阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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永遠亭の住民

「永遠亭は普段も結界に阻まれているわ。そもそも竹林のこんな奥まで来る人自体、ほとんどいないけど」

 

 妹紅は迷いのない足取りで竹林を進む。

 千里眼を持つ楓にもこの辺りの景色は同じにしか見えないのだが、妹紅はどこで曲がるのかも全て把握しているようだ。

 

「私も向こうの細かい事情は知らないんだけどね。とにかく特定の順序で竹林を抜けないと絶対にたどり着けず、入り口に戻されてしまう」

「そこは良心的なんだな」

 

 さまよい続けて出られなくなる、というわけではないようだ。

 楓の言葉にどうだか、と妹紅は肩をすくめた。

 

「あまり死体が出て妖怪が活気づくのも困るってだけよ。あいつらはとにかく何かから隠れたがっているみたいだし」

「それでも異変を起こしたのか。事情がありそうだ」

「知ったことじゃないわね。大勢の妖怪にとっては迷惑千万な内容だったわ」

「……突っかかるな。因縁でもあるのか?」

「そうね。もう隠すことじゃないけど、永遠亭の連中にも私と同じ身体の奴らがいる。私にとっては何百、何千と殺しても飽き足らない奴がいるわ」

 

 殺しても復活するのだから、そこに有意義なものはなにもない。

 しかしそれでもなお、殺し合いにすがらなければならない思いがあるのだろう。妹紅の顔は様々な感情の入り混じったものであり、楓も踏み込むのをためらうものだった。そこまで空気を読まないわけではない。

 

「…………」

「ま、今回は良いけどね。異変を通して表舞台に出た以上、楓みたいな人間が来ることも向こうは予想しているでしょうし、永遠亭への道は私以外知らないし」

「おかげで話を聞きに行ける。感謝しているよ」

「うんうん、してもらったことへの感謝を忘れないのは良いことよ」

 

 なんだか妙に年下に見られている気がしてならない。いや、おそらく数百年と生きている彼女と十数年の自分では天と地ほどの差があるのは当然だが、なんとなく良い気はしない楓だった。

 といっても、これを表に出すのはいかにも子供のやることであることはわかる。なので気分を紛らわせるべく千里眼で周囲の警戒を行い――足を止める。

 

「あら、楓?」

「気づいているか? この辺り、変な罠だらけだ」

 

 殺すつもりの罠ではない。せいぜい多少深い落とし穴やこちらを驚かす程度の罠。

 それがそこかしこに張られていることを楓の千里眼が見抜き、妹紅に伝える。

 

「あー……心当たりはあるわ。付近に妖怪兎は見当たらない?」

「囲まれてるぞ」

「あらま」

 

 敵意がないので気にもしていなかったが、妹紅はどうしたものかと頬に手を当てていた。

 

「うーん、どうしようかしら」

「何か問題が?」

「永遠亭はね、何人かの私みたいな人間と、妖怪兎で構成されているの。私は別に気にしないけど、あなたがうかつに妖怪兎を攻撃するのは良くないわよ」

「どんな難癖につながるかわからないから、か?」

「そういうこと。あなた、人里の守護者なのでしょう? だったら気をつけなさいな」

「……気をつけている」

 

 妹紅の言葉に憮然とした顔で返す楓。どうにも、小難しい政治の話は誰かに教わることばかりである。

 

「んじゃ、一応声ぐらいかけましょうか。てゐ! 彼は人里の人間よ! 悪戯するなら報復も覚悟しておきなさい!!」

「信用できなーい!」

 

 どこからか声が聞こえてくるが、竹林に反響して声の出どころが妹紅にはわからなかった。

 しかし千里眼で周辺の妖怪兎を全て捉えている楓にはわかった。口の動いた妖怪兎のみを見直し、妹紅に小声で教える。

 

「俺たちの後ろにいる人参の首飾りを下げたやつだ。用心深い、いつでも逃げられる体勢だ」

「さすが。じゃあ……お互い見当違いの方向に走り出すフリをして、油断したところを楓が捕まえる。どう?」

「乗った。――仕掛ける!!」

 

 楓の鋭い声とともに、妹紅と楓がそれぞれ別の方向に走る。

 辺りに潜んでいた妖怪兎が散り散りに逃げ出すのを追いかけようとすると、再び声が響く。

 

「へっへっへ、あたしゃこっちだよ! 二人とも大外れだ!!」

「――椿」

『お任せあれ!!』

 

 こちらが失敗しているのを嗤おうとした。それがこの少女の敗因である。

 楓は何もないところで跳躍すると、空中で待機していた椿と足の裏を合わせて互いに蹴り出すことで、急な方向転換と加速を簡単に成し遂げる。

 

 そして追いかけているときには見せなかった本気の速度で一気に妖怪兎の少女に追いつくと、その身体をつまみ上げた。

 

「へ、あ、ちょ!? 何なのさ今の速さ!?」

「秘密だ。妹紅、捕まえた!」

「よくやったわ、楓!」

 

 適当な方向に走っていた妹紅も戻ってきて、適当に作った炎で他の妖怪兎を散らしてしまう。

 部下もいなくなった妖怪兎の少女が楓の手の中で暴れる。

 

「離せよー! 暴力はんたーい!」

「悪戯反対だ。どうする?」

「んー、防寒用に兎の毛皮で服とか作る?」

「なるほど、口封じ」

 

 妹紅の言葉を真に受けた楓が刀を抜くと、少女から焦った声が発せられた。

 

「待って待って待ってホントやめて!? というかあたしの革は普通の人皮だよ!?」

「見ればわかるわ。まあ冗談はさておき、この悪戯と詐欺好きの妖怪兎は因幡てゐ。人様と関わってはしょうもない詐欺を仕掛けたり、竹林では悪戯を仕掛けたりするやつよ」

「ふむ」

 

 ほとんど情報はなかったが、稗田阿一の記述した幻想郷縁起に名前が載っていたのを見た覚えがあった。

 

「長生きはしているみたいだけどね、正直大した妖怪じゃないから離しても良いわ」

「わかった」

 

 妹紅の言葉に従い手を離すと、てゐは楓から距離を取って忌々しそうな目で楓を見る。

 

「いたたたた……玉の肌に掴み痕が残ったらどうしてくれるのさ!」

「それが残ると不都合でもあるのか?」

「あたしの美貌に傷がつくよ! ……待った、それは悪いことをしたと言うような顔と、刀を構える行動に全く関連性が見られないんだけど」

「いや、痕が残った部分を切って再生すれば良いんじゃないかと思って」

「おい妹紅!! こいつやべーやつだよ!? あたしゃ妖怪だけどそんな再生力強い方じゃないの!!」

「そうだったのか。……まあさすがに今のは冗談だ」

 

 てゐの再生速度が他の妖怪と変わらないなら、掴んだ部分だけ削げば良いだろう、と割と本気で思っていたのは黙っておく。

 しかし楓の考えは読まれていたらしく、妹紅とてゐから冷たい視線を向けられてしまった。信用が得られなくて悲しい。

 この話題を続けても自分が冷たい目で見られるだけだと思ったので、楓は刀をしまって右手を差し出す。

 

「俺は火継楓。人里の守護者を兼任している。今日は今回の異変の相手を拝みに来た」

「はぁ、なるほどね。あたしも最近は人里の方まで出てないから世俗は知らんけど、あんたみたいな小僧が守護者をするのかい」

「父から継いだものだ」

「……へぇ」

 

 今の言葉にてゐの琴線に触れる何かがあったのだろう。にやりといやらしい笑みを浮かべながら、てゐは懐から液体の入った小瓶を取り出す。

 

「ねえ、小僧」

「いや、確かに子供なのは否定しないが」

「――力、欲しくない?」

「…………」

 

 目を細め、真顔になった楓を見ててゐはさらに笑みを深める。

 てゐにとって楓は年齢に見合わない力を持ち、考え方がどこかぶっ飛んでいて――ひどく実直な生き方をしている少年だ。

 自分にも相手にも嘘をつけず、手の届かない何かを必死になって追い求めている。てゐにとってそれは格好のカモである。

 

「これはお前さんがこれから訪れる永遠亭の薬師が作ったものなんだけどね、これを一口飲めばそりゃもう尋常じゃない力が簡単に得られるって寸法さ」

「…………」

「あたしが飲めば良い? お生憎様、この薬は本人の力を高めるもので、あたしみたいな木っ端妖怪じゃたかが知れてるってわけ」

「…………」

 

 てゐの言葉に楓は無言を貫くが、その目に渇望の色が浮かんでいるのは妹紅にさえわかるものだった。

 さすがに慧音の知り合いでもある楓が破滅するのを見るのは、寝覚めが悪いどころの話ではないので妹紅は止めようと踏み出すが、楓が手で制した。

 

「今はこれ一本だけど、飲むようならあたしが格安で融通しようじゃないか。なに、こう見えて永遠亭の薬師とは仲が良いんだ。――さぁ、答えは如何に?」

「…………お前はわかっているんじゃないか?」

「小僧の口から聞かないとわからないさ」

 

 実直な生き方をしている少年はてゐにとって格好のカモだ。そして考える時間を与えないことが詐術の肝である。

 お膳立ては整った。ここまでやれば楓は間違いなく――

 

 

 

「不要だ。俺が求めるものには俺の力で到達する」

 

 

 

 ――断るだろう、とてゐには確信があった。

 てゐは口角に先ほど浮かべたいやらしいそれとは違う笑みを浮かべながら、理由を問う。

 

「どうしてだい? この薬は間違いなく小僧の目的までの道を短縮するよ?」

「その場所は、俺が自分の力でたどり着かねばならない場所だ」

「たどり着いて、それでおしまい?」

「追い抜くに決まってる。何か別の力に頼って到達して、それでおしまいなんて場所じゃない」

 

 拳を握り、意思を示す。

 必ず父のいた場所に追いつき、追い越す。彼の跡を継いだ阿礼狂いとして、彼の息子として。

 その道を進むことに一片の迷いも持っていない楓の瞳を見て、てゐは小さく笑った。

 

「……こりゃ、相手が悪かった。あたしの目も鈍ったね」

「てゐ?」

 

 先のやり取りを不思議に思った妹紅が声をかけてくるが、てゐは機嫌良さそうにうなずくばかりで答えない。

 妹紅が答えを求めて楓の方を見るも、彼にもわかっていないようだった。

 

「つまんないことを聞いた詫びってわけじゃないけど、私は先に永遠亭まで行って話をつけておくよ」

「助かるが、良いのか?」

「良いってことよ。年長者の厚意は素直に受けておくものさ」

 

 妙に友好的なのが気になった楓だが、まあ嘘を教えられていたらその時は退治すれば良いと考えて首を縦に振る。

 しかしわからない、と楓は別の意味で首を傾げた。

 

「……因幡、さん」

「てゐで良いよ」

「てゐ。俺はお前に気に入られるようなことでもあったのか?」

「そんなところだねえ。ま、内容は秘密さ」

 

 そういっててゐは竹林の向こうへあっという間に消えてしまう。

 物言いこそ怪しいものがあったが、すぐに態度も改まったので楓には彼女がいまいち妹紅の語る人物像とかけ離れて見えた。

 その答えを妹紅に聞こうと思ったが、彼女はてゐの様子に楓以上に驚いていた。

 

「てゐがあんな態度を取るなんて……楓、あなた実は前世であの子の知り合いとかない?」

「あっても知らんわ。俺には皆目見当もつかん」

 

 両方とも納得の行く答えがなかったので、とりあえず先を急ぐことにする。考えても意味がないものは考えないのが吉である。

 

 

 

 

 

 再び代わり映えのない竹林を歩いていると、ふと景色が開ける。

 その場所だけ日光が差し込み、稗田の屋敷以上に大きい邸宅が楓たちの前に現れる。

 

「これは……俺の目でも見えてなかった」

「上空まで及ぶ結界を張っているのよ。本当はずっと近くにあったんだけど、私が特定の順番で歩かないと絶対にたどり着けないってわけ」

「この手の類は初めて見る」

 

 楓の千里眼は基本的に母親のそれとほぼ同種である。認識を阻害する結界があれば見えなくなるし、地底のように光量が極端に少ない場所も見づらくなる。

 まだ父が存命だった頃の話になるが、紅霧異変が起きた時には楓の目でも母の目でも、幻想郷を見ることができても詳しい状況を知ることはできなかった。

 便利ではあるが、意外と小回りのきかないところもあるのだ。

 

「まあ入りましょう。てゐの話が本当なら通してもらえるはずだし」

「ダメならダメで妹紅に頼む」

「うーん……私から言って大丈夫かなぁ……。いや、ここまで連れてきたから口利きはするけど」

 

 難しそうな顔をしている妹紅を横目に、楓は永遠亭の門扉を叩く。

 

「もし、失礼。永遠亭はこちらで合っているか?」

 

 楓の言葉で屋敷の向こうからパタパタと足音が聞こえてきた。やがてそれはからりと軽快な動きで門扉を開く。

 出てきたのは楓では咄嗟に名前の出てこない洋服に身を包んだ、てゐの持つ耳とは違う長い兎耳を持つ赤い目の少女だった。

 

「はいはーいっと。うわ、本当にてゐの言った通りの人が来た。嘘じゃなかったんだ……」

「理由は俺もわからん。いや、もしかして本当に前世で何かあったとか?」

「私が知るわけないでしょ……。で、あんたが案内してきたの?」

「そうなるわね。今日は殺し合いに来たわけじゃないし、なるべくおとなしくしてるつもり」

 

 殺し合い? と楓が首を傾げたものの、兎耳の少女は苦笑いするばかり。彼女は知っているようだ。

 

「あなたは多分知らなくても良いことよ。さ、上がって上がって。師匠もてゐが話していたから興味を持っているみたい」

「失礼する」

 

 案内してくれる少女に頭を下げて、彼女の案内に従って永遠亭の中を歩いていく。

 見知らぬ家なので千里眼は外観の観察程度に留め、五感で受け取れる情報のみに注力する。

 

「……妖怪兎が多いんだな」

「ああ、わかる? てゐと会ってるならわかると思うけど、彼女がこの辺の妖怪兎のまとめ役なの。で、てゐはここで暮らしている」

「なるほど、子分でもあるのか」

「小間使いにもなるし、見ていて可愛いから良いけどね」

 

 楓の疑問に少女は気安く答えてくれる。

 妹紅としては見慣れた光景なのか、あくびを噛み殺しながら楓の後ろをついていた。

 やがて通された畳張りの和室に入ると、少女はそそくさと部屋を出ていく。

 

「それじゃ師匠を呼んでくるから、そこでくつろいでいて。人里からここまでだと結構歩いたでしょう?」

「ありがとうござ――感謝する」

 

 つい普通にお礼を言いそうになってしまい、なんとか噛み殺して謝礼を述べる。漏れ聞こえた小さな笑い声は少女のものか妹紅のものか、はたまた両方か。

 少女が出ていくのを見送ると、楽な姿勢――というかほぼ寝転がった妹紅がからかうように声をかけてきた。

 

「…………」

「こういうところは甘いわね。まあ、楓ぐらいの年齢で公人として動くってのも大変でしょうけど」

「どうにも、一朝一夕に上手くはいかない」

「そんなものよ。大丈夫、意識さえしていればいずれ上手くなるわ」

「それまでに致命的な失敗がなければな……」

 

 今の自分は一応公人としてこの場にいるのだ。うかつな一言が人里への不利益――ひいては御阿礼の子への不利益になりかねない。

 これで常に意識はしているのだが、幼い頃から目上の妖怪に接する機会が多かったからだろう。つい敬語で話す癖が出そうになる。

 

 公人として立つ自分は紛れもなく、人里の代表であり――どの妖怪と比較しても立場上は対等なのだ。そのことを忘れてはいけない。

 そんな風に己を戒めていると、先ほどの少女がもう一人、見慣れない少女と一緒に入ってきた。

 赤と青。左右でまるっきり色の違う服を上下で互い違いに着ている、慣れないと目が痛くなりそうな服装の少女だ。

 

 少女は最初に妹紅に視線をやり、次いで楓に視線を向ける。

 

「まずは客人を待たせた無礼に謝罪を。そして私どもの紹介をいたしましょう」

「いや、話もなく突然訪ねたのはこちらだ。こちらから話すのが筋だろう」

「……ふむ」

 

 少女の丁寧な物言いを遮り、楓が先に自己紹介をする旨を話すと赤青の少女は興味深そうな目で楓を見た。

 

「自分は妖怪の対策本。幻想郷縁起の編纂をしておられる御阿礼の子に仕える従者だ。名は火継楓という」

「では火継さん、とお呼びしましょうか」

「下の名前で構わない。それと自分は人里の守護者を兼任している。今回そちらを訪ねたのは、人里の人間として貴方がたの今後について聞きたいというのが理由だ」

 

 ここまでは上手く言えている、と楓は必死に内心の緊張を抑え込みながら自画自賛する。

 会って直感した。――眼前のこの少女は間違いなく八雲紫に匹敵、あるいは凌駕する知識、知恵の持ち主だ。

 うかつなことを言ったら頭から貪り食われかねない。じっとりと背中が嫌な汗をかいていた。

 

「そういうことでしたか。そちらの事情も聞けたことですし、こちらも自己紹介を。私は八意永琳。しがない薬師であり、今はこの永遠亭の管理を代理として行っております」

「代理?」

「あー、楓みたいなものよ。こいつも主人に仕える従者ってわけ」

 

 疑問の声を上げた楓に答えたのは、特に気負った様子もなく寝転んでいる妹紅だった。

 少女改め永琳も妹紅の言葉を否定することなくうなずいたため、そのようなものだと理解しておく。

 

「楓さんと同じ理由です。初対面の方と主をいきなり会わせるわけにはいかないでしょう?」

「なるほど、道理だ」

「ご理解いただけて何より。私たち、気が合いそうですね?」

 

 楚々と微笑む永琳に楓は硬い表情でうなずくことしかできなかった。おいばかやめろ、というのが正直な気持ちである。

 

「ああ、それとこちらは鈴仙・優曇華院・イナバ。私の弟子みたいなものです」

「え、みたいなもの……」

「鈴仙と呼んでくださいな。残りの名は私どもの与えたものですから」

 

 弟子みたいなもの、と言われたところで後ろの少女――鈴仙が愕然とした顔になっていたが、指摘はしなかった。

 

「さて、楓さんのお聞きしたいことは私たちが今後どのように外と関わっていくか、というもので相違ないでしょうか」

「ああ。おそらく近いうちに私の主も取材に来ると思うが、先んじて聞いておきたい。人との関わりを減らしたい、というのであればこちらで貴方がたの情報に制限をかけても良い」

「良いのですか?」

「あくまで人里だけだ。人間は一人でこのような奥地まで行くこともできないから、人間への友好度を下げるだけで人はこちらに近寄らないだろう」

 

 尤も、すでに異変でここに来たことのある面々は別である。彼女らを止める権利は持っていないため、そこはどうしようもない。

 

「ふむ……そちらで情報に制限をかけても良い、というのは嬉しい誤算です。では――」

 

 そのように、と言って話がまとまりそうになった、その時だった。

 

 

 

「――あら、それじゃつまらないじゃない」

 

 

 

 襖の後ろから、鈴を鳴らしたような美しい声がしたのは。

 永琳との会話に集中しながらも、最低限の警戒はしていた楓にも認識できなかった。

 十中八九何らかの能力を使用している、と思いながら楓は永琳の後ろにいる存在に目を向ける。

 

「こんにちは、人里の代表さん。妹紅が案内して、てゐが絶賛するような人間ってことで私も見に来たわ」

「姫様!?」

「永琳も人が悪いわ。あなたが私たちを想っての行動というのは何も疑わないけど、事後報告だけってのは寂しいでしょう?」

 

 狼狽する永琳と鈴仙の様子を見て、この人でも焦るようなことがあるのかと楓がぼんやり考えていると、後ろから妹紅が入ってきた少女めがけて飛びかかろうとする。

 危ないのでその足を掴むと、妹紅は見事に転んで畳に顔を思いっきりぶつける。

 びたん、という妹紅が畳に倒れる音と同時に、楓が相対している三人の少女が一斉に顔を背けて震え始めたが、まあ些細なことだろう。

 

「へぶっ!?」

「いきなり何するんだ、危ないだろう」

「そ、それでいきなり足を掴むのもどうなのよ……」

 

 顔面を強打した妹紅が涙目で楓を睨むが、そこは気にしない楓だった。

 

「いや、今回は我慢すると言っていたじゃないか。いきなり飛びかかったら俺が被害を受ける」

「あいつの顔見たらそういう気持ちも吹き飛んだのよ! 良いから足を離しな――はぅっ」

 

 手を離したら面倒になると察した楓が妹紅の頭を叩くと、彼女はあっさりと意識を手放した。不死身の肉体であろうと、脳を揺らせば意識を落とせるというのは先日の戦いで学んだ有意義な知識である。

 いつかのように膝の上に乗せようかとも思ったが彼女らの手前でそれをやるのははばかられるため、適当な座布団を引っ張って折りたたみ、その上に妹紅の頭を乗せておく。

 

「……こちらが話の腰を折ってしまった。無礼を謝罪しよう」

「い、いえ……こちらこそ姫様が来るのを教えていなかったのを謝罪しなければならないわ……ふふっ」

 

 何事もなかったかのように話を始めた楓に答えたのは、口元を隠して必死に笑いを噛み殺す永琳だった。

 鈴仙はまだ話せる状態でなく、後ろの少女は笑い声すらあげずに腹を抱えて悶絶していた。

 

「そんなにおかしなことをしたか?」

「思わず客人の前で大爆笑してしまうくらいには、ね。そして今ので確信したわ。――私たちは外と交流すべきよ」

 

 目に浮かんだ涙を拭いながら、少女が楓に話しかけてくる。

 見れば見るほど美しい少女だった。最も美しい人形、という題材で神が手掛けたとしか思えない造形で、これが衆目に晒されたらいかなる手段を用いてでもその美貌をものにしたい、と思う男が大勢出ることだろう、と楓は他人事のように思った。

 いや、事実楓にとっては他人事だった。なにせ彼にとって最も美しいものは御阿礼の子と決まっているのだ。他の存在も美醜の差程度はわかるが、それ以上の感想は特になかった。

 

「これでも私たちは幻想郷に暮らして長いの。そしてその間、ずぅっと外界との交流を絶って生きてきた。来客なんてさっきあなたが眠らせた妹紅ぐらい」

「……変わらない生活だな」

「そう、変わらない。まあ先日の異変でそれも終わったけれど、あなた一人が来てこんなに空気が変わった。

 過去が無限にやってくるといっても、その過去を代わり映えしないものにする理由もないわ。今と未来を楽しむためにも交流は積極的にすべきよ。……敬愛する我が従者はまだ隠れるべきと考えているようだけど」

「……御身と永遠亭の安全を考えればこそです」

 

 永琳の言葉にも一理はあると思う楓だったが、これは折れるだろうと理解もしていた。結局のところ、従者に主の道を決定する権利はないのだ。

 

「私は今後、外と交流を深めていくべきだと判断するわ。すでに永遠は解き放たれ、どのような形であれ幻想郷と関わらなければならない時が来ている。そもそも、人里だけを情報封鎖したところで大した制限にはならないのでしょう?」

「異変解決を行った彼女らの動向までは止められない。彼女らはそれぞれ別の勢力だからな」

「答えは出たわね。中途半端に隠すぐらいならいっそ開き直りましょう」

「……姫様の仰せのままに」

 

 納得はしていなさそうだが、永琳は少女の言葉にうなずいた。言い分そのものにおかしなところはないため、永琳も理屈は理解しているのだろう。

 しかし万が一を警戒する、というのも楓にはよくわかるため内心で同情しておく。

 

「ということで人里の使者さん。御阿礼の子とやらの取材はいつでも受け付ける、と伝えておいてくれないかしら?」

「相わかった。あなた方は積極的に人里と交流を持ちたい、というところまで含めて主に伝えよう。えっと……」

「ああ、失礼。名乗りもせず話してしまったわね」

 

 そういって少女は淑やかに、どことなく艶を感じる笑みを浮かべる。

 

「蓬莱山輝夜。――弱竹のかぐや姫とは私のことよ?」

「へぇ、御阿礼の子の従者と兼業で人里の守護者をしている火継楓だ。よろしく」

「え? ええ、よろしく……」

 

 かぐや姫――輝夜は楓の反応に拍子抜けといった顔になる。

 魅了する、とまではいかなくても多少は少年らしい年相応の感情が見えると思ったのに、全然動じない。

 来歴を考えれば当たり前というか、彼に色仕掛けなど行うだけバカを見るといっても過言ではないのだが、外界との交流を絶っていた彼女らにそれを知る術はなかった。

 

 

 

 

 

 結局、そこからは他愛もない雑談をした程度で実に久方ぶりの来客は帰ることとなってしまった。

 今起こすと危なそう、との理由で妹紅を背負ったまま永遠亭を立ち去る楓を見送りながら、輝夜は首を傾げながら永琳と話す。

 

「うーん、美醜の感覚が変わったのかしら……」

「ああ、楓が姫様に何の反応も示さなかったことです?」

「同性ならわかるんだけど、異性であの反応っておかしくない? ちょっと自信なくすわ……」

「何かしらの原因はあると推測できますね。あるいは妖怪としての美的感覚に寄っているか」

「人里に行くことがあったら調べてみましょう。うんうん、調べたいことがあるって良いことね」

「……姫様。外出は程々にお願いしますよ」

 

 わかってるわよ、と輝夜は小言の多い永琳に肩をすくめ、永遠亭の中に戻っていくのであった。

 

「お、鈴仙じゃん。楓はもう帰ったの?」

 

 永遠亭の一角。鈴仙が雑務を片付けていると後ろからてゐが声をかけてくる。

 

「てゐ、戻ってたの。さっき帰ったわよ」

「そっかそっか。で、どんな感じだった?」

「どんなって……特に言うこともない感じだったわよ?」

 

 鈴仙から見て、楓という少年は優秀であることこそ間違いないものの、それだけという印象だった。

 間違いなく腕は立つし、頭も回る。髪色などから見るにまっとうな人間ではないだろうが、それでもあの年頃で妖怪と戦えるのは大したものとしか言いようがない。

 しかし、それだけだ。永琳に気圧された様子も見せていたのを考えるに、子供が必死で背伸びしているという感想しか抱けなかった。

 

「災難よねえ。あの歳で師匠と言葉でやり合えとか酷な話よ」

「ま、そりゃそうだ。でもあれは絶対に諦めないと思うよ」

「……てゐが私たちに紹介したいって言ったのも驚いたけど、妙にあいつを買うわね。何かあったの?」

「いいや、別に? というかあたしゃ昔っからこうだよ? 好きなやつは昔っから変わらない」

「そうなの?」

「そうなの。あんたら相手じゃそうそうないけどね」

 

 後頭部で腕を組んで、にししと笑いながらてゐは踊るように語るのであった。

 

 

 

 ――あたしゃ大きな目標目指して、ひたむきに頑張るやつが好きなんだよ。




てゐに関しては因幡の白兎である以上、大国主を助けたのは単純に自分を助けたのもそうですけど、逆境にめげず頑張っている姿が良く映った……と解釈しています。
なので霊夢達と同じ年頃で人里の守護者やりながら、父親超えを掲げてまっすぐ頑張っている楓は割と刺さる造形です。

そして性格的なものもあって政治への苦手意識は父親以上にある楓くん。
そもそも父親も妖怪との政治に参加したのは二十代後半からなので、そう考えると楓くんは十年近く若い状態で、相手はゆかりんと同等かそれ以上の相手と話しているわけです。大変ですね(他人事)

ちなみに本作のコンセプトはいくつかありますが、一つは『前作主人公が生涯をかけて到達した場所に本作主人公が原作時間軸で到達する』です。題してノッブ到達RTA。なぁに、物理でも政治でも相手には事欠かない、やれるやれる(他人事)



あ、書き溜めが尽きた&お仕事が再来週ぐらいまで忙しいので、前作と同じく週一ぐらいの更新になると思いますがご了承ください。

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