「ほらほらほら! うまく避けないと黒焦げよあなた!!」
「――」
弾幕、と表現しても良い密度の炎が楓に殺到し、その身を焼き焦がさんと迫る。
それらを短い呼気とともに振るう双刃で切り払う。鋼をも溶かす高温の炎は、しかし彼の振るう刃を未だ溶かすことができていなかった。
スペルカードルールに基づいたものであればこの炎は見掛け倒しのそれであるのだが、今回それは期待できない。
互いに初対面であること――は実のところ些細な理由である。異変解決中の博麗の巫女にとってそんなことは当たり前であるからだ。
問題なのは、両者が守ろうとしているものが人里であること。
この場所が壊滅してしまうのは幻想郷全体にとって非常によろしくない。ある意味、博麗大結界の崩壊と同じくらいに危険な行為となる。
人妖の入り乱れる場所となった人里の崩壊は、今度こそ取り返しのつかない領域まで両者の関係にヒビを入れることに直結する。
そんな結末を喜ぶのは誰もいないため、ここは何が何でも死守しなければならない場所となっている。
なので楓は極力戦闘を避けたいところなのだが、相手は話を聞く姿勢を見せてくれない。
面倒なことを考えるぐらいなら焼き払ってしまった方が楽だし確実だ、と心の底から思っている顔だった。楓も逆の立場なら同じことを考えそうなので、責める気にもなれない。
あるいは身を挺して戦いを止める意思を見せれば話ぐらいは聞いてくれるかもしれないが、そのバクチに失敗した場合、楓は己の生殺与奪を相手に委ねるだけになってしまう。
楓とて初対面の信用できない相手にそんなことはしたくない。そもそも楓が生殺与奪を委ねるのは御阿礼の子だけである。
正面に広がっていた炎に対して一歩も引くことなく全てをその刃で切り払うと、少女はいささか以上に驚いた顔になる。
「……あなた、やるわね。その剣術、妖怪らしからぬとは思うけど間違いなく達人のそれ」
「それはどうも。負けを認めるならこれ以上は戦わない」
そう言いながらも、楓は警戒を怠らず自分の立ち位置を変える。
人里を背にしない方向。万が一炎が後ろに抜けたとしてもどうとでもなるよう動くと、少女は意図を読んだのかニヤリと笑う。
「冗談。……それにしても、本当に人里を襲う気はないのかしら。そうやって動くってことは」
「最初からそう言っているが」
「だったらまあ、悪い女に捕まったと思って頂戴な。事情があって、少しむしゃくしゃしてるのよ」
「…………」
昔、父が健常だった頃のことを連想してしまう。あの人は自分が見ているところでも見ていないところでも、しょっちゅう妖怪に絡まれていたらしい。
父のようにはなりたくない、と思いながらも楓は戦闘態勢を解かない。
「もうちょっと私のストレス解消に付き合ってね、坊や!」
再び迫る炎に対し、楓は刃を振るう――ことなく地面を蹴ってその場を離脱する。
あら、と少女が目を見開くと同時、楓の後方で避けた炎が弾け、小さな炎を周囲に撒き散らす。
切っていたら弾けた炎の直撃を受けかねない、ある種の初見殺しともいうべき攻撃だった。
「なんでわかったのかしら。普通の炎と見分けはつかないはずだけど」
「教える理由があるとでも」
「ないわね。この様子ならもう少し本気を出しても良いかしら、っと!!」
楓の足元から噴き上がる火柱を後ろに跳んで避け、次いで迫る炎の弾幕を切り払う。最後にきた炎は大きく距離をとって爆炎まで含めて回避。
まるでどこからどんな順序で、どういった攻撃が来るのか全て理解しているかのような動きだった。
「……あなた、なにかの能力で私を見ているわね。でなければさすがに対応がおかしい」
「お前の攻撃だろうと余裕を持って対処できる達人、という説は」
楓の言葉に少女はおかしそうに笑ってしまう。仏頂面で刀を構え、達人と呼ぶにふさわしい武芸を持って佇む少年が、どこか年相応に見えてしまったのだ。
「ふふっ……ああ、ごめんなさい。あなたを馬鹿にしたわけではないの。とはいえ、あなたの能力を破る方法が私にはとんと思いつかない。どうしたものかしら」
「だったらもう諦めてくれて良いんだが」
「そうねえ。私の興味は今、あなたに向いているのよ。こんな良い満月の夜だというのに、踊る相手もいない寂しい女を助けると思ってくれないかしら」
「…………」
「うわ面倒くさい女に絡まれた、って顔しないでくれる?」
事実その通りだと思うので表情は変えなかった。
しかし、と楓は構えていた双刃をだらりと下げて、大きく息を吐く。
「あら?」
「……まあ、朝まで暇を持て余していたのは事実だ。それに――貴女は間違いなく強い」
「そんじょそこらの妖怪には負けないわね」
「であれば、これも鍛錬の一環として受け取ろう。人里を襲わないなら、相手になってやる」
己に足りないのは経験だ。それを実戦という形で積めるのであれば、願ってもない。
構え直した楓を見て、少女は鈴を転がすような軽やかな声で笑う。
「憎い満月に終わらない夜。むしゃくしゃしても外に出てみるものね! こんなにも月が綺麗で――今日は良い夜になりそう!!」
「悪いが――俺の踏み台になってもらうぞ」
単純だが高火力な炎、うかつに近づくと弾け、周囲に炎を撒き散らす爆炎、ナイフ、陰陽術。楓と相対する少女はこちらが舌を巻くほど多彩な攻撃手段を持っていた。
中でも恐るべきは炎である。天狗の血を引くため多少は炎への耐性も持ち合わせている楓だが、それでも直撃したら炭化は免れない火力を誇っている。
楓は次々と繰り出される攻撃の全てを、その千里眼に収めてつぶさに観察、前兆を読み取って回避につなげていく。
『必ず攻撃は避けろ。俺より多少頑丈であるからと言って、むやみに攻撃を受けた先に待つのは敗北だけだ』
父より教わった言葉を思い出し、楓は手に持つ双剣と体術にて炎の弾幕を振り払い続ける。
少女は自らの放った弾幕を楓が無傷で切り抜けたことを見届けると、パチパチと拍手を贈ってきた。
「……すごいわね。初見殺しの技含めて割と全力で撃ったつもりなんだけど、こうも見事に対処されちゃうとは。悔しさを通り越して感嘆だわ」
「…………」
「無口ね。もう少しくらい会話を楽しむ余裕があっても良いと思うわよ?」
「……お前、妖怪か? 使う技に類似性がまるでない。まるで――人間が生きていくためにがむしゃらに習得した技術みたいだ」
彼女が炎の技だけを使うなら、それに類する妖怪であると推測ができた。
しかし、彼女の戦い方を見ているとちぐはぐな印象を受ける。より正確に言うなら、様々な系統の技術がごちゃまぜになっていると言うのが近い。
だが人間であると仮定すると、これほどの技術を習得しているというのが明らかにおかしい。
どれも数十年以上の研鑽が必要な技術ばかりであり、それを節操なしに使うというのは見目から判別できる年齢に全く見合わない。
妖怪でもなく、人間でもないなにか。無論、半人半妖といった己の同類でもない。
そんな結論が出て、楓は眉をひそめる。
「ふぅん、よく見ているわね。……いえ、能力がそれに類するものか。さて、私の正体は何だと思う?」
「人ではないが、妖怪でもない。……後天的に人から変異したなにか。それがなにかまでは知らんが」
少女は口元を綻ばせる。不意に見せたそれは何の嫌味もない純粋に楽しい感情を表すそれで、場にふさわしくない笑みに楓は首を傾げた。
「ああ、ごめんなさい。出歩いてみるものね、とつくづく思っていたの。例えば、私が竹林の方に行っていたらあなたとは出会えなかった。違う?」
「案外、別のところで会っていたかもしれない。幻想郷縁起を編纂する方に仕えているから、意外と出歩くんだ」
「幻想郷縁起? ということは……へぇ」
何かに思い当たる節でもあったのか、少女の顔が感嘆のそれに変わる。
「そういえば慧音が話していたわね。最近、新しい少年が人里の守護者になったって」
「先生が?」
「なるほどなるほど。あなたのことはなんとなく見えてきたわ。……じゃあ、続けましょうか」
「やめる、とは言わないんだな」
「それでも良いんだけどね。あなたの目、力に飢えてて仕方がないって目よ」
「…………」
返答しない楓を見て、少女は眩しそうに目を細め――次いで、ゾッとする凄艶な笑みを浮かべた。
「若いわねえ。青いわねえ。――少し、ちょっかいかけたくなっちゃう」
少女の背中から翼が生える。赤く、煌々と闇を照らすそれは炎で形作られた鳳凰の翼。
翼がかすかに動くたびに炎の羽が闇を漂い、その照準を楓に合わせる。
「……術で作った翼。その一端までお前の術か」
「その通り。ここからは私も本気で行くわ。防いで、避けて、私を倒したのなら――ええ、誇って良いことよ?」
火の鳥を象った弾幕が形成されるのを目にして、楓は右手に持つ長刀に左の指を這わせる。
楓に霊力は扱えないが、妖力は扱える。術自体はほぼ母親から教わった拙い天狗の術しか使えなかったが――今しがた、強力な炎の術を覚えた。
(術式は読み取れた。あとは応用できれば、一撃で勝負を決められる)
先ほどとは違う楓の動きと、それによって淡い輝きを帯びた長刀に少女の顔が不審なそれに変わるものの、行動に変化はなかった。
手を一振りする。ただそれだけの動作で火の鳥の嘴が開き、眼前の贄を食らいつくさんと火の粉を撒き散らす。
直撃すれば骨も残さず焦がされるだろう。弾幕の形を作ってはいるが、それはあくまで回避をしづらくするだけのものであり、そこに込められた威力はスペルカードのそれではない。
いいや、あるいはすでにこの勝負自体が楓への試金石となっている現状、当たっても死にはしないかもしれない。
……かもしれないだけの根拠で弾幕に触りたくもないので、受けたら死ぬという前提は崩さない楓だった。
炎の顎が楓を喰らおうと迫ったところで、楓は長刀を振るう。
そして先ほど刃に込めた妖術が機能し、火の鳥は形を変えて楓の長刀に束ねられる。
「なっ!?」
「さすがにこれは驚いたか」
そう、先ほど楓は少女の使う炎の術式を読み取り、大まかな解析まで終わらせていた。
術など使わない相手への想定だったのだろう。火力こそ高いものの、その術式は誰かに奪われることを想定したそれではなかった。
故に奪い取る。それが最も効率よく、攻撃と防御を両立させる手段である。
楓は長刀にまとわせた炎を一瞥することもなく一振りで霧散させる。相手が妖怪なら制御を奪った炎ごとぶつけるのだが、おそらく人間の彼女にそれをやったら殺してしまう。
驚愕に硬直していた少女に肉薄し、その刃を首筋に這わせた。
「勝負あり、だ。初見殺しはそちらだけのものじゃない」
ほんの僅か力を込めるだけで、楓の刃は少女の首を断つ。
その事実を認識し、少女は降参と言うように両手を上げた。
「お見事、としか言えないわね。慧音があなたを誇らしげに語るのもわかるわ」
「…………」
「あ、今すごい内容を気にした顔になった」
からかうような少女の声に楓は意識して無表情を維持する。
「これで終わりだな。あなたの素性は後で聞くが、こちらも良い鍛錬になった」
「ふふ、残念ね」
「なに?」
「私――お見事とは言ったけど、降参とは言ってないわよ?」
瞬間、少女の体が焼けるのも構わず爆炎を噴き上げる。
千里眼で全てを見ていてなお気づかないそれに、楓は咄嗟に後退するものの長刀を握っていた右手が炭化するほどの熱を受けてしまう。
「――っ!」
少女の体内に術が用意されていた、とすぐに己が気づけなかった理由を看破しながら右手を見る。
朝までには治るが、この戦闘では使い物にならないだろう。
苦痛に大した意味はない。そんなもの、御阿礼の子を守れないことより重くはない。
炭化した指先がボロボロと崩れるのも構わず、右手に握ったままの長刀を左手に持ち替える。天狗が鍛えただけあって、まだ使用には耐えうる状態だった。
楓の右手を焼いた炎は今なお轟々と火柱をあげて燃え続けており、中にいた人間の生存などとても考えられない状態だった。
触れただけで炭化。中にいたら骨も残さない。そんな火力であるにも関わらず、中から悠然と少女が再び現れる。
「これは本当の殺し合いでしか使わないんだけどね。――まさか相手が自爆するだなんてなかなか思いつかないでしょう」
「俺が何らかの方法で妖術の出を読んでいると理解して、見えないであろう体内に仕込んだ術で自分ごと巻き込む。思いつきはするかもしれないが、実行するやつなんてほんの一握りだろうな」
まして実行して諸共に死ぬならともかく、自爆した側だけが生き残るなどあり得ない。
先ほどの炎は直撃していれば大妖怪であろうと死が見える威力だった。その中心にいた少女が生きている理由などあるはずもなかった。
「……その身体。どういう仕組かはわからないが、死んだ上で生き返ったのか」
「正解。だから極端な話、殺し合いで私に勝てる存在はないと思っていいわよ」
「どうだろうな。手はある」
少なくとも一つ、思いついたものがある。楓は萎えることのない闘志を瞳に宿したまま、姿勢を整える。
左に握った長刀を少女に向け、右腕を地面と水平に伸ばした歪な構え。
傷を負っていない時に見せていた、変則的ではあるが堂に入った二刀流の構えとは全く毛色が違う。まるで素人のそれにすら見える姿勢。
「……自暴自棄になった、ってわけでもなさそうだし、なにか策はあるようね」
「あなたと同じだ。恥ずかしながら未熟の身。正面からの実力で圧倒できない以上、俺も初見殺しに頼るしかない」
父上なら、というもしもが楓の脳裏によぎるものの、首を振ってそれを消し去る。
そして自分の視界にしか収まらない少女に目配せをし、ずっと守勢に入っていた楓が初めて攻勢に出た。
踏み込みは鋭く、戦い慣れた少女の目にも影しか追えないほど。
咄嗟に放たれた炎は、左手に持ち替えようと変わらぬ冴えを誇る長刀に切り払われる。
「ふ――っ!!」
短い呼気に、しかし裂帛の気合を乗せた斬撃が少女に肉薄し、服を裂く。
少女は明らかに動きが良くなっている楓に目を見開き、同時に理由に思い至り歯噛みする。
(こいつは――加減されていたな!?)
少女にとって思い返す必要もないほど、少年はひたすら守勢に回り、炎を切り裂き避けることに終始していた。
こちらの技を盗むため、というのも一因としてあるだろう。だが一番大きな理由は――少女を可能な限り傷つけず無力化するためだ。
つまり、少女は多彩な攻撃手段を持ち厄介極まりない相手ではあるものの、楓にとってそこまで苦となる相手ではないという認識だったのだ。
舐められていた、と言い換えることもできる。
そしてその認識を少女は自分ごと燃やす炎で手痛い反撃とともに覆した。
故に今の彼女は楓にとって殺すことも視野に入れる相手であり――もはや加減する理由などなにもないということである。
「良い腕、ねっ!」
「――っ!」
片手を振るって放たれた炎を一息に切り捨てる。札を用いた攻撃も、炎の攻撃も全てが出がかりを潰され、しかもご丁寧に内部の術式を破壊しているため燃え広がる炎を作ることもままならない。
少年の距離に付き合ったら自滅する。少女はそれを悟り弾幕を放って距離を取ろうとするも、楓の動きがそれを許さなかった。
「椿!!」
少女から見て花の名前を叫ぶと同時、楓の身体が不自然な動きを取る。
踏み込みから振るわれる刃は月明かりに僅かな反射のみを返し、白光の斬線が少女の腕を肘から切り飛ばす。自身の肉体もろとも焼いても再生する姿を見ているのだ。今さら身体を破壊することに躊躇など覚えない。
少女の顔が苦痛に歪み、同時に衰えない戦意を宿した瞳が至近距離の楓を射抜く。
「こ、の……っ!」
「――終わりだ」
先ほどと同じ自爆用の術式を起動しようとした瞬間だった。握る刀の柄で、楓が少女の額を強く打ち据えたのは。
殺すためのものではなく脳を揺らすそれに少女の瞳が一瞬だけ焦点を失い、茫漠と虚空をさまよう。その瞬間を見逃さず、楓は背後に回り込んで後頭部を軽く叩いた。
「――あっ」
呆気なさすら覚える軽い声とともに、少女の意識が断線されて倒れ込む。
殺しても死なないのであれば、意識を奪ってしまえば良い。この場で大事なのは少女を無力化することなのだ。
起き上がる様子がないことと先ほど切り飛ばした腕が再生しつつあるのを確認し、楓は刀を鞘に収めて息を整える。
逃げるよう促した影狼が恐る恐るといった様子で再び近づいてくるのを千里眼に見ながら、楓は自分の前で偉そうに胸を張っている少女に笑う。
「助かったよ。上手くいかなかったらもう一手間かかってた」
種明かしは簡単――楓は己にしか見えず、己にしか干渉できない椿を利用したのだ。
己にしか見えず、己にしか干渉できない――言い換えれば、椿は楓にだけは触れるし動かせる。
それを利用し、幼い頃から戦闘時の連携ができるよう体術を磨いてきた。
楓の本領とは二刀を振るっている時ではなく、片手を空けていつでも椿と連携できる状態を指すのだ。
単純な小細工かもしれないが、初見殺しとしては大いに効果のある組み合わせである。おまけに種が割れたとしても対策の取りようがない。なにせ彼女は楓にしか見えず、聞こえないのだから。
『一手間増えるぐらいでしょ? でもまあ、使い所さえ間違えなければ私の存在は切り札になりそうだね』
「ああ。手札が増えるのは良いことだ」
初見殺しであろうとなんだろうと、敗北と勝利なら勝利の方がよほど良い。
父は勝ち方にも注意しろと言っていたが、それは勝ち方を選べる側の台詞だ。楓にそんな贅沢なものはない。
『うんうん。じゃあ頑張ってくれた私になにかご褒美があってもいいよね?』
「……今度話に付き合ってやるから」
『やった! って、私のご褒美なんてこれぐらいしかないけど』
「お前の記憶に関してはな……」
『気にしてないんだから良いのに』
これである。この姿になった経緯も過去の記憶も何も覚えていないにも関わらず、この存在はお気楽なままなのだ。
物心ついた頃より一緒にいるので、楓としても彼女がなにか困っているなら力になってやりたいのだが、当人がこれでは力のなりようがない。
「それで良いのか? 一応、お前そういう未練的な存在じゃないのか」
『覚えてないんだもん。知らないことに執着してました、って言われても私には実感ないし』
「知っている人もすでに故人ではな」
生前、というのが正しいかはわからないが、とにかく彼女の知り合いであった父と母には両方とも当たってみたものの、今の椿をどうにかできる情報は出てこなかった。
父はなにか知っていそうだったものの、それを口にすることなく逝ってしまった。
本人の中で不要と判断したなら言わないこともあるが、それを決めるのが他者である場合とりあえず言ってみるのが楓の知る父であるため、あの口の堅さには不自然さを覚えたこともある。
が、どちらにせよ真実は闇の中だ。椿自身も気にした素振りを見せないため、楓ばかりが気を揉んでも仕方がない。
「……まあ良いが、なにか力になれることがあるなら言えよ。お前一人じゃどうせ物にも触れやしないんだ」
『その時はお願いするよ。あ、影狼ちゃん来たみたいだよ』
「ん」
視線を向けると、影狼はビクリと身体を震わせて倒れ伏す少女の方から距離を取る。
安心するように楓が手を上げたところでようやく、影狼は楓のそばに寄ってきた。
「お、終わった?」
「意識は刈り取ったから安心しろ。すぐには起きない」
「……っ、はぁぁぁぁ……怖かったぁ……」
「すぐ逃げただろ」
「きみがやられちゃわないかだよ!! あ、そうだ! 手、大丈夫!?」
「妖怪ならすぐ治る」
「きみ半分人間じゃない!! 手、見せて!!」
影狼がうるさいので未だ黒ずんで炭化している右手を見せる。
「あまり触るなよ。変に動かすと崩れて再生に時間がかかる」
「うわ、痛そう……痛くないの?」
「お前だって俺が殴っても大して気にしてなかっただろ。同じことだ」
半人半妖である楓も人間より痛みには耐性があった。痛いことに変わりはないが、表情を変えるほどでもないという状態である。
「戦ってる間は難しいけど、今なら治癒に注力できるから数分で治る……っと」
楓はあぐらをかいて座ると、気絶させた少女の身体を左手で引きずって自分の膝に載せた。やや不格好かつ首に負担はかかるが、膝枕の形である。
影狼は楓の唐突な行動に目を丸くしながらも、おずおずと楓の近くに座った。
「え、大丈夫なの?」
「途中からこっちの事情に付き合ってもらったようなものだからな。割と感謝している」
「うーん、きみのことがよくわからない」
「理解してもらおうとは思ってない。強くなりたいだけだ」
急速な治癒を始めた右手を見て、痛みとともに得られた確かな手応えを胸に宿す。
やはり実戦は良い。未だ眠る少女の多くの力を見て、学ぶことができた。
「……まあ、俺も疲れたからあとは朝まで何もないと嬉しい」
楓はやや疲れたようにため息を吐くと、その様子を見た影狼が吹き出した。
「……ふふっ」
「なんだよ」
「きみがやっと歳相応に見えたってだけ」
「む」
なんとなくバカにされた気がしたので顔をしかめるが、影狼の笑いを深めてしまうだけだった。
「……早く強くなりたいものだ」
「うんうん、良いと思うよ私は。よっ、頑張れ少年!」
「調子の良い……」
戦いが始まる前の怯えっぷりはどこへいったのやら、調子良く応援する影狼に楓はもう一度ため息をつくのであった。
……多分、長い付き合いになるのだろうなという動物の予感じみたそれを押し流すように。
というわけで妹紅戦。お互い初見殺しのぶつけ合いという身も蓋もない内容に。
妹紅:千里眼でも見えない体内に術を作って自爆します。
楓:誰にも認識されない存在使って連携します。
不死身だし身体の再生もあるけど、強度自体は人間のそれなので今回は楓の初見殺しが刺さりました。楓の切り札は他にもいくつかありますが、大体初見殺しの類です。
そして妹紅の炎をラーニングする楓。妖術が使えるのは妖怪のメリットでもあるので、こんな感じで術を覚えながら剣技を磨く感じです。ロックマンかな?
あ、今更ですけど本作は紺珠伝までのストーリーラインは大体引いてます。異変に関わるかはがっつりやるかあっさり終わらせるかは未定ですが。