阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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天道の住人、人間道の住人

 どうしたものか。それがこの場にいる三人の共通する思考だった。

 楓、はたて、にとりの三人は眼前の大岩に乗って天空から降ってきた少女に対し、どういう対応に出るかを素早く視線で話し合う。

 ここは自分に任せて人里に戻れ。そんな眼差しをはたてとにとりの二人から受け取った楓は口を開こうとして――

 

「……あっ! 私天魔様に報告してこないと!!」

「あ、私もこの後山の神社に呼ばれてるんだった!!」

「お前ら覚えとけよ」

 

 視線では何も通じ合えなかった。楓はこちらを振り返りもせず逃げ出す二人を恨めしそうに見送り、大岩の少女を見上げる。

 

「……追いかけなくて良いのか?」

「なに、天から降臨した私の威光に妖怪が耐え切れなかっただけのこと。己の目が潰れてしまうことを恐れて逃げ出すものを追いかけるほど無体ではないわ」

「そんな大層なもんじゃないだろあれ」

 

 断言しても良いがあれは自分に面倒が来ないことを願っての逃走である。楓も同じ考えだったのだから間違いない。

 しかし少女は楓のツッコミを聞かなかったことにする素晴らしい耳の持ち主だったらしい。いきなり現れたため、かなり辛辣な態度を取っている楓に対して全く物怖じすることなく声をかけてくる。

 

「さて、残ったのはお前だけか。ふむふむ……」

 

 正直なところ楓もさっさと逃げ出したかったのだが、この少女はわざわざ自分たちの前に現れた。

 それはつまり、妖怪の山よりも上から何らかの手段で三人のうち誰か、あるいは全員を見ていたということ。ここで逃げてその目を欺けるか、となると怪しいものがある。

 なので楓は逃げることなく留まり、今もこちらをジロジロと見てくる少女の理由などを聞き出す必要があった。

 楓の身体を上から下まで舐め回すように眺めた少女は、次に何かを悟ったような言葉を口にする。

 

「志の難きは人に勝つに在らずして自ら勝つに在り。お前のことはこの間から眺めていた」

「眺めていた……どこから?」

「愚問である。天人の住まう場所とくれば天の上、天界と決まっていよう」

 

 こいつこの場でぶっ殺して帰ろうかな、という誘惑が脳裏をよぎったことを楓は否定しなかった。誰に対しても優しくあろうと心がけるようにはしているが、その優しさも無尽蔵ではないのだ。

 

「……で、その天界とやらからやって来た、畏れ多くも天人様がなぜ自分のような面白みのない男を?」

「うむ、程度をわきまえた良い質問だ。が、タダで答えるのもつまらん。上の人間に教えを請う時はどうするのが良いか知っておろう?」

 

 そう語る少女の目は楓の横に置いてある魚籠に向けられていた。要するに魚を寄越せということである。

 適当に下手に出る限りこの少女は寛容な部類だ。それは今のやり取りで察せたので、楓は腕を軽く振るい、付近の枯れ木や落ち葉を風で集める。

 

「魚籠には三尾の魚がある。この場で焼いた野趣あふれる食事は天人の舌には合わないか?」

「下界で食べる初めての食事だ。粋を凝らした食事など食い飽きている」

 

 少女は傲慢そうにニヤリと笑い、しかし目だけは無邪気な少女のようにキラキラと輝かせて大岩から地面に降り立つ。

 楓より頭一つ分目線の低くなった少女は、大仰に腰に手を当てて胸を張って口を開いた。

 

「さ、早く準備なさい。この天人――比那名居天子をもてなす栄誉を与えよう」

「…………」

 

 承知、とか了解とか言葉は浮かんだものの、この少女にそれを言うのが嫌になった楓は何も言わず魚を焼く準備をする。

 少女――天子は気にした様子もなく、むしろ先ほどまでの偉ぶった態度が鳴りを潜め、ある種年相応に見える様子でその場に座る。

 

「よっと。さあほら、さっさと焼きなさい」

「……少し時間がかかるぞ」

 

 楓は慣れた手付きで魚を手早く枝に刺し、焚き火に並べていく。

 焼けるまでしばし待て、と言うと天子は体育座りで膝裏に手を入れて待ち始める。

 

「ねえ、まだ?」

「火を強めれば早くなるが、焦げる。美味しく食べたいなら待つことだ」

「急がば回れと。ふむ」

「……素、ではないが先の姿は演技か」

 

 出会い頭で大仰に格言を語るところなど、まさに人の上位でありたい天子の性根が透けて見える。

 

「韓非子だったな。俺を見てあの言葉が出る以上、以前から俺のことは見ていたようだが」

「……へえ、意外とものを知っているのね。力以外に興味ないって顔しているくせに」

「使う頭の伴わない力に何の意味もない。本能のままに振るう力など獣のそれと変わらん」

 

 あいにくと楓の周りには力だけ強いなら、その力を利用すれば良いと考える輩が非常に多い。良いように使われないためにも知識は必須だった。

 

「それと今のやり取りで多少わかった」

「ほう?」

「天界とやらがあるのは妖怪の山の頂上よりも更に上。文字通りの雲の上だろう。その上でお前が俺に気づいたのはついこの間、俺があの場所で戦ってから。違うか?」

「正解。頭の回転も悪くないようね」

 

 どうせ興味を持つなら天魔の方に行ってほしかったというのが楓の偽らざる本心である。

 特大のため息を内心でこぼしながら、楓は焼けた魚を一本取ると天子に渡す。

 

「ほら」

「おっとと……あつつ、では一口――うむ、地上の味だ!」

「尊い天人様の口には合わないか」

「いえいえ、まさか。命を喰らうことこそ食事。味気ない桃なんかとは比べ物にならないわね」

 

 存外の高評価に意外そうな顔をしながら、楓はモリモリと魚を食っていく天子を見つめる。

 食事をする姿はただの村娘と変わらないが、だからこそ身にまとう清澄に過ぎる気配が際立つ。

 間違いなく人以上の存在。それも妖怪と化外の方向ではなく、人間の位階をより上に高めたような存在。

 

 正しく天人と言うべきなのだろう。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道より上、天道に住まう人類。人より優れ、人より清く、人より欲がなく――決して、悟りを開くには至れない存在。

 楓は焚き火を眺めながら思考をまとめ、良い具合に焼けた残りの魚を両方とも天子に押し付ける。

 

「あら、良いの?」

「そこまで腹は減ってない」

「そう、ありがと」

「礼は言うんだな」

「あなたはもてなした。私は感謝する。実に簡単な交換条件よ」

 

 全くもって等価交換とは言い難いが、彼女なりに筋を通そうとはしているらしい。

 楓は天子が現れた時の土埃で汚れてしまった薬草や山菜を水で洗いながら、天子が食べ終わるのを待つ。

 やがて魚が全て天人の胃に消えたのを確認し、楓は口を開いた。

 

「で、なぜ自分に接触してきたんだ?」

「つまらなかったから」

「はぁ?」

「なあ、人間。天界と言われてあなたは何を想像する?」

「文字通り雲の上。仙桃と天人の住まう場所」

「天人は何をして暮らしていると思う?」

 

 む、と楓は自分の知識を掘り起こして考えてみる。

 天人。楓の知る知識が全て正しいという前提で考えるなら、地上に住まう人間よりも優れた存在。神通力に長じ、およそ大半の苦しみから開放された存在。言い換えるなら――今に満足している存在。

 

「……その場しのぎの享楽。酒、食事、踊り、歌、その辺りが争いと無縁にできる娯楽」

「なぜそう思った?」

「天人は天道に住まう人類。人間道の人類より優れ、その生命に苦痛はないが、それだけ。……というのが俺の知識にある天界だ」

 

 実在するとは思ってなかったので知識止まりである。眼前の天子を見て、その認識は改めることにしたが。

 ともあれ楓の知識はほぼ正解だったようで、天子はつまらなさそうに身体を伸ばす。

 

「全く、教え甲斐がないわね。正解よ、正解。あなたの言うことが大体天界の暮らしを指しているわ」

「ふむ」

「当然だけど、ひどく退屈なの。そも、ここ千年近く天人となったものがいるわけでもなし」

「長寿なんだったか」

「正確に言えば、迎えに来る死神をぶっ飛ばしているから死なないって意味だけどね」

 

 争いがないとは何だったのか。別に天界に夢を持っているわけではないが、なんとも言えない気持ちになる楓だった。

 

「で、話を戻すけどまあ退屈も退屈。踊って歌を吟じて桃食べて、惰眠を貪って……それだけで生きていけちゃうのよ」

「なるほど、妖怪に通じるところがあるな」

 

 妖怪もまた、彼女らと同じように特に働かずとも生きていける能力を有している。それ故に生きることに飽いてしまうということがあった。

 今は弾幕ごっこの普及もあり、人間との交流も始まって目まぐるしく日々を過ごしているが、それもやがては飽きに変わっていくのだろう。

 それが百年先か、千年先か、あるいは万年先かはわからない。わからないが、その時になったらその時の人たちがどうにかしてくれるはずだ。もしくは、半妖の己がその当事者になっているか。

 

「だがわからないことがある」

「なに?」

「それを退屈に思う、ということだ。天人とは天界で生まれた人間のことを指すと書物には記されている。――ではそれが彼らにとっての全てになるんじゃないのか?」

 

 退屈であると感じるのは、退屈でない状態を知っていなければできない。最初から天人として生まれ、天人として育っていたら出ないはずの発想だ。

 つまり、それが出るということはこの天子という少女はかつて人間であったのではないだろうか。

 

「…………」

「答える気はない、か。まあ良い。別に知ってどうするものでもなし、興味本位だ」

「好奇心猫を殺すという言葉もあるわね?」

「その言葉を適用するならお前だろうよ」

 

 そう言って楓は立ち上がり、実に面白そうにこちらを見つめる天子に対して問いかける。

 

「……で、お前の好奇心は満たされたのか?」

「とんでもない。せっかく下界に降りてきたのだから、とことん楽しまなければ損というものでしょう?」

「……じゃあどこに行きたい?」

「そうね、久しぶりに桃以外の甘味が食べたいわ」

 

 できれば人里を避けてほしかった楓は渋面を作る。天子の言葉に従うのなら、人里に連れて行くことは必須になってしまう。

 天狗の里の方に連れて行こうか、とも迷ったが天魔相手にまた弱みを見せることになってしまう。いや、彼のことだからこの状況もすでに把握して楓の試金石としている可能性が高い。

 当然だが、御阿礼の子の前に連れて行くのは論外だ。天人であること以外に何もわからない少女を連れて行くなど愚の骨頂である。

 

 どうしたものかと頭を抱える楓の脳裏にふと、ある少女の姿がよぎる。少し前に知り合ったろくろ首の少女だ。

 

「…………」

「ちょっと、早く案内しなさいよ」

 

 知り合ってからさほど時間も経っていないのに、早速新しい厄介事に巻き込んで大丈夫だろうか、という懸念はあったが天子に急かされてしまった。

 とりあえず平謝りして許してもらえることを祈ろう、と思いながら楓は人里へ向かい始めるのであった。

 

「……知り合いの店がある。そこで良いな」

「構わないわ」

 

 川の下流に向かって軽やかな足取りで山を下りていく。道中で薬草や山菜の採取も行っているが、天子は何も言ってこないので良しとしている。

 

「それにしても退屈しのぎ、と言っていたが俺に接触することがそうなのか?」

「まさか、これはただの下見よ。退屈をしのぐというのなら――祭り以上のものはないでしょう?」

「異変を起こす気か?」

「内容は秘密としておくわ。その方が驚くでしょうし」

「……俺は異変の予防をする役目ではない。お前が何をしようと俺に止める権利はない」

 

 博麗の巫女であっても、彼女もできるのはあくまで起きてしまった異変の解決であり、異変を未然に防ぐことではない。

 これは楓にも適用される。楓の役割はあくまで人里への被害を防ぐことであり、それ以上は人里の守護者としての領分を越えてしまう。

 

「だが、人里に被害を及ぼそうとする場合は別だ。そうなると俺が動かざるを得ない」

「動くとどうなるのかしら?」

「――こちらも加減はしない、とだけ言っておこう」

 

 天子の首に狙い澄ました殺意を飛ばす。

 それを受けて天子が首を押さえる仕草を取ったため、楓は内心で推測していたことが確信になったと笑う。

 当然の話だがこの少女――争いに全く慣れていない。争いのない世界に長い間住んでいたため、殺し殺されといった気配に対する耐性が一切ない。

 ……弾幕ごっこで大体の争いを解決するこの時代、そんなものに慣れても良いことはないので天子が正しい姿なのだが。

 

「こっちも人が住んでいるところを守るためだから、なりふり構ってられないんだ。驚かせたなら謝る」

「……別に良いわ。それにどうせ人里を巻き込む異変にする予定ではなかったし」

「そうなのか?」

「天変地異を起こしたとして、それが地上全体なら単なる自然災害で終わる可能性だってあるでしょう? それなら一部を除いて起こした方がわかりやすいわ」

「なるほど」

 

 そう言えば大々的に弾幕ごっこが異変解決に用いられるようになった異変――紅魔館のレミリアたちが起こした紅霧異変も、確かに人里を避けていた。

 

「それにしても――いきなり天人に殺意を向けるとは恐れを知らない人間ね?」

「人里にとって不利益になる、と判断した時点でお前を殺しても俺が称賛される側なんだ。殺気だけに留めたことに感謝して欲しいくらいだ」

「今わかった。あんた私のこと嫌いでしょ?」

「人に好かれる態度とってないだろ」

 

 むしろ今までのやり取りで天子を好ましく思う理由があったら聞いてみたいくらいである。

 楓にとって、彼女はいきなり空からやってきて図々しく貢物を要求し、更に甘味まで要求する厄介な女以外の何ものでもない。

 天子は楓の態度に苛立ったのか、わずかに口元を引きつらせながらも怒りを発しはしなかった。

 

 楓は人里への道を歩きながらも千里眼で周囲に知り合いがいないか探してみるものの、今日に限って誰も見つからなかった。橙がいたら喜んで彼女に押し付けようと思ったのに、マヨヒガにこもられていると千里眼でも見つけられないのだ。

 

「ほら、あそこが人里だ」

「おお、空から見ていた時はアリの巣のように見えていたけど、やっぱりこうして見るとそれなりの規模ね」

「…………」

 

 彼女に人里を見せたのは正解だったかもしれない。天界から地上を見下ろしていただけでは、そこで生きている人など文字通り虫けらのように見えていた可能性がある。

 

「門番に話を通す。少し待て」

「手早く済ませなさい」

 

 天子の言葉に肩をすくめ、楓は門番に事情を説明する。

 またかよお前、みたいな目で見られることに居たたまれない気持ちを覚えてしまう。一番辛いのはそれがやっかみでも妬みでもなく同情の視線だったことである。

 離れた場所で見ていた天子は、楓が唇を横一文字に引き結んで戻ってきたことに首を傾げた。

 

「遅かったわね……ってどうしたの? この天人と一緒にいてそんな苦虫を噛み潰した顔は似合わないわよ?」

「…………」

 

 天人と一緒にいるから面倒なことになっているのだ、という苦情を楓は飲み込んだ。

 意気揚々と人里に乗り込む天子の横に並んで人里に入り、楓は一直線にとある店を目指す。

 道中にもいくらか店はあるものの、目もくれず進むことに天子が楓の腕を突いてくる。

 

「ねえ、あの辺じゃダメなの?」

「行きつけの店がある。どうせなら美味いものが食いたいだろう」

「むぅ。でもそうね、ここじゃあなたの方が長いわけだし、ここは従いましょう」

 

 素直についてくる天子に胸をなでおろしながら、楓は目当ての店に入っていく。

 厨房の向こうには見覚えのある赤髪の少女が立っており、店に入ってきた楓と天子の姿を見て顔を思いっきりしかめた。

 

「……いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」

 

 赤髪の少女――赤蛮奇に促されるままに適当な椅子に座った楓だったが、急に首根っこを引っ掴まれる。

 振り返ると蛮奇がおよそ少女のしてはならない鬼の形相で楓を睨んでいた。

 

「おい。おい」

「……その、すまん」

「あれから一月も経ってないだろ! お前は厄介事を引き寄せなければ呼吸できない体質なのか!!」

 

 小声で怒鳴りつけるという器用なことをしてくる蛮奇に楓は頭を下げるしかなかった。

 

「お前に被害がいかないように努力するから勘弁してくれ。ここしか思い浮かばなかったんだ」

「……どういう事情だ?」

 

 楓が事情を洗いざらい話すと、蛮奇は鬼の形相からなんとも言えないしかめっ面に変わる。

 

「お前は本当に迷惑を持ってくるな……」

「本当に悪いとは思っているぞ?」

「悪いと思ってなかったら叩き出しとるわ! ったく! まったく……!」

 

 蛮奇は乱暴に楓を椅子に戻すと、むっつりとした顔のまま二人に注文を聞いてくる。

 楓はせめてもの罪滅ぼしに一番高いものをとりあえず注文し、天子はあんみつを注文してウキウキとした様子で楓に話しかけてくる。

 

「ねえ、知り合いって妖怪とだったの?」

「あまり大声で言うなよ。彼女は妖怪であることを隠して人間として暮らしている。俺がこの店を使えるのも彼女に迷惑をかけない範囲で、という契約だからな」

 

 今まさにものすごい迷惑をかけているので、非常に肩身が狭い楓だった。

 天子は気にせず、出されたお茶を片手に己の好奇心を満たそうと楓に質問を投げかけてくる。

 

「あの妖怪とは知り合って長いの?」

「知り合ったのは最近だ。店に迷惑をかけない範囲なら使っても良いと言ってくれてな。感謝している」

「店に迷惑なんてかけてるの? 品行方正みたいな顔して意外ね」

 

 お前らのせいだよ、と声を大にして言いたい楓だった。外を出歩くたびに面倒な輩を引き連れてきてしまうので、必然的に店に入りにくくなってしまうのだ。

 そんな中で来ても良いと言ってくれた蛮奇には非常に感謝していた。これからも何かあったら頼ろうと思っているので、ここを出禁にされるのは避けたい。

 

「……で、何か聞きたいことでもあるのか?」

「ふぅむ……ああ、一つだけあったわね」

「なんだ?」

「――あなたの名前を聞いていないわ」

「……楓。火継楓だ」

 

 楓が名乗ると天子は意外そうに口元を歪める。

 

「どうした」

「素直に教えるのね。嫌っていると思うのに」

「嫌いと言った覚えはないぞ。ひたすらに面倒な輩だと思っているだけだ」

 

 要するにいつも楓に絡んでくる輩と同じ位置である。そもそも、楓が明確に嫌う相手は皆無である。

 御阿礼の子を害した輩が嫌いなのだから、そんな存在がいたらこの世から消えているのだ。

 天子はそんな楓の思考など露知らず、とことん面倒な相手だと思われていることに怒りで顔を赤くした。

 

「それはそれで腹が立つわね!」

 

 否定する要素が一切ないので、今の評価を覆すつもりはない楓だった。

 

「こっちも聞きたいことがあった」

「何かしら?」

「お前はどうして今になって動いたんだ? そもそも地上が見えたのなら、今までのお祭り騒ぎだって見えていただろう」

「言ったでしょう。地上を見始めたのはつい最近、あんたと天狗が戦っている姿を見てからよ。それまでは地上を見ようなんて思いもしなかったわ」

 

 そう語る天子を楓は胡乱げな目で見る。

 彼女が天人として普通なのかはわからないが、これほど活動的ならもっと早い段階で地上と接点を持っていてもおかしくないと思ったのだ。

 地上を見始めたのがつい最近。それは間違いないだろう。だが、それまで見てこなかった理由が楓には気になった。

 

「どうしてこれまで見てこなかった? お前が退屈を持て余したのも昨日今日の話じゃないだろう」

「……たまたま気づかなかっただけよ。良くあることでしょう、他人から見たなんてことない問題を当人だけが気づかないなんて」

 

 嘘だ、と楓は直感したが追求はしなかった。

 そう語る天子の顔は目に見えて歪んでおり、瞳はここではないどこかを憎々しげに見ていた。

 またぞろ面倒な問題を抱えているな、というところまで察して楓は黙っておくことを選ぶ。当然だが、今日出会ったばかりの少女にそこまで肩入れする理由はない。

 今日も適当に彼女の話に付き合い、あわよくば天界の話を聞き出しつつ別れて後は霊夢に任せる。そして後日阿求に天界のことを聞かせて話の種にする。それが楓にとって一番問題の少ない方向である。

 

「……じゃあ別の質問だ」

「まるで尋問じゃない?」

「今度のは軽い内容だ。天界では何を食べていたんだ?」

「桃って言ったじゃない」

「桃以外になにもないのか?」

「ないわね。そもそもこの桃、ものすごく美味しいのよ」

「ほう」

「いやもうホント冗談みたいに美味しいの。天人の爺さんなんて千年これを食べて全然飽きないって豪語するくらいよ。私は飽きたわ」

「なんと」

 

 それはそれでどんな味なのか気になる楓だった。

 天界に行く用事があったら一個くすねてみようと決心する。

 

「天人についてあんまり話してなかったわね。天界と天人というのは基本的に満ち足りているのよ」

「それはさっき聞いた」

「さっき話したわ。で、この満ち足りている方向性が物質的な面じゃなくて、精神的な面なのが問題なの」

「……まあ、天界が物質的に満ち足りているとは考えにくいが」

「心が満ち足りている。足るを知る、というやつね。今、そこにあるもので満足できちゃうのよ」

「あー……」

 

 天子の言いたいことが大体わかってきた。

 人間、同じものを食べ続けていればやがて飽きが来るし、当然好き嫌いも生まれてくる。

 それをどうにかしようと一工夫加える――料理したり、あるいは全く別の食材を探したりと変化が生まれてくる。

 天界にはそれがないのだ。そこにあるものを食べるだけで満足できてしまう。

 天子の反応から読み取るにほぼ間違いない推測だが、天界には衣食住という概念こそあれど、そこから発達していないのだ。

 

「……ということは料理も?」

「桃を焼いたことすらない連中ばかりよ。ちなみに私は試したけど飽きたわ」

「なるほど、こうなると天界も息苦しいな。俺には難しそうだ」

「食事は命を奪うものである以上、命に感謝すべき。その理屈はわかるし、喰らう命に敬意を払うことに拒絶もしないわ。――でも私だって美味しいものが食べたいし、楽しい遊びがしたいのよ!!」

「うーん……」

 

 あんまり聞くべきではなかったかもしれない、と楓は思う。ここまで聞いてしまうと下手に放り出すのも後味が悪くなる。

 どうせ楓が面倒を見なければならない輩は数多くいるのだ。彼女がその一人になったとしても、大差はない。

 

「お待ちどうさま、あんみつと栗羊羹だよ」

 

 蛮奇の手によって運ばれた甘味が天子の前に二つとも置かれる。

 ちらりと楓の方を見た蛮奇が視線で確認してきたので、楓は首肯して天子に自分の分も差し出す。

 

「俺の分も食って良い。見てるだけで腹が膨れてきた」

「じゃあお言葉に甘えて。……んー! 桃以外の甘さなんて何百年ぶりかしら!」

「なあ楓。お前は本当に面倒で重たそうな輩を引っ掛ける天才だな」

「聞こえていたのか」

「聞かせたんだろ。全く……」

 

 配膳用の盆を抱えた蛮奇がヒソヒソと楓に耳打ちし、楓は曖昧な表情でうなずく。

 そんな楓を蛮奇は本当にどうしようもない奴だと心底思いながらも、やはり放り出すまでには至らないため特大のため息を見せびらかすしかないのであった。

 そんな二人をよそに天子は久方ぶりの味を心ゆくまで堪能し、存分に味覚を刺激することに夢中だった。

 

「魚も食べられたし、甘いものも食べられる。本当に今日は良い日だわ!」

「店としては嬉しい限りですよ。ねえ、楓?」

「悪かったって」

 

 反省はしているが後悔はしていない顔だったため、これはまた似たような状況になったらここに来るなと蛮奇は察してしまう。

 察するが、今回も蛮奇に被害が及ばないよう楓が捌いたのも事実のため、また仕方がないと思ってしまうのであった。

 だから楓に迷惑かけられちゃうんだよ? とは後日この話を聞いた影狼の言。涙目になるまで頭をぐりぐりした。閑話休題。

 

 甘味を食べ尽くした天子はとても天人らしくない、おっさんのような仕草でくちくなった腹をさすり、楓に感謝の意を告げる。

 

「はー、美味しかったし楽しかった! 今日はありがとう。やっぱりあんたに目をつけて正解だったわ」

「そういえばなぜ俺だったんだ?」

「あの天狗は切れ者過ぎるわ」

 

 端的ながら、この上なく天魔を表した言葉だった。確かに天魔と自分を比較したら自分の方が遥かに御しやすいだろう。

 ともあれ天子は満足したので戻ろうとする。当然、この店の支払は楓持ちである。

 

 すると、店先に一人の影が立ち止まった。

 千里眼で接近には気づいていた楓が怪訝そうな顔で振り返り、蛮奇が店の客だろうと営業用の笑顔で後ろを見た。

 そこに立っているのは非常に長い羽衣をまとった少女で、誰に視線を合わせるでもなくただこの場所に立っている。

 

「おや、いらっしゃいませ――」

 

 

 

 

 

「――こんにちは、唐突ですが近いうちに大地震が来ます」

 

 

 

 

 

 開口一番に少女の放った言葉に、蛮奇は楓がまた面倒な女を引き寄せたのだと直感的に理解し、彼の頭を盆で思い切りはたくのであった。




天子は最初は演技してますがだんだん面倒になって素になっています。演技してる時は色々と中国の名言引っ張ってきたり、あれこれ仏教知識調べたりするのでぶっちゃけめんど(ry

そして当然のように面倒に巻き込まれるばんきっき。でもなんだかんだ楓が頑張っているので見放すことができない人です。楓はわかってて申し訳無さそうに迷惑かけてます。今後もかけていきます()

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