阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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竹林の屋台出店計画

 数分後、ミスティアと名乗った夜雀の少女は妹紅の家の前で吊るされていた。

 両手を縛り上げられ、身動きが取れないミスティアがジタバタと暴れる。

 

「なんで妖怪が人間の味方してるのよー!! 鳥目にしたのになんで私を普通に倒せるのよー!」

「実際どうしてなの?」

「一つの強みが封じられて何もできなくなるようなヤワな鍛錬はしていない。当然、目が見えない状況の稽古もしている」

 

 霊夢との稽古でも時折、目隠しでやることがあるのだ。なので視界を潰されたところで周囲の状況を把握する程度、造作もなかった。

 そのためミスティアの攻撃も全てを読み切り、問題なく素手でボコボコにできたのでそのまま引きずってきたのである。

 

「で、この子はどうするの?」

「焼鳥が得意だと言っただろう。こいつで試して――」

「待って待って待ってただの鳥ならともかくこれはちょっと色々問題があり過ぎるわよ!?」

「そうか?」

 

 ちょっと人型をしているだけだ、と楓は別に彼女を焼くことへの問題は感じていなかった。

 素の声色だったことが妹紅とミスティアにも察せられてしまい、命の危険を感じたミスティアの暴れっぷりがひどくなる。

 

「やだー! 夜雀虐待はんたーい!!」

「ほら! この子もすごく嫌がってる!!」

「人を襲った妖怪なんだから、退治されるのも当然あり得る。焼け死ぬのは苦しいと聞くが、まあ殺される側が死に方を選べるはずもなし。運が悪かったと諦めて――」

「そもそもなんでそんなに私を焼くことにこだわるのよ!? 私が焼き鳥撲滅運動してることへのあてつけ!?」

「なんだそれは? いや別に知る必要はないか。これから死ぬやつの話など妄言と同じだ」

 

 そう言って片手に妖術の炎を生み出すと、ミスティアは半泣きになって妹紅の方へ命乞いの視線を向ける。

 妹紅も一度殺されたが、それぐらいでそこまで怒っているわけではなかった。そのため楓を止めようとなんとか言葉を考えていく。そもそもこの楓という少年、面倒見の良い好青年な割りに妙に殺すことへの躊躇がないというか、普段通りの表情のまま殺す判断を下せるというか。

 普段見せている姿とあまりに一緒なのがかえって不気味なことに、本人は気づいていなかった。

 

「あー! 待って! 私は興味あるなー! 詳しく話を聞いてみても良いんじゃない!?」

「ふむ。妹紅が言うなら聞こうか」

「……私はほら、夜雀だから鳥の妖怪なわけよ」

「そうなるな」

「鳥の妖怪ってことは、鳥を食べたら共食いなわけじゃない?」

「確かに」

「それに私以外の人が鳥を貪ってる姿を見たら、同族が喰われてるって思うわけよ」

「なるほど。概ね言いたいことは把握できた。それで焼き鳥撲滅運動とは具体的に何を?」

「そりゃもちろん、竹林にやってくる人間を襲って――あ、ウソです冗談です燃やさないでー!?」

 

 この妖怪の言葉をどこまで信じたものか、と楓は眉根を僅かに寄せる。

 人間を襲った、という話は信じていなかった。本当に襲っていたら人里が状況を把握し、楓のもとに情報が来ているはずだ。そうなっていたら最初からミスティアの話など聞かずに退治している。

 

「嘘をつかず、包み隠さず本当のことを話せ。でなきゃ俺と妹紅の夕飯が大きな焼き鳥になる」

「え、私これ食べるの……?」

「あの、これから焼かれるかもしれない瀬戸際の私が言うのもあれだけど、隣の人ものすごい引いてるよ?」

「話が進まないので早く話せ」

「実態は人間相手に焼き鳥より美味しいのがあるって教えようと屋台の準備をしていたくらいです殺さないでください!!」

「俺たちを襲ったのは?」

「妖怪の領域に入った人間は襲うでしょ? 妖怪は人間を襲うものなんだし」

「……ふむ」

 

 これは幻想郷のルールに当てはめると正しい行動だ。

 それにあの場所は常人が入ることはあり得ないと断言できる場所だった。不用意に近づくのは死なない人間である妹紅か、同じ妖怪である影狼や永遠亭の面々ぐらいのものだ。

 

「だったら俺たちに襲いかかってきたことを咎める謂れはないな」

「じゃあなんでボコボコにしたの!?」

「それはそれ、これはこれだ。襲われたら自衛するのも当然だ」

 

 なので楓はミスティアを殴り倒したことに罪悪感は持っていなかった。第一、こっちが無抵抗だったら殺されていたのだから温情に溢れていると言えるだろう。

 さておき、楓はミスティアの発言の中から有用な情報が聞けたため、そちらについて追求することにした。

 

「ところで、屋台を出すとはどういうことだ?」

「え? 焼き鳥を食うなって言っても人間は食べるでしょ?」

「肉は滋養強壮に良いからな。そりゃ食うだろう」

「だったら、鳥より滋養があって美味しい食べ物があればそっちに行くんじゃないかって思ったの」

「なるほど、一理あるやも」

「え? それなら両方食べる方がむごご」

 

 話が横道にそれそうな気配を感じたので、妹紅の口を塞ぎながら適当な相槌を打つ。

 楓の感想も妹紅と同じだが、それを口に出すのが面倒につながることぐらい察していた。

 

「それで八ツ目鰻の蒲焼きを出そうって考えて、練習もしてこれから屋台の準備をしようってところであんたらが来たわけ」

「ふむふむ。おい妹紅、これは渡りに船じゃないか?」

 

 そう言って口を離してやると妹紅は合点がいったとうなずく。

 

「確かに。私も屋台でも出そうかなって思ってたところなの。どうせなら目標があっても良いわよね」

「アテもなく始めたところで尻すぼみになるのがオチだ。ということでミスティア、今から言う条件を飲むなら見逃してやる」

「飲まないって言ったら?」

「焼き鳥のおすそ分け先を探すのが面倒になる」

「是非ともやらせてください!!」

 

 こいつ真顔で人を殺す算段を立てるし、真顔で冗談みたいな提案もしてくるな、とミスティアは短い付き合いながらだいぶ楓の人格を察するのであった。

 

 

 

「――という話があったんだ」

 

 ミスティアとの話から一時間ほど。楓は竹林を歩いていた影狼を捕まえて事の次第を聞かせていた。

 影狼は何度もうなずき、先日の永夜異変で知り合ったこの少年はいつも何か行動しているなあと思いながら相槌を打つ。

 

「うんうん、なるほどねえ。楓って人の提案を一蹴しないというか、とりあえず実現させる方向でなんとかしようとするよね」

「希望通りに進むのが一番良いだろう」

「そりゃそうか。うんうん、話はわかったよ。それで――」

 

 影狼は改めて自分の体を見回す。先ほど話したミスティアという妖怪を縛るのに使ったであろう縄が自分の体をがんじがらめに縛り上げていた。

 朗らかに笑っていた表情を半泣きに変え、影狼は涙目で聞いてくる。

 

「――どうして私の身体は縛られてるの?」

 

 楓はよく聞いてくれたと言わんばかりに首肯し、真面目くさった顔のまま言い放つ。

 

「うむ。妹紅とミスティアが共同で屋台を出すことで話がまとまってな。商品である食べ物の毒味――もとい、味見役と看板娘を頼みたくて連れてきた次第だ」

「最初からそれ言ってよ!? というか今毒味って言った!?」

「当人らの話を聞く限り味見で済むはずだ。……多分」

 

 どちらも実際に確認したことがないため根拠はないが、あの様子なら任せても大丈夫なはず……おそらく……きっと……もしかしたら……、という言葉は飲み込むことにした。自信満々だったのでそれを信じたい。

 

「ちょっと!?」

「安心しろ。俺も付き合う」

「私に全部任せるって言ったら本気で怒ってたよ!!」

「問答無用で引きずって脅迫――失礼、言葉選びを間違えた。頼み事をするんだ、それぐらいはやる」

「脅迫って言った!? というか自覚あったの!?」

「尋常な手段で人は来ないだろうなと思って」

 

 少なくとも自分は嫌がる、と言うと影狼は縛られた身体をジタバタと暴れさせる。

 

「自分の嫌がることを人にやっちゃいけないって言うでしょう!?」

「とはいえ人手が多いに越したことはない。それに縛ったのは妹紅を話題に出した途端、逃げ出そうとしたお前を捕まえるためだ」

 

 ここまで引きずってくれば逃げ出すこともないだろうと楓は影狼の縄をほどいてやる。

 影狼はさめざめと半泣きのまま楓の方を見るが、楓はきょとんとした顔をするばかりで、罪悪感をこれっぽっちも覚えていないであろうことは誰の目にも明らかだった。

 

「……楓ってさ。泣いている私を巻き込むことに悪いことしたとか思わない?」

「異変に巻き込んだら謝罪の一つもするが、今回のやつは別では?」

「楓にとっては異変じゃなくても私にとっては天変地異だよ!! 人を年がら年中何かに巻き込まれている人と一緒にしないで欲しいよってイタタタタ!?」

「その物言いはやめろ」

 

 楓も気にしているようだ、と影狼は耳を引っ張られて涙目になりながら思うのであった。

 そうこうして落ち着いた二人は切り株の椅子に腰かけ、改めて妹紅の家から立ち上る料理をしている証左である白い煙を眺める。

 

「話は大体わかったし、味見もこの際受け入れましょう。逃げても捕まえられそうだし」

「わかってきたじゃないか」

「うんうん、楓と友だちになったのが運の尽きだったね……」

「なんだと」

 

 本人は巻き込まれているだけだと言い張るが、楓自身も結構なトラブルメーカーである。自分の手だけでは足りないと判断したら他人を巻き込むことに躊躇がないというか、とりあえず道連れを増やそうとするというか。

 本当に嫌がっていたら理解を示してくれるし、なんだかんだ影狼にとっても良い方向に落ち着くのはわかるのだが、どちらにせよ退屈とは無縁の生活だった。

 

「で、屋台って話だけど料理は何を出す予定なの?」

「ミスティアが八ツ目鰻とやらの蒲焼き。妹紅はその他焼き魚、焼きおにぎり、焼き筍等だそうだ」

「……焼き物系ばっかりじゃない?」

「……だから味を見て俺も出方を考える」

 

 最悪、料理を一から仕込まなければならない。それは非常に面倒なので、そうなったら人里の料理屋で働いている蛮奇も巻き込む予定だった。

 その辺りを影狼に話すと、それやったらいよいよ出禁にされちゃうよ? と言われたので渋々諦めて別の人物を考え始める楓だった。

 そんな様子を見て、影狼はクスリと小さく笑う。

 

「……ふふ、屋台出すのをやめろ、とは言わないんだ」

「出てくる料理があまりにも不味くて改善の見込みがないと思ったらやめろと言う」

「そ、その時はお願いします……」

 

 などと話していると、ミスティアと妹紅が湯気を立てる料理を手に家から出てくる。

 

「さあ、待たせたわね。これを食べて鳥を食べることの馬鹿らしさを知りなさい!」

「おお、なんだか蒲焼きっぽい。八ツ目鰻って言うんだっけ?」

「捌く前のがあるけど見る? 見たら食欲なくすと思うけど」

「その言葉で大体予想がついたから遠慮します……」

 

 ミスティアが差し出した蒲焼きは香ばしい匂いを漂わせており食欲をそそる。

 楓は興味深そうにそれを一瞥した後、手を伸ばして少しだけかじってみる。

 

「……ふむ、クセはあるが甘辛くて美味いな。確かにこれなら商品になりそうだ」

「ふふん、でしょでしょ? しかも滋養たっぷり! これなら鳥を食べることもなくなるんじゃない?」

「その野望が成就するかは発言を控えておこう。影狼、食えるぞ」

「おお、じゃあ遠慮なく……うん、美味しい! お酒が欲しくなる味だね!」

 

 気に入ったのかバクバクとあっという間に平らげてしまう。

 そして次に妹紅の料理を見やると、そこにはおにぎりが並んでいた。

 

「ま、最初は簡単なものでいいでしょう。味噌を塗った焼きおにぎりよ」

「ではいただきます」

 

 遠慮なくかぶりつく。焦げた味噌の香ばしさと程よい塩味が熱々の米と一緒に運ばれる。

 塗った味噌の分量、焼き具合、米の握る力加減。どれを取っても非の打ち所がない。楓の好みに合わせることならいくらか浮かぶが、改善となると一切浮かばなかった。

 影狼が横から焼きおにぎりを奪い去り、むしゃむしゃと食べているのを横目に楓は本心からの驚愕を口に出す。

 

「……む、美味いな。簡単だからこそ料理の腕がハッキリ出るのに」

「でしょう? 生きるのに飽きた頃、ひたすらそれだけを頑張った時期があったからね」

「経緯はさておき十二分だ。疑ったことも謝罪しなければな」

「ふふ、これで屋台を出すのは認めてもらえるかしら?」

「これなら客足もつくだろうな。……で、他には何が作れるんだ?」

 

 商品としては申し分ないが、もう少し種類が欲しい。そんな意味を込めての質問だったが、返答は同時にそらされた視線だった。

 どうしたものかと楓は顎に手を当てて思案する。

 

「これ一つで行くというのも手ではあるか。八ツ目鰻が主体で他は副菜扱いとすれば問題ない。残るは飲み物だな」

「そこまで本格的にやるの? いえ、目標は確かにあるけれど」

「さっき影狼が言ってただろう。酒の欲しくなる味だって。他の客も同じ要望をする可能性が高い」

 

 どうせ屋台を出すなら繁盛した方が良い。そのための努力は惜しまないべきだ。

 

「先に確認しておくが、お前らに酒で心当たりのある相手はいないな?」

「いないわね。というか楓がここまでやる気を出してるのが驚きだわ」

「何を言う。俺は手伝うと決めたことに出し惜しみはしないぞ」

「それはなんとなくわかってる」

 

 ミスティアを退治ついでに巻き込み、影狼を味見役で巻き込む姿を見てわからない人はいない。

 妹紅の生暖かい視線に気づかず、楓は自分の中で思い当たりそうな人物を探していく。

 

「……いくらか心当たりはあるが、卸してもらえるかは頼んでみないとわからんな」

「いくらかってどの辺り?」

 

 妹紅の質問に対し、楓は指折り数えながら自分の心当たりをあげていく。

 

「霊夢に頼んでみるか、霧雨商店の店主に頼んでみるか、紅魔館もワイン系で頼めそうだな。後は鬼に頼んでみるか、天子に頼んでみるか……」

 

 天界では食べ物が桃ぐらいしかないと言っていたが、享楽に耽るという意味なら酒もあるはずだ。天子なら追放されたことも気にせず、天界から酒をぶん取ってきてくれるだろう。

 ミスティアは楓の口から出てくる候補の多さに目を丸くする。人里の守護者とはそんなに色々な勢力と繋がりを持つものなのか。

 対し影狼は楓に生暖かい視線を向けていた。最近顔を見ないと思ったらまた知り合いを増やしていたのか、という意味で。

 

「まあどれかで頼んでみよう。酒の用意もできたら本格的に開始だな」

「おお、なんだか具体的になってきたわね。私たちの方で屋台の準備とかすれば良いのかしら?」

「それで頼む。で、影狼に来てもらったのは味見役だけじゃない」

「え、違ったの?」

「最初の客寄せも頼みたい。こんな場所でひっそりと始めても人が来ないだろう?」

 

 そういうことかと影狼は納得する。要するにここで美味しい美味しい言って食べていれば良いわけだ。

 

「宣伝については入れ込み過ぎない程度に考えてみる。初回営業はこっちも手伝うが、それ以降はおおっぴらに肩入れできんからな」

 

 ここまでは個人的な友達付き合いで許されるが、営業が始まった後にあれこれと世話を焼くのはできない。人里の守護者という公人でもあるので、ある程度は平等でなければならなかった。

 その辺りを話すと、妹紅はわかっているとばかりに眉尻を下げて穏やかな表情を作る。

 

「でも、力は貸してくれるのね。助かるわ」

「友人の頼みを聞いてはいけないなんて決まりでもないからな。ミスティアもそれで良いか?」

「大丈夫よ。私一人だといつになるかわからなかった屋台がこんなすぐ実現できそうだし、私をボコボコにしたのを帳消しにしてもお釣りが来るわ」

「え、楓そんなことしてたの?」

「襲ってきたから返り討ちにしただけだ」

「ミスティアちゃん、お友達になろう!!」

「は、はぁ……?」

 

 なんだか同族のように感じた影狼がものすごい押しの強さを発揮してミスティアと友だちになっていたが、まあ些細なことである。

 ……後日草の根妖怪ネットワークにも加わったと聞いて、徐々に広がりを見せているネットワークだと楓が思ったのもここだけの話。今度別の妖怪でも紹介しようとか思ってはいない。

 

 

 

 

 

「――と、以上が本日の側仕え前に起こった出来事になります」

「お兄ちゃんの周りはいつも騒がしいのね……」

 

 竹林で屋台についてあれこれと話した後、楓は本来の職務である阿求の側仕えに出て、阿求に朝の出来事を話す。

 天人の仕事探しから始まり、迷いの竹林の奥深くにいた夜雀退治を行い、さらにはその夜雀を引き入れて竹林での屋台運営を始めるつもりとは。

 これでまだ朝の出来事でしかないことに阿求は戦慄を隠せない。この少年、もし一日暇を与えて好きに動いてもらったらどれだけの騒動が起こるのだろうか。

 

 今度お兄ちゃんの予定を聞いて、危ないのがなさそうなら一日ついて行ってみようかしら、と阿求はほのかに考える。多分、異変の後などにここで取材するより遥かに有意義な情報が得られる気がする。

 

「お話はわかりました。八ツ目鰻ってどういうものなのかしら。私も聞いたことがないわ」

「歯応えが強く、クセの強い味でしたが私は美味と感じるものでした。屋台が始まったらお連れいたします」

 

 さり気なく実物の話はそらしておく。楓は千里眼で確認済みだが、確かにあれを見たら食欲が失せる者が出るのもうなずける造形だった。

 楓の話を聞いた阿求は楽しそうに笑い、遠くない未来に訪れるであろうその時を思う。

 

「楽しみにしてるね。ああ、それとお兄ちゃんから見てそのミスティア・ローレライという妖怪はどう見えた?」

「ふむ……」

 

 阿求の質問に対し、楓は天井を仰いで言葉をまとめて口を開く。

 

「非常にらしい(・・・)妖怪と言うべきでしょう。己の領域に入ったものへ容赦がない。迷いの竹林でも相当に奥まった場所でおよそ常人の向かう場所ではありませんが、踏み入れた者は殺しにかかります」

「その妹紅さんも殺されたのよね? 不老不死の死なない人間だから大丈夫だっただけで」

「はい。能力は相手を鳥目にする程度の能力。私も一時、鳥目となって視界が潰されました」

 

 視界というのは大半の存在が最も頼りにする感覚だ。これを一時的とはいえ無力化されるのはえげつない能力と言えよう。

 

「うーん、確かに普通の人は目が見えないと大変だものね。お兄ちゃんの見立てで問題なく対処できる人はどのくらい?」

「当人の妖力や身体能力は雑魚妖怪相応です。とはいえ弾幕ごっこでないとすると……」

 

 まず自分と霊夢は問題ない。どちらも五感の一部が封じられた状態での鍛錬を積んでおり、視界を封じられた程度で怯む精神ではない。

 次に人里の戦力で考えるなら天子も問題ない。目が見えなくなることに驚きはするだろうが、ミスティアの鉤爪では天子の肌を貫けないはずだ。

 慧音は多少苦戦する可能性はあるが、撤退だけなら問題なく行えるはず。彼女は人里の守護者を務めている期間が自分とは段違いなのだ。その経験は決して侮って良いものではない。

 

「人里の主だった戦力ならば私含め問題なく対処できるかと。厄介な一芸こそ持っていますが、それだけです」

「そっか。なら危険度はその能力含めても中、といったところかな」

「そうなるかと。誰かと組んだ場合はわかりませんが、あまり他の妖怪と一緒にいる様子ではありませんでした」

「お兄ちゃんが紹介してなかった?」

「彼女らは人里に対し友好的ですから大丈夫ですよ」

 

 よほどの異変が起きれば戦うこともあるかもしれないが、そうなったらそうなったできっちり退治すれば良いだけである。

 

「他にも料理が妙に上手でしたね。あれなら屋台の料理としては問題なく出せるかと」

「お兄ちゃんから見ても美味しいんだ」

「妹紅のも含め、美味でした。後は合う酒を用意できれば繁盛するでしょう」

 

 お酒の出どころを阿求も訪ねてきたため答えると、影狼と同じような反応をされた。

 

「お兄ちゃん、どんどん知り合いが増えていくのね。お祖父ちゃんもびっくりよ」

「異変がとにかく多く起こっているのが問題だと思います。異変の時は血の気が多くとも、普段はそうでもない輩も多いので、付き合う分には普通に付き合えていますよ」

「継続して付き合いを持てるのも才能だと思うわ。私のお世話もしてもらって、大変じゃない?」

「苦に感じたことなどございません。言ってくださればいつだって私は阿求様のお側に馳せ参じます」

 

 それこそ今ある人間関係を諸々捨て去っても構わなかった。

 

「それはいけません。私のことを大事にしてくれるのは嬉しいけど、周りの皆も大事にしてあげるお兄ちゃんの方が私は好きです」

 

 しかし阿求は楓の思考を見抜いたような言葉をかけてくる。

 阿礼狂いと文字通りずっと付き合ってきた御阿礼の子だ。阿礼狂いとしての楓を読むことくらい造作も無いのだろう。

 

「なのでこれからもお兄ちゃんには私のお世話もしながら、色々な人と関わって色々なことをやって、それを私に聞かせてください。こう見えてお兄ちゃんのお話、私はいつも楽しみにしているのよ?」

「阿求様の楽しみになっているのでしたら望外の喜びです。長い時を生きられた御阿礼の子であれば取るに足らぬ出来事かもしれないと思っておりました」

「お歴々の御阿礼の子を遡ってもお兄ちゃんほど面白い人はいないわよ……?」

「お褒めの言葉、恐悦至極に存じます」

 

 今のは褒めたか微妙なところである、と阿求は困ったように笑う。

 しかし喜びを噛み締めて穏やかに笑う楓にそれを言うのも忍びなかった。

 そのため阿求は立ち上がり、楓に手を差し伸べる。

 

「それじゃお兄ちゃん。――今日は人里を歩いているとどれくらいお兄ちゃんの知り合いに会えるか、一緒に出かけて試してみましょう」

「――喜んでお供いたします」

 

 差し出された手を握り帰し、楓は優しく微笑んで自らも立ち上がる。

 そうして二人は兄妹のように仲睦まじく手をつなぎ、人里へ繰り出していくのであった。

 

 

 

 ……なお、人里でも数多くの楓の知り合いという名の妖怪と遭遇し、最初はニコニコしていた阿求も最後の方は呆れた顔になっていたのはここだけの話である。

 

「妖怪に会いたくなったらこの人の近くにいれば良い、と……」

「阿求様、それはさすがに不本意です」

 

 幻想郷縁起に記す楓の項目に一文を追加しようとして、阿求と話し合うことになったとかならなかったとか。




お酒が入手できたら屋台が始まります。これで地底に行く口実はできたな……(書いてる途中で思いついた)

屋台をさっさと出店して、楓が最初の客を連れてくると言ってゆうかりんを連れてくる草案もあったのですが、みすちーと影狼の寿命が縮まるだけなのでボツになりました()

次話ではぼちぼち白玉楼の面子を出そうと思います。なかなか出せてなかったからね……! 色々と絡ませたい。

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