阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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あけましておめでとうございます。読者の皆様のおかげで拙作も続けられております。誠にありがとうございます。

なんだかんだ本作始まって6つ目の異変です。
あとは神霊廟やって心綺楼やって輝針城やって深秘録やって紺珠伝やって合間に設定した地雷解除をしていけば本作は完結します。

……今年中に完結するのかこれ???


宝塔探しと空飛ぶ船

「聖白蓮。千年前に封印された尼僧、ね……」

「はい。天子が聞き出した情報は以上になります」

 

 天子と酒を酌み交わした翌朝、楓は阿求に受けた報告をそのまま伝えていた。

 阿求は報告を受けて頭をトントンと叩くものの、表情は芳しくない。

 求聞持の力も万能ではない。千年前の事象であっても覚えているものは覚えているが、覚えていないものは転生の際に欠落してしまった記憶となり、阿求にも思い出せなくなる。

 

「私の記憶にもないわ。申し訳ないけど、お兄ちゃんの方で調査してもらえるかしら? 幻想郷で封印が行われたのなら、何らかの記録は残っているはず」

「承知しました。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「良いのよ。それでお兄ちゃんは……その尼僧の封印を解く手伝いをするつもりなの?」

「封印を解こうとしている妖怪と同行するのが手伝いと言うなら、そうなります」

 

 楓個人としては聖白蓮がどうなっても構わないのだ。死んでいても生きていてもどちらでも良い。

 彼にとって問題なのは、天子の知り合った妖怪がほぼ確実に地上で行動を起こすということである。

 

「何をするかわからない妖怪を監視することができる。それだけである程度の舵取りができます」

「……お兄ちゃんは私のそばにいて、って言ったらいてくれるよね?」

「無論」

 

 楓が今、語っていることは人里の守護者としての言葉である。

 そして楓の本業は阿求の側仕えだ。彼女が願うのであればそれが最優先すべきことであり、守護者の役目の優先度は二の次三の次となる。

 

 阿求は楓の躊躇わない肯定を聞いて、かえってその顔に優しげな笑みを浮かべる。

 楓と一緒に異変へ立ち向かう。そんな夢想をしないと言えば嘘になるし、彼が自分の手元から離れて動くことに寂しさも覚える。

 

 しかし、いつも忙しなく何かを解決すべく動いている姿こそ、阿求が愛してやまない兄の姿である。

 彼の父もそうだったように、ひたむきに己の道を走りながら誰も見捨てず、逆に全部拾い上げるぐらいの勢いで誰かの力になろうとする姿が阿求は好きなのだ。

 

「阿求様? 必要なら私はあなたのそばにおりますが」

「ううん、ちょっと困らせたかっただけ。お兄ちゃんは引き続きその妖怪の調査と、異変を起こすようであればその解決をお願いします」

「御意」

「あ、だけどその目は使わないようにね? 使えないと思うけど」

「業腹ですが、恐ろしく強力な結界が張られています。自分では手も足も出ません」

 

 自分どころか霊夢ですらこの強度の結界は難しいと言うほど。おそらくスキマ妖怪が本気を出して編み込んだ結界なのだろう。彼女ならスキマを操ることで妖力を霊力に変換することぐらい造作もないはずだ。

 そうして作られた結界のため、楓一人で解除どうこうを考えるのは無謀な方法だった。むしろうかつに触れば結界に弾かれて怪我を負うだけである。

 

 どうあれ方針は定まった。楓は自分と天子の動きについて阿求へ告げて立ち上がる。

 

「地底の方へは助力を請われた天子と、守矢神社の風祝が。地上の方は自分が調査、対応いたします。おそらく何らかの異変は起きるでしょうが、人里の守護者として人里に被害は与えません」

「早苗さんも?」

「私が守矢神社に貸しを作っておりまして、その清算になればと」

 

 あと、これで貸し借りなしにしておけば自分が関わりに行く頻度を減らせる。

 すでに彼女の布教については自警団の方に任せ、早苗と顔を合わせることも極力避けるようにしていた。

 ろくな説明もなく距離を取るのは楓としても心苦しいが、そこは守矢の祭神が上手くやってくれると信じたい。自分がどういった存在か自覚しているからこそ、距離を取ってほしいと言われればその通りにするしかない。

 

「私は出立いたします。何かございましたらすぐお呼びください。万難を排し、馳せ参じます」

「お兄ちゃんならそんな事態を作らないと信じているわ。行ってらっしゃい」

 

 愛しい主に見送られ楓はいつもと変わらない――しかし確実に何らかの異変が起こりつつある幻想郷へ飛び出していくのであった。

 

 

 

 楓が地上を担当し、天子は早苗を伴って地底を担当する。それが昨日の夜に割り振った互いの担当だった。

 十中八九地上で異変が起こるため、結果的に合流することになるとは予想しているが、合流するまではそれぞれが最善を尽くすという方向で認識は一致していた。

 そして天子は地底で村紗らと顔を合わせるべく歩きながら、早苗に彼女を連れてきた事の次第を説明していた。

 

「――という事情でな。この天人の伴をできる栄誉に頭を垂れなさい」

「いえ、神道と仏教なので管轄が違ってくると言いますか……私も来てよかったんですか?」

「私が良いと言えば鴉も白くなる。それが世の掟……と言っても堂々巡りか。単刀直入に言うと上のやり取りよ」

「上……」

「そう。人里と守矢神社がそういう協定を交わし、あんたは貸し出された。まあ無体を働くつもりはないし、せいぜい楽しみなさいな」

 

 早苗の脳裏にパッと思い浮かんだのは祭神であり、親代わりでもある二柱と彼女らと話すなんとなく偉そうな人たち。

 どういった話が繰り広げられているのかはわからない。諏訪子も神奈子も早苗にそういったものは不要と思っているらしく、いくら聞いても頑なに口を開いてくれない。

 気になるところではあるが、天子と名乗った少女も答える様子はない。仕方がないと早苗は前を向くことにした。

 

「そ、それで! 私は一体何をすれば良いんですか?」

「そう大したことではない。千年、大切な人に会いたかった妖怪たちの手助けをするだけだ」

「なんだか上手く乗せられているような……まあ良いでしょう! 守矢神社は人も妖怪もあまねく手を伸ばす神社です! 仏教徒であろうと救いを求める手を払いはしません!!」

「その意気よ」

 

 あれこれ悩んでいたようだが、上手く割り切ったようだ。天子は早苗に見えぬよう前を歩きながらほくそ笑む。

 今回の異変に目的はどうあれ加担すると言った場合、彼女はついて来なかっただろう。それは天子にとって都合が悪い。

 

 ――これで霊夢たちが来た場合でも対処できる手札は得た。

 

 天子としてもまたとない冒険のチャンス。どんな手段を使うか知らないが、村紗と一輪が法界へ行くのを指をくわえて見ているつもりはない。

 さすがに一人で全てやる場合は一輪らの願いを優先させるつもりだった。冒険もしたいが、天人として崇められもしたいのである。

 が、楓が与えてくれた早苗という存在のおかげで、天子は自分の目論見が上手く動かせそうでほくほく顔だった。

 

(私が動くことを見越して彼女を寄越した? 真意はわからないけど、使えるものはありがたく使うわ)

 

 彼女は良い。現人神の風祝という肩書に違わぬ霊夢にも劣らない才覚と、外の世界で過ごしてきたからだろう、どこか幻想郷の空気に馴染みきれていないところが特に良い。

 霊夢や魔理沙だと天子も本腰を据えて騙し合いをする必要があった。霊夢は言うまでもなく持ち前の直感で正解へ一足飛びだろうし、魔理沙もあれで頭の回転は非常に早い。

 また彼女らは敵に回っても厄介だ。地底での激戦で彼女らの力量はよくわかっている。彼女ら二人を敵に回して確実に勝てる、なんて言い切れる自信は天子にもない。

 

「さて、もうそろそろ到着するが……なんだ、何の準備もしていないのかしら?」

「何かあったんですかね」

「……ここは幻想郷。何事もないなんて異常(・・・・・・・・・・)があるはずもなし。まあ話を聞いてから考えましょ」

 

 こころなしかうきうきした様子で進み始める天子を見て、早苗は天子のことを好奇心に溢れた人だと認識するのであった。

 

(な、なんだか大変な事態に巻き込まれている気が……いえ! 私はいわば守矢神社の代表! 諏訪子様と神奈子様に恥じない結果を出さなければ!!)

 

 異変に関わることは守矢神社がやってきた異変以来だが、弾幕ごっこの力量はあの頃とは比べ物にならないほど上げている自信がある。

 そして以前に楓から聞いていたが、異変解決に参加するのは知名度を上げるのにぴったりだとも聞いていた。

 妖怪が異変を起こすのは当たり前であり、特に今は非常に多くの異変が起きているので異変を一つ起こした程度では一時有名になって終わりらしい。恐ろしい世界である。

 

 と、そこで楓のことを思い出してしまい、早苗は憂鬱な気分で顔をうつむかせる。

 間欠泉騒動の後から少しして、だろうか。彼が目隠しをして生活するようになってから、露骨に顔を合わせる頻度が下がっている。いや、下がっているというより、皆無になっているといった方が正しい。

 楓が非常に多忙な生活を送っているのは知っている。知っているが、布教活動の時に見回り中の彼と鉢合わせすることぐらいはこれまでもあった。今はそれすら絶えている。

 明らかに自分を避けている。外の世界での諸事情でそういったことに敏い早苗は楓が自分を避ける理由がわからず、日々の生活に影を落としていた。

 

「…………」

「……今日の相方は表情が七変化するわね。何かあったの?」

「あ、い、いえ……っ、すみません!」

「謝ることはないわ。で、それは誰かに言えないことなわけ? だったら聞かないけど、言えるなら聞くわよ。これから肩を並べる間柄だもの。天人に悩みを話せる贅沢を受け入れたらどう?」

 

 反射的に謝ってしまったが、天子は思いの外親身だった。

 そういえば彼女は楓の家に居候していると聞く。それなら楓の変質についてもわかるかもしれない。

 早苗が楓との関係について抱えている悩みを話すと、天子は難しい顔で後頭部をかく。

 

「なるほど、あいつがねえ……」

「はい。私、楓くんに嫌われることをしてしまったのでしょうか……」

「…………」

 

 さてどう答えたものか。天子は楓の事情を知る側として頭を悩ませる。

 楓が早苗から距離を取っているのは他でもない、守矢神社の祭神二柱からの頼みである。楓が早苗に対してどうこう思っているわけではない。

 そもそも彼は一方的な都合で殺し合いに巻き込まれた相手でも苦手意識こそあれど、別に嫌いはしないという自分だけが関わる問題ならほとんどを許容する人間である。

 彼が嫌う相手など、彼個人ではなく彼の主――御阿礼の子に手を出した相手以外にいないだろう。

 

 なので早苗が懸念している嫌われた、というものは全くの的外れとなる。というか早苗を嫌うほど偏屈な人間なら、自分などとっくに追い出されている確信がある天子だった。

 しかしそれを告げて早苗が自発的に楓へ突っ込んでいく状況は避けたい。なので一旦は当たり障りのないことを告げる。

 

「嫌われてはいないでしょう。あなたみたいな真面目ながんばり屋、あいつは嫌わないわよ」

「だったらどうして……」

「そこは事情というやつね。あんた自身に原因があるのか、楓に原因があるのか、はたまた楓とあんたの祭神と取引でもしたか」

「神奈子様たちと、ですか?」

「可能性を言えばそれぐらいあるってことよ。今回の仕事が終わったら聞いてみれば良いわ」

「……私が何かやったわけではないんですね?」

「人里を支配しようと画策して、あいつの妹分の神社ぶっ壊して、それでも居候している私が言うんだから間違いないわね」

 

 改めて列挙すると凄まじいことをやっている。それに比べれば自分はかなりマシかもしれない。

 ……むしろもっとはっちゃけて良いのでは? などと思いながら早苗は幾分か気楽に天子を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 地上で動いていた楓だが、状況は芳しくなかった。

 稗田の屋敷にある資料を椿の音読を頼りに探し、里の歴史を保管している慧音の寺子屋も訪ねて調べてみたが、聖白蓮に関する情報は何も見つからなかった。

 

「千年前と言えば幻想郷ができる頃の話だ。その頃は特に混沌としていたと聞く。封印されたというその尼僧以外にも多くの人妖が戦い、命を落とした時代だ。当時からしてみれば、記録に残すまでもなかった内容なのかもしれない」

「そうですか……」

 

 確かに阿礼の時代から始まる幻想郷縁起は非常に分厚く、多くの妖怪と英雄が載っているものとなっていた。そこから徐々に薄くなり――つまり人妖の関わりが薄れ――阿弥の時代で再び分厚いものになっている。

 言い換えればそれだけまとめる情報があったということであり、特に最初期の混迷ぶりは楓にも慧音にも想像しかできない頃のもの。漏れや抜けがあってもおかしくはない。

 

「残念だが探して見つからない以上、これ以上力になるのは難しい。人里で情報を得るのは不可能だろうな」

「わかりました。無理だとわかっただけでも収穫です」

「そう言ってもらえると助かる。これからどう動くつもりだ?」

「……ダメ元で香霖堂へ行ってみようと思います。そこから先は本当にアテがありませんので、とりあえず長く生きている妖怪を訪ねる形になるかと」

 

 楓個人としては香霖堂で全て見つかってほしいものである。大妖怪に聞きに行くのは代価が恐ろしい上、語る情報の正誤を確認する術がない。

 

「可能性は限りなく低いと思うが……他にアテもないか。上手くいくよう祈っておくよ」

「ありがとうございます」

 

 慧音の寺子屋から出ると、楓は香霖堂を目指し魔法の森へ一直線に歩いていく。

 しかし魔法の森の中へ入ろうとしたところ、見慣れぬ二人の気配を察知する。

 童女とも見紛うほどの体躯の少女と、その少女の傍らに鉾持つ背の高い少女が楓の前に現れる。

 

 どう考えても厄介事が向こうからやってきている。楓は内心で少女二人への毒を吐きながら、いつでも逃げられるよう重心を後ろに下げた。

 楓の姿を知ってか知らずか、背の高い少女の方が声をかけてきた。

 

「こんにちは、人里の守護者殿。このように不躾な出会いとなってしまったことにまず謝罪を」

「……俺に会うことが目的だったのか?」

 

 楓の質問に対し、小柄な少女の方が答える。

 

「聖白蓮の復活に際し、万全の準備を整えて訪問させてもらう予定だったよ。ただ、いくらか予期せぬ出来事があってね。事態の収拾に動いている間に出会ってしまった、というわけさ」

「我々に人里への悪意がないことを証明しなければ、あなたたちに邪魔をされてしまう。人里を守り、人妖共存の天秤の一翼を担うあなた方と争うのは本意ではありません」

 

 小柄な少女の言葉を背の高い少女が締めくくると、美しい動作で頭を下げる。

 

「私は寅丸星と申します。千年前、聖白蓮が封印されるまでは毘沙門天の代理として御仏に仕えていた者です。こちらはナズーリン」

「毘沙門天様より遣わされた弟子のナズーリンだ。敬い給えよ?」

「……火継楓。知っての通り人里の守護者をしている」

 

 丁寧な名乗りを受けたため、楓も意固地になる理由がなく名乗り返し、警戒を多少緩める。

 現時点で彼女らに敵意は感じない。彼女らの目的を考えれば、人里を敵に回す理由がそもそも存在しないからだ。

 星は朗らかな笑みを浮かべ、楓に手を伸ばす。

 

「ここでこうして会えたのも何かの縁。我々の事情をお話しいたしますので、少し対話の席を設けてはもらえないでしょうか」

「いや、それには及ばない。ただ、そちらの不手際について話してくれ」

「むぅ、いやはやなんとも身内の恥で申し訳ないのですが――」

 

 星の語る内容を聞いた楓は腕を組み、現在の状況をまとめるべく口を開いた。

 

「……まとめると聖白蓮の復活には法界へ向かう手段と、封印そのものを解除する手段の二つが必要になる」

「はい」

「正しいね」

「法界に向かう手段は聖輦船(せいれんせん)を使用し、封印の解除には寅丸星の所持する毘沙門天より授けられた宝塔を使用する」

「合ってます」

「……聖輦船については法界へ行くのに必要な飛倉の破片が知己の妖怪の早とちりによって、幻想郷中に飛散。これを集めなければまず法界に行けない」

「空を飛ばすことはできますので、上空から探すことになりますね。とはいえ相当な大きさです。人目を避けて飛ぼうとしても誰かの目に入るのは不可避でしょう」

 

 ここで事情を知る彼女らに会えてよかったと心底思う楓だった。

 そして次の事実に対し、楓は本気で頭痛を覚えながら告げていく。

 

「……宝塔についてはお前が持っていたが、紛失したと」

「あれは正しく毘沙門天様より私が持つに相応しいと賜ったもの。それを紛失したということは、私以上に相応しい方が現れた。そう受け取ってますよ」

「ご主人はそれで良くても実際問題あれがないと封印の解除ができないんだよ!! というわけでご主人と宝塔探しをしているのが現在さ」

「急いでいますが、いつ見つかるかもわからない。なのでまずは火継さんへの説明も兼ねて人里へ寄ろうとした次第です」

「…………」

 

 遅いか早いかの違いだけで、結局自分は異変に巻き込まれるのだなと楓は遠い目になる。目隠しで何も見えないが。

 

「……おおよその事情は把握した。乗りかかった船だ。宝塔探しにも協力してやる」

「おお! それはありがたい!! 我々もこの辺りに土地勘があるとは言い難く、困っていたのです」

「主にご主人の楽観視にね!!」

 

 ここではいさようならとしたところで、彼女らは宝塔を求めて騒ぎを起こすだろうし、宝塔が見つからなくても空を飛ぶ船が目撃されて騒ぎになるのだ。

 聖輦船についてはもう天子が上手くやることを祈るしかない。彼女なら問題ないだろうと信頼しているが、多分彼女は法界に行くことを優先するだろうとも思っている。

 

 楓は顔をしかめて現状の最善と、この騒動自体の理想的な着地点を改めて考えていく。

 まず、御阿礼の子、ならび人里に被害が行くのだけは避けたい。逆に言えばこれが問題ないなら、ある程度の騒動も大目に見る方針だ。

 そして彼女らに人里への害意はなく、可能な限り穏便に済ませようとする意思も感じられている。

 であれば可能な限り協力しつつ、こちらも譲れない一線を強調するのが妥当だろう。

 聖白蓮という尼僧が生きていようと死んでいようとどちらでも構わないが、八方丸く収まってくれる結末となってもらえるのが一番ありがたい。

 

「土地勘がないならついて来てくれ。珍品ばかり集めて売っている奇特な店を知っている」

「おや、そんなお店があったのですか。宝塔もあるやもしれません」

「大丈夫かな……ふっかけられたりしないだろうね?」

「ははは、ナズーリンは心配症ですね。誠心誠意話して心を尽くして届かない相手などおりませんよ」

「……顔見知りだから口利きくらいはする」

「守護者殿! 本当に頼むよ!! ご主人はどうもその辺の感覚が全くないというか、とにかく暢気に過ぎる!!」

 

 必死な形相で楓を見上げるナズーリンに肩をすくめる。御仏に仕える僧としては多分、星の姿が正しいんだろうと思いながら、二人を先導して香霖堂へ向かうのであった。

 

 

 

 楓が歩き始めたので、その後ろを星とナズーリンが並んでついていく。

 そしてナズーリンは主にしか聞こえない声量で口を開いた。

 

「……それでご主人の見立てはどうなんだい?」

「人を見定めているなど聞こえが悪いですよ、ナズーリン」

「とぼけないでもらいたい。ご主人との付き合いも長いんだ。――あの守護者殿を見極めていたんだろう?」

「…………」

 

 星は曖昧な笑みを返すばかりだったが、これまでの暢気で朗らかな姿とは明らかにかけ離れたその反応だけで答えは察せてしまう。

 

「――血湧き肉躍るという感覚は素晴らしいものですね」

「私は戦働きには疎いけど、それほどかい?」

「機会があれば一手、交えたいほどには」

 

 寅丸星は毘沙門天の代理だ。そして毘沙門天とは財福の神であると同時、御仏の教えを外敵より守る――武神、軍神としての属性も持ち合わせている。

 当然、星もその性質は所持しており、その目が楓という少年の才覚を余すことなく見抜いていた。

 

「生まれるところには生まれるものですね。とはいえ今は聖の復活が最優先です。私の趣味はまた後日としましょう」

「頼むよご主人……ご主人は元が妖獣から化生した妖怪だから、人間より抑えが効かないことがある。それは肝に銘じておいて」

「もちろん。この身体になって長いのですから、それぐらい心得ておりますよ」

 

 そう言いながらも星の尻尾は楓への興味を示すようにブンブンと振られており、ナズーリンの不安を掻き立てるに十分なものだった。

 

 

 

 

 

「――話はわかったわ。その飛倉の破片を回収しないと法界には向かえないと」

「そうなんだよ! くそっ、ぬえのやつこんな時に邪魔するなんて……!」

 

 楓たちが宝塔探しに動き出した頃、天子と早苗は血の池地獄に浮かべられた巨大な船――聖輦船で村紗の話を聞いていた。

 

「まず一つずつ確認していきましょう。その飛倉の破片は地上にばら撒かれたのね?」

「十中八九ね。あと、あの子はかなり強力な妖怪で、物の正体を判らなくする能力を持っている」

「ぬえ……鵺か。なるほど、能力の来歴も大体読めたわ」

「猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾を持つ正体不明の妖怪、でしたか」

 

 早苗の言葉に天子はうなずき、村紗は不思議そうに首を傾げる。

 

「実際のあの子は普通の女の子だけど……まあいいや、話を戻そう! あの子はチンケに地面に埋めるとかやらないから、やるなら絶対派手な騒動を起こすために地上へばら撒く!」

「人里の守護者に協力している身としては傍迷惑だと言うしかないけど、気持ちはわかるわ」

「楓くん、よくこの人操縦できるなあ……」

「少し違うわね。あいつが好きに動いた方が私も冒険できるのよ。だから私はあいつが好きに動けるよう手伝う。それだけ」

 

 事あるごとに異変に巻き込まれる彼は好きに動けているのか疑問な早苗だったが、一旦それは横に置く。

 

「ともあれ地上に出ないと話にならない。幸い、聖輦船を飛ばすぐらいはできるから地上で破片探しはできるよ」

「だったら地上に出るわよ。騒ぎにならず集められるなら理想。霊夢や魔理沙が動くようなら利用して破片集めをさせる」

 

 弾幕ごっこになったとしても、天子と早苗がいれば時間稼ぎぐらいは問題なく行える。彼女ら相手に勝とうとしたら至難の業だが、耐えるだけならそれなりに方法はある。

 方針が決まったので村紗はやる気をみなぎらせ拳で手を叩く。

 

「よっし、動力見てもらってる一輪に声かけて聖輦船を動かそう! 今から私のことは船長と呼びな!」

「安全運転なんて考えないでいいわ。刺激的な空の旅を楽しみましょう?」

「うーん、これが楓くんの普段見ている景色なのかな……」

 

 自分の意思に関わらず状況が激変していくことに戸惑いは未だ消えないが、だんだん楽しくなってきたのも事実。

 抱えている悩みとかそういったものは一度全部忘れて、この状況を楽しんで良いのかもしれない。

 

「よし! 守矢神社から来た者として恥じない成果を! とか考えてましたがだんだんバカバカしくなってきました! とりあえず空飛ぶ船とか楽しそうだし面白そうです!!」

「そうそう、調子出てきたじゃない! 人生一度きりなんだから楽しまなきゃ損よ!」

「船員の元気良し! 千年ぶりの聖輦船出港だ!! 安全快適な空の旅は保証できないけど、刺激だけは満点の旅を保証しよう!!」

 

 気安い調子で肩を組んできた天子と肩を組み返し、血の池地獄から浮かび上がり地上を目指す船に快哉をあげながら彼女らの地上進出は始まっていくのであった。




ここから本格的に星蓮船開始です(なおやっていることは宝探しな模様)

宝塔を取り戻しに動いている楓グループと、破片集めしている天子グループで別れて動いていますので、今後も描写が分かれると思いますがご了承ください。
法界到達時には合流すると思いますので、そこまでの辛抱です。

なんで楓が法界行くのに一緒に行くのかって? 楓だから……(騒動があればそこに巻き込まれる)
そして法界では魔界関係の事件に巻き込まれ、戻ったら戻ったで御阿礼の子の物語も動き出します。

Q:なんで星蓮船で御阿礼の子の物語が動くの?
A:ヒント、ひじりんの来歴

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