阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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緋想天は終わり、変わらぬ朝が来る

「ん……?」

 

 障子越しの日光が柔らかく注ぎ、天子の意識が浮上する。

 寝かされていた布団から身を起こすと、近くに帽子と緋想の剣が置かれていることがわかった。

 

「あれ……?」

 

 なぜ自分は見覚えのない部屋で布団に寝かされているのだろう。寝起き故に全く回っていない頭でなんとか直前の出来事を思い出そうとする。

 

 夜中に博麗神社へ要石を埋め込もうと忍び込み、それを予見していた楓に遭遇。勝負をして――

 

「……ああ、負けたんだった」

 

 力を何も発揮できず負けたのではない。あらゆる手練手管を駆使し、それでもなお相手が上だった。

 溜め込み続けた鬱屈した感情を叫び、子供の癇癪のように怒りを叩きつけ、己の最大火力すら見せ札として罠を仕掛け――全てを正面から乗り越えられた。

 

 あの後、気を失ったところまではかろうじて思い出せた。天子は憑き物が落ちたような心地で己の手を見つめ、小さく笑う。

 

「……そっか。無駄じゃなかったんだ」

 

 ただ一人、孤独に本を読み、神通力を学び、天人らしい立ち居振る舞いを見様見真似で作り上げた。

 他の天人に認められることこそなかったが、認めてくれる人は現れた。

 それだけの事実が今は無性に嬉しく、天子は起き上がった上体を再び布団に戻し、晴れやかな顔で天井を見上げる。

 

「悪くないものね。努力が認められる瞬間は」

 

 そうつぶやいた時だった。障子の向こう側から足音と人の気配が現れたのは。

 よく考えずとも天子は今の場所に見覚えなどまるでなく、おまけに誰が運んできたのかもわからない状況だった。

 まあ予想はついているけど、と天子は身体を起こして人の気配が部屋の前に来るのを待つ。

 

 人影は天子のいる部屋の前に立つと、特に確認も取らず戸を引いて部屋に入ってくる。

 先日、天子を一方的に痛めつけた憎むべき男であり、同時に天子の全てを受け止めた唯一の少年――火継楓は天子が起きているのを見て、一つうなずいた。

 

「ああ、起きていたか。あの場所に放置するわけにもいかなかったから俺の家に運んだ」

「そういうこと。もてなしには感謝するわ」

「ここまで含めて、勝者の責任だろう。身体は大丈夫か」

 

 天子の言葉に楓は生真面目そのものな返答をし、彼女の身体をジロジロと無遠慮に見つめてくる。

 あまりに不躾な視線から逃れるように天子が身を捩り、非難の視線を向けてきた。

 

「淑女の身体を舐め回すように見るものではないわよ」

「怪我人の身体を診るのは問題ない。医学の心得もある。……まあ、さすがは天人と言ったところか。治癒力は俺より強そうだ」

「どうかしらね。天人になってから怪我らしい怪我をしたことはないもの」

 

 知らずに済むなら越したことはないものである。楓は普段の調子に戻った天子に目を細め、改めて部屋の中に入って天子の対面に腰掛ける。

 

「――さて、そろそろ話を戻そう。あの勝負は俺の勝ちで良いな」

「相違ないわ。私の全力を、あなたが上回った。負けを認めるしかないわよ」

「……もう同じようなことはしないか?」

 

 恐る恐る、と言った様子で聞いてくる楓に天子は思わず笑ってしまう。

 あれだけこちらを理解しようと言葉を投げて、正面から立ち向かってきたのにまだ自信がないのか。

 

「ふ、ふふふっ、あれだけ夜通し語り合って、まだわからないというの?」

「自慢じゃないが人の機微を読み取るのは苦手なんだ。答えはお前の口から聞きたい」

「これでも私に勝った以上、もっと堂々としてもらいたいものね。――ええ、もうこんな真似はしないわ。ずっと欲しかったものはようやく手に入った」

 

 そう言って天子はそこに息づく暖かなものを守るように、胸の前で両手を握る。

 

「認めてほしかったのよ。私は頑張ったんだって。七光でもなんでもなく、私自身の力で天人に相応しい存在になったんだって」

「…………」

「思っていたのとは違う形だったけど、ようやくそれは手に入った。……だから私はもう十分」

「……そうか」

 

 楓は細く、長い息を吐く。慣れないことだったため、あれで戦々恐々としながら天子の反応を探っていたのだ。

 そしてその行いは間違っていなかった。かつて敵だった存在を味方とすることができた――一部だけとはいえ、父と同様の結果を出すことができたのだ。その事実が楓にとって何よりも嬉しかった。

 

 天子は楓が感慨に浸っている様子を見ると、おもむろに立ち上がり帽子と緋想の剣を手に取る。

 

「うん?」

「次は客人として来るわ。そのためにも今のケジメはつけないといけない」

 

 力強い笑みを浮かべる天子の顔には鬱屈としたものや、楓への嫉妬が揺らめいていた感情が綺麗になくなっており、どこまでも晴れやかなものだった。

 心配する必要はない、と楓にもわかったため楓は肩をすくめて返事とする。

 

「……もう要石に乗って来たりするなよ。それなら俺も普通に応対する」

「そうするわ。じゃあまたね!!」

 

 意気揚々と飛び出し、空高く昇っていく天子を見送る。これでようやく一つ、異変を解決したと胸を張ることができるのだろう。

 

「ん、あれ。天人がうちに来てたの?」

 

 天子が帰っていくのを見送っていた楓の横に、ちょうど起きたばかりの霊夢が寝間着姿であくびをしながらやってくる。

 

「色々あってな。異変に関しては俺が全部終わらせた」

「なら良いわ。そこまで心配もしてなかったけど」

「意外だな。俺の苦手な分野だと思っていたが」

 

 戦った相手も含めて全て丸く収める、というのは口で言うほど簡単ではない。

 楓も自分の所属する人里が最大の利益を得る形にするのはできるが、相手まで考慮しろとなると難しいものがある。

 しかし霊夢は別に当然だと言わんばかりの態度を変えない。

 

「そりゃそうでしょうけど、あんたは自分の役目に手抜きはしないからね。苦手なりに全力でやると思ってたし、それできちんと結果が出せることも知ってるわ」

 

 何年あんたの妹分やってると思ってんのよ、と言って霊夢は部屋へ戻っていく。

 それも見送り、楓は目を伏せる。

 

「……全く、そんな素直に人を信じるものじゃないぞ」

『あ、照れてるって痛い!?』

「うるさい」

 

 椿のからかい混じりの声にはしっかり反撃し、楓も一日を始めるべく動き始めるのであった。

 

 

 

「追放されたわ」

「…………は?」

 

 楓、霊夢、椛の三人で、主に椛と霊夢が話してばかりだった早めの朝食が終わり、椛は自警団の仕事へ。霊夢は今しかチャンスがないと二度寝を決め込み、楓は霊夢を蹴起こした後で阿求の側仕えに行こうと思っていたところだった。

 

 ついさっき家を出て意気揚々と飛び去っていった天子がとんぼ返りしてきたのである。しかも衣玖を伴って。

 そして開口一番、天界より自分が追放されたことをあっけらかんと報告してきたのだ。

 楓も呆気にとられてしまったが、その様子を見かねたのか衣玖が補足を入れてくる。

 

「より厳密に言えば、ある程度期間の定まった追放です。永久に天界の地を踏めないとかそういうわけではありません」

「……どの程度の期間だ?」

「ざっと百年ほどでしょうか。総領娘様の態度次第ではもっと短くなるでしょうけど」

 

 十二分に長い期間だ、と楓は直感的に思ったが天子と衣玖の二人はそうではないらしい。

 

「千年生きていれば百年ぐらい……まあ、短くはないけど長いと言うほどでもないわ。そんなものか、で済ませる程度よ」

「……わかった。納得できないのは俺が若輩者故と考えよう」

 

 問題はその先である。天子と衣玖が二人揃って楓の前に来ているという時点で大体読めているが、それでも本人たちの口から聞きたかった。天子との付き合い方はそれが一番だとなんとなくわかっていた。

 ……決して自分から言い出すことで、現実を認めるのが嫌だからではない。

 

「で、衣玖は私の世話役兼報告役でしょうね。天界から地上を眺めることはできるけど、あくまで見るだけだもの」

「概ね正解です。同性で歳も近い者がいた方が良いと総領様より命じられました」

「……歳が近いのか?」

「他の方たちと比較したら、という意味です。ああ、具体的にどの程度離れているかを聞くのはオススメしません。女性への心遣いが足りていないと言わざるを得ないでしょう」

「デリカシーがない男は嫌われるわよ?」

「何も言っとらんわ」

 

 勝手に人をそういう扱いにしないで欲しい、と憤慨する楓だった。

 そもそもこの幻想郷で他人の年齢など気にしたことがない。どうせ妖怪連中の年齢が自分とかけ離れていることくらい理解しているのだ。

 

「話は理解した。俺のところに来た理由も概ね察した」

「察しが良くて何より。地上での活動基盤の作成をあなたがことごとく無に帰したわけですし? 責任は取ってもらいたいものね」

「ふむ、これは総領様にご報告しなければ。総領娘様は男に傷物にされて責任を迫っている、と……」

『やめろ』

 

 どこからともなく紙にメモを取り始めた衣玖を、天子と楓が同時に止めに入る。

 ともあれ当面の衣食住が保証された場所を求めている、という二人の要求は把握できたため、楓は頭痛を堪えながら一つの提案をする。

 

「……しばらくはこの家で暮らしてくれ。部屋なら余ってるし、当面の面倒は見る」

「そうこなくっちゃ。しばらく厄介になるわよ」

「但し、仕事はしてもらうぞ。で、その仕事が軌道に乗ったら人里で住居を構えてもらうからな」

 

 霊夢はまだ良い。彼女は博麗の巫女という役割を帯びた少女であるが故、彼女の家がない現状に際してこちらが援助をすることは人里の総意である。楓の家が代表としてそれを行っているだけなのだ。

 しかし天子はそうもいかない。彼女を家に置くのはほぼ全て楓の事情であり、私情とも言いかえられる。

 あまり私情を優先することをするのは、火継の当主としての外聞もよろしくない。そのため速やかに仕事と住処を見つけてもらう必要があった。

 

「……一応聞くが自分で仕事をしたことは」

「ないわ」

「私も正直ないに等しいかと。総領様にお仕えしていたとはいえ、天人は欲求というものが少ないので、お屋敷の掃除ぐらいしかやっておりませんでした」

「……そんなんだろうと思った」

 

 つまり仕事も楓が見つけなければならないということである。頭痛がひどくなった。

 どうしたものかと額に手を当てて考え、さすがにこれだけの内容を阿求に報告しないわけにもいかないという、至極当然の結論を出すのであった。

 

「……俺の主に報告する。悪いが来てくれ」

「ま、今日から人里の世話になるようだし、着いて行ってあげようじゃないの。衣玖も問題ないわね?」

「承知しました。今の私にとっては家主の方が総領娘様より優先すべきと判断しましたので」

「あんたどっちの味方なのよ!?」

「衣食住の世話をしてくれる方ですが何か?」

 

 いっそ清々しい身の振り方である。楓は心底面倒なものを見る目で二人を一瞥した後、稗田の屋敷へ足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

「――という事情で外の二人が人里の厄介になるとのことです」

 

 阿求の前にやってきた楓は天子と衣玖を客間に待たせ、事の次第を洗いざらい阿求に報告する。

 異変が起きた経緯、異変の解決に向かった者たち、そして異変の黒幕となった者が天界を追放となったことまで全てを話す。

 博麗神社でもう一度戦ったことについては話さないでおく。気づかれたら全て話すつもりだが、これは言ってしまえば天子の抱えているものを楓が暴いただけに過ぎない。話す必要性は感じなかった。

 

「お兄ちゃん……」

 

 全ての話を聞き終えた阿求は困ったような笑みを浮かべ、平伏する楓を見るしかなかった。

 彼が異変解決に向かうようになってから数ヶ月ほど。異変に次ぐ異変が起きているのは否定しないが、律儀にその全てに巻き込まれる必要もないだろうに。

 

 おまけに楓は関わった相手と継続的に付き合いを持つ。面倒見が良いのか、こいつなら自分が困ってもなんとかしてくれそうと思われているのか。多分両方だ。

 困ったものです、と阿求はやたらと面倒事を背負い込み、嫌な顔をしながらも見事に全部捌いてしまう兄へ笑いかける。

 

「お話はわかりました。私の家から人里にどうこうは言えないので、処遇はお兄ちゃんにお任せします」

「かしこまりました」

 

 これは事実である。稗田の家はあくまで幻想郷縁起の編纂のみを行う家であり、人里の運営などには一切関わりを持たない方針としている。

 火継の家も稗田の家に仕えることが本来の仕事ではあるが、同時に人里の守護も担っているため、人里への影響力は稗田に比べれば大きい。

 特に今の時代は妖怪が良くも悪くも非常に活発なため、楓が持つ発言力も比例して大きくなっていた。

 そのため天子と衣玖に何らかの仕事と住居を割り振り、動かすこと自体は難しくない。果てしなく面倒くさいというのだけ除けば。

 

「あと……しばらくはお兄ちゃんの家に居候という形になるのかな?」

「そうなるかと。なるべく早く住居の手配はしますが」

「その方が良いよね。慧音先生にも私から話してみます」

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「ううん、いいのよ。こうして私もお兄ちゃんの力になれるのって嬉しいから」

「従者としては主に動いていただくなど論外なのですが……」

 

 私が良いと言ったら良いのです、と言って阿求は強引に押し切ってしまう。

 その言葉には楓も笑うしかなかった。静かに微笑み、主の厚意に甘えることを選ぶ。

 

「それでお二人は客間の方に? 私からも挨拶した方が良いかしら」

「ご案内いたします。今日のところは一旦顔合わせとし、幻想郷縁起への取材は博麗神社の再建が終わってから改めて、でよろしいかと愚考します」

「ん、そうしましょう。じゃあお兄ちゃん、紹介と護衛をお願いします」

「御意」

 

 阿求を伴って客間に戻ると、天子は大きく胸を張り、衣玖は静かに頭を下げて阿求たちの登場を歓迎した。

 

「お待たせして申し訳ありません。私がこの屋敷の主人であり、火継楓の主である稗田阿求と申します」

「比那名居天子。故あって地上に身を寄せることになったが、天人よ。こっちはお目付け役の永江衣玖」

「ご紹介に預かりました、永江衣玖です。種族は龍宮の使いとなりますので、龍神様のお言葉を伝えに時折、人里には下りておりました」

「伺っております。話は楓さんより伺いました。異変の責任をとって天界から追放なされたとか」

「あまり良い場所でもないわ。地上の人間にこういうのはあれだけど、夢を持つ場所じゃないわね」

「ふふ、その辺りは幻想郷縁起には記さないでおきます。夢を壊さないのも大事ですから」

「……ふむ」

 

 天子は泰然と微笑む阿求を見ると、何かがわかったようにうなずいて口を開く。

 

「君子は和して同ぜず、と言ったところかしら。見た目通りの子供ではないようね」

「お褒めに与り光栄です、と言っておきましょうか。御阿礼の子は文字通り、歴史ある役目ですので」

「なるほど。で、それに仕えながら守護者の仕事をやっているのが楓、と」

「そうなります。今は特に異変が多く、私も動く機会が増えておりますので楓さんには頑張ってもらっています」

「恐縮です」

 

 ほう、と天子は粛々と頭を垂れて主への忠誠を示す楓を新鮮な気持ちで見る。

 どういう心算かは読み取れないが、相当な忠義を阿求に対して抱いているのがわかったのだ。

 少し前の自分であれば椛ではなく阿求を狙ったかもしれないわね、ともはや意味のない仮定を内心でつぶやく。

 

「こちらのお役目についてもお話いたします。お二人にも関わりのあることですので」

「へえ、聞きましょうか」

 

 阿求の口から語られる幻想郷縁起の役目と意義について、天子は興味深そうに、衣玖はどこか無関心そうな様子でそれぞれ聞いていく。

 楓としては命より重い阿求が語る幻想郷縁起の内容であるため、一言一句心に刻み込む勢いで聞いて欲しい気分だったが、自分の感情を他人に強制はできない。さすがにそこは弁えていた。

 

「――ということで、代々幻想郷縁起の編纂を行う者が御阿礼の子と呼ばれているわけです」

「楓たちはその守護をする一族、と。人里でも色々とあるのね」

「このお二方が特殊なだけだと思います。いえ、なんとなく身にまとう空気的にそう思っただけですが」

 

 衣玖の言葉は誰もが無視した。彼女の言葉はどこまで本気でどこまで本気じゃないのか、今ひとつ判断に困る部分がある。

 

「話は大体理解したわ。郷に入れば郷に従えとも言うし、わざわざあなた達との関係を悪化させる理由もない。そちらの要請にも従いましょう」

「私もお答えできる範囲であればお答えいたします。私の得意料理とか知りたいです?」

「それは別に……」

 

 こうして話していると天子よりも衣玖の方がマイペースなのではないかと思ってしまう楓だった。天子はある意味わかりやすい性格をしているが、衣玖は非常に読みにくい。

 とにもかくにも紹介が終わったため、阿求は柔らかく微笑んで彼女らの来訪を歓迎する。

 

「それでは改めて――人里はお二方を歓迎いたします。これから仲良くしていただけると嬉しいです」

「こちらこそ、これからしばらくの間厄介になるわ。人里の作法はわからないから迷惑かけるかもだけど、心配しないで良いわ。天人の名にかけて、必ずそれ以上の利益を人里にもたらしましょう」

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、あの人たちはどういう人に見えた?」

 

 楓が二人に自分が従者として働いてから戻る旨を二人に伝え、先に戻ってもらった後のことだった。

 巻物に二人の情報を滑らかな筆さばきで記しながら、阿求が楓に二人の見立てを聞いてくる。

 阿求も見たが、楓はより詳しく二人の情報を持っている上、阿求が全幅の信頼を寄せるに足る観察眼の持ち主だ。

 

「比那名居天子については見た通りの人間です。直情的で我がままで自己中心的ですが、同時に天人として確たる矜持と力量を持ち合わせています。敬い、彼女に対する礼儀を忘れない限り彼女は人間の味方をするでしょう」

「ある意味らしい(・・・)人ね。こちらがちゃんと礼を損なわない限り、庇護してくれる。あれで正しく天人なのでしょう」

「慧眼の通りかと。次に永江衣玖についてですが……彼女についてはこちらでも測りかねている、というのが正直なところです」

「お兄ちゃんでもわからない?」

 

 申し訳ありません、と平伏しながら楓は衣玖に関して抱いていることを苦心しつつ言葉にしていく。

 

「少なくとも積極的に動く性質ではありません。人里に害をなす、というほどの熱意はまずもってありません。その点では人里で好きにさせても問題ないと言えます」

「でも、何を好んで何を嫌う、とかそういったところは不明と?」

「……見ている限りでは直接的な利益をもたらす側につく、ということでしょうか。おそらく、今の彼女は天子より自分の言葉を聞きます」

「それはどうして?」

「衣食住を提供しているからかと」

「そ、そうなんだ……意外と俗物的ね……」

 

 他にも彼女は禄を支払う天子の父に忠誠を誓っている様子が見えた。

 ……だが、あれも給金をもらっているから忠実に仕えています、と本人が言ったら否定できる要素が何もないのが困りものである。

 なので楓にも彼女の主義主張が見えて来ず、対処を決めかねているというのが正直なところだった。

 

「ある意味では天子以上に厄介な存在です。私も警戒を怠りませんが、阿求様も不用意に近づかぬよう」

「はぁい。それにしても今回はお兄ちゃんが大活躍ね。霊夢さんと一緒に異変解決に向かうなんて、どういう風の吹き回し?」

 

 今までは異変解決そのものは霊夢に任せ、楓は楓自身を直接尋ねて来たものか、そもそも気付いたら異変に巻き込まれていたという形が大半だった。

 しかし今回は違い、楓は霊夢と一緒に異変を終わらせる意思を持って異変に関わり、彼が黒幕を退治することで異変を解決に導いた。

 それが阿求にはわからない。今回の異変に際し楓にどんな心境の変化があったのか、聞いてみたかった。

 楓は僅かに言葉に迷った様子を見せた後、ゆっくりと語り始める。

 

「……霊夢に任された、というのがあります。道中を阻んだ八雲紫との戦闘で霊夢の霊力がほぼ底をついていた」

「ふむふむ。でも、それだけじゃないでしょう?」

「人里に要石が埋め込まれ、一歩間違えば人里を大地震が襲っていました」

「でも、それは霊夢さんと一緒に解決したのよね?」

 

 今の二つは建前である、と阿求は見抜いていた。いつも自分を偉大な父と比べているからか、楓は自分の感情が行動の理由であることを卑下している様子が見受けられた。

 それを阿求が指摘すると、楓は自分のことが主に見抜かれていることに喜悦を覚えながらも表には出さず、困った笑みを浮かべて理由を話し始めた。

 

「……博麗神社が壊れたことは私にとっても少なくない衝撃でした。それに対する怒りもあったと思います」

「うんうん、他には?」

「天子とは一度関わっていましたから、見捨てるのは後味が悪いとも思いました。でも、そうですね、全部まとめるなら……」

 

 神社が崩れたことに対し、霊夢以上の怒りをのぞかせた紫の姿。人前ではまず見せないくらいに狼狽し、家族との思い出が失われたことに焦った霊夢の姿。

 そして――手段を選ばず、己の居場所を求めて戦った天子の姿。

 

 

 

「全部ひっくるめて、放っておけなかったのだと思います」

 

 

 

「放っておけなかった?」

「はい。八雲紫に任せたら残酷な結末になっていました。霊夢に任せたら……まあ、あれなら問題ないと思いますが、私も妹分の家が壊されたことに思うところがありました。天子は言うまでもなく、あれは全てが彼女の思い通りに行ったとしても、欲しがっていたものは何も手に入らなかったでしょう」

 

 誰かが彼女を認めれば良かった。たったそれだけのことが千年、誰にも与えられないまま楓の前に現れた。

 

「欲しがっていたものって?」

「……大したものではありません。ただ、誰かに認めてもらいたかったのです。あれの天界での呼び名は不良天人、天人くずれ。他の天人には一度たりとも、認められることなく今に至っている」

「そうだったの……」

 

 阿求は天子の事情を我がことのように思い、胸に手を当てる。

 自分には楓の父が、楓がいる。どんな時でも絶対に自分の味方になり、自分の側にいてくれる人がいる。

 だが、そういった人が天子にはいなかった。実の親ですらそうはならなかった。

 その事実に痛ましいと目を伏せ――次いで、疑問に行き当たる。

 

「……あれ? お兄ちゃん、それはどこで知ったの?」

「……天子と戦った時に本人の口から聞きました」

「あ! お兄ちゃんのその顔! 嘘は言ってないけど本当のことも言ってない顔だ!」

「ははは、何のことやらとんと思い出せません」

 

 これは言いたくない顔だ、と察した阿求はこれ以上の追求をやめることにする。

 楓のことだから聞けば必ず答えてくれるだろう。しかし、それをやって良い質問とそうでない質問は阿求も分けているつもりだった。

 楓とは家族でいたいのだ。彼が御阿礼の子の敵を全て排除する狂った利剣であることなど、わからずにいられるのならそれに越したことはない。

 

「もう! でもそっか。お兄ちゃんが知っているのなら天子さんも安心ね」

「と言うと?」

「お兄ちゃんは困っている人がいたらきっと助けてくれる人だって、信じているから! ね、お兄ちゃん?」

 

 一つの異変を解決し、楓はまた一回り大きくなったように感じられる。

 そんな彼に阿求は飛び切りの笑顔で抱きつき、その顔を見上げた。

 阿求の華奢な身体を抱きとめ、楓は優しく笑いかけて最愛の主の言葉を待つ。

 

 

 

「――これからも私の誇れるお兄ちゃんでいてね? 私からのお願い」

「――無論、あなたがそれを願うのなら」

 

 

 

 

 

 かくして緋想天異変は解決し、幻想郷はいつもと変わらない騒々しく、賑やかな日常が戻ってくるのであった。

 変わったことといえば、人里で時折偉そうにしている天人の姿を見かけるようになったのと、どこからともなくフラフラと羽衣をまとった少女が現れては消えていく姿を見ること。

 つまるところ、人里に新しい住人が増えたことであり――住民もまた、いつものことだと受け流す小さな変化があった程度である。




緋想天はこれにて終了です。天子、人里に暮らし始めるの巻。
ここから再び何話か日常パートと伏線パートを仕込んで地霊殿に入っていきます。さしあたって次話は天子と衣玖の仕事やら何やら。

この他、永遠亭面子と慧音やらと話したり、天子たちが映姫たちと遭遇したり、早苗が暴走して楓たちを巻き込んだり、椿がとある決心をしたり、色々と騒々しい日常が続いていく予定です。



……地霊殿始まったらしばらくノンストップになると思いますから(小声)
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