はー、と霧雨魔理沙は感嘆の吐息を漏らしながら再建途中の博麗神社を見上げる。
トンカントンカンと小気味よく聞こえる木槌の音と、忙しなく空を動く羽衣をまとった少女たち――天女が神社を建てていく姿がそこにあった。
「まるでおとぎ話の一節だな。天女に建ててもらった霊験あらたかな神社と言って宣伝したら受けるんじゃないか?」
「そんなことしたらいよいよこの神社の由来がわからなくなるでしょうが。却下よ却下」
誰にでもなくつぶやいた魔理沙の言葉だが、建設の監督をしていた博麗霊夢は耳ざとく気付いたようでぶすっとした顔でやってきた。
「よう、今回は災難だったな」
「全くよ。でもまあ、地震で崩れるようなら神社自体の寿命だったんでしょう。そこらの家より頑丈なはずだし」
「どうだかな。しかし、鬼に頼んだんじゃないのか? いや、お前の神社が崩れてからの大まかな話は聞いたけどさ」
神社が崩れ、特定の人物の周りが奇妙な天気になった。それを異変と判断した霊夢がいち早く動き、道中を阻んだ八雲紫、伊吹萃香の両名を打倒して進み異変の黒幕――天人の比那名居天子を倒すことで異変を解決。
そして神社を倒壊させた責任を取らせる形で、天子の部下でもある天女たちがこうして神社の再建を行っているという流れである。
「それも考えたんだけどね。萃香は今回賑やかしみたいなこと言ってやる気なかったし、それならこいつらにやらせてもいいかなって思ったの」
「なるほどね。で、肝心の天人様はどこにいるんだ?」
「それなら――」
「残念ですがこちらにはおりません」
おや、と魔理沙が不思議そうな顔を向けた先には、天女たちと同じく羽衣をまとった少女が無表情で立っていた。
礼儀正しく、しかしどこか慇懃無礼な感じを受けなくもない一礼をしながら少女が口を開く。
「総領娘様――天子様がお世話になりました。私、龍宮の使いの永江衣玖と申します」
「お、おう……。なんで龍宮の使いがここに?」
「実は私、総領娘様のお父上――総領様にお仕えしておりまして。種族と本業が龍宮の使いで、日々の業務は宮仕えなのです」
「わかりにくいやつだな!?」
「よく言われます。私も時々誰に仕えているのか疑問に思ったりしますから」
それで良いのか、という疑問は魔理沙と霊夢両方のものだったが、どちらも言葉には出さなかった。
ともあれ衣玖と名乗った少女はこれ見よがしにため息をついて、天子のいない理由を話し始める。
「ええまあ。そう深い話ではありません。あの方は私どもにこの神社を建て直すよう命じられて、それっきりなのです」
「おいおい、それじゃ何のバツにもなってないぜ」
「仰るとおり。なので私の方から総領様に全ての事実を包み隠さず誇張してお伝えいたしました」
「誇張して事実を伝える……?」
魔理沙はそこはかとないヤバさを目の前の少女に覚え始めていた。この永江衣玖という少女、見た目に反して非常に面倒な輩なのではないか。
……しかしよく考えたら幻想郷の少女で面倒じゃないやつはいなかった。自分に感情が向いているわけでもなし、深く気にすることではないと気楽に構えることにした魔理沙であった。
「はい。なのでしばらくは総領様のお叱りを受けて、謹慎なされることでしょう。どうせなら天界から追放とかやっていただけると私の溜飲も下がる――もとい、日々の仕事が楽になるのですが」
「あんた忠誠心って知ってる?」
「当然です。日々の禄は総領様より頂いているので」
要するにお金を払っている方が強いのである。
霊夢は天界にも経済ってあるんだなと微妙な驚きを覚えながら、衣玖に進捗を問う。
「そっちの事情はそっちでどうにかして頂戴。お家騒動は博麗の巫女の管轄外よ。私が知りたいのは神社の再建にどのくらいかかるか」
「幸い、境界の賢者様より神社の図面をいただいておりますので、この通りに作るのであればさほど時間はかからないかと。私どもは夜であろうと問題なく動けます」
「こういう時には頼もしいわね。だったら任せるわ」
「はい。手を抜いて後であれこれ言われるのも面倒ですから」
そう言って再び慇懃に一礼をし、衣玖も建築の方へ混ざっていく。彼女は多少立場が上なのか、他の天女へ指示を出す側のようだ。
霊夢と衣玖のやり取りをぼんやりと見ていた魔理沙は、問題なく建築が終わりそうなのを見てなにか思いついたような笑みを浮かべた。
「そうだ! 神社が完成したら宴会しようぜ!」
「あら、良いわね。私も久しぶりに浴びるほどお酒飲みたいし」
そして当然のように二日酔いに苦しみ、楓の小言をもらうまでが一セットなのだが霊夢は懲りない。
「決まりだな。最近酒によく合うキノコを見つけてな。つまみに持ってくるぜ」
「楽しみが増えたわね。さて、建築も順調そうだし私は――あら?」
戻るか、と言いかけたところで霊夢の視線の先に一人の少女を見つける。
風色の髪を持つ現人神の少女――東風谷早苗が一直線に霊夢の方へ向かってきていたのだ。
「んぁ、早苗じゃん。どうかしたのか?」
「霊夢さんっ!!」
「いや私もいるぜ?」
「神社が壊れてしまった今、どちらにお住まいなのですか!!」
こいつ完全に私を無視してやがる、と魔理沙が青筋を浮かべるのを視界に入れず早苗は霊夢に詰め寄る。
「もし良ければ私の神社で是非お泊り会なんかを――」
「楓のところで世話になってるけど?」
霊夢にとっても勝手知ったる家であり、楓も霊夢の事情を知って放り出すような鬼畜ではなかった。
そのため霊夢は現在、火継の家に身を寄せて生活している。魔理沙もそれは知っていたため、霊夢をさほど心配はしていなかったのだ。
「えっ」
「えっ?」
だが、早苗はそれを知らなかった。おまけに楓の家が人里で有数の大きな家であることも知らなかった。彼女が知っているのは楓が人里の守護者であり、同時に御阿礼の子に仕える従者であることぐらいである。
「……殿方の家に住んでいるのですか?」
「まあ、言葉を飾らず言えばそうなるのかしら」
本人はあまり家に戻らないけど、という言葉を霊夢が面倒臭がって省略したため、物事が悪い方向に転がっていく音を魔理沙は確かに聞いた。
慄いたように震えていた早苗だったが、すぐに何かを決意した顔になると、霊夢の手をひっつかんだ。
「あ、ちょっと!?」
「楓くんに直談判してきます! 霊夢さんは私のものです!!」
「私は誰のものでもないわよ!?」
「あんまり楓の家で騒ぐなよー」
魔理沙はあれよあれよと引きずられていく霊夢を見送って手を振る。
異変解決の時は凛々しいを通り越して男らしいとすら形容できる行動力を発揮するが、それが終わってしまうとどこか抜けた性格になるのだから不思議なものである。
この後霊夢と早苗は楓のところに押しかけて騒ぎを起こすのだろう。それはそれで面白いが、行って巻き込まれるのは面倒だった。それに楓たちならなんとかしてくれるはずだ。
「……よし! 戻って研究の続きをやるか!!」
人それを見捨てたと言うのだが、指摘する友人であるアリスはこの場にいなかった。
「これはどういうことですかぁっ!!」
「は?」
霊夢を引きずってきた早苗がものすごい剣幕で怒鳴り込んできたため、楓はわけがわからないと首を傾げる。
「どういうこととは一体」
「とぼけないでください! 霊夢さんと一緒に暮らしているということです!!」
「言葉通りの意味だ。霊夢は住む家がないんだし、俺の家に住まわせるのも当然だろう」
「と、殿方の家に二人でですか!?」
顔を赤くした早苗の確認を聞いて、ようやく霊夢にも合点がいく。
どうやらこの少女、自分と楓といううら若き男女が同じ屋根の下で同棲しているとでも思ったのだろう。耳年増なことである。
「早苗、早苗」
「なんですか霊夢さん! 私は今、楓くんに人としての道理をですね!」
「あんた、盛大な勘違いしてるから」
「はぇ?」
「楓もちょっと言ってあげてよ。あんたの家は早苗の想像より遥かにでかいって」
「……ああ、なるほど。そういう意味か」
霊夢の取りなしで事情が把握できた楓は、早苗と霊夢の二人を連れて火継の家に案内を始める。
「先に説明しておくと、俺の家も有事の際の戦力としてあるんだ。火継の一族は人里でなにかあった時の戦力ということだ」
「つまり……」
「俺の家はそれなりに大きいということだ。ほら」
連れて来られた火継の家は早苗にとって豪邸、という単語を連想させるのに相応しいだけの規模があったのだ。
家に入ると楓は慣れた様子で女中に指示を出し、客間に二人を案内してお茶とお茶菓子を運ばせる。
一息ついたところで楓が事情を説明し始める。
「先の倒壊以降、霊夢には離れの一室を貸している。当然だが、俺とは部屋が違う」
「今はそこで寝起きしてるってわけ。何もしなくてもご飯が出てくるんで楽させてもらってるわ」
「博麗の巫女の仕事ができない状態は幻想郷全体が困るからな。誰かがこいつを養う必要があった」
その点で言えば霊夢が泊まる場所を探す時に、八雲紫も何か物言いたげな目で霊夢を見ていたが、霊夢は楓の家が一番大きいことを知っていたので躊躇なくこちらを選んでいた。
「少なくとも早苗が懸念するようなことはないということだ。これで納得したか?」
「はい、すみません。楓くんのこと、見境なしの鬼畜男だと思ってました……」
「そこまで評価が落ちていたのか……?」
それはそれで怖いというか、もともとどの程度の評価に位置していたのかが気になる楓だった。
楓の引き気味な視線に気付いたのか、早苗は咳払いをして口を開く。
「んんっ! じ、事情は把握いたしました。楓くんと霊夢さんの間に何かがあったわけではないのですね」
「俺にも選ぶ権利がある」
「私だって相手を選ぶ権利があるわよ」
『あ?』
「そういうところがあるから不安になるんですよ!!」
変な方向で息がピッタリなのだ、と楓と霊夢がお互いにガンを飛ばし合うのを見て早苗が指差す。
全く同時に振り向いた二人はそこでようやく疑問に思ったことを口に出す。
「いや待て。そもそもなんでお前が霊夢の事情を気にしているんだ? 商売敵じゃないか」
「言われてみればそうね。まあ神社が壊れたのを喜ぶならぶん殴るけど、理由を聞いてなかったわ」
「うっ」
早苗は痛いところを突かれたとばかりにのけぞると、霊夢たちから視線をそらしてもじもじと指をぶつけ合わせる。
「だ、だって霊夢さんは私の初めての巫女仲間ですし、お友達ですから……お泊り会とか憧れてたんですよぅ……」
「お泊り会?」
なんだそれ、と霊夢と楓は耳慣れない言葉に顔を見合わせる。
二人が知らないので気を良くしたのか、早苗は照れていた態度から一転して胸を張って説明を始める。
「外の世界ではよくあることなんですけどね。仲の良い友達の家に泊まって、夜を徹して語り合ったり一緒に遊んだりすることを指します」
得意げに語る早苗だが、話を聞いていた幻想郷生まれの二人には今ひとつ実感がわかないようで眉をひそめていた。
「……外の世界の考えることはよくわからんな」
「同感。普通に会って話すんじゃダメなの?」
「それじゃ深い話ができないじゃないですか!!」
「深い話ってなんだ」
「それはそのぅ……好きな人とか……将来の夢とか……好きな人とか……」
好きな人が二回出た、というツッコミをするのは無粋だと霊夢も楓も察していた。
しかし、と二人は再び顔を見合わせる。
「将来の夢ってあんた何かあった?」
「いや、父上の跡を継ぐこと以外考えたことがない」
「私も博麗の巫女やるって以外考えたことないわ」
「お花屋さんになりたいとかなかったんですか!?」
全くなかったので首を横に振る。楓はそもそも阿礼狂いなので御阿礼の子に仕える以外の将来など不要であったし、霊夢は幼い頃から聡かったため、自分にしかできない役割があることを理解していた。
「俺も霊夢も物心ついた頃からやることが決まってたからなあ」
「忌避感とかなかったんですか!?」
「誰かがそれをやらなきゃいけないことで、その誰かは私と楓だった。それだけの話よ」
それに霊夢は博麗の巫女という役目は嫌いじゃなかった。気に食わないと思った妖怪がいたら殴り飛ばして良いのもそうだし、そもそも霊夢に普通の村娘としての生活が性に合わないのはわかっていた。
何より霊夢の数少ない尊敬している人物には、先代の巫女を務めきった人――霊夢の母親も入っているのだ。その人と同じ道を歩めることは誇るべきことである。
……無論、これを誰かに言うなんて恥ずかしいので誰にも言っていないのだが。
「楓は家の事情もあるからね。こいつの家、結構特殊よ?」
「え? 人里の防衛戦力だからではなく?」
「それとは別に。というかそっちが兼業みたいなもんだし」
「俺の話は良いだろう。人里に害を与えないなら知らなくて良いことだ」
「……ま、それもそうね。ということで早苗、人里に手を出すのはダメよ。私も動くし、こいつも動くわ」
「は、はい。諏訪子様と神奈子様にもご報告しておきます」
「ん、よろしい」
わかってくれて何よりである。霊夢も人妖の調停者として人に害を成せば放置はできないし、楓は人里が害されたとなればその剣を躊躇なく抜くだろう。
そんな未来は楓も霊夢も望んでいないため、早苗が素直に聞き入れてくれたことに視線を柔らかくするのであった。
話が一段落したところで霊夢は茶菓子を頬張り、身体を伸ばしながら早苗を見る。
「で、お泊り会だっけ? あんたはそれがしたいの?」
「えっ? ええ、まあ、はい……私はもっと霊夢さんのことが知りたいなあって……」
「んじゃ今日はそっちで泊めてもらっても良い?」
「え、ええっ!? そんな急な!?」
「いきなり引きずってきたんだから大丈夫でしょ。楓、良いわよね?」
「女中に伝えておけ。一人分の食事が余る」
霊夢が息災ならどこで夜を明かそうと構わない方針だったため、反対する理由もない。
楓がうなずいたのを見て話も決まったと霊夢は早苗の手を引いて立ち上がる。
「じゃ、今日はあんたの言うように語り明かしましょう。ああ、ついでだし魔理沙も誘ってみますか」
「……っ! はいっ!」
誰が見ても明らかなほどに顔を輝かせた早苗が霊夢に連れられていく。
部屋を出ていく直前、霊夢は楓の方を振り返って口を開いた。
「それじゃ楓、
「任された」
今度こそいなくなった霊夢たちを見送り、楓は誰もいなくなった部屋でひとりごちる。
「……霊夢には見抜かれていたか」
『霊夢ちゃんは勘じゃないかな。……まだ終わってないんでしょ?』
楓の独り言に椿が答える。彼女だけは最初から楓の考えを理解していたように、楓の頭の上に身を寄せた。
そもそも楓の独り言は全て椿に向けたものである。本当の意味で一人になった時間など、楓には一切思い浮かばない。
「そうだな。天子のあの目と口ぶりから見るに……まだ何かある」
楓が天子を徹底的に打ちのめし、彼女の心を折った瞬間。
あの一瞬だけ、彼女の本心が見えた気がしたのだ。天人らしく傲慢に振る舞い、わがままな少女らしくお転婆に振る舞い、その実狡猾に様々な策を巡らせていた少女の思い。
自分の推測が間違っていなければそれは――
「すでにあいつの姿は捕捉している。……俺が一度倒したのだから、最後まで俺がやるべきなのだろうな」
『うん、一緒に行こう』
草木も眠る丑三つ時。早苗と霊夢、魔理沙の三人が守矢神社にて飽きもせず話に興じている頃、一つの影が博麗神社へ一直線に向かう。
境内に降り立ち、目的を達成しようと博麗神社の新しい社殿に踏み入ろうとして――後ろから声がかかる。
「――比那名居天子」
「っ!」
その声を聞いただけで身体が意図せず強ばるが、天子は己の天人たる矜持を奮い立たせて無視する。
そうして振り返った先には、月明かりを背に受けた少年――火継楓が二刀を抜いた状態で佇んでいた。
静かな表情だった。天子を責めるでもなく、同情するでもなく、ただ淡々と己のやるべきことを果たす姿だった。
「人里に打ち込んだ要石のように、博麗神社にも同じものを打ち込むつもりだろう」
人里の要石は霊夢に神降ろしをしてもらい、無力化している間に抜いてある。
だがそれはあくまで神降ろしを行っている間に行うしかなく、比較的浅い場所に打ち込まれていたから抜くこともできた。
神社の基盤部分に要石を打ち込めば、今度は抜くことができなくなり霊夢の神降ろしでも対処は不可能になってしまう。
そうなれば博麗神社は天子の領土となり、幻想郷の根幹が揺らいでしまう。
「これは最後通告だ。――要石を博麗神社に打ち込むのはやめておけ」
「……いつ気付いた?」
「嬉しい誤算だと言っただろう。博麗神社が崩れてお前が得をする状況があったんだ。……お前はあの時点で仮に負けても目的を達成する方策を思いついていた、と考えるのが妥当だ」
「あれは失言だったわね。次は気をつけるとするわ」
「なくてもお前への警戒は解かなかった。人里に要石を打ち込んで、母上を人質に取って、周到に準備を進めていたお前がただ負けたくらいで終わるとは思っていなかった」
そう、天子は計算高く用意周到な性質だ。天人としての傲岸さの裏に怜悧な計算が働いているのを学んでいた。
しかし同時にその計算高さが裏目に出てしまう。
確かに彼女は天人の名に恥じぬ力量と知恵を併せ持っている。――
「比那名居天子。お前がやろうとしていることは人里を害することなどより遥かに重い罪だ。やったが最後、残酷な結末になるだろう」
「…………」
「今ならまだなかったことにできる。お前がこのまま戻るのなら、俺はこれ以上の追求はしない」
「……断ると言ったら?」
「――俺が止める。それが一度天界でお前を打倒した俺の成すべきことだ」
そうしなければ天子は死ぬより残酷な結末を迎えるだろう。すでにこの場で感じているスキマが、彼女を喰らい尽くす瞬間を今か今かと待ち構えているのがわかった。
楓は今回、半ば成り行きとはいえ異変解決の主役を担った。担った以上、この異変が終わる最後まで関わり続け、そして人死など出ない結末へ到達する義務があった。
ただ倒すだけでなく、天子が幻想郷で受け入れられるようにする。そこまで含めて、ようやく楓は霊夢の代役を果たしたと胸を張れる。
故に止める。倒すでも殺すでもなく、止めると言ったのだ。
それを聞いた天子は楓に対して見下した目を止め、激情の片鱗を宿すものに変わる。
「……あんたに私の何がわかるってのよ」
「今回の異変を起こした理由程度なら想像がつく」
「……言ってみなさい」
「――居場所が欲しかったんだろう。要石を打ち込んだ場所がお前の領土になる。そしてお前はそれを人里と博麗神社に入れようとした。一度だけならそういう手段を取ったで話が終わるが、二度同じ手を使うということはそれ自体が目的と読み取れる」
「…………」
「お前の目論見は成功しない。仮に領土を獲得しても何も変わらないだろう。どこまで行っても疎まれ、憎まれるだけだ」
もはや天子にはこういった方法以外わからないのだろう。それ自体に憐憫は覚えるが、楓のやるべきことは変わらない。
楓は自分たちを見ているであろう存在に向かって声をかける。
「――スキマ。彼女は俺が止めるから、殺すのは待ってほしい」
「それは異変解決を担う者としての使命?」
「そうだ。霊夢の代わりに戦った以上、霊夢と同等の結果を出してこそ役目を果たしたと言える」
虚空に向かって投げた言葉は虚空よりの返答が訪れる。
それに楓は強い意志を伴った言葉でうなずくと、どこか懐かしむような色を含んだ言葉が頭上からかけられた。
「敵を増やすな、味方を増やせ。……あなたがどこまで実践できるか見届けさせてもらうわ。――決して殺さず、禍根を残さず、天人くずれの心まで救ってみせなさい。その結末をもって、私はあなたが幻想郷の一翼を担う人材であると認めましょう」
「承った」
その言葉を最後に虚空からの気配は消える。
楓は改めて刀を構え、要石の上に立つ天子と相対して言葉を紡ぐ。
「……天子。この場には俺とお前しかいない。そして今日起こったことを俺は墓まで持っていく」
「…………」
天子の顔は伺えないが、同時にその拳が震えていることから激情を抑え込んでいることも読み取れた。
故に楓は迷うことなく、最後のひと押しを口にする。
「――お前の全てをぶつけてこい。そしてこの異変を終わりにしよう」
その言葉を聞いて、天子は顔を上げる。揺らめく激情を抑えることもせず、手に持つ緋想の剣は緋色に燃え盛り、周囲の天候は極光へと塗り替えられる。
「よく言ったわ楓! 初めて見た時からずっと――あんたのことが気に食わなかったのよ!!」
要石の上から高密度のレーザー状の弾幕が降り注ぎ、それらを楓が切り払って前に進む。
そして緋想の剣と楓の刃がぶつかり、火花を散らす。
――ここに、誰に知られることもない異変解決の最後の戦いが始まるのであった。
ということで天子との再戦です。しかも今回は相手の気持をちゃんと理解して受け入れるという阿礼狂いには一番難しい分野。
ぶっちゃけ単なる殴り合いならもう楓が圧勝しますが、異変解決はただ殴り倒せば良いだけじゃないのでギミック付与の戦闘に。
霊夢が異変解決をやっていればなんか全部良い感じの方向に進む天運持ちですが、楓はそうじゃないので彼が異変解決をやった場合は色々と予見して動く必要が出てきます。
……実は衣玖さんと一緒の戦闘にしようかと思ったけど、それだと天子と二人きりの勝負という表現が使えないのでボツにしたのは内緒です(小声)