阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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草の根妖怪ネットワークの変遷

 その日、楓は霧の湖へ足を向けていた。

 レミリアに呼び出され、例によって殺し合い一歩手前のやり取りをした後のことである。

 

「目が見えないから戦闘の勝手はだいぶ違うというのに」

 

 視界が封じられた状況を想定した訓練はしているが、それは日常生活に困らない程度であって、戦闘も以前と遜色なく行えるかと言われたら別問題である。

 目が見えずとも十全な強さを発揮できるのが理想なのは当然だが、千里眼には楓も大いに頼っていた。

 

『それでもきっちり勝ってたじゃん。というか剣術はもういよいよ極まってきたんじゃない?』

「バカ言うな。ようやく父上の背中が見えてきたくらいだ。まだまだ先は長い」

『……キミのお父さんが使ってた頃の思念も私には入っていると思うんだけど、キミのお父さんって何なの?』

「俺も少し気になってきた」

 

 楓も自分の才覚が花開きつつあることは自覚している。右肩上がりと言っても良い速度で剣術、体術、妖術の全てが練磨されていた。

 しかし、それでやっと父の背が見えてきた程度。つくづく思うが、あの人は本当に人間だったのだろうか。

 

「まあ考えても仕方ない。何を言ったところで故人だ。あの人はこれ以上強くならないのだから、後は俺が追い抜くだけだ」

『おー前向き。あ、私はこっちだよ』

「む、そうか」

 

 椿の声のする方向へ顔を向ける。目が見えない現状、周囲の察知は聴覚や触覚、嗅覚を通して行っているが、椿はそれだと感知がしづらいのが困りものである。

 ふわふわと宙を漂い、衣擦れも匂いもなく、触れた感覚こそあれど空気の流れすらも存在しない。彼女を察知する術は第六感にも近い直感と、彼女の声を聞く聴覚ぐらいだ。

 

「……しばらくは俺と話す時は常にどこかに触れていろ。でないと俺にわからない」

『え、触っていいなら遠慮なく抱きつくけどって痛い!?』

「動きを阻害しない程度だ」

『はーい……』

 

 触れるようにしろと言ったところ、遠慮なく頭に抱きついてきて首が曲がったため、楓は口元をへの字に曲げて肘鉄を食らわせる。

 ぶつぶつ文句を言いながらも椿が肩に手を置いてきたので、それで場所を把握した楓は霧の湖への道を再び歩き出す。

 

『真っ直ぐ帰らないの?』

「しばらく草の根妖怪ネットワークの方に顔を出せてなかった。丁度いい近況報告にもなる」

『幻想郷の大半のお偉方に能力がバレて生きるか死ぬかの瀬戸際だったって話したら、影狼ちゃんひっくり返るんじゃないかな……』

「さすがに全部話しはしない。俺とてそれぐらいはわきまえる」

 

 話して良い内容と話す相手はちゃんと選んでいた。ただ、話して良いと思ったら躊躇せず全部ぶちまけるだけで。

 

『天子ちゃんとかは良いんだ?』

「あいつは黙っておいた方が後々面倒になる。それに俺の背中を任せられるのは希少だ」

 

 希少どころか初めてと言っても過言ではない。

 霊夢とは幼少より切磋琢磨している関係だが、あいにくと博麗神社と人里で立場が違う。

 異変の折には目的が一致することも多いため協調しやすい部類に入るが、常にそうとも限らない。方針の不一致で戦わねばならぬ時もいずれ来るだろう。

 今の天子は所属が人里で基本的に楓と同じ視点を持ち、異なる視座で人里の利益を考えることができる。腕が立つこともさることながら、方針を考える際に意見を求めることができるのが一番大きかった。

 まして今の幻想郷は数多の勢力渦巻くもの。全ての天秤を人里に傾けることは難しい政情だった。

 その辺りの考えを椿に告げると、椿は不満だと頬を膨らませる。

 

『む。私じゃないんだ』

「俺以外に見えないだろお前……」

『私だって楓の相談に乗ってるじゃん!』

「小難しいこと考えるの苦手だろ?」

『うん』

「だからお前にそういったことは求めない。天子は天人として振る舞わない限り使わないだけで、知性も教養も大したものだ」

『納得いかなーい! 私だって頭を使えばすごいことできるよ!!』

 

 というか教養の点では楓以上の可能性が高い。なのでその知識には楓も遠慮なく頼る所存だった。

 しかしそれを話したところ、椿はいよいよ機嫌を損ねた様子で楓の肩を抱き込む。

 

「適材適所だ。向いている事柄に向いているやつが携わっているのが最も効率が良い」

『じゃあ私に向いてるのは?』

「……俺の話し相手?」

 

 楓がここまであけすけに語る相手が椿しかいないのは事実だった。特に異変に関わり始めてからは誰に見られても平気なよう、多少は意識して動いている。

 他にも遠慮しない相手としては霊夢や椛、天子も入ってくるが、楓が本心を打ち明ける相手として選ぶのはほとんど椿となる。

 

「大体、お前は俺の剣だろうが。剣に政治関係の話をするやつがいたら危険人物だ」

『そうだけどー。まあいいか、楓は私のことちゃんと使ってくれるし』

「使わずに済むならそれが一番なんだけどな……」

 

 抜かずの刃で話が終わってくれるのが一番ありがたい。力を求めることと、力を振るう場所を探すことは別問題である。

 できることなら暴力は使わないに越したことはない。その本心を告げて、自分の出自を理解した椿は不満を露わにするかと思いきや、特に気にしない言葉が返ってきた。

 

『ふーん? 楓がそうしたいならそうすればいいんじゃない?』

「お前を使わず済ませるのに、か?」

『見せ札に使ってるでしょ? そりゃ、部屋に飾ってずっと見るだけに留めるとか言われたら文句言うけど、キミが背負ってるなら私としては文句ないよ』

「そんなものか」

『私と似たやつがいたら聞いてみれば良いんじゃない? 形はどうあれ、使ってもらえるなら私は嬉しいよ。あ、キミになら、ね!』

「念押しせずとも知っているし、俺以外に扱えないから安心しろ」

『えへへー』

 

 楓の答えに機嫌を良くしたのか、椿は嬉しそうに緩んだ声で楓に抱きついてくる。

 出自を理解し、自分がどういうものかわかったからだろう。楓が長刀を褒めると明確に気分を良くするようになった。

 しかし楓はそれにどう反応すれば良いのか図りかねていた。椿が今の姿になった原因に自分がいるため、素直に受け取りづらい。

 とはいえ楓の懊悩を伝えても椿はわからないだろうと判断し、楓は話を切り上げることにする。

 

「それよりそろそろ到着する。俺が話している時は黙っておけよ」

『昔からの約束じゃん。それは守るよ』

 

 椿が肩に手を置いたまま静かになったので、楓はそのまま歩を進め、すでに耳に届いている歌に導かれるままにわかさぎ姫らの元へ向かうのであった。

 

 

 

 わかさぎ姫らのところへ顔を出すと、影狼と橙、そして最近草の根妖怪ネットワークに加わったミスティアが腕を抱えてうんうんうなっているところだった。

 歌も途中で聞こえなくなった理由につながっているのかと首をひねりながら、歩を進めて彼女らの前に姿を表す。

 

「久しぶりだな。顔を出すのが遅くなってすまない」

「あ、楓! ……ってどうしたの顔のそれ!?」

 

 影狼は楓の声を聞いて顔を輝かせてこちらを見て、同時に目隠しを見て驚愕の声を上げる。

 

「色々あった。別に日常生活に不便はないから心配するな」

「色々って……」

「聞きたいか?」

「あ、やめときます」

「賢明な判断だ。ああ、橙も今は肩に乗らない方が良い。無理に外そうとすると結界で弾かれる」

 

 定位置であるかのごとく肩に乗ろうとした橙をたしなめておく。八雲紫謹製の極めて強力な結界による魔眼封じであるため、解除は楓にも不可能な代物だ。

 しかし橙は肩に乗れないのが不服だったようで、強引に楓の肩を掴んで目隠しに触れてしまい結界に弾かれ、手に火傷を負ってしまう。

 

「ぎゃっ!」

「それみたことか。大丈夫か?」

「むー……誰があんたに目隠しなんて付けたのよ! 私の子分に手を出すなんて生意気よ!! 私の知り合いならビシッと言ってやるわ!」

「俺は納得しているから、気持ちだけもらっておく」

 

 下手に八雲紫がやったと教えたら、橙は紫相手でも臆すことなく子分のために動くだろう。それで橙と紫たちの関係が悪化するのは本意ではない。

 

「で、ここで何を悩んでいたんだ? わかさぎ姫の歌も途中で聞こえなくなったし」

 

 橙の気遣いを嬉しく思いながら楓は彼女らが腕を組んでいる理由について聞いてみると、わかさぎ姫の返答が返ってくる。

 

「最近、草の根妖怪ネットワークの人数が増えてきているでしょう? 私が隠れている場所じゃ少し手狭になってしまっているの。だから場所を変えたいんだけど……」

「良い候補が浮かばない、と?」

「ごめんなさい、私が水場でないと難しくて……」

「いや、責めているわけじゃない。さて、となると俺も考えるべきだな……」

 

 楓も腕を組んで考える仲間入りを果たし、とりあえず現状の案を確認することにした。

 

「今までで何か案は?」

「全然。人数も増えたし、霧の湖の大きい場所を狙いに行くって案もあったけど、それってわかさぎ姫が一人の時が危ないわけじゃない?」

 

 ミスティアの言葉に楓も同意する。基本的にここに集まるのも不定期であり、蛮奇以外の者たちが集まっているのが珍しいくらいである。

 頭数はそれなりに増え、楓もいるのでその気になれば霧の湖を手中に収めることは容易い。容易いが、楓が人里に戻れば儚く終わる天下だった。

 

「適度に大きくて、私が暮らしても安全で、皆が集まりやすい場所でお願いします……」

「要求が結構多いな……」

 

 そうなると存外に難しい。楓も霧の湖につながる水源などを思い出しながら知恵を絞っていく。

 

「……む、待て。あそこは使えるか?」

「え、なんかいいアイデアあったの?」

「確か霧の湖は妖怪の山の方から流れる水の溜まり場だ。ということは遡れば妖怪の山に行くんじゃないか?」

 

 そして最近、妖怪の山に現れた守矢神社と連れてきた湖の影響で水場の生態系は大きく乱れている。

 つまり、今ならそのどさくさに紛れて妖怪の山に入らない程度の下流で、程よい場所を見つけられるのではないか。

 

「――とまあ、とりあえず探すだけ探してみないか? 道中の護衛は俺がやるから、ダメなら戻って別の案を考えれば良い」

「私は乗った! 持つべきは顔の広い子分ね!!」

「試すだけならタダだし、良いんじゃない?」

 

 楓の提案に真っ先に食いついたのは橙とミスティアだった。比較的新参の部類だからだろう。特に変化を拒むつもりはないらしい。

 わかさぎ姫はやや微妙そうな顔をしていたが、楓が目隠し越しの視線を向けると言い訳するように手をわたわたと動かした。

 

「あ、ごめんなさい。嫌とかそういうのじゃないの。ただ、今までずっと私と影狼ちゃんと蛮奇ちゃんしかいなかった草の根妖怪ネットワークが、急に賑やかになったなって」

「……一言入れておくべきだったか。すまなかったな」

「ううん、違うの! 嬉しいんだけど、ちょっと変化が急で戸惑っちゃってただけだから! 楓には感謝しているもの!」

「なら良いが……気になる点があるなら言って欲しい。俺もそちらの調和を乱したいわけではない。俺が不要と思うなら言ってくれればこちらにも顔を出さないようにする」

 

 こう見えて一応心配しているのだ。

 草の根妖怪ネットワークに属する影狼やわかさぎ姫の価値観は自分と噛み合わない。

 愚直に歩を進め、昨日の自分より一歩でも先に進もうとする楓と、今の場所に甘んじることを良しとして穏やかな時間を望む影狼たち。

 特に楓は望む望まないに関わらず多くの騒動に見舞われている。それがいつか彼女らを巻き込まないとも限らないのだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 しかし、そういった楓の不安を杞憂だと切ったのは影狼だった。

 

「そりゃ、楓が色々巻き込まれてるのは知ってるよ? ばんきっきもここに来た時すごい勢いで愚痴をこぼすもん」

「あれに関しては本当に悪いことをしていると思ってるんだ。思ってるんだが、俺も会う人を選べる側じゃなくてな……」

 

 蛮奇を怒らせていることについてはさすがの楓も罪悪感を持っている。持っているが、他の店も見つからないので妖怪に絡まれたらあそこに行くしかないわけで。

 天子を紹介したり何かと店が潰れず、なおかつ蛮奇に危険がいかないよう心も砕いているので大丈夫だと信じたい楓だった。

 割と必死な楓の言い訳を聞いて影狼は朗らかに笑う。

 

「あはは、ばんきっきも楓も苦労してるねえ。……うん、私もだよ」

「……?」

「楓がそうやって私たちのために頑張ってくれるなら、私たちも頑張ろうって思えるの。だから、姫も私も大丈夫」

「人が増えて驚いたのは本当だけど、嬉しいのも本当なの。だから楓には感謝しているわ」

 

 影狼、わかさぎ姫に言われてしまい、楓は照れたように顔を背けることしかできなかった。

 

「……わかった。微力を尽くそう」

「あ、照れた」

「気のせいだ。とにかく上流を目指すぞ」

 

 後ろで微笑んでいるであろうわかさぎ姫と影狼に背を向け、楓たちは霧の湖の上流へ向かう道を探し始めるのであった。

 

 

 

 道中にそう大きな出来事はなかった。

 強いて言えば妖精がいくらか弾幕を放ってきたものの、それは橙とミスティアで十分対処できる範囲であり、問答無用に襲いかかってきた獣の妖怪は楓が斬り伏せた。

 今も茂みから飛び出た瞬間を狙い澄まし、場にいる誰の目にも追えない速度の抜刀が妖怪の首を落とす。

 その様子を見ていたミスティアが呆れた様子で声をかけてくる。

 

「よく近づくのがわかるわね……見えないんでしょう?」

「いつぞやの鳥目と同じだ。目が見えない状況の稽古もしている」

「ぅぐっ! あ、謝んないわよ」

「迷い込んだ人間を襲うことは妖怪の摂理として咎められん。それに返り討ちにしたから気にしてない」

 

 今みたいに、と言ってすでに霧散している妖怪に何の興味も示さず、楓はさっさと歩き出す。

 屋台を出す計画に何かと親身に相談に乗ってくれ、目が見えなくなったと聞いたので多少は同情心も湧いていたのだが、それが全て消え失せる可愛げのなさだった。

 

「あー! やっぱあいつ腹立つー!!」

「ん? なになに、子分がなんかしたの?」

 

 ミスティアが地団駄を踏んでいたところ、橙が駆け寄ってきたので事情を話す。

 

「楓の可愛げがないって話! 目が見えなくなってちょっとは弱ったと思ったのに、全然変わらないし!!」

「むむ、それは良くないわね」

「でしょう! こうなったらあいつをぎゃふんと――」

「ミスティアは心配してくれてるんでしょう? それを受け取れない子に育てた覚えはないわ! こら、待ちなさい子分ー!」

「誰が心配したなんて言ったぁ!?」

 

 橙とミスティアが後ろでぎゃあぎゃあ騒いでいるのがうるさいと思いつつ、楓は周囲の状況を察知しつつ先へ進む。

 進みながら楓は水辺をきょろきょろと見回しながら進んでいくわかさぎ姫へ声をかけた。

 

「そろそろ霧の湖から抜けて妖怪の山にほど近くなってくるが……この辺りは初めてか?」

「う、うん。私はもともと霧の湖から出たこともほとんどないから……霧がなくなってくる代わりに森が深くなってくるのね。緑の匂いが濃いわ」

「厳密に言えばこの辺りはまだ妖怪の山ではない。どうあれ良さそうな場所があったら教えてくれ。移動範囲が増えるだけでも多少は違うだろう」

「うん、ありがとう。私一人なら水の中で移動も安全だろうし、今はとても楽しいわ」

「なら良かった。……おい二人とも、いつまでも騒ぐな。耳が聞こえにくくなる」

『誰のせいだ!!』

 

 息を揃えて反論してくるミスティアと橙に仲が良いなと思いながら、楓は自身の感覚を徐々に広げ、知覚できる範囲を大きくしていく。

 彼女らの護衛を買っているのは善意もあるが、これで楓自身の鍛錬も兼ねているのだ。

 

 父の目は只人のものだったが、己の周囲に関する知覚は楓以上に精密だった。

 どうすれば良いのか聞いてみたものの、千里眼を生まれ持つ楓には難しい部分もあった。無論、それでも目が見えない状況の稽古を積んである程度は対応できるようになったが。

 持って生まれたものを使うなと言うほど父も無情ではない。むしろ千里眼に留める限り楓のそれは有益なのだから、使い倒せとすら言っていた。

 

(その目が使えないからこそ、父上と同じようになれる好機でもある。今を目が見えない状況として精一杯有効に使い倒す)

 

 密かに今以上の成長を決めている中、楓はふと空を仰ぐ。

 魔法の森から妖怪の山へ変わる境目付近なのだろう。森は鬱蒼と茂り、瘴気混じりの淀んだ空気が風の発生を拒む。

 常人ならまずもって長居したくない場所だ。楓と一緒に行動しているのが弱い部類とは言え、妖怪だらけなので今のような明るい道中になっているだけで。

 そんな中、楓の直感が何らかの気配を捉えたのだ。千里眼が使える時であればもっと早くに気づいていたであろう存在の気配に。

 

「……上に何かいるな」

「え、何も見えないけど……」

「いや、いる。――はたて! こっちは気づいているから降りてこい!!」

 

 楓が呼びかけると、はたては思いの外素直に黒翼をはためかせて一行の前に降り立つ。

 

「やっほー、坊や。地底のお話は全然聞けなかったし、ちょっと久しぶり――ってその目隠しは何!?」

 

 烏天狗の姫海棠はたてが楓たちの前に現れ、親しげな様子で楓に声をかけてくる。

 楓は自分の背中に影狼とわかさぎ姫が隠れてくるのを感じながら言葉を返す。

 

「後で話すが、そっちはなぜ?」

「なぜって、なんか騒がしい場所に坊やもいたから声をかけただけよ?」

「もう妖怪の山に踏み込んでいたか?」

「ううん、まだ。でももうすぐであるのは事実。まあこの辺は麓だし、麓で暮らす妖怪全部把握しているわけでもないから、あんまり騒がなければ目こぼしするわよ?」

「ふむ……影狼、こっちの事情を話してもいいか? 悪いようにはならないはず」

 

 はたてが草の根妖怪ネットワークに所属するような弱い妖怪に興味を示すとも思えない。積極的に排除してこないなら話す価値はある。

 

「……この人は怖くない?」

「天狗の友人がロクにいない烏天狗だ。安心しろ」

「初対面の妖怪にこっちの醜聞吹き込まないでくれる!?」

「まあ怒るな。こっちは――」

 

 楓が目隠しをするようになった理由についてはある程度ぼかし、天魔が詳しいことを知っていると話して天魔にけしかけつつ、わかさぎ姫らの事情について話していく。

 はたてはいつの間にか用意していた携帯を片手にポチポチとボタンを操作していたが、楓の話を聞き終えると楽しそうだと顔を輝かせた。

 

「ふむふむ、なるほど――面白そうじゃない! 幻想郷に名だたる妖怪ではない草の根妖怪ネットワークと、今や幻想郷に名を轟かせつつある楓の関係とは!! これはスキャンダル――」

「その首、いらないと見た」

「――未来の読者の個人情報を暴くのは良くないわよね!! でもそういうネットワークがあるってのは記事にして良い? 文も知らないスクープになりそうなの!!」

 

 草の根妖怪ネットワークに迷惑をかけるのは本意ではないため、適度に殺気をはたての首に飛ばしてたしなめつつ、影狼たちに是非を問うように視線を向ける。

 影狼はどうしたものかと迷っていた様子だったが、それを見た橙が先に答えてしまう。

 

「私は良いわよ。でもどうせ書くなら全部私の子分ってことにして。そうすれば何か来ても私の方だけでしょ?」

「んぁ、お嬢ちゃんは?」

「橙。八雲藍さまの式よ。私の不興を買うってことは……言わなくてもわかるわよね?」

「よーしお姉ちゃん真面目な新聞作成頑張っちゃうから!! なんで弱っちい妖怪ばかりだと思ったのに妙にヤバいやつ多いのよ坊やの知り合いは!!」

「俺に言われても困る」

 

 小声で楓を責めてくるはたてに楓も肩をすくめるしかなかった。

 知り合う相手を選べるなら楓はもっと静かに阿求の側仕えができている。

 

「ま、まあ良いわ。どちらにせよ面白いネタはゲットできたもの! じゃあ今から記事書いてくるからじゃあねー!」

「あ、おい! 詳しい話は良いのか!?」

 

 取材もせずに記事を書くのだろうか。楓と影狼らはあっという間に来てあっという間に去っていったはたてを見送り、呆れた顔で肩をすくめ合う。

 

「……知り合いの烏天狗なんだが、まあそっちに害は行かないだろう。橙がああいうことを言うのは少し意外だったが」

「ああ言っておけば強く出られないでしょ?」

 

 そう語る橙の横顔に得意げなものはなく、声にもどこか悔しさがにじむものだった。

 不思議に思った楓は橙の表情がわからなかったため、素直に口に出して聞くことにする。

 

「その通りだが、橙にその発想があったことに驚いている。……いや、言い換えよう。俺の知っている橙ならそういうことはしたがらないと思っていた」

「ん、合ってるわ。私も藍さまの名前を使うのは避けたかった」

「ではなぜ?」

「――そうしなきゃ皆に迷惑がかかるかもしれなかったでしょう? だったら使うわよ、親分だもの」

「…………」

「群れの頭は偉そうにしていれば良いだけじゃない。群れを守るために頭を使うのも大事」

 

 そう語る橙の言葉に迷いはなく、今この場で思いついたものでないことが伺えた。

 そして橙は楓の方に複雑な感情を浮かべた顔で向き直る。

 もう会えないものの影を見出してしまう切なげなものであり、今を生きる楓を誇るものであり、そして彼らの教えが息づいていることを実感できた嬉しさが混ざった表情だった。

 

「……っ」

「ん? どうかしたのか?」

 

 楓には見えなかったが、影狼たちはそれを見ることができた。

 単なるお調子者の妖猫だとばかり思っていたが、彼女は彼女なりに草の根妖怪ネットワークの妖怪たちを思い、親分らしくあろうと行動していることがわかったのだ。そしてそこに根付く感情は決して子供らしいものではなく、彼女の経験と願いに基づくものであることも。

 

 だが、楓にはそれが見えていなかった。訳がわからないと首を傾げる楓の額を、軽く飛び上がった橙が叩く。

 

「むっ」

「あんたたちが教えてくれたことよ。さ、行きましょ!!」

「……? わかった」

 

 そう言って橙が走り、あっという間に先へ進んでしまう音を耳に、楓は困惑するしかないのであった。

 ただ歩き出そうとした途中、ミスティアが楓の袖を引いてくる。

 

「あんた、橙と深い知り合いなの?」

「いや、確かに俺が赤子の頃からの知り合いだが……何かあったのか?」

「すごい顔してたわよ。子供っぽい妖怪だと思ってた印象が一気に消えるくらい」

「ふむ……だとしたらもう一つかな」

「もう一つ?」

「俺が橙の子分なのは生まれつきだが――俺の父上も彼女と友人だったらしい。影響を語るならそっちだろうな」

 

 ただ、楓も詳しいことは知らなかった。橙は父がどのような人物だったかは楽しげに語るのだが、どういった付き合いがあったのかはいつもはぐらかしてきたのだ。

 しかし今のミスティアの話を聞く限り、橙にとって大きな転機となることはあったのだろう。それが一つの出来事なのか、父との付き合いを通じて自分なりに見出したものなのかは読めないが。

 楓の知っていることを話すとミスティアは難しい顔で黙り込み、そして何かを決めたのか楓の腕を叩く。

 

「なんだ?」

「半分以上成り行きで入った草の根妖怪ネットワークだけど、案外悪くないかなって思っただけよ。原因になったあんたにはちょびっとだけ感謝してあげる」

「……そうか」

「ねえ皆ー! 結構良さそうな場所見つけたんだけどー!!」

 

 よくわからないがミスティアにも思うところがあったのだろう、と結論づけて楓は橙の呼び声に応え、影狼たちと向かう。

 

「わかった、今向かう。……なあ、影狼」

「うん、なあに?」

「……草の根妖怪ネットワーク、もっと広がると良いな」

「――うん! 人は多い方が楽しいもんね!!」

 

 無邪気に喜ぶ影狼に楓はほんの僅か、口元を釣り上げて橙に追いつかんと足を早めるのであった。

 

 

 

 

 

 これより遙か先。橙が成長した未来では草の根妖怪ネットワークに属していた妖怪たちが彼女の忠実な部下として存在していたかどうかは――橙の今後の活躍次第なのだろう。




地味に人が増えていく草の根妖怪ネットワーク。なお今後も増えていく予定な模様。

そして橙は何も考えていないように見えて考えています。でも考えているようで考えてないところもあります。まだまだ熟成には程遠い。
でもなんだかんだこいつについていけば面白いことがありそう、ぐらいには思ってもらえてます。ここからどうなるかは私の筆次第だ……(適当)

楓は結構気を使って影狼たちには接していますが、影狼たちのことは友達だと思っています。無茶振りしちゃダメな枠に入っているだけで。

次回は守谷神社のお話とか魔理沙とこーりんのお話とかできれば良いなあって(本当は今話に魔理沙の話は乗せる予定だった人)

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