緋想天異変と呼ばれる異変が終わり、幾日か。楓の周囲は今日も今日とて忙しなかった。
具体的には天界を追放され、現在楓の家でタダ飯を貪っている天人と龍宮の使いの仕事をどう見繕うかである。
別段、居候が二人増えたところで火継の家の経済が傾くことなどない。その程度の蓄えはある。
だが特別な事情もない少女たちを楓の私情でいつまでも置いておくこともできない。いくら強ければ無体が許される火継の家と言っても限度があった。
なので楓は天子と衣玖、そして椛と自分が揃った朝餉の席で話を切り出すのであった。ちなみに霊夢は先日神社の建て直しが終わったため、そちらで盛大な宴会を開いて再び博麗神社に戻っている。
「お前たちの仕事を探したいんだが、具体的に何ができる? 適材適所に割り振るのがお互いにとって一番得だろう」
「ふむ……」
天子は楓の質問に対し、大根の漬物をポリポリと小気味よい音を立ててかじりながら考える。
「できることで言うなら、比那名居の家系の人間として地鎮や天人としての神通力とかがあるけど……楓が知りたいのはそれとは別でしょう?」
「そうだな。俺の見立てで話すならお前は自警団と教師が向いていると思っている」
「楓ほどじゃないけど腕が立って、なおかつ知識があるから、と。うん、よく見てるじゃない」
天子の教養は人里では珍しい部類である。単純な読み書き計算等は行えても、そこから更に突っ込んだ教養を持つ者はあまり多くない。人里で言えば商家などで高度な教育を受ける機会があったり、本に関わる一家に生まれた子供ぐらいである。
当然、学びの門は広く開かれており、希望さえすれば慧音が喜んで教えてくれるだろうが、それが問題になって今ひとつ結果につながらない状態となっていた。
その辺りの説明をすると、天子は首を傾げて不思議そうな顔をする。
「その慧音という人はなかなか大した人じゃない。何が問題になるというの?」
「……その、単純に教え方が……」
これ以上を楓の口から語るのは憚られた。慧音が素晴らしい人物であることは人里の住民全員が知っているのだ。ただ唯一の欠点とも言えるそれが無視できないだけで。
口ごもった楓の様子を見て天子も察したのだろう。呆れた目で楓を見る。
「そういうこと。全く、言わないでおくことの方が残酷だってどうしてわからないのかしら」
「俺の父どころか祖父のそのまた祖父の先祖からずっと面倒見てもらってるんだぞ! 恐れ多いわ!!」
「誰かさっさと言えって言ってるのよ!! それで今話がこじれてるんでしょう!!」
少なくとも自分には無理だった、と断言して楓は一旦話を終わらせる。
「とにかく、やる気があるなら俺から話を持っていく。読み書き計算、古典教養、一通りはできると考えても?」
「問題ないわ。個人的には知識も披露できる古典がやりたいけど」
「伝えておく。自警団の方については……まあ、文字通りの見回りだな。人里の内外を見て、犯罪の抑止を行う」
ただし、天子は人里という勢力で見れば間違いなくトップクラスの実力があるため、危険度の大きい人里外周を見て回る可能性が高いことを伝える。
それを聞いて天子はむしろ燃えてきたとばかりに肩を回し、戦意を見せた。
「多少危険なくらいが楽しいのよ。それに言っても妖精や雑魚妖怪程度でしょう?」
「否定はしないが、ただの人間にとってはそれでも脅威なんだ」
妖怪に難なく対処できる方が少数派なのだ。楓の知り合いは大体どいつもこいつも腕が立つので感覚が麻痺しがちだが。
「現状で俺が思いつくのはこれぐらいだな。後は突発的だが、俺が妖怪退治の仕事を頼むこともある」
「ふぅん、普段は誰がやってるの?」
「博麗の巫女に頼むか、俺の一族の誰かがやるか、あるいは人里に協力的な魔法使いの手を借りるとかその辺りが大体だな」
「もしくは自警団所属で腕の立つ人がそのまま倒すこともあるわね」
話を聞いていた椛が補足を入れてくれたので、楓も首肯してさらなる補足を追加する。
特にここ最近では山の神社の巫女も積極的に請け負っていた。彼女らへの報酬はやや少ない代わり、誰が退治したかをきちんと広めるという契約になっている。
確実に戦闘が予想される仕事となるため、報酬も期待して良いものになる。力量さえあれば安全かつ割の良い仕事と言えた。
「なるほど、人里も色々と仕事はあるのね。新参者への風当たりは強いのかと思ってたわ」
「ここ最近は新しい風ばかりが吹き込まれるのでな。人手がいくらでもほしい役目に割り振るようにしているだけだ」
「わかったわ。私はそっちの仕事をやってみましょう」
「頼んだ。で、衣玖の方だが……」
「楽して稼げる仕事でお願いします」
「そんなんあったら皆やっとるわ」
こいつだけが難題だ、と楓は頭痛をこらえる。そもそも彼女に何ができるのか、具体的なところを何一つとして知らない。
「……先に聞いておこう。何かできることはあるか?」
「読み書き計算。そこいらの人よりか力仕事はできます。後は従者みたいなものでしたので、仕事の補佐などはそれなりに覚えがあります」
「……ふむ」
「おや、その空気。何か思いついたものがお有りで?」
「試すだけ試して無理なら別の方法を考えるという程度だが……俺の補佐をする気はないか?」
楓は常日頃から仕事に追われているが、本心では御阿礼の子の側仕えのみをしていたいというのは間違いない。
なので他人に任せられる仕事があるのなら、容赦なくそちらに任せてしまいたかった。
衣玖にそういったところを話すと、納得したのか首肯が返ってくる。
「なるほど、そういった背景でしたら承知しました。とはいえお互いの空気の良し悪しなどもあるでしょうから、実際に試してみて難しいようであれば別の話を用意していただく形で良いでしょうか」
「こっちでも努力はするが、お前も仕事を探す努力はしてくれ……」
話が一段落すると、楓はサクサクと残った朝餉を片付けて立ち上がり、椛に顔を向けた。
「先生に話を持っていきます。そのまま雑事を片付けて阿求様の側仕えに向かうから、今日は戻らないかと」
「ん、わかったわ。今日も頑張ってね」
「母上も。では」
そう言って出ていった楓を見送り、天子も椛へ視線を向けて頭を下げる。
「そういえば謝れてなかったわね。あの時は悪いことをしたわ」
「気にしてませんよ。天界なんて物珍しいものが見れて、美味しい桃も食べられて、息子の成長した姿も見られたしむしろお礼を言いたいくらいです」
「そのお礼、私がボコボコにされたことにも含まれてるから受け取り難いわね……」
息子の成長した姿とはそういうことである。天子は口元を引きつらせるしかなかった。
「気にしてないとはいえ、それじゃ天人の名が廃るわ。何か力が必要な時は言いなさい。あんたの息子ともども、世話になっている義理は果たすから」
「頼めることができたら遠慮なく頼むことにします。ああ、衣玖さんはご飯、食べてます?」
「遠慮なくいただいております。地上の食事も捨てたものではありませんね。ああ、お代わりください」
ちなみに楓が食べているときにも要求していたため、三杯目である。天子はこの女に遠慮という二文字は存在するのか、という視線で衣玖を見ている。
天子の視線に気付いたのか、衣玖が味噌汁を飲んでいた天子と視線を合わせる。
「…………」
「……な、何よ」
「いえ、ここだけの話でふと気になったことがありまして」
「気になったこと?」
何か気になるところでもあっただろうか、とお茶をすすりながら考える。
楓はなるべく早く仕事を見つけてほしいと言ってはばからないが、おそらく当分の間は面倒を見てもらえるだろう。彼がなんだかんだ言って背負い込み続ける性格なのは誰の目にも明らかだった。
では一体何を思っているのか――
「ええ、まあ大したことではないのですが――ぶっちゃけたところ、総領娘様はあの男に気があるんですか?」
「んぐっ!?」
「おや?」
予想外の方向から投げられた豪速球でお茶が変なところに入ってしまった。
ゲホゲホとむせて涙目になりながら、天子は衣玖を信じがたい生物を見る目で見返す。
「な、ななな、何を言って……」
「普段どおりに振る舞っておられるおつもりでしょうが、天界での態度と比べれば一目瞭然ですよ? 地上で暮らすことにも前向きですし、天界にいた頃とは信じられないくらい明るくなっています」
「あら、なになに色恋話? 大丈夫、続けて?」
無表情ながらズバズバと聞きにくいことを突っ込んでくる衣玖にどう答えたものか、と天子は頭を悩ませる。
しかも隣の椛も話に興味があるのか、目を輝かせて続きを催促してくる始末。気まずいったらない。
これでうかつなことを口にしたら大変なことになる。具体的には次の食事から二人からの生暖かい視線が突き刺さるに違いない。
「こちらには同性しかおりませんし、ここで話したことを言いふらしたりは……私はするかもしれませんが、ご安心ください」
「何一つ安心できる要素がないわよね!? というか私は楓に対して思うところは……!」
「おや、私はあの男としか言ってませんが」
「今すぐこの女ぶっ殺したい……!」
羞恥に顔を真赤に染めながら、どうしたものかと天子は頭を抱える。
とりあえず衣玖のあることないことを後で楓に吹き込むのは確定として、あの夜のことを話す気にはなれなかった。あんな心の丈をぶちまける姿、知っている存在は一人で十分だ。
「……恩があるのよ。あいつには」
「ああ、こうして今も家に置いてもらえますからね」
「それもあるけど、それだけじゃない。もっと大きな恩がある」
「ほう?」
「あと、私を天人として認めてくれたのはあいつだからね。――それに恥じない自分でありたい」
あの夜、楓は確かに天子を天人として敬意を払っていた。そして天子は確かにそれに救われた。
少しばかり時間を置いて、天子は楓に何を返せるか考えたのだ。そして出た結論が前に進むことだった。
「……上を目指したい。楓が認めた私はただの天人なんかじゃない。もっとすごい存在なんだって、胸を張りたい。そういう感情」
「面白くありませんね。もっと色恋沙汰ではないのですか?」
「あんたを楽しませる話じゃないつってんでしょ!!」
もう我慢の限界だ。後でと言わず今シバく。緋想の剣片手に立ち上がった天子を椛がどうどうと押し止める。
「まあまあ、私は素敵な理由だと思いますよ? 天子ちゃんらしいと思います」
「……なんか、懐かしいものを見る目で見てない?」
天子は自分の願いが認められたことよりも椛の優しく暖かく、そしてどこか懐かしいものを見る視線の意味が気になった。
そのことについて指摘すると、椛はいつぞやも見た困ったような笑いを浮かべ、言うのであった。
「――昔の私も同じでしたから。ずっと先を走る人であっても、対等でいたいと思うのは」
同時刻、慧音の寺子屋を訪れた楓は寺子屋の主である慧音と、ちょうど一緒にいた妹紅に出迎えられていた。
熱いお茶を片手に妹紅と慧音に楓はここ最近起こった異変とその結果について話していく。
「――という次第で人里に二人が暮らすことになりました」
「そういうのを個人の一存で決めるのはなるべく避けて欲しい……と言いたいところだが、異変に直接対処できるのはお前だけだ。正当な権利でもあるか」
「そこは申し訳ありません。ですが彼女らは人里への貢献を約束してくれました。少なくとも数十年は人里で暮らすようですので、その間は頼って良いかと」
人里の抱える問題として、人間が住まう唯一の勢力であるにも関わらず、防備を半ば妖怪に頼り切りという点があった。
天狗の力も借りて防護は万全であるものの、それは天狗がそっぽを向けばどうしようもなくなると言い換えられる。
人里に所属し、腕に覚えのある個人は慧音、椛、楓の三人。他は火継の一族をかき集めれば多少は形になるが、多少止まりなのは否めない。
特に今は多くの勢力が増え、幻想郷は混迷の時代にあると言っても過言ではない。
可能な限り多くの勢力と対等にやり合うためにも、チラつかせることのできる力というのは重要だ。
これまでは楓がほぼ一人でその役目を担っていた。本人も表舞台に立つようになってメキメキと実力を伸ばし、今や大妖怪と互角以上に戦える力量は着けている。
しかし所詮は一人。しかも彼は多くの異変に巻き込まれるなど、妙な方向で間が悪い。人里を離れた瞬間を狙われてはどうにもならない。
まとめてしまうと手が足りないのだ。数十年前のように片手で数えられる程度の勢力数ならば事態の予見もできたかもしれないが、今はそれも難しい。
そういった事情を正しく理解している慧音は楓の言葉を聞いて考え込み、ふと顔を上げる。
「……む? お前の言いたいことはわかったが、どうして私を訪ねて来たんだ?」
「先程あげた二人の仕事探しです。いつまでも私の家に置くわけにもいきません」
「ダメなの?」
妹紅が不思議そうに聞いてきたので、楓は首を横に振ってダメだという意思を示す。
「いくら俺が火継の当主といえど限度がある。あと個人的にあいつらを遊ばせる気はない」
「ああ、そういう……」
「で、聞き出したところ天人の少女は学識があるようなので、先生のところで雇っていただけないかと考えました」
「なるほど、話は理解した。今度連れてきてくれ。簡単な授業などをさせてみて私も判断しよう」
慧音は知らなかった。天子の教え方が予想以上に上手く、子供の人気がそちらに行ってしまう未来を。
ともあれ紹介が終わったため、楓はお茶を飲んで妹紅に顔を向ける。
「後は自警団にも話を持っていきます。腕も立つようなので、外の見回りぐらいは頼めるかと」
「ああ、そちらは任せた。後は住居の手配についてだが、そちらも任せて良いか」
「折を見て大工に頼みます」
人里の駆け込み寺扱いになっているというか、人里生まれでない人外が人里と関わりを持つ場合はこいつに頼れば良い存在になっているというか、とにかく楓は頭が痛かった。御阿礼の子に仕えていたいだけだというのに、どんどん状況がややこしくなっている気がしてならない。
楓の苦悩が読み取れたのだろう。話を聞いていた妹紅が小さく笑う。
「ふふっ、楓は色々な勢力と繋がりを持ち続けているからね。人のつながりが多い人は頼られることも多いものよ」
「父上の時でもここまで多くはなかったぞ……」
紅魔館、妖怪の山の天狗、鬼程度だったはずだ。それに紅魔館は人里と距離を置いた付き合いとなっているため、あまり考えることも多くない。
などと考え、しかしそれを嘆いたところでどうにもならないと割り切った楓は思考を切り替えて妹紅の方を見た。
「それで妹紅はどうして? 普段はあの竹林から出たがらないはずだ」
「生活を変えろと言ったのは二人でしょう? 私の方でもちょっと色々とあってね」
異変ってほどじゃないんだけど、と言う妹紅に楓は首をかしげる。あそこで何か問題の起こる余地があっただろうか。
せいぜい、てゐが悪戯をする程度で他に騒ぎなど起こさない連中ばかりが暮らしているという認識だった。
「……いや、輝夜か?」
「あら、知ってるの? 万博をやるって言い張って永遠亭の珍品を引っ張り出してるって話」
「本人がやると言い出すのは聞いたが、本当にやる気だったのか」
「おかげで私が行っても門前払い。というか宝物を燃やすなって怒られる始末よ」
「そりゃ燃やしたら怒るだろう」
妹紅と輝夜が普段行っている殺し合いも、修繕が大変だと永琳が愚痴をこぼすこともあるのだ。薬について勉強しに行って、愚痴を聞かされる身にもなってほしい。
「まあそれもあるんだけど、そっちは良いのよ。どうせあの薬師が他所様に見せて良いものと悪いものを分けてくれるでしょうし」
「弱竹のかぐや姫の語る珍品名品か……」
興味がないと言えば嘘になる。人里の人間に来て欲しいための催しなので、いずれ情報が来るだろう。その時になったら訪ねてみよう。
記憶の片隅に輝夜の万博について留め、楓は改めて妹紅の問題について話を聞く。
「永遠亭に行けないことだけが今の問題か?」
「ううん。最近、夜雀がうるさいのよ」
「竹林で活動する妖怪か。うるさいとは?」
「夜な夜な騒いでうるさいから退治しようと思ったら、急に辺りが暗くなって。どうしたものかと考えていたら一回殺されちゃったの」
「……む」
それはさすがに問題である。妹紅が死なない人間だから良かっただけで、妹紅以外の人間だったら人里が、ひいては楓が退治に動かねばならない案件だ。
楓が僅かに剣呑な気配を漂わせたのを察したのだろう。妹紅が言葉を続けていく。
「ああ、私は気にしてないの。それに竹林でもだいぶ奥の方まで向かったから、人間が行くような場所ではないわ」
「……どんな死に方をしたんだ?」
「鉤爪か何かで首をバッサリ。視界が暗くなった隙を突かれたから、次はもろともに燃やしてやるわ」
「自爆するか迷ったところを狙われたわけか。ふむ……」
妹紅はこう言っているが、放置すべきではないと楓の思考は結論を出していた。
少なくとも彼女を殺した夜雀は、人間が簡単に死ぬ存在であると理解しているのだ。あるいは人の味も覚えたかもしれない。
「……先生」
「ああ、私もお前に頼もうと思っていた。妹紅なら良いかもしれない……いや殺されるのは良くないが、これで他の人まで狙われ始めたら問題だ」
慧音も同じ結論に達していたらしく、楓に妹紅への同行を頼まれる。
「大筋は把握した。妹紅が死ぬのは良いとして、人里の守護者としては万が一を考えないといけない。竹林の方へ案内してくれないか?」
「ん、願ったり叶ったりよ。うるさくて夜眠れないのは私も勘弁して欲しいし」
「事件を予防できるのが守護者の強みだ。それに影狼の近況も聞きたいからな」
では早速向かおうと妹紅と楓は連れ立って寺子屋を後にする。
慧音は気をつけてな、と見送った後、楓がこぼしていた愚痴を反芻してつい思い出し笑いをしてしまう。
「ふ、ふふふっ。そうやって他人に頼られてすぐ解決に動くから、大勢の人に頼られてしまうんだぞ。全く、お前は立派なやつだよ」
迷いの竹林に踏み入り、歩くことしばし。
妹紅の家も通り過ぎてなお奥に向かっていく足取りに、楓はふと思ったことを聞く。
「そういえば夜雀に襲われたのは夜だったか」
「そうね。ただ、特に夜に騒がしいだけで、昼間も活動はしていると思うわ。そもそもここまで奥だと日の光もロクに届かないし」
「ふむ」
すでに人の入る場所からは外れている。てゐの罠すらないのがその証拠だ。悪戯は引っかかる誰かがいて初めて成立するもの。誰も来ない場所に罠を仕掛ける道理はない。
しかし、そこまで来ても楓の千里眼で夜雀らしきものは見当たらない。竹林の中では永遠亭の結界が作用しているため、普段より見える範囲が狭いことを差し引いても動きが見えなかった。
「……見当たらんな。探すのは少し骨が折れるかもしれん」
「探せるだけマシよ。私一人だったらアテもなく歩くしかなかったわけだし」
「先に影狼を探して人手を増やした方が良さそう……うん?」
影狼の探索から先にやろうかと思った矢先だった。視界の片隅に何かが映ったのは。
「何か見えたの?」
「お前の言う夜雀かはわからんが、このまま歩くよりは目標になるだろう」
楓が歩く方向を変えるとその後ろを妹紅がついてくる。
千里眼の厄介なところとして、相手が見つけられたとしても自分の現在位置からどの程度の距離なのか、説明が難しいところである。特に距離感の掴みにくい閉所だとなおさらだ。
「どのくらい歩けば着く?」
「そう離れてはいない。動く様子もないし、すぐ追いつくだろう」
「ふぅん。やっぱり便利ねえ」
「お褒めの言葉どうも」
楓が肩をすくめると一旦話題が途切れるものの、別段気まずく感じるものではなかった。
サクサクと竹の葉を踏みしめる音が響く中、やがて不意に妹紅が口を開く。
「そうそう、慧音とは別のことも話していたの」
「別のこと?」
「手慰みに何かやろうと思ってね。料理の屋台なんてどうか、って」
「屋台?」
「そう。なに、私が料理するのが不思議?」
「率直に言えばまあ」
とてもではないがあの暮らしぶりで彼女の家事技能を察するのは難しかった。食事も睡眠も適当どころか、ほとんど取らず死んで復活するに任せていた少女である。
楓の呆れた半目に気づいたのだろう。妹紅は唇を引き結んでムスッとした顔になってそっぽを向く。
「失礼ね。これでもあなたの何十倍も生きてるのよ? 生きるのが嫌になって色々と手を出したこともあるの!」
「誰かに師事したとかではなく、適当に見様見真似でやってたとかそういうオチじゃないだろうな」
「ホント失礼よね!? あなた私を全く信用してないでしょ!?」
「そういうのが全然できないんだろうな、という方向で信じている」
「料理ぐらいできるの。最近は筍を葉っぱで包んで焼いて食べたりしてるのよ? ホクホクして美味しいんだから」
「で、他は?」
「焼き鳥とか、焼き魚とか、焼きおにぎりとか……」
全部焼いているものである。早くも妹紅の語る料理屋に不安を覚えた楓は半目を崩さないまま、ため息をつく。
「……これが終わったら料理を作ってみてくれ。その味次第で俺も出方を決める」
「その上から目線が無性に腹立つ……!」
「実際俺が上だと思う……」
仮に屋台を出すとしても指導が大変そうだ、と楓は頭を悩ませる。
……至極当然のように妹紅の話に協力しようと思っている辺り、彼も大概人が良い。
などということを考えていると、楓の視界が急激に狭くなり始める。
いいや、狭くなっているというのは正確ではない。正しくは――周囲がどんどん暗くなっているのだ。
「これは……」
「楓、大丈夫!? 目は見える!?」
同じ状態なのだろう。隣にいる妹紅から焦った声が楓の耳に届いてくる。
楓は刀に手を添えて臨戦態勢になりながら、自分の視界が完全に閉ざされたことを告げた。
「……いいや、何も見えなくなった」
「私もよ。やっぱりこれって能力のようね……」
「おそらくは。この手の能力に心当たりはあるが、あいつはこの辺りで活動しないはず……」
そんなことを話していると、頭上から甲高い少女の笑い声が響く。
何も見えない状態でそちらに顔を向けると、少女は楓たちを見下ろして言葉を紡ぐ。
「いつぞや殺したはずの人間がまた別の人間を連れてきた! これは吉兆というものかしら! こんな人気のない場所にきて――妖怪に襲われて喰われる覚悟はできているわよね!!」
「夜雀か。俺たちを殺すつもりか?」
「あら、知ってたの。だったら冥土の土産に教えてあげる。あんたたちを喰い殺す妖怪の名前を!」
「聞く耳なし、か……妹紅、動かないで良いぞ」
「じゃあお願いするわ」
楓たちがヒソヒソと話しながら、少女の言葉を待つ。
バサリ、という何か――おそらく翼――を広げる音が耳に届く。
「――ミスティア・ローレライよ! じゃあ、さようなら人間。美味しく食べてあげるわ!!」
※この後行間でボコられます。
ということでみすちー登場。勝負になるのか? 千里眼に頼るキャラが視界を封じられたのだから焦って敗北するに違いない……(棒読み)
チラッと話に出てましたが、料理屋台関係で登場しました。こうしてもこたんに人と関わる喜びを思い出させてから永遠の孤独も思い出させてやりたいだけなんです(善意)
そして天子は認めてくれた楓に恥じないために上を目指したい。対等で在りたいという意気込みは前作で言うところの椛ポジションに近いです。ヒロインになるか? それは私の筆の滑り次第よ……。