阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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博麗印の温泉小話

 先日、間欠泉騒ぎのあった場所から少しだけ距離を取ったところに、真新しい建物が建てられた。

 建物と言っても簡素なもので、あくまで本命への入り口を分けて脱衣所を作り、いくらか食べ物も食べられる空間を作っただけのもの。ついでに博麗神社のミニ賽銭箱も用意している。

 

「うーん……」

 

 その中、女湯の側で建物の主である博麗霊夢は腕を組んで難しい顔をする。

 温泉施設自体は萃香を働かせることでほとんど完成した。常に湯気を立てる温泉の匂いが霊夢の鼻をくすぐり、思わずニヤけそうになる頬を押さえた。

 そう、霊夢にとってこの施設はまだ完成とは言えないのだ。その理由は――景観である。

 

「なーんか違うのよねえ……。立地は決して悪くないんだし、もっと良い景色ができると思うのよ」

 

 露天風呂という絶好の条件なのだから、外の景色を最大限楽しめるようにしたい。その方が客足も増え、何度も足を運ぶ人が出てきてくれるはず。

 

「鬼にタダ働きさせてダメ出しをする巫女なんて、後にも先にも霊夢ぐらいだよ……」

 

 そんな霊夢の考えに反応するのは、いつの間にか博麗神社を地上の拠点にし始めている鬼の伊吹萃香だ。

 さすがに連日の突貫工事で家を作ったからか、その声は覇気がなくぐったりとした疲れを隠そうともしない。こころなしか酒を呑む手も震えている。

 

「温泉自体は良いさ。私だって嫌いじゃない。でも景色まで整えろったって無茶だよ。何なら鬼の基準で楽しいものにしてやろうか?」

「ちなみにどんな感じ?」

「そりゃもちろん、その辺の人やら動物やら捕まえて血と臓物で――」

「あ、もう良いわ」

「血の池地獄なんて鬼の醍醐味だよ?」

「人間の醍醐味じゃないならいらないわよ。もっとこう……風光明媚ってやつよ!」

「言葉の意味はわかるけど鬼にそんな繊細なの求めても無理だって!?」

 

 建物を作るぐらいなら良い。ある程度の土木作業ならお手の物だ。

 しかしそれ以上、繊細な手さばきと深い造詣が必要になる風景の手入れに関しては鬼と言えど門外漢である。

 おまけに霊夢自身のイメージも固まっていないのか、指示がふわふわと覚束ない。これではいくら萃香でも無理があるというもの。

 

「これ以上は私にゃ無理だよ。妥協したら?」

「博麗の巫女に妥協の二文字はないわ」

「温泉の番頭じゃん……」

 

 これはまだまだ先が長くなりそうだと萃香ががっくりと肩を落としていると、ふとこちらへ近づいてくる気配を察知する。

 

「うん? 日も中天に昇ってない頃から参拝客か? いやないか痛ぁっ!?」

「否定すんじゃないわよ。うちだって朝早くからお婆さんがお参りに来るとか夢見てるんだから」

「それ結局実現してないってことじゃ痛い痛い陰陽玉はやめろ!?」

 

 最初は霊撃札での攻撃。次は本格的に機嫌を損ねたのか霊力のたっぷりこもった陰陽玉が萃香の身体をガンガン打ち据えてくる。

 

「にしても、まだ温泉を始めたって宣伝もしてないのに誰が……あいつしかいないか」

「んだね、ほら」

 

 萃香が指差した先には大きな箱を抱えて空を飛ぶ少年、火継楓の姿があった。

 楓は目隠しをしながらもぴったり二人の前に降り立つと、抱えていた箱を地面に下ろす。

 

「よっと。もうそろそろ温泉が完成しそうだと聞いてな。人里の商売にも噛ませてもらえないかと話を持ってきた」

「これは?」

 

 霊夢と萃香が箱を覗き込むと、そこには蒸かしたての小さい饅頭やお焼き、ゆで卵などが入っていた。

 

「風呂上がりに食べられる軽いものの試作だ。このまま昼食代わりに食べて良いぞ」

「わ、やった!」

「その代わり意見はくれ。で、今は一体何を話していたんだ?」

「んー? ああ、霊夢のやつが私の作った温泉にダメ出しするんだよ。もっといい風景が作れないか、って」

 

 鬼に言われても困っちゃうよと言って萃香は酒の肴としてお焼きをかじり、グビリと伊吹瓢から酒を呑む。

 

「っさいわねえ。あんたも見てみればわかる……って言っても見えないか」

「そうだな。風や空気の流れで大体の形はわかるが、色や風景の美しさに言及するのは無理だ」

 

 なので今の自分に景色がどうこう言われても力になれない、と言って彼も饅頭を口に運ぶ。

 

「……なんか普通に話してるけどさあ」

「何よ、鬼がまじまじと見てくるなんて気色悪いわね」

「いやいや、これは私が正しいでしょ。二人ともいつもと変わらないの?」

「別に? 私は昔っからこいつが危険なやつだってわかってたし」

「こいつの勘をごまかせる自信はない。嫌と言わないなら気にしてないんだろう」

「そういうこと。仮にあんたを拒絶して、次に来る人が気の合う人だって確信もないし、また阿求関連で怒っても私が殴り倒せば良いだけだし」

 

 今なら確実に勝てるもの、と語る霊夢に楓も同意の首肯を返した。

 

「業腹だが、今の俺だと霊夢には勝てん。亜空穴とかを使われた時の察知は全て目でやっていたからな」

 

 おまけに霊夢もあの命がけの修羅場を乗り越えて大幅に成長したのだろう。一瞬だけ己を空にして全ての攻撃を回避し、攻撃する時だけ実体化するといった芸当までこなすようになった。

 特に空に浮くと目が見えない楓の探知が遅れ、ほぼ一方的に攻撃を受けることしかできなくなる。

 そのため今も楓と霊夢の稽古は続いているが、楓が負け越している状況が続いていた。

 

「俺は霊夢が何も言わないので気にしないことにした。話を戻そう。――俺は力になれんが、この手のことで力になれそうなやつなら心当たりがある」

「え、本当?」

「要は露天風呂の景観を整えられる人を連れてくれば良いんだろう。あとこの手の美醜がわかるやつ」

「そうね。私の思う綺麗が他人と合わない可能性もあるわね。じゃあ楓、頼んで良い?」

「任された。報酬は一番風呂ということにしてくれ」

「わかったわ。ちなみにどのくらいかかる?」

「相手の事情次第だ。今日中は難しいかもしれん」

 

 当然といえば当然の返答に霊夢は口をへの字に結ぶ。早く温泉を開業したいのは山々だが、ここで妥協もしたくない。

 楓が前言を翻す性格でないのは知っているので、多少時間がかかっても必ず連れてくるだろう。

 それまでは仕方がない。楓が置いていった箱の中身である食物の試食――もとい吟味をして、温泉に置けるものの選別を行っていこう。

 

「ま、温泉が逃げるわけでもなし。気長にやっていきますか!」

 

 

 

 

 

 などと構えていた霊夢を他所に、楓はさっさと心当たりの一人を連れて人里に戻っていた。

 

「急に頼んで悪いな、妖夢」

「そう言うなら私より先に幽々子様の方に行くのはやめてもらえません?」

「お前の主は幽々子なんだから、彼女に聞くのが筋だろう」

 

 正直に霊夢が作っている温泉地の作成に協力してくれないか、と頼んだところ幽々子は二つ返事で了承し妖夢を貸し出してくれた。

 楓としては作られた庭の美醜についても判断してほしかったため、幽々子にも来てほしかったがあいにくと彼女は動けない用事があるらしい。

 無理強いはできないため、楓は妖夢だけを伴っている次第だった。

 妖夢はあれよあれよと自分の意思がほとんど介在しないまま話が進んだことにいたく不満気な様子を楓に向ける。

 

「そうですけど! 幽々子様にそんな面白そうなことを教えたら私なんてあっという間に使いっぱしりですよ!! 以前の異変だってそうだったんですから!」

「まあまあ。実際、人目を気にした景観の作り方でお前以上を探すのは難しいんだ。俺も今はこの通り、目が塞がされている」

「むぅ。庭師として評価されるのに悪い気はしませんが、一番風呂だけじゃ足りませんよ」

「……白玉楼の二百由旬あるとされる庭を整備してるんだから、温泉ぐらい誤差の範囲では?」

「ダメです。職人を動かすならきちんと報酬を支払ってください」

 

 返す言葉もなかった。楓も無理なお願いをした自覚はあるのだろう。妖夢の言葉に首肯を見せた。

 

「霊夢に言ってくれ……と言いたいが、あいつはどうせ俺に回すだろう。俺個人で済む程度なら聞こう」

「ではこれは貸しということで。ところで、その目で大丈夫なんですか?」

 

 会う人が皆聞いてくる目隠しについて説明しつつ、楓は腕を組んでもう一人について思案する。

 言ってしまうとアテはある。楓は蓬莱山輝夜を呼ぶつもりだった。永遠亭で日がな盆栽やらを愛でている姿を見た覚えがあるので、彼女なら審美眼もそれなりに備わっているのではないかと思っていた。

 

 しかしこれには問題がある。永琳が自分との付き合いをどうするのか、まだ確認が取れていなかった。

 守矢神社の祭神と同じく、楓から距離を取る選択をしても楓には責められない。そうなったら仕方がないので、霊夢に紫を呼んでもらって審美してもらう予定である。

 ……余談だが、楓の脳裏に幽香の姿がよぎったのも事実だ。けれど彼女の美醜は植物、特に花の有無に大きく左右されると判断し、今回の相手からは除外していた。閑話休題。

 

「――一旦は人里で準備する形で良いな? 道具とかもあるだろうし」

「ええ、構いません。地上と冥界で庭の手入れ道具も違うかもしれませんし、むしろちょっと楽しみです」

 

 そう違いが出るのだろうか、と不思議そうな顔になるものの細かい追求はしなかった。音に聞く二百由旬の庭を手入れする道具だ。楓の想像の埒外にあるようなものなのかもしれない。

 

 などと考えて人里に入り、霧雨商店に向かうと目が見えない楓にもわかるくらい、人混みができていた。

 隣を歩く妖夢が声に出して楓に状況を教えてくれる。

 

「あれ、ずいぶんと人だかりがありますね。このお店ってこんなに混んでましたっけ?」

「そういう時もあるが、今日は特に何もなかったはず……うん?」

 

 人混みが増えると楓にも読みにくくなるが、その中でも一際目立つ気配があったことに楓も気づく。

 

「置き薬の配達か? だが、それにしては……」

 

 気配が妙だ。どうも集まっているのは男ばかりで、薬売りの少女に対して群がっているように読み取れた。

 楓の目が開いていればここで薬売りに来た少女の正体に気づけたのだが、背格好も服装も似ていたため、気づくのが少し遅れてしまう。

 

「あ、人が出てきました! え、こっちに向かってくる?」

 

 妖夢の言葉と同時、人混みの中から編み笠を被り、動きやすい服装をした少女が一人飛び出して楓の方へ一直線に向かってくる。

 

「わっ!?」

「む」

 

 彼女は速度を緩めることなく楓に飛びつき、楓はひらりとそれを避けた。

 避けられると思っていなかったのか少女は思いっきり前につんのめるものの、転ぶことはなく反動で楓に向き直り、恨みがましい目を向けてくる。

 

「ちょっと、私に抱きしめられるなんて時の帝ですら得られなかった栄誉をなんで避けるのよ!」

「突進を仕掛けてきた猪を正面から受け止めるバカはいない。で、なんでお前がここに? 輝夜」

 

 楓に突進を仕掛けてきたのは誰あろう、普段は永遠亭で暇を持て余し、楓の話を聞いて無聊を慰めている蓬莱山輝夜その人だった。

 楓も妖夢も霧雨商店前に人だかりができていた理由を察する。男ばかり集まっていたが、何のことはない。護衛もつけずに絶世の美少女が無防備に歩いていたのだ。どうにかお近づきになろうと考えるのは自然なことである。

 輝夜は走っても乱れない艶のある黒髪を後ろに流し、楓を指差す。

 

「あなたが全然顔を見せなくて退屈だったから、薬売りに行く鈴仙を縛り上げて交代してもらったのよ」

「縛り上げて交代の時点で問題しかない……」

「どうせ戻って永琳に怒られるオチが待っている。というか後ろの人、まだいるのか?」

「そりゃもちろん、私みたいな美少女に群がらないわけが……あら? いない?」

 

 気配を探るまでもない。輝夜が楓と親しげな様子で話し始めた時点で、輝夜に群がっていた男たちは蜘蛛の子を散らすように立ち去っていた。

 それもそのはず。すでに人里では楓と一緒に歩いているような少女はその時点で危険人物とみなし、離れていくのが人里での暗黙の了解になっていた。

 問題を起こすと思っているわけではない。ただ単に、楓が相手をする少女らを自分たちで御しきれるとはこれっぽっちも思っていないだけである。

 面と向かって言われたわけではないが、楓も薄々察していたため腕を組んで憮然とした顔で理由を語った。

 

「……誠に遺憾だが、俺と知り合う人間と思えない少女には近寄らない方が良いという暗黙の了解がある。誠に遺憾だが」

「二度も言った……え? 私も危険人物なんですか!?」

「異変の度に刃物で斬りかかってくる輩を安全な存在だと思うとでも?」

 

 霊夢や楓は斬りかかってこられても対処できるだけで、普通の人は斬られたら死ぬ。

 密かに自分は常識人だと思っていた妖夢が打ちひしがれているのを他所に、楓は輝夜の方に向き直る。

 

「おおよその話は理解した。置き薬の仕事は鈴仙の代わりにやったのか?」

「ま、服も借りたんだしそれぐらいはね。終わったら人里を見て回ろうと思ったのにご覧の有様。ね、楓さえ良ければまた護衛を――」

「それにしても丁度良いところに来てくれた。少し温泉の景観作りに付き合ってくれ」

「え? あ、ちょっと!?」

 

 楓としては探していた相手が向こうからやってきたのだ。この機を逃す理由もないと輝夜の腕を掴む。

 およそ箸より重いものなど持ったことがないような細腕で、男に掴ませたことなどないものだが、楓は特に何の感慨も抱かない。強いて言えば高価な壺を持っている気分である。

 

「どうせ俺がいないとまた群がられるオチだ。後で護衛もやってやるから先にこっちを頼む」

「ああもう! あなた人のことを自分勝手なんて言える筋合いないでしょ!? わかった、わかったから引っ張らないで!?」

 

 

 

 

 

「――というわけで連れてきた。この二人ならお前の要望に応えられるだろう」

「ついさっき出ていったばかりじゃないの!? というか私たちまだご飯食べ終わってないんだけど!?」

 

 もぐもぐと箱に収められた食べ物を食べていたところ、さっき飛び出してきた楓が妖夢と輝夜の二人を引き連れて戻ってきたのだ。

 あまりの行動の速さにさすがの霊夢も頭痛を覚えざるを得ない。

 

「いや、というかこの時間で白玉楼と永遠亭の両方に行ったの? それにしても早くない? 全力疾走でもした?」

「本当は白玉楼で妖夢と幽々子の二人を引っ張ってくるつもりだったが、幽々子の都合が悪いと言われたので妖夢だけ借りて、輝夜は立ち寄った人里で拾った」

「私を拾ったというのも失礼だし、そもそも私が次善の策だってのも失礼極まりないわね本当!! 世が世で私が権力者なら打首よ!?」

「お前は権力者じゃないし、そんな世でもないので問題ないということか」

 

 そもそも楓は輝夜を彼女の望み通り、わがままなお姫様として扱っている。つまり相手がわがままを言うならこっちが言っても問題ないという認識だ。

 

「どうせ一人だったら人里で男たちに絡まれてまた身動きが取れなくなっていたんだ。後でそっちの希望も聞くから、先にこっちの希望を叶えてくれ」

 

 そう言って楓に頭を下げられてしまい、輝夜は呆れのため息をつくしかなかった。

 しかし、楓のように扱ってもらえるのは輝夜としても結構嬉しいことだった。妹紅は自分に殺意と憎悪、親愛と依存の入り混じった感情を向けてきて、永琳たちは自分に敬意と忠誠を向けてくる。てゐは半ばビジネスパートナーみたいなところがあるので対等と言えば対等だが、輝夜の求めている関係とは微妙に違う。

 

「はぁ……わかった、わかったわよ。この私に頼んだ以上、生半なものは許さないわよ。いつぞやの剣士さん?」

「む、私とて日々二百由旬の庭を手入れしているのです。見る側にとっての美しさというのもお手の物です。かぐや姫をも唸らせる景観にしてみせましょう!!」

 

 輝夜の言葉を挑発と受け取ったのだろう。妖夢は人里で調達した手入れ道具をちょきちょきと動かし、一目散に走り出していく。

 霊夢はその場から動かずのんびりと昼食を口に運びながら、背を向けている楓に声をかけた。

 

「頼んだのは私だけどさ……あんた、ちょっと動きが早すぎない?」

「できるやつを引っ張ってくるだけなんだから、このぐらいだろ? 別に無茶振りしたわけでもなし」

「いや、私はもう少し日がかかると思ってたわ」

「早く作りたいんだろう。阿求様が気にかけておられたからな」

「ああ、そういう……」

 

 普段の楓にしては妙に動きが早いと思っていたが、阿求に教えたいという原動力があるなら納得である。

 ……しかし、彼の異変への巻き込まれ方を考えるに、楓がその気になればもっと大勢を引きずってこれるのではないかと考えてしまう霊夢だった。

 

 輝夜は楓を伴って妖夢の仕事ぶりを見学し、その手際の良さにおやと軽く驚きを見せる。

 

「温泉に入った人が見る、という観点でもう最終形が浮かんでいるのかしら。人間、見た目によらないわね」

「ふふん、これでも長いですから」

 

 見事なものだと感嘆の吐息を漏らす輝夜へ振り返り、妖夢は得意げな笑みを浮かべる。

 

「ええ、これなら出来にも期待ができそうね。私は素晴らしいものへの称賛は惜しまないわ」

「な、なんですか。そんなに褒められると他意を感じます」

「心外ね。良ければ今度永遠亭の手入れもやってもらえないかしら、て思ったからおだてようなんて考えてないわよ?」

「あるじゃないですか他意!!」

 

 もう、と妖夢は機嫌を損ねた様子で再び手入れに没頭してしまう。

 輝夜はそんな妖夢の姿も面白そうに見て、隣に立つ楓に声をかける。

 

「あらら、振られちゃったわ。かぐや姫のお誘いを無下にする人なんて永琳と妹紅とあなたぐらい……結構いるわね?」

「時の都でもないんだ。今のお前は永遠亭の主である、というだけだ」

「そうみたい。これならもっと頻繁に外へ出てもいいと思うの。楓からも永琳に言ってくれない?」

「……また永遠亭を訪ねて良いのか?」

「え、私を無理やり引きずってから聞く?」

「一応聞こうとは思っていた。それはそれとしてこっちの都合を付けてからと思っただけで」

「こいつの優先順位がよくわからない……」

 

 楓にも遠慮の気持ちはある。それに能力について知られたことで距離を取るというのであれば、そのように配慮もする。

 ただそれはそれとして阿求の望みが最優先なので、今回は順序が逆になっているのである。

 その辺りを包み隠さず話すと、輝夜は納得したような、馬鹿を見るような目で楓を見た。

 

「なるほどなるほど。永琳からも聞かされていたけどそれがあなたの本質。道理で私になびかないわけだわ。すでにその魂を捧げる相手がいるのだもの」

「…………」

「特別な出来事があったわけでもなく、生まれた頃より主に対して狂気的な忠誠を捧げ、それらが発揮される時はおよそ不可能なことであろうと成し遂げる……。幻想郷には不思議なことが溢れているわね」

「……恐ろしくはないのか? 人の群れに熊が紛れているようなものだ」

 

 楓の言葉に対し、輝夜は何がおかしかったのか口元を押さえてクスクスと笑いを噛み殺す。

 そして目が見えていない楓の顎に手を当て、その耳元に口を近づけてささやいた。

 

 

 

 ――不老不死の私を変えられるの?

 

 

 

「ま、そういうことよ。蓬莱人はどれだけ殺しても死なない永遠不滅の魂。あなたの能力が魂に干渉すると言っても、人間相手には効果が落ちるのでしょう」

「魂に依存している相手なら効果は高いぞ」

「その魂が不変な存在に効果はあるの?」

「…………」

 

 黙るしかなかった。楓の魔眼は効果が強く出るか否かがハッキリと分かれるものだ。

 人間、天人といった類にはほぼ効果がなく、妖怪には強く効果が出る。

 蓬莱人にもおそらく効果はないだろう。あるいは気が遠くなるほどの年月、能力を使い続ければ効果が出るかもしれないが非現実的だ。

 楓の沈黙を答えと取ったのだろう。輝夜は楓から距離を取って、肩をすくめた。

 

「私は別に気にしないわ。鈴仙やてゐはわからないけど、そこはそれ。永琳だって本当にダメならもっと私に強く言っているでしょうし」

「……わからんな。俺は主のためなら何だって喜んでやるぞ?」

「ウチの永琳もそうよ。なんたって私のために使者たちを全員……おっと、これはさすがに早いわね」

「そちらにも事情はあり、深入りするなら覚悟を持てと」

「わかってきたじゃない。永琳はあなたを気に入っているし、鈴仙、てゐとも仲が良い。私もあなたのことはそれなりに好ましく思っているわ。だから――覚悟して来たなら歓迎するわよ?」

 

 その声音に込められた感情を楓は全て読み取ることができなかった。

 これに踏み込む時、自分は確実に命がけの戦闘をすることになる、ということだけを心のどこかで察し、楓もまた肩をすくめた。

 

「必要ならそうさせてもらおう。妹紅含め、お前たちは見ていて危うい時がたまにある。目に余ったら踏み込む」

「……死ぬかもしれないのよ? 主のためを考えるなら無視しても良いんじゃない?」

「どうせ爆発する時は俺が巻き込まれるんだ。関わろうと関わるまいと結果は変わらん」

 

 楓も自分の間の悪さについてはいい加減、自覚するところであった。

 望む望まないに関わらず世界は動き、妖怪たちは異変を起こし、自分は巻き込まれる。

 ならば意地の一つも見せようと思うのだ。誰も彼もが自分の意志を通そうとしているのなら――巻き込まれた自分にも意志を貫く自由はある。

 そこまで考えた後、楓は頭を振って思考を切り替える。

 

「まあ、今ではない。それより妖夢の手入れを見たらどうだ」

「見てるわよ。正直、ケチの付け所がなくて面白くないわ」

「ちょっと!? さっきまで無視してたのも聞こえてましたからね!!」

 

 あんまりな言われように妖夢が怒って枝切り鋏を片手にずんずん向かってくるが、輝夜は素早く楓の後ろに身を隠す。

 

「楓、どいてください! 幽々子様もそうですが、現場の苦労を知らないやつは一度痛い目見た方が良いんです!」

「待て待て、お前と輝夜は知り合い程度の間柄だろう。え、幽々子にもそう思っていたのかお前……?」

「おっと、今のはお墓まで持っていってください。幽々子様に面と向かって言うつもりはなかった腹の底というやつです」

「なお悪い」

 

 ひょんなことから墓まで持っていく情報が増えてしまった。楓はどう言って妖夢をなだめたものか思索しつつ、ため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

「――と、いうことがありましてようやく明日より博麗印の温泉が開業するそうです」

「お兄ちゃんもなんというか、人を巻き込むのに躊躇いがなくなったよね……」

「目が見えなくて不便なもので」

 

 妖夢と輝夜の間で一悶着こそあったものの、騒ぎを聞きつけた霊夢が両者を等しくぶっ飛ばすことで解決し、楓は阿求の元へ戻っていた。

 阿求は困ったような笑顔を浮かべながらも楽しそうに楓の報告を聞き届け、幻想郷縁起の項目に温泉も記すことを決める。

 

「異変の影響で生まれた温泉だもの。これは私たちも実地で確かめる必要があります。そう思わない、お兄ちゃん?」

「阿求様の仰る通りです。場所もさほど人里から離れた場所ではありません。特にここ最近は阿求様も大きく動かれたでしょう」

 

 具体的には楓の進退を決める場所に呼ばれたこととか。あの日の言葉は楓の中で永遠に残り続けるものだった。

 しかしそれで阿求に慣れぬことをさせてしまったのも事実。楓は側仕えとして主の雄姿に心底から震え、感動したがそれはそれとして主の身体を慮るのが役目である。

 

「もともとあんまり動く方でもないし、大きな声も出したからね。ここらで一つ、羽休めでもしましょうか」

「お供いたします」

「もちろん。それにしても……」

 

 阿求はパラパラと書いていた本をめくり、過去の出来事を振り返ってみる。

 

「永夜異変に始まり、六十年ごとの花映塚、守矢神社の来た風神録。天子さんが来た緋想天。そして地底で起きた異変……もう五つもお兄ちゃんは異変に関わっているのね」

「はっ」

「これからもまた異変は起きるでしょうし、お兄ちゃんにはまだまだ頑張ってもらいます。当然、最後には私のもとに戻ることまで含めて」

「かしこまりました」

 

 楓は阿求との約束は違えない。何があっても必ず勝利し、阿求の元へ戻るだろう。

 ただ、一つわがままを言うのであれば――

 

「あーあ。私もいつか、お兄ちゃんや霊夢さんみたいに異変解決に参加してみたいなあ」

「残念ながらそれは難しいかと。阿求様のお体は普通の人とお変わりありませんが、口さがなく言えばそれだけです。無論、どうしてもと仰るなら私がお守りいたしますが」

「だよね。ううん、そうなったら良いなってお話だけ。私も自分の体はわかっているつもりだから」

 

 そう言ってこの話を終わらせ、阿求は楓に次の話をねだる。

 目が見えなくなろうともこの少年は様々なことに首を突っ込み、様々なことに巻き込まれてくるので、何度話を聞いても飽きることがないのだ。

 

 

 

 

 

 ――いくつかの異変の後、阿求と楓が並び立って異変に参加する未来が訪れることなど、誰も予想することはできていなかった。




可愛い子が人里にいる → どうにかしてお近づきになりたい
可愛い子が楓と一緒に歩いている → やべーやつなので距離を取ろう

大体こんな感じの認識が人里に蔓延っています。楓は非常に不服ですが、実際危なくないの? と言われると何も言えません。

輝夜及び永遠亭のスタンスはほぼ変わらず。蓬莱人に楓の目は効果がないので。なおそれとは別件の地雷がありますし、楓と阿求のストーリー的にここの地雷解体は不可避になります。

もう少しこんな感じで出せていなかったキャラを出したら、星蓮船に入っていきます。この辺りから阿求にも変化が出てきます。変化が出るのが遅い? はい(正座)
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