数少ない夢を見る時、楓はいつも少年時代の姿となる。
肉体も育ち切っておらず、二刀を振るう膂力こそあれど技術は今とは比較にならないほど拙いもの。
夢を見ている時はどこか俯瞰的に物事を捉えられるのだが、幼い自分の未熟さと来たら衝動的に自分を殺したくなってしまうほど。よくもまあ父は自分を見放さなかったものだと感心してしまう。
だが、今回は違った。肉体は今の自分のそれであり、握る二刀も手に馴染んだ椿の長刀と刀の二振り。
父と同じ目線になった楓は状況に戸惑いを覚えながらも、夢の中とはいえ父に挑める喜悦の方が勝り剣を構える。
「今日はお前にものの壊し方というものを教える」
「壊し方、ですか?」
「俺がよくお前の武器を破壊しているだろう。あれのやり方に近い」
ああ、と楓は納得する。父は楓が明らかに失敗と見える動きをすると容赦なく武器を破壊し、手足を斬り落とすことで痛みと共に二度と失敗しないよう教えることがあった。
当時は刀の脆い部分である側面を凄まじい精度で叩いて破壊していた。あれとは違うのだろうか。
楓の視線の意味を察したのだろう。父は首を横に振って楓の疑問を否定する。
「普段、お前にやっているものとは似て非なる。上手く言語化するのは難しいが――全てのものには壊れやすい点、斬りやすい箇所というのが存在する」
説明しながら、父は刀を納めて手頃な岩に向かっていく。
「俺の知る中には単純な肉体の強度でそれらを強引に無視する化け物もいるが……まあ、その対処はまた今度教えよう」
そう言って父は大岩の前に立ち止まり、楓の方を見る。
「――お前にこれを破壊しろと言った場合、お前はどうやる?」
「……少なくとも刀ではやりません。単純に大きすぎる」
刃渡り以上の大きさなのだ。刃を通すだけならまだしも、破壊するとなると術を使った方が良い。
楓の答えに父は驚いた様子もなくうなずく。
「まあだろうな。俺も刀一振りで斬れとは言わん。……言わないが、これを破壊する術を知っていて損はない」
言うがいなやゆっくりとした動作で腰の刀に手を添えると抜刀の要領で柄頭をトン、と岩に当てる。
するとどうしたことだろう。大岩に網目のごとき亀裂が入り、ボロボロと崩れていくではないか。
父はなんてことのない様子で振り返り、呆然としている楓に説明をしていく。
「…………」
「物にも人にも、壊れやすい場所がある。人や妖怪相手では難しいが、物相手ならこれぐらいは俺にもできる」
「俺にもできるようになりますか」
「むしろお前の方が得手になると思っている。俺の目はただの人間の目だが、お前の目は違う」
楓の千里眼を指差し、父は確信を秘めた眼差しで楓を見る。
「これに関してはコツも何もない。物の構造を見極めて、壊れる点を探り当てるのは観察眼が物を言う」
「……時々、父上は俺の剣と正面から切り結んで一方的に剣を破壊していましたがそれも?」
首肯が雄弁な返答として来る。
楓は今なお底の知れない父に戦慄と同時に畏敬を覚え、改めて剣を構えた。
「では始めるか。俺が見せた技についてはどこかで覚えていればそれで良い。お前が精進し続けていれば、いずれどこかでできるようになるだろう」
「わかりました」
その言葉と同時に楓は踏み込み、長刀で父の首を刈り取らんと迫る。
父は首を僅かに動かすだけでそれを避け、同時に反撃の刃が楓に向かう。
楓もまたほんの少しの移動で回避し、お互いの刃が届く距離で無数の剣戟が交わされる。
打ち合えている、という事実に楓は他人事のような驚愕を覚える。幼年の頃はおよそまともに刃を交わすことすらできずに打ち据えられていた。
だが、剣戟を交えたからこそわかる。今の自分と父との間には未だ隔絶した技量の差がある。事実、父の剣閃は楓のすぐ側をかすめ、楓の剣は悠々と父に避けられている。
どちらも隙を減らすべく紙一重の回避をしているが、内実はまるで違っていた。楓の方は全力で避けようとした結果の紙一重であり、父のそれは楓の斬線を完璧に見切った上での回避だった。
必然、父子の戦いはまたたく間に趨勢が決まり――楓の剣が弾かれた時点で勝負はついた。
「……参りました」
「――」
楓が負けを認めると同時、意識が浮上を始める。父の像がおぼろげになり、口元が動いていても何を言っているのか判別できなくなる。
最後に楓が目にしたのは父の手がこちらに向かって伸びてくる姿で――
「――っ!」
意識が浮上すると同時、自分の置かれている状況を理解して跳ね起きる。
そうだ、自分は――妖怪の山の頂上で天魔との稽古中に頭部への攻撃を受け、意識を途切れさせてしまったのだ。
何たる不覚。楓は未熟な己に殺意すら覚えながら、双手に刀が握られていることを確かめて天魔を探す。
「お、起きたか。時間にして大体五秒というところだな」
つまり天魔なら楓を煮るなり焼くなり好きにできたということである。
楓は苦虫を噛み潰した表情で自分の意識を刈り取った攻撃に感心を覚える。
「まさか鞘で頭を殴ってくるとは思いませんでした」
「頭部への攻撃は妖怪にも意味があるってことさ。頭が揺らされて前後不覚になるのは、相手によっては首を取られるより不味い」
「誰が相手でも?」
「無論、相手は選ばなきゃならん。例えば紅魔館の吸血鬼なら今の攻撃はそれなりに機能するだろう。再生力の高い妖怪相手に、再生しない程度の痛め付け方を覚えるのは無駄にならない」
「脳を揺らすことが、ですか」
「その通り。思いっきり叩けば意識の昏倒も狙える。オレやお前を相手に一秒であろうと意識を失うことの意味はわかるだろう?」
楓でも間違いなく勝負を決められる時間である。無防備な瞬間が一秒あれば相手の再生を許さない領域まで斬り刻むことなど造作もない。
「休憩はこのくらいにして続きを始めるか。まだまだ、お前の底はこの程度じゃないはずだ」
「言われずとも……っ!」
双刃を握り、天魔の五体を引き裂かんと刃を奔らせる。
今回の稽古は以前戦った時のような何でもありのものではなく、剣術に限定したもの。
天魔は一振りの刃を手に、楓は双刃を手にそれぞれの武技をぶつけ合い、散らす火花が両者を彩る。
(――本当に強い。技術で言えば父上に近いものがある。不意を突けばこちらにも目があるが、こうして正面から戦うと順当に押し負ける)
精度、速度、膂力。そして虚実織り交ぜた無数の剣閃。全てが非常に高い練度で組み合わさった技が天魔の振るう剣だった。彼に匹敵する剣士を挙げるなら、楓には父以外にいないと答えるだろう。
父の剣はまさに不世出の天才がその才覚を磨き上げた末に到達できる、妖怪の力と速度すら置き去りにする隔絶した技量こそが強みだった。
対し自分は人間より力と速度はあれど、妖怪より強いわけではなく。技も年齢を考えれば破格のものだが、それ以上ではなく。
これまでの戦闘経験で覚えてきた術や楓自身の能力も組み合わせることによって、大妖怪相手にも可能性が生まれると言った程度だ。
つまるところ、天魔相手に剣術の土俵のみで勝負する場合、よほどの奇跡でも起きなければ難しいということであり――
「そら」
「――っ!」
天魔の刃をいなしきれず、右手に持つ長刀が空を舞う。怯むことなく左の刀で首を狙うが、天魔が空いた片手で白刃取りをやってのける。
「まだやるか? 術の使用も解禁するなら挽回の可能性はあるぜ?」
「……いえ、参りました」
楓が負けを認めると、天魔はあっさりと刀を収めて気配も普段のそれに戻る。
「そりゃ残念。やはり主眼は剣術か」
「そもそも自分の術は小手先のものです。妖怪なら多少の被害を覚悟すれば大した痛手にもならない」
炎の妖術だけは別だが、あれも妖怪を倒し切れる火力を出すには相応の集中が必要になる。
風や礫についてもあくまで相手の体勢を崩し、接近して斬撃を浴びせるための小技に過ぎなかった。
「磨けば光るとは思うがね。半妖で妖力にいささか不安が残るとはいえ、その精度は見事なもんだ」
「それも折を見て勉強します」
そう言って長刀を拾い、刀を収める。天魔は稽古の終わりを感じて肩をすくめた。
「こうして身体を動かすのも悪くない。特にオレの技に曲がりなりにもついてこれるとなればなおさらだ」
「天狗の中には誰も?」
「嘆かわしいことにオレに追随し得るのは文ぐらいと来た。そうだ、お前はどうだ姫海棠?」
やれやれと身内に自分と同格の存在が現れないことを嘆いていた天魔だが、ふと思い立ったのか楓と天魔の稽古を携帯をいじりながら眺めていた――天魔の命令通り楓と一緒に行動していた――はたてに声をかける。
はたては興味なさそうな様子だったが、天魔に声をかけられてびっくりしたのか背筋を伸ばして直立姿勢を取って悲鳴のような返事をする。
「はいぃ!? いやいや、無理ですよ私なんかが入ったら死んじゃいます!!」
「意外と速かったし他の分野も光るかもしれんぞ」
「私は良いですって! 今の生活に満足してるんです!!」
「そうか、残念だ」
はたてに受ける様子がないとわかると天魔はあっさりと諦める。そして楓の方を見やる。
「……まあ、これが天狗の現状というやつだ」
「ふむ」
「人里と違い、天狗に世代の交代は存在しない。今に満足しているやつは百年後も同じ場所にいる。文みたいに退屈を心底嫌うか、野心家でなけりゃ変わろうともしないのさ」
だから大天狗にはある程度野心のあるやつも入れている、と天魔は楓にしか聞こえない声量で話す。
その野心ある大天狗も見事に束ねているから、天魔に取って代わろうという輩が出ないのではないだろうか、と楓は思ったが口に出すのはやめておいた。
「そういう意味では山の神社もそれなりに期待している。あいつらあわよくばこっちを蹴落として、自分が山の主になる気満々だからな」
「……守矢神社はやはりそうか」
「それでこそって感じではあるがね。オレも今の時代で隆盛を誇る神と知恵比べできる日が来るとは思ってなかった。塞翁が馬とはよく言ったもんだ」
まだまだ隠居はできそうにない、と天魔は今が楽しくて仕方ないと言わんばかりの爛々とした光を瞳に宿し、飛び去っていく。
「今日の稽古は終わりだ! 次はもっと腕を上げて来い!」
「言われずとも」
楓はさらなる精進を己に課して、はたての方へ向き直る。
「では戻るとしようか」
「あ、うん。それにしてもよくやるよね。二人の稽古、私じゃほとんど目に追えないもん」
「相対してる俺もそこまで詳しく見えているわけじゃない」
佇まいから動きを読むことはできるので、それに合わせて動いているだけである。実際の天魔の剣閃や動きについて、目でハッキリ認識できているとは言い難い。
父の言っていたことが身にしみる。あれほどの速度を相手に純粋な動体視力だけで対応するのは不可能だ。無理でも無茶でも動きの先読みができなければ死ぬしかない。
その辺りを話すと、はたてはそんな稽古を続けている楓自身への興味を深めたのか、更に話をねだってくる。
「へえ、坊やでも見えてないんだ。そういえば坊やの剣ってどこで習ったの? 見た感じ天狗の武術も入ってる気がするんだけど」
「意外に見ているな。あとその呼び方はやめろ」
「昔にちょっと触ったぐらいよ。才能なかったからすぐやめたもの」
坊や呼びをやめろという抗議は聞き入れてもらえなかったことに、楓は大きなため息を吐いてから説明を始めていく。
「……俺の剣は父上から学んだものだ。で、その父上は幼い頃に烏天狗から天狗の剣術を学んでいた。後は母上が白狼天狗だから、その流れも汲んでいる」
「あぁ、思い出した。数十年前に人間に力を与えた奇特な烏天狗がいるって話があったわ」
「……その烏天狗はどうなった?」
「知らない。私はそこまで興味なかったし」
椿のことを知っている可能性がある、と思ったが実に雑な認識だった。
尤も、それぐらいの認識でなければかつて生前の椿が住んでいたらしい家に、このどこか臆病な烏天狗が住むはずもないのだが。
「……話を続けるぞ。俺の剣術は父母のそれを受け継ぎ、なおかつ俺の一族にある武術を混ぜ込んだものになる。天狗の武術の色も多少は出るのだろう」
「ふぅん。坊やの一族の武術ってどんなものなの? 人間が作った技ってちょっと興味あるかも」
「多対一をある程度前提にした何でもありの内容だ。卑怯万歳、勝てば官軍といった色が強い」
自身の用意したもの、場にあるものでも何でも使い、相手を無力化ないし殺害する。それに主軸を置かれた戦闘術である。
彼らは阿礼狂い。故に戦う時は御阿礼の子の側仕えを勝ち取りに行く時と、御阿礼の子に危険が行く時以外は考えられない。
そのため意外に思われるかもしれないが、彼らの戦い方は後ろにいる誰かを決して危険に晒さない守りを意識したものになる。そもそも御阿礼の子が戦いの場にいること自体が望ましくない状況だが、その中でも彼女に凄惨な光景を見せないよう戦う術を阿礼狂いの一族は身につけている。
それらを話すと、はたては興味深そうにうなずいた。
「なるほどなるほど、人間が人間を相手にする時の技って感じね」
「対妖怪、という観点だとやはり父上の剣が一番合理的だ。再生を許さない領域まで斬り刻む」
「おっかない。でもそれぐらいできなきゃ人間が妖怪に勝てるわけないか」
「そういうことだ。特に父上は俺にもよくわからん技を使うこともあった」
例えば、と楓は無造作に手刀を振るって風の術を使い、手刀の先にあった木に軽い傷をつける。
「風が操れるなら簡単な技だ。烏天狗ならほぼ誰でもできるだろう」
「うん」
「父上はこれを素の剣術だけでやってのけた。正直、どんな理屈で行われていたのか今なお全くわからん」
「なにそれ頭おかしい」
真顔でつぶやくはたての言葉を否定できず、楓も深々と首肯するばかりだった。
聞きたいことは聞けたのか、はたては満足そうに携帯いじりに戻り、何やらカシャカシャと音も聞こえてくる。
「んあ?」
「どうした?」
「や、いつものように新聞のネタ集めしてたんだけど、ほらこれ」
そういってはたてが見せてきた写真には、どこか楓にもわからない場所が写っていた。
蒼天を表したような髪色を持つ、紅い瞳の少女がどこかを面白そうに見下ろしている光景である。
しかし写真にはその少女の顔がアップになって写っているばかりで、場所がどこなのかまではまるで判別できなかった。
「これ誰か知ってる?」
「いや、わからん」
「んー……坊や、なんだかんだ今の幻想郷の面白そうな連中はほぼ全員知り合いよね?」
「その物言いに不満を覚えないでもないが、まあそうだな」
「本当にわからない?」
「わからん」
軽く千里眼で周囲を見回してみたが、該当する人物は見つからなかった。こうなると楓に見えていない箇所に住んでいる人物の可能性が高い。大穴だと外の世界という可能性すらある。
楓の千里眼はあくまで彼自身の認識している範囲までとなる。それに光源がなければ具体的に見ることも難しいため、地底なども細かい把握は難しい。
「誰だろ。特ダネって検索して出てきたんだから、特ダネなのは間違いないと思うけど」
「わからない以上、考えても仕方あるまい。もう少し背景が見えれば場所の類推ぐらいはできたかもしれんが」
「うぅ、最近また部数が減ってきたから一発逆転したいのにぃ……」
「一発逆転なんて狙い始めた時点で八割負けてるようなものだぞ」
はたて曰く、守矢神社が現れた騒動についてはほぼ独占して大好評だったのだが、そこから先はまた鳴かず飛ばずの日々に逆戻りしてしまったらしい。
情報の集め方が彼女自身の能力に頼り切りである上、信憑性もどこまで信じて良いか怪しいものでしかないので、当然といえば当然の結末だと楓は思っていた。
「ぐぬぬ……今日は楓に一日ついていくからね! だから特ダネ頂戴!!」
「歩くだけで特ダネを生み出すように言われるのは心外なんだが」
「違うの?」
「……帰りついでに魚と薬草を摘んでいくか」
「あ、逃げた!」
ここ最近の自分の遭遇率を考えるとあまり否定できなかったので、楓は無視して山の下流へと足を運ぶのであった。
妖怪の山の下流では、天狗以外にも多くの妖怪が暮らしている。
楓を子分としている橙もこの近辺にマヨヒガを持ち、普段はそこで生活している。楓も時折、橙に招かれる形で足を運んだことがあった。
その他、河童の河城にとりも川の近辺を歩いているとよく声をかけてくる存在だ。父と交流があったと話す河童は、その息子である楓にもどこか眩しいものを見る目をしながら友誼を示してくれる。
事実、楓が薬草を摘むためにはたてと川辺を歩いていると、勢いよく川面から顔を出して笑顔を向けてきた。
「やっほー、盟友の息子! こんなところを歩くなんて久しぶりじゃない?」
「うわっ、河童!?」
「ん、え、烏天狗さま!? な、なんで!?」
川面から姿を表したにとりははたての存在には気づいていなかったらしく、またはたてもにとりの存在に気づくとびっくりしたように顔をのけぞらせる。
そういえばこの二人、どちらも人見知りの気があるんだったか、と思いながら楓はにとりに事情を話す。
「色々あってこいつ――姫海棠はたてと妖怪の山では行動を一緒にすることになってな。普段は天狗の里近辺ぐらいなんだが、今日に限っては俺につきまとってくる」
「は、はぁ……山の神社といい、烏天狗さまも忙しいもんだねえ」
「こいつが特殊なだけだ。で、この河童は河城にとり。よく人里にも店を出している河童の一人だ」
「へぇぇ……あっと、よろしく。坊やの知り合いなの?」
「まあ家族ぐるみって言っても過言ではない……坊や?」
「他人にそれはやめろと」
「痛っ!?」
妖怪から見れば少年なのは否定しないが、その呼び方を受け入れたら楓のなにか大切なものが消えそうで怖い。
頭痛を覚えながらはたての頭を叩き、事情を説明する。
内容を聞いたにとりは楓に同情と懐古を同居させた生暖かい視線を向けた。
「妖怪の山だからそりゃ妖怪が多いのは当たり前だけど、盟友の息子は盟友の息子だねえ……」
「ものすごい侮辱を受けている気がしてならない」
「まあいっか! なんだかそこの烏天狗さまも他人の気がしないし!」
「え、あんたも? いやぁ、なんか不思議とあんたには話せる気がするのよねえ」
憮然とした顔になる楓をよそに、はたてとにとりは何やら意気投合を果たしていた。同じ人見知りなのが良い方向に働いたのだろう。
怒る気力もなくした楓はそのまま魚でも取ろうと考えて手頃な石を探し始める。
「んぁ、盟友の息子、釣りでもするの?」
「魚取りに近い。釣りをする道具を持っているわけでもなし」
石を投げて魚を浮かし、もう一度石を投げて魚にぶつけて気絶させる。楓が普段行っている魚のとり方を話すと、はたてとにとりの二人が楓から一歩ずつ距離を取る。
「なぜ離れる」
「ごめん、天魔様と打ち合っていることより気持ち悪く感じる」
「もうちょっと風情を大切にしてもバチは当たらないと思うよ?」
「うるさいな。俺の自由だろ」
全く周囲からの賛同が得られないことに楓はそっぽを向く。
しかしにとりはめげることなく、むしろ我が意を得たりと歯を見せて笑う。
「へへっ、だったら丁度いいや。ちょっと待っててよ」
「何かあるのか?」
「それは見てのお楽しみ! この辺なら薬草もいっぱいあるし、それ摘んで待っててよ!」
それだけ言うとにとりは再び潜ってしまう。
比較的流れの早い場所だが、そこはさすが河童と言うべきかすいすいと川を遡っていく。
「はー、河童が川を泳ぐ姿って初めて見たかも。ほら、私らは大体空を飛ぶし」
「新聞記者が周囲に関心がないって問題があるのでは……?」
「私の取材はこれで十分なんですーって、あら?」
楓のツッコミにはたてはべーっと舌を出して言い返しながら、慣れた手付きで再び携帯の写真を取る。
その内容にはたてはまたも首を傾げ、楓の方に見せてきた。
見ると、先ほど写っていた少女が目を輝かせながら何かを覗き込んでいる姿があった。相変わらず少女の姿で背景などは何もわからない。
「ほら、さっきの女の子がまた出た」
「む、二回続けてか……」
「私の念写で同じものが続けて写るのは今までなかったわ。大体特ダネってやっても、精度は当たるも八卦当たらぬも八卦って感じだし。あ、楓は割とよく写るよ!」
「全く嬉しくない情報どうも。しかし、特ダネで写る少女か……」
以前にもはたての念写は守矢神社の祭神と相対する楓を写したことがあった。あの時の光景はごく近い未来であり、はたての念写はピタリとそれを的中させていた。
なので今回、二度も写った少女はこれから異変を起こす少女である可能性がある、と楓に考えさせるに十分な材料だった。
などと考えていると、にとりが一本の棒のような何かを持って川面から再び顔を出す。
「おまたせ! ほら、これ使いなよ!」
「釣り竿か?」
「そう! 昔に盟友からもらったもの――を参考に私が作ってみたんだ! 河童はほら、魚なんて手で取って終わりだけど、人間の使い勝手も聞いてみたかったんだよ!」
「ふむ」
楓は受け取った釣り竿を持ち、軽く振ってみて調子を確かめる。
よくしなり、それでいてちょっとやそっとの負担がかかってもなかなか折れないであろう柔軟でしなやかな感触を覚え、楓は意図せず口角が釣り上がる。
「良い竿だな。あまり釣りはしたことがないが……」
「あれ、なかったの? まあ良いや。素人の意見ってのも参考になると思うし、その方が釣り竿の真価が発揮できるってもんさ! ほらほら、早く餌を付けて釣ってみてよ!」
「わかったわかった。少しだけな」
にとりの熱烈な後押しに押される形ながら、楓は満更でもない様子で釣りを始める。
流れの緩やかな場所に釣り糸を垂らし、魚がかかるのを待ち始めるとにとりは魚を逃さないよう陸に上がってしみじみと感慨深い表情でうなずいた。
「盟友の息子が釣りをする年頃になったのか……月日が過ぎるのは早いねえ……」
「老人じみた台詞を言うな」
「わたしゃまだ若いよ!! でもまあ、なんていうの? ちゃぁんと、受け継がれたものもあるって思うと、さ」
「こいつの家族と付き合いでもあるの?」
にとりの様子を疑問に思ったはたてが直接聞いてみると、にとりは当然と言わんばかりに首肯した。
「この子の親父さんと、あと知らないお爺さんが私の人間の友達さ」
「知らないお爺さん?」
「数十年前に私と時々話してた、名前も知らないお爺さんだよ。その人との縁が盟友と引き合わせて、この釣り竿を作る意味にもなったのさ」
そう言ってにとりは楓の背中を眺め、懐かしいものを思い出すように目を細めた。
「人に歴史ありってやつねえ。河童にも」
「河童にも、は余計だよ。でもそうだね。さっきの出会いのどれか一つがなければ、今の光景はなかった。そう思うとなんとなく嬉しいんだ」
「…………」
にとりの話を聞いていた楓はどこか居心地が悪そうに背中を揺らす。
この河童、普段人里で見かける時は詐欺同然の商品を販売したり、機械の爆発をしょっちゅう起こす問題児なのだが、こうして妖怪の山で顔を合わせると時々ひどく老獪な年長者のように感じられる時がある。
楓はそれが微妙に苦手だった。永い永い時間を見届けてきた彼女の目に見つめられると、自分が子供であると否が応でも実感させられてしまう。
はたてはそんなにとりの姿に感銘を覚えたのか、携帯をいじる手を止めてにとりの方を見た。
「河童も色々考えてるのねえ。ちょっと見直したわ」
「へへん、これでも人間との付き合いは人妖の交流が始まる前からだからね。ちょっとした年長者ってやつなんだよ」
「昔から、って話してたものね。じゃあ今の妖怪の山についてはどうなの?」
「うん? 今も楽しいよ? いや、いきなり出てきた山の神社と湖で河童の集落にも影響が出てるのは大変だけど、山の神社の神様が私らに色々と取引を持ってきてくれるし」
「山の神社の取引?」
初耳だ、とはたてと楓が顔を見合わせる。
ちょっとその話詳しく、とはたてが聞いてみるとにとりは隠すことでもないと普通に話してくれた。
「いや、なんでも外の世界の知識と技術を教えてやるから、私らの指定したものを作ってくれって話だよ? あれ、そっちに行ってない?」
「初耳だ」
「私も。あれ、これ特ダネじゃない?」
「そうだな。新聞にできない類の特ダネだな」
「私がこれ天魔様に教えたらまた覚えが良くなっちゃうやだー!? 私は文みたいに仕事に忙殺されたくないのにぃ!!」
これは公にするよりも天魔へ直々に報告した方が良い情報である。
はたてもそれが察せられたのか、半泣きになっていた。
「私も詳しいところは知らないけど、あそこの神様は色々と外の世界に精通しているみたいだからね。他の河童も乗り気だったね」
「何を作るか、とかはわからないのか?」
「話に乗るのなら作り方まで含めて全部教えるってさ。さすがに人手もいる内容だし、河童の方でも話し合ってる状態って感じだよ」
「はたて」
「うん、天魔様には後で報告しとく」
「頼んだ」
思いも寄らない方向から天魔に恩が売れそうな情報が得られたため、楓は内心ほくそ笑む。この情報をどう使うかは天魔次第だが、まあ悪い方向には行かないだろう。
「野心があふれている、という天魔の言葉は正しかったか」
「言った側から見つかるってのは天魔様も予想外だと思うけど……」
「なんかそっちも色々あるんだねえ」
お前の発言が色々あった理由だよ、という言葉ははたても楓も飲み込んだ。
と、その時だった。楓の竿に何かが引っかかる感触が伝わり、同時にそれは生命の躍動感を伴って暴れ始める。
「む、っと……」
「お、かかった!?」
「ああ、少し待て」
指先に伝わる感触で魚の状態を判別し、楓は巧みな指さばきで竿が傷まないように魚の体力を奪う。
そして慣れた手付きで魚を釣り上げると、横に置いておいた魚籠に入れる。
その様子ににとりは拍手しながら調子よく楓を褒める。
「よっ、釣り名人! あんまりやったことないって言うけど、上手いじゃん!」
「なんとなくの見様見真似だ。しかし良い釣り竿だな」
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいよ。その釣り竿、あげるから他でも使っておくれ!」
「ありがたく受け取ろう」
楓はコツを掴んだようで、話している間にも一匹釣り上げる。
そうして瞬く間に三尾の魚を釣り上げると、不意に視線を上に向けた。
「うん……?」
「んぁ、雲の様子でも見てるの?」
「……なに?」
にとりの疑問に答えず、楓は視線を上に向けたままその顔を怪訝なものに変える。
更にその表情は信じがたいものを見るそれになり、目を見開いてにとりとはたての方に向き直る。
「おい、二人とも警戒しろ」
「え? なに?」
「全くもって意味不明だが――岩がこっちに降ってくる」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ、という目で見る二人を横目に楓は釣り竿を急いで片付け、その場から少し後ろに下がる。
直後、しめ縄のついた大岩が楓たちの前に凄まじい轟音と砂埃を巻き上げながら、地面に大きなひび割れを作る。
「うぇぇっ!?」
「何? 何事!?」
「喜べよはたて。特ダネが向こうからやってきた」
砂埃がこちらに来る前に楓が風の術で振り払い、大岩の上に立つ人間を千里眼で見る。
その姿ははたての念写が取得した通り――蒼天の髪と真紅の瞳を持つ、おおよそ妖怪らしからぬ清澄な気配をまとった少女だった。
少女は大岩の上から彼らを睥睨すると、傲岸不遜な物言いで言い放つ。
「――下賤なる地上の民よ。天人が降臨したのだから、まずは我が威光にひれ伏すのが礼儀ではなくて?」
それが後に緋想天異変と称される異変。その首謀者である天人――比那名居天子とのいささか物騒な出会いだった。
――そして、火継楓という少年がその異常性を垣間見せることになる異変の始まりでもあった。
ということでてんこの登場です。次回からこいつと一緒に行動して緋想天が始まっていきます。
ちなみに楓が本性と能力の詳細を全て表に出すのは地霊殿の予定です。ここは確定。まあつまりそれとは別に天子はやらかす予定なわけですが()
……よく考えたらこれまだ緋想天始まってないな? はいすみません(土下座)