てゐは時々、人里へ赴くことがある。
彼女は永遠亭で暮らし、対外的な所属こそ永遠亭になっているものの、彼女らとの関係は家族とか仲間とかそういったものではなく、どちらかと言えばビジネスライクなものが近い。
元々はてゐの縄張りでもあった場所に輝夜たちがやってきたので、取引して永遠亭の建築を見逃し、代わりに彼女と仲間の妖怪兎も住まわせてもらっているというのが正確か。
無論、それなりに長い間一緒にやっているので、相応の仲間意識はある。彼女らの抱える事情にもある程度は察しているが、そこはか弱い妖怪兎。興味本位でイタズラをして皮を剥がれるのは勘弁である。閑話休題。
ともあれてゐは永遠亭所属ながら、割と自由に動くことができた。なので人里との交流も生まれた現状、彼女は心ゆくまで人里でイタズラ相手を探せるのだ。
「うーん、多少増えたとは言え竹林の方に人はあんまり来ないからなあ……」
来ても輝夜との殺し合いを目的とする妹紅か、永琳から薬の知識を学びに行く楓ぐらいのものである。前者にイタズラを仕掛けたら燃やされるし、後者にイタズラするのはてゐの信条に反する。
人里の方で重症の患者が出たら連れて行く約定にもなっているのだが、皆健康なのだろう。今のところそういった事態は発生していなかった。結構なことである。
そう、結構なことである。イタズラをするのは平和な時代が一番だ。殺伐とした連中にイタズラを仕掛けると後が怖い。特に命の値段が安い時はすぐ殺されそうになるし、殺されなくても酷いことになる。身を持って体験した。
「まあまあここらでイタズラしがいのある相手でも見繕って竹林に誘うとするかい」
くけけと厭らしい笑いを浮かべながら対象を見繕っていく。これでも長寿にかけては他の妖怪の追随も許さない自信があるてゐだ。人の見分け方も心得ている。
狙う相手は自分に自信があって、自分は騙されないと己の知性に自負があるものだ。そういう輩ほど、えてして簡単に騙せるというもの。
自分はそういった輩に後を引かない程度のイタズラを仕掛け、呆然とした顔を拝むのが何よりも楽しいのだ。一度や二度痛い目を見ようと、性根というのは変わらないものである。
むしろそれで己を過信していた輩は自分を戒めるようになるだろう。そう考えればこれは本当に痛い目を見る前に自分が優しく教えてやるのだ。これは善行と言っても差し支えない。
などと理論武装をしていると、てゐの視線の先に二人組の男女が目に入ってくる。
片方はてゐにとって見知った少年であり、もう片方は見慣れない青髪が眩しい透き通った赤と青の瞳を持つ少女だ。
何やらしょぼくれた様子で雨でもないのに持っている紫の傘を抱えた少女に対し、少年は呆れた様子も見せず根気よく話を聞いている様子である。
少年についてはてゐが好ましく思っている存在だ。ひたむきで努力家で、いかなる状況であっても前を向いて歩くことのできる、正しく現代に生まれた英雄の卵だろう。
てゐはこの評価には確信を抱いていた。精神性が危うい、というか危険なのは永琳からの説明を受けて理解しているが、それでも付き合いを変える理由ではないと判断する程度には。そもそもてゐが興味を抱いているのは少年の方であって、彼の主ではない。
ともあれ、てゐは今すぐに声をかけるべきかほんの少しだけ迷い、とりあえず彼らの様子を観察することにした。その方が面白そうだとてゐの直感がささやいていた。
そして少年――火継楓はてゐが隠れて観察していることに気づいているのかいないのか、目隠しをして読み取れない表情のまま少女――多々良小傘へ声をかける。
「まとめるとお前は唐傘お化けで、人の驚きの感情を糧にしていたが、それが昨今ではとんと取れなくなり、空腹を抱えていると」
「はい……わちきはもうお腹が空いて空いて……」
半べそでうなだれる小傘に楓はなんと言ったものかと考える。
今の時点で楓が小傘に抱く感情は、小傘の想像以上に良いものだった。
なにせ空きっ腹を抱えて暴走するでもなく、人里の守護者である自分に相談をしに来たのだ。抱え込むでもなく、自分でどうにもならないから他者を頼ることを選べるのはあまり多くない。一人で生きる傾向の強い妖怪はなおさらだ。
「とりあえず場所を変えよう。このままだと俺がお前を泣かせたみたいに見られる」
「あ、はい……ん? ざわざわとした声の中に仄かな驚きがあってわちきのお腹が満たされるような……?」
「人の社会的信用を犠牲に腹を満たすな」
「あれ、驚きがなくなった……。あの、守護者さま」
「なんだ?」
小傘はさっきまで微かにあった驚きがすぐに消えたことを訝しみ、そして答えにたどり着いたのかおずおずとした様子で楓を上目遣いに見上げた。
「もしかして守護者さま、わちきみたいな妖怪に絡まれるのがもう当たり前と人里に認識されているんじゃ……?」
「…………」
楓は口をへの字に曲げ、不満しか感じていないとばかりに息を吐くと、無言で首を動かす。
「――てゐも見ているだけなら来てくれ。お前の意見も聞いておきたい」
「うぉっと!? いつから気づいていたのさ!?」
「目隠しをするようになってから、人の視線がわかるようになってきた。……待て、今の感情は駄目なのか?」
ふと思った疑問を楓が口に出すと、小傘はわかってないと肩をすくめた。
「わちきはあくまで人の驚きを食べる妖怪なの。だから妖怪の驚きは対象外!!」
「結構難儀だな……どうあれ場所を変えよう。食事処で良いか?」
「甘いものの美味しいお店でお願いします!!」
意外に図々しいというか、先ほどまでのしおれていた姿からは想像もできない活発な様子の小傘に、相変わらず老練な雰囲気をまとい、楓を見つめているてゐ。
単純に強い大妖怪とも違う、別種のやりにくさを覚えながら楓は懇意にしている蛮奇の店に向かうのであった。
蛮奇の店に楓が入ると、真っ先に蛮奇の視線が値踏みするように楓とともにいる存在に向かうが、今回は許される相手だったのだろう。すぐに視線の圧が消えたことを楓も背中越しに察する。
彼女が許してくれない相手は大妖怪に分類される相手か、自分が知られて不利益になりそうな存在ぐらいである。彼女らを連れてきた時はその場で平謝りしている。御阿礼の子以外で最も楓に頭を下げさせている存在だった。
「まあ好きに食え。それぐらいは持つ」
「お、太っ腹。んじゃあたしは人参を使ったお菓子で」
「わちきは食べた人が驚くようなもの!」
「無茶苦茶言うな……ということで頼んだ、天子」
「あんたらお品書きを見るって知能はないの?」
好き放題言ってくるてゐと小傘に青筋を浮かべた天子がやってくるが、楓は気にした様子も見せない。
「蛮奇なら作れると思う。問題あるなら言ってくれ」
「うーん……聞くだけ聞くけど、射殺されそうな目で睨まれても知らないわよ」
「今回は許されると思う」
なんだかんだ彼女の料理の腕は信じている。小傘の要求はともかく、てゐの希望は叶えられるはずだ。
天子は一旦厨房の方に入っていくと、次に自分のお茶を用意して楓の隣に座った。
「で、私も休憩っと。あんたまた違う女連れ込んでるわね」
「女!?」
小傘が身を守るように身体を引いたため、楓は憮然と言い返す。
「人聞きの悪い言い方するな。今回はこいつに頼まれたんだ」
「ふぅん、どんな?」
「人間の驚かせ方」
楓が小傘の素性や状態をかいつまんで話すと、天子は納得したと腕を組む。
「因果なものね。人と妖怪が関わるようになったからこそ、神経が図太くなってしまい並大抵のことでは驚かなくなった」
「はい、その通りなんです……。わちきが一生懸命驚かせても、ちょっぴりしか驚いてもらえず……」
頭をうなだれ、見るからに落ち込んだ様子の小傘に楓と天子は顔を見合わせ、てゐがふと気になったことを聞いてみる。
「聞けてなかったけどさ、あんたの驚かし方って具体的にどうやるの? それがわからないと私らも何も言えないよ」
「一理ある。ちなみにてゐは良いのか?」
「暇してたのは事実だし、楽しければ何でも良いよ。楓は立ってるだけで楽しいし」
ひどい言い草だが、顔を背けて笑いをこらえる天子が楓の評価を雄弁に表していた。
ともあれてゐの協力も得られそうなので、楓はさっきてゐが聞いていた疑問を再度尋ねてみる。
「てゐの言う通り、お前の驚かし方がわからんと俺たちも何も言えん」
「助けてくれるの……?」
「求めてきたのはそっちだろうに。人間を食べなきゃ生きられないとか言うんだったら楽に殺してやるとしか言えなかったが、驚かす程度なら尾を引かなければ何も言わん」
紅と蒼の綺麗な瞳をまん丸に見開き、小傘は楓を見るものの楓は見られていることに気づかずお茶を口に運ぶばかり。
「むしろ相談してくれて助かっている。黙って問題が起きるより百倍マシだ。で、話を戻してお前の驚かし方は?」
「も、物陰に隠れてバーっと飛び出す感じで」
古典的だが正統派なやり口である。誰であれ、意識の外からいきなり大声と同時に誰かが現れれば普通は大なり小なり驚くものだ。
となると逆にわからない。そのやり方であれば、よほど下手なことをしない限りは驚きを確保できるのではないか。今、彼女が腹を空かせている理由が別にあるのではないかと思えてくる。
天子、てゐも楓と同じ疑問を持ったのだろう。天子が手で小傘を促した。
「……ちょっと試しでいいから、普段やっている驚かし方を私らにやってみて? うん」
「え、良いの? 驚いたら遠慮なく食べるよ?」
「良いから良いから」
三人が促すと、小傘は恥ずかしそうに顔を赤らめた後、覚悟を決めたのか両手を顔の前に持っていって精一杯の怖がらせ方を実践する。
「……う、うらめしや~」
『…………』
無言だった。というより、これが驚かせているのだと認識できない代物だった。
物陰から出てくることを想定しているのだろう。顔を斜めに傾け、少女が恐ろしく見えそうな雰囲気だけ作り、実際はそうでもない普通の可愛らしい表情で迫っていく。
「うらめしや~」
『…………』
「うらめしや~……あの、全然驚いてないよね……?」
さすがに悟った小傘が驚かせるポーズを止め、不安げに楓たちを見上げる。
楓たちは小傘という少女に、人を驚かせることへの才能が一切ないという残酷な現実を誰が告げてやるかを必死に視線で会話していた。
「――楓、言ってやりなさい」
「ああ、これは楓が言うべきだ」
そして視線での会話に参加できない楓に、全てを押し付ける方向で意見をまとめた天子とてゐが楓をけしかける。
おおよそ二人の意図を察せた楓は思いっきり顔をしかめるが、誰かが言わなければそもそも話が進まない。
渋々ながら楓も覚悟を決めて口を開き――
「――蛮奇、頼んだ痛っ!?」
「堂々巡りになるからお前が言え」
逃げようとしたがちょうど甘味を持って現れた蛮奇に皿で後頭部を殴られ、逃げ場所のなくなった楓がうなだれて小傘に告げる。
「――率直に言う。お前には他者を驚かせる才能が全くない」
「そんな馬鹿な!?」
「今初めて聞いたみたいな反応される方が驚きよ!!」
「あ、ごちそうさま!!」
「意外とちゃっかりしてる……」
天人だからだろうか。天子の驚愕は小傘にとって食べられるもののようで、小傘は両手を合わせて天子に感謝を告げていた。
また話が進まなくなりそうだと察した楓が強引に話を進め始める。
「これに関しては今言った以上の意味はない。何らかの改善をしない限り、お前が今後驚きの感情を得られる可能性は激減するだろう」
「わ、わちきに才能がない……!?」
「いやそこまで自分を信じてたのあなた?」
それはそれで驚きというか、彼女がどうやって今まで生きていられたのか理由がわかったような気がしてしまう天子だった。
「驚かせ方に遠慮がある。物陰から出るなら一気に出ればいいだろうに、なぜしない?」
「相手がお爺さんお婆さんで腰抜かしちゃったら大変でしょ!?」
「てゐ、評価」
「甘々に見積もって3点。あ、100点満点ね」
「つまり、わちきには97点分の伸びしろがある……!? それは天才なのでは……?」
変なところで前向きだなこいつ、というのが蛮奇含めた四人の感想だった。
しかし際限なく落ち込まれるよりはマシである。蛮奇もあまりにあまりな小傘の様子に憐憫の一つも覚えたのだろう。注文した甘味を置くと適当な椅子を引っ張ってきて自分も座る。
「驚かせ方を知らない以前の問題だ。今までどうやって生きてきた?」
「昔は良い時代だったのです。わちきが空を飛ぶだけで驚く人が大勢いたのです」
昔は妖怪と人の交流が断絶していた時代だったと言われている。今を生きる楓にはわかりにくいが、蛮奇は小傘の語っていることがわかったのかうんうんとうなずいていた。
「だというのに今や妖怪が空を飛ぶ程度当たり前! わちきが頑張って物陰から現れてもふーん、そっかーと言わんばかりの態度!! これはもう人を驚かせる唐傘お化け的にぷんぷんですよ! ぷんぷん!!」
「実際どうなんだ?」
「言わんとするところはわかる。まだ若い楓や最近人里に来た天子じゃわからないだろうけど、昔と今は本当にまるで違う」
「あー、それは確かにあるね。あたしゃ迷いの竹林にずっといたが、空気の違いってやつは感じ取れてたよ」
蛮奇とてゐは小傘の言葉に感じ入るところがあったらしく、しみじみと首肯する。
頬を膨らませて怒る小傘に楓は自分の分の甘味も渡しつつ、現状の打開について頭を巡らせていく。過去の栄光はわかったので、今に目を向けていかねばならない。
「昔はよかったというのはわかったが、それを嘆いたところでどうにもならん。現状がてゐ曰く3点であることを踏まえて解決策を考えよう」
「ぶっちゃけるならあたしのイタズラに付き合わせるのが確実じゃない? 人は減るだろうけど、罠にかかった人間は絶対驚くでしょ」
てゐの提案は人間の守護者としてなら止めるべきだが、楓はあくまで”人里”の守護者である。ここで暮らす人間のみならず妖怪も快適に暮らせるよう、調整してやるのが彼の役目だった。
「良い顔はできないが、小傘の事情もある。人死や重傷者が出ない限り、ある程度は大目に見よう」
「お、やった! 守護者様のお目溢しがもらえるとか言ってみるもんだ」
「露見したら人里での立場が悪くなるんじゃないのか?」
「大した問題じゃない」
人里ではすでに妖怪も暮らしているが、人里の運営そのものは未だ人間の権力者が行っている。
中でも楓は人里の守護そのものを一手に担う立場であるが、楓自身の出自や彼が多くの妖怪と知り合っていることをわかった上で口さがないことを言ってくる輩もいる。
曰く、妖怪の子は妖怪に肩入れする。人間でない者に人間の痛みはわからないなどなど。
そもそも楓は阿礼狂いなので人間の痛みも妖怪の痛みも正直よくわからないが、半妖であることが人里で悪い意味に解釈されることは時々あった。
しかし楓にとってはだからどうした程度の話である。結局、楓が守護を担っている現状は変わらず、口さがない連中も楓らの庇護下にいなければ身を守ることもできない連中なのだ。閑話休題。
「結果として人里の利益になれば回り回って許される。というわけで小傘」
「ひゃい!?」
「協力できる限り協力するから、お前もできる限りで俺に力を貸してくれ。それで対等だ」
「……えと、それだけで良いの?」
「ま、良いんじゃない? 少なくともこいつ、自分を頼ってきた相手の期待を裏切ることはないわよ」
楓の肩に腕を乗せた天子の言葉に、楓はなぜお前が物知り顔で語るのだと思うものの、口には出さなかった。
「差し当たってはてゐと一緒に驚かせ方の勉強だな。てゐ、悪いが頼めるか?」
「んー、イタズラの弟子を取るとかあたしの主義に反するんだけどねえ」
「必要なものがあるなら都合する」
楓は譲歩したつもりだったが、てゐは違う違うとばかりに手を振った。
「道具が必要なら自力でなんとかするさ。あたしがほしいのは……そうだね、うん。楓の頑張りそのものとしようか」
「俺の頑張り?」
「そそ。楓が自分で大きなことを成し遂げたと思った時で良いから、あたしにそれを教えてよ」
「そんなことで良いのか?」
「そんなことが良いの。年寄り兎の道楽みたいなもんさ」
そう語るてゐの目は楓を通して別の誰かを見ているようなもので、楓もそれを察したのか無言になっていた。
彼女の正体、というより来歴に予想は立っている。それが正しければ彼女は楓を通して誰かを――
「……そのぐらいで良いならお前の道楽に付き合うとしよう」
「言質取ったからね。よっし、小傘!」
「は、はい!」
「今日からあたしのことを先生と呼びな!! 罠の仕掛け方に詐欺のやり方、人を驚かせる術を教えてやろうじゃないか!!」
「え、わちきはちょっと罠とか詐欺とか邪道かなって痛ぁっ!?」
腰が入ってひねりの効いた右ストレートが小傘の頬に突き刺さる。思わず天子も目を見開く鋭い拳だった。
「3点がナマ言ってんじゃないよ!! 今すぐこっち来な!!」
「ひえぇなんでこんなことに!?」
「お前さんのイタズラが救いようのない出来だったからだよ!!」
てゐの言葉が全面的に正しいので、楓たちは小傘がてゐに引きずられていくのをそのままに見送ることにした。
残された楓、天子、蛮奇はそれぞれ皿の上に残った甘味を平らげると、蛮奇が楓の方を見る。
「……あの妖怪兎、お前が思っている以上に大変な難題を告げたかもしれないぞ」
「やるべきことは変わらん」
楓が大きいことだと認識できる偉業は今現在、父を超えることの一つしかない。
これから先も多くの異変に見舞われ、その度に剣を振るって腕を磨き――父を超えた確信を得られたら、てゐに報告すれば良いのだ。
イタズラ好きで、人里でもちょくちょく詐欺っぽいことを仕掛けては人間をからかい、しかし尾を引く被害だけは残さず遊び回る悪童が如き妖怪兎は、これからも彼女にしかわからない理由で楓を穏やかに見守るのだろう。
「あいつが俺を通して誰を見ていようと関係ない。俺は俺で前に進むだけだ」
「あんたはそれで良いんじゃない? それがきっと一番、私にとって楽しいんだから」
「お前を楽しませるためでもないんだがな……」
いい加減、異変に巻き込まれるばかりでなく、あらかじめ事態を予見して布石を打つぐらいはできるようになりたいものだ。
今までの対応が間違っていたとは思っていないが、もっと早い段階で先を見通せていれば動きもだいぶ変わっていたと思うことが増えたのだ。
現在の楓にとっての課題は、巻き込まれた異変であろうと裏の事情まで読み切って、主導権を握ることである。
「ああ、蛮奇さえ良ければ、小傘にも草の根妖怪ネットワークを紹介したらどうだ? 彼女もそれなりに長くやってきた妖怪らしいが、今まで人里でも話の種に登らない程度の妖怪だ。会って話した感じからしても、影狼と大差ないだろう」
「話に出すぐらいはするよ。しかしあれだな、お前が影狼と知り合ってから草の根妖怪ネットワークがとんでもない勢いで膨れ上がるな」
草の根妖怪ネットワークそのものの歴史はそれなりに古い。影狼、わかさぎ姫、蛮奇の三人で結成したそれは、およそ百年近い歴史があった。結成当初は草の根妖怪ネットワークなんて洒落た名前でもなかったが。
と言っても元々の結成理由が大したものではなかったため、楓が加わるまで大した変化もなく、時々集まって近況報告や、花の妖怪の活動場所などを教え合うぐらいだった。
それが楓が加わってから、お調子者だがなんだか放っておけない妖猫が加わり、口ではあれこれ言ってくるが、仲間思いな夜雀が加わり、今度は唐傘お化けが加わるかもしれないと来た。
「嫌なら断ってくれても良い。俺もネットワークの一員だから、あいつらが楽しくなるように考えているだけだ」
「嫌だとは言ってない。ったく、私は目立たず平穏に生きたかったんだがな。いつの間にかお前に感化されたらしい」
そして極めつけは、蛮奇もこの時間をそう悪くないと思い始めたことだ。
いつの間にか妖怪の常連が増えつつあるこの店で腕を振るい、しょっちゅう知らない妖怪や大妖怪を連れてくる楓に怒り、楓が平謝りしながらどうにか店に被害なく問題を解決しようと頭を捻る姿が当たり前になってしまった。
「嫌じゃないなら良かった。さて、俺もそろそろ仕事に――」
「あら、丁度いいところに丁度いい相手がいたわ」
お茶を飲み干し、楓も自分の職務に戻ろうと立ち上がると、その肩に手を置かれて強引に椅子に座らされる。
誰が来たのだと蛮奇は顔を上げるが、すぐに見なかったことにして席を立ち厨房へ戻る。天子は急いで周囲を見回すが、すでに楓たち以外の客は消えていた。さっきまではいたはずなのに判断が速い。
皆が逃げ出す理由――風見幽香は楓の肩に手を置いたまま、しとやかな笑みを浮かべる。
「その目隠しの理由や、地底に行ったのだから珍しい草花の種とか手に入れていないか、私にも話してもらえないかしら?」
「……後日俺がそちらを尋ねるでは」
「私は私が会いたい時に会いたい相手と会う。あなたの都合なんて知ったことじゃないわ」
いかにも幽香らしい言葉に楓は本気で頭痛を覚えながら、なんとか穏便にお帰りいただこうと頭を捻るのであった。
……なお、この時は楓が天子より受け取っていた天界の桃の種を渡し、地底の華について――酒と喧嘩――を語ることで幽香の興味を満たして事なきを得たのであった。
しかしそれがかえって彼女の興味を引き立てたようで後日、彼女の家を尋ねるよう命令されてしまいそこでもひと悶着発生するが、それはまた後日語るとしよう。
小傘が登場しました。そして次回から星蓮船が始まります。
お腹を減らしているけど善良で、なおかつ自分の驚かせ方に妙な自信を持って前向きなところがある。そんな感じで書いています。意外と書きやすくて困る。
なお現状、楓から小傘への評価は意外と高いです。問題になる前に相談してくれたので、割とウキウキで力になろうとしたり。
ゆうかりんは無茶振りしながら楓の成長を心待ちにしている人です。ある意味レミリアと同じ枠で、才能が開花した楓を叩き潰せれば、己を正しく高嶺の花だと認識できると思っています。楓にとってはいい迷惑です()