阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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遅くなりました、申し訳ありません。これも古戦場が悪いんや……!


阿礼狂いの本質と天人の仕事先

 天子と衣玖の二人が火継の家に居候を始め、ある程度の月日が経過した。

 衣玖の仕事については楓が監督しており不満を覚えることはなく、天子の仕事ぶりについても申し分ないという声以外を聞かない。性格に難はあれど、それを補って余りある能力の持ち主であることは確かなのだ。

 給金も能力に見合ったものを支払っている。最初の資金もこちらで援助すれば、二人が火継の家を出ていくにも十分余裕があるだろう。

 

「……うむむ、どうしたものか」

 

 しかし、その件で楓は頭を悩ませていた。当主の仕事部屋として割り振られた部屋で、一人で眉間にシワを寄せている。

 

『なんか悩んでるねえ。どうかしたの?』

 

 そして、楓が本当の意味で一人になることはない。彼が他者に会うことを目的とせずに一人でいる時は、大体椿の意見を求めている時なのだ。

 

「天子たちについてだ。俺はあいつらが独り立ちできると判断したら独立してもらいたかった」

『何もしてない子をいつまでも置くわけにはいかないからねえ』

「そうだな。働かざる者食うべからずの理屈に則ってないやつを養う余裕は家にない」

『正しくは楓の一存でいつまでもワガママは言えない、でしょう?』

 

 そうとも言う。ただし、これはあくまで働かない者をずっと置いておく事ができないだけで、働くならその理屈が適用されない。

 

「正直あいつらの力を甘く見ていた。むしろ下手に独立させて、俺の指示を優先できなくなる状況が怖くなってきた」

『戦力、って意味でも貴重だもんね』

「その通りだ」

 

 楓が人里で動かせる戦力は母である椛と同じく守護者である慧音。そして今回加わった天子と衣玖である。

 慧音は里内部での影響力は絶大の一言だが、戦力としてはそこまで期待できるものではない。いや、今や幻想郷トップクラスと比較しても、遜色のない領域に到達した楓と比べるのが酷だが。

 椛は防衛戦をやらせれば自分でも手こずる力量を持つが、基本的に彼女は防衛以外で動かない。若人に任せるべきだとうそぶいてあまり動いてくれないのだ。

 

「火継の家は戦力を人里に提供して今まで食ってきた。だから火継の家が戦力を増やすこと自体に問題はないはずだ」

『じゃあお願いすれば? 自分にはお前たちが必要だって』

「その物言いは誤解を招く気がするが……いや、俺が迷ってどうにかなる話ではないな。当人らの意思が大事だ」

 

 楓の懸念が杞憂で終わるのが一番ありがたい。それに天子たちの意思を捻じ曲げてまで自分の意思を押し通すほどではない。

 方針を決めた楓は物のついでとばかりに椿にも視線を向ける。

 

「天子たちへどうするかは決めた。そういえばお前はどうなんだ、椿」

『どうって?』

「最近も色々と異変だらけだ。俺もあまりお前に構えているとは言い難い。良い機会だから話そうかと」

『おおー、楓はもう私のことなんて忘れちゃったんだと思ってたよ』

「バカ言うな」

 

 四六時中一緒にいるではないか。確かに楓が誰かと話している時に邪魔はしてこないが、楓の視界にはずっと彼女の姿が見えているのだ。

 どうにも椿は楓が強くなるにつれて、自分のことを忘れていくと思っているところがある。

 

「俺が強くなってお前を置いていくとでも思ってたのか」

『まあ、うん。正直、もう私の力なんてなくてもやっていけるでしょ?』

「それを否定はしない。しないが、俺とお前はそれだけの関係じゃないだろ」

 

 椿は楓の力になり、楓は椿の力になる。そんなギブアンドテイクの契約関係ではないと楓は断じる。

 楓にとって椿は物心ついた頃から一緒にいた存在であり、彼女の出自も未だにわかっていないことから、これからも付き合いが続いていく存在である。

 

「前にも言ったが、何かあったらすぐに言え。お前の願いならある程度優先する」

『……ほんとう?』

「顔を合わせる時間の長さを考えてみろ。お前とは文字通り四六時中だぞ。お前に辛気臭い顔で漂われるよりマシだ」

『…………』

 

 楓の言葉に椿は唇をわななかせ、顔をうつむかせる。

 普段なら感動した様子で抱きついてくるものだと思っていた楓は、椿の反応に怪訝そうな顔で彼女の返事を待つ。

 

「……椿?」

『……ねえ、私と楓の力の差ってどのくらいだと思う?』

 

 時間を置いて椿の口から出てきた言葉は楓にとって想定外のものだったが、淀みなく答えられるものでもあった。

 

「幾度戦おうと、俺が勝つだろうな。――お前が俺に何か力を隠していなければ、だが」

『私が力を隠す? ないよ、そんなの』

「ないとは言い切れない。以前、お前は刀を作り出したことがあっただろう。あれと同じように、お前自身も意識しないでできることが増える可能性がある」

 

 出会った当初の椿にはできなかった芸当である。それができるようになった要因は楓が力をつけたことか、はたまた異変が椿に何らかの影響を与えたのか。

 いずれにせよ楓が子供の頃から比べると変化が起こっている。そのため椿に秘められた力が楓以上、という可能性も決して否定できなかった。

 その辺りの考えを告げると、それだけはないと否定するように椿はハッキリと首を横に振る。

 

『それはないよ。私はまあ……服装や姿からの判断だと烏天狗。もし幻想郷に轟くほどの力があったなら幻想郷のブン屋みたいに有名になっているはず』

「…………」

『それに君は天魔とも打ち合えるじゃない。その時点で私にどれだけ力が秘められていても、楓には敵わないよ』

「……そうだとして、お前は何が言いたいんだ?」

 

 楓は椿との間にある力の差など気にしていない。父が母を終生の相棒に選んだのは、決して力や能力ではなく、己にとって信頼を置くことができるか否かである。

 楓も父の考えに賛同していた。椿や霊夢が楓にとって、背中を預けるに足る信頼を置ける存在だった。

 

『……私が記憶を取り戻す方法、なんとなくアテはあるんだ』

「なに?」

『でも、それを言うのが憚られた。遠慮して、とかじゃないよ? 私だって楓のことが大事だから、言い出せなかった』

「……どういうものだ?」

『――私と楓が、勝負すること。弾幕ごっこでも、組手でもない。本気で相手を潰す、本気の勝負』

 

 椿の口から語られる内容に楓は首を傾げる。

 

「俺が異変のたびに巻き込まれている戦闘とは違うのか?」

『あれは一応、事故が起きない限り殺さない程度の分別は付けてるでしょう? それとは別』

 

 楓が相手のお眼鏡に適わなければその事故は起きていた気がするが、黙っておく。相手の真意がどうあれ楓は全ての戦いに勝利してこの場に立っている。

 

『私が願うのは真剣勝負。生き残る可能性はあっても、それは殺し合いをした末にたまたま得られた偶然。そんなものであるくらいの勝負。私はそれを求めている』

「……なぜだ?」

『理由なんてわからないよ。ただ、鼓動を忘れたここが、衝動のようにそれを求めてやまない』

 

 そう言って椿は出会った時から今に至るまで、一度も鼓動を刻まない胸に手を当てる。

 

「その口ぶりからして、俺と勝負すれば思い出すかもしれないと思ったのは結構前だな」

『私も楓のことは大事だから言い出せなかったのが一つと、その時は楓も忙しかったから気を遣ったのが一つ。最後に――確かに衝動はあるけれど、私にもこれが正しいかなんてわからない』

「衝動に身を任せれば何もかも思い出すみたいに言っていただろう」

『アテがあるって言っただけだよ。今までの何一つ手がかりがない状況に比べたら希望があるってだけ。正直、私の言った通りのことをして全てを思い出すなんて確証はない』

 

 椿の言いたいことはわかった。確証のないことで多忙を極めていた楓を煩わせたくなかったのだろう。

 

「……大体把握した。もし、これから先もその衝動が消えず、他に手がかりもなかったら――お前の願いに応えることもやぶさかではない」

『それって……』

「それがお前の願いだというのなら、俺は叶える努力をする。それだけだ」

 

 その先に椿の死があったとしても、楓に迷う理由はなかった。

 彼女がいなくなることに思うところがないわけではないが、それでも彼女が望むのであれば仕方がない(・・・・・)

 阿求に仕える自分に害がない限り、できる限りで他者の力になった方が良い。誰がどう見ても不幸になる場合以外、そうした方が人間らしく(・・・・・)見てもらえるはずだ。

 

『楓……?』

 

 だが、それが椿にとって異質に映った。ずっと一緒にいたはずなのに、彼がどこか別人めいて見えたのだ。

 椿の知る楓はいつも父親と自分を比較し、一度も自分を褒めることなく己を鍛え続けながら、それでも人付き合いを厭わず困っている人を見過ごせない、そんな少年だ。

 困っている人を見過ごせない――それはどういった形だ?

 

「なんだ、椿」

『その、私と殺し合うことになっても楓は良いの?』

「良くはない。ないが、お前がそれを望むなら受け入れて殺しに行く」

 

 己の半身と呼んでも過言ではない存在だが、そうなったらなったで受け入れる。常と変わらない楓の顔から苦悩は読み取れなかった。

 椿のことを大事に思っているのは本当だろう。だが同時に、相容れなくなった場合に殺すことも仕方なしと受け入れている。そして殺した場合でも彼が気に病むことはおそらく、ない。

 大事であり、どうでも良い。その矛盾が楓の中で両立されている。椿は楓の異常性について、漠然とではあるが感じ取る。

 

 

 

 もしかしたらこの少年――物心ついた頃から一緒にいる自分にすら見せていない部分があって、それこそが彼の本質なのではないか?

 

 

 

『…………』

 

 存在しないはずの臓腑が凍える感覚を椿は理解し、知らず身体が震える。

 ずっと一緒にいた。椿にとって楓しか己を認識する存在がいないのもあって、相棒だと思っていた。事実、楓は戦闘において自分を頼り、公私に渡って一緒にやってきた。

 ――全部、違っていたのか?

 

「椿?」

『……な、なんでもない! 私のことは良いよ、それより天子ちゃんのことじゃない?』

「いや、話を振ってきたのはお前だが」

『異変ばかり起きてるんだし、いよいよどうにもならなくなったら考えようよ。それに繰り返すけど、私は別にこのままでも文句ないし』

「真実が知りたいんじゃないのか?」

 

 それを知ることが自分にとって致命的な間違いな気がしてならない、と椿が楓に言うことはなかった。

 ただ、隣りにいる少年が異質なナニカに見えて仕方がない。椿は頭にこびりついてしまった楓への恐怖を忘れるように頭を振る。

 

『思い詰めてたけど、楓と話して楽になったよ。真剣勝負をするって言うなら、私も楓ももっと腕を磨いてからで良いからね』

「……お前がそう言うならわかった。俺は俺の用事を済ませよう」

『それが良いよ。私はちょっと剣を振ってるから』

 

 立ち上がり、天子たちを探して部屋を出ていく楓を見送り、椿は己の身体をかき抱く。

 

『……これは知らなきゃ駄目なことだ』

 

 楓の本質を知る必要がある。でなければ、自分は致命的な間違いをしてしまう。

 彼との関係が途絶するだけでは済まない。ここに存在する自分の価値すら消え失せるような、そんな恐怖があった。

 

 

 

 

 

 夕方、楓は仕事を終えた天子と衣玖を捕まえ、己の部屋に招いていた。

 

「二人に来てもらったのは他でもない。今後の身の振り方についてだ」

「ああ、ある程度目処が立ったら出ていってほしいというあれ?」

「私としては職場でもあるここを離れたくありませんね。利点が感じられません」

「と衣玖は言ってるけど、楓はどうなの?」

 

 天子に話を振られたため、楓は重々しくうなずいて話し始める。

 

「まず、お前たちの働きぶりは見事なものだった。正直、甘く見ていた」

「あなたが認めた天人よ? 結果を出すのは当然でしょう?」

「と言いながら総領娘様は褒められた喜びに拳を握るのでありました――おうっ!?」

「あらごめんあそばせ足が滑りましたわ次言ったら緋想の剣じゃ済まないわよ」

「お前ら本当に主従関係あるのか?」

 

 淡々と主人の娘である天子を煽った衣玖は、天子の蹴りが入って引き倒される。

 人間観察には多少自信のある楓をして、衣玖が何を考えているのか読み取れない。何も考えていない可能性も大いにあるが、今それは考えないことにする。

 

「まあお前らの喧嘩は後でやってもらうとして、天子は今後どうしたい?」

「どうしたい、とは?」

「独り立ちするかここで暮らすか、仕事も自分で探すか俺が斡旋するか、とかそういったところだ」

「ここで暮らしてもいいの?」

「前言を翻すことになるが、お前たちの力を手放すのが惜しくなった。許されるなら手元に置いておきたい」

 

 まとまった金子が手に入れば出ていくものだと思っていた天子は首をかしげるものの、楓の言葉に納得の首肯を返す。

 

「評価してもらえることに悪い気はしないわね。この家を出ていった場合、楓の頼みをいつでも優先できるとは限らなくなる、と」

「許されるなら衣玖ともども、俺の直属ということにしたい。これまで通りの仕事は良いが、有事の際には俺の指示に従ってほしい」

 

 自分の意思で動かせる戦力が多いに越したことはない。それが優秀であればなおさらだ。

 

「無論、ただでとは言わない。俺の部下になる以上、こちらでできる配慮は全て行う」

「ふぅむ……」

 

 楓の説明を受け、天子はどうしたものかと顎に手を当てて考える。

 彼に協力するのは吝かではない。というか仮にこの家を出ていったとしても、楓からの要請があればいつだって彼を優先する心積もりだった。

 今の生活はかつてとは雲泥の差であり、それをもたらしてくれたのは目の前の少年なのだ。その恩義、ちょっとやそっとで返せるとは思っていない。

 

 だが、そこで彼の部下になるというのは頂けない。自分は楓と対等でいたいのであって、下につきたいわけではないのだ。

 どう話せば対等の関係、かつ自分がほぼどんな状況でも楓の味方になると信じさせることができるだろうか。そんなことを考えていると、衣玖が先んじて口を開く。

 

「私は構いません。これまでの業務内容と変わらないでしょう」

「有事の際には戦ってもらう。腕に自信は?」

「総領娘様ほどではありませんが、並大抵の妖怪に遅れを取るつもりもありません。ですから体力を温存するために普段の業務を少し減らしても?」

「それは通常通りやってくれ。天子はどうする? 俺の願いは言ったが、お前に希望があるならそちらを優先する」

 

 それでも有事には頭を下げるかもしれないが、そんな時が来ないように立ち回るのも楓の仕事である。戦わなければならない時など来ないに越したことはない。

 

「じゃあ、条件を付け足して頂戴」

「どんな?」

「やってみたいことがあるから、それに関して融通して欲しいってのが一つ」

「内容にもよるが、そこは了解した」

「もう一つは簡単。――私が協力するのはあなたの部下だからじゃない。対等の友人として、人里に住まう天人として、あなたの力になりたいからよ。そこは履き違えないで」

 

 胸を張り、迷うことなく言い切る姿に楓はいっそ感動すら覚えてしまう。ここまで頼もしい存在になると誰が予想したか。彼女を理解しようとした過去の自分を褒め称えたい。

 

「……そういうことなら頼らせてもらう。それでやりたいことというのは?」

「独立する前提で考えていたんだけど、今までは家事とかその辺を女中やあなたに任せていたわけじゃない」

「そうだな。……ああいや、言いたいことがなんとなくわかった」

 

 話の意図を理解した楓が天子と衣玖を交互に見やる。

 片や幼い頃から天人となり、楓と同じく誰かに傅かれる日々を送ってきた少女。

 そしてもう片方は何を考えているのかも何をしているのかも全く未知数で、家事とかそういった方面の戦力に数えることすら恐ろしい龍宮の使い。

 

「あなたの力を借りないってのはそういうことも含まれるでしょう。衣玖に頼るのは恐ろしいし」

「む、聞き捨てなりませんね。私はこれで寿退社しそうな龍宮の使い番付で一番になった女ですよ?」

「流れるようにそんな言葉が出てくる辺りがまるで信用できないわ」

「そもそもその番付がお前の家事とかその辺りを保証する根拠になってない」

 

 天子の意見に全面的に同意する楓だった。彼女は本気で言っているのか冗談で言っているのかイマイチ読めない。

 天子と楓のツッコミを受けた衣玖は無表情ながら、どこか不満げに頬を膨らませた。

 

「むむむ、これは私の必殺料理をお見せして認識を改めてもらう必要がありそうです」

「天子、頼んだ」

「これからも楓の家に居候するんだからそれはとっておきにしておきなさい。ここぞという時に見せるから必殺は必殺足りうるのよ?」

 

 まず料理に必殺なんて頭文字はつかないという、楓と天子双方に共通する認識を伝えはしなかった。きっと困るのは彼女の必殺を受ける誰かである。自分たちでないなら問題ない。

 この話を続けると面倒かつ厄介なことになりそうだと察した二人は咳払いをし、強引に話題を戻す。

 

「んんっ! で、話を戻すと私も勉強しておこうかと思ったのよ。特に料理は作りたいものがいつでも自分で作れるのってありがたいし」

「大筋は理解した。となると店を紹介するのが手っ取り早いか」

「アテがあるの?」

「……お前も知っている店だ」

 

 天子もここで暮らし始めてそれなりに経つ。知っている店が複数あって候補が絞れなかったのだろう、首をちょこんとかしげて楓を見る。

 対し楓は微妙に眉をひそめ、自分の選択が正しいのか悩んでいる様子だった。

 それもそのはず――天子を蛮奇の店に紹介しようと考えていたのだ。ただでさえ巻き込み気味なのに、これ以上は本当に出禁になるかもしれない。

 

「どうしたのよ、そんな深刻な顔して」

「……いや、これを話して出禁にならないか考えていた」

「どんな店よ!?」

 

 天子の悲鳴は無視して楓は考えるものの、他に良さそうな選択肢は見つからない。自分が教えるのでは片手間になってしまうし、時間も限られる。

 とにかく話すだけ話して、駄目ならスッパリ諦めて他の人物を探そう。蛮奇に迷惑をかけたいわけではないのだ。

 

「……紹介できる店には明日紹介する。ただ、店主が気難しくてな。ダメかもしれないとは覚悟しておいてくれ」

「あなたがそう言うってことは相当ね。肝に銘じておくわ」

 

 気難しくさせたのは自分の行動に理由がある、とは言い出せなかった楓であった。

 

 

 

 

 

 最近、仕事が忙しい。

 蛮奇は料理を作る腕を忙しなく動かしながら述懐する。

 少し前まではただの看板娘で良かったのに、料理が作れることを知られてからは厨房に立たされていた。

 

(ったく、あいつが本当に疫病神だ)

 

 思い起こされるのは一人の少年。なんかもう突っ立ってるだけで妖怪を引き寄せているとしか思えない少年で、ほんの少しの同情心で彼に優しくしたのが運の尽きだった。

 あれ以来彼は何かとこの店を利用するようになり、しかも味が良いことが広まったのか博麗の巫女たちが使うようになり、どこから聞きつけたのか妖怪――それも蛮奇が一生関わり合いにならないだろうと思っていた大妖怪――まで立ち寄り始めていた。

 

 蛮奇を雇った店主は客が増えたので嬉しい悲鳴だと言っていたが、だったら危険度が一定以上高い妖怪が来た時に逃げ出さないでほしいと蛮奇は切に思っていた。

 これで自分が逃げたらまず間違いなくあの店主が破滅するので、逃げようにも逃げられない。

 なので蛮奇は今日も今日とて腕を振るい、やってくる人妖を満足させる料理を作ることに没頭していた。

 そして今日、このお店には珍しい二人組が鎮座している。

 

「蒸し饅頭をください。小町は何か食べます?」

「じゃあ白玉あんみつを頂きます。ここが映姫様イチオシのお店なんですか?」

「そうですね。食事も美味しく、私のような存在でも差別することがない。できることなら繁盛して欲しいと思い、小町にも教えることにしました」

 

 私に被害を与える存在は皆恐ろしいだけだ、と蛮奇は内心で叫ぶ。閻魔大王と死神が来る店だと誰が知っているのか。

 そんな蛮奇の軋む心をよそに、映姫と小町は互いの世間話で盛り上がっていく。

 

「なんでも人々の気質を蒐集する異変があり、博麗神社が倒壊したと聞きました。我々の業務に支障がなかった辺り、ほぼ被害は出なかったようですね」

「ですねえ。あれ、犯人は天人だと聞きましたよ。あたいも出向いておけば天人を殺すこともできたかもしれません」

 

 天人は死なないと言われているが、何のことはない。迎えに来る死神を文字通りぶっ飛ばして死んでいないのだ。すなわち、人を彼岸へ導く死神としては商売敵も良いところである。

 小町の言葉に映姫もうなずく。

 

「天人。仏教での六道における人道の次に至った存在。人より優れ、人にない力を有し――渇望が消え、決して解脱できない者たち。私はある意味彼らに憐れみを覚えていますよ」

「というと?」

「彼らも人間であった頃は己を磨いていたのでしょう。修練に励み、煩悩に抗い、経を読み。その果てが詰みであるなど、憐れとしか言えません」

「でもそれを選んだのは彼らですよ。煩悩は消し去るのではなく、捨てるものである。そこにあることを認めなければ進めない。天人たちは最後までそれに気づけなかった」

「その通りです。そして彼らは欲をなくし、享楽に耽るようになった。争いはなく、穏やかなのでしょうが、それだけの存在になってしまった」

 

 果たしてそれが望んだものなのか。浄玻璃の鏡を持たない、一介のお地蔵と変わらない今の映姫にはわからなかった。

 

「固い話をしても仕方ありません。小町の方こそ、最近は真面目に業務へ励んでいるようですね」

「あれだけ言われればさすがのあたいも危機感の一つぐらい覚えますって……。いや、それよりここで仕事の話をする方が無粋じゃないです?」

「む、その通りです。では一旦固いことは横に置いて甘味を堪能しましょう」

 

 丁度よく運ばれてきた湯気を立てる饅頭と、小豆の黒と白玉団子の白が美しいあんみつを前に二人は頬を綻ばせて口に運び――

 

「ここが紹介する予定の店だ」

「ああ、なるほど。最初に連れてきたお店だったのね」

「んぐぅっ!?」

「小町!?」

 

 現れた少女が誰かすぐにわかった小町が白玉団子を変な場所に詰まらせ、窒息しかけるのであった。

 椅子を蹴っ倒して立ち上がった小町に少年と少女――楓と天子が視線を向ける。

 

「て、て、て、天人!?」

「ん? あ、死神じゃない。珍しいところにいるわね」

「知り合いか?」

「商売敵が一番近いわ。天人は迎えの死神を倒して生きているから」

「なるほど」

 

 天子の説明に納得しつつ、楓は天子をかばうように小町たちの前に立つ。

 小町は立ち上がっていたものの、楓と天子を交互に見ると諦めたのか大仰なため息をついて席に戻る。

 

「映姫様、見逃してくれます?」

「今は非番なので問題ありません。そも、武器を持たぬあなたが天人とどういうわけか彼女を守る彼に勝てるとも思えません。負け戦に玉砕しろと命じたりはしませんよ」

「合ってますけど! 合ってますけどもうちょっと優しく言ってもらえません!?」

 

 事実なので何も言えないが、それはそれとして映姫の歯に衣着せぬ言葉に傷ついたのか半泣きであんみつを食べている小町を他所に、映姫が楓たちに視線を向ける。

 

「久しぶりですね。こちらは頻繁に使っているのですか?」

「時々な。そういうそちらは通っているのか」

「良いお店ですから。そちらは天人でしたか」

「故あって人里に身を寄せているわ。閻魔大王と天人では縁がないかもしれないけれど」

「ですが、こうして会えました。袖すり合うも他生の縁といったものでしょう。しかし、ふむ……」

 

 映姫はどこからともなく取り出した悔悟棒で口元を隠すと、天子を実に興味深そうに見つめ始める。

 

「ふむふむ……」

「な、何よ」

「……人間から天人へ至った存在。しかしあなたは現状に満足することなく、前に進むことを良しとする。……驚きました。あなたのような天人が存在するとは」

「褒めてもらっているところ悪いけど、私は不良天人って呼ばれて他の天人連中からは笑われていたわよ」

「だからこそ、といった見方もできます。不満があるというのは現状を改善する熱意にも繋がり、上を目指す意思にも繋がります。煩悩が悪なのではありません、それに流されることこそ悪なのです」

「は、はぁ……?」

「あなたは他の天人と違うのでしょう。こうして会えたことを嬉しく思います」

 

 律儀に頭を下げる映姫に、天子も思わず頭を下げてしまう。なんとなくだが、この少女の神経は逆撫でしない方が良いと感じたのだ。

 

「ああ、話し込んでしまいましたね。そちらの用件を済ませてください」

「そうさせてもらう。……上手くいったらこれからも話すだろうしな」

 

 楓はそうつぶやき、厨房からこちらを凄まじい形相で睨む蛮奇を見た。

 

「店主はいるか?」

「その前に私がこんな顔になっている理由を答えてもらおうか」

「いや、そちらの助けになるかもしれない話だ。せめて最後まで聞いてくれ」

「……なに? ああ、店主なら気にするな。ヤバそうな妖怪が来るといつの間にか消えている」

 

 あの危機回避能力は人里歴が長い蛮奇をして見習いたくなるものであった。

 ともあれ、蛮奇は楓の話に耳を傾ける。今現在の状況はほぼ全てこの少年が原因だが、同時に解決案や実際の解決もこいつがどうにかしているのだ。

 そして案の定、楓の口から語られた内容は蛮奇にとって渡りに船と言えるものであり、飛びつくにふさわしいものだった。

 

「――という経緯で、人を雇ってもらいたいんだが……無理なら無理と言ってくれ。俺もお前ばかり巻き込んで申し訳ないとは思っている」

「乗った」

「え?」

「乗ったって言ったんだ! この労働から開放されておまけに店の護衛にもなるなんて願ったり叶ったりだ!」

「……助けてもらう身でこれを言うのもあれだが、辞める道はなかったのか?」

「風見幽香に顔を覚えられてうかつに逃げられるか!!」

「その件に関しては全面的に悪かった」

 

 下手に逃げたら地の果てまで追われかねない。ならばここに居座って対応した方がまだ危険が少ない。

 そんな剣幕で迫られ、楓は心底悪いことをしたと頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 かくして、密かに妖怪が働いているお店に天人が加わり、さらなる賑やかさを見せていくことになるのであった。

 ……珍しい組み合わせの二人が働いていることが話題になって、余計に妖怪を呼び寄せる羽目になってしまい、蛮奇が店の裏に楓を呼び出して詰め寄るのは少し先の話である。




Q.楓にとって椿ってどういう存在?
A.己の半身と言っても過言ではない。無二の信頼を置くに足る存在

Q.それをころしてへいきなの?
A.はい

椿が地味にファインプレーしてます。ここで気づかず突っ込んだら前世とほぼ同じ結末を迎えてました。

そしてガンガンヒロイン力を上げるというか、妙なルート走っている天子。楓への恩義が非常に大きいので、大体ほぼ無条件に楓の味方になります。
衣玖さん? あの人はなんというか衣玖さん(真顔) どこでこんな愉快な人になったのか私にもわからん()

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