叶えるお手伝いはしなきゃ人の上には立てないって藍さまも言ってたもの!」

 

 楓と橙の騒がしい話を聞きながら、輝夜も楓の主について思考を巡らせる。

 幻想郷縁起の取材という話で、少し前に一度顔を合わせた覚えがあった。本当なら永琳だけで済ませる予定だったのを、無理を言って輝夜も顔を出していたのだ。

 

 橙よりは年上に見えたが、それでも楓より年下。まだまだ童女と呼んでも差し支えない年齢に見えたが、妖怪の分類である自分たちに物怖じしない態度など、年齢に見合わないどころかどこか浮世離れしているとすら感じられる空気の持ち主だった。

 あの少女が楓の主であることはわかった。しかし、彼女がどういった出自なのかについては考えたことがなかった。

 

「楓、あなたの主についてはどうなの? 永琳と私についてはもうだいぶ根掘り葉掘り聞いたのだし、あなたの主を教えてくれても良いんじゃない?」

「阿求様の許可があれば語ろう。許可もなく主のことを軽々に語ることはできない」

「あなたから見た主は、とかそういったことでもいいのよ?」

「無二の主だ。それ以上に必要か?」

 

 にべもない言葉だった。大体のことは聞けば快く答えてくれるのに、これに関してだけは全く取り付く島もない。

 しかし聞けないとわかると興味が湧くのが人というもの。俄然興味の出てきた輝夜はなんとか聞き出そうと知恵をひねるものの、橙がそれを遮った。

 

「こいつの主人に直接聞けば良いんじゃない? あんまり一人で考えても答えなんて出ないでしょ?」

「考えるのは割と好きなんだけど」

「知ってる人がいるのに? あと、こいつの態度を見ればわかると思うけどこいつ、阿求のこと大好きだから気をつけた方が良いわ」

「大好き、ねえ……」

 

 ちら、と輝夜は楓の顔を見る。輝夜の反応を見極めようとじっと見つめ返してくる楓の目はどこか昆虫的な、無機質な光を宿していた。

 あえて踏み込むのも一興かもしれない――が、覚悟もなしに踏み入ることを先刻、忠告したのは自分である。舌の根も乾かぬうちに自分がそれを破るのは気が引けた。

 

「じゃあ、これは次の機会の楽しみにしましょう。……あら、何やら騒がしいわね」

「ああ、人形劇だ。時折、この辺りで魔法の森の魔女が人形劇をやるんだ」

 

 多少意図して輝夜が話題を変えると、さっきの態度など幻だったかのように霧散させた楓が答える。

 すると楓の頭にしがみついている橙が身を乗り出してとある方向を指差した。

 

「人形劇があるってことは人形焼もある! ほら子分、私におごりなさい!」

「はいはい。輝夜も一つで良いか?」

「食べ歩きも外を出歩いた時の醍醐味ね。じゃあおひとついただこうかしら」

 

 焼きたて甘い香りの漂う人形焼を片手に、楓たちは人形劇の見える場所へ向かう。

 もっとも、見に行くのが少し遅かったのか地上ではロクに見えないため、楓に橙と輝夜の二人を腕に担ぎ上げて見ることになったのだが、そこは半人半妖の身体能力。少女二人を腕に乗せて維持する程度なら造作もなかった。

 

 題目はカエルの王子様。といっても物語をそのままなぞるのではなく、観衆の目にもわかりやすく動きを取り入れた大仰なものだ。

 人形の操り手であるアリス・マーガトロイドの淡々とした、しかし情緒を含んだ穏やかな声によって物語は導かれ、やがて終幕へと至っていく。

 

「――こうして、人間に戻った王子と王女は結婚し、幸せに暮らすのでした」

 

 めでたしめでたし、と話を締めくくる。同時に今までアリスが動かしていた人形が横一列に並び、一斉にお辞儀をする。それが人形劇の終わりの合図だった。

 途端、観衆から称賛の拍手が沸き起こる。彼女の人形劇が始まったのは比較的最近だが、今となっては人里でもかなり有名な娯楽の一つになりつつあった。

 アリスの対応も慣れたもので、観客たちに愛想笑いを振りまきながら人々が散っていくのを待ちながら人形の片付けを行っていく。

 

「ふぅ、今日も成果は上々と」

「おつかれ。相変わらず見事なものだった」

 

 楓が橙と輝夜の二人を抱えたままアリスに声をかけると、アリスは驚いた様子もなく振り返った。

 

「よく私の人形劇を見に来るお得意様の妖猫と、いつかの異変で見かけたかぐや姫。やっぱり連れていたのは楓だったのね」

 

 やっぱりという言葉に物申したくなったものの、ぐっと堪えて楓は輝夜たちを連れている事情を話す。

 お忍びで外出し、人里の娯楽に触れているということを話すとアリスは合点がいったと顎に手を当てる。

 

「なるほど、私の人形劇はお眼鏡にかなったかしら?」

「それはもう。原典となった物語はありきたりだけれど、ああも上手く動かせるのはあなたの技量よ。全くもって、楓に無理強いしてみた甲斐があったというもの」

「絶賛ね」

 

 熱っぽい輝夜の称賛にアリスは仄かに頬を染める。楓も意外そうにそれを見ていたが、輝夜の言葉で疑問は霧散した。

 

「素晴らしいものへの称賛は惜しまない主義なの。また見に来ても良いかしら?」

「それはもちろん。私も目的あって人形劇をやっている身だけれど、見に来てくれる人が増えるのは嬉しいことだわ」

 

 輝夜の申し出にアリスも快諾し、橙はその様子をニコニコと眺めている。

 それが不思議に映った楓は視線を上げて橙の顔を見た。

 

「何が面白いんだ?」

「んー? 知らなかった人が知らなかった人と仲良くなるのって、なんだか見ていて楽しくならない?」

「そんなものか」

「私にとっては面白いの。それは楓もよ?」

「どういう意味だ?」

「会う度に色々な人と仲良くなってて、親分として嬉しいってこと! 後は私の偉大さももっと広めてくれたら言うことなしなんだけどなあ」

「それは自分でやってくれ」

 

 少なくとも自分の頭にしがみついている現在、彼女の偉大さを理解できる人間はいないと思う楓だった。気に入っているのか、言っても直してもらえないのが玉に瑕だ。

 

 

 

 この後も三人は人里を練り歩いた。

 河童の露天に足を止め品物を冷やかしたと思えば、商店の中に入り品物を物色し、ふと気づいたら橙が買っていたお菓子を二人で分けていたりと、楓の目にも人里を満喫しているようだった。

 特に珍しいものに目がないらしく、河童の露天に足を止めた時は横から見ていてもわかるほどに顔が輝いていたが、それが珍しいだけで価値自体は特にないとわかった直後の萎み方は、今の彼女がかぐや姫だと言っても誰も信じないだろうなと思うものであったと振り返る。

 

 ともあれ、楽しい時間もやがて終わりが訪れる。日の沈みかけたのを確認すると、楓が輝夜に声をかける。

 

「悪いが時間だ、輝夜」

「もうそんな時間? あらま、本当」

 

 日の位置を確認した輝夜はびっくりしたと手で口元を隠しながら目を丸くする。

 

「名残惜しいけど、時間のようね。ここまで時間の流れが早いと感じたのは本当に久しぶり」

「退屈だったの?」

「安全だけど退屈だった、というのが適切ね。また今度はいつ出られるのやら」

「楓に頼めば良いんじゃない?」

「おい子分を売るな」

「それだとどうしても楓も着いてくるでしょう? ああいや、悪い意味ではないのよ。楓といると退屈しないのは本当だし」

「その物言いも納得行かないんだが」

 

 まるで人を退屈を紛らわせる道具のように言わないで欲しい。楓も楓で忙しいのだ。

 

「こちらに来るのが面倒なら、人里から永遠亭に来てもらえば良いんじゃないのか。それならお前と話がしたいと男たちが来るかもしれないぞ」

「私と話せる栄誉に浴するにはそれなりの課題が――あぁっ!!」

 

 話の途中で何かを思いついたのか、輝夜が急に大きな声を発する。

 大声も鈴を転がすような耳に心地よいそれであり、美人とは外面だけでなく身体の内側も綺麗にできているのだと妙な関心をしたのはここだけの話である。

 

「そうよ、それだわ楓! 永遠亭に来てもらえばいいのよ!」

「何か妙案でも?」

「万博よ! 私が月から持ってきたものや蒐集してきた珍しいものを展示するのよ! 後は私とも会えると言えば大勢の人が詰めかけるわ!!」

「…………」

 

 それは本当に面白いのか、というある意味当然の疑問を楓は飲み込んだ。どちらにせよ一度は誰かが見に行くので問題はないだろうという先送りでもあったが。

 

「よーし、こうしちゃいられないわ! 早く帰って計画を練らないと! 楓も協力するのよ!」

「えぇ……」

「心底嫌で嫌でたまらないという顔しても知りません! 楓が言い出したことなんだから!」

 

 閃いたのは輝夜なので輝夜に頑張って欲しいと思う楓だった。そもそも自分にも仕事があるので忙しいと何度言えばわかってもらえるのか。

 ……思い返すと楓の知り合いに自分の事情を斟酌してくれる、心優しい輩はほとんどいないということを改めて実感してしまい肩を落とす結果にしかならなかった。

 

「橙ちゃんも今日はありがとね! お菓子、美味しかったわ!」

「どうせ楓のお金だもの、気にしないでいいわ。また来たら今度は別のところを案内してあげる!」

「ありがとう! あなたも永遠亭に来たら私から永琳に口利きしてあげる。じゃあ行くわよ、楓!」

 

 待ち切れないとばかりに輝夜が楓の腕を引いて迷いの竹林へ向かい出す。

 橙はひらりと楓の頭から降りて輝夜と楓の二人を見送り、つぶやいた。

 

「うんうん、やっぱり皆笑ってるのが一番よね! 楓も楓で楽しそうだし、言うことなし!」

 

 目を細め、慈愛すら感じさせる眼差しで橙は楓の背中を見て、今の彼がなんだかんだ上手くやっていることに笑みをこぼすのであった。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、輝夜。楓も急に護衛を任せてごめんなさいね。――それはそれとして、私の話を聞く準備はできているかしら?」

「あっ」

「厄日だ……」

 

 なお、橙の優しい思いなどつゆ知らず、意気揚々と永遠亭に帰った輝夜と楓は予定調和である永琳のお説教を受けるのであった。




楓は橙の面倒を見ていると思っていますが、橙は楓の面倒を見ていると思っています。
普段はガキ大将みたいに楓を子分として扱うものの、時々優しい目でこっちを見るのに気づいているので、楓はなんだかんだ橙の子分扱いを受け入れています。

ぐーやは好奇心旺盛で人を引っ張り回すお転婆なお姫様をイメージしています。イメージしていますが、地雷原の探知もちゃんとできるタイプ。橙のフォローもあったけど、楓の地雷にニアミスしている箇所があったりなかったり。

そして次話から緋想天が始まります。楽しんでいただければ幸いです。
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