阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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レイマリ、良いよね……。


霊夢と魔理沙

「あ、あああああぁぁぁっ!!」

「――っと!」

 

 およそ正気を失って放たれる、ある種メルヘンチックな星の弾幕を霊夢は距離をとって隙間をくぐり抜ける。

 弾幕を回避しながら霊夢もまた陰陽玉から退魔針を飛ばして反撃を試みるが、魔理沙もほうきを巧みに操りそれを避ける。

 

『あなたと同時期に異変解決に参戦している、というのは伊達ではないわね。スペルカードルールの枠内において、彼女以上を探したら霊夢以外にいないでしょう』

『んむ、可愛らしくも勇ましい星の弾幕や魔法瓶でひるませたところにミニ八卦炉からの大技。単発の威力に限って言えば風見幽香のそれにも劣らない。全く大したもんだ』

「のんきに実況してないで援護しなさいよあんたら!!」

 

 まだ様子見の段階なのだろう。魔理沙の放ってくる弾幕はどれも散発的で、大きく距離を取るなり退魔針で撃ち落とすなり対処は容易だ。

 しかし霊夢の思考に油断はない。これは間違いなく、自分に探りを入れているとわかっていた。

 

 魔理沙から見て、霊夢の使っている陰陽玉の性能は未知のものだ。陰陽玉自体は見慣れたものであるものの、放たれる弾幕、性能が明らかに違う。

 紫と萃香が術を介して操作しているのだから当然と言えば当然だが、魔理沙にその情報はない。故に観察し、脅威を割り出している。

 弾幕ごっこにおいて強い者は、自分の強みを相手に押し付けることができるだけでなく、相手の強みをいなすことも必要になる。

 美しい弾幕を放ち、また放たれる弾幕を被弾することなく華麗に回避する。これこそが弾幕ごっこの本質である。閑話休題。

 

(魔理沙に時間は与えたくない。放っておいたらどう考えても限界の向こう側までぶっちぎる。そうなる前に説得か倒すか選ぶ必要がある)

 

 霊夢は一瞬だけ目を閉じ、思考に集中する。

 己の裡で勘による最適解と、自分のやりたいことの二つが浮かび上がる。

 勘に従えばまず間違いはない。少なくとも自分に限って言えば八方丸く収まる答えだ。

 

(問答無用でぶっとばせ。――論外! 私は魔理沙の心をへし折りたいわけじゃない!!)

 

 

 

 ――これまでの人生で己の勘の意味は重々理解の上、霊夢はその答えを棄却した。

 

 

 

 異変解決が自分だけであれば、その手段もやむを得なかっただろう。だが今回は楓たちが先行している。緋想天の異変も見事解決した彼がいれば、自分がここで倒れてもなんだかんだ丸く収めてくれるはず。

 なので霊夢はこれまで通り(・・・・・・)勘を無視した結論を出した。

 

「紫、萃香、これから魔理沙を説得するから協力しなさい」

『んー、倒さないの?』

「魔理沙と上下を決めたくない」

 

 これまでもこれからも、魔理沙とは弾幕ごっこの好敵手でいたかった。

 だからこの場において霊夢は博麗の巫女ではなく、ただの博麗霊夢として魔理沙と相対する決心を固める。

 

『実力差は厳然として存在するのに?』

「心意気の問題よ。もう決めたから、紫が何を言ったって無駄よ」

 

 迷いのない霊夢の言葉に対し、ため息と押し殺した笑いが陰陽玉から聞こえてくる。片方は紫で片方は萃香だろう。

 

『くくくっ。いいよ、乗った。異変時のお前さんはもっと超然としていると思っていたが、こりゃ私が見誤っていた。その答えは実に私好みだ!』

『どこでこんな巫女に育ったのやら……。まあ、楓もいるのだし任せても良いでしょう。但し、ここで後顧の憂いは断ち切りなさいな。次、同じことがあったら私が直々に彼女の心を折りましょう』

 

 萃香からの快諾。紫からの渋々とした承諾を受け取り、霊夢は再び地底の空を飛翔する。

 魔理沙の弾幕も徐々に激しさが増してくる。

 徐々に加速して迫るマジックミサイルに、誘導性能も速度も大して早くはないが、とにかく数が多く霊夢の空間を奪ってくる星型の弾幕の連射。

 

「っと! 私に当てるだけじゃなくて逃げ場を潰しにも来てるわね!」

 

 こんな時でも魔理沙の弾幕の力強さ、美しさは変わらない。いいや、紅霧異変以来、彼女と弾幕ごっこの遊びを始めた時から何一つとして変わっていなかった。

 いつだって彼女は霊夢との勝負に対して手抜きはしなかった。こうして考えてみればみるほど、今の彼女とかつての彼女に違いはほとんどない。

 唯一つあるとすれば、今の弾幕には殺傷力という意味での手加減が抜けており、うかつに被弾などしようものなら容赦なく霊夢の命を刈り取るものということか。

 

「ま、そんぐらい妖怪連中は当たり前なんだし、今さらビビるようなもんじゃないわよ!!」

 

 弾幕の隙間を縫い、当たりさえしないなら皮一枚かすめようと気にせず前に進む。

 途中、紫の陰陽玉と萃香の陰陽玉を切り替えて種類の違う弾幕を放つことで撹乱も狙うが、魔理沙は大きく迂回して軽々と避けていく。

 

(避けるのは想定内。ならこれは――?)

 

 魔理沙が腕を振り、マジックミサイルを放とうとした瞬間を狙い澄ました退魔針を飛ばす。弾幕を撃つことはできるが、確実に被弾する状況。

 通常ならば弾幕を撃つことをやめ、回避に徹する状況だ。霊夢ならそうするし、先が少しでも見えていれば誰だって行うはず。

 

「落ちろぉぉぉぉぉ!!」

「……っ! 避けないか!」

 

 しかし魔理沙は腕を退魔針がかすめるのも構わずマジックミサイルを放ってくる。

 これが乾坤一擲のスペルカードならわからないでもないが、単なる通常弾幕で背負うようなリスクではない。

 今の彼女はたとえ刺し違える形になろうと、自分に一矢報いることができれば構わないという思考なのだ、と霊夢は結論づける。

 

 となると取れる手段は限られる。のんびり普段と同じ弾幕ごっこに付き合ったら確実に彼女は自分の限界を無視して魔法を行使し、よしんば勝ったとしても魔理沙の肉体が無事とは言えなくなる。魔力が欠乏した場合の症状に霊夢は明るくないが、良いものではないだろう。

 ならば短期決戦。嫉妬に駆られた状態――つまり冷静さを著しく欠いている彼女なら簡単な挑発に乗ってくるだろう。最大火力を撃たせ、それを防いだ上でケリをつける。

 

 概ね方針が固まったので紫と萃香に概要を話すと、紫の咎める声が陰陽玉から響いてきた。

 

「――って形で倒そうと思うんだけど、どう?」

『どう? ではありませんわ。あなた、自分が何を言っているのかわかっていて?』

「わかってるわよ。火力で私は魔理沙に敵わない」

 

 弾幕はパワーだと常日頃から言っている彼女の火力は、霊夢にとって逆立ちしても及ばないもの。どちらかと言えば霊夢は幽玄かつとらえどころのない、文字通り幻想的な弾幕が特徴なのだ。

 

「アイデアはあるのよ。上手くいけばほとんど無傷で勝てるわ」

『……失敗したら?』

「……楓が頑張ってる間に次の巫女を探して頂戴!!」

『それ失敗したら死ぬと言ってますわよねえ!?』

 

 紫の悲鳴は無視して霊夢が口を開く。ちなみに紫が話していない方の陰陽玉からはずっとゲラゲラという笑い声だけが届いていた。

 

「魔理沙ぁ!!」

「あぁ!?」

 

 霊夢が動きを止めて怒鳴りつけると、魔理沙も弾幕を撃つ手を止める。

 やはりというべきか、魔理沙が勝ちたいのはあくまで弾幕ごっこに乗っている霊夢であって、動きを止めた彼女を落とすのは本意ではないのだろう。

 

「こんなチマチマしたやり取りなんてまだるっこしくて仕方ないわ! 仮にこれで私が負けたとしてもあんたが納得しないでしょう!!」

「だからどうしたんだよ! 私は、お前に勝てればそれで……!」

「――だったら楓もいる後ろでマスタースパークなんて撃たないわよ」

 

 千里眼を持つ楓が側にいるのだ。ほぼどんな不意打ちも彼がいる限り無力化されるも同然である。

 彼と初対面の相手なら千里眼を知らず、無駄に終わる不意打ちをする可能性もあった。

 だが楓、霊夢、魔理沙は幼馴染だ。楓が千里眼を持っていることも、彼がその使い方に気を使いつつも、便利に使い倒していることも知っていて当然である。

 

「っ!」

「わかってるでしょう。楓がいるんだから、不意打ちなんて無駄。それでも撃たずにはいられなかった」

「…………」

 

 嫉妬に燃える緑の瞳を爛々と輝かせ、それでも魔理沙は霊夢に先を促した。

 

「――勝ちたい。私、博麗霊夢に弾幕ごっこの土俵で勝ちたい。それがあんたの願い」

「……ああそうだよ!! ずっとずっと、私の上を飛び続けるお前が羨ましかった!! 追いかけても追いかけても涼しい顔でお前は私の上を行く!!」

 

 叩きつけられる叫びに霊夢は一瞬だけ顔を歪める。彼女の願いには気づいていたものの、当事者である自分が声をかけるわけにもいかず放置した結果がこれだ。

 楓なら勝手にこじらせた魔理沙が悪いと心底から思って言い放つが、霊夢は違う。人の心というものを表面上だけなぞっているだけとしか思えない彼を反面教師にしているところがあるので、同じ感想を持ちたくなかった。

 

「だったら全力で来なさい! あんたの得意な! あんたのスペルカードで!! 私を打ち破ってみせなさい! 私は逃げも隠れもしない!!」

「……っ、言ったな霊夢!!」

 

 小手調べなど不要。互いの必殺に全てを託し、ただぶつけるのみ。

 魔理沙がミニ八卦炉を霊夢に向け、そこに魔法に関して素人の霊夢ですらわかる高密度の魔力が凝集されていく。

 対し霊夢も己が霊力を高め、自身が最強であると信じている技の用意を整える。

 

(ぶっつけ本番だし失敗したら私か魔理沙が死ぬ! でも成功したら私の総取り!)

 

「――来なさいっ! 楽園の素敵な巫女に勝てる一撃で!!」

「恋符――マスタースパーク!!」

 

 霊夢に迫る極太の極光。避けるには予兆を見抜き、先んじて動いて狙いの中心からズレなければ不可能な大技であり、魔理沙の十八番。

 これより威力のあるスペルカードはある。これより使いやすいスペルカードもある。だが、最後に彼女が選んだのは最も己を象徴するスペルカード。

 

 もう避けられない。これからどんな弾幕を撃ったとしてもマスタースパークを相殺するには至らない。殺してはならぬという手加減など、嫉妬に狂った魔理沙には脳裏をよぎりもしていないだろう。

 霊夢は自らを殺すであろう光線を正面から見据え、臆することなく飛び込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 飛行する程度の魔力を残し、魔理沙は肩で息をしながら正面を見据える。

 眼下には今なお力強く輝く自身の放ったマスタースパークが残っていた。込めた魔力が大きかったため、主の手を離れても少しの間残っているのだ。

 霊夢が回避行動を取っていなかったのはかろうじて見えている。そこから先はマスタースパークの光で何も見えなかったが、結末は決まっているだろう。

 頬を滴る汗もそのままに魔理沙の顔に力ない笑みが浮かぶ。

 

「へ、へへ、へへへ……」

 

 霊夢に隠し玉があったかなどどうでも良い。魔理沙が信を置くマスタースパークはそういった小賢しい策を全てぶち抜く。死ねば全てご破産だ。

 勝った。自分は確かに霊夢に勝ったのだ。

 

 

 

 ――霊夢を殺した?

 

 

 

「は、ははは……は?」

 

 思考が急速に冷え、顔面が蒼白に染まる。魔理沙には見えないが、目から緑の輝きが――人の嫉妬を煽る緑光が消え去り、正気が魔理沙の脳に絶望的な事実を叩きつける。

 すなわち、自分は制御できない感情に振り回された挙げ句、最高の親友を――博麗霊夢を殺してしまったのだという事実を。

 

「あ、あぁ、あぁ……! お、おいアリス! アリス! いるんだろ!?」

『……やっと声が届くようになったの』

 

 咄嗟に呼んだのは自分を地底へとけしかけたアリスだった。

 しかし、自分の横を漂う上海人形から聞こえてきたアリスの声は疲れ果てたものであり、彼女はずっと自分に制止を呼びかけていたことも思い出す。

 そもそも嫉妬に狂ったとはいえ、殺意を向けたのは魔理沙の意思である。意地の悪いことにここで操られて起きた出来事は、全て本人が自分の意志で行った自覚と記憶があるのだ。

 

「大変だ! 霊夢が、霊夢がマスタースパークに!」

『見えていたわ。霊夢が避けなかったこともわかっている。……霊夢の飛行速度だとあそこから避けるのはどうやっても……』

「やめろ! 霊夢ならなんとかする! そうだろ!?」

『…………』

 

 錯乱している魔理沙になんて声をかけたものか、迷うアリスの吐息が聞こえてくる。

 だが、それが何よりの答えである。聡明で冷静なアリスが言葉に迷っているのだ。生きている確信があるならこんな迷い方はしない。

 魔理沙は目の前が暗くなる、という比喩が実在することを自分の身で知った。彼女に劣等感を持ってなかったといえば嘘になるが、殺したいはずがなかった。

 

「……ああ、そうか」

『魔理沙?』

「楓に話せば良いんだ。あいつなら、私を裁いてくれる……!」

 

 そして自身の絶望に呑み込まれた彼女は楓にありのままを告げることを選ぶ。博麗の巫女を殺したのだ。人里の守護者として下手人を見逃すことはできないだろう。彼に告げれば自分は殺してもらえる。

 アリスの声ももう届かない。魔理沙はマスタースパークの光が消えるのも待たず動き出そうとして――

 

 

 

「――あら、勝ちを確信するのは少し早いんじゃない?」

 

 

 

 マスタースパークの光を正面から抜けてきた霊夢に、その道を遮られる。

 

「は? れ、霊夢? 幻じゃなく?」

「幻じゃなく私よ。で、今回の勝負も私の勝ちね」

 

 ぎょっとして動きを止めた魔理沙に、霊夢は勝ち誇った顔で勝利を宣言し、その通りに陰陽玉からの弾幕を放つ。

 嫉妬に狂い、絶望に打ちひしがれ、そして霊夢の生存に驚愕し、極端な感情の振れ幅に支配された魔理沙の身体は回避行動も取れず、弾幕に呑み込まれていくのであった。

 

 

 

 

 

「なんだよあれ、ズルだろズル」

「残念。あれがぶっつけ本番だったのよ。最初の行いにズルも正しいもないわ」

 

 霊夢と魔理沙の戦いが終わって少し後。

 気絶から目覚めた魔理沙は霊夢の膝枕で眠っており、今も彼女の膝に頭を預けたままふてくされていた。

 

「じゃあ次からズルだ。はい今私が決めた」

「はいはい。今度から気をつけるわよ」

 

 霊夢はすっかりもとの調子を取り戻した魔理沙の様子に内心で安堵しながら、彼女の軽口に付き合う。

 お互いの必殺と呼べるスペルカードのぶつけ合い。それが霊夢の狙い通りであったのは、今の魔理沙にはわかる。

 だがそれを突破する方法は魔理沙の度肝を抜くものだった。

 

「夢想天生自体を遊びの枠に収めたってのに、意識を保ったまま自分の身体だけ浮かせて突破って……」

「魔理沙のスペルカードに付き合ってたらどうしても時間がかかるし、魔理沙の身体も危ないでしょうからね」

「だからってぶっつけ本番はやらねえよ……」

 

 しかも魔理沙の使うスペルカードはマスタースパークの一点読みである。

 

 

 

 ――そう、霊夢はマスタースパークを待っていた。

 

 

 

 ダブルスパークだったら死んでいた。ファイナルマスタースパークでも死んでいた。あそこまで挑発したのは彼女に十八番を使わせるため。

 霊夢の策は魔理沙がマスタースパークを使うこと(・・・・・・・・・・・・・)が前提に組み込まれたもの。

 彼女にマスタースパークを使わせ、自分は出たとこ勝負の己の身体だけ浮かせて前進するという離れ業に挑む。

 魔理沙が違うスペルカードを使ったら詰んでいた。仮にそのハードルを越えても霊夢が制御に失敗したら詰んでいた。

 制御に失敗した場合、霊夢は空に浮いた曖昧な意識のまま己を害した敵である魔理沙を滅殺していただろう。

 どちらか失敗すればどちらかが死んでいる。策というにはあまりに拙い、ある種賭博師の思考。

 

「ふふん、勝てば官軍よ。それに魔理沙も身体、大丈夫でしょう?」

「まあ、そりゃ疲れはあるけど……」

 

 少し休んだら弾幕ごっこも問題なく行える状態に回復する。

 魔理沙は霊夢が生きていたことへの安心や、結局勝てなかったことへの悔しさなどが綯い交ぜになり、片手で顔を隠す。

 

「あー、もう……情けないところばっかり見られちまったぜ」

「……魔理沙、今だから私も言いたいこと言っておくわ」

 

 そう言って霊夢は手元にあった魔理沙の三角帽子を魔理沙の顔に覆いかぶせる。

 

「霊夢?」

「あんたが下だって思ったことは一度もない。魔理沙とやる弾幕ごっこはいつも楽しかった」

「…………」

「私を追いかけてくれるのも嬉しい。楓とは一緒に稽古してるけど、あいつ弾幕ごっこはてんでダメだから」

 

 霊夢と同等の才覚を、弾幕ごっこ以外に割り振ったような少年なのだ。なお気にしているのか、そこを突くと露骨に顔をしかめて機嫌が悪くなる。

 

「…………」

「でも無理はしないで。あんたに倒れられたら親父さんになんて言えば良いのかわからないし……友達だと思ってるから」

「……ったく、何を言い出すかと思えばそんな臭いこと言い出すなんて。こりゃこの後地底に雨が降るな」

 

 三角帽子の下でくぐもった声が魔理沙から発せられ、霊夢はその物言いに口元を曲げる。

 

「む」

「雨が降られちゃ濡れちまう。……だからもう少しこのままで良いだろ?」

「……声、震えてるわよ」

「帽子で声が聞こえにくいだけだろ。私は回復のため寝るぜ。お世辞にも寝心地の良い枕じゃないのが疵だがな」

 

 泣くのを堪えているような魔理沙の減らず口はそれで終わる。

 霊夢は全くもって仕方ないと小さく笑い、ポツリと呟く。

 

「人の膝借りておいてそれなら硬い石で寝てもらうわよ」

「私は寝てるので動けないぜ」

「起きてるじゃない」

 

 

 

 

 

 時を少し遡り、楓と天子の二人は一直線に地底の一際大きな館を目指していた。

 

「あれで合ってるの?」

「わからんが、千里眼で見ているとあそこが一番物々しい。あと、外側しか見えていないので怪しいからとりあえず行ってみる程度の考えだ」

「こういう時、博麗の巫女の勘は本当に凄まじいわね……」

「全くだ」

 

 指針とできる情報が少ない場合、どうしても直感に頼らざるを得ない場面がある。

 そういう時、霊夢は直感で絶対に正解を選べるのだ。何度羨ましいと思ったか数知れない。

 

「言っても仕方がない。向こうは向こうで任せるしかないんだ」

「それもそうね。大丈夫そうなの?」

「集中しづらくなるから見ないようにしている」

 

 そこまで気にかけるなら最初から加勢し、二人がかりで終わらせるべきだったのだ。

 それを霊夢が突っぱねた以上、楓が彼女らの戦いを見る資格は持ち合わせていないので意図して視界を切っていた。

 

「千里眼ってそんなに便利なの? あんたの母親いわく、意識して焦点を合わせたりしないと難しいって聞いたけど」

「それと同じだ。焦点を合わせなければ俺も詳細は把握できない。意識の外側に持っていけば何が起きているかもわからなくなる」

「意識から外すって難しそうだけど……生まれた時からの付き合いなら訓練次第か」

「そういうことだ」

 

 話を切り、楓は下に顔を向ける。

 下では飲み屋の明かりが道の果てまで灯り、鬼が何らかの妖怪と肩を組んで酒を飲む姿が目に入る。

 

「ひのふのみの……全部数えたら百鬼夜行は軽く超えそうね」

「鬼以外も混ざっているが、地底にいる以上ロクでもない妖怪なんだろうな……」

 

 こっちに気づいた様子はないので、さっさと通り抜けてしまおうと意見が一致する。ここで手間取っても良いことは何もない。

 しかし、そんな時だった。楓が弾かれたように下を見直し、刀に手をかけたのは。

 

「楓?」

「……ああ、そうか。地底にはあなたがいたか」

 

 何が起きたのかとこちらを見る天子に構う余裕もない。楓の顔は一切の油断と余裕を排した、挑戦者のそれになっていた。

 

「降りるぞ。もう目をつけられた」

「一体何が……あ、こら! 先行くな!?」

 

 返事を待たずに降りていく楓を追いかけ、一緒に降り立って楓の視線を追う。

 視線の先には一人の鬼がいた。肩と胸元を大きくはだけた着物をまとい、雄々しく天を衝く一本角を持った鬼の少女である。

 少女は片手に赤い盃を持ち、懐かしいものを見る目で楓を見ていた。

 

「久しぶり、というにはちと時間が経ったかね。萃香から聞いていたが、見違えたもんだ」

「無沙汰をしている。……悪いが、今は公人として動いている」

「良いさ。へりくだられるのは千年前に飽きちまってる。で、今回は一体全体何の用だい?」

「異変の解決に。……何を言ってもあなたの目的は変わらないだろう――星熊勇儀」

 

 星熊童子。酒呑童子と並んで大江山に名を馳せた、鬼の四天王が一人。

 間違いなく伊吹萃香と同等、ないし直接戦闘に限れば上回る。それだけの力を持つ大妖怪。

 勇儀と呼ばれた少女は楓の言葉に豪快な笑いを浮かべ、そして獰猛な笑みに変える。

 

「はっはっは――! そうだな、その通りだ!! 戦いの顛末は萃香からも聞いている! さぁ、お前さんの力、この私にも見せておくれ!!」




弾幕ごっこは文字で書くものじゃないと思いました(小並感)
でも魔理沙が曇っているシーンを書いた時はとてもたのしかった(小並感)

……まあこの後もう一度修羅場くぐってもらう予定なので消耗は少なめ。



そして楓は当然ながら勇儀の姐さんとぶつかります。勝ち目? ノッブも霊力ないと勝つの難しい相手なんでそうねえ……(言葉を濁す)


次話……いや次の次ぐらいで読者の皆さまが楽しみにしているものが見られるかな……(語弊)

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