「喘息の薬?」
秋がそろそろ始まり、肌寒い日が増えつつあったあくる日のこと。
楓が永遠亭を訪れ、鈴仙とともに医術を学んでいた時の話だった。
「ああ、紅魔館の魔女より求められている。俺も作れはするが、魔女が相手となるとそちらの意見が欲しい」
大図書館で本を読む見返りとして、喘息を患っている七曜の魔女――パチュリー・ノーレッジから提示されたものだった。
楓も応えようと薬を作りはしたものの、永琳のそれと比べるとどうしても見劣りしてしまう。そのため相談に来た次第である。
「興味深い方向から話を持ってきたわね。私たちだけではそんな話は出なかったでしょうし」
「それ、私たちに話していいの?」
「他言無用でとは言われていない。俺が作ったものだと当たり障りのない現状維持が関の山だったから、永琳の意見を聞いてみたかった」
「教えてくれたことに感謝するわ。相手は魔法使い、となると……鈴仙、魔法使いという種族についての特徴を答えなさい」
「うぇっ!? えーっと、魔法使いには二種類あって、一つが捨虫の魔法を習得して肉体の成長を止めた元人間。もう一つはそもそも最初から魔法使いという種族に生まれ落ちることで。これは両親が魔法使いなら起こり得る現象……で合ってます?」
いきなり問題を振られた鈴仙は焦りながらも淀みない言葉で答え、楓は何度もうなずいて記憶に留めていた。
鈴仙の答えは満足の行くものだったようで、永琳は足を組みながら鷹揚にうなずく。
「正解よ。楓、その紅魔館の魔女はどちらに該当するかしら?」
「おそらく生まれた時から魔法使いの類だ。そも、捨虫の魔法とやらで肉体の成長を止めたのなら――喘息を治せるはずがない」
藁にもすがる思いで、という可能性もなくはないが楓は除外した。それなら自分に頼むのではなく直接永琳を訪ねるのが筋である。
楓の考えと永琳の考えは同じだったのか、同意の首肯が返答となった。
「同感よ。であれば魔女に効果を発揮する、という前提はあれど尋常の薬で効果があるはず。……まあ、喘息は本人の体力や生活環境にも大きく影響する部分があるから薬を飲んで全快、とはいかないけれど」
「永琳でも難しいか?」
「できるかできないか、という二択で言えばできると答えるわ。ただし、副作用で気管支以外の箇所に疾患を抱える可能性が高いけれど」
「無茶苦茶な効能の薬は本人への負担も無茶苦茶になる、って話してましたもんね、師匠」
「これさえ飲めば安泰、なんて薬はないものよ。薬は結局、当人の病や怪我を治す手助けでしかないの。それは薬師として弁えておくこと」
最終的には当人の体力や体質で変わってくるものよ、と言い置いて永琳は楓を見る。
「話は理解したわ。私としても魔女への薬は興味があるから、対価は……そうね、あなたに支払ってもらおうかしら」
「俺にできることであれば」
「大したことではないわ。これからもそういった話があったら私に持ってきてもらえればそれで良い」
「ふむ……」
「あなたの人脈は私たちから見ても非常に有益よ。私の人付き合いはどうしてもこの竹林と、せいぜい人里からやってくる患者程度。後は異変の後で行われる宴会で顔を合わせるのが関の山」
楓のように継続して他の勢力と付き合いを持ち続けてはいないのだ。永琳の語る言葉に楓も了承の意を示す。
「それで良いならわかった。俺も自分の手に余ると判断したらそちらに相談することもあるはずだ」
「決まりね。あなたのことは教え子としても、仕事の契約相手としても期待しているわ」
「期待を裏切らないよう努力させてもらう」
そうして永琳の教えが終わり、部屋には熱心に書き物をする楓と鈴仙が残される。
「楓さあ。あなたってかなり師匠に買ってもらえているの、わかってる?」
「理解しているつもりだ。あの人は教えを授ける相手への期待は高い方だろう」
彼女は紛うことなき才女であり、同時に教える相手にも相応のものを求めるタイプだ。
鈴仙も同じ感想なのか、楓の言葉に大きくうなずいた。
「そうね。元いた場所ではまさに天上人って感じの地位についていた方なのよ」
「初耳だな。言って良いのか?」
輝夜たちに事情があることは察していたが、輝夜自身に釘を差されたため踏み込むことは避けていた。
それを鈴仙が言ったことに訝しむ表情を作るものの、鈴仙はあっけらかんとした顔で気にしていない。
「うーん……まあこの辺りは良いんじゃない? 本当にダメなら口止めされるし」
「そんなものか。まあ輝夜への態度や輝夜自身の所作からもやんごとなき身分だとは思っていたが」
本人たちが話さないのであれば楓も気にはしない。それが明らかに問題を起こしているのであれば話は別だが、そうなっているようには見えていなかった。
「正直、地上の民なんかに興味を示すとも思えなかったわ。姫様は好奇心旺盛だからわかるけど」
「こうして学べていることのありがたみを思い知れ、とでも言う気か?」
「私も日々実感してることだし言わないわよ。同郷ではないけど、机を並べて学ぶ相手がいるのは私としても気楽だし」
師匠の課題は一人だと無理難題が多くて困る、と言いながら鈴仙は頭頂部の兎耳を垂れさせる。
鈴仙と楓は割とよく話す間柄だった。人里へ置く薬を決めるには楓と話すことがあり、なおかつこうして一緒に医術を教わっているのだ。
楓としても先達がいるのは心強く、鈴仙としても課題が出た際に一緒に考えることができる相手は貴重だった。
医術の面で言えば鈴仙の方が明確に一歩先を行っているが、様々なことをやっているからか楓はとにかく多方向から意見を出してくるのだ。それでいて難しいと判断したら永琳に直接聞きに行く度胸も持ち合わせている。失望されることとか怖くないのだろうか。
「それで今は何やってるの?」
「本の写しを取っている。ここで学んでいるのは俺だけだが、人里の医者にも見せてやりたくてな。ああ、永琳の許可は予めとってある」
「ふぅん、あんたが作るのじゃダメなんだ?」
「俺が作るのは主と周りの人間ぐらいだ。作ろうと思えばもっと作れるが、それで他の医者の仕事を奪うのも問題がある」
それに楓はあくまで御阿礼の子の側仕えと人里の守護者が主な仕事である。他のこともできるが、兼業の形に近い。
多くの妖怪と交流があって、その技術を貪欲に盗んで自分一人が強くなってもあまり意味がない。人に還元していかなければ自分の負担が増すばかりである。
などと話している間にも楓の筆は動き続け、止まると同時に立ち上がる。
「よし、後は里に戻って量産だ。次は紅魔館の話でまた来ると思う」
「はいはい。あんたも大変ねえ」
「それが仕事だ。そちらも薬師として早く一人前になってくれ。俺が楽できる」
「あはは、師匠のお墨付きがもらえるようになるなんて何百年先になるのやら、って話よ」
「気が長すぎる……」
せめて十年ぐらいにしてほしいと切に願いながら、楓は人里へ戻っていくのであった。
所変わって紅魔館。
日を改めた楓がパチュリーの住まう大図書館を訪れていた。途中経過の報告と、おいそれと永遠亭から離れることのできない永琳に変わって問診を行うためである。
「――という経緯で、薬の作成自体は問題なく請け負ってもらえた」
「……私はおいそれと他人に喘息を話して良いなんて言ってないわよ」
「絶対に他言無用とも言われてない」
楓の返答にパチュリーは不機嫌そうに鼻を鳴らすが、それ以上の追及はしなかった。
楓を責めたところで彼がすでに他者へ話していることは変わらないのだ。
「……まあ良いわ。それで薬はどうなったの?」
「特効薬なんてものはないと言われた。住環境や体質に合わせて作っていき、地道に治していくしかないとも」
「できないの?」
「できるできないで言えばできるが、喘息を治す代わりに別の厄介な病気を背負い込む可能性が高いと言われた。万能の薬なんてそうそう存在しないということだ」
「不便なものね。……私も魔法で喘息がどうにもできない辺り、伊達に病魔とは言われてないわね」
ままならないとため息を吐き、パチュリーは本を閉じて楓を見る。
「それで? 私は何をすれば良いわけ?」
「身構えなくて良い。いくつか質問をするから、正直に答えてくれれば良いだけだ」
「それだけで良いの?」
「薬を作るための第一歩は相手の体質や環境を知ることからだ」
そう言って楓は懐から紙面を取り出し、読み上げていく。
「基本的な住まいはここか?」
「そうね。寝泊まりはほとんどこっち」
「規則正しい生活はできているか?」
「日の差さない場所よ? あまり時間の感覚も気にしたことがないわ」
「……この場所の掃除等はどのように?」
「召喚した小悪魔に全て任せてるわ。そういえば最近細かい所の埃が気になるわね」
「……そこで本を読む以外の行動を取ることは?」
「たまに紅茶を飲むくらいよ」
「……図書館の本格的な掃除はしたか?」
「本の配置が変わるのは嫌ね。私の見ているところでそういったことはやってないわ」
「…………大体把握した。協力に感謝する」
喘息が治らない理由は楓にもわかったため、なんとも言えない顔でうなずく。
しかしパチュリーはわかっていないのか、楓の言葉に当然と首肯を返す。
「それじゃ、喘息が治る薬ができるのを期待しているわ」
「ああ、時間はかかるかもしれないが任せておけ」
時間? とパチュリーは首をかしげるものの深く追求はしなかった。
後日パチュリーは語る。楓に任せた場合、大体の物事は望んだ方向に進むが望まない騒動も一緒に持ち込んでくる、と。
大図書館から離れた楓は咲夜の案内を受けてレミリアを訪ねようとしていた。
「それにしても一体どういった風の吹き回しかしら。楓からお嬢様を訪ねることがあるなんて」
「あの人を避けているわけではない。ただ話すと面倒だから後回しにしているだけだ」
「それを避けていると言うのよ……いえ、面倒な好かれ方をしているなとは思うけど」
「止めてくれないか」
「主の想いを邪魔することなど従者にできるはずもありませんわ」
面倒事には関わりたくない、と咲夜の顔に書いてあった。
「……これから大図書館の方で騒がしくなると思ってな。予め家主に許可を取っておきたいだけだ」
「騒がしくなる?」
「ああ、実は――」
パチュリーの病気について相談を受けていたことと、それに対する楓の行動を話すと咲夜はまあ、と上品に口元を隠して驚きを露わにする。
「私も暇を見つけてはしておりましたが、大々的にやるのですか?」
「そうでもしないと環境が改善されない。話してわかったが、あの人の病気が改善されないのは生活習慣だ」
「しかし、本人にそれを言って素直に聞きますか?」
「聞くように仕向ける。今はその前準備だ」
「なるほど、外堀を埋めると。……パチュリー様のためにそこまでやるの?」
「喘息を治したいんだろう? だったら手抜きはしない」
パチュリー様は頼る相手を間違えたな、と咲夜は声に出さず思う。この少年は目的のためなら当人の意思など一切気にせず動いてくる。
咲夜が失礼なことを考えているなど知らない楓は普段通りの表情で咲夜の近況を聞いてきた。
「ところで、お前の方は最近どうなんだ? こっちは一言で語るのに困るぐらい色々あったが」
「いくらか聞き及んでいるわ。逆にこちらは語ることもないぐらい平穏そのものよ。お嬢様がそろそろ退屈しのぎに動くかもしれないけど」
「今日ここに来たのは妙手だったか……」
ひょっとしたらレミリアが別口の異変を起こしていたかもしれない。そうなったら面倒どころではない上、あの人は確実に自分を巻き込んでくるのが目に見えていた。
戦慄する楓を横目に咲夜は小さく笑う。
「あれであの人は寂しがり屋なのよ。できれば嫌わず構ってあげると私も嬉しいわ」
「……努力はする」
「それでお願い。――こちらがお嬢様の部屋になります」
私人としての肩の力を抜いた姿から、一転して瀟洒な従者としてうやうやしく頭を下げ、一つの扉を指す。
楓は一つうなずいて己に活を入れると、意を決して扉を開く。
扉の先は不自然なほど大きな空間が広がっており、視線の先には豪奢な椅子に腰掛けるレミリアの姿があった。
足を組んで椅子の肘掛けに肘を乗せてこちらを見下ろす姿は、正しく夜の女王と言うべきもの。
彼女のまとう気配が戦闘用のそれであることを察し、楓は顔をしかめながらも部屋に入る。
「よく来たわね、楓。先にパチェのところに行った時は浮気したかと思っちゃったわ」
「そんな関係じゃないだろ」
「まあまあ。私はおじさまも愛してるけど、あなたも愛してるのよ? 愛には一途であるべきだけど、愛が一つでなければならないなんて道理はないわ」
この紅魔館だって私の大好きなものだけを集めて作ったものですし、と言ってレミリアは楽しげに哂う。
本当に面倒な輩に愛されたものだ、と楓はすでに亡き父に憐憫と怒りを同時に覚える。あなたが愛されたせいで自分にもとばっちりが来ているのだ。
「嫌な愛だ」
「妖怪の愛だもの。真っ当なはずないでしょう? ――それで、今日来た理由は何かしら?」
「……そうだな。こっちの要件を先に話そう」
パチュリーの事情と自分の対応を全て話すと、レミリアはおかしそうにクスクスと笑いながら楓の提案に許可を出す。
「ふふふ……なるほどなるほど。私は病弱なパチェも好きだから何も言わなかったけど、そういう形で病気が改善するの」
「お前の歪みきった価値観はさておき、それで効果はあるはずだ。パチュリーがごねた場合はそっちに任せたい」
「良いわよ。適当にお茶でも誘っておくわ。フランもあそこを使うんだし、埃っぽいのは良くないわよね」
「そうしてくれると助かる」
これで楓の話は終わりである。できることなら踵を返して帰りたかったが、レミリアの熱に浮かされた視線が楓を捉えて離さなかった。
「――で、吸血鬼に頼み事をする以上、あなたの対価はなにかあるのかしら?」
「…………どうせ俺が何を言っても答えは決まっているのだろう」
「ふふ、正解」
レミリアは椅子から立ち上がると、その手に紅色の槍を作り出す。
抵抗しなければ確実に殺される。諸々察した楓は腰を落とし、刀に手をかけた。
「全くもって見違えたと言う他ないわ。ちょっと見ないうちにここまで強くなるなんて――もう誘っているのも同義でしょう?」
「お前を誘うために強くなったわけじゃない。……だが、色々と修羅場をくぐったのでな」
「そうでしょうそうでしょう。一つ戦いを経験するたびに生まれ変わったのではないかと思うくらい強くなる。本当、あなたたちは私を退屈させないわ」
舌なめずりをする姿は凄艶な怖気を伴う色気に塗れ、阿礼狂いである楓をして背筋に粟立つものを覚えさせる。
どちらかが死ぬまで止まらない殺し合いになるかもしれない。無論、そうなったらレミリアを殺して生き残るつもりだが――と楓が内心で覚悟を決めていると、レミリアは軽く肩をすくめた。
「ま、今日のところは味見ね。まだまだあなたは強くなるもの。熟すまで待てない女は淑女失格よ?」
「いきなり襲いかかる淑女がいるものか」
「その返答は紳士的じゃないわ。紳士としての教育も必要かしら……ねっ!」
話し終えると同時、レミリアは手に持った朱槍を投げつけてくる。
音を置き去りにするそれは衝撃波を伴って楓に迫るが、楓はそれを受け流す。
槍の表面を触れるようになぞり、力の方向を変える。寸暇の狂いも許されない絶技を眉一つ動かさずに成功させた楓にレミリアはむしろ恍惚の表情になり、牙をむき出しにした笑みを浮かべる。
「ああ、やっぱり素敵……! 今のは避けると思ったのにあなたは軽々と私の予想を超えていく!」
「…………」
「青い果実ほど美味しそうに見えてたまらない。ふふ、これならもう少しは遊べそうかしら!!」
次いでレミリアはその爪牙を閃かせる。
触れれば楓の肉体など濡れた紙にも等しく切り裂くだろう。紅色の残光をまとったそれに楓は逃げることなく正面から相対する。
楓の振るう二刀とレミリアの双手が火花を散らし、白銀と紅が無尽に入り乱れ互いの首を狙う。
少し前の楓なら難しかったであろう、レミリアとの白兵戦を互角に成し遂げるそれにレミリアは一瞬だけ子の成長を喜ぶ母の如き笑みを浮かべ――次の瞬間、足元から楓の目を狙った魔力の鎖を突き上げる。
「――っ!」
だがそれも読んでいた楓が後ろに下がり回避。そして回避と同時、左の手を振るってレミリアすらおいそれと突っ込めない業炎を生み出し、追撃を遮る。
「むっ、こういうのも新鮮ね! おじさまにはできなかったことをあなたはやってくる……っ!?」
言葉は途中で途切れる。レミリアの首が何らかの方法によって物理的に切り落とされたのだ。
当然、一瞬で傷は塞がり、レミリアは肌の感覚でその正体も看破する。
「――風か!!」
炎でレミリアの追撃を防ぐと同時、視界を遮る。千里眼を持つ楓はレミリアの位置を把握することができるため、その中で風を操りレミリアを攻撃する。
そしてレミリアが不可視の風へ注意がそれた瞬間、業炎を断ち切った楓が現れ風をまとった双刃を叩きつけてくる。
刀の一撃を防ごうと、刃にまとう風がレミリアの身体を幾重にも切り刻み、たまらず彼女は後ろに下がることを選択した。
だが、それこそが最悪の道であったとレミリアは背中を押し返す風で理解する。
後ろへ下がることを選択したはずが、身体が楓に向かっていく。驚愕し目を見開くレミリアの前には刀を構えた楓の姿があり――
楓の操る白銀の残光がレミリアの五体を刻み、その肉体を地に叩き伏せるのであった。
「うーん、これは私が甘く見ていたわね。青い果実なんて言ったことを謝罪しましょう」
「いやそれよりもいきなり人を殺す気で襲いかかったことに謝罪が欲しいんだが」
「そっちも私を殺す気だったのだからおあいこでしょう?」
「正当防衛って言葉を学んで欲しい」
レミリアの五体を刻んで数十秒後。
そこには何事もなかったかのように、いやむしろこころなしか肌ツヤの増したレミリアが戦いの評価をし、楓は呆れてものも言えない顔になっていた。
「しかし驚いたわ。軽く手合わせ程度に済ませるつもりだったのに、まさか一本取られちゃうなんて。昼の私じゃもうあなたに勝てないでしょうね」
「吸血鬼の本領は夜以外にないだろうに」
「正確に言うなら満月の夜よ。とはいえ、これは私とおじさまの時でもとっておきだったし、これは最後ね。やるとしたら本気で殺しに行くわ」
「全く嬉しくない」
「やあねえ、照れちゃって」
どう言えばこいつは自分への興味をなくすのだろう、と一瞬本気で考えてしまう楓だった。
おまけに先の攻防で自分の手札をほぼ見せてしまったので、次に戦う時はそちらへの対策も取られるだろう。それを思うと今から頭が痛い。
「父上はこいつをどう扱っていたんだ……」
「あら知りたい? それなら今から私とおじさまの愛の物語をみっちり聞かせて――」
「よしこれにて失礼する。約束を守らなかったらフランをけしかけるからな」
「ちょっと、話は最後まで聞いていきなさいよ!?」
どうせほぼ全てレミリアの妄想話である。しかもその間も楓が隙を見せると容赦なく殺しに来るのだ。楓にとって百害以外の何物でもない。
今度咲夜にあったら部屋を広くしてレミリアと戦う空間をちゃっかり用意していたことも含め恨み節をたっぷり言ってやろう、と心に決めながら楓は急いで紅魔館を脱出するのであった。
日をまたいだ紅魔館の大図書館。
そこには楓の他に咲夜と鈴仙が掃除道具を片手に立っていた。
「……ということで俺が命がけでレミリアの許可を取り付けたので、大図書館の大掃除を始めようと思う」
「わーわー」
まるで気持ちのこもってない咲夜の声と拍手を受け、楓は改めて図書館を見る。
「咲夜が掃除しているのだろう。見る限りの汚れは少ないが、細かくできている様子はない」
「パチュリー様は本の配置が変わるのを嫌いますから。私としても忸怩たる思いをしておりました」
「が、気管支の病気である喘息が空気の悪い環境で良くなるはずもない。永遠亭の薬師に話したらこの環境をどうにかしなければ薬以前の問題だと怒られた」
楓はその流れでちゃっかり鈴仙を借りてきていた。咲夜一人で掃除の手が回らないほど広いので、手数が欲しかったのだ。
鈴仙はどうして自分が……と肩を落としていたが楓の話を聞いて一応の納得を見せたらしい。
「だから私も引きずられてきたの……はぁ、もうわかったわよ。ちゃっちゃと終わらせるわよ」
「そう言ってくれると助かる。ダメだったら魔理沙やアリスを手当り次第引き入れる予定だった」
「私もそれなりにマイペースな方だと自負していますが、楓には敵わない気がしてなりません」
「相手のペースに合わせるって発想が根本的に欠けてるわよね……」
「そこ、聞こえてるぞ」
鈴仙と咲夜がひそひそと楓のマイペースぶりについて話していると、楓が耳ざとく気づいてくる。
「とにかく始めよう。ああ、ちなみにパチュリーの許可は得ていないから変な魔導書には触らないように頼む」
「なんでそこは許可取ってないのよ!?」
「聞いてみたら嫌がられたので、これはもう黙ってやるしかないなと。レミリアの許可を取り付けたのもそのためだ」
ついでに足止めも頼んでいたりする。
「……楓さあ、善意の押しつけって知ってる?」
「無論知っている。俺は別に感謝が欲しくてやっているわけじゃない。パチュリー自身が病気をどうにかしたいと言うから、それに沿って動いているだけだ」
「本人の意志って大事だと思うの」
「……? それが目的と反するなら無視して良いのでは?」
身体を治したいのに、そのための環境変化は嫌だと来た場合、楓は相手の意思を汲む必要は特にないと思っていた。重要なのは身体を治すことである。
仮にそれで嫌われたとしても身体は治るのだ。自分一人の好感度で健康状態が改善されるなら安いと言えるだろう。
「あ、これ素だわ。素で言ってるわ」
「たまに楓が恐ろしくなりますね。こちらのお願いも無視されそうで」
「無視した方が良くなるだろうな、と思ったらまあ」
時々いるのだ。明らかに別のことを望んでいるだろうに、なぜか真逆の願いを口にする輩が。具体的には竹林で屋台の準備をしている蓬莱人とか。
彼女の態度を見ていると、相手の言うことだけを聞いていても物事が良くなるとは限らないという真理を学べる気がする。
そんな持論を楓は胸にしまい、意識を切り替えようと手を叩く。
「俺の話はそのぐらいで良いだろ。さっさと掃除を終わらせてしまおう。終わったらパチュリーに運動の提案と食事の改善だ」
「どちらも嫌がったら?」
「薬を渡さず帰る」
「最低なこと言ってるわねこいつ!!」
「異変に関わる前の楓はもう少し理性的だった気がしますわ……」
もともと持っていた行動力が変な方向に花開いているというか、人に振り回されているなんて顔をして彼も負けず劣らずというか。
咲夜と鈴仙は妙な同族意識すら覚えながら、図書館の掃除を始めるのであった。
その後、時々紅魔館では図書館から動かないはずの魔女が少年の監視のもと、息を切らしながら運動に励む姿があったとかなかったとか。
「こいつに……頼むんじゃ……なかった……!」
「呼吸を整えるのはゆっくりでいい。整え終わったら次の運動だ」
「殺す気か!!」
「むしろ生かす気だ」
「こいつを自由にさせてること、恨むわよレミィ……!」
恨み節をぶち撒けながら身体を動かす親友の姿をバルコニーから紅茶を片手に眺め、レミリアは日傘を携えて傍らに立つ咲夜に声をかける。
「あらあら、恨まれちゃったわ。でもお生憎様、吸血鬼は恨まれるのなんて慣れっこなのよ」
「だから楓にも避けられているんです?」
「そうそう、ちょっとちょっかいかけ過ぎちゃって――いえ違うわよ? 私は彼を愛しているもの」
「今の楓の姿にはお嬢様の影響も少なからずあるんだろうなって思いました」
具体的には相手の迷惑を気にせず我を通す姿とか。
「あら、ヤキモチ?」
「蓼食う虫も好き好きと言いますので」
「違うの……え、私虫扱いされた?」
「さて、お茶のお代わりはいかがでしょうか」
「あ、いただくわ。ねえ咲夜。それはそれとして私のこと虫扱いしなかった?」
「うふふ何のことやら」
咲夜に問いただそうとするレミリアと、そんな彼女を愛でながらお茶を新たに入れる咲夜。
そして眼下では楓と美鈴がパチュリーに運動を教え、そんな彼らに横合いからフランがやってくる姿。
実に騒がしく、実に穏やか。レミリアは幸福そうに新しい紅茶を口に含み、緩やかに流れる時間を満喫するのであった。
「…………そろそろ楓の山場も近いわね。どう切り抜けるのか、楽しみにしておきましょう」
……同時に不吉な言葉も残しながら、ではあるが。
切りどころがなかなか見つからず伸びてしまいました(土下座)
楓は各勢力のつなぎとして非常に便利な男です。大体どことも顔見知りなので彼に相談すれば楓経由で色々な勢力と話すことができる。なおその際の騒動はプライスレス。
こいつも他人の事情はそこまで考えないので常識人のフリしてますが幻想郷の住人側です。
また、戦闘においてできることが非常に増えております。離れれば術、近づけば刀。常にどちらも選べるので相手に思考を強いることができる。
昼間のおぜうであれば勝利を収めることも可能なぐらい、彼の戦力も着実に増えています。敵に回るとかあまり考えたくありませんね(棒読み)
なお本当は図書館の掃除もやりたかったのですが長くなりすぎた&レミリアの話が予想以上に続いたので泣く泣くカットに。天界を散歩するとかでパチュリー様はまたどこかで出したい(願望)