阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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三者三様の異変解決

 振り返ってみるとここ最近、異変の直前には決まって夢を見る。

 日頃より眠る時は深く眠り、目覚める時は一瞬で覚醒する術も会得しているため、夢を見ることなど滅多にないというのに。

 そしてその日の夢はこれまでのとは違い、稽古中のものではなく――楓の能力が判明した時の場面だった。

 

「お前は……」

 

 すでに楓の能力の実験体にした妖怪は滅ぼした。だが、楓にも父にも明るい顔はない。

 両者ともにわかっていたのだ。楓が持つ眼の危険性について。

 そのため父の声には初めて聞くと言っても過言ではない強い困惑が混ざり、常に即断即決の父に似つかわしくない迷いがあった。

 

「…………」

 

 楓は無言で父の言葉を待つ。これによって殺されるなら致し方なし、とも思っていたのだ。

 しかし、父の言葉は予想を裏切るものだった。

 

「……これより俺と共に稽古の際は能力の制御を重点的に行う。意図した時以外、暴発するなどということが起きないよう徹底的に制御を磨いてもらう」

「父上?」

「お前を殺せば面倒はなくなる、とでも俺が考えると思ったのだろう」

「…………違いますか?」

 

 首を横に振られた。楓はほうけた顔で父を見上げ、言葉の続きを待つ。

 

「否定はしない。お前のそれは、幻想郷の人間として考えるなら百害あって一利なしだ」

「…………」

「しかしだ。害を語るなら俺たちはもとよりそうだろう」

 

 今がたまたま良い方向に進んでいるだけで、時間と状況が違えば自分たちは平然と幻想郷へ牙をむく。

 言外にそう言ってのける父に、楓もまた同意の首肯を見せた。

 

「お前がこれから歩む道は俺以上の茨の道だ。その能力が発覚した時、あるいはお前は御阿礼の子にすら否定されるかもしれん」

「――それをあの方が望むなら受け入れる。違いますか」

 

 むしろ喜ぶべきだろう。御阿礼の子が自分の存在を否定する――それはすなわち、自分の死が主にとって益となることの証左である。

 そう答えると父は口元をわずかに曲げる。笑みの形を作ったのかもしれないが、父の笑顔というものを見たことがない楓には判断のつかないものだった。

 

「違わない。これは俺の言葉選びが悪かった。――お前の存在が御阿礼の子を悲しませるやもしれぬ」

「それは……消えた方が良い」

「そうだ。お前を殺すというのは幻想郷の火種を一つ消すと同時、あの方の悲しみの芽を摘むことにもつながる」

「ならば――」

「だが、殺さない」

 

 そう言って父は自分の頭に手を乗せる。時々、稽古で楓が目覚ましい動きをした時などにやってくれるものと同種だった。

 

「お前は紛うことなき失敗作だ。生かすことは必ずや大きな問題になり、あるいは御阿礼の子の悲しみにも繋がりかねない」

「…………」

 

 この言葉の続きを楓は知っている。なにせ夢なのだ。これはかつて、彼自身が体験した記憶の追想に過ぎない。

 だが、その続きを聞く前に楓の意識は急激な浮上を見せ、視界が白く溶けていく。

 

「それでもお前なら――」

 

 

 

 身体を起こす。障子越しに見える外はまだ暗く、日も昇らない時間帯。

 妙な胸騒ぎを覚えながらも楓は己の手を見つめ、誰にでもなく口を開く。

 

「……俺は父上の言葉通りに生きられているだろうか」

 

 今なお楓の能力は全てを見せる時には至っていない。しかし、時が来れば自分は躊躇なくこれを使うということもわかっている。

 阿礼狂いである己は御阿礼の子の危険と侮辱、不利益を見過ごせない。それが起こった場合、楓は全能力を下手人の排除に向け、後先を考える余力など消失する。

 

「……その時が来ないよう願って動いてきたが」

 

 だからこそ味方を増やすことに腐心した。味方にできずとも、最低限敵になることだけは避けるよう動いてきた。

 無論、人と話すのは半ば楓の趣味も混ざっているので、全部が全部打算ではない。とはいえ多少の打算が混ざっていることも否定はしないが。

 

「…………剣を振るか」

 

 先のことを考えても仕方がない。消えない胸騒ぎを忘れるためにも、身体を動かした方がいくらか建設的である。

 そう考えて身を起こし、稽古着に着替えて外に出る。

 すると少々予想外の人物が先に剣を振るっていたため、庭先の方へ足を運ぶ。

 

「――天子」

「っ! か、楓?」

 

 楓が声をかけると剣の主である天子が肩を震わせる。

 

「精が出るな。見たところ剣の練習のようだが」

「……あー、もう。あなたに隠れて稽古なんて無謀ね」

「今日のはたまたまだ。少し早く目が覚めてな」

 

 言いながら楓は自分の木刀を持ち、天子の前に立つ。

 

「相手がいた方が俺も気楽だ。必要なら剣術の指南もするぞ」

「だったらお願いするわ。私だって伊達に独りで剣を覚えたわけじゃないっての!」

「それは誇るべきことなのか……?」

 

 深く考えると悲しみを覚えそうな天子のかつての稽古環境はさておき、楓は木刀を構える。

 

「では始めよう。お前は緋想の剣で良い」

「上等よ。その澄ました顔を吠え面に変えてやるわ!」

 

 言い切ると同時、鋭い踏み込みで天子が楓の懐に潜り込む。

 振り上げられる緋想の剣に対し、楓は天子の手首を握ることでそれを防ぐ。

 

「てぇいっ!」

「おっと」

 

 腕の斬撃が防がれた瞬間、天子は左足を振りかぶって楓の側頭部めがけた蹴りを放っている。

 道場剣術から一転した喧嘩剣術にも近いそれを、楓は屈んで回避し反撃を放つ。

 

「はっ!」

「ととっ!」

 

 左足を振り抜いたため、天子は楓に背中を見せていた。そこを容赦なく狙って木刀で叩くものの、天子はまるで応えた様子を見せず反撃の横薙ぎが迫る。

 

「天人の頑丈さ舐めるんじゃないっての!」

「仕方がない」

 

 後ろに跳んで天子の攻撃を避け、そのままの姿勢で片手での突きを頭部に放つ。

 踏み込みもなく、両手での攻撃でもない。受けたところで痛痒すら覚えないと判断した天子はその攻撃を受けるままにして――膝から崩れ落ちる。

 

「あ、あら?」

「自分の打たれ強さを信じ過ぎだ。痛手を与えずに無力化する方法などいくらでもある」

「む、でもこの程度……っ!」

 

 木刀を肩に担ぎ、戦意も消した楓に苛立ったのか地面に手をついて起き上がろうとするが、まるで腕に力が入らない。

 

「なに、したのよ……っ!」

「頭を揺らして脳に振動を与えた。以前、再生しない程度の攻撃方法を教わってな。こういった形で存外、重宝している」

「こ、の……なんで言うこと聞かないのよこの手足は!」

「そうなるように叩いた。俺みたいな芸当ができる輩は稀だろうが、こういうこともあるから攻撃は全て避けた方が良い」

 

 多少の傷を物ともしない頑丈さは、並の妖怪と比して再生力や肉体の強度で劣る楓にとって多少羨ましくもあるが、戦闘において相手の攻撃など受けないに越したことはない。

 

「天人のお前ならすぐ治るだろうから、今は話を聞くだけ聞いておけ。これからも俺と剣の稽古をするなら、剣での防ぎ方と避け方を覚えることを勧める」

「変に受けたら負けるから、よね……全く、正面から叩き潰すのが私のやり方だってのに」

「それ自体を否定はすまい。だが、まともに戦っても勝てない相手に正面から挑むのは勇敢な行いではなく無謀な玉砕だ」

「あーもう、わかってるわよ! ったく、天人が特別じゃないなんて不遜にも程があるわね幻想郷ってやつは!」

「人も妖怪も神も天人も、全部同じ場所にいる。言葉を交わせる。手を伸ばせる。――だから面白いんだ」

 

 もう立てるだろうと天子に手を伸ばす。

 今の言葉は楓の本心だった。異変に関わり、多くの知り合いができていくのも楽しんでいた。いや、出合い頭に殺しにかかってくるのや、何かとこちらを値踏みするように見てくるのは勘弁してほしいが。

 

「では続きを始めるか。次からは避けるようにしろ」

「わかってるわよ。じゃあ――行くわよっ!」

 

 緋想の剣を避け、彼らの稽古は再び始まっていくのであった。

 

 

 

 そうしてお互いの剣戟を日が見えてくる頃まで続けた辺りで、稽古は一旦終了となる。

 肩で荒い息を吐きながら天子は己を見下ろしている、呼吸に乱れのない楓を憎々しげに見上げた。

 

「腹立たしい差ね、本当に。指一本届かないなんて……!」

「そんなすぐ追いつかれては俺の立つ瀬がない。俺だって幼い頃から剣を振っていたんだ」

「少なくとも百年以上は剣を振っていたのだけれどね。これが才能かしら」

「……だとしたらそれは父上の才覚だろう。俺の剣は父上より教わったものだ」

 

 順調に彼の技を身に着けている自覚はあるが、言い換えれば今なお彼以上の実力に届いていないということでもある。

 己の未熟を恥じ入るように己の手を見る楓に、天子はふと思ったことを聞いてみようと口を開く。

 

「あんたの剣って父親から習ったの?」

「そうだが……いや、言ってなかったか。戦闘のイロハについては全て父上から教わった」

 

 攻撃を受けない立ち回り、相手の攻撃全てを読み切る観察眼、二刀を振るった妖怪退治、そして天狗や鬼といった強大な妖怪を相手にする際の考え方などなど。

 母からも教わっている部分はあるにせよ、楓の戦い方の基礎となる部分は全て父から授けられたものになる。

 その辺りのことを話すと、天子はなんとも言えない顔で楓を見た。

 

「……なかなか凄まじい人間ね。もう死んでいるんだったか」

「少し前にな。俺は今もあの人の影を追いかけているようなものだ」

「まだ勝てない?」

「……二刀を抜かせることくらいはできるだろうが、勝てる気はしないな」

 

 これでも飛躍的な進歩である。父が生きていた頃は楓が二刀、父が一刀で手も足も出なかったのだ。

 ふぅんと天子はうなずき、次いで思ったことを聞いてみる。

 

「で、どんな人だったの? 力量の強弱じゃなくて、人間としては」

「……厳格な人、という印象が強かったな。敵に容赦なく、身内にも寛容だが、甘くなることはそうなかった」

 

 しかし、多くの人妖に慕われてもいた。誰も彼も見捨てることだけはしなかったのが理由にあるだろうと楓も理解していた。

 

「ただ、自分の感情を表に出す姿は見たことがないな。母上ならまた別かもしれんが」

「あんたでも?」

「全く記憶にない」

 

 いつも理路整然と楓に物事を教えている姿しか思い浮かばない。

 戦い方に関しては実現できるのかと思えるようなことまで大真面目な顔で言って正気を疑ったものだが、後々できるようになったので正しかったのだと今にして思う。

 

「尊敬はしていた。だが好悪という意味では……どうなんだろうな。答えが出ない」

「それで良いでしょ。でもなんとなくあんたの原点も理解できたわ」

 

 聞きたいことは聞いたのだろう。息を整えた天子が立ち上がり、身体を伸ばす。

 

「朝ごはん食べて、今日も一日頑張るとしましょ。それで――」

「む」

「あら?」

 

 最初に異変に気づいたのは楓だった。千里眼で見ていたが故に反応が早かったのだろう。

 次いで天子が楓の表情に気づいて視線を上に向ける。それで二人は同じものを見る。

 すなわち――博麗神社近くで天高く間欠泉が吹き上げる光景を。

 

 

 

 

 

「うはーっ! 地面から空に水が昇ってる! これが間欠泉ってやつ? 初めて見たわ!」

 

 博麗神社に住まう少女、博麗霊夢は水が天を衝き上げる光景を興奮して見上げる。

 キラキラと水の端から虹がかかる姿がなんとも言えず幻想的で美しい。

 霊夢のもとにまで飛んでくる水滴もどこか心地よく暖かで――

 

「暖かい……いや、そうよ、暖かいのは当然よ、間欠泉ってお湯が吹き上がる現象だし……お湯が吹き上がる!?」

 

 霊夢の脳裏に電流が走る。これは間違いなく温泉であるのだから――ここで博麗印の温泉を作ればまさしく独占事業ではないだろうか?

 折よく今、博麗神社には先日から居候している伊吹萃香がいる。彼女に脅迫もといお願いをして温泉施設を作ってもらい、更に賽銭箱も設置すれば賽銭も信仰もガッポガポ入るはず。

 ただでさえ守矢神社が台頭しつつあり、表には出さずとも仄かに危機感を覚えていた霊夢にとってまさに渡りに船。これを利用せずして何を利用すれば良いのか。

 

 ……口うるさい兄貴分が聞いていたら日々地道に布教活動を行えと小言を言ってくるだろうが、文字通り降って湧いた幸運を利用するなと言うほど狭量でもない。

 むしろ彼も機に敏い方だ。霊夢が温泉を作ると言えば、温泉周りの商品を人里で用意させろと一枚噛んでくるはず。うむ、誰も損をしない素晴らしいアイデアではないか。

 霊夢はこれから先のバラ色の未来を思い、うへへとだらしない笑顔を浮かべながら萃香を呼ぶ。

 

「ちょっとちょっと萃香、こっち来なさい!」

「んぁー? 昨日しこたま呑んで二日酔いだからもうちょい声を小さく……」

「良いから来なさいっての! ほら間欠泉よ間欠泉!!」

 

 のそのそと気怠げに出てきた萃香に間欠泉の光景を見せると、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。

 

「あー……こんな場所に間欠泉? 出るような原因は……あ」

「なに、心当たりでもあるの?」

「まあね。てか、霊夢は不思議に思わなかったの? いきなり間欠泉が出たことに」

「全く。日々清廉実直に過ごしてきた私へ神さまからのご褒美じゃない?」

「え、笑っていいの? 腹抱えて大爆笑するけどいったぁ!?」

「ぶん殴るわよ」

「陰陽玉は……痛い……」

 

 陰陽玉が萃香のみぞおち目指して恐ろしい精度で飛んできたので、痛みに悶えながら萃香は口を開く。

 

「いてて……話を戻すけど、あれ多分地底からのお湯だよ」

「地底?」

「そう、聞いたことない? 地上を追いやられた鬼とか地上で生きるには危険過ぎると判断された妖怪が幻想郷の地底――昔は地獄のあった場所で暮らしているって」

「……爺さんが地底から地上に出てきた鬼を退治した話なら知ってる」

「そうだね。その後、鬼が帰った場所は?」

「地底。確か、妖怪の山にある大穴から行ける場所」

「そういうこと。さてここで問題だ。――あの間欠泉、出てるのは水だけだと思う?」

 

 ハッとした霊夢が間欠泉を見上げて目を凝らすと、確かに水以外の何かが出ていることが読み取れた。

 

「あれは……霊体か。地上では見ない霊だけど」

「基本、地底にいる奴らは大体、地上の人間にとって悪性の類と思って良いよ。いわば地底の悪霊だ」

「悪霊」

「まあ放っておいて良いんじゃない? 博麗の巫女が動き出すのは被害が出てからでも遅くはないでしょ」

「んー……」

 

 萃香の言うことにも一理ある。博麗の巫女の役目は人妖の調停であり、天秤である。すなわちどちらかに揺れる時まで動く必要はない。天秤は片方に傾いた時だけ動けば良いのだ。

 

「……まあせっつかれたら動きましょうか。ああいやだいやだ、楓のバカ真面目が私にも伝染っちゃったかしら」

「そうそう、霊夢は自堕落に酒呑んでる姿が似合うって危なっ!?」

「美少女は動かないぐらいが丁度いいのよ」

 

 美少女は問答無用の蹴りを飛ばしてきたりしないと思う萃香だが、それを言ったら今度は博麗アミュレットが飛んできそうなので黙ることにした。

 

「すぐ動く必要もなさそうだし、丁度いいわ。萃香、ちょっとあんたこの近くに温泉を建てるから手伝って――」

「ああ、お待ちなさいな」

 

 その声は霊夢のものでも、萃香のものでもない。どこか妖艶で、心を許してはならない怪しさを孕んだもの。

 声の主に覚えのある霊夢と萃香は全く同時に顔を嫌そうなものに変える。

 

「うげ、紫」

「うげ、とは失礼ね。人をバケモノでも見るように」

「バケモノだと思ってるわけじゃないわ。ただ面倒くさい奴が来たと思っただけよ」

「まあ悲しい。手塩にかけて育てた巫女に嫌われてしまうなんて」

 

 仕草だけのこれっぽっちも信用できない泣き真似をする紫に、霊夢は呆れた顔を隠さない。

 

「あんたに育てられた覚えもないわ。で、何の用?」

「今回の間欠泉についてですわ。あれの調査を依頼したく」

「あんたが行けば良いじゃない。私は実害が出ない限り動く気はないわよ」

「地上の妖怪が無闇に地底に干渉するのは避けたいのです。一度地上に侵攻してきた鬼は別として、他の妖怪を刺激するのは避けたい」

「それ、そっちの事情でしょう。妖怪側の事情で博麗の巫女を動かすわけ?」

「……どのような結果になれど、温泉施設の作成には私も力を貸す。これで等価交換にならない?」

 

 どうしたものかと霊夢は腕を組む。博麗の巫女として考えるなら断っても良い。何か起きない限り人妖どちらにも不干渉。それが調停者の役割でもある。

 しかし、間欠泉と一緒に地霊も飛び出してきているのも事実。間欠泉の発生といい、すでに異変とみなしても良い異常事態と言える。

 

「うーん、後ひと押し」

「楓は凄まじい形相でこちらに向かってますね。ああ、地霊は人里にも向かってるわ」

「今すぐ準備して行ってきます!」

 

 動きが早い。ここでのんきにしていたらどんな小言が来るかわかったものではない。

 変に霊夢の仕業だと思われたら襲いかかられる可能性だってある。身の潔白を証明するためにも動くしかなかった。

 慌てて部屋に戻り支度を整えに行く霊夢を見送り、紫は萃香を見る。

 

「あなたも協力する? 私たちと遠くからでも話せるよう霊夢の陰陽玉に術を仕込む予定だけど」

「へえ、そいつは面白い。どうせなら視界もつなげてくれよ。霊夢もそうだけど、楓も多分動くだろ?」

「……どっちかが勇儀と会わないかって期待していない?」

「そりゃ期待するさ。個人的には楓と会ってほしいけどね。今のあいつなら勇儀も喜ぶと思うよ」

「その喜びは彼にとって良いものではないでしょうね……」

 

 ロクでもない輩に好かれることだけは父親以上かもしれない、と思いながら紫はそっと楓の幸運を祈るのであった。

 

 

 

 

 

 博麗神社近くの間欠泉は、魔法の森に暮らす魔理沙には確認できなかった。

 

「魔理沙、異変よ」

「へぁ?」

 

 だが、魔法具を用意したアリスが魔理沙の家に来たことで状況を把握することに成功する。

 魔理沙は魔導書ばかり読んでいて上手く回らない頭で、妙に準備万端なアリスを気怠げに見た。

 

「異変……異変か……」

「そう。魔理沙は解決に向かうべきよ。楓と霊夢はもう動いているわ」

「…………そっか」

 

 あの二人が動いて自分の出番などどこにあるのか、という後ろ向きな発想がよぎるが、頭を振って忘れてしまう。

 

「なあ、アリス、私は――」

「聞かない」

「はあ?」

「どうせ後ろ向きな言葉しか出てこないでしょ。あれこれ考えるぐらいなら身体を動かしてきなさい。足踏みしていたらそれこそ追いつけるものも追いつけないわよ」

「お、おう……」

 

 畳み掛ける言葉に何も返せず相槌を打つ魔理沙にアリスは上海人形を持たせる。

 

「はい、これでいつでも私と話せるわ。さ、行きなさい」

「は、アリスは来ないのか?」

「地底は色々と事情があって妖怪が行きにくいのよ。楓は……まあ、ギリギリセーフと言ったところかしら」

 

 そうなのかとアリスの語る事情を話半分に聞いておく。

 そして多少は湧き出てきた気力で身体に鞭打って、魔理沙はミニ八卦炉を手にする。

 

「……確かに、アリスの言う通りだな。悩むのは良いが、それで機会を逃したら本末転倒だ」

「やっと少し調子が出てきたわね。あなたがおかしいとこっちの調子も狂うのよ」

「へいへい。アリス様の優しさには涙がちょちょぎれますよっと。じゃあ――行くか!!」

 

 異変があればそこに出向く。そこには間違いなく弾幕ごっこができる環境があって、実戦をくぐり抜けることで魔理沙の弾幕はより美しく、力強くなるのだ。

 これまでよりほんの僅か、吹っ切った笑みを浮かべて魔理沙は己を先導する上海人形について空を舞うのであった。

 

 

 

 

 

「ねえ、私も一緒に来て良いの?」

「先生に頼んで人里は隠した。衣玖にも念のため頼んである。阿求様にもお伺いは立てた」

 

 その頃、楓は天子と共に地底へ向かっていた。

 地霊は人里にも向かっていた。悪質なものであることは天子のお墨付きであったため、何もしてこなくとも対策を取る必要があったのだ。

 そのため人里に近づきすぎた地霊を楓と天子で一掃し、安全を確保した後で慧音に人里を隠してもらう。

 こうすることで地霊が人里を見失うのを確認したため、改めて原因の調査に赴いている次第である。

 

「俺が今まで積極的に異変解決に動かなかったのは、純粋に手が足りなかったというのが大きい。俺を除いたら母上と先生ぐらいだ」

「自分が離れている間に万が一が起こったら目も当てられないと」

「なまじ視界が広いのも考えものだ」

 

 最悪の場合、楓は見えていながら何もできないという状況に陥りかねない。

 そんな未来は楓も嫌だったので、これまでは極力動かないか、人里の安全をある程度確保してから動いていたのだ。

 ……巻き込まれて動かざるを得ない場合もあったが、そこは除外しておく。

 

「なるほど。相方に私を選んでもらえたのは光栄と言うべきかしら」

「どうだろうな。……正直なところ、地底は俺もよくわかっていない。千里眼でも見えていなかった場所だ」

「見えなかったの?」

「純粋に光源が少なすぎた。夜目が常人より利くとしても限度がある」

 

 鬼や地底の妖怪が暮らす場所は相応に灯りもあるのだろうが、そこまでの大穴を見通すことができなかった。これだけでも地底まで相当な距離があることが伺える。

 

「鬼が出るか蛇が出るか……いや鬼は確実に出るが、そういう場所だ。鬼相手だと俺も一人では手に余る」

 

 伊吹萃香もそうだが、仮に彼女と同格ないし上回るような鬼が敵として現れた場合、楓だけではどうしようもない状況も想定できる。

 妖怪へ特効となる霊力が扱えないので再生力、頑健さで図抜けている妖怪を倒し切る術がないのだ。どうにかしなければとは思っているが、そうそう霊力に代わる力など見つかるものでもない。そんなものがあったら他の妖怪がとっくに使っている。

 

「見ていたから知ってるわ。なるほどなるほど――その選択、慧眼であったと己を褒めるが良いわ!」

 

 楓が事情を話すと、楓と萃香の戦いを見ていた天子は合点がいったと尊大な笑顔を形作る。

 

「そうなることを祈ろう。さて、俺たちが一番乗りか――さっさと終わらせるぞ、天子」

「背中は任せてもらおうじゃないの! 全く、地上に降りるだけでこんなに波乱万丈な冒険が始まるなんて、もっと早く地上に降臨するべきだったわね!!」

 

 

 

 

 

 かくして、三者三様の理由を持ち、各々が地底へと赴いていく。

 その先に何が待ち受けるのか、知っている者は誰もいない――




ということで次回から地霊殿攻略開始です。この異変のラスボスが誰になるか? 多分予想付く人は付くと思います()

次回からは釣瓶落としが出たり橋姫が出たりする予定です。

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