阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

5 / 143
書き溜めが、尽きる……!


永夜を終えた朝

 しばらく影狼と話していると、楓の視界が何らかの違和感を捉える。

 

「ん」

「どうかした?」

「……夜明けだ」

 

 空の向こう側から日が昇り始めていることにいち早く気づいた楓は、次に空の上に浮かんでいた月を見る。

 するとどうだろう。夜が始まった頃に見えていた満月とは打って変わり、少しだけ欠けた月が浮かんでいるではないか。

 

「……影狼、空を見てくれ」

「へ? あ! 月が満月じゃなくなってる! それに朝日も昇ってきた!」

「異変は終わりかな。全く、長い夜だった」

「へへ、まあ終わったのなら私もピリピリしないで良いからありがたいよ。新しい友達もできたし」

「友達」

「うん。……あ、もしかして私の勘違い?」

 

 影狼の顔が一気に泣きそうになったので、楓は困ったように眉根を寄せて曖昧にうなずいておく。

 

「いや、驚いただけだ。あんまり人付き合いが広い方じゃないし、結構キツイ態度だと思っていた」

「うん? でもいきなり弾幕とか撃ってこないから優しいんじゃない?」

「優しさの基準がすでにおかしい」

 

 ちょっとそれは優しさの境界が低すぎる気がしてならない楓だった。

 

「そうかな? 確かにきみは私のことぼこぼこにしたけど、謝ったら許してくれたじゃん」

「異変の最中だし、素手で襲ってきただけだったからな。殺意を感じていたらこっちも加減はしなかった」

 

 仮にあそこで為すがままになったとしても、この少女は適当に楓を驚かしたら満足して逃げていただろう。それが確信できる程度には、影狼の臆病さを理解していた。

 

 弱小妖怪であるという自覚があり、迷いの竹林で密かに暮らしているからだろう。妖怪であるにも関わらず、彼女は人間を喰らうという発想が皆無だった。

 とはいえそれを責めるつもりはない。仮に彼女が楓を喰らおうとしてきた場合、楓は容赦なく彼女を殺すつもりだった。

 そういった意味も含めて影狼は自覚こそないものの、その臆病さ故に生き長らえているのだ。

 

「……まあ、里に来るなら歓迎するよ。俺の名前を出せば門番も通してくれるはず」

「もともと里で仕事してる妖怪の友達もいるから、結構行くんだけどね。今度は楓も訪ねるよ」

「お茶は出そう」

「玉露でお願いね!!」

 

 はいはい、と肩をすくめると膝の上の少女が身じろぎをする。差し込んだ朝日が眩しくて意識が覚醒したようだ。

 

「ん……」

「起きたか」

「あれ、私? ああ、そっか。私を殺さずに無力化したのか……」

 

 何度か目を瞬かせると、状況を把握したのか少女が身を起こす。

 その動作だけで横の影狼が怯えたように楓の影に身を隠すが些細なことだった。

 

「朝日も昇っているみたいだし、異変は終わったようね。いい気味だわ」

「どういうことだ?」

「今回の異変、黒幕が知り合いだってだけ。続くようなら私が終わらせようとも思ってたけど、博麗の巫女とやらは優秀なようね」

 

 少女はそう言うと、再び腰を下ろして楓の膝に頭を乗せる。

 

「おい」

「良いじゃない。固いし寝心地はお世辞にもよろしくないけど、こんなことされるのって久しぶりなんですもの」

 

 なんて図々しい。楓は膝の上で目をつむり、身体を楽にしている少女に凄まじい目を向けていた。

 楓からすればこの少女は、自分に実戦形式での稽古を付けてくれた存在となるため多少は敬意を払っていたのだがそんな気持ちはどこかに消し飛んだ。

 

 しかしここで邪険にするのも、気持ちよさそうに目をつむっている彼女が痛い思いをしてしまうだろうと考え、楓は曖昧なため息をつくだけに留めてしまう。

 

「お前――いや、あなたはどこで今回の異変を?」

「割と最初からよ。結界なんて張って入念にやっていたから、乗り込んで確かめようとも思ったけど門前払い」

「ふむ」

「しばらく放っておいても私の方に被害はないみたいだし、気にせず散歩していたの」

 

 満月は続いていたみたいだし一応人里付近を、と語る少女の話を聞いて楓も合点がいく。

 そのタイミングで出会ったのが、妖怪と一緒にいるおよそ人間ではない見た目の刀を背負った少年。怪しまれるのも無理はない。

 

「慧音の話も出たし、途中から疑ってはいなかったんだけどね。私もうっぷんが溜まっていたから暴れさせてもらったってわけ」

「なるほど。こちらも利用したからそれをどうこう言うつもりはない」

「ありがとう。ところで慧音は元気なの?」

「だいぶお疲れの様子だったが、異変も終わったしすぐもとに戻ると思う」

「そう」

 

 少女はそれで一つ安堵の息を吐いて、今度こそ身体を起こして立ち上がる。

 

「それじゃ、私も帰るとしましょうか。そっちの妖怪は良いの?」

「へ、わ、私!? わ、私はもうちょっと楓と話してから行くからお気になさらず!!」

「ふぅん。今なら私が送ってあげようと思ったのに」

「命がいくつあっても足りないから勘弁してくださいぃぃぃぃ!!」

 

 ひぃぃ、と怯え切った様子で楓の背中に隠れる影狼を見て、少女は軽やかに笑った。

 

「私含め、変なのに好かれちゃったわね。年長者からの言葉だけど、苦労するわよ?」

「実例を見て育ったからわかる」

 

 妙な実感のこもった楓の言葉に少女は首を傾げながら、竹林に足を向ける。

 

「藤原妹紅よ。縁があったら、また会いましょう?」

「火継楓。人里の守護者を兼任している」

 

 兼任? と少女改め妹紅は首を傾げたものの、特に答えを聞くことなく竹林に消えていく。

 それを見送る――フリをして家の場所までは押さえておこうと千里眼で見つつ、楓は鬱陶しそうにすがりつく影狼を剥がす。

 

「もうあの人はいなくなったから離せよ、暑苦しい」

「……そうみたいだね。はーこわかった」

「そんなに恐ろしいか」

「そりゃもちろん。痛いのは平気だけど、死ぬのは嫌だもん。私なんて戦いにすらならないよ」

 

 妹紅がその気になれば、影狼は抵抗の余地すら与えられず消滅する。その力量差は楓も影狼もしっかりと理解できていた。

 が、楓はそれで付き合いを恐れる気持ちが理解できなかった。

 

 相手の方が強い。その気になれば一瞬で殺される。――それは人間が妖怪と付き合っていく上でごく当たり前のことである。

 種族上はか弱い人間であった父は、平気な顔でその事実を受け入れて妖怪と交流を深めていた。

 だからだろうか、楓には妖怪連中に畏れこそあれど、それ以上の感情は持っていなかった。妖怪の方が強いかもしれないが、それはそれとして気の合う連中なら仲良くしたいのが本心である。

 

「……俺と友達でいるのも嫌か?」

「ううん、別に? さっきの人は怖かったけど、きみはそうじゃないってわかってるから。あ、もしかして心配した?」

「…………」

「そんな照れないでって痛い!?」

「はぁ……」

 

 さっきまで妹紅に怯えていたのが嘘のようである。楓は調子の良い影狼の額を小突きながら、徐々に日に照らされて明るくなっていく幻想郷を見た。

 

「もうすぐ他の妖怪や人も起きてくる。お前はどうする?」

「ん、人里に寄っていくよ。ここまで来たら友達の顔も見ていきたいし」

「そうか。俺は主のもとに戻るとしよう」

「そうしてくれると助かるな。私は良いんだけど、友達が結構人見知りでさ」

「どんな感じなんだ?」

「人里でかなり長い間暮らしているんだけど、妖怪であることはほとんど誰にも言ってないみたい。注意深いって感じなのかな」

 

 ふむ、と楓は鷹揚にうなずいた。個人的に影狼の友人に興味が湧いたので、千里眼で追いかけようと思ったのは別の話である。

 

 そんなことを考えていると、不意に人里が楓たちの後ろに出現する。慧音が能力を解除し、秘匿していた歴史を白日の下に晒したのだ。

 おお、と楓と影狼が揃って驚愕の声を発する。消える瞬間は見ていたが、現れる瞬間は見ていなかった楓にとっても驚きの光景だった。

 

「んじゃ、私は先に行くよ! 今日はありがとね、楓! 色々あったけど楽しい時間だったよ!」

「ああ、またな」

 

 一足早く人里に入っていく影狼を見送り、楓は大きく伸びをした。

 これから阿求に事の次第を報告し、慧音の様子を見に行って、霊夢も労う必要がある。やることは山積みだ。

 

『んじゃ、今日も一日頑張っていこうか! 途中で寝たりしないようにね!』

「半妖だからな。一日ぐらいどうってことない」

 

 自分の周りを楽しそうに笑って漂う椿に笑いかけ、楓も一日を始めていくのであった。

 

 

 

 

 

 朝日こそ昇ったものの、未だ人の気配はまばらで動き出す影も少ない時分。

 楓はまず慧音に報告すべく寺子屋に向かっていた。

 

『阿求ちゃんが先じゃなくていいの?』

「様をつけろ。阿求様がまだ起き出す時間じゃないし、さっきまで里の歴史を隠していたんだ。まだ起きているはず」

『疲れてるみたいだったし、寝かせてあげたら?』

「憂いなく休んでもらうために報告するんだよ。それにまだ起きている」

 

 朝日が昇ったのを不安そうな顔で眺めている慧音の姿は、すでに千里眼で確認していた。

 普段ならさすがに家の中まで見るようなことはしないのだが、昨日は異変があって、慧音はそれの対処に動いていたのだ。これぐらいは心配の範疇として許して欲しい。

 

『……それを使えばお風呂とか覗き放題――痛っ!?』

「できることの広い能力だからこそ、そういうのは気をつけているんだよ」

 

 千里眼というのは便利な能力である。普段は見えないような何かを見抜くようなものでない限り、この場に立っているだけで大体の情報は得られる。

 得ることができるが、積極的にやって良いことでないことぐらい楓にもわかる。そんなことをしていたら周りからの信頼をあっという間に失ってしまう。

 

 なので楓は普段、非常時でもない限り千里眼の能力を積極的に活用はしていなかった。使うにしても人里での見回り時に里全体を俯瞰したり、誰かを訪ねる際に目当ての人物がいるかどうかの確認程度である。

 当然、椿の語るような物事に利用したりはしていなかった。というかそんなことに能力を悪用したら霊夢があの滅法良い勘で気づいて楓を退治するに違いない。

 

「それよりそろそろ寺子屋に着く。着いたら黙ってろよ」

『はーい……まあ私が見られるわけじゃないし別にいっか』

 

 叩かれた額を擦りながら、椿は特に気にした様子もなく周囲を漂い始める。

 普段は奔放なくせ、自分の言うことにはきちんと従ってくれるのだから、椿はわかりにくい。

 

 もっと普段から本音を出して欲しいというのが楓の思いである。彼女とは物心ついた頃からの知り合いであり、ほぼ四六時中を共にした存在なのだから。

 記憶を取り戻したいのなら言ってくれれば協力するし、他の願いだってあるのなら力になりたい。

 ……尤も、当の本人は楓の思いなどつゆ知らず能天気にふわふわと漂っているだけなのだが。

 

 変わらない椿に小さくため息をこぼし、楓は意識を切り替えて寺子屋に入っていく。

 

「先生、おはようございます。月が戻ったのは私が確認したので、異変は終わったと思いますよ」

 

 慧音のいる部屋に入ると、慧音は昨日に話したときよりも濃い疲労の色を浮かべながら、楓に弱々しい笑みを向ける。

 

「おはよう、楓。良い朝だな。私は……すまない、さすがに疲れた」

「いえ、ご無理はなさらず。異変が終わったことの報告と、私の方で起きた出来事を軽く報告に来ただけですから、終わったらすぐに休んでください」

 

 立ち上がろうとする慧音を制止しつつ、楓の方で遭遇した妖怪や妹紅についてのことを話していく。

 影狼についてはまあそんな妖怪もいるのだろう、程度の様子だったが妹紅の名前を出すと慧音の目が見開かれた。

 

「そうだった……これは私の伝え忘れだな。妹紅さんとはどのように?」

「戦闘になりましたが、私が勝ちました。気絶させた後、事情を説明したら竹林の方に戻っていくのを確認しています」

 

 かなり面倒な人に気に入られたかもしれない、という感想は黙っておくことにした。

 慧音の口ぶりから考えるに、慧音と妹紅は知り合って間もないはずである。慧音は付き合いの長い人間には中性的な口調になることを知っていた。

 楓の説明を聞いた慧音は申し訳なさそうに眉根を下げ、楓に謝罪する。

 

「すまない。本来なら私から妹紅さんに話を持っていくべきだった。私の不手際でお前とあの人、二人がいらぬ戦闘をしていらぬ怪我をしたのなら、なんと言えばよいか……」

「あまり気に病まないでください。戦闘になったとは言いましたが、互いの私的な事情が合致したのが原因です」

 

 力を求めていた楓にとって実戦経験は手放したいものではなく。ストレスの溜まっていた妹紅にとって暴れられる機会は手放したいものではなかった。

 双方の利害は一致していたため、戦闘になったのである。本気で戦うのが嫌なら、対話で戦闘にすら持ち込ませないか、あるいは相手の技を見ようなどと考えず一撃で倒しに行く。

 

「それで怪我はしてないか?」

「少し焦げましたが、すでに治っています。ご安心を」

 

 本当は右手が炭化するぐらいに燃やされていたが、完治しているため問題はなかった。

 楓の半人半妖としての再生力は知っているのだろう。慧音が半信半疑といった顔で見てくるが、ここで真相を話して彼女を悲しませる理由もないため黙っておく。

 

「……お前の言葉を信じるとしよう。妹紅さんにも後で謝罪しておかないとな」

「でしたら私も同道させてください。あの人には会っておきたいので」

 

 ふむ? と慧音は不思議そうに首をかしげるが特に疑問を挟むことなく、了承してくれる。

 話も終わったので楓は早々に立ち上がる。これ以上長居しても疲れている慧音に無理をさせるだけだった。

 

「では私は失礼します。良い機会ですので、先生は一度ゆっくり休まれてはいかがです?」

「ありがとう。そうだな、私も今日ばかりはぐうの音も出ないほどに休むとしよう」

 

 疲労の色こそ濃いものの、慧音の顔色は明るい。この様子ならすぐに休んで良くなるだろう、と思った楓は安心して寺子屋を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 外に出て太陽の昇り具合から時間を調べるも、まだ阿求が起き出すには早い時間だった。

 どうしたものかと思案していると、横合いから椿が顔を寄せてくる。

 

『まだ時間あるし、一旦家で汗でも流したら? 行水じみたものじゃなくて、普通に湯浴みで』

「そうだな。母上にも報告がてら、家に戻るか……」

『そうした方がいいよ。私は君の匂い、嫌いじゃないけどね』

 

 楓の首筋に顔を寄せてにかりと笑う椿に、楓は嫌そうに顔をしかめた。誰だって人の匂いを嗅がれて良い気になる者はいない。

 火継の家に戻ると、離れの襖が開いて中から椛が出てくるのが見えた。

 椛は楓を見つけてふわりと優しい笑みを浮かべる。

 

「母上」

「おかえりなさい、楓。その様子だと上手くいったみたいね」

「父上みたいに異変解決に同行、ってわけじゃないけど、まあ」

 

 照れたように頬をかきながら楓は椛にも次第を報告する。

 概ね楽しそうに聞いていた椛だが、妹紅と出会って襲われた件を話すと一気に同情的な目線に変わった。

 

「楓……」

「いや、襲われたのは確かだけどちゃんと倒して誤解も解いたから」

「そっちじゃなくて、その後よ」

「その後?」

「妹紅って人に嫌われた様子はなかったのでしょう?」

「うん」

 

 むしろ気に入ったような様子が見受けられた。

 そのことを素直に話すと椛は頭痛をこらえるように額を押さえてつぶやく。

 

「ああ……変なところで父親に似て……」

「待って。その言葉は聞き捨てならないんだけど」

 

 父親を全部知っているとは言えないが、あの人は確か名だたる大妖怪に妙に好かれていた記憶がある。ひょっとして今の自分はあれと同じとでも言うのだろうか。

 

「あの人ね。不思議と人妖両方に好かれたのよ。もちろん、ちゃんとあの人自身が選んだのもあるでしょうけど……向こうから寄ってきたのもあったわ」

「…………」

「だから、その……頑張ってね?」

 

 全力で言葉を選んだ様子がありありと伺える椛の台詞に、楓はどうにもならないんだなこれはと察してしまい、肩を落とすのであった。

 

「……まあいいや。後のことは後で考えよう。汗を流したいんだけど、お湯はある?」

「ああ、ちょうどよかった。私もさっき戻って湯浴みをしていたの。残り湯で良ければあるわよ」

「それでいいや。母上も夜通し?」

「妖怪だもの。あなたより体力はあるつもりよ?」

 

 そう言って笑う母の姿に楓も微笑み、ざっと湯を浴びていよいよ愛しい主のもとへ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 阿求が起き始める少し前に戻り、共に朝の挨拶と朝食を済ませた後、阿求は仕事用の机に筆と巻物を用意しながら側に控える従者に問いかける。

 

「さて、異変の詳しい内容は今度霊夢さんに聞くとして――お兄ちゃんの方では何かあった?」

「はい。草の根妖怪ネットワークというものを自称する妖怪と、原理は不明ですが不死身の人間と顔を合わせることとなりました」

「お兄ちゃんはお祖父ちゃんの子供なんだねえ……」

 

 たった一晩里の外で見張りをしていただけでこれである、とでも言うような阿求のしみじみとした視線に楓は顔をしかめることしかできなかった。

 言うまでもないが楓の父親も妙な縁があったというか、間が悪いというか、とにかく出歩けば妖怪やら厄介な人間やらに絡まれる傾向があった。閑話休題。

 

「……母上にも似たようなことを言われました」

「あはは、あの人もお祖父ちゃんと一緒にいて長いらしいからね。じゃあ、お話を聞かせてもらおうかしら」

「はい。まず草の根妖怪ネットワークとは――」

 

 楓は一晩の見張りで遭遇した妖怪と少女の話を知りうる限りで話していく。

 そして自分は今後も彼女らと継続して付き合うと思われるため、都度情報は報告すると阿求に話す。

 

「今泉影狼……は、まあそんな気にしないでもいいか。大して脅威度も高いわけじゃなさそうだし。でも、その藤原妹紅さん……は要注意ね」

「慧音先生の知り合いでもあるそうなので、接する機会自体は存在するかと。私も彼女が人里付近に来たら見ておくよう注意いたします」

「今のところはそのぐらいかしら。お兄ちゃんは大丈夫だった?」

「無論と言いたいところですが、藤原妹紅とは戦闘になってしまい、その際に多少の手傷を負わされました。すでに完治していますが」

 

 そういって右腕を軽く振る。全くもって未熟な話なのであまり言いたくなかったが、阿求に嘘を話す方が楓には耐えられなかった。

 すでに治っているというところまで聞いて、阿求は楓に僅かな罪悪感のこもった目線を向けてきた。

 

「……あの」

「謝る必要などございません。これはひとえに私の未熟が招いたもの。次があるならば、傷一つ負わずに戻って阿求様を安心させてみせましょう」

 

 それに、と楓はそこで一度言葉を切って、阿求に微笑みかける。

 

「謝罪よりは感謝の言葉をもらった方が、私は嬉しいです」

「…………」

 

 その言葉を聞いた阿求がかすかに目を細める。

 阿求ではない御阿礼の子がかつて聞いた言葉と似通ったそれに、懐かしい感情が蘇ったのだ。

 

 謝罪をするよりもただ一言、感謝の言葉をもらえるだけで良いのだと言い切って微笑んだ、阿求にとって唯一無二と言える祖父の姿を。

 まさか同じ言葉をかけられるとは思っていなかった。阿求は返事がないことに不思議そうな顔をする楓に小さく笑う。

 

「阿求様?」

「ううん、なんでもない。ただ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだなあって思っただけ」

「……はい。私は阿求様の従者であり、家族です」

 

 阿求の言葉を楓なりに解釈したのだろう。どこか稚気のある笑みを浮かべた楓は阿求に頭を垂れる。

 

「それでは阿求様――私めにお言葉を賜りたく存じます」

「……お兄ちゃんに何を言えば喜ぶのか、わからないなあ」

 

 言葉の意図をすぐに察した阿求はとぼけたように答える。これは彼なりの気遣いであり、阿求に気負う必要などないのだと教えようとしているのだ。

 だから彼の言葉は決まっていて――

 

 

 

「――ありがとう、と。そのお言葉が私にとって何よりの褒美です」

「――うん。使命を果たしてくれて。無事に帰ってきてくれて。私のお兄ちゃんになってくれて、ありがとう」

 

 

 

 阿求が改めて感謝の言葉を告げると楓は顔を上げて優しく、どこか彼の母親を思わせる暖かな笑みを形作る。

 その笑みを見ているとなんだか阿求も嬉しくなってしまい、小さくクスクスと笑ってしまう。

 

 そうして異変を解決した稗田の家には、しばしの間穏やかな笑い声が響くのであった。




楓の初異変は人里の外でもこたんに襲われて終わりました。特に異変に関わらないお話も結構あります。ガッツリ関わるやつもあります。

次からは異変が終わった後に改めてもこたんから話聞きに行ったり、永遠亭に行ったりあれやこれやしつつ、花映塚の話が始まる予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。