阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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阿礼狂いと共に歩む者

 地霊殿はまさに惨憺たる有様だった。

 周囲を巻き込むことへの頓着など一切ない楓の妖術による炎と、霊夢たちの放った弾幕が部屋をぐちゃぐちゃにし、極めつけに魔理沙の放ったファイナルマスタースパークが壁に大穴を開けていた。

 

 そして勝者である霊夢たちも疲労の色が濃い。大小問わず傷を負っていないものは一人もおらず、ほぼ後方から魔法の用意だけを行っていた魔理沙も一度楓に接近された際、頬をざっくりと斬られていた。天子が間に入っていなかったら首がざっくり斬られていただろう。

 

 直接切り結ぶ回数こそ少なかったものの、後ろに下がることもなかった霊夢の身体にも風と炎で切り傷と火傷が見受けられた。

 何より霊夢はさとりを空に浮かし続け、魔理沙の状況を見ながら天子の援護と、楓の懐へ飛び込む隙を伺うなどまさに八面六臂の活躍だった。そのため、霊力がほぼ枯渇しており全身で酸素を取り込んでいる。

 

「あー、しんど……。こんな綱渡り二度とゴメンよ」

「私がいたことに感謝しなさいよ、二人とも」

 

 間違いなく三人の中で最も重傷を負っていた天子だが、声音には思いの外余裕があった。

 

「よ、っと」

 

 軽い調子で腹に刺さっている二振りの刀を抜き、地面に放る。

 蒼天を思わせる服は血に染まっていない箇所を探す方が難しいくらい血まみれだというのに、その目にはもう常と変わらない力がみなぎっていた。

 

「ピンピンしてるわねあんた……」

「さすがにこの刀を薙ぎ払われたら死んでたわ。あれは私も死を覚悟したもの。でもこれ以上の傷を受けないならすぐ治るわ」

「天人様々ね。私と魔理沙は人間なので傷もすぐに治らないし、力も戻らない。あーもう帰って寝たい!!」

「同感だぜ。二人も私の前にいたのに、生きた心地がしなかった」

 

 一瞬でも目をそらせば、その瞬間に首が落とされる。この戦闘で何度その光景を幻視したか数え切れないくらいだ。

 そして魔理沙も朧気ながらに理解する。あの時の楓に近い姿が、かつて稗田の家で資料を拝借しようとしていた自分に向けられたものなのだ、と。

 いつだったか人里の人たちが話していた内容を思い出し、魔理沙は三角帽子を目深にかぶって顔を隠す。

 

「火継の家は気狂いの一族、か……」

「話として聞いていたし、爺さんにも聞かされたけど……本当にそうなのね」

 

 霊夢と魔理沙は痛ましいものを見る目で倒れ伏す楓を見た。

 半人半妖の少年で、霊夢に負けない才能を持ち、霊夢と同じように多くの人妖に好かれ、本人もどこか人懐っこいところがある心優しい性格。

 

 

 

 ――そして、気が触れている。

 

 

 

「違う形で生まれてりゃ、こんなことやらなくて済んだのにな」

「それはきっと楓じゃないわ。あの本性があって、こいつがいるのよ」

 

 霊夢はそう吐き捨てると、緋想の剣を拾い上げていた天子に声をかけた。

 

「天子、あんたは楓の家の居候だっけか」

「そうね。こいつの厄介になっている、って話すと大体顔をこわばらせるわね」

「……どこまで知ってるの?」

「言っちゃ悪いけど表面的なものよ。代々御阿礼の子の従者をしてきたことと、そのために一族全員が力を尽くしていることと――それが人里に畏れられていること」

「…………」

「さっきの姿で納得したわ。私はこいつがおかしくなる姿を一から十まで見たのだもの」

「……そう」

 

 なんて言葉を発すれば良いのか、霊夢にはわからなかった。おそらく、無理に口を開いても前向きな言葉は出てこないだろう。

 とにかく今は休みたかった。霊夢は疲労困憊の身体を苦労して動かし――さとりのいた方へ声を荒げる。

 

「――逃げてっ! こいつまだ諦めてない!!」

「――っ!!」

 

 霊夢の警告と同時、黒焦げになって倒れていた楓の身体がバネ仕掛けの如く跳ね起き、その拳をさとりへ向けていたのだ。

 目は焼け潰れている。半人半妖故に治りこそするが、一分二分で治るものではない。そして彼にとってさとりは一秒でも早く破滅させるべき存在だった。

 

「なんでこの傷で動けるのよ!?」

「意志の力ってやつでしょ! 全く格好良くないけど!」

 

 天子以上の重傷であるのに、楓の五体は地を駆け一直線にさとりへ向かっていく。

 一番早く気づいた霊夢が咄嗟に退魔針を投げるが、楓は意に介した様子もなく針が肉体に刺さるままにする。

 

「……っ、これ以上は本当に死ぬわよバカ兄貴!!」

 

 弾幕で止めようとしたら本当に殺してしまう。その事実が霊夢に攻撃の手を止めさせ、接近しての捕縛に切り替えさせる。

 天子も魔理沙も事態に気づいてはいるがすぐに動ける状態でなく、彼女らが動くのを待つ時間はない。

 そうして霊夢、天子、魔理沙の三者が見る中で楓の拳はさとりへ向かい――動きが止まる。

 

「――っ!?」

 

 今にも攻撃しようとしていた姿勢のまま、目に見えぬ何かに身体を縫い留められた楓の身体が硬直する。

 次いで彼の後ろに霊夢たちが見慣れたリボンと眼球で彩られた空間――スキマが開き、中から伸びた美しい手が楓の頭に触れた。

 ただそれだけの動作で楓の身体は糸が切れたように崩れ落ち、今度こそ意識を失う。

 

「……紫」

 

 スキマを操れる存在など彼女しかいない。霊夢の陰陽玉を通じ、状況も逐一把握していたのだから動き出すのも早いはずだ。

 楓の頭に手を置いたまま、紫が霊夢たちの前に姿を現す。その顔は普段見せている胡散臭いものでも、対等の友人に見せる気安いものでもなく、幻想郷のためであればあらゆる手段に手を染めるであろう、境界の賢者としての険しい顔だった。

 

「彼の身柄は私が預かります。異論は?」

「今のあんたには任せられない。秘密裏に処分してしまおうって顔にしか見えない」

 

 霊夢は疲弊しきった身体に鞭打ち、総身に霊力をみなぎらせる。

 誰であろうと自分の意思を邪魔するものは許さない。そんな決意の込められた眼差しを前に、紫は酷薄な笑みを扇子の向こうに隠す。

 

「彼の力は危険に過ぎる。いえ、能力だけなら良いのよ。でも――この子の精神性と相まってしまうと私に見過ごすことはできない」

「……言いたいことはわかるわ。私たちだってそれでさっき死にかけたんだし」

 

 持っていけない能力を持っていけない人間が持ってしまった。

 霊夢もその意味は嫌というほど思い知らされた。特定の状況下において、幼馴染だろうと家族だろうと容赦なく殺す存在が、相手を殺す以上に効率の良い手段を手に入れたことの意味を。

 

「……ならば今日は戻りなさいな。彼の沙汰は追って話すわ。此度の戦い、見事なものでした」

「あ、ちょっとまだ話は終わってない――」

 

 霊夢が遮ろうと声をかける前に紫は楓を抱えてスキマへ消えていく。

 残された少女はやり切れないとばかりにため息をつき、やがて天子が重い口を開いた。

 

「……あそこで戦ったら勝ち目なんてなかったわ。からっけつの私たちが一人ずつ潰されるだけ」

「わかってるわよ! ああもう……っ! 寝ても覚めても面倒ばかり運んでくるんだからあのバカは……!」

 

 やり切れないと拳を握るしかない。そもそも危険と知って隠していた能力を見せたのも、その力を自分のために使って危険に陥ったのも全て楓の自業自得だというのに、どうして自分がここまで心を砕かなければならないのか。

 しかし、もう怒っても泣いても楓に手が届くことはない。紫がスキマに放り込んだ以上、彼を追跡するのは至難の業。

 

「……帰るわよ。異変解決して宴会して終わり、なんて空気でもないし」

「そうするよりないわね。……阿求やあいつの母親になんて言ったものかしら」

「それしかないか。一波乱はあったけど全て世は事もなし、なんて終わってくれればな……」

 

 三者三様の重たい心情を抱え、彼女らは地霊殿を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 楓が目を覚ました時、視界は何もかも見えない暗闇に覆われていた。

 

「む……」

 

 起きてまず最初に行ったのは傷の確認と居場所の把握だ。傷に関しては多少痛みは残るものの、すでに問題ない領域まで治癒していた。

 勘違いされがちだが、阿礼狂いとなった彼は普段と違う別の人格に主導権を握られているとか、そんな背景があるわけではない。

 彼は自分の意思で人付き合いを広げ、心優しい少年を演じ、それらを斬り捨てるのも自分の意思で、躊躇なく行っているだけである。

 なので彼は地霊殿で霊夢たちと戦ったことも全部克明に覚えており、自分が最後はスキマから現れた紫によって意識を奪われたことまで理解していた。

 

 目のある部分に手を動かすと、分厚い何かが触れると同時、触れた指が霊力の結界で軽い火傷を負う。

 おそらく厚手の布に魔眼封じといった類の術が埋め込まれているのだろう。千里眼も魂縛りの眼も、どちらも使えない完全な暗闇だ。

 

「場所はおそらくスキマか」

 

 目が見えずとも周囲の把握ぐらい、楓には造作もない。

 そして楓が読み取った空間はどこまでも広がりを見せる、異空間としか例えようのないもの。その条件を満たせる場所などスキマ妖怪の操るスキマ以外に考えられなかった。

 まとめると今の楓は目を封じられた状態で、武器もないままスキマに放り込まれているのである。

 

「……あんな能力見せたから当然といえば当然か」

 

 少なくとも自力で現状の打開は難しいと判断し、楓は身体の力を抜いてスキマ空間の中を漂うに任せる。

 自分の能力の危険性はわかっていた。うかつに見せれば幻想郷の賢者である紫は黙っておらず、何らかの対処に出るだろうと予想もしていた。

 

 

 

 ――それでも許せなかった。たとえ幻であろうと、妖怪風情が御阿礼の子を模倣するなど彼女への侮辱に等しい。

 

 

 

 だから能力を使い、彼女を阿礼狂いへ堕としにかかった。あの選択は間違いでないとどんな反応が来ようと胸を張るつもりだ。少なくとも自分たち阿礼狂いにとって、御阿礼の子を侮辱した罪は死より重い。

 

 だが、自分の行いは間違ってないと言えど、その危険性を無視しているわけではない。周囲から危険視されることは重々承知していた。

 自分はどうなるのか。このままスキマに放置され続け、やがて餓死するのを待つばかりなのか。人間ほど食事にも睡眠にも依存しない生命なため、放置しても死ぬまで半年以上かかる可能性が高い。

 通常ならスキマで長時間放置されるだけで発狂死するのかもしれないが、あいにくと楓は阿礼狂い。この空間に関してもスキマである以上の感想は特になかった。

 

 どうしたものか、と楓は一考し、武器も何もなくなっている以上やることもない。

 仕方がないので瞑想でもして過ごそうと足を組み直し、静かに精神を統一し始めると、後ろにふわりとした何かが触れてくるのを感じる。

 

「……椿か」

『うん、私』

「今の俺は目が見えないが、それでもそこにいるんだな」

 

 魔眼封じの布を被せられたことで、今の楓は何の能力も発揮できない。

 

『……そう言うってことはわかってたんじゃない? 私の正体にも』

「予想はあったというだけだ。確証はなかった」

 

 そもそも楓にしか見えない、という時点で考えるべきことだ。

 彼女は常に楓の能力の影響下にいて、楓の能力を通してしか認識できない(・・・・・・・・・・・・・・・・)のではないか、と。

 

 楓もひょっとしたら、程度には考えていた内容だった。ただ、楓の推測が当たっているかの確証を得る方法が限られるため、おいそれと口にできなかった。

 

「俺の推測を確かめるにはお前が消滅する必要があった。そしてそれをお前が受け入れるかもしれない、と思うと言い出せなかった」

『……私は気にしてないっていつも言ってたのに?』

いつも(・・・)言っている時点で気にしているのと同義だ」

 

 楓の言葉に背中の椿がぐむ、と言葉に詰まった様子を伺わせた。

 

「だからお前が思い出す、ないし理解するのを待った。力になると言ったのはそういう意味でもある」

『そっか。……楓は全部わかってたんだね』

「確証はないと言った。お前の正体はお前の口から聞きたい」

『ん、話すよ』

 

 そう言って椿は楓の背中を抱きしめる。

 熱のない、しかし触れている感触だけは存在する抱擁を受け止め、楓は椿の言葉を待つ。

 

『……私はかつて椿と呼ばれた烏天狗の残留思念――じゃなかった』

「父上の話を聞く限りではそうではないかと思っていたが」

『私も勘違いしていたんだ。より正確に言うなら、私はキミとキミのお父上が使っていた長刀に憑いていた何か、だよ』

「あの刀か?」

 

 言われて楓も理解を示す。確かに、彼女を一番最初に見つけたのは父と自分が稽古をしていた時――父の長刀はすでに自分の手にあった頃だ。

 

『うん、あれ。あの長刀だけは長い歴史があるでしょう?』

「そう、だな。父上から俺に受け継がれてきたものであり、父上も烏天狗の椿から殺して奪ったものだと言っていた」

 

 本当に奪ったものなのかは疑問視しているが。楓もだが、基本的に楓の父は武器にそこまで頓着しない方であり、目的に沿った結果が出せるのであれば木の棒でも構わない性格だ。

 その彼が長刀だけは後生大事に使い続けたのだ。殺したのが事実だとしても、何らかの特別な思い入れはあったのだろう。

 

 そして思い入れがあった、という思考で楓は顔を上げる。

 

「そうか。父上がこの刀を使っておよそ半世紀。九十九(つくも)と呼べるほど時間が経ったわけではないが……」

『成りかけ、ではあったんだと思う。何事もなくいけば、さらに半世紀もしたら私が楓の前に姿を表したかもしれない』

「……なるほど、俺にもようやく理解できた。どうやら悪いことをしてしまったらしい」

『気にしてないよ。私は不完全でも楓に出会えて良かった』

 

 

 

 つまるところ椿は――付喪神の成り損ないなのだ。

 

 

 

 本来ならばもっと時間を置いて、楓が長刀を片手に多くの異変に立ち向かい、意識を持つに相応しいだけの想念を蓄えて覚醒するはずだったもの。

 ただ、そこに楓が存在してしまったのが不運だった。楓の持つ魔眼は阿礼狂いに変え果てる狂気の鎖により、魂を縛る魔眼。言い換えるなら――自我すら存在しない不安定な何かを縛り上げ、固定化させることができるのだ。

 

 その結果として椿は産み落とされた。成り損ない故に自身の全ての記憶を喪い、また楓の魔眼を通さなければ認識すら不可能な、付喪神と呼ぶにはあまりにも哀れな何かとして。

 

『最近で色々と私にできることが増えたよね? それもそのはず。楓が多くの異変を私片手に乗り越えて、私に本来の力が溜まってきているからだよ』

「俺にしか干渉できず、俺にしか見えないのも当然か。俺の能力で魂を縛られていなければ――待て、今は大丈夫なのか?」

『多分だけど、一度固定されたからもう必要ないんじゃないかな。ああ、それと私は阿礼狂いでもない……と思う』

「なぜだ? 悪いが俺はお前にかけた術がどんな状態なのか全く把握していない」

 

 能力の制御もままならない幼い頃に生み出してしまった存在だ。何がどうなって今の彼女が構築されているのか、楓にもわからなくなっていた。

 椿はそんな楓に苦笑し、彼の背中から離れると楓の前に移動してその手を取る。

 

『私の魂が小さすぎるんだよ。キミの魂が百だとしたら、私は今の状態でようやく一。今まではそれ未満って言っても良いくらい。そんな私にあの術が効果を発揮したら、阿礼狂いとやらになる前に私が自壊しちゃう』

「……だったらお前は付喪神にもなれず、阿礼狂いにもなり切れず、漂っている何かのままなのか」

『今のところはそうなるね。思い出せない過去なんて最初から存在しない。私はあの日、あの瞬間に楓によって生み出されたんだ』

 

 正しい生まれでないのは事実だ。だが、椿は楓と出会えたことへの後悔は何一つ存在しない。

 

『あるいはあの武器の持ち主の未練だったのかもしれないね。私は何かを知らなければならない、ってずっと焦燥感を抱えてた』

「あれも解決したのか?」

『うん。私はずっと――キミの正体が知りたかった』

「正体?」

 

 一緒に育ってきたではないか、と言おうとして椿の言わんとしているところに気づく。

 そういえば阿礼狂いとしての姿を見せたのは楓にとっても初めてである以上、椿にとっても初めて見るものだったな、と。

 

『根拠も何もない推測だけど、この刀の持ち主がキミのお父上と戦った時に思ったんじゃないかな。そして、キミたちが相手を殺す場合ってそんなに多くはない。違う?』

「昔の幻想郷はどうなのかわからないが……そうか、そうだな」

 

 か細い糸を手繰るように語られる椿の推測を、おそらく全て真実なのだろうと楓はどことなく直感していた。

 

『だからかつての私は――阿礼狂いとなったキミのお父上に殺された。いつだったか口にした、真剣勝負がしたいってのもそれにかかっていると思う』

「しかし、あの時の自分たちは……」

 

 断言しても良いが、阿礼狂いとして戦っている自分たちに真剣勝負など望むだけ無駄だ。殺すと決めた相手には一切の慈悲なく、躊躇なく、理解もなく、ただ無機質に殺すだけ。

 それを望んだ相手がいたとしても――間違いなく、父は一切の斟酌をすることなく相手を殺したのだろう。息子であり、同じ阿礼狂いであるからこそ楓には父の心境が手に取るようにわかった。

 

『上手くいくわけない。今ならわかるそれを、あの時の椿は知らなかった。――だから無残に失敗して、死んでいった。その未練が一欠片、私にも混ざっていたんだと思う』

「…………」

『答えは得られた。私の正体もわかった。だから後は私が何をしたいか。それだけなんだ』

「……何がしたいんだ?」

 

 瞑想に使っていた手を取られ、椿の方へ伸ばされる。

 その手を両手で抱えた椿は見ることの叶わない楓に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

『――今度は最後まで、キミと一緒にいる』

 

 

 

『私が付喪神として正式に覚醒しても。キミが阿礼狂いとして破滅の道を歩んでも。キミが幻想郷全てを敵に回しても。あるいはキミが大成しても。誰と結ばれ、誰と子を成しても。私はキミの傍に居続ける』

「…………」

『ずっと一緒にいたい。私の原型になった烏天狗も、私も、抱く想いはきっと同じだから』

「……そうか」

 

 なんて答えれば良いのか、楓にはわからなかった。

 自分は彼女を省みることはないだろう。敵対することもなく、ただ楓の選ぶ道についてくると言っているので殺すこともないだろうが、彼女に報いることもおそらく、ない。

 

「俺はお前に報いないぞ」

『知ってるよ』

「……もしかしたらこの後すぐ死ぬかもしれない」

『その時は看取って一緒に死んであげる』

「俺は父上のようにはなれない」

『お父上以上になるかもしれないじゃん。見届けるよ』

「……はぁ」

 

 降参のため息をつき、楓は声のする方を見上げる。

 

「思えば物心ついた頃から一緒だったな」

『うん。だからこれからも一緒』

「そうか。だったらついて来い。この先どうなってもまあ――退屈とは無縁だろうさ」

『そうする。……ところで今が一番退屈なんだけど、何か暇つぶしとかない?』

「俺の命がつながるかどうかの瀬戸際だぞ今……?」

 

 この状況を暇と言い切るのか、と楓は戦慄する。とはいえやることがないのは楓も同感なので、暇というのは間違いでもないが。

 スキマに漂い、これから先のことも何もわかっていない状況ながら、二人は穏やかに話を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 紫は場に集まった者たちを見回す。

 紅魔館からはレミリア。白玉楼からは幽々子。永遠亭からは輝夜の代理として永琳。彼岸からは映姫。守矢神社からは諏訪子と神奈子の祭神二柱。妖怪の山からは天魔。地底からは萃香と勇儀の両名。

 まさしくそうそうたる面子と呼ぶより他ない。一人で幻想郷を壊し尽くすことさえ可能に思えるような、魑魅魍魎の集まり。

 彼女らからの視線を一身に受けながら、紫は静かに頭を下げて集まってもらったことへの感謝を述べる。

 

「まずは集まってくれたことに感謝を。此度は急な呼び出しとなってしまったことを謝罪します」

「ああ、良い良い。別に幻想郷の行末を決めようって話じゃないだろ?」

 

 どこまでも深刻な表情の紫に対し、天魔は気軽な様子で手を振って彼女の言葉を遮る。

 

「本当に幻想郷の趨勢を決めるような話ならここまで人を集めたりはしない。船頭多くしてなんとやらだ」

「そうね。今回集まってもらった人物は皆、ある人間と懇意な者で、その中でも一定以上の影響力を持ち、なおかつある程度の協調性を持つ人に絞らせてもらったわ」

「ほう?」

 

 レミリアは興味深そうに全員の顔を一瞥し、彼女ら全員と知り合っていそうな人物を考える。

 と言っても、彼女の知り合いで該当しそうなのは二人しかいなかったし、片方は博麗の巫女だ。彼女はこうして集まって話さなければならないような問題を何も抱えていない。

 そうなれば後は消去法で絞られる。

 

「今回、私が皆を招いたのは――そうするのが彼の父親への義理であり、一抹の情けでもある。本来なら彼は問答無用で殺されて然るべき存在だった」

「穏やかじゃない物言いだね。新参者だが、あいつには人里として良くしてもらったし、早苗とも仲が良い。私から見ても悪いやつには見えなかった」

 

 諏訪子の言葉に対し、紫は以外にも同意の首肯を見せる。

 否、諏訪子の言葉と同様の感想を大体の面子は抱いていた。才能に溢れ、ひたむきで面倒見の良い少年。

 誰もがそう思っていた。たとえ彼の一族の事情を知っていようと、そうならないよう努力できる父親と同じ性質の存在だと勘違いしていたのだ。

 

「それは認めます。彼にその一面は間違いなく存在することを私も知っている。ただ、その上で彼は看過できない能力を所持していた」

「……ほう」

 

 能力の話に言及したことで、天魔の目も本気のそれになる。

 魂縛りと語っていたあの目に先があることは何となく察していた。どうやらその先の能力が明るみに出たのだろう。

 

「今から彼の出自、一族、能力について全てを公開します。その上で話がしたい。今日集まってもらったのはそのため」

「オレは乗った。かつて親友だった人間の子供だ。全部知ることができるなら知っておきたい」

「あら、先を越されちゃったわね。私も聞くわ。あの子は赤ん坊の頃から知っているけど、隠し事があったなんて初耳だわ」

 

 天魔、レミリアが真っ先にうなずき、他の面々もそれに乗っかるように首を縦に振る。

 全員が話を聞く姿勢を見せたところで、紫は自分の正面に美しい姿勢の正座で座り、目を閉じ無言を貫いている少女を見た。

 

「それでは話し合いを始めましょうか――阿求」




偉い人のお話は次回に持ち越しになりました。許してくれ……その代わり多分あっきゅんの地雷が爆発するから……。代わりになってない? はい()

そして椿の情報開示です。楓の持つ魔眼で魂縛りというのも嘘はなく、自我のはっきりした強い妖怪に使えばデバフになりますが、残留思念だったり妖精(チルノとか大妖精レベルではないモブ妖精ぐらい)程度の自我があやふやな相手に使うと存在の固定化ができたりします。
すぐ霧散しかねないものでも留めておけるので、鎖というのは間違いでもない。

椿は楓がまだ制御しきれていない時にノッブの身体――正確にはノッブの使っていた長刀――に憑いていた思念を固定化させてしまい、誕生を早めてしまった付喪神の成り損ねです。楓が魂縛りの魔眼を持ってなければ、多分さらに半世紀ぐらいした後にちゃんと覚醒していた。
その過程をすっ飛ばしてしまったため自分が何者かもわからず、おまけに魂縛りで縛ってなければ見ることも敵わない状態のため楓にしか見えない存在になってしまってました。

楓の目に魂縛りの魔眼というレンズを通して初めて認識が可能になる。そんな存在です。

ちなみに彼女のコンセプトはやり直しです。本当にやり直せるかはここからの時間も含まれますが。
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