阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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幻想郷の神たち

「あー、女の子と仲良くなりてえ」

「同感」

 

 そんなことを言って、楓の前でべしゃりと机に顔を突っ伏したのは、寺子屋時代からの付き合いがある自警団の友人たちだ。

 この日はさしたる用事もなく、楓の仕事も妖怪に絡まれる毎日に比べれば簡単に終わったので、彼らの誘いに乗って男三人での酒盛りと洒落込んでいるのだった。

 

 適当な居酒屋で彼らの愚痴を肴に酒を飲む。

 酒精が喉を焼くものの、酩酊感は覚えない。父もそうだったが、どうにも阿礼狂いには酒に酔うという人間らしい機能は存在しないのかもしれない。閑話休題。

 

 楓は彼らの姿を眺めて、思ったところを口に出す。

 

「……最近は天子が自警団に協力していると思うが」

「あの人は仲良くなると恐ろしそうだから却下。ちゃんと丁寧に接すれば仕事も率先してやってくれるし、仕事も正確で速いからありがたいけど」

 

 なかなか良く見ている。楓から見ても天子はあまり懐に入り込むと面倒な性格だと理解していた。

 

「普通に里にいる娘ではダメなのか」

「親同士の知り合いが多くて、下手に好いた惚れたが起こったらあっという間に里中の噂になる」

「何の問題が?」

「変に話がこじれたら居心地が悪いってもんじゃない。女の子と仲良く話したいだけでも、他の連中がそう受け取らなかったらそのまま人生の墓場行きだ」

 

 友人の語る話を興味深そうにうなずいて聞いていく。

 火継の家では基本的に政略結婚というか、行き場のなくなった女性を引き取っていると言えば聞こえは良いが、狂人を産む母体となってもらうため選択肢が限られてくるというか。

 とはいえ名家の部類であることは確かなので、そういった縁談話が皆無というわけではない。尤も、他家と変な繋がりを持つのは後々の面倒に直結するので避けているのだが。

 いずれにせよ友人らの語る恋愛観が、楓にとって縁遠い話であることは確実だった。

 

「まとめると結婚とかは考えたくないが、後腐れなく適度に可愛い女と仲良くなって話したいのか」

「そのまとめ方は俺たちが最低の男に聞こえるからやめてくれ。というかいいじゃん! 女の子と仲良くなったって!」

「別に悪いとは言ってない。ところで、女と仲良くなりたいなら俺の知り合いを紹介――」

「後生だからそれだけは勘弁してください。女の子と仲良くなるために命を投げ捨てたくはないんです」

「失礼だなお前ら!」

 

 まるで人がいつも危険な輩と付き合っているみたいではないか。

 憤慨する楓に対し、友人たちは二人揃って違うのか? とでも言うような視線を向けてきた。

 

「俺だってまともな知り合いぐらいいる!」

「具体的には?」

「慧音先生」

「うんうん、あの人は全員共通だね。他は?」

「…………慧音先生!」

「まともな知り合い一人かよ!? そっちの方が驚きだよ!」

 

 よくよく考えてみたらまともと言える人がほとんどいない。

 影狼やわかさぎ姫あたりは比較的安全な知り合いの部類ではあるが、安全と判断できるのは彼女らがどんな行動に出ようと対処できる自信が楓にあるからだ。

 他にも蛮奇や妹紅が候補に浮かんだものの、彼女らはあまり人付き合いそのものを好んでいない。みだりに人を紹介するのは、お互いにとって良くない結果に終わる可能性が高い。

 早苗、妖夢などは考えこそしたものの除外した。いずれも追い込まれるとどんな行動に出るのか予測ができない。特に妖夢が斬りかかりでもしたら刃傷沙汰である。

 映姫、幽香は語るまでもない。それが人の紹介と書いて生贄と読むことになるのは楓にもわかる。

 

「知り合いがいないわけではないぞ? ただどいつもこいつも初対面で襲いかかってきたというか、追い込まれると突拍子もない行動に出る連中ばかりというか」

「いや言いたいことはなんとなくわかる。お前、最近ほっとんどの異変に関わってるもんな」

「親父さんの跡を継いでからだっけ? 目に見えて忙しくなってるよね」

「妖怪共が騒がしすぎるのが悪い。事後処理やらなにやらでてんてこ舞いだ」

「誘っておいて今更だけどさ、大丈夫だったの?」

「なんとかなる。最近は天子と衣玖のおかげでだいぶ楽ができている」

 

 衣玖の仕事についてはこちらが頼みたい仕事を提示し、彼女の裁量に任せる形にした。彼女自身に仕事の内容と量を決めてもらうため、文句も出にくくなる。

 ……それでも頼みたい仕事を一覧化して渡したらバケモノを見るような目をされてしまったが、今の所問題なく仕事は進んでいた。

 

「それで異変のたびに女の知り合いが増えると」

「紹介してやろうか?」

「死にたくないから遠慮しとく。お前から見て真っ当とは言えない奴らを俺たちが、なんて自惚れちゃいない」

「あはは……ところで、天子さんは楓が人里に引き込んだんだよね?」

「異変を解決した結果、そうなったというのが適切だが、まあ」

 

 地上に異変を起こした結果、天界を追放されたので人里に身を寄せている、という事情を赤裸々に語るのは憚られた。さすがにそれは本人の口から聞くべきものである。

 

「あの人すごいぜ。ちょっと偉そうに見える時もあるけど、それだけの能力があるっていうか。妖怪は力ばっかり強いみたいな印象持つやつも多いけど、あの人は頭も良い」

「見回りの方法とか、事件の予防策とか色々提案してくれるからね。すごく助けられてるよ」

「それなら良かった。あいつは自分を認めてくれる人に力を発揮するのが好きらしい。これからも頼ってやると助かる」

 

 それなら彼女と妙に仲が良い楓はどうなるのだろうか、と友人二人は同時に思うのだが口には出さなかった。

 楓がしょっちゅう巻き込まれている異変は楓だから対処できるのであって、自分たちのような人間が巻き込まれたら為す術もないのだ。君子危うきに近寄らずである。

 

 その後、三人はお互いの近況報告や異変に巻き込まれてなくても妖怪絡みの騒動に出くわしたり、本人が意図せず騒動を引き起こしたりといった、波乱万丈に満ちあふれた楓の話を肴に大いに盛り上がった。

 

「いやー、飲んだ飲んだ! 今度は自警団の皆も誘ってやろうぜ! 天子さんも楓を引き合いに出せば来るかもだし」

「俺を出汁にする必要があるのか?」

「いやあ、あの人の原動力は楓が紹介したから、って理由が少なからずあると思うよ? こう言ったら悪いけど、自警団の仕事って好きでないと退屈だろうし」

「そんなものか。今度直接聞いてみよう」

『それはやめろ』

 

 全く同時に拒絶されたので楓は訳がわからないと眉を寄せながら、自分の帰路につく。

 

「よくわからんがそっちは日頃の付き合いがあるからな。そっちを尊重しよう。じゃあ俺はこっちだ」

「おう、またな」

「守護者と従者の仕事、頑張ってね」

 

 そちらも、と言って楓が夕焼けの中に歩き出した時だった。

 最近幻想郷にやってきた守矢神社の少女が横合いから楓に向かってきたのは。

 

「楓くん! ちょっと良いですか!」

「早苗か。どうした?」

「妖怪の山にも神様がいるって聞いたんですよ! これは商売敵になるかもしれないと思って探していたんです」

「……じゃあどうしてこっちに来るんだ?」

「え、楓くんは何か知っているって霊夢さんが言ってましたよ?」

「あいつ……」

「なので教えてくれると嬉しいです!」

「わかったわかった、明日で良いか?」

「はい、お願いしますね!」

 

 守矢神社の風祝、東風谷早苗があっという間にやってきてはあっという間に去っていく。まさしく嵐のような少女だった。

 楓はそれを見送ると、大きなため息をつく。

 

「……会った当初はもう少しマシな人間だと思ったのだが」

 

 最近、彼女の遠慮というものが徐々に消えている気がしてならない。楓も他人に遠慮する方ではないので人のことは言えないが。

 そうして明日の予定が決まり、人混みへ消えていく楓を見送っていた友人二人はポツリと呟く。

 

「……なあ」

「うん」

「あいつさ、本当にすごいと思うけどこれっぽっちも羨ましくないんだ」

 

 ここまで来ると女難の相と言った方が良いのではないだろうか。

 歩けば棒に当たる頻度で面倒に巻き込まれている。自分たちだったら妖怪の山に入る用事を言われたら断る自信があった。あそこを無遠慮に歩けるのは異変解決に関われるような連中だけである。

 

「同感」

「あいつと一日交代できるって言われても絶対嫌って言う自信あるわ」

「僕も……」

 

 楓に言わせれば早苗たちは比較的マシな部類で、もっと恐ろしいのは出会い頭に殺しにかかってくる連中もいるらしい。少年たちでは命がいくつあっても足りないだろう。

 

 彼らは楓の友人として彼の幸福を願ってそっと祈る。祈るだけで手助けをするつもりはなかった。なんだかんだ楓ならどうにかするだろうし、その話を聞くのは人里の外へ出ることがほとんどない少年たちにとって何よりの娯楽でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 翌日、楓は言葉通り守谷神社に向かう――前に天狗の里を訪ねていた。

 理由は簡単で、楓は妖怪の山に神がいるという情報を知識の上でしか知らないからである。であればこの場所を住処にしている連中に直接聞いた方が手っ取り早い。

 

「――というわけで妖怪の山を住処にしている神を探している。心当たりはあるか?」

 

 なので楓は天狗の里へ赴いてはたてを訪ねたのだが、彼女は新聞の締切が不味いと門前払いを食らってしまった。

 ついでに楓が騒動を起こしすぎて私がてんてこ舞いだというお小言までもらった。好きで騒動を起こしているわけではないと抗議したが聞き入れられることはなく。

 そして楓の知り合いで天狗は文と天魔しか知り合いがおらず、楓は天狗の里を千里眼で見回したが見当たらなかったので天魔を直接尋ねていた。

 

「妖怪の山についてオレに聞くとは贅沢なやつだな……」

「他の天狗がいたらそっちに聞いていた。文はいないのか?」

「別件で河童の里の方に行ってもらってる。情報を持ってきたのはそっちだから隠さないが、守矢神社が持ちかけた話に関係する」

「ああ、なるほど。仔細はわかったのか?」

「水を貯めて治水を行いやすくするダム、とやらを作るらしい。それで水力発電までやろうとかなんとか」

 

 ダムの概要はわかったものの、水力発電まで来ると言っていることが全然わからない。

 首をかしげる楓に天魔も苦笑する。

 

「オレも河童の話をそのまま言ってるだけだ。ただまあ、オレじゃなく河童を通したってことは指先の器用な連中が欲しくて、それが成功した暁にはこっちを出し抜く目的なんだろう」

「守矢神社に釘を差さないのか?」

「すでにオレが口を挟んでいる。それだけで向こうは勝手に警戒してくれるのさ。漏れるはずのない情報がどこから漏れた、ってね。後は相手の動揺を狙うなり、こっちにも旨味があるよう話を持っていくなり好きにすれば良い」

 

 情報面での優位を握り続けることがこの手の話し合いでは重要だ、と言って天魔は話を締めくくる。

 

「なるほど、覚えておこう」

「おう、覚えておけ。で、話を戻して妖怪の山で活動している神、だったな。確かにオレの知る限りでも複数存在する」

「力の規模は?」

「守矢のと比べたら天と地ってぐらいだ。厄神、紅葉神、豊穣神って言ってピンと来るか?」

 

 どれも人里で名前を聞いたことがあったのでうなずく。

 実物を見たことはなかったが、彼女らに感謝してお供え物をしている人々は見たことがある。

 そのことを話すと天魔は満足そうに笑う。

 

「信心深くて何より。神は信仰あってこそだからな」

「その三柱が以前より活動していた神か」

「そういうこった。ああ、あの風祝を紹介するのも止めはしない。あいつらも表立って守矢神社と対立するぐらいなら恭順を選ぶだろうからな」

 

 楓たちにとっては割と親しみやすい守矢の祭神だが、あれで神としての威光は本物である。

 まだ信仰が足りていないのか十全な力を発揮できていないらしいが、逆に言えば人里の信仰を集めつつある状態であってなお足りないほど、本来の神格は高いと言いかえることもできる。

 

「あの二柱が本来の力を発揮したらどうなるのやら。ま、そうならないように邪魔させてもらうがね」

「そこは頑張ってくれ。俺も何かしらわかったら連絡する」

「頼んだ。お前さんはその手の天運が強そうだから期待してるぜ?」

 

 褒められている気が全くしない天魔の褒め言葉を背に、楓は守矢神社の方へ足を運ぶのであった。

 

 

 

 守矢神社へ訪れると、八坂神奈子が頭を抱えてうなっている姿が目に入ってきた。

 

「……悩みでもあるのか?」

「っと、参拝客が来ないから油断してた。早苗に用かい?」

「妖怪の山で以前から活動している神を紹介してくれと頼まれた」

「なるほど、私らも知りたかったことだ。やはり新参者の常として挨拶回りは欠かしちゃならん」

「俺が調べたところ神としての格はそう高くないそうだが」

「だとしても、だ。外で一廉の勢力だった私や諏訪子が零落したように、その逆が起こらないとも限らない。仲良くできる相手とは仲良くしておくのが人付き合いのコツさ」

 

 幻想郷での付き合い方をよく心得ていた。どうせ幻想郷から出られない立場なのは皆同じなのだ。全方位に棍棒外交をする旨味がない。やるとしても紅魔館のように外れた立地で中立を保つのがせいぜいだろう。

 

「なるほど。それで何か悩みでもあったのか?」

「む、話を戻してきたね。……まあ楓なら良いか」

 

 神奈子はどう伝えたものかと空を仰いで言葉を選び、これは諏訪子も同じように考えているけど、という前置きをして慎重に語り始める。

 

「悩みというのは他でもない、早苗のことよ」

「なんとなく彼女にも事情はあると思っていた。俺に話して良いのか?」

「そのぐらいの信頼は得ていると思って頂戴。……天魔と比べて、だけど」

 

 天魔はその手腕は信用できるが、間違いなく信頼してはいけない部類の存在である。

 彼は天狗のためならあらゆる全てを平気な顔で踏みにじるだろう。人妖の共存している形が天狗にとって最も利益が大きいから共存を選んでいるだけだ。

 その彼と比較された信頼はあまり嬉しくない楓が顔をしかめると、神奈子はからからと笑う。

 

「言いたいことはわかるわ。でも、新参者だからこそ私たちは他の勢力をどこよりも観察してきたつもり」

「……信用できる勢力を見つけるためか」

「その通り。そうでないとこっちが困った時に誰も助けてくれなくなる」

「で、俺に話すわけか。……彼女の現人神という種族に関係しているな?」

 

 これには半ば確信を抱いていた。早苗は誰はばかることなく自身を現人神と吹聴しているが――そもそも外の世界は幻想が生きられない世界のはずである。

 その中で現人神に生まれたことが何を意味しているのか、ある程度は想像できる。

 神奈子は楓の推測を裏付けるように首肯し、彼女の境遇を語り始めた。

 

「私や諏訪子すら消滅を受け入れざるを得ないほど、外の世界は幻想の衰退が著しい。その中で彼女は神になる素養を持って生まれてきた」

「…………」

「あの世界で早苗の居場所はない。なんとか騙し騙し今までやってきたけど、もうあの子はいつ神になってもおかしくないの」

「……そういうことか。神になったら信仰が必要になる。だが、外の世界では神代から活動していたであろうお前たちすら危ういほど信仰が薄れている。その中で新しい神が生まれても――」

「存在すら許されず消滅する。私や諏訪子とは違う。あの子の生きられる場所はここしかないの」

「…………」

「早苗には言ってないし、これから先も言う予定はないわ。ただ、そういう事情があの子にあったことは覚えておいて欲しい。私たちがここに来た本当の理由も」

 

 楓が何も言わずうなずくと、神奈子は嬉しそうに目を細めた。

 

「ん、聞いてくれてありがとう。これからも早苗と友人付き合いしてくれると嬉しいわ」

「あいつの友人は俺だけじゃないが、善処しよう」

「あ、何なら早苗と結婚して神社の跡取りにも――」

「さて、話も終わったし早苗を呼んでくる」

 

 さっさと早苗がいるであろう家の方へ向かう楓を見送り、神奈子は困った笑みを浮かべる。

 

「やれやれ、そこそこ本気なんだけどねえ」

「早苗のこと言って良かったの? あれ、多分天狗と私たちなら天狗を取ると思うよ?」

 

 神奈子のぼやきにいつの間にか近くに来ていた諏訪子が反応する。

 諏訪子の目は楓をやや険しい瞳で見つめていた。彼は白狼天狗と人間の半人半妖。そのため天狗の里にも知り合いがいる。

 もしも神奈子たちが天狗と事を構える場合、彼は天狗の側につくだろう。諏訪子はそれを懸念していた。

 

「でしょうね。とはいえこっちも天狗とやり合うのは最終手段」

「って言っても、こっちは早苗入れてもたった三人の弱小勢力だし、味方が多いに越したことはないよ?」

「ここで味方を増やす必要は薄いのよ。敵にさえならなければ積極的な排除はされないわ」

 

 もちろん、味方が増えることに越したことはないけど、と言って神奈子は未来予想図を描く。

 

「河童に持ちかけたダム建設と水力発電の話はどこからか嗅ぎつけた天魔が割り込んできたので、総取りは無理になった。私たちも次の手を打つべきね」

「だね。次も地上で打つ?」

「んにゃ、河童に話を持ちかけることができたのも立地条件があってのこと。他の勢力に話を持っていくには時間が足りない」

 

 本当にどこから漏れたのやら、と神奈子は自分たちの考えが天狗に抜けてしまった原因について頭痛を覚える。

 ……実はさっきまで話していた少年に河童の知り合いもいて、そこから話が通じていたとは夢にも思っていなかった。

 

「じゃあ次はどこに?」

「誰も目をつけていないところが良い。地上では頭打ちだろう」

「そんな場所あったっけ?」

「あるんだよ、それが。――この前妖怪の山を散策している時に地底への穴を見つけてね」

 

 

 

 

 

 神奈子と諏訪子が今後の話をしていることなど知らぬまま、楓と早苗は妖怪の山のふもと付近へ場所を移していた。

 獣道すら薄っすらとしか見えない森の中を早苗は若干浮きながら、楓は一歩一歩踏みしめて進んでいく。

 

「俺も少し調べてみたところ、ここで活動していた神は三柱いる」

「調べてみた……ということはあまり有名じゃないんです?」

「歴史だけはあるから信心深い人はいるが、知名度では比べるべくもないだろう」

「むむ、これはつまり我が守矢神社の傘下に入って権力増大も夢ではない……?」

「神奈子は仲良くしたいだけだと言ってたぞ」

 

 守矢神社を盛り立てていく意思が強くて結構であると楓は肩をすくめる。

 神奈子たちが早苗に何を言っているかは知らないが、神奈子たちを立てる姿勢から鑑みるに神奈子と諏訪子の権勢を今一度取り戻すため、とかその辺りが妥当だろう。

 

「今回は厄神と会いに行く。道中も俺の目で探して見るから、紅葉神と豊穣神の方は会えたら儲けものぐらいに思ってくれ」

「わかりました。道中で妖怪が出ても私が退治しちゃうのでご安心を!」

 

 そう言って早苗は自慢気に笑いながら手に持つ大幣を見せてくる。

 

「仕掛けてくる輩に容赦する必要はないが、そうでないやつまで無闇に叩かないようにな。もともと縄張りに侵入しているのはこっちなんだ」

「意外と穏健派ですね。とりあえず妖怪を退治すれば人々のためになるのでは?」

「時と場合による。人間が妖怪を退治するのはこっちに被害を与えたら、だ」

 

 霊夢や魔理沙もそこは守り、闇雲に妖怪退治をするような真似はしていない。そもそも彼女らは自分たちの得にならない労力は支払いたがらない。

 むしろ早苗の意欲に驚かされる。外の世界の少女は彼女のように血気盛んなのだろうか。

 

 楓が外の世界への誤解を深めていると、薄暗い森が不意に途切れて水辺へ出る。

 後ろにいた早苗が眩しそうに目を細める姿を横目に、楓はある方向を指差す。

 

「この先に厄神がいる。……む」

「楓くん?」

「いや、さっき話していた紅葉神と豊穣神も見つかったんだが……行き倒れているな」

 

 場所もそう離れていない。二人とも倒れていたので、千里眼で見過ごしていたのだろう。

 まさか行き倒れているとは思わなかったので楓も驚いていたが、言葉だけを聞かされた早苗は楓以上に驚いていた。

 

「え、ええ!? いや、それ大事件では!?」

「死んではいないようだし、引っ張ってくるか。それで話を聞こう」

「ちょっと楓くん落ち着きすぎだと思うんですが!!」

「……まあ、死のうが生きようが大差ないだろうなって」

 

 人里に害は少ないので、死なれても別に困らないというのが楓の感想だった。

 

「予想以上にひどい答え!」

「見つけたからには助けるつもりだ。心優しい対応では?」

「心優しいの定義が違う気がしてなりません……」

 

 少なくとも心優しい人は誰かが倒れているのを見たら慌てると思います、という早苗の言葉にそんなものかとうなずきながら楓は再び森の中へ踏み入っていくのであった。

 

 

 

 そうして十分程。楓が両脇に抱えてきた少女二人と早苗、厄神が一同に会していた。

 厄神は突然現れたこともそうだが、楓が知り合いの神二柱を文字通り抱えているのを見て目を丸くしている。

 

「いきなり私の前に最近現れた神社の人が来たのもそうだけど、あなたはどうして二人を抱えてるの……?」

「行き倒れてるのを拾った。それはさておき、厄神で間違いないな?」

「さておか……ないで……」

 

 楓が両脇に抱えたまま話し出すと、抱えられた少女の方からか細い抗議の声が聞こえてくる。

 意識があったのかと思い地面におろして口元に耳を近づけると、ポツリと一言つぶやかれた。

 

「おなか……すいた……」

 

 その言葉は早苗と厄神にも届き、なんとも言えない顔を見合わせる。

 

「…………」

「…………」

「神の語る空腹とはつまり信仰の欠如か?」

「そう……丁度川辺のようだしお魚を所望します……できれば蒸した魚が食べたい……」

 

 意外と注文が多い上に細かい。楓は呆れた顔になりながらも川辺に視線を向ける。

 

「少しこいつらのお供え物を用意してくる。悪いが二人で話してくれ」

「え、あ、はい。楓くん、ここで蒸し魚なんて作れるんです?」

「問題ない」

 

 火と風の術が使えるので、蒸気を作ることも閉じ込めることもお手の物である。

 こんなことで使うものじゃないが、とボヤきながら川辺に向かう姿を見送り、早苗は厄神と対面する。

 フリルのついたリボンを付け、赤いワンピースに身を包む少女は早苗と視線を合わせ、ふわりと微笑む。

 

「噂は聞いているわ。幻想郷にやってきた現人神……で合ってるわよね? 私は鍵山雛。厄神として神の末席に身を置いています」

「この度幻想郷に越してきました、守矢神社の東風谷早苗です。挨拶が遅れて申し訳ないと祭神である神奈子様も仰ってました」

「それはどうもご丁寧に。それで彼が最近有名な男の子ね。見てわかるくらい濃い厄をまとっているものだからすぐわかったわ」

 

 遠くで魚を取っている楓を厄神――雛は優しげに目を細めて眺める。

 

「人より強い厄を背負って、それを背負い切っている人に私は必要ないのよ。あなたも、自分では気づいてないようだけど」

「え?」

「こちらの話。でも、どうしようもなくなったら私のところに来なさいな。人の背負いきれない厄を背負うのが私の役目だから」

「は、はぁ……」

 

 早苗は自分に厄があるなど思っていなかったが、雛には違って見えたのだろう。雛は穏やかで威厳とは正反対の笑みを浮かべ――なぜかそれに抗いがたい威容を感じ、早苗は意図せず背筋を伸ばす。

 確かに神としての力は神奈子や諏訪子とは比べられない。何なら早苗ですら彼女より強い力を出せるだろう。

 ――だが、彼女は間違いなく古くから幻想郷において一つの役目を担ってきた神なのだ。力が弱くとも、その経験を甘く見ることはできない。

 

 早苗が雛の厄神としての姿に圧倒されていると、雛は次に呆れた半目になって倒れ伏している二人を見下ろす。

 

「で、こっちの無様に倒れてる二人が紅葉神と豊穣神。秋静葉と秋穣子ね。ちょっと、確かに最近信仰が減っていたけど、今すぐどうこうってほどじゃなかったでしょ」

「もうすぐ秋だから信仰が得られると思って調子に乗ってました……」

「妹に付き合わされて力を使いすぎました……」

 

 どうやら秋口に得られる信仰を当てにしてペース配分を間違えたらしい。

 いつまでも倒れているのもあれだったので、静葉と穣子がムクリと身体を起こす。先ほどまでのか細い声も弱々しい態度も全て演技だったようだ。

 早苗はついさっきまで雛や他の神に抱いていた畏怖が急速に薄れるのを感じながら、雛と静葉、穣子の話を聞いていく。

 

「もう……あのまま倒れて秋が来るのを待つつもりだったの? いえ、神だから死なずに迎えられるでしょうけど」

「まあまあ、おかげで少年の信仰が得られるんだし固いことは言わない」

「あの子、あなたたちの状態は察していたと思うわよ……?」

「それでもやってくれるんだから優しいじゃん。見捨てるようなら泣き叫んでたけど!」

「雛さん」

「早苗、人に色々あるように神にも色々あるのよ」

 

 物言いたげな早苗に雛は真顔で忠告する。神だから人格者である、なんて理屈はない。むしろ神だからこそ理不尽極まりない輩もいるのだ。

 生来真面目な方である早苗は勉強になると思いながら彼女らの話を聞いていた。また、神も好き放題しているのだから、自分も好きにして良いのではないかと思い始めていた。

 そんなふうに雛が皮肉を飛ばし、静葉と穣子が笑って受け流している光景を見ていると後ろから蒸した魚を用意した楓が戻ってきた。

 

「盛り上がっているようで何よりと言ったところか。……ほら、言われたものを用意したぞ」

「お、おぉ……! 葉の器もあるとか結構しっかりしてるお供え物だ! 少年、私たちを信仰してる!?」

「一応、お供え物を作るという認識で用意した」

 

 阿礼狂いに信心があるのか、という哲学は横に置く。

 ただ食事を用意するという心構えよりも多少は信仰につながったのだろう。信仰心の基準など、直接受け取っている神以外にはわからないものだ。

 早速食べ始めている二人を前に、楓は頭痛を堪えながら口を開く。

 

「本格的に秋が来たら信仰も入るだろうからそれで我慢しろ。倒れられると意識して探し出さないと見落とす」

「また倒れても見つけてくれるとか少年が神か!?」

「もう倒れるなと言ってるんだ! あとお前らが神だ!」

「わかった、次は少年の家に向かうよ! いやあ、久しぶりの信仰が美味い!」

「早苗、優しくする相手は選ばないと面倒な輩に付きまとわれることになるぞ。覚えておくと良い」

 

 現在進行系でそういう輩に絡まれている楓を見ると、重たい実感に溢れていた。

 

「楓くんは覚えて実践できているんです?」

「……向こうから寄ってくる場合はどうしようもない」

「やっぱり霊夢さんと一緒だなあ……」

 

 どちらも面倒事はゴメンだと言って憚らないのに、訪ねてきたらちゃんと相手をしてくれる辺り、本当に兄妹のようである。

 

「それで話はできたか?」

「あ、はい。楓くんは雛さんと話さなくて大丈夫です?」

「私は普段ここにいるわ。あなたに私の力は必要ないと思うし、私にあまり近づきすぎると厄が移るけどそれでも話す?」

「それで物怖じする人間に同じことを聞くのか?」

「いいえ、あなたはまた私と会うんだろうなって確信を持って聞いているわ」

「だったらそれが答えだ」

 

 楓の知り合いには出会い頭に殺しにかかってくる少女もいるし、何かと殺意や怒りを飛ばしてくる花の妖怪もいるのだ。近づいたら厄が移る程度では相手を拒む理由にならない。

 楓の答えを聞いた雛は小さく、しかし先ほど浮かべた超然とした笑みとは別種の可愛らしい笑顔で楓の言葉に喜ぶ。

 

「……ふふ、そう言ってくれる人は本当に貴重なのよ。これからよろしくね?」

「よろしくついでにこいつら引き取ってくれないか?」

「えー、信仰ちょうだーい」

「信仰ー」

 

 蒸し魚を与えたら信仰をくれる人だと認識したのか、静葉と穣子が楓にまとわりついていた。迷惑この上ない。

 雛は視線をそらして見なかったことにする。楓が早苗の方を向くと彼女も視線をそらす。今の彼女らの相手は誰もしたくなかった。

 

 

 

 ……結局、怒った楓が彼女らを殴り倒すまで付きまとわれる結果になり、それからも彼女らがちょくちょく楓の前に信仰を求めて現れるようになるのは、ある意味当然の帰結だったのだろう。




Q.信仰があっても力がなくなることはあるの?
A.チャージ式のエネルギー的な考えです。神の格で蓄えられる量が違う。格が高いほど多く蓄え、一気に放出できる。そして信仰が多いほどこの器が満ちるスピードが早い。
 この考えでいくと雛、静葉、穣子の三人は器が小さいですが、信仰は得られているので普通に暮らす分には問題ない。調子に乗ると倒れますが。

そして楓は餌を与えちゃいけない人に与えちゃったのでまた面倒な輩に絡まれます()
間の悪さや不思議なことに遭遇するのは運ですが、そこから先の行動は自分で選べるのでなんだかんだ自分から面倒を背負い込んでいます。周りからの評価は大体友人たちのが適切。すごいけど羨ましくない。

もう1、2話こういったお話を書いたら地霊殿が始まります。私にとっての楓は今も昔も変わらず阿礼狂いなのをお忘れなく()

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