「……なあ、香霖」
「どうしたんだい、魔理沙」
瘴気深い魔法の森の入り口。外から流れ着いたものの中、店内に置けないと判断されたゴミ一歩手前のガラクタが雑多に置かれ、一見したら廃屋としか認識されないであろうその店の中。
寒くなり始め、空気が乾燥する季節に差し掛かったからだろう。薪ストーブの上に水をなみなみと入れた薬缶が置かれ、湯気を吐き出していた。
ある種外と隔絶された空気の中、魔理沙は行儀悪く顎を机に乗せながら道具の修繕をしている霖之助に声をかける。
「香霖が修行を始めたのってさ、私のお祖父さんが生きてた頃だよな?」
「うん、そうだね。今の旦那が実務を取り仕切るようになってすぐの頃だ」
「で、知り合ったキッカケは爺ちゃん――あー、楓の親父さんだ」
「そうなるね。ここよりもっと奥の魔法の森で、将来のお店にしようかと品定めしていた時に自殺者と勘違いされて声をかけられたのがキッカケだね」
魔理沙に話しかけられたことで修繕の手を止め、霖之助は懐かしい過去に思いを馳せるように目を細め、穏やかな笑みを浮かべる。
が、次いでその笑みは苦笑にとって代わって続きを話し始めた。
「まあ、優しい出会い方ではなかったよ。自殺者だと思って追いかけて声をかけたら、得体の知れない人とも妖怪ともつかない存在だ。僕の予想以上に警戒されていたんだろう」
「爺ちゃんが?」
霖之助の話を聞いて魔理沙は少々意外そうな顔になる。
彼女の知る楓の父親はやや無愛想でこそあったものの、時折霧雨商店にやってきては魔理沙の祖父らと楽しげに語り、子供であった自分に何くれとお菓子をくれた優しい人だった。
「私が魔法使いを目指すって決めた時も味方になってくれたしな」
「ふふ、確かにそう考えると魔理沙にとってあの人は優しい人か」
「香霖は違うのか?」
「僕に霧雨商店を紹介してくれた大恩ある人間で、とても高価なお酒を持ってきては盃を傾け合っていた大切な友人で――多分、畏れてもいた」
「恐れる?」
驚いたり動揺するといったところがほとんど見られず、魔理沙のワガママにもため息を一つついては大体受け入れる霖之助の口から出るとは思えない言葉に、魔理沙は目を瞬かせながらも待っていた、という心持ちになる。今日の話題の本命だ。
「畏怖、だね。恐怖とは全然違う種類のものだ。人が妖怪を畏れることが幻想郷のルールとして存在するように、僕はあの人を畏怖していた」
「どうして?」
「僕が見たあの人も全てではないだろうけど、苛烈な人でもあってね。敵とみなした相手には本当に容赦がなかった」
初めて会った時に刀を首筋に突きつけられたのは、霖之助にとって今でも忘れられない思い出の一つだ。
妖怪の血が混ざった自分でも全く見えない動きで、変な受け答えをすれば迷わず首を落とすと確信できる目で見られるのは二度あってほしいことではない。
過去を思い返して語る霖之助に魔理沙も考え込むように顔を机に向ける。
「苛烈、か……。香霖は楓たちの家についても知ってるのか?」
「彼らが人里でどう呼ばれているかくらいはね。楓も彼の父もそれは公言していた」
「……理由とかあるのかな。よく考えなくても、一族ひっくるめてそう呼ばれるっておかしいだろ」
「おかしいと思う声はあったと思う。でも、そこまで踏み込める人はいないだろうね」
「なんで?」
「彼らが人里防衛の要だからだよ。変に踏み込んで関係が悪化して、守らないってことになったらどうなる?」
霖之助の言葉に魔理沙も押し黙るしかない。
人里で唯一人、大妖怪とも互角以上に戦える楓はさておき、楓以外の面々とは魔理沙も妖怪退治の依頼時に顔を合わせることがあった。
誰も彼も表情に余裕はなく、どこか切羽詰まったような空気を放ち、だがこちらを無下にすることも見下すこともなく、淡々と連携して妖怪を狩っておしまいという程度の付き合いだが、そこからでも読み取れることはある。
「……自分たちに興味がないからか」
「その通り。彼らが人里に献身しているのは自分たちの立場を必要以上に悪化させないためと、危険に身を晒すことで自分たちを鍛えるという二点が大きい。要するに人里の生命線は彼らにとってご近所付き合い以上の意味はないってことさ」
「だから距離を取ってるのか……今になってようやく納得したぜ」
「魔理沙は特に楓と幼馴染だからわかりにくいんだと思う。あの子の才能はともかく、性格は父親とあまり似なかったようだ」
当然の話として、人は自分やその知り合いを基準に物事を考える。
そのため魔理沙は火継の一族に対する認識として、楓や彼の父が属している一族というものだったのだ。
彼らが火継の一族における最高傑作であることは間違いないが、一般的な火継の阿礼狂いと同じであるかと言われたら全く違うと答える。
「要するに彼らが特殊なんだよ。誰に対しても時間は平等で、特に彼らは等しく残り二十年弱しかない」
「なんでだ? 楓は半妖なんだしもっと長生き――」
「――御阿礼の子は短命だ。三十年生きられない」
「あ……」
そうだった。魔理沙にとっても友人である九代目の御阿礼の子は真っ当に時間を重ねた場合、真っ先に魔理沙の前からいなくなる存在なのだ。
そして彼女に仕える楓にとっても、側仕えできる時間の限度でもある。
「一日が二十四時間なのは変わらない。その中で側仕えをやりつつ、人里の守護者としての仕事もやりつつ、起きた異変の対処もして、鍛錬も欠かせない。で、おまけにやってきた妖怪とかの面倒も見ている。魔理沙も思ったことはあるだろう? 楓の忙しさについては」
「そりゃまあ……パンクしないのかな、とは思ったけど、あいつは要領良いから大丈夫だろうって思ってたぜ」
「そう、その要領の良さだ。あれだけの仕事や役目を背負いながら、只人と同じように友達と笑い合うこともできる。――だから勘違いが起きる」
彼らは人に溶け込むのが上手すぎるのだ。普段はそこらの人と何ら変わらない様子で振る舞い続け、魔理沙や霊夢が持ってくる面倒事もため息をつきながらこなして――同じ顔で、彼女らを殺す決断を下せる。
「…………」
「魔理沙が僕のところに来た理由も読めたよ。――楓と喧嘩したのかい?」
「喧嘩なんてもんじゃない! 私も霊夢も天子も、一歩間違えば全員あいつに殺されてた! 三人揃って生き延びたのが奇跡みたいなもんだぜ!」
「…………」
「恐ろしいなんてもんじゃない。私一人だったら瞬殺されてた。……あんな顔見せられて、普通でいろってのが無理だ」
そして嫌なことに、仮に魔理沙たちが楓に殺されたとしても、楓は変わらないであろうことを確信できてしまった。
他の阿礼狂いに比べれば余裕がある。それはそうだろう。彼はそれだけ多くの物事を抱えられる才覚に恵まれている。
では彼は他と違うのか? それは否である。根底に息づく価値観は他の阿礼狂いと同じく、御阿礼の子以外を全て塵芥と謳ってはばからないもの。
ただ楓はそれを取り繕うのが人並み外れて上手いのだ。いっそ普通の人と変わらないと錯覚できてしまうほどに。
「……あれ?」
「どうかしたかい?」
「ああいや、楓が阿礼狂いという狂人だとして、私らと一緒にいるのも一から十まで打算だったとして――楓に何の利点があるんだ?」
「ふむ、魔理沙はどうしてそれを?」
「だってそうだろ? あいつの家が近所付き合いを必要とした理由はわかる。けど、今までの話からすると立場を悪くしない程度なら最低限でも良いはずだ。――だってのにあいつ、ほとんどの勢力に深入りしそうだぜ?」
人里を往来し、薬を置くようになった永遠亭の遣いや、布教を行う妖怪の山の神社。そして極めつけに天界から追放された天人も彼と共に暮らしている。
近所付き合い程度で留めるならどう考えても不要なものだ。なのに楓は律儀にそれを全部背負っている。
そんなことを考えると、魔理沙はどうにもおかしくなってしまいくつくつと喉で笑いをこぼす。
「……なるほど、これがあいつの器の大きさってやつか」
「魔理沙が何を考えたのかは読めないけど、おそらくそうなんだろうね。結局のところ、彼ら親子は切り捨てる時まで全部背負うつもりなんだよ」
「だったら話は簡単だ。――最後まで背負ってもらおうぜ」
大体、優先順位があるなど誰にでも言えることなのだ。彼らはそれが生まれた時から死ぬまで動かないだけで。
そして唯一つだけ守れればそれで良いわけでもない。当然だ、一番が決まっているとして、二番、三番を決めてはいけない理由などない。
なんだ、簡単ではないかと魔理沙は顔を上げた。
「なんてことはない。大事なものが踏みにじられて怒らないやつなんていない。あいつはそれがちょっとばかし過激だったってだけだぜ」
「……良いのかい? 次にそれを見た時が魔理沙の命日かもしれない」
「もともとする気もないけど、私はあいつの大事なものには踏み込まない。そうすりゃあいつはずっといつもの調子でやっていくんだろ?」
「ふとした拍子に崩れるだろう」
「私が死ぬまで崩れなきゃ永遠だ」
答えは出た。魔理沙は勢いよく立ち上がると、傍らに立て掛けてあった魔法のほうきをひっつかんで外へ向かう。
「そもそも細かいこと考えるのなんて性に合わないぜ。私は私で好きにやるし、楓もそうすりゃ良い。それらがぶつかり合う時が来るんなら――私があいつをぶっ飛ばすさ」
霊夢だけではない。楓だって魔理沙が超えるべき壁の一つなのだ。魔理沙が立ち止まる理由にも、まして魔法の手を止める理由にもなり得ない。
これまでと変わらず、しかしあの時と同じ状況になったら今度は躊躇なく魔法で撃ち抜く。そんな決心をした魔理沙はこれまでと同じ快活な笑みを浮かべ、慌ただしく香霖堂から出ていくのであった。
残された霖之助は開けっ放した扉から冷たい風が流れてくることに顔をしかめ、同時に笑いを堪え切れない様子で目元を手で覆い、つぶやく。
「全く――大旦那様そっくりだな、君は」
霖之助が終生尊敬するであろう、かつて楓の父と親友であったと誇らしげに語る老夫婦の姿を思い浮かぶ。
彼らもきっと今の魔理沙と同じ悩みを抱え、そして超えていったのだろう。
すでに故人となり、遠い彼らの記憶に思いを馳せながら、霖之助は小さく笑うのであった。
「……また今度、魔理沙に良い魔法具を作ってやるかな」
守矢神社の一室。何の変哲もない居住区の一室であるその場所は、幻想郷に来てから二柱の神々が早苗に聞かせられない話や神社の方針を決める時に使う暗黙の了解が生まれていた。
そこで二柱が話している時は早苗も遠慮して部屋に入ってこない。良い子に育ってくれたとしみじみ噛み締めながら、諏訪子は口を開いた。
「――こちらの勝利条件は一つ。私たちが地底の地獄烏に力を与えたとバレないことだ」
話の内容は一つ。先日行われた楓の本性についての会合まで踏まえ、今回の異変騒ぎの根本原因に自分たちがいることを悟られないことである。
「だが、隠し通すのはハッキリ言って難しい。あの烏、与えた八咫烏の力によく馴染み過ぎている。性格面まで多少の変化が出るのは予想外だった」
「そもそも異変を起こす気はなかったわけだからねえ……騒ぎにならず、静かに事を進められるのが理想的だった」
「とはいえ言い訳のできる状況ではあるまい。そして私たちがやったと気づく可能性があるのは唯一つ」
「……直接地底へ調査した連中だね」
うむ、と神奈子が大仰にうなずき、腕を組んで天井を仰ぐ。
「地底に最も近いのは我々と天狗だ。中でも天魔は地底で暮らす妖怪連中と因縁でもあるのだろう。積極的に動くことはあるまい」
「他の勢力も基本、人里を起点に付き合いを持っているからこれまた地底へ足は向けない、と」
妖怪の勢力と勢力が横につながっているものは少ないを通り越して皆無と言っても過言ではない。
大体の勢力は人里と繋がりを持ち、何らかの利益を提供することで人間との関わりを持ち続けている。
そのためわざわざ地底へ足を向ける理由がないのだ。――人里以外は。
「私たちが考えるべきは人里の動向であり、それ如何で今後の動きも決まってくる」
「人里は多分、地底とも関わりを持とうとするよ。あの間欠泉を見ただろう? 博麗の巫女はあれを利用しない手はないと考えるだろうし、人里も一枚噛もうとしてくるはず」
「となると次にあの少年に行き着くわけだ」
向かい合って腕を組み、今度は畳を見てうつむく。
火継楓。守矢神社が幻想入りした時、一番最初に天魔とともにやってきた白狼天狗の血を引く半人半妖の少年にして、人里の守護者。
八坂神奈子から見た楓は才気煥発にして、今の時代に似つかわしくない英雄の素養を十二分に秘めた少年だった。
およそ少年らしからぬ剣技と妖術を自在に操り、大妖怪相手でも正面から斬り結ぶことができる。
そして知略にも優れ、何より新参者である自分たちに手を差し伸べる寛容さも持っている。軍神である神奈子にとって非常に疼く存在だ。
洩矢諏訪子にとっての楓は美味しそうな少年だ。神奈子が見ているように才能があること以上に、彼には追い求めてやまない何かがあると諏訪子は直感していた。
優秀だが、どこか危うい。地に足がついているにも関わらず、揺らいでいると思わせる存在など、祟り神の属性を持つ諏訪子にとって垂涎の的だった。
総評すると二柱の神はどちらも楓のことを好ましく思ってはいたのだ。その好意が楓にとって良い方向なのかはさておき。
「……良い奴だと思ったんだよ。新参者の私らにも良くしてくれて、将来性も良いと来た」
「純正の人間じゃないのが残念だけど、それを差し引いて余りある優良物件だったからね……」
しかし、それも先日彼の本性を知るまでの話。知ってしまった今となっては完全に頭を抱える案件にしかならない。
「あわよくば早苗の婿に、と考えもしたんだがそうか……あれ全部狂人の擬態か……」
「私も気づかなかったよ……あれもう別人格ってレベルだよ……」
会合の話を聞いている時は半信半疑だったが、阿求が楓を召喚した姿を見て考えを改めた。
火継楓は紛うことなき狂人だ。でなければ主の声があっただけでスキマを割り開いて現れるものか。
そして目を覆い隠されてなおわかる、隠し切れない歓喜。主の道具であり、剣であることに心底から喜び、狂喜して主に侍るあの姿。
あれを見た時に神奈子たちは確信したのだ。彼はこれまでもこれからもあの少女に仕えるものであり、こちらを選ぶことは絶対にあり得ないと。
……あの剣が自分たちに向く可能性も現状、割とあるということまで含めて胃がキリキリと痛み始める難問だった。
「……あの少年との今後の付き合いは考えないといけない。人里の守護者である以上、一切合切を断つというわけにはいかないが、逆に言えばその程度にまで抑えるべきだ」
「異議なし。ありゃ懐に入り込めば態度が変わる、なんて生易しいものじゃない」
どれだけ付き合いが長くなろうと、自分の邪魔になるなら一片の迷いも見せず斬り捨てる口だと諏訪子は断言する。
「幸い、私らはあんまり表舞台に出ていない。もっぱら神社で信仰集めや天魔とやり合っていたから、あの少年との付き合いは最小限だ」
「私もまだあの子に具体的なちょっかいはかけてない。もうちょっと美味しくなるまで待とうと思った過去の私、ナイス!」
具体的でないだけでちょっかいはかけたのだろうか、と神奈子は諏訪子の言葉にそこはかとない不安を覚えるも、追求はしないことにした。今更わかったところでどうしようもないとも言う。
「そうと決まれば早苗に話を通そう。あれは少年と仲良くしていたが、やむを得まい」
「虎穴に入らずんば、とも言うけどそれは虎子がいるならという前提だ。深入りするのは単にこちらの危険が増大するだけに過ぎない」
方針は固まった。二柱の神は自分の膝を叩いて立ち上がり、境内の掃除をしているであろう早苗を探す。
境内の方へ足を向けると、ほうきを持った早苗の後ろ姿が目に入ってくる。幻想入りをしてからも欠かさず掃除を行う立派な風祝に育ってくれて感無量である。
「さーなえー。ちょっと良いかい?」
「あ、神奈子様、諏訪子様」
なるべく警戒させまいと軽い調子で声をかけると、早苗は顔を輝かせて振り返り――横に立っていた人物を指し示す。
そこには腰に刀を差し、背中に長刀を背負い目隠しをした少年が立って真っ直ぐに神奈子たちの方を向いていた。
「ちょうど神奈子様たち宛にお客さまが来られてます。――ですよね、楓くん?」
「ああ、ここでこうして会えて僥倖だ」
「――――」
やっべ、という台詞を喉元で食い止めた自分を誰か褒めて欲しいと切に思う神奈子であった。
そして件の少年である楓は自分が話題の中心にいたことなどつゆ知らず、しかし見透かしたような話題を放ってくる。
「少し、間欠泉騒ぎの件で話がある。場を設けてくれるな?」
「……ああ、もちろんだよ」
あ、これダメだと二柱は察した。楓の声音から察するに、彼は誰が原因か完璧に理解している。どこから情報が漏れたのか。そもそも昨日の今日で地底に足を運んだのかこの少年は。
土下座で許してもらえるかな、とか最悪の場合でも早苗に手出しはされないように持っていこうとある種悲壮な決意を固め、神奈子たちは先ほどまで使っていた部屋へ再び戻っていく。
「……それで、話というのは一体?」
「地獄烏に入れた八咫烏の力について詳しく聞かせてもらいたい」
「……どこでそれを聞いたんだい?」
「言う必要を感じない」
天界から追放された天人が地底に足繁く通い、情報を楓に伝えているなど言ったところで信じないだろう。
「もうちょっと優しく話して欲しいんだがねえ!?」
もう殺すことが確定した家畜を見るような声で話さないで欲しかった。今は完全に楓の射程。抵抗はできるだろうが、おそらく数合で殺されるだろう。
そんなわけで生きた心地のしない諏訪子が懇願すると、楓はこれまでまとっていた気配を霧散させて呆れた妖怪を見下ろす――要するに普段通りの気配に戻る。
「先に断っておくと、今回の異変で俺がどうこうする権利はもう失われているし、俺に二人を害する意思はない。ただ、八咫烏の力の性質を詳しく知りたいのと、お前たちが隠している札を洗いざらい吐いてほしいだけだ」
「私らを丸裸にするのと何が違うってのさ!?」
「八咫烏の力、凄まじいものらしいじゃないか。――それと同種のものをまだ持っているなら、
「もう少し建前を表に出しても良いと思うな私は!!」
どうあれ隠し事はできない。楓に害意がないのは事実だが、それはそれとしてこの盤面で虚偽を報告する相手には相応の評価を下すだろう。
神奈子たちは観念したように顔を見合わせると、喉奥から絞り出した声で語り始める。
「八咫烏についての知識は?」
「天照大御神の神使。太陽の神の遣いなのだから、太陽を冠した力であると考えるのが妥当だろうが、核融合とはなんだ?」
「一口に語るのは難しいが、大量のエネルギーを非常に高い効率で生み出す技術、と覚えていれば間違いないよ」
「エネルギー?」
「妖力、霊力、水力、風力、何だって良い。それらで生まれる力を総称したものになる」
「なるほど、核融合とはそういったものを多量に生み出すものか。ではそれを使って何をしようとしていた?」
「そこまで言わなきゃダメかい?」
「危険がないなら適当な口裏合わせぐらいやる。目的は見えないが、理由は天魔を出し抜きたいとかそんなところだろう」
天魔が守矢神社の意図に気づくか。それは楓の知ったところではない。もはや異変は解決され、神奈子たちの願いが叶うことはないのだから放っておいても問題はないのだ。
楓は天子経由で大体の事情を理解し、その背景に興味を持ったから来ているだけである。
楓としては彼女たちが力を与えたことが原因であっても、実際に異変を起こしたのは地底の連中なのでそこは分けて考えていた。
そもそも楓が憎んでいるのは最愛の主を模倣するという愚行を犯した覚り妖怪の方であり、異変の元凶である地獄烏には何の感情も抱いていなかった。人里に被害もないのでどうでも良かったし、その辺り含めて天子に一任している。
神奈子たちに楓の考えていることは伝えない。尋問していると思ってくれた方が情報を引き出しやすいと踏んでのことだ。あまり警戒を解しすぎると内容に虚偽を混ぜてくる可能性がある。
楓の思考は目隠しをしていることもあって読まれず、やがて諏訪子が観念したように口を開いた。
「……産業革命を起こそうと思ったんだよ」
「産業革命?」
「外の世界で二、三百年ほど昔にあった事象だ。大きなエネルギーが生まれると、それを使って大きなものが動かせるようになる」
「なるほど」
河童を巻き込んだ理由が読めてきた。彼女らを使って、楓には想像もできないような、外の世界で用いられている技術を使うためのものなのだろう。
聞きたいことは聞けたので楓は組んでいた腕をほどき、神奈子たちの気配がする方を向く。
「おおよその事情は理解した。どうせやるなら天狗も巻き込めば良いものを」
「その前に自分たちで理解しておきたかったのさ。共同事業じゃ私らの旨味も半減だ」
「そんなものか。畏れや信仰に困ったことのない人間にはわからないな」
「人の畏れや信仰も言ってしまえば資源だ。そして資源は有限と来ている。だから少しでも多く集めたいと思うことを間違いだと笑うかい?」
「笑いはしないが、理解もできない。禍根を残すやり方だと尾を引くぞ」
「ふ、そこは上手くやるさ」
諏訪子が得意げに語るが、今回上手くできていなかったのでどこまで信じて良いのか怪しいものである。
「まあそこは信じよう。最後に一つ確認させてくれ」
「なんだい?」
「――お前たちは俺と今後、どのように付き合う?」
二柱は顔を見合わせるものの、すでに答えは決まっていた。
「――少年が悪いやつだとは思っちゃいない。だが危険に過ぎる」
「それが当然の反応だ。ああ、責めているわけでも皮肉を言っているわけでもない。俺も自分が周りからどう見られているかは理解している」
「じゃあ……」
「今後、そちらとの付き合いは最小限に留めよう。人里との話し合いでも俺の遣いを出す」
テキパキと話をすすめる楓に、神奈子たちは楓が半ばこの展開を予期していたのだと察する。己が狂人であると知られた以上、距離を取ろうとする輩も出てくるのだから、そういった人たちから速やかに距離を取るのも狂人に求められるものだ。
「そうしてもらえると助かるよ。早苗には私たちから言っておこう」
「……必要なら嫌われ役もするが」
早苗は楓に懐いていた。同じ年頃の異性であり、何かと頼れる人里の守護者だったのでその辺りも好意的に働いているだろう。
――それを逆手に取って酷い台詞を言えば早苗は容易に離れていくはずだ。少なくとも嫌っていると公言した相手に再び近寄ろうとする性格には見えない。
だが、楓の申し出を神奈子たちは首を横に振って拒否する。
「そこまで少年に貧乏くじは引かせられないよ。これぐらいはこっちでやるさ」
「それでも少しは来るかもしれないけど、それぐらいなら相手してくれると助かるよ。重ねていうが、私も神奈子も、別に少年が嫌いなわけじゃないんだ」
「気にしていない。では俺は先に戻ろう」
「ん――じゃあな、少年」
神奈子に見送られ、楓は守矢神社を去っていく。
楓は今後、守矢神社との関わりを避けるつもりだった。関係を断ち切ることはできないが、顔を合わせることは意識すれば避けられる。
だが、この時は誰もが見落としていた点が一つだけあった。
――早苗はすでに神としていつでも覚醒できるだけの信仰を蓄えつつあったということに。
魔理沙と早苗さんのお話でした。魔理沙は一人で勝手に吹っ切って走り出すタイプ。早苗さん(というか神奈子と諏訪子)は距離を取るタイプです。
しばらくこの二柱が楓と顔を合わせることは減るでしょう。なお何がキッカケで神になるかわからない現人神という地雷。
楓的にはかなすわの反応が普通だと思っているので、特に傷付くこともありません。まあそうだよね、ぐらいの気持ちです。