阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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灯された火と魔界の乱入者

 楓たちが聖輦船へ乗り込む少し前。星とナズーリンは凄まじい速度で聖輦船へ向かう楓を見ながら話し合う。

 

「しかしご主人、良かったのかい? 守護者殿だけで法界へ向かいたいなんて要求を飲んで」

「ナズーリンは彼が信用できませんか?」

「会って一日にも満たない人を信用できるほどお人好しな自覚はないね」

 

 楓がそう悪い人間でないとはナズーリンも彼と話していて思ったことだ。

 とはいえたった数時間の交流である。取り繕おうと思えばいくらでも取り繕えるものであり、信用する要素にはなり得ない。

 

「信用、信頼は時間で積み上げていくべきものだ。彼があの態度をずっと続ければ私もいつか胸襟を開くかもしれないが、今ではないね」

「ナズーリンのそういった用心深さにはいつも助けられます。ですが、今回は私の顔を立てて欲しいですね」

「その心は? さすがのご主人も無策じゃないんだろ?」

 

 星は底抜けのお人好しで、誰に対しても優しく穏やかな仏門の徒として振る舞うが、決して何も考えないわけではない。

 ただお人好しなだけの妖獣だったなら、彼女はとうに毘沙門天の代理という誉ある役割を剥奪されていただろう。

 ナズーリンは星が馬鹿のつくお人好しであることは知っている。知っているが、愚かな存在だと思ったことは一度もなかった。

 

「飛倉の破片を集め、宝塔も見つけた。すでに私たちの悲願である聖の復活は成し遂げられたも同然です」

「どちらにも守護者殿や人里の協力があった。その義理とでも?」

「皆無ではありませんが、それが全てとも言いません。――聖の復活が果たされる以上、次に考えるべきはご近所との付き合いでしょう?」

 

 あらゆるものを敵に回して彼女を復活させましたが、直後に袋叩きに合いましたでは話にならない。彼女が帰還するのであれば、帰る場所を用意するのも重要な役目である。

 

「む……」

「それができるのは現状、楓殿と繋がりのある私たちだけです。それに彼は聖を見極めるだけで、害するつもりはないでしょう」

「そう言い切れる根拠は?」

「そもそも復活させるのが危険だと判断したら飛倉の破片を一つ破壊すれば良い。それで法界へ行く手段がなくなり私たちの望みも絶たれます」

「状況証拠だけだね」

 

 ナズーリンの容赦ない指摘に星は苦笑するが、決断を変えることはなかった。

 

「この状況下でそれ以上の根拠は出せませんが、ナズーリンの言う悪意を裏付けるものもありません。なので私は良い方向に考えているのです」

「はぁ……お人好しなご主人を持つと苦労するよ」

「用心深い友人を持てて幸せです。では、協力してくれますね?」

「……言っておくけど、私はあんまり強くないから矢面に立たせるのは勘弁してくれたまえよ?」

 

 星はにっこりと笑い、ナズーリンとともに聖輦船を守るべく立ちはだかるのであった。

 

 

 

 霊夢は楓が現れた瞬間、全てを悟って苦虫を噛み潰した顔になる。

 しかし時すでに遅く、聖輦船は法界へ向かって空からかき消えてしまっていた。

 

「ああクソッ、やられた!!」

 

 年頃の少女がついて良いものではない悪態をつく霊夢に、弾幕ごっこを一時中断してきた魔理沙が近寄ってくる。

 

「お、おい霊夢?」

「騙されたのよ!! 天子の時間稼ぎに付き合って楓たちに先を越された!!」

「うん? だったら早苗は……」

 

 魔理沙が早苗の方を見ると、先ほどまでの戦意がすっかり萎えてしまったように呆然と楓たちの消えていった方を見ていた。

 霊夢もその様子を確認し、この場にいることが何よりの証明だと首を横に振った。

 

「天子……いや、楓もか。二人にたぶらかされたんでしょう」

「珍しい組み合わせだと思ったが、楓が結んだのか。それなら納得だが……騙されたのか?」

 

 また趣味が悪い、と魔理沙は苦い顔になる。楓が取るような手段ではないと思いたいが、必要なら友人すら躊躇わず手にかける性格であることもわかっているため、断定はできなかった。

 

「どっちが考えたのかはわからないけどね。そんで悪いけど今、早苗に構ってる余裕はないわ」

「結構ヤバそうな顔だったけどな」

 

 魔理沙が霊夢の方へ向かう直前に見えた早苗の顔は、困惑と驚愕、絶望の入り混じったものであったことだけは確かだ。

 しかし霊夢の言う通り、魔理沙も今は前を見るしかない状況だった。

 なぜなら――霊夢たちの前に鉾を携えた少女とネズミの少女、それに入道の少女まで立っているのだから。

 

 あの中で一番ヤバいのは鉾を持つ妖怪だと霊夢の直感がささやく。にこにこといっそ穏やかな様子でこちらを見ているが、瞳は獣の如く霊夢たちを捉えて離さない。

 霊夢が相手の出方を伺っていると、入道を従えている少女が肩をすくめて鉾を持つ少女へ声をかけた。

 

「ったく、こうなるなんて聞いてなかったんだけど、星?」

「それについては申し訳ありません。成り行きと言いますか、今後を見据えての布石と言いますか」

「ナズーリンは良いのかい?」

「良くはないけど納得はしているよ。ご主人はご主人なりの考えで動いている。一輪には悪いが、付き合ってくれたまえ」

 

 肩をすくめたナズーリンを見て、二人の間ではそれなりの理解が交わされているのだろうと理解し、一輪は再び入道を操る。

 

「ま、了解。で、私らはこれからどうすれば良いわけ?」

「目的は達せられたので後は聖たちが戻ってくるのを待つばかり――とは行きませんね?」

 

 その言葉は一輪に向けられたものではなかった。

 鉾を向ける先――霊夢らに向けたものだ。

 霊夢もそれを察し、再び総身に霊力をみなぎらせる。

 

「上等。私の目が黒いうちに異変を起こしたやつは全員ぶっ飛ばす。それだけよ」

「とまあ、博麗の巫女は見逃してくれません。なのでナズーリン、一輪。我らも幻想郷の流儀に則り――弾幕ごっこでお帰りいただくとしましょう」

 

 来る。それがわかった霊夢は相手を分散させるべく魔理沙へ指示を出す。

 

「――魔理沙、入道とネズミの方任せた! 私が鉾持ってるやつ!」

「こっちの弾幕に巻き込まれて落とされるなよ、霊夢!!」

「あんたも混戦で目を回さないようにね!!」

 

 霊夢と魔理沙は素早く散開し、星たちもそれに応えるように数が分かれる。

 そうして、聖輦船を駆っていた妖怪たちと博麗の巫女の激突は再度始まるのであった。

 

「……どうして謝るんですか、楓くん」

 

 唯一人、楓が去り際につぶやいた言葉を正確に読み取れてしまったが故に、戦意も何も喪失してしまった早苗を除いて。

 

 

 

 

 

「……裏切り者」

「心外ね。聖白蓮なる人物の復活に必要な要素を揃えるのに、私たちの力は必要なかった?」

 

 幻想郷から法界へ向かう道中。夢とも現とも取れない奇妙な空間を通る途中、聖輦船の船長を務めていた村紗は恨みがましい目で天子を睨む。

 しかし天子は裏切りなどしていないとばかりに髪を払い、胸を張るばかり。

 

「そもそも私は裏切ってないわよ。そっちの同士になるなんて言った覚えがないもの。今までは利害が一致していたから協力しただけで、それがズレるならこっちの利益を優先するわ」

「……あまり悪ぶるな。星とナズーリンには話して了解を得ている。そちらの思惑とズレたことは謝罪しよう」

 

 楓は天子をたしなめると前に出て、その手に集めた宝塔と飛倉の破片を村紗に渡す。

 

「火継楓。天子の上司みたいな立場で、人里の守護者だ」

「同盟者が正確ね。私と楓は対等の相手だもの」

 

 天子の何故か誇らしげな言葉は無視して楓は話を続ける。

 

「そちらの聖白蓮なる者の解放に際して言うことはない。ないが、こっちも得体の知れない人物を招き入れるのに良い顔はできない」

「聖は悪人じゃない!」

 

 聖を疑っていると言っても過言ではない楓の言葉に村紗が噛み付くが、天子と楓は顔を見合わせて肩をすくめるだけだった。

 

「これでは判断ができないから、私たちだけで顔を合わせておきたいと考えたのよ。楓には言ってなかったけど」

「露骨な時間稼ぎを始めた時点で気づいた。法界へ行くことを優先するならもっと積極的に動いていただろうし、俺が合流するのを待っていた感じがした」

「察しの良い同盟者で何より」

「重ねて言うが、星とナズーリンの了承は得ている。それに法界へ行くのは自動と聞いている。ここから先は一蓮托生だ」

 

 村紗は難しい顔をして唸るものの、彼女に取れる手はない。

 もはや聖輦船は村紗の制御を離れている。法界へ着けばまた多少の運行程度はできるだろうが、それ以外は何もできない。

 天子と楓を実力で排除するなどもってのほか。どちらかがその気になるだけで村紗の命は儚く消えるだろう。

 結局、彼女に従う以外の選択肢はないのだ。村紗はそれを悟り、大きくため息を吐くことでせめてもの抵抗をするのであった。

 

 天子はこれから向かう先への興奮を隠すことなく、隣で立つ楓に話しかけていた。

 

「さてさて、私の冒険も地上、地底と来て次は魔界。まずは三界制覇といったところかしら」

「別に制覇してないと思うが」

「良いのよ。こういうのは気持ちの問題なの」

 

 楓は天子の言葉に呆れながらも、彼女とともにここまで来たことについて思いを馳せる。

 

「……正直、異変がここまで連続するとは思ってなかった。昔はこうではなかったらしい」

「へえ。昔は違ったの」

「父上の話では一つの異変ごとに十年近く間が空いたらしい。それと同じまではいかずとも、せいぜい一年に一度ぐらいになると思っていた」

「実際は数ヶ月、下手をすれば数週間でまた次の異変と。人妖共存の弊害かしら?」

「……今回の異変を始め、新しい勢力が次々と現れている。そういったのも含めて過渡期なのだろう」

 

 この異変続きの日常が一段落した時、幻想郷にはどれだけの勢力が生まれ、どれだけの数が人里と関わりを持つのか。そしてその全てに対して楓がどこまで対応できるのか。

 今はまだ武力でどうにかなっている範疇だが、異変が落ち着いたらそうも言っていられなくなる。

 これからも待ち構えるであろう異変や話し合いを考え、やるべきことの多さにため息が溢れてしまう。

 

「何よ、多分これから広い広い魔界の空に出るって言うのにため息なんてついて。幸せが逃げるわよ?」

「この後もこれからもやることが多いと思っただけだ」

「やることがないより百倍マシよ。ま、この私が協力するんだから何も心配することはないわ」

「……頼りにさせてもらうが、今回みたいな真似は控えろよ。騙して終わりじゃないんだ。今後の付き合いも視野に入れてくれ」

「早苗に関しては悪いことをしたと思ってるわよ。これが終わったら謝っておくわ。あと、あなたのこともかなり気にしていたようね」

「…………」

 

 早苗が気にかけていた、という言葉に楓は困った様子で眉根を寄せた。

 天子もこれは聞いておくべきと判断したのだろう。楓の言葉を待っている。

 

「……守矢の祭神二柱から、あまり近づかないよう頼まれていてな」

「ああ、そういう。なに、能力について知られたの?」

「現在の主要な勢力は全員知っている。スキマがバラした」

 

 それ自体に文句はない。幻想郷の管理者である紫なら当然の選択である。

 しかしそれで付き合いを変える勢力も出てきた。守矢神社もその一つだった。

 

「距離を取ることを選んでも俺は何も言わん。この能力が危険なのは承知しているし、危険なものから離れるのは生物の本能だ」

「私みたいに危険を楽しめば良いのに」

「二柱の場合、失うものが自分ではない」

 

 神奈子と諏訪子が最も恐れているのは早苗を失うことだ。

 それを避けるために距離を取る選択をしたことについて、楓はむしろ当然の選択だとすら思っている。

 しかし、距離を取られるのが当然のことだと割り切っていても、楓が早苗を友人だと思わなくなったわけではない。

 

「だが、それで早苗に悪影響があるのは本意じゃない。この辺り、諏訪子は問題なくやると思っていたがな……」

「人の心は上手くやろうと思ってできるものではないわ。あなたも知っておくべきね」

「難しいことを……」

 

 阿礼狂いに人の心を解せよと言う。楓はうんざりした顔になるが、天子は自論を曲げない。

 

「私はできないことをやれとは言わないわ。あなたならできると判断したから言っているのよ」

「根拠は?」

「――私とは向き合ったでしょう?」

 

 そう言われると言葉に詰まってしまう。楓としては自分の置かれている状況と相手の言葉から類推したものを並べ立てて、当たれば儲けもの程度だったのだ。

 正直、今なお天子の心を完全に理解したとは言えないだろう。現に今、彼女が何を考えているかはさっぱりわからない。目の前の冒険だけ楽しんでいるのとはまた違った感じである。

 

 楓が素直なところを天子に話すと、天子は軽やかに笑ってそれを流す。

 

「そんなもの当たり前でしょ。相手の心が完璧にわかるなんて覚り妖怪でもない限り不可能よ」

「……もしかしてからかってるのか?」

「0か100かみたいな極端なことじゃないの。向き合って、理解しようとする態度が大事なわけ。わかる?」

「そういうものか」

「で、早苗に話を戻すけどあんたは向き合おうとしたの?」

「……祭神に任せるつもりだった」

「やるべきことはわかるわね?」

 

 追い詰められてしまった楓は大仰なため息を吐き、肩を落とした。

 

「……この異変が終わったら早苗と顔を合わせて話す。祭神の考えは尊重するが、早苗がどうするかは本人に決めさせる」

「よろしい。……言っておくけど、自分に関わることが蚊帳の外で決まるのって、なんとなく察せるものだし、堪えるものだからね。適当に誤魔化しなんて通用しないと思いなさい」

「…………」

 

 面倒くさい、という言葉だけはかろうじて飲み込んだ楓だった。

 

 

 

 

 

 無言を貫く村紗の後ろで楓と天子が話していると、不意に風が途切れて空気が変わる。

 

「――着いたよ。法界だ」

「おぉ……!」

「む……」

 

 感嘆のあまり思わず声が漏れた様子の天子に続き、楓も見えないながら感じ取れる魔界とは思えない清浄な空気に驚きの息をこぼす。

 

「魔界である以上、瘴気を覚悟していたが……。天子、どんな光景が見える?」

「とにかく広大の一言ね。幻想郷がちっぽけな世界であると実感させられるわ。あんたが見えないのが残念なぐらい」

 

 目が封じられてなどいない天子の視界には、どこまでも広がる紫の空と黒々とした大地。そして花のつぼみにも見える結界が浮かんでいるのが映る。

 それらを目の見えない楓に説明すると、村紗が魔界について知っていることを話す。

 

「法界は聖が囚えられている場所で、だからこそ空気が清浄なんだ。本当なら魔界らしく、人の生きられそうにない密度の瘴気が流れている」

「なぜ清浄な空気が?」

 

 楓としては単純な疑問だったのだが、それを受けた村紗は苦虫を噛み潰した顔になる。

 それに目ざとく気づいた天子が視線で村紗に説明を促すと、渋々と言った様子で話し始めた。

 

「――結界を内側から解除させないのと、外側から強化するためだ」

「……どういう意味だ?」

「さっき話した通り、本来なら魔界は密度の高い瘴気が漂う無限の世界だ。瘴気ってのは知ってるかい?」

「常人には害となるが、同時に魔法を強化する効果もあるものと聞いている」

 

 魔法の森で魔理沙やアリスが暮らしているのは、瘴気で身体をより魔法へ適したものへ変える意味も含まれているらしい。

 楓の話した内容で及第点だったのだろう。村紗が続きを話し始める。

 

「それは魔界でも例外じゃない。この結界は魔法で編まれていて、瘴気で強化される」

「……なるほど。法界が清浄な理由にも合点が行った」

 

 決して、内部にいる聖への厚意などではない。彼女が自らの力で結界を解除する可能性を万に一つも排除するためだ。

 そして瘴気で自らを強化できる以上、聖白蓮の正体も自ずと導かれる。

 

 

 

「――魔女。お前たちが求めてやまない聖白蓮という尼僧は魔女なんだな?」

 

 

 

「……聖が人にも妖怪にも優しかったのは本当だ!」

「封印されるわけね。人にも妖怪にも優しく、不老不死の魔女なんて――生まれるのが千年早すぎた」

「天子は当時を?」

「天人でもない子供の頃だったけど。それでも妖怪と仲良くするなんて発想はなかったし、人の生きる領域を人界と呼ぶ程度には人間も苦境に置かれていたわ」

 

 彼女の唱えるお題目や理想は正しかったかもしれないが、どこまでも時代にそぐわなかった。

 そして聖は己を曲げなかった。封印されたのも当然の帰結と言えよう。

 

「……今の幻想郷なら聖も生きられる。だから私たちは行動を起こしたんだ」

 

 村紗はそう言って話を終えるとつぼみの結界へ聖輦船を動かし、手に持っていた宝塔と飛倉の破片を掲げる。

 するとつぼみの結界がまばゆい光を放ちながら、徐々に花開き始める。

 蓮の花を連想させる花弁を一枚一枚広げ、徐々に内部に囚われていた人の姿が現れる。

 人の姿はやがて少女の形を取り、長く波打つ髪をたなびかせながらゆったりとした動きで聖輦船へ降り立った。

 目をつむり、意識があるかも怪しいのに降り立った足が揺らぐことはなく。かつて人間であったことを思い出すように少女は顔を上げた。

 

 人も妖怪も同じと唱えた尼僧であり魔女である女、聖白蓮が本当の意味で目覚めた瞬間だった。

 その瞳に生気の輝きがあることを知り、ついに悲願を果たした村紗の目から涙があふれる。

 

「聖……!」

「――ああ、法の世界に光が満ちていく。あなた方がこの世界を解放してくれたのですか?」

「……そちらの村紗たちが主導した計画に協力しただけだ。まずはそっちに声をかけてやってくれ」

「では、お言葉に甘えて。……村紗、長い間待たせてしまいましたね」

 

 村紗はあふれる涙を拭うことも忘れ、聖の胸に飛び込む。

 聖は優しく笑みを浮かべ、飛び込んできた村紗の身体を受け止めた。

 

「聖、聖……っ!」

「はい、聖ですよ。……他の皆もいるのですか?」

「この場にはいないが、戻った先で待っている」

 

 泣いてそれどころではない村紗に代わって楓が話すと、聖は村紗を抱きしめたまま楓たちの方へ首を向ける。

 

「ところで、あなた方は……」

「寅丸星とナズーリンに頼まれて協力した。人里の守護者、半人半妖の火継楓だ」

「私は雲居一輪と村紗水蜜に頼まれて協力したわ。同じく人里の守護者。天人の比那名居天子よ」

「なんと……!」

 

 楓と天子の来歴を知った聖は目を丸く見開いて二人を見る。

 目隠しで目を覆いながらも、しっかりと聖の方を向いている長刀を背負う半妖の少年と、その隣で胸を張って威風堂々と立っている天人の少女。

 魔道に堕ちたとはいえ、御仏に仕える者であることは変わらない聖にとって、天人とは六道の最上位を歩むもの。文字通りの天上人と言えよう。

 聖は村紗を抱きしめたままながら、自分にできる最大限で頭を垂れる。

 

「平伏できぬご無礼をお許しください。仏道の末席に身を置くもの。聖白蓮と申します」

「聞いているわ。……千年の封印に私も思うところがあっただけよ。気にしないで良いわ」

「天人のご厚意に深い感謝を。それであなたは……本当に半人半妖なのですか?」

「嘘を言う理由がない。母が妖怪、父が人間の半人半妖だ」

「なんと……!」

 

 聖は思わずといった様子で口元を手で覆い、その目から涙が溢れるままにする。

 そして村紗を抱きかかえた状態で聖もまた涙を流す。

 

「人と妖怪が愛し合った結晶が私の前にいる……! 私の理想は千年の時を経て、実現していたのですね……!」

「……俺自身は極めて珍しい存在だぞ。人妖共存は今なお、模索の途中だ」

 

 楓の言葉は聖たちに届かず、彼女らは感極まったように抱き合って涙を流していた。

 これは変に止めることもできないと楓たちは顔を見合わせて待つことにする。

 

 そうして二人の少女が再会の喜び、悲願成就の喜びに涙を流すことしばし。

 ようやく落ち着きを取り戻した村紗は、涙を拭って照れくさそうに聖から離れて楓たちの方へ向き直る。

 

「あの……ありがとね、邪魔しないでくれて」

「千年ぶりの再会なのだろう。それが途方もない年月であることぐらい想像できる」

 

 楓は村紗の感謝を僅かにうなずいて受け取り、改めて聖へ向き直る。

 

「……聖白蓮」

「はい」

「いくつか確認したいことがある。答えてくれるか」

「答えられることであれば、何なりと」

 

 聖を見極めようとやや剣呑な気配を発している楓にも、聖は穏やかで慈愛溢れる視線を向ける。

 

「……あなたは魔女だ」

「相違ありません。仔細についてもお話しいたしましょうか?」

「……いや、事実だけ確認できれば良い。経緯は後日改めて」

 

 そこは幻想郷縁起の取材時にでも聞けば良い。今知ったところで何ができるでもなし。

 楓は気を取り直して次の質問を聖に投げかける。

 

「これから戻る場所は幻想郷と言うのだが、そこでは人里で人妖共存が成されている。それを破壊するような真似はしないと誓えるか?」

「無論。御仏に誓いましょう」

「…………」

 

 楓は信じられるか、という問いかけの意味を含んだ沈黙を天子に向ける。

 天子は楓から意見を求められたことに気づき、腕を組んでその明晰な頭脳を回転させた。

 

「――少なくとも、今すぐ私たちでどうこうってやることはないんじゃない? というか楓もそんなことする気なかったでしょ」

「……まあ、そうだな」

 

 楓も天子も目的は聖という人物を見てみたかったという部分が大きい。

 それに彼女が人里の敵にならないことは村紗への態度からほぼ読み取れていた。楓が彼女に質問を投げたのも半ば形だけのものである。

 

「幻想郷は全てを受け入れる。だから受け入れてから考えれば良い。違う?」

「その通りだ。これ以上言うことはないな」

「ええ。それじゃあ船長。幻想郷へ戻りましょうか」

「へへっ……了解! 聖も皆もきっちり送り返すから安心して空の旅を楽しんでおくれ!!」

 

 村紗が操舵輪に向かったのを見届け、楓たちもこれで異変は終わりだと肩の力を抜く。

 幻想郷に戻ったら星たちと弾幕ごっこをしたであろう霊夢たちへの説得や、聖たちが住まう場所の提供や、そもそもこの聖輦船をどこに戻すのか、など考えることは山積みだが、この場でやるべきことではない。

 

 戻って阿求に事の次第を報告し、聖たちにはまた後日縁起の取材で顔を合わせれば良い。

 そう考えて楓も警戒を緩めた時だった。

 

 

 

 

 

「ふぅん、お前がお嬢様の話にあった男。悪いけど試させてもらうわ」

 

 

 

 

 

 楓の真後ろにメイド姿の少女が現れ、その手に握っていた剣を振り抜いたのは。

 背後から聞こえた声で反応できたからだろう。楓は左腕を深々と切り裂かれながらも回避に成功する。

 

「っ!?」

「お、完全でないとはいえ避けるか。重畳重畳」

「――楓、心当たり!」

 

 楓が襲われたことに反応した天子が緋想の剣を抜きながら、楓に叫ぶ。最初に楓を狙ったことから、彼女の目的が楓にあることは明白だ。

 どこで魔界の女など引っ掛けたのか。その確認と無事の確認を兼ねた言葉だった。

 しかし楓は強い困惑を顔に表して叫び返す。

 

「魔界の知り合いなど一切心当たりがない!! 誰だお前!?」

 

 楓に聞かれた少女は飄々と剣を肩に担ぎ直し、楓を睨みつけた。

 

「私を知らんのは良いよ。しかしお嬢様のことを知らんと言ったのはいただけないね」

「いやだから本当に――」

 

 楓の言葉は最後まで続かなかった。それより速く距離を詰めた少女の剣と楓が抜き放った長刀が火花を散らしたからだ。

 そこから続く連撃も防ぎ切ると少女は面白そうに片眉を上げ、目隠しに覆われた楓の顔を覗き込む。

 

「防ぐか。腕が立つのは間違いないみたいだね」

「本当に誰だと……言っている!」

 

 長刀を振り払い、距離を取ると少女は余裕の表情を崩さず空へ浮かび上がり、自らの名を告げる。

 

「――夢子。魔界神に仕える魔界人の一人よ。別に覚えなくていいわ。一身上の都合で悪いけど、あんたを試すから」

「楓っ!! 怒らないから正直に言いなさい! 何やったの!!」

「まあまあ、もしかして守護者さまは好色なところがお有りで……?」

 

 天子、聖から謂れのない非難を受け、楓は生まれて初めて感じた無性に泣きたい気持ちを抑えながら叫んだ。

 

 

 

 

 

「――知らん!! 俺は潔白だ!!」




早苗さんとはこの異変が終わったら話をすることになりました。話をするだけで終わるのか? ウフフ(曖昧な笑み)

ただこのタイミング以外に差し込む場所がないという事情があったり。神霊廟始まっちゃうとそっちで多分自己解決するから……。

そしてひじりん復活。この人自身は別に悪い人じゃないし、理想も良いものだと思うけど、来歴的に楓、というより御阿礼の子と相性がよろしくなかったり。詳しくは以降のお話で。



夢子さん襲来。理由? そういえば最近手紙を出していた人がいましたね(意味浅)
なお楓はそれを知る由もないからガチで魔界出身の知り合いに覚えがありません。つまり楓視点、本当に知らない不審者に襲われているのに周りから一切信じてもらえない構図です。大変ですね(他人事)

次回は夢子戦。ちなみにこの人、霊夢が準備なしだと辛い魔界人+魔界神の従者なので割とガチ目に強い設定です。

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