阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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博麗神社倒壊に回想フェイズ挟むのは基本


緋想天へ昇る前準備

 霊夢にとって博麗神社は生まれ育った家であり、色々な思い出の詰まった場所だった。

 先代の巫女を母と慕い、先代の友人であった楓の父親を爺さんと呼んで、彼女の幼い日々は過ぎていった。

 

 余人が見れば稽古漬けと呼ぶに相応しい、寝ても覚めても博麗の巫女として大成するための修行ばかり。

 霊力の扱いに始まり、博麗の結界術、相手の攻撃を避ける体術、これら全てを織り交ぜた組手。

 無論、これらだけで巫女として生きるには不足なため、勉強もさせられた。読み書き計算に始まり、祝詞の書き方や神楽の踊り方まで。

 

 全くもって大変な日々だった、と霊夢は昔の日々を懐かしむ。

 だが決して苦しいだけではなかった。母の作る料理は大雑把だが暖かく、時折爺さんも霊夢のためにご飯を作ってくれた。それがとても美味しく思わず二度見してしまったのも覚えている。

 厳しいだけでなく、霊夢を導いていた。それがわかったのは二人が二度と会えない場所へ逝ってしまい、自分が博麗の巫女として正式に活動を始めてからである。

 

 霊夢は自分のことを天才だと自認していた。そしてそれは母も爺さんも認めるもの。

 しかし、稽古を始めてほぼ同時期に連れて来られた爺さんの子――楓もまた天才だと霊夢が認めざるを得なかった。

 霊力の扱える自分とは違い、半分妖怪の血が混ざった彼はもっぱら爺さんと斬り結んでいる――傍目には一方的な勝負だったが、本人はそう言い張っている――光景ばかりが目に入った。

 そして楓と自分はお互いに歳が近いということで組手の相手となり、今に至る付き合いとなっている。

 

 周りは楓のことを生真面目で優しい好青年だと言って絶賛しているが、霊夢に言わせればそんなことはない。あれは相手によって態度を分けているのだ。

 その証拠に楓は霊夢に巷で言われるような優しさなど見せたことがない。いつも口うるさく小言ばかりで隙あらば自分を稽古に巻き込もうとしてくる。早く爺さんを超えたいのはわかるが、自分を巻き込まないで欲しい。

 

 ともあれ、霊夢にとって博麗神社で幼い頃に博麗神社で知り合った人物は、育ての親とも言える先代らが亡くなった後も付き合いが続いていた。

 来る日も来る日も飽きもせず楓は自分を起こしに来て、うんざりした顔で稽古に誘う。そして自分は嫌々ながらそれに従い、一日の始まりを迎えるのだ。

 

 その日の稽古は霊夢の方が優位なルールでの組手だったものの、それが油断に通じたのか楓が逆転勝利を収めていた。

 霊夢は一撃受けてしまった肩をさすりながら、痛そうにうめく。

 

「いったー……乙女の柔肌に傷が残ったらどうしてくれるのよ」

「残らんようにやっているから安心しろ。と、もう良い時間だな」

 

 構えを解いた楓が空を見上げる。

 釣られて霊夢も顔を上げるとすでに太陽は高く昇っており、一日の始まりを象徴していた。

 

「道理でお腹が空くわけね。今日はもう終わりでいいんじゃない?」

「そうだな。……霊夢、肩はまだ痛むのか?」

「え?」

「痛むなら朝食ぐらい作っていく」

「あー! 痛いわー! 痛すぎて脱臼しそうだわー! これで包丁握ったら肩外れるわー!」

「全く……」

 

 呆れきった顔になりながらも、楓は台所へ向かってくれる。何かと口うるさいが、これで意外と気を使ってくれる点については悪くないと思っている霊夢だった。

 

「ついでだ。何か希望があれば聞くぞ」

「あ、じゃあちょっと待って」

 

 霊夢は私室へ戻って一冊の書物を取りに行く。

 かつて爺さんと慕った人間が遺してくれた――先代と爺さんの作れる料理のレシピ集である。

 家族からの贈り物として大切に保管し、暗記できるほどに読み込んだそれを持って霊夢は楓の元へ戻ってきた。

 

「これ、これ作ってよ!」

「父上の料理か。レシピがあるならお前が作っても同じじゃないのか?」

「自分で作るのと人が作るのじゃ違うに決まってるでしょ。それにあんたの方が爺さんから教わった時間長いはず」

「……まあ良いだろう。少し見せてくれ」

 

 霊夢から書物を受け取った楓はレシピを流し見するとすぐに返す。彼も父から教わった料理の中に該当するものがあったのだ。

 

「わかった。もう戻しておけ、大事なものだろう」

「ん。へへ、期待してるからね!」

「お前の貧乏舌を満足させるくらいわけない」

 

 減らず口を叩く兄貴分にべーっと舌を出して、霊夢は書物を大切に箱にしまう。

 そして肩に変なアザなどができていないことを確かめ、台所へ向かった。

 そこではすでに料理用の割烹着を身に着けた楓が、手際よく調理を始めているところだった。

 

「別に待っていても良いぞ」

「なんとなくね。あんたが手を抜くかもだし」

「普段の食生活も怪しい妹分だ。こういう時に栄養をつけないといつまで経っても貧相な身体だぞ」

 

 楓が野菜を切っていなければ陰陽玉を飛ばしていたところである。

 この男、魔理沙や咲夜にはそんなこと口が裂けても言わないくせ、霊夢には全く躊躇せず言い放ってくる。

 しかしこれで面倒見が悪いかと言えばそうでもない。今のように霊夢の調子が悪ければ積極的に世話を焼こうとするし、多少の顔色の変化でもよく見抜いてくる。

 

 推測だが、楓は霊夢を人間の代表として見ているのではないかと考えていた。

 楓は半人半妖であり、純正な人間ではない。そのため、時々基準が狂うことがある。

 自分なら問題なく行えることが、人間には不可能なことであるとわからなくなるのだ。

 特に彼の知っている人間がよりにもよって、霊夢と楓の二人がかりでも勝ち目が見えない彼の父親であり、身近な家族はすでに妖怪の母親しか残っていないためそれに拍車をかけてしまう。

 当人に自覚があるかはさておき、霊夢は楓の世話焼きをそう評している。閑話休題。

 

「っと、そろそろできる。食卓を綺麗にしておいてくれ」

「はーい」

 

 手早く料理を完成させた楓の指示を受けて、霊夢もテキパキと食卓の準備を終えて料理を並べる。

 そうして二人が食事を始めたところで、楓は霊夢の肩をもう一度見る。

 

「……後に引く怪我にはなってないようだな」

「あんたがそう言ったじゃない」

「万が一も考えて、だ。怪我をしたから助けられるわけでもないが」

「じゃあ良いでしょ。というか、妖術に治療の術とかないわけ?」

「腕が吹っ飛んでもすぐ治る奴らにそんなもの必要か?」

 

 返す言葉もなかった。病など知らず、首が吹っ飛ぼうと治る妖怪が他者の治療、治癒など考える必要がない。妖術にそういった方向のものが生まれない理由が今まさにわかってしまった。

 

「俺ができるのはせいぜい薬を作ることぐらいだ。それにしたって塗れば治る、なんて魔法の薬でもない」

「そんなものあったら逆に副作用が怖いわよ。今のままで十分」

 

 そう言って霊夢は会話を終わらせ、味噌汁を口に含む。

 自分で作っていると自分の予想通りの味になっても感動も何もないが、他人が作った料理が自分好みの味になっていると嬉しさを覚えてしまう。

 その点で言えば楓は霊夢の好みを全部把握しており、実にありがたい。

 

「ん、美味しい」

「それは良かった。食い終わった食器は片付けておけ。洗ったら戻る」

「そこまで任せていいの? いやあ、悪いわねえ」

「悪いと思うならお前に任せる」

「あー! 肩痛いー! お箸より重いもの持ったら外れるわー!」

「はいはい」

 

 楓は仕方がない奴だと言わんばかりに肩をすくめ、目を細くする。

 誰かの世話を焼くのが好きなのか、霊夢が素直に頼ると楓はあれこれとやってくれたりする。無論、御阿礼の子の側仕えに支障が出ない範囲で、だが。

 

 そうして食事を終え、楓は後片付けもして人里へ戻っていく。

 

「じゃあ俺は戻る。俺がいないからって巫女の仕事をサボるなよ」

「巫女の仕事はサボらないわよ。他は知らないけど」

「どっかで抜き打ちで見に行くからな」

「あんたは私の親か!?」

「博麗の巫女を動かすのも守護者の役目だ」

 

 お前が日々真面目にやっていればこんなことはしない、と楓もうんざりした顔で呟く。当然、霊夢に聞き入れるつもりはなかった。

 まだ小言が言い足りなさそうな様子だったが、これ以上何かを言うことなく楓は人里へ戻っていくのであった。

 それを見送り、霊夢は大きく伸びをして空を見る。今日も見慣れた白黒ドレスの魔法使いがやってくるのが視界の端に映る。

 

「うん、今日も良い天気。一日頑張りますか!!」

 

 これが霊夢の日常だった。代わり映えせず、さりとて飽きることもない。退屈ながらも愛おしい毎日だった。

 ――今日、博麗神社が倒壊するまでは。

 

 

 

 

 

 楓がその場にたどり着いた時、すでに千里眼でおおよその状況は把握していた。

 博麗神社は倒壊したものの、霊夢は運良く外にいたため彼女に怪我はない。

 ただ、さすがに彼女も理解の埒外にあった様子で呆然としているのが読み取れた。

 

「ここまでやるとは聞いてないぞ……!」

 

 博麗神社が崩れるほど大きな地震だとは思っていなかった。霊夢が無事だから良いものの、万が一霊夢も巻き込まれていたら、命の危険すらあった。

 急いで博麗神社に到着すると、霊夢はぺたりと座り込んで呆けた顔で崩れた神社を見つめている状態のまま動かない。

 

「霊夢。――おい、霊夢!」

 

 側に駆け寄り、強めに肩を揺さぶる。

 それでようやく状況がわかってきたのか、焦点の定まっていない瞳が楓を捉える。

 

「……ああ、楓か」

「人里で地震があって、念のため外を見ていたら偶然見つけた。大丈夫か?」

「大丈夫よ、私には怪我も何も……!?」

 

 話している間に冷静さを取り戻し、同時に気がかりなものも思い出したのだろう。霊夢は弾かれたように神社の残骸に向かって駆け出す。

 

「待て、霊夢!」

「本が、本があるのよあそこに!! 箱に入れた母さんと爺さんの本!!」

 

 とっさに楓が後ろから羽交い締めにするも、半妖の力を持つ楓でも凄まじい力だとわかる勢いで霊夢が前に進もうとする。

 

「落ち着け、俺が探す!」

「…………ほんとう?」

「お前の大事なものだろう」

 

 何事にも執着せず、あるがままに生きようとする霊夢にとって、大切なものは思い出など無形のものが多い。

 その彼女が後生大事に抱えている先代と楓の父の本。それが霊夢の中でどれほど大事な部類なのか、楓にも想像ぐらいはできる。

 楓がそれを伝えると、霊夢はすがるような視線で楓を見てきたので、安心させるようにうなずいた。

 

「大雑把で良いから場所を教えてくれ。天狗の風で瓦礫をどかしつつ探す」

「……ん」

 

 霊夢の指差した方向へ向かい、軽く腕を振るう。それだけで瓦礫が風で空に浮かび上がり、人間一人分が入れるぐらいの隙間ができる。

 

「よ、っと……」

 

 楓は隙間に身を滑り込ませると、瓦礫に覆われた神社の中を千里眼で見極めて目当てのものを探す。

 そして程なく、手に一つの箱を持って霊夢の前に戻る。

 

「――これか。後生大事に結界が張ってあったからすぐわかった」

 

 霊夢が有無を言わさず奪い取り、中身を検める。

 それが目当てのものであり、なおかつ無事であることを確認すると霊夢は今度こそ力が抜けたのかへなへなとその場に崩折れる。

 

「良かった……」

「……一旦俺の家に来い。いつまでもここにいたって仕方がないし、それを預ける場所も必要だろう」

「あ、うん……」

 

 心配していたものが無事で、神社こそ壊れたものの霊夢には傷一つない。

 そこでようやく冷静さを取り戻したのだろう。霊夢は一つのことに気づいて楓を見る。

 

「あんた……?」

「なんだ?」

「いや、そうよ。――なんであんたの周りはそんなに暑いの?」

「はぁ?」

 

 何を言っているんだ、と楓は怪訝そうな顔になり――すぐに今の状況の異質さを理解して瞠目する。

 言われてみれば確かに。霊夢の身体にはじっとりと汗が浮かんでいた。

 

「確かに今の季節は夏だけど、あんたのそれは異質過ぎるわ。下手すると四十度近くになってない?」

「本当か?」

「気づいてなかったの?」

 

 首を横に振る。半人半妖のため、なまじ外気温の変化に耐性を持っているのが仇になった。

 

「ちょっとこっち寄らないで。あんたが近寄ってこうなったってことは、距離さえ離れれば戻るはず。……うん、涼しくなった」

「俺の周囲の天候がおかしいわけか……いや待て。俺だけか?」

 

 楓は千里眼で再び幻想郷全土を見回す。先ほどは気づかなかっただけで、見れば魔法の森は霧雨が降り、紅魔館は霧に覆われている。

 もとより霧の湖の近辺だったので、大して気に留めていなかった。なぜ気づかなかった、と己に毒づいて霊夢に得た情報を伝えておく。

 

 いつからだ、と楓は思考を巡らせる。少なくとも今朝、阿求と話していた段階で阿求が気にした様子はなかった。

 屋内なら無視される、ないし楓が博麗神社に移動しているタイミングでこの状態になったのか。

 

「……霊夢、一つ気になっていることがある。確認したいから、やはり人里に来て欲しい」

「頼まれなくても行くわ。一旦、あんたのところにこれは預けておきたいし」

 

 そう言って霊夢と楓は互いにある程度距離を取りつつ、人里へ戻る。

 人里の中では特に異常らしい異常は起きていなかったが、楓が里に入ると暑そうにする人が目に見えて増えた。

 

「身近な人間のみ、というわけじゃなさそうね。急いであんたの家に行くわよ」

 

 霊夢に促されて火継の家に一度戻ったところ、女中の一人が息せき切らして楓の前に現れた。

 

「と、当主様! 大変でございます!!」

「落ち着け、何があった?」

 

 彼女は火継の家に仕えて長い女中だ。楓が己の同類にどんな感情を抱いているかなど百も承知だろう。

 その上でここまで狼狽するような出来事があったのか、と僅かに思案を巡らせる前に女中が答えを口にする。

 

「母君が、母君が――拐かされました!!」

『――は?』

 

 奇しくも、驚愕の声は霊夢と一緒に重なったものだった。

 

 

 

「話をまとめると、あんたがこの前知り合った天人とやらが連れ去った、と」

「ご丁寧に俺に伝言まで残して、か」

 

 内容は母を預かったので助けたければ天界に来いという古典的なものだった。

 だが、それを受け取った楓の頭にあったのは身内をさらわれたという焦燥ではなく、別の方に向けられていた。

 

「解せんな」

「は? 何言ってんのよ、椛さんが連れ去られたんでしょ!? おまけに今回の異変の黒幕っぽいしさっさと行ってさっさと助けて――」

 

 余談だが、霊夢は爺さんの細君である椛に敬意を払っていた。あんな面倒な人とよく結ばれたな、という意味で。

 それに楓とも家ぐるみの付き合いがあると言えるため、今でこそ頻度は減ったが昔は火継の家に泊まったことも何度かある。

 優しく温厚でいつも笑いを絶やさない。およそ霊夢の知る妖怪らしからぬ姿には霊夢も懐いていた。閑話休題。

 

「いや、それは承知している。気になっているのは――母上をどうやって連れ去ったか、だ」

「はぁ?」

「お前は知らんかもしれんが、母上の剣技は結構なものだ。あの天人が強引に連れ去ろうとしてできるものだとは思えない」

「どのくらい強いのよ?」

「剣術の土俵なら妖夢が一方的に負ける」

「嘘でしょ!?」

「本当だ。だからわからない」

 

 少なくとも家を荒らされた形跡はない。――つまり、戦っていないということ。

 言い換えれば、椛を戦い以外で連れ去る方法を用意していた。

 

「母上を動かすに足る手段があるはずだ。それをどうにかしないと取り戻したところで同じことの繰り返しになる」

 

 巻き込まれているのは確かだが、いつまでも翻弄されっぱなしではいられない。楓は霊夢の疑問に答える形で一つ一つ思索を深めていく。

 

「む……心当たりはないの?」

「一つだけある」

「あるならそれでしょ」

「おそらくは。……一旦動こう。心当たりに案内する」

「え、私も必要?」

「俺の考えが間違ってなければ必要になる」

 

 楓が案内した先は人里からほんの少し外に出た場所だった。

 なにもない草原が広がっている場所に、一箇所だけ不自然に地面が掘り返された形跡がある。

 

「これは?」

「あの地震が来る前に、天人が人里で地鎮を行った跡だ」

「……地震が来るってわかってたの?」

 

 傍らにいる霊夢から剣呑な気配が発せられるが、楓は怯むことなく告げる。

 あれを見逃した時点で、自分が天子を声高に非難する権利など失われているのだ。霊夢が退治すると言うのならそれは正しいことである。

 

「神社が倒壊するほどだとはわからなかった……と言ったところで言い訳にもならんか。後で好きなだけ殴って良いぞ」

「今は?」

「――俺も今回の異変は頭にきている。では?」

 

 母親が連れ去られたのだ。良い気などするはずもない。

 正直なところを言ってしまうと、そこまで悪い気もしていないのだがそれは黙っておく。極論、御阿礼の子は関係していないので楓の心はそこまで揺れていなかった。

 

「良いわ。あんたも今回は……今回も? 巻き込まれただけみたいだし」

「…………話を戻すぞ。問題はこいつだ」

 

 失礼な話であると憤慨したかったが、そこを蒸し返すと話が面倒になるので話を先に進める。

 掘り返した跡が残るその場所を風で巻き上げると、そこには大きな岩が鎮座していた。

 注連縄の装飾が施されたその大岩を見下ろし、楓が話し始める。

 

「俺も千里眼で眺めているだけだったから詳しいことはわからん。わからんが、十中八九こいつが母上を連れ去った理由だろう」

「ふむ……」

「地鎮に用いたものである以上、これには地震を鎮める効果があると推測できる。しかし、これだけのものなら母上も天子に従ったりしない」

「地震を鎮められるなら、地震を起こすこともできる?」

「俺はそう考えている」

 

 おそらくそう間違ってもいないだろう。そして本題はここからだと楓は霊夢を見る。

 

「霊夢、巫女としてのお前に頼みたい。――この大岩、お前の支配下に置けないか?」

「……なるほど、そういうこと」

 

 話を理解した霊夢は楓の横合いから大岩を覗き込み、わかったことを話す。

 

「まず、これは要石ってやつね。これを地面に打ち込むことで地震を鎮めることができる」

「ふむ」

「で、これが使えるってことはあんたの話す天人は地鎮の役目を負っているはず」

「それは本人から聞き出そう。俺が聞きたいのは一つだ」

「あんたの言うことができるかどうかは――」

 

 

 

 

 

「んぐんぐ……美味い! いやあ、天子ちゃん、ここの桃は美味しいですね!」

 

 所変わって天界。文字通り雲の上にある世界で、足場もふわふわと覚束ない雲の上。

 天子は椛を連れて桃の木の下に陣取って座っており、椛は手持ち無沙汰で暇だったのか天界の桃にかぶりついていた。

 呆れた図太さね、と天子は内心で呆れながら椛の様子を見守る。

 

「そう。私は飽きたわ」

「うーん、これしかないとさすがに飽きるのもわかります。確かに甘くて瑞々しくて美味しいですけど、飽きずに食べるには少し味が強いとも言えます」

「でしょう。焼いても干しても茹でても甘いだけ。さすがに果物由来の甘味は当分食べたくないわ」

「あはは、大変だったんですねえ」

「大変だったのよ……って違う!!」

 

 なに仲良く話しているんだ私は、と我に返った天子は大声をあげて椛を威嚇した。

 

「あのね、あんた自分の立場ってやつわかってんの?」

「はあ、人質ですよね。楓を引っ張り出すための」

「わかってるようね。だったらもう少し取るべき態度ってのがあるんじゃない?」

「うーん……あっ、もう一個食べてもいいです?」

「人の話を聞け!!」

 

 天子が椛の桃を取り上げると椛は残念そうな顔になる。

 

「ああっ!」

「ああっ、じゃないわよ!! 私がその気になれば人里なんて地震で壊滅するのよ!! その辺りわかってる!?」

「わかってなければ抵抗してますよ。多分、私が抵抗していれば天子ちゃんは負けてます」

「はぁ?」

 

 何を言っているんだ、と怪訝そうな顔になる天子に椛が一瞬だけ流し目を送る。

 それで何かを感じ取ったのか、天子は首元を抑えながらバッと距離を取る。

 

「……楓から受けたものと同じ感覚。殺気、ってやつ」

「わかりましたか。ええ、その通りです。地上で私に話しかけた時も、今こうしている時も――どちらも私の間合いです」

「武器は奪ったはずだけど?」

「妖怪の武器が刀だけなはずないでしょう? 楓には受け継がれませんでしたが、この爪牙も立派な武器です」

 

 ハッタリである。天人である天子の肉体に爪牙を突き立てられる光景は浮かばなかった。なので現状、椛に打つ手はない。

 ないが、同時にそう悲観することもないと思っていた。最近は楓の方が知名度を高めているため影が薄れがちだが――もともと楓の千里眼は椛から受け継いだものである。

 椛の千里眼はすでに動き始めている楓と霊夢を捉えていた。天子が椛をここに連れてきた要因である、人里に地震をいつでも起こせるという要石に何かしている姿も。

 なので椛はさほど危機感を覚えることなく、天子に話しかけていた。

 

「天子ちゃん」

「何よ。というかちゃんはやめて」

「なぜ私を連れ去ろうとしたのか、聞いても良いです?」

「――私に殺気なんてものを飛ばした楓に目にもの見せたいって言ったら?」

「慧眼です、って答えます」

 

 椛の言葉の意味を測りかねて天子が眉をひそめるが、椛はそれ以上を答えようとはしなかった。

 当然である。自分ではなく彼の主を狙っていたら――天子の首はとっくの昔に落ちているだろう、なんて言えるはずもない。

 

「ともあれ私に抵抗する気はありません。天子ちゃんも天子ちゃんの目的を幻想郷が壊れない程度に果たしてください」

「言われなくてもそうするわ」

「あ、ところで天子ちゃんのご両親とかはいるんです?」

「唐突に話切り替えたわね!?」

「いやあ、することがないと暇なもので。人質としておとなしくしますから、話し相手になってくださいよ」

「楓が妙なところで図太い理由がわかった気がするわ……」

 

 間違いなく母親譲りである。天子は人選を間違えたかもしれないと思いながら口元を引きつらせた。

 しかし同時に天子の頭では椛の言葉に対してどう答えたものか探しているのだから、彼女も変なところで律儀である。

 

「……大したもんじゃないわよ。母親は私を産んだ時に死んで、父親は私のことが目の上のたんこぶ」

「歳を聞いても?」

「千年以上生きている。長生きすると歳なんて数えても意味がないわ」

「なるほど。父君とはいつから折り合いが悪いんです?」

「……いつからかしらね。気づいたらそうなっていたもの」

「そうですか」

 

 天子の言葉に対し、椛はニコニコと笑って相槌を打つ。天子の口から語られる話に気圧された様子はまるでない。

 彼女が閉口するように重たく言ったつもりなのだが、と天子はわずかに怯む。どうにもこの女と一緒にいると調子が狂う。

 

「……それだけよ。面白い話なんてないわ」

「じゃあ話題を変えましょう。天子ちゃんは天界で普段は何を?」

「何もしてないわ。詩も踊りも全部暗記するくらいやったけど、誰も彼も不良天人のやることと笑うばかり」

 

 その口ぶりから椛にはいくつものことが読み取れた。

 まず、天子自身は天界で冷遇されていること。そして実父との折り合いも悪く、関係は相当に冷え込んでいること。

 それだけわかっていれば、椛には十分だった。少なくとも異変を起こした意味には思い至ることができた。

 

 ――できたが、言葉にはしない。それを察するのは天子が執着している楓たちの役目であり、とうに一線を退いた自分の役目ではない。

 ただ、子を持つ母親として子の友人に隔意ではなく笑顔を向ける。椛にとってはそれだけの話だった。

 

「残念ですね。今度私に見せてくださいよ」

「今の話の流れで快諾すると思ってるの!?」

「私はほら、詩も踊りもわかりませんけど、ちゃんと頑張った人かそうでないかぐらいはわかりますから」

 

 頬をかきながら困ったように笑って言うと、天子は言葉に詰まってそっぽを向く。

 

「……全部終わって暇だったらね」

「ええ、楽しみにしています。さて、では桃をもう一つ……」

 

 美味しかったのでもう一個食べようと手を伸ばした椛だったが、その手は虚しく空を切る。

 今さっきまでそこにあった桃がなくなっていたことに椛は目を瞬かせ――何かに気づいたのか身体を強張らせる。

 昔に知り合った懐かしい気配を感じたのだ。薄く、霧の如く広がっているけれど確かな意思を持つその気配の持ち主は――

 

 

 

 

 

「やあやあ、鬼退治の勇者よ! こんなところで会うとはいや奇遇も奇遇!! ――で、お前さんが出てくるとは何かに巻き込まれているのかい?」

 

 

 

 

 

 疎と密を操る程度の能力の持ち主。百鬼夜行の主――伊吹萃香が陽気な顔で椛たちの前に現れたのであった。




人里で地鎮=天子に要石打ち込まれるので地震をいつでも起こせる状態になってしまう。
そこまでは天子の読み通りでしたが、楓は楓で対策を考えて動きます。彼だってやられっぱなしではいられない。

天子「楓に目にもの見せたいけど、肉親か主人か……セオリーで行くならまあ肉親よね!」

超ファインプレーしてます。どっちがより驚くか、という観点で見れば主より親ですよ多分()

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