阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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人妖共存の意味、天人の思惑

 霊夢たちが聖輦船に乗り込もうとし、天子たちがそれを阻んで熾烈な弾幕ごっこを始めていた頃、楓たちは人里の方へ戻っていた。

 

 星たちは人里へ来たことがなかったらしく、楓の案内で中に入ってからキョロキョロと落ち着かなそうに辺りを見回している。

 

「ほう……これが人里……ほうほうほう」

「私たちは極力人前に出ることを避けておりましたから、人里を見るのは新鮮です。しかし――本当に、時代が変わったものです」

 

 目を細め、星は人も妖怪も同じ場所を行き来している光景に感慨深そうな吐息をつく。

 楓はそれを受けて振り返り、不思議そうに首を傾げた。

 彼は生まれも育ちも今の人里であるため、この光景がどれほど希少か今ひとつわかっていなかった。

 

「これが成立したのは数十年前で、妖怪の感覚で言えばつい最近の話らしいが……知らなかったのか?」

「私はネズミの噂話程度には聞いていたさ。とはいえ、話に聞くのと実際に見るのでは違うだろう?」

「ナズーリンの言う通りです。ああ、それにしてもこの景色は美しい……! 聖が見たらさぞ喜ぶことでしょう」

「ふむ、ちょうど良いか」

 

 楓は歩く速度を緩め、ナズーリンたちに歩調を合わせながら口を開く。

 

「俺も調べはしたが、お前たちが開放しようとしている聖白蓮については情報が得られなかった。この際だからそちらの知っていることを話してくれ」

「それを話すことによる私たちのメリットは?」

「俺の同情を買えるかもしれない」

 

 当然だが、彼女らの話を鵜呑みにするつもりは一切ない。ここで聞く話も八割は疑ってかかる予定だった。

 星の人間性は多少信用しても良いと思っているが、それはそれである。彼女らの主観によって語られる内容を真実だと決めつけるのは危険過ぎる。

 ナズーリンも星も楓が警戒しているのはわかっていたのだろう。ナズーリンは言葉を選んでいる様子だったが、星が先に語り始めた。

 

「どのような理由であれ、話す機会をいただけるのはありがたいことです。話を聞かず、私たちが悪だと決めつけてしまう方が遥かに楽な道の時だってあるのですから」

「敵を増やすより味方を増やした方が効率的だ」

「素晴らしい考え方です。では僭越ながら、私が知る聖について語らせていただきましょう」

 

 そう言って星は昔に思いを馳せ、手に持った鉾で地面を叩く。

 

「聖は人も妖怪も神も仏も全て同じであるという考え方の持ち主でした」

「…………」

「これは目が隠れていてもわかる顔だ。そんなバカな、って思ったね?」

 

 ナズーリンの指摘に楓は何も言わなかったが、同じことを考えていたので訂正もしなかった。

 星はそんな楓に困った様子で笑いながら続きを話す。

 

「彼女の信仰の是非はさておき、聖はその信念に従って不当に虐げられる妖怪を助けてきました。私もそうですし、聖輦船を駆っている妖怪もそうです」

「……なるほど、封印される理由も読めてきた」

「――はい。そのようなこと、当時の人々が認めるはずもない」

 

 今でも認められるか怪しいところである。不当に虐げられた妖怪を助けたとは言うが、その妖怪が人を襲い、喰らっていたのであれば退治されるのは正当な流れとなる。

 それを妨げられたとあれば、人間は良い顔をしないだろう。

 

「先にも話した信念の通り、彼女は妖怪を助けましたが、人の味方でもありました。ですが人は彼女の味方ではなかった」

「まあ、だろうな」

 

 今だって人と妖怪の交流は人里に限られている。そんな交流すらなかった時代、人が身を寄せ合って生きるだけで精一杯の時代に、人を害する存在でしかない妖怪にまで手を伸ばそうとすれば排斥されるのは目に見えている。

 楓のある種冷淡とも言える肯定に星は哀しげな目をしながらも話を続ける。

 

「そうして彼女は光差さぬ魔界へと封印されました。彼女に救われた妖怪たちはバラバラになりながらも機会を待ち続けた。待ち望んでいた時は今ようやく、ということになるのです」

「その聖によって救われた妖怪は数人だけなのか?」

「……理性を持ち、彼女の封印を解くという目的のために雌伏の時を耐えられるものは数人でした。残酷ですが千年の時は妖怪にとっても重たく、長いものだった」

 

 助けてもらった恩を持ち続けられるものは稀であり、悲しいことに聖の助けた妖怪でそれを持ちうるものは少なかった。

 星は話を終わらせると空気をごまかすように笑いを浮かべる。

 

「これにて話は終わりです。あなたには退屈なものでしょう? 人里を守り、人間の守護者であるあなたにとっては」

「……彼女なりに当時の社会を変えようと挑戦したのだろう。認めようとは思わないが、笑い飛ばそうとも思わない」

 

 楓はそう言って肩をすくめる。聖白蓮の語る理念も信仰も全く理解はできなかったし、封印される結末を妥当なものだと思いはするが、あざ笑う気にもならなかった。

 星はパッと顔を輝かせ、過去を語っていた時とは違う明るい笑顔を浮かべた。

 

「おお、そう言ってくれますか! やはりあなたに会えて僥倖だった! 聖に話したら喜びますよ!!」

「ご主人に付き合って待つことを選んだ私が言うのもあれだが、守護者殿も大概お人好しだね」

「どうだか」

 

 自分たちが人に受け入れられる思想をしていないことは重々承知しているため、他者に同じ目を向けないようにしているだけである。

 

「それでこっちは事情を話したけど、守護者殿はどちらに向かっているんだい?」

「自警団の詰め所だ。探しものをするのにうってつけの人を知っている」

「おや、情報通の方でもいるのでしょうか」

「幻想郷全土を見渡せる千里眼を持っている人だ」

「ほほう! それは期待できそうですね!!」

 

 というか楓の母親である。この時間なら詰め所にいるだろうと思い、足を運んでいた。

 楓も目隠しさえなければ同等の千里眼があったのだが、今は使えない。なので広範囲に点在する情報を集めるには母の椛を頼るのが手っ取り早い。

 そんなわけで楓が詰め所の戸を開くと、自警団の面々が一斉に視線を向けてきて、年齢の近い少年が声をかけてきた。

 

「ん、おお、楓じゃん。この時間に来るなんて珍しいな」

「少し用事があってな。母上はいるか?」

「椛さんならいるぜ。……ところでお前の後ろにいるのは……」

「今日知り合った妖怪だ」

「…………」

 

 すすす、と友人が無言で楓から距離を取り始める。それと同時に他の自警団の面々も楓からそっと距離を離した。

 

「おいこら」

「いやいや当然だろ!? 俺たちは一般人なの!!」

「やれやれご主人。私たちはあまり歓迎されていないようだ」

「そうではありませんよ。これは信頼の裏返しです。己の助力なくとも、彼ならばどうにかしてくれるという」

 

 丸投げとも言うので楓は大きくため息をついて、腕を軽く振った。

 

「母上がいるなら良い。こっちは俺がどうにかするから普段通りの仕事に戻ってくれ」

「そうさせてもらう。悪い妖怪には見えないけど、こっちも万が一を考えないといけないし、何かあったら対処できないからな!! 不意打ちとかされたら死ぬからな!!」

「わかったわかった」

「……あれだ、応援しかできないが頑張れよ」

 

 同情に満ちた視線を受けているのはわかったので、楓は唇をへの字に曲げて腕を組みながら詰め所の中を歩き、椛のいる部屋へ向かう。

 椛は楓たちの来訪がわかっていたようで椅子に腰掛けることなく、楓たちを待ち構えていた。

 

「いらっしゃい、楓。それと後ろの方々もはじめまして。楓の母親の椛です」

「半妖の守護者が活躍している、という噂は聞いていましたがなるほど、あなたが! いやあ、お会いできて光栄です!」

 

 椛との邂逅に最も喜んでいたのは星だった。満面の笑みを浮かべて椛と握手を交わしてぶんぶんと振っている。

 

「人と妖怪が愛し合うなど私の時代では考えられぬことでした。それを成し遂げたあなたを心から尊敬いたします。椛殿」

「ええっと……失礼ですが、あなたたちは?」

「おっといけない。つい感情が高ぶってしまいました」

 

 星は照れくさそうに頭をかきながら手を離し、ナズーリンともども頭を下げて自己紹介をする。

 

「寅丸星とナズーリン。千年前に封印された尼僧、聖白蓮を解放すべくあなたのご子息に協力を依頼した妖怪です。諸々上手くいった暁には人里とも交流を持つ予定ですので、お見知りおきを」

「ご丁寧にありがとうございます。それで今日こちらに来たのは?」

「俺から説明する。実は――」

 

 楓は星たちから声をかけられた経緯や、今現在空を飛んでいるであろう聖輦船の話まで自分のわかる範囲のことを全て話す。

 話を聞いた椛は一つうなずくと、まず自分の方でわかっていることを説明し始めた。

 

「まず、その空飛ぶ船の噂はもうこっちにも届いていて、私の方で確認しています。今は博麗の巫女が弾幕ごっこで戦っているようです」

「どちらが優勢かわかりますか?」

「果敢に攻めているのは博麗の巫女ですが、応戦している方も問題なく耐えている、といったところでしょうか。よほどの動きがない限り、しばらくは拮抗が続きそうです」

「ふむ、となるとこれは守護者殿の言う通り、自由に動ける私たちが飛倉の破片集めに向かった方が良さそうだね」

 

 ナズーリンの言葉に同意し、楓が飛倉の破片について話すと椛は微妙な様子で眉根を寄せて言葉を淀ませる。

 

「うーん……言われているような破片は見つかりませんよ? よくわからないものがふわふわ飛んでいるのはいくつか見ますけど」

「おそらくそれです。どのくらい飛んでいるかはわかりますか?」

「そんなに多くはないです。せいぜい数個ですね」

「では母上、大まかな場所を教えてもらえますか。後は俺たちで向かいます」

「んー……」

 

 楓の頼みに椛は即答せず、顎に指を当てて天井を見上げて考え込む様子を見せる。

 返答がないことに首を傾げた楓が椛に再度問いかけようとしたところ、椛はぽんと両手を叩いて星たちに優しい笑みを向けた。

 

「はい、決めました。――私も同行します」

「……は?」

「ぶっちゃけたところ、結構暇なんですよ。天子ちゃんの奮闘もあって空飛ぶ船は人里からかなり離れた場所ですし、内外の見回りも手が足りています。でしたら、私も外に出て楓たちの手伝いをした方が早く終わるかと」

「いやだったら手分けした方が――」

「おお、なんとありがたい! 椛殿とはまだ話したかったところですので、是非来てください!」

 

 楓がなんとか椛を引き止めるか、せめて分かれて探索に出るよう提案しようとしたところ、星が遮って椛の手を握ってしまう。

 

「決まりですね。いやあ、息子の異変解決を一度間近で見てみたかったんですよ」

「…………」

「……まあ、同情するよ」

 

 本当に来るのか、と筆舌に尽くしがたい顔になっていた楓に、ナズーリンが憐憫に満ちた視線で肩を叩いてくれたのが唯一の慰めだった。

 

 

 

 

 

 飛倉の破片を回収する道中、一行は椛と星、楓とナズーリンで分かれていた。

 それというのも星は椛に楓のことを根掘り葉掘り聞き、椛も椛で嬉々として答えているため、楓が居づらいことこの上なかったのだ。

 いくら阿礼狂いといえど羞恥の感情はある。というか親からの愛情を受けている阿礼狂いなど楓ぐらいしかいないため、ある意味父親ですら通らなかった試練を受けている気分だった。

 

「いやあ、それにしてもご子息殿は良く出来た子です。見ず知らずの私たちにも親切にしてくださり、協力までしてくれて」

「あはは、夫に似たのか少し無愛想なのが玉に瑕ですけど、自慢の息子です」

「でしょうともでしょうとも。椛殿もさぞ鼻が高いでしょう」

「…………」

 

 とても気まずい。

 楓は後ろから聞こえてくる椛の息子自慢と星の褒め言葉に、居たたまれない気持ちになりながら無言で飛倉の破片を探していた。

 もう一秒でも早く見つけてこの場を離れたい。その一心で足を進める楓に横を歩いていたナズーリンが声をかける。

 

「守護者殿、そこをもう少し右に向かってくれたまえ。そこに飛倉の破片がある」

「わかるのか?」

「ふ、私は探し物を探し当てる程度の能力を持っていてね。物探しならお手の物ってわけさ。もっとも、ある程度近づいて初めてわかるものだから、君のご母堂に来てもらえたのは実にありがたい話だったけど」

「…………無駄じゃないなら良かったよ」

「いやはや君も実に災難だな。母親同伴なんて半ば針のむしろみたいなものだ」

「……まあ思うところが何もないわけじゃないが、父上が亡くなられてから母上が自発的に動くところはあまり見てないからな。戻れとも言いにくい」

 

 まだ楓が阿求の側仕えに就任せず、父がその役目に着いていた頃にもいくつか異変はあったが、その時は椛と並んで解決に赴く姿を覚えている。

 成すべきを成さんと揺るがず前を進む父と、その隣を嬉しそうに寄り添う母の背中が幼い楓の記憶の中で、妙に強く焼き付いた光景だった。

 

「ほう! 彼の剣や体捌きはご尊父由来のものでしたか!! いやはやあの歳であれほどの使い手、そうはいません。私も時間があれば一手交えたいところですよ!」

「楓はもう私よりずっと強いですよ。それでもまだ夫の強さに追いつくべく頑張っていますが」

「それほどの力があったのですか……一度お会いしてみたかったものです。時に椛殿の馴れ初めを伺っても?」

「え!? えーっと……」

「…………」

 

 勘弁して欲しいが、止められる空気でもない。それに全く興味がないわけでもなかったので、楓は止めようとはしなかった。

 火継の人間として見るなら、父以上に優れた阿礼狂いはいなかった。勢力の長でもある大妖怪たちとも友誼を結び、人里を人妖共存の空間へと変え、武勇の面では楓が今なお届かない領域にあった。

 

 そんな父がどのようにして母と知り合い、結ばれたのか。

 接点の浮かばない二人であるとは常々思っていたが、母に聞ける内容でもないというか、うかつに聞くと惚気話に巻き込まれそうで聞けなかったものだ。

 

 なので楓は飛倉を探しながら耳をそばだてていたところ、ナズーリンが呆れた声を発する。

 

「……守護者殿も人の子だね。もっと超然としていると思ったが、なかなか子供らしいところもあるようだ」

「む」

「ああいや、悪い意味じゃないよ。親しみやすさを覚えたって意味さ。今まではもっぱらご主人みたいな戦闘能力に自信のある妖怪ばかり惹きつけられそうな態度だったからね」

「別に力の強弱で対応を変えるつもりはないぞ」

 

 弱い妖怪なら自分の事情に極力巻き込まないようにするなど気遣いはするが、それ以外で誰かと接するのに態度は変えない主義だった。

 強くても波長の合わない存在はいるし、その逆も然りである。そして楓は阿礼狂いとしての領分に触れない限り、友人が多いに越したことはないと考えていた。

 

「それだよ。誰が相手でも態度を変えないというのは難しいことだ。力に自信がないとできない。それが強い妖怪には眩しく映る」

「そんなものか」

「そんなものさ。私みたいな妖怪は賢しく立ち回る必要があるんだ。ああ、飛倉の破片はすぐそこだ」

「わかった」

 

 楓の手が霞み、ナズーリンの視界に再び手が見えるようになった時にはすでに破片が握られていた。

 

「さすが。これで君のご母堂が言っていた破片は全てかな?」

「そうなるか。母上、これで全部ですか?」

「え、ええ。なんだかお話している間に終わっちゃったわね」

「空を飛んでいるこれを捕まえるだけですから。ともあれこれで破片の残りは霊夢が所持しているらしいもので全てか」

「そうなるわね。さすがにそこまで首を突っ込む気はないから、私はそろそろ戻るわ」

「むぅ、私としてはもう少し詳しいお話が聞きたかったのですが……」

「何がそんなに面白いんだ……」

 

 本来の目的を忘れているのではないかと思うほどにはしゃぐ星に楓がげんなりとしたツッコミを入れると、星が猛然と反論してくる。

 

「そうは言っても半人半妖! それも非常に高い教育を受け、なおかつ親から愛されている! つまりあなたという存在の背景には人と妖怪の愛情があった!! それがどれほどの偉業かわかりますか!?」

「自分が希少なのはわかっているつもりだが」

「それに何より! ……あなたのような存在が許される時代になったのが嬉しいのです。まさしく人妖共存。聖の願った世界が近づきつつある」

 

 星はくしゃりと顔を歪め、泣きそうな表情で楓の頬を撫でる。

 楓は怪訝そうな顔になるものの、椛は星の言葉に感じ入ったように目を細めた。

 

「……みんなが頑張ったんですよ。私の夫も、他の妖怪も人間も、全員が」

「ええ、ええ……! そんな時代がついに来たのですね……! 聖もきっと喜びます」

 

 目尻の端に浮かんだ何かを拭い、星は改めて楓の持つ破片を見やる。

 

「……破片は全て集まったようですね。宝塔もこちらの手にあるので、後は聖輦船に乗り込めば法界まで一直線です」

「であれば向かうか。霊夢たちを追い払うのにまた手を考える必要があるが……」

「あら、行くなら早めの方が良いわよ? 霊夢ちゃんたちが今は優勢みたいだから」

「……星、ナズーリン」

「なんでしょう?」

「これからの行動について話す。できることならそちらにも協力して欲しい」

「ふむ? 拝聴しましょう」

「ああ、まず――」

 

 

 

 

 

「夢想封印!!」

「全人類の緋想天!!」

 

 情け容赦のない霊夢の弾幕を、天子はいつぞや放ったそれよりも弾幕ごっこ用に手加減したスペルカードで相殺する。

 しかし気質を束ねて放射する技であるため、天子の視界が封じられるのも事実。霊夢はその隙を見逃すことなく亜空穴で瞬間移動し、天子の背後を狙う。

 

「――っとぉ!!」

 

 天子はかろうじて背後からの強襲に反応し、緋想の剣で霊夢の攻撃をいなす。勇儀との組手がここに来て活きていた。

 そうしてなんとか距離を取るものの、天子の内心は盛大に肝を冷やしていた。

 

(地底で見た時から思ってたけど、こいつこっちがされると嫌な行動を全部やってくる!! どんだけ的確な判断してるのよ! これ以上長引くとこっちの計画が崩されかねない!!)

 

 早苗の様子を確認する余裕もない。天子は今やいっぱいいっぱいで霊夢の猛攻にかろうじて耐えているような状況だ。

 しかし霊夢は霊夢で怪訝そうな顔を隠さず、弾幕を撃つ手を止めて天子に問いかけてくる。

 

「ねえ、天子」

「……何かしら」

「あんた、なんで手加減(・・・)してるの?」

「どういう意味?」

「言葉通りよ。こんな空の上で戦ってんだから、その気になれば気質とやらだって集め放題でしょう。その方があんたは間違いなく厄介なはずなのに、守ることばかり考えている」

「…………」

「そうね、いうなれば――あんたのそれは時間稼ぎの戦いにしか見えない」

「間違ってないわ。私は確かに時間稼ぎ以上は求めていない。なにせ今回の異変、私が黒幕ではないもの。賑やかしとしてより面白くなる方を選んでいるに過ぎないわ」

「何が目的?」

「それは退治して聞き出すのが筋ではなくて?」

「……ま、それもそうね」

 

 再び霊夢がお祓い棒を構えたところで、天子は大きく跳躍して聖輦船より飛び立つ。

 霊夢が追随してくる前に視線を巡らせると、魔理沙と早苗が空中で激しく弾幕を交わしていた。

 

 直角に曲がるトリッキーな弾幕を駆使する早苗と、正面への火力がとにかく高いレーザーを放つ魔理沙。どちらも目まぐるしく動き、どちらの顔にも猛々しい笑みが浮かんでいる。

 

「は、はははっ! いつぞやの異変では霊夢に取られちまったが、早苗もやるじゃないか!! ここまで強いとは思ってなかったぜ!!」

「魔理沙さんも! さすがの腕前ですね!」

「まだまだ私の真骨頂はここからだぜ! 弾幕はパワーだ!!」

 

 口でそのようにうそぶきながら魔理沙が投げた魔法瓶は早苗の眼前で爆発し、一瞬の目くらましを成立させる。そして僅かに動きを止めた早苗目掛けて容赦のない弾幕を浴びせかける。

 

「弾幕はパワーだ!! そしてパワーを十全にぶつけるには小技もテクニックも必要だ! ただ強い弾幕一つで勝てるほど弾幕ごっこは浅くないぜ!」

「っ、きゃあっ!!」

 

 早苗は魔理沙の弾幕を受けて大きく吹き飛ばされ空を舞うが、背中を何かふわふわとした優しい弾力のものに受け止められる。

 

「わっ!? え、なんですかこれ? 雲?」

「――入道さ。お嬢さん」

 

 早苗が顔を上げると、そこには雲でできた巨人の手に乗る少女の姿があった。

 尼僧を連想させる少女は腕を組んで魔理沙を睥睨し、早苗の方へ友好的な笑みを向ける。

 

「さっきまで機関室で聖輦船の制御をしていた雲居一輪ってんだ。挨拶が遅れて悪かったね」

「あなたが……」

「村紗は操舵で手一杯で、あんたたちに負担を押し付けちまった。手助けをお願いしたとはいえ、情けない限りだ。――ここからは私も援護する! あの跳ねっ返りのお嬢さんにお帰り願おうじゃないか!!」

「……はいっ! 勝つのは私です!!」

「良い返事だ! 雲山!!」

 

 一輪に名を呼ばれた入道――雲山は早苗の立つ手を動かし、勢いを付けて彼女を射出する。

 早苗が吹き飛ばされた場所に舞い戻ると、魔理沙はそれでこそだと言わんばかりに帽子を上げて笑う。

 

「ガッツあるじゃないか、見直したぜ。もうちっと控えめでお淑やかなお嬢様だと思ってた」

「清楚で真面目なのが私ですが、やる時はやるのです!」

「本当に真面目なやつは自分で言わないと思うぜ?」

 

 だんだん本性が剥がれてきたのだろうか。早苗の言葉に魔理沙は笑いながらミニ八卦炉を構え直す。

 

「仕切り直しだ。もう一度私の弾幕で撃ち落としてやる!」

「負けません!! 守矢神社の威光にかけて! 幻想郷に東風谷早苗ありと教えてあげます!!」

 

 二人は啖呵を切ってそれぞれの弾幕を放たんとし――彼女らの間を高速で影が走り抜ける。

 

『――え?』

 

 影かと見紛うそれを追いかけて首を動かすと、すでに聖輦船に乗り込んだ少年――楓が早苗たちを見下ろしており、両手を前に出していた。

 

「――」

 

 楓は早苗の方を向いて唇を僅かに動かすと、その手から目を開けることも敵わない業風が吹き荒れる。

 早苗はもちろん、魔理沙も一輪も――天子の誘導によって早苗たちにほど近い場所まで誘導されていた霊夢さえも、その風にもみくちゃにされて身動きが取れない。

 風から顔を守りながら早苗たちの目に飛び込んできたのは、聖輦船を守るように立ちはだかる鉾を構えた妖怪とネズミの耳を持つ少女。

 

 つまり聖輦船の上――法界へ向かう船に残っているのは今や操舵を握る村紗と乗り込んだ楓。そして楓の隣に立つ蒼天の少女だけで――

 

「何を!?」

「早苗には悪いことしたわね。――利用させてもらったわ。全部」

 

 天子は早苗たちを見下ろし、軽くその手を振って法界へ消えていくのであった。

 

 

 

 

 

「全く、後が怖い」

「あら、その割に私の意図は完璧に読んでいたようね?」

 

 霊夢たちを相手にしつつ聖輦船から人を引き剥がし、楓が合流すると同時に引き剥がした面々を遠ざけて法界へ向かう存在を限定する。

 それが誰にも話していなかった天子の目的であり、天子と霊夢の弾幕ごっこの様子から楓が読み取ったものだった。

 

「至極当然の話として――解放された聖白蓮とやらがこちらの味方である保証はない」

「その通り」

「そして彼女らは聖白蓮の味方であり、人里の味方になるとは限らない。――であれば聖白蓮と相対するに際し、不安要素は少ないに越したことはない」

 

 楓が直接相対した星とナズーリンは信用できると判断し、楓の取る行動を全て話して協力してもらっていた。ナズーリンは難色を示したものの、星は快く引き受けてくれた経緯がある。

 

「概ねその通り。早苗をあんたから遠ざけ、不確定要素も遠ざける。人里は最大戦力で、彼女らは最低限の戦力で。まさに理想的な流れじゃない?」

「……大体手のひらの上だったというんだから恐れ入るよ」

 

 楓も天子の意図に気づいたのは途中からだった。

 不確定な部分もあるとはいえ、ここまでの絵面を描き切った天子には楓も脱帽するしかない。

 肩をすくめる楓に天子は自慢げに胸を張り、改めて聖輦船の上で法界へたどり着くのを待つのであった。




Q.なんで椛も同行したの?
A.惚気けてもらうため(楓へのメンタルダメージは無視)

だいたい天子の手のひらだったお話でした。
この少女、最初っから法界へ向かう面子は自分と楓と他一人ぐらいにするつもりでした。

・早苗と楓は楓側の事情でどこかで引き離す必要がある(早苗のメンタルは無視)
・霊夢と魔理沙も当然引き離しておきたい
・飛倉の破片が集まれば法界へは自動で向かうため、一輪もできれば遠ざけておきたい

なので天子は時間稼ぎに徹しつつ、わざわざ時間稼ぎをすることの意図を楓が読むところまで予測して動いていました。なんだかんだこの少女、頭はめちゃくちゃ回ります。

次回は残された側の描写と聖との邂逅。そして魔界での乱入辺りのお話になります。魔界で何もないわけないだろ!!

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