阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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約束された結末と魔女の手紙

 慧音は打ちひしがれていた。

 かつてこれほど苦悩することがあっただろうか。いや、ない。

 

 自分は半獣として長い時を過ごしてきた。中には思い出したくない部類の思い出も山のようにあるが、それでも上白沢慧音という人格を構成する一部であることは認められた。

 長く生きれば相応に重い話も出てくる。人の生死を見届けることなど軽いこと。中には口さがないことを言ってくる輩を相手に暴力を振るったこともある。

 無論、幻想郷に来る前のことだ。半獣として人より強靭な肉体を持つ彼女は多くの人間に羨まれ、妬まれた。

 

 しかし人間でなく、妖怪でもない彼女にとって、自分の身の置き場や立ち位置はずいぶんと悩まされていた。教師として誰かを教え導く立場に至ったのも悩みの結実である。

 そう、悩みに悩み抜いて出した答えなのだ。慧音にとって教師という立場は。だというのに――

 

 

 

「なぜだ……! なぜ、比那名居の授業の方が面白いと言われるんだ……!」

 

 

 

 ままならぬ思いを吐露するように拳を地面に打ちつけ、慧音は嘆く。

 幻想郷の寺子屋はまさに天職だと思っていた。子供たちを教え、導き、等しく学問の喜びを教えてやる。これほどやりがいのある仕事など、慧音には考えられなかった。

 

「えーっと……」

 

 悔し涙すら流しそうな勢いで嘆く慧音を見て、たまたま彼女を訪ねてきた少女――妹紅は困った顔をするしかない。慧音が寺子屋の教師をしていることは知っていたが、その授業内容まで把握していたわけではない。

 

「私にできることは全てやったつもりだ! 皆、良いと言ってくれた! なのになぜ……!」

「…………」

 

 自分の存在に気づいている様子もないし、これは日を改めた方が良いと妹紅は長年の経験で察する。ここに長居するとほぼ確実に面倒なことになりそうだ。

 そっと彼女から距離を取りこそこそと外に出ようとして、入る際に閉めていた扉がガラリと開く。

 現れた人影――目隠しをしている少年の姿を見て、妹紅は全てを察して諦観の顔になる。この少年が現れた時点で逃げ出すことは不可能になってしまった。

 

「先生、先日お話した妹紅の屋台に出す酒について……おや、妹紅も来ていたのか」

「ええ、まあ、うん、はい。私はもう諦めました」

「? とうとうボケたか?」

「ちっがうわよ!! あれを見なさいあれを!!」

「見ろと言われても見えないが……む、なぜ慧音先生は四つん這いになって床を叩いているんだ?」

 

 何か落とし物でもしたのだろうか、と楓が首を傾げているとゆらりと慧音の顔が動いて妹紅と楓の二人を捉える。

 そして目にも留まらぬ速さで楓の手を掴んだ。

 

「よくぞ聞いてくれた楓!!」

「へっ?」

「お前に確認したい大事なことがある! 私の今後にも関わる極めて重大な話だ!」

 

 この時、妹紅は確かに見た。楓も慧音の言いたいことを正しく理解し、とうとうこの時が来てしまったのだと全てを察した諦観の表情を。

 楓と妹紅。どちらもこれから確実に面倒なことになるが、逃れることはできないのだろうと全てを諦めた顔になっていることに気づかないまま、慧音はそれを口にした。

 

「私の――授業がつまらないと言われたんだ!!」

 

 

 

 

 

「事の起こりを洗いざらい話しなさい」

「はい」

 

 慧音が落ち着くのを待った後、楓は妹紅から寺子屋の裏に呼び出されていた。

 二人とも逃げるつもりはない。ここで逃げた方が後々絶対に面倒になると本能的な部分で理解しているからである。理解したくなかったとは二人の感想。

 

 ともあれ楓は慧音が寺子屋を続けて非常に長いこと。里の者たちはほとんど例外なく彼女に感謝していること。しかし残念ながら授業の内容が面白いわけではなく、誰もがそれを指摘することができず口をつぐんできてしまったことなどを全て話す。

 そして最近新しく教師となった天人の比那名居天子は自分が紹介した少女であり、何事もそつがない彼女は子供へ学を授けることも上手くこなしているらしい。

 

「……で、まあ直接言ったのか間接的に聞いてしまったのかは知らないが、どこかで慧音先生もそれを知ってしまったのだろう」

「呆れた。大元をたどればそっちの問題じゃない」

「言われずともわかっている。……弁解させてもらうが、あの人は本当に素晴らしい人なんだ。幼少の頃、少しでも寺子屋に通っていた子供たちで先生を尊敬してない人はいない」

 

 霊夢も子供の頃は僅かな間でこそあるものの、寺子屋に通って勉強を受けていた。それ故、博麗の巫女として独り立ちした現在でも、慧音に会ったら先生と呼んで敬意を払っているのだ。

 楓のみならず、火継の一族にあっても慧音を軽んじるような声はないほどである。歴史書の編纂を行うこともあって、幻想郷縁起の編纂を行う御阿礼の子とも縁深い。

 

「だったらどうして言ってあげないのよ。あなたなら言うべきと思ったことを言えると思うのだけど……」

「同年代ならまだしも、相手は俺の父上のそのまたご先祖からの相手だ。言うに言えなかった」

 

 あと卒業さえしてしまえば自分には関係がなくなる。いつか誰かが言ってくれるだろう、と考えているうちに先送りになってしまい今に至ってしまったと言えた。

 改めてこれらの問題点を見直し、楓は大仰に腕を組んでうなずき、妹紅の方に向き直った。

 

「うむ。――なあ、これ俺たちが解決しないとダメな問題か?」

「当たり前でしょ! というかこれなら部外者私じゃない!?」

 

 なので話は当事者で、と妹紅がなりふり構わず逃げようとしたが、楓に肩を掴まれて叶わなかった。

 

「待て待て、お前への用事もあるんだ。逃さない――もとい、生贄になってくれ」

「後の方がひどいわよ!?」

「真面目な話、部外者がいないと正否の判断が付けにくい。俺は先生の曇りなき眼で見られると否定しづらい」

「見えてないから気にしないくせに……」

 

 妹紅の言葉は聞かなかったことにして、楓は妹紅を伴って教室に戻る。

 教壇に立ち、授業の準備を終えていた慧音が待っていたと二人を歓迎した。

 

「おお、戻ってきたか。二人に付き合わせてしまい悪いな。うん? だが、楓は私の教えを受けた身。お前もひょっとして私の授業はつまらないと――」

「先生、それよりその用意は一体?」

「露骨な話題そらし……」

 

 妹紅のツッコミを黙殺して慧音に話を促す。

 すると慧音は手元の教材を愛しげに撫でながら、考えているところを話し始める。

 

「うむ。残念ながら私の授業は比那名居に比べ、面白くないと言われてしまった。教鞭を執る者として短所が見つかった以上は直したい。だが、結局のところ面白さというのは自分で考えてわかるものではない」

「他人の評価だものね」

「そう、それだ。なので楓と妹紅には今から私の授業を聞いてもらい、その評価と改善点を指摘してもらいたい。無論、改善については私も考える」

 

 特に妹紅は慧音の授業を受けていないので、その辺りの評価にも期待していると告げる。

 

「ところで先生、自分は今この通り目が見えないのですが」

「今回は歴史の授業だ。お前は一度習っているから聞いているだけで良い」

 

 それを聞いて楓は隣に座る妹紅へ顔を向ける。

 

「……妹紅」

「なに?」

「寝るなよ。俺から言えるのはそれだけだ」

「は?」

「では授業を始める!」

 

 どういう意味かと聞き返す前に慧音の授業が始まってしまい、妹紅は仕方なしに前を向いて慧音の話に耳を傾ける。

 ほとんど成り行きではあるが、こうして勉強するなど何年ぶりか。あるいは初めてかも知れない。

 それに今まで自分は完全に世捨て人として生きていたため、幻想郷の情勢などほとんど楓からの話でしか知ることができなかった。

 

「まず歴史を勉強する前に――」

 

 なので妹紅は心持ち張り切って慧音の話に耳を傾けていくのであった。

 

 

 

 

 

「楓、説明」

「聞いたとおりとしか言えない」

 

 授業を終えた時、妹紅は頭に三つのたんこぶをこさえて再び楓を寺子屋裏に呼び出していた。

 楓は眠りこそしなかったものの、その手には深々と爪痕が残っており、眠気に屈しないために相当な力で握り締められたことが伺えた。

 

「まあ、先生の授業はああいうものなんだ。とにかく話が迂遠でまだるっこしく、なかなか本題に入らない」

「おまけになまじ慧音の声が優しいから眠気を誘う……。私も寝ないよう意識したつもりなのに眠らされるとは……」

「本人に悪気はないし、話を聞くとちゃんと必要な部分ではあるんだ。ただ全体を通して理解してないと無意味な部分が多いだけで」

 

 授業を受けない身になって、振り返ることで初めて理解できる類の話である。子供に難しく、眠気を誘うものなのは間違いない。

 

「現状の問題は把握できただろう。あれが人里の人間が長い間言えず、困り果てていた慧音先生の問題点だ」

「威張って言うことじゃないわよ。それにしてもどうしたものか……」

「ここまで来たんだ。腹をくくるしかない。次代の子供たちのため、共にやっていこうじゃないか」

「何回でも言うけど、人里の誰かがその気持ちをもっと早く発揮していれば私には来なかったのよ? その辺りわかってるの? ねえ?」

 

 妹紅は怒りを押し殺した能面の如き無表情で楓を睨みつけるが、楓は素知らぬ顔でそっぽを向く。こいつ見えてないっていう癖、表情の変化ぐらいは捉えているだろう、と妹紅に思わせる動きだった。

 

「すみません、戻りました」

「戻ったか。よく話しているみたいだが、一体何を話しているんだ?」

「大したことじゃないの。ええ、本当に」

 

 お前がもっと早く言っておけば私はこんな苦労しないで済んだんだよ、という愚痴みたいなものである。

 楓も自覚はあるのであまり言い返したりせず、粛々と受け入れてくれるので普段良いようにされている意趣返しも含まれていた。

 

「で、私も楓も慧音の授業は見せてもらったわ。求めているのは忌憚のない意見、で良いのね?」

「ああ。私も覚悟を決めている。さあ、どんと来い!!」

「じゃあ遠慮なく……楓、良い?」

「人里が長い間残し続けた課題に挑戦するのが自分だった。そう考えることにした」

 

 そこまで壮大なものだろうか、と妹紅は内心で首を傾げながら楓と一緒に話していた問題点を全て慧音に話す。

 一つ告げる度に慧音は苦しげに胸を抑え、膝を震わせていたが、最後まで聞くともはや涙目で机の上に突っ伏していた。

 

「う、うっ、うぅっ……そんなにも私の授業はつまらなかったのか……。私はずっと下手の横好きでやっていたのか……」

「門外漢である私が気づいた辺りだとこれぐらいね。楓は?」

「概ね同じだ。先生、申し訳ありませんでした。我々もあなたに教えることができず、今の今まで至ってしまった」

「いや、良いんだ……お前たちは何も悪くない……。お前たちに悪意などあるはずもない。今のような私の姿を見たくないがために口を閉ざしたのだろう……」

 

 慧音の言う通りだが、楓も慧音にこのままでいてほしいわけではない。むしろ早急に改善しなければ慧音の心に消えない傷が刻まれてしまうだろう。

 

「欠点はわかったんです。次は欠点を直していく方法を探せば良い」

「む……そ、そうだな。私も考えてみるが、こう言ってはあれだが良い意見は浮かばないだろう。なまじ長く生きていると、思考が固定化されてしまう。……私はずっと楽しい授業だと思っていたんだ」

「楓、ちょっと」

 

 なまじ当事者でもある楓がここにいると、慧音は際限なく落ち込んでしまいかねない。妹紅は蓬莱人として生きてきた経験からそれを見抜く。

 慧音には一旦一人で整理する時間が必要だと察し、妹紅は楓の袖を引いて外へ向かう。

 

「私たちも外で他の人の意見を聞いてみるわ。慧音も初めて言われたみたいだし、少し考えてみたら? ほら、行くわよ楓」

「む、わかった」

 

 妹紅に引かれて楓も外に出る。

 外の日差しを目隠し越しに感じ、何も見えないながら空を仰ぎ、楓は腕を組んで大真面目な顔で考えを巡らせる。

 

「さて、俺としては天子――慧音先生の話していたもう一人の教師に直接授業のやり方を聞く手があると思っている」

「私はあんまりオススメしないわ。慧音の話の発端がその子への対抗心……と言うと変だけど、とにかくそれに近いものがあると思うの」

「ふむ、そんなものか」

 

 楓は必要なら誰の技術も取り込むし、そこに私心を混ぜることもない。技術は技術で、個人は個人である。

 しかし楓にわからないからといって、妹紅の意見が無に帰すことはない。むしろ彼女の方がより慧音に寄り添った考え方ができているのだろう。

 

「妹紅がそう言うなら信じよう。となると別の人から聞く必要が出てくるが……」

「そこは楓の人選に任せるわ。私はあんまり人里の人には詳しくないし」

「わかった。だったら霧雨商店に向かう道中で誰かを探そう。ちょうど妹紅にあった用事も済ませたい」

 

 楓が迷いのない足取りで霧雨商店への道を歩き始めたため、妹紅もその隣について並んで歩く。

 妹紅への用事、という言葉をさっきも聞いたと思い出した妹紅は細く傷一つない指を顎に当て、視線を上に向ける。

 

「ああ、そんなことも言ってたわね。私に用事なんてあったの?」

「屋台に出す酒の話だ。あれからこっちでも思い当たるところへ片っ端から声をかけた」

「結果はどうだったの?」

「聞いて驚け。全てから了承がもらえた」

 

 楓の持ってくる話ならとりあえず悪い方向には行かないだろう、という信用されているのか今ひとつわからない言葉と同時に快く引き受けてもらえた。

 妹紅も楓の人脈についてはなんとなく察していたため、その結果には目を見開く。というか律儀に全部訪ねて回ったのか。

 

「全部!?」

「ただ、そんなにあってもこっちが使い切れん。そのため一旦霧雨商店に預けてもらって、お前に選んでもらおうと思っていた。外れたものはそのまま霧雨商店に置いて、利益を折半する形で話を付けている」

「な、なるほど……。いや、嬉しいけどいつの間にそんな動いてたの?」

「人里で会った時やこっちから訪ねた時、ついでに聞いていただけだ。協力的な相手が多かったのは嬉しい誤算だった」

 

 残りはミスティアの語っていた雀酒になるが、これは個人作成になるので量が多くなることもないだろうと見越し、勘定に含めなかった。

 

「ということで妹紅には酒の選別を頼みたい。良いか?」

「そういう話ならわかったわ。そして道中で誰かに会えれば話も聞く、と」

「誰もいなければ霧雨商店の店主に聞けば良い。あの人も先生の授業を受けた人だ」

「そんなに大勢いたのに今まで指摘がなかったのね……」

 

 口ではげんなりした風に言うが、妹紅もここまで来たので最後まで関わるつもりだった。それに楓のことだからここで逃げ出したら確実に追いかけてくる。

 楓たちは当初話した通りに霧雨商店へ向かい――霧雨商店が見えてきたところでとある少女が出てくるのを見る。

 妹紅は知らない少女だったが、楓は知り合いだったようで気軽に手を上げて挨拶した。

 

「よう、アリス。買い物か?」

 

 両手で大切そうに小さな紙片を持っていたアリスは楓の声に振り返り、目隠しをした姿を見て納得の吐息をこぼす。

 

「地底以来ね。久しぶり」

「む、会っていたか?」

「魔理沙の傍にいた人形越しにあなたのことは見えていたし聞こえていたわ」

 

 アリスの言葉を聞いて楓は雰囲気を変える。

 妹紅は楓の状況を詳しく知らないため言っていなかったが、アリスが地霊殿での騒動を知っているなら話は別である。

 

「……アリスはどうするつもりだ?」

「魔理沙は気にしないことにしたようだし、私もあなたの怒りは理解できた。それに私も似たようなものだしね」

「似ている?」

「邪魔をする者に容赦しない。普遍的な付き合いとして、人と人の付き合いは絶対に越えてはいけない一線を互いに持っているものよ」

「…………」

「私は私の研究を邪魔する者を許さない。あなたは主に危害、ないし名誉を汚す者を許さない。――お互いにこの一線を越えなければ変わらない。違う?」

「……いいや」

「この話はこれで終わり。それで二人は一体何を?」

 

 話が終わったので立ち去っても良いのだが、アリスは楓と妹紅という見慣れぬ二人組への興味も示した。

 口では冷静かつ合理的な言葉を語るくせ、存外に面倒見が良いのがアリスという少女であった。おまけに本人も自覚があり、それを突いても開き直って他人の面倒を見ようとするため、精神的にも打たれ強い。閑話休題。

 

「……ねえ、この人に聞いてみても良いんじゃない?」

 

 楓は手早く妹紅にアリスの素性を紹介し、人里で人形劇をしていることを話すと妹紅が楓に耳打ちしてくる。

 

「その心は?」

「劇って決められた時間で物語の大筋とかをちゃんと伝える必要があるの。それに話を聞いていた感じ、簡潔に物事を伝えることが得意そうに見えるし」

 

 妹紅の話を聞いて楓もその通りだと思う。

 アリスの話は聞いててわかりやすい。複雑な物事も端的に話し、人里の住民を相手に人形劇をしているからか、人の耳に心地良い声の出し方を知っている。

 伝えたいことを簡潔かつ過不足なく伝える、というのは明晰な頭脳と正しい技術が必要なものであると楓も理解していた。

 

「なるほど、ここで会えたのも縁だ。アリス、少し話して良いか?」

「何かあるのね? わかったわ。場所を変える?」

「逆戻りになって申し訳ないが、霧雨商店で話したい。こっちもちょうど用事が霧雨商店にある」

 

 楓がアリス、妹紅と一緒に霧雨商店に入ると、店主の弥助が三人を見て威勢の良い声を上げる。

 

「へいらっしゃ――おや、マーガトロイドのお嬢さんは忘れ物か何かで?」

「楓と一緒になってね。彼がここで話したいことがあるって」

「へえ? っと、楓は何の用だ?」

「以前に置かせてもらった酒の選別を彼女に頼もうと」

 

 ははぁ、と各々の事情を理解した弥助は無精髭の生えた顎を撫で、店の奥を示す。

 

「酒については後で丁稚に持って行かせる。店前で話すものでもないだろうし、奥の部屋を使ってくれ」

「ありがとうございます」

「良いさ。で、えーっと、そちらのお嬢さんが藤原妹紅さんで?」

「えっ? ええ、そうよ」

「楓から話は聞いてます。迷いの竹林の屋台! 味も楓が太鼓判を押すほどのものだとか! 食材の融通とか酒の話なら是非とも霧雨商店をご贔屓に!!」

「叔父さん、そういうのはどうかと」

「こっちも客商売だからな。宣伝を欠かさない店主の鑑と言ってくれ」

 

 呆れた様子で楓は弥助をたしなめるが、弥助は気にせず人好きのする顔で笑うばかり。

 妹紅は弥助の顔を見て、自身の顔も優しいものに変える。きっと、この店は良い店なのだろう。楓もアリスも自分も、店主の笑顔を見ていると楽しくなってしまうのだから。

 

「……これからの付き合いも含めて考えさせてもらうわ。では奥を借りるわよ」

「へへっ、毎度ご贔屓にありがとうございます!!」

 

 店主の声を背中に受けながら三人は奥に向かい、用意された空間で腰を下ろす。

 妹紅があぐらで座ると、楓とアリスは行儀よく正座で座る。

 

「さて、最初は私への話で良いかしら?」

「ああ。謝礼というわけではないが、この後の酒にも付き合うか? ワインもいくらか用意されている」

「ふぅん? 少し包んでくれるならそれで良いわ。それで話というのは?」

 

 なぜワインがこの店にあるのか、とアリスは首をかしげるものの細かいことは考えなかった。どうせ楓のことだから何か妙なことに首を突っ込んだ結果だろう。

 アリスにまで妙な評価を下されていることなど知らぬまま、楓は妹紅と一緒に寺子屋の件について話す。

 

「――というわけで、先生の授業を改善する方策を探していたんだ」

「なるほど。伝聞でのみで感じたところを話すなら、彼女が身につけるべき技術は短い言葉で物事を伝える術ね」

「ええ、それで人里で人形劇もしているアリス……さんなら何か良い案が出るんじゃないかと」

「アリスで良いわよ。ふむ……」

 

 アリスは大真面目に考え込む様子を見せ、次に楓を見た。

 

「いきなり長い授業を簡潔にする、というのは難しいわ。まず段階を踏ませることね」

「道理だな。何か良い方法が?」

「私もそれなりに練習したから、その時に使った本を貸すわ。それを使って練習しつつ成果を試す、という形が無難かしら」

「なるほど。妹紅はどう思う?」

「それで良いと思う。なんだかんだ言って慧音は今までずっとあの形式でやってきたわけだし、いきなり根幹から変える、なんて対応できないでしょう」

 

 千里眼を使いこなして生きてきて、今まさに目隠しで生活している楓を否定するような言葉だが、楓は何も言わず同意した。自分にできることを他者に求め始めたら色々歪むことは知っていた。

 

「ずっと続けてきたことを変えるのは難しいことで、耐え難いことよ。長い間それが正しいと思っていたのですから。それを変えようと、しかも他者の言葉で決心できるのだから、あの人は偉人なのでしょう」

 

 アリスは淡々とした言葉ながらも、慧音への確かな敬意をのぞかせた言葉で話を締めくくる。

 楓もアリスの言葉にうなずき、慧音に対する感謝を語り始めた。

 

「俺もあの人には感謝しているし、尊敬している。だから今回の一件でも力になりたい」

「……今まで言ってなかったのが原因でも?」

「だからこそ俺が一層頑張らないといけないのだろう。アリスの言っていた練習とやらにもとことん付き合うさ」

 

 見方を変えればこれは人里の中で楓だけが直面している問題と言える。つまり――楓の父親も放置した問題を自分が解決しているのだ。

 そう考えれば今の状況も悪くない。そう前向きに考えることにした楓は改めてアリスに頭を下げる。

 

「ともあれ感謝する。改善案の方向性は同じだったが、具体的な方策までは思いついていなかったんだ。アリスの方法で行こう。妹紅もそれで良いな?」

「異論はないわ。……あれ、ところでこれ、改善していく途中の授業とかは私も一緒?」

「当たり前だろ。実験台が多いに越したことはない」

「悪びれもせず言い切ったわねこの男!?」

「俺も一緒に受けるんだ。眠気に耐える術も今度教えてやる」

「この男、逃がす気がまるでない……!」

 

 楓と妹紅のやり取りを眺め、アリスはくすりと小さく笑って口元を釣り上げた。

 妹紅という少女と会うのは今日が初めてだが、きっと彼女も楓にちょっかいをかけて、楓に絡まれるようになったのだろう。

 何かと騒動の種を持ち込み、人を巻き込むことに何の躊躇も覚えない少年だが――間違いなく、退屈とは無縁になれる。

 

 などと考えていると丁稚奉公に来ている年若い少年が、様々な酒を盆の上に並べて現れたのを見てアリスは立ち上がる。

 

「話もまとまったようだし、私はそろそろ御暇するわ」

「今日は感謝する。ああ、悪いが彼女にワインを分けてくれないか? 金銭は自分が持つ」

「かしこまりました、少々お待ち下さい!!」

 

 少年は楓の言葉に元気良く答えると、盆を置いて駆けていく。

 その様子に妹紅が不思議そうな顔をする。

 

「随分慕われてたわね。楓、あの子になにかした?」

「彼、人里から結構慕われてるのよ。特にこのお店の店主とは親戚付き合いみたいなもので懇意にしているから、店主から話を聞かされたんじゃない?」

「好かれて悪い気はしない。で、これが酒か」

 

 盆を引き寄せ、妹紅と二人で内容を確認する。

 米を磨いた酒もあれば、西洋の酒もある。酒を用意できそうな場所にはのべつくまなく声をかけたので、とにかく種類が雑多だった。

 匂いも混ざり合い、椀を持ち上げて嗅がなければ正確なものはわからないだろう。

 

「これについては妹紅に任せる。お前が店に出したいと思うやつを言ってくれれば残りはこっちで差配する」

「ん、了解。さてさて、どれも美味しそうじゃない」

「……酔うなよ?」

「酔い潰れたら殺して生き返らせれば良いでしょう?」

「人里でそれやったら大問題だ!」

 

 万が一誰かに見られたら自分のみならず霧雨商店にも迷惑がかかる。それは楓にとっても本意ではない。

 慧音についてあれこれ話していた時とは別種の騒がしさに包まれた部屋を見て、アリスは微笑んで背中を向ける。

 丁稚の包んだワインも大事そうに抱え、アリスは魔法の森へ気分良く飛んでいく。

 

「これなら良い手紙が書けそうね――母さん」

 

 魔法使いを志す少女が現れ、新しく人里の守護者に就任した少年が何かと騒動を巻き起こし、自分たちもそれに関わって――いつの間にか楽しんでいる。

 

 アリスは文字通り違う世界に住まう、愛しい家族に送る手紙に書く内容が増えたと胸元に抱えた紙片――便箋を優しく握るのであった。

 

 

 

 

 

 この時の手紙が原因となり、また一つ楓が近い将来で大きな騒動に巻き込まれるのだが、その時は本当に心当たりのなかった楓にとって、青天の霹靂としか言えない出来事となるのであった。




慧音と妹紅、アリスのお話でした。

慧音は欠点を自覚すればすぐ直そうとしますし、本当に偉人であるのは確かです。だからこそ今まで言えなかったのもありますが()

アリスは全体的にできる女です。大体何でもそつなくこなしますし、困っている人への面倒見も良いし、それを自覚しているので揺らぐこともない。その点で言えば魔理沙は実に頼れる相手を見つけています。



Q:アリスの手紙が次回の騒動になるのはなんで?
A:ヒント、次回の異変で最終的に向かう場所は法界であり、魔界の一部()
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