阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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魔界人の脅威、魔界の景色

 聖輦船へ被害が行かぬよう飛び上がり、夢子と名乗った少女と切り結び始めた楓を見上げながら天子と白蓮は言葉を交わす。

 

「うーん……楓があそこまで言うなら本当に心当たりはないんでしょうけど……。ま、あいつのことだし知らないところで何かあったんでしょ」

「あらあら。見たところどちらも凄まじい技量ですね。目が見えないというのをまるで感じさせません」

 

 左腕の傷によって二刀は振るえないものの、長刀一振りだけで夢子の猛攻を見事に防いでいる。

 半人半妖と天人。どちらも見た目通りの年齢であるとは限らないが、それでも聖から見て驚くべき技量であることに変わりはない。

 

「あれでだいぶ精彩を欠いているわ。あいつの目、普段は見えているし」

「まあ、そうなのです?」

「事情があって目隠ししてるの。そもそもあいつ、千里眼持ちよ? 目が見えない時点で大幅に弱ってるわ」

 

 それでも日常生活にはほぼ支障なく、ああして防戦程度なら戦闘も問題なくこなせる辺り、つくづく天は彼に二物を与えている。それはそれとして彼の巡り合わせには物申したいことがいくつもあるが。

 天子は思考を止めると、緋想の剣を握り直して介入のタイミングを図る。

 

「あの夢子って女はこっちに見向きもしない辺り、本当に目的は楓だけなんでしょうけど――お生憎様。先に楓に目をつけたのは私よ」

「お二人の付き合いは長いので?」

「時間の長短では測れない関係とだけ言っておくわ」

「あらあらまあまあ」

 

 詳細はわからないが、とても良好な関係を築けているようだ。

 天人が地上へ降臨していることと言い、半人半妖が人里を守護していることと言い、およそ白蓮が生きている間では考えもつかなかったことがいくつも起きているらしい。

 楽しみな未来に頬を綻ばせた白蓮は、次いでその眉根を困ったように八の字にする。

 

「私も天人様へ微力ながらお力添えしたく。しかし……天人様はどのように彼を助けるおつもりです?」

「絵面は描けているのよ。彼女の力は大体読めたわ」

 

 遠くから見ているだけの自分に勝利の道筋が描ける以上、直接打ち合っている楓も同じ結論に達していると信じて疑わない表情だった。

 

「まあ、どのようなものか聞いても?」

「魔界人、ってのが誰も彼もああいうのかは知らないけど、おそらくあいつの攻撃は――」

 

 

 

 

(――短距離の転移と高速移動を織り交ぜた不規則な攻撃!)

 

 楓は己目掛けて振るわれる刃をどうにか長刀で受け止め、必死に思考を巡らせる。

 

『――後ろ! 次は右! 上空! 足元!!』

 

 すでに楓は自身での探知を諦めている。夢子の移動手段が霊夢の使う亜空穴と同質であるため、視界の塞がれた楓は転移を使われると本当に一瞬、察知ができなくなる。その隙が夢子ほどの相手では致命傷となるのは言うまでもない。

 そのため楓は探知を己の背に手を当てた椿に任せ、彼女の指示に従って転移先を読み取り剣を振るっている。彼女がいなければとうに地に伏せていただろう。

 

 まず、今の自分一人で勝利が難しいことを認めなければならない。楓は己の状態と夢子の力量を鑑みて事実を受け入れる。

 仮に目が見えていても大して意味はない。無論、今より優位なのは間違いないが――根本的な攻撃力が足りていない。

 

「ふむ、なかなかやるね。目が見えないのに私に付いてくるか」

「お前に襲われる謂れは全くわからんがな……!」

「こっちの事情だしわからなくてもいいよ。私は言われたことをやるだけ……だっ!」

「っ!!」

 

 速度を増した斬撃をどうにか切り払い、手加減なしの蹴りを当てて距離を取る。

 常人なら受けた部分がちぎれ飛ぶ、妖怪であっても鬼以外は多少怯むであろう蹴りが夢子の腹部に直撃するが、夢子はおやと片眉を上げて吹き飛ばされるばかり。

 

「少し驚いた。お行儀の良い戦い方が好きなんだと思ったが、泥臭い戦いもできるようだね」

「使えるものは全部使うだけだ」

 

 夢子の言葉に律儀に付き合っているのは時間稼ぎのためだった。

 無論、夢子も理解しているだろうが話に乗ってくれる限り楓は話すことをやめない。

 

「……どうにも腕の治りが遅い。何か剣に仕組みでもあるのか?」

「うん? 何の変哲もない魔界産の鉄を使った剣だが……魔界の鉄には治癒を遅らせる効果でもあるのかね。こいつは初めて知った。なにせ魔界じゃ剣を振るう機会なんてないからねえ」

「魔界は平和なのか」

「平和も平和さ。魔界は広大だから土地を巡った争いもない。皆、魔界神である母の統治の下、長い長い平和を享受しているよ」

「魔界神の母?」

「魔界に存在する全てを創造なされた我らの母さ。この世界に生きる全ての生物、大地、海、空の何もかも、あの方が創ったと言っても過言じゃない」

 

 両手を広げ、母とやらを称える夢子の言葉を聞いて、楓はこれまで得た情報から頭痛のする事実を汲み取っていく。

 

「……恐ろしいことに思い至ったんだが、聞いてもらっても?」

「良いよ、何でも話しな」

「……俺はお前の言うところの魔界神のお嬢様とやらと知己で、魔界神からの不興を買っていると?」

 

 未だに夢子の語るお嬢様が誰なのかわかっていない上、そんな正しく次元の違う存在に嫌われているなど楓の想像の埒外である。

 楓が自分の予想を話したところ、夢子は軽く笑ってその推測を否定した。

 

「不興ってほどじゃない。本当にそんなことをしているならわざわざ私が出向いたりせず、あの方が神威を一発放るだけでここら一帯、跡形もなく消し飛ぶよ」

「…………」

「信じてないようだけどこれは本当だ。私たちが千年、封印を放置した理由だってどうでも良い以上の理由はないんだからね」

「であれば今は確実にそれがないのか」

「その通り。あの方は私たちの戦いだろうと全てを見通しているよ。私がいる以上、ここに神威が落ちる危険だけは回避できるね」

 

 言外に聖輦船を逃がすなら今だと告げる夢子に楓は苦い顔になる。

 自分一人では勝てないのだ。最低でも天子の助力がないと詰んでしまう。

 夢子の言葉を全て信じるなら自分は試されているだけであり、たとえ負けても死ぬことはないかもしれない。しれないが、いきなり襲ってきた不審者を信じられる道理などない。

 そしてここまで会話を続けていても、左腕が治癒する兆候は見られない。出血は止まったので時間をかければ治りはするだろうが、この戦闘での快癒は無理と判断せざるを得なかった。

 

 楓は僅かに首を下げ、言うべきことをまとめて長刀を構え直す。

 夢子はそれを見て自らも剣を構え、猛々しく笑った。

 

「お、話は終わりかい?」

「そうだな。勝つ算段はつけた」

「言うじゃない。嫌いじゃないよ、そういう見栄」

「見栄かどうかは戦いで確かめることだ」

「お言葉に甘えて――少しは男を見せろよ、少年!!」

 

 左後ろへ転移した夢子の剣を弾き、楓は再び空中での剣戟に没頭していくのであった。

 

 

 

 

 

 天子と白蓮は上空での会話を全て聞いていた。というより、楓が天子たちに聞かせることも目的としていたのだろう。

 それらを余さず聞いて、天子は目的が定まったと小さく笑う。

 

「――なるほど」

「天人様?」

「天子でいいわ。敬いは……あるんだけど、まだ私はあんたに天人として崇められることをしてないもの」

「では天子様。一体何がわかったのでしょう?」

「楓が私に助力を請うていることが一つ。――この後楓が隙を作るから私にそれを突けと言ったのが一つよ」

 

 楓と夢子のやり取りで天子はそれだけの情報を読み取ったと自信満々に話す。

 

「理由を聞いても?」

「楓は一人で倒せる相手なら手出し無用ってハッキリ言うわ。その手の不確定要素残したがるタイプじゃないし」

 

 それに夢子が自分たちを逃がしても良いと言外に告げた時、楓は何も言わなかった。それだけでも楓が自分たちの助力を必要としていることは読み取れる。

 おまけに楓自身の攻撃はちゃんと当たっていること。その上でほとんど痛痒を与えられていないことから、楓の攻撃で夢子を倒すことは難しいこともわかる。つくづく彼の攻撃は決定打が欠けるというか、一定以上の防御力、再生力の持ち主になると有効打が激減する。

 

「今頃は私がこの場にいることをむせび泣いているでしょうよ。――緋想の剣ならあの女の弱点を必ず突ける」

「……なるほど、わかりました。であれば隙をあの方と私で。トドメを天子様におまかせする形ですね」

 

 手足の調子を確かめるように揉みほぐし、白蓮が問うてきたので天子は怪訝そうな顔で白蓮を見た。

 

「微力ながらお手伝いすると言ったことに嘘はありません。私を解放してくれた方が苦境に陥っているのです。これを助けずして何が人妖平等でしょう」

「……言っておくけど私が言った絵面は私と楓でやることが前提よ。楓も初対面のあんたを計算には入れないだろうし、下手な介入は足手まといになる。そのことはわかっているの?」

「無論、承知の上です」

 

 白蓮の顔に気負ったものは何もなく、今もなお激戦を繰り広げる楓らの戦いに介入しても問題ないと思っているのがわかった。

 

「天子様も楓様もご存知の通り、私は魔女です。御仏に仕える身でありながら命惜しさに魔道へ堕ちた浅ましい女。ですが――いえ、だからこそ。私をただの手弱女と思わぬよう」

 

 そう言って白蓮は懐より巻物を取り出すと、虹に彩られたそれを開いていく。

 

「――魔人経巻(まじんきょうかん)。私が作り上げた魔法を使用するための道具にございます」

「ほう」

 

 魔人経巻と呼ぶ巻物をなぞるごとに白蓮の身体には魔力が吹き荒れ、その身に力がこもっていく。

 

「そして私――得意な魔法は主に身体能力の強化でして」

「は?」

 

 なんか見た目と性格からかけ離れた台詞が聞こえた気がする。天子が思わず白蓮を見るが、すでに彼女は準備を終えており凛とした顔で楓たちを見上げていた。

 

「いざ、南無三!!」

 

 

 

 

 

「椿、今から言う攻撃が来たら俺に教えろ。転移については無視して良い」

『良いって……』

「それより重要だ。良いか――」

 

 小声で椿に指示を出しつつ、楓は勝利への道筋を改めて再確認する。

 

(天子に決めてもらうしかない。俺一人では彼女に勝てない。それはあいつも承知のはず。後はどうにかして隙を作るかだが……)

 

 方法は二つある。一つは願望混じりのものだが、成功すれば確実に隙を作れる。

 もう一つは転移を逆手に取った方法だ。

 転移とは高速移動と違い、文字通り一瞬で位置を変えることだ。移動という過程を全て省き、場所が変わる。仮に転移先を邪魔するものがあった場合、彼女はそれを内側に取り込んで現れてしまう。

 要するに彼女の移動先を予測して楓が剣を突き出せば、勝手にそれが突き刺さってくれるのだ。

 霊夢相手にはできないが、夢子相手なら楓も躊躇する理由がない。

 

(意味もなく防戦していたわけではない。――すでに彼女の動きは大体読めている)

 

 楓は己の首に迫る剣を紙一重で弾き、同時に繰り出された拳を傷の残る左腕で受け流し、口角を釣り上げた。

 

「目が見えずとも慣れてきた。そんなものか、魔界人!」

「お、言ったな? だったら私ももう少しギアを上げようか!!」

 

 夢子の言葉と同時、速度が大きく増す。これまでの動きが児戯だと思えるほど苛烈になっていくが、楓は問題なく捌いていく。

 

「ははっ、どんどん動きが良くなっている!! お前、元々は目が見えていたな?」

「そんなところだ。転移の傾向も読めてきているぞ」

「だったら――こいつはどうだ?」

 

 楓から見て右側への転移を行い、振るわれた斬撃を防ごうとして――再び左腕が斬り裂かれる。

 すでに使い物にならない左腕なのは夢子の慈悲か、はたまた嫌がらせか。楓は痛みに顔をしかめながらも素早く種を看破する。

 

「――っ、当たる直前に転移したか!」

「正解! さあ、こいつはどう捌く!!」

 

 右から来る直前、左に変わる。上から振るわれる直前、下からの攻撃になる。そして変わらないこともある。

 四方八方、正しくどこから来るか読めない状況。主導権が常に夢子にあり、楓は一手間違えば重傷に繋がりかねない斬撃を防ぎ続けるしかない。

 少し挑発しすぎたか、彼女の底を甘く見ていたと楓は内心で踏み込みすぎたと後悔して歯噛みしていると、不意に下からの気配を捉える。

 

「どうしたどうしたどうしたぁ!! これで終わりか少年!!」

「……?」

 

 そこで違和感を覚える。接近している少女に自分は気づいているのに、夢子に気づいた様子がないのだ。

 

「南無三!!」

「う、おぉっと!?」

 

 だが深く考える前に急接近を果たした少女――白蓮が夢子を思い切り殴り飛ばしたため、思考は中断される。

 

「ご無事ですか、楓殿!」

「――色々言うべきことはあるが後回しだ! 白蓮、今から言う形にやつの攻撃を誘導できるか!?」

「尽力しましょう! 策があるならばお教えください!!」

「その前に何ができる!!」

「体術ならば少々覚えが。怪我をされている今のあなたよりは自信があります」

「その台詞には物申したいことがあるがさておこう! だったら――!!」

 

 楓は手早く椿にもした指示を白蓮に出し、相手の様子を伺う。

 どうやら白兵において自分以上の自負があるという言葉に嘘はないらしく、自分が放った蹴りでは多少吹き飛ばされる程度だった夢子が、白蓮の拳を受けてゲホゲホと痛みに咳き込んでいる。

 

「ったぁ……! どんな威力の拳よ!? 少年の一撃とは全然違うんだけど!」

「拳が当たる瞬間に込めた魔力を破裂させているだけです。それでも痛み以上の傷にならないとは本当に恐ろしい」

 

 見た目によらずやることがエグい。楓は隣に立つ白蓮の情報を一つ脳裏に書き込み、長刀を構え直す。

 痛みから回復した夢子は構えを取る白蓮を見ながら、困ったと頭をかく。

 

「んー……私の目的としては、あんたらと戦うのは仕事の範囲外なんだけどなあ」

「私たちは彼が理由なき戦いに巻き込まれることを良しとしません」

「仏徒は無益な殺生は好まないんじゃなかった?」

「目前の暴虐を見逃せという教えもありませんよ」

「こりゃ説得は無理か。……私ももう少し本気を出すかな、っと!!」

 

 予備動作の一切ない転移からの斬撃を白蓮は剣の側面に拳を当てることでいなす。

 岩に剣をぶつけたような、およそ拳と剣のぶつかり合う音とは思えない音が連続して響き渡る。

 

「白蓮!」

「守りをおまかせします!」

 

 白蓮の打ち合いが始まると同時、楓も繰り広げられる暴虐の嵐に飛び込み、長刀を巧みに操り夢子の剣を防ぐ。

 そして手が空いた白蓮が渾身の一撃を見舞うべく夢子へ接近し、楓への攻撃が行われた瞬間を狙って拳を放つ。

 先の一撃から白蓮の攻撃には対応が必要と学んだのだろう。夢子は慌てて攻撃をやめ、転移で距離を取った。

 

「っと! さすがに動きが読まれてきたかな! というか二人がかりとか卑怯じゃない!?」

「使えるものは何でも使う主義でな」

「もう少しタイミング見計らっておくべきだったか……。言っても始まらないし私が勝つのは変わらないけどね!!」

「白蓮!!」

「はい!」

 

 ここで狙う、という意味を込めた叫びに白蓮も応え、夢子の猛攻を二人で意識して慎重に防ぐ。

 そして徐々に、本当に徐々に楓は己の首を曝け出す隙を作り――

 

「そこ!!」

『――今!!』

 

 椿と白蓮、双方の言葉と同時に白蓮の拳によって跳ね上げられた剣が楓の目隠しをかすめ――抵抗は一瞬だった。

 

「――」

 

 予想した痛みはなかった。無理に外そうとしたら文字通り目の奥に火花が散る痛みがあったので今回もそれが来るかと思ったが、どうやら魔界の剣は楓の想像以上の代物らしい。

 閉じていた目を開くと同時、楓の所持する千里眼を通じて膨大な視覚情報が流れ込む。

 幻想郷などとは比べ物にならない広大な魔界を視界の届く限りに収め、脳裏を焼く情報の痛みをどこか懐かしく受け入れる。

 

 本当ならもう少し浸っていたかったが、今はそんな状況ではない。楓は開けた視界に捉えた夢子を睨みつけ、自らの魔眼を開放した。

 

「――魂縛り」

「――っがっ!?」

 

 夢子は自らの魂が比喩抜きに鷲掴みにされたと感じ、その悪寒に思わず身体を硬直させる。

 視界の先にいた少年の目隠しは外れ、その奥に隠されていた碧玉の瞳が夢子を射抜いていた。

 

(何らかの魔眼! それも……魂に干渉するエグいやつ! こんなもの使われたら不味い!)

 

 しかし、夢子の危惧とは裏腹に干渉は一瞬だった。魂を握られた悪寒は即座にかき消え、逆に違和感を残すほど潔く綺麗さっぱりなくなる。

 それについて夢子は咄嗟に思考を回し、彼の魔眼が一瞬しか効果を発揮しない、ないし魂に干渉するという性質上著しい消耗があるのではないかと推測した。

 それらが全部外れていて、ただ単に勝利のために必要な時間を稼いだだけだということに気づいたのは――今まで視界にも入れていなかった蒼天の少女が緋色の剣を振り下ろし、無防備な背中に斬撃を入れた時だった。

 

「天子、終わらせろ」

「言われずとも! 気炎万丈の剣!!」

 

 緋想の剣――相手の気質を見極め、必ず弱点となる気質で攻撃できる天界の秘宝。

 魔界人にとって天敵とも呼べる斬撃をその身に余すところなく叩き込まれ、夢子は悲鳴すら上げず地に落ちていくのであった。

 

 

 

「ここまで上手くいくとは思ってなかったわ」

 

 夢子が見えなくなった後、緋想の剣をしまいながら天子は肩をすくめる。

 白蓮と楓が戦う中で、天子も接近はしていたのだ。ただ、不思議なほどに夢子から気づかれることはなかった。

 そのことに首を傾げていると、両目を紅に戻した楓がなんてことはないと説明する。

 

「彼女に実戦経験は殆どない。目が見えない状態の俺でもわかった白蓮の接近にも気づかず、思い切り不意打ちを受けていたので確信した」

 

 そこで天子の不意打ちもほぼ成功すると思ったため、白蓮と楓が隙を作ることに注力したのである。

 

「まあ、ですが彼女の実力は――」

「……恐ろしい話だが、大半は魔界人に備わった身体能力だろうな。戦闘訓練自体はしていたと思うが」

「魔界は恐ろしいわね。実質三人がかりでようやくじゃない」

「全くだ。二人がいなかったら勝てなかっただろうな」

 

 決定的な一撃を自分で与えられない。今回も浮き彫りになった自分の欠点に大きくため息をつきながら、楓は改めて二人を見る。

 

「ともあれ二人の助力に感謝する。特に緋想の剣がなかったら本当に危なかった」

「ふふん、もっと敬いなさい」

「皆さんがご無事で何よりです。楓殿は腕は大丈夫でしょうか?」

「血は止まっている。後は治るのを待つだけだ」

 

 最後の最後で思いも寄らない出来事こそあったものの、勝ってしまえば問題はない。

 襲われた理由の大半が楓にあるらしいのでそこは後で楓を問い詰めるとして、一旦戻ろうと方針がまとまった時だった。

 

 ――三人が思わず身構えるほどの力を感じ取ったのは。

 

『っ!?』

「ふ、ふ、ふふふふふ……!」

 

 力の主は夢子だった。緋想の剣による斬撃をその身に受け、ボロボロになったメイド服をまとって、されどその身に傷はすでになく。

 興奮も露わに瞳を爛々と輝かせ、口の端から溢れる血を拭うこともせず凄絶に笑って楓たちの前に立っていた。

 

「嘘でしょ、緋想の剣の一撃よ!? 弱点になるはずなのに!」

「だったら、その一撃以上に再生力が高いのだろう。それと手加減されていたようだな」

「これほどの力とは……お二方、最悪の場合は私を置いてお逃げください」

 

 夢子の力は天井知らずに膨れ上がっていく。そして夢子は楓を睨みつけて口を開いた。

 

「私にここまで痛手を与えるとは思ってなかったよ……! 幻想郷の人間も捨てたもんじゃない」

「これが試しなら、もう終わったはずだが?」

「ああ、試しなんてどうでも良い。ここからは――本気の喰らい合いだ!!」

 

 その言葉と同時、夢子の姿がかき消えるが目を開いた楓は反応して長刀を振るって迎撃を試み――

 

 

 

「――何やってるの、あなたたち!!」

 

 

 

 聞こえるはずのない人物の叫び声を受け、同時に動きを止める。

 楓と夢子、双方が声の主へ顔を向けてその少女の名を呼ぶ。

 

「アリス!?」

「お嬢様!?」

 

 声の主は魔法の森に住まう七色の魔法使い、アリス・マーガトロイドだった。

 急いできたのか息を切らし、苦しそうに何度も空気を取り込んだ後、二人を――正確には夢子を指差して叫ぶ。

 

「もう一度聞くわ。何をしているの、夢子!!」

「お、お嬢様、これはその、魔界神様に頼まれたことでして――」

「誰が、いつ、そんなことをしてくれって頼んだの? ねえ」

 

 なんかよくわからないけど怖い。さっきまでの猛々しい空気はアリスの登場ですっかり霧散している。

 しどろもどろになっている夢子に詰め寄るアリスを三人が呆然と眺めていると、アリスがこちらを振り向く。

 

「……色々聞きたいことはあると思うけど、まずはこの子と話してきて良いかしら?」

 

 三人は顔を見合わせて視線で意見を交わすと、どうぞどうぞと夢子を売ることにした。

 そもそも今もって彼女の立ち位置は楓たちから見て不審者以外の何ものでもない。それを処理してくれるなら喜んで引き渡そう。

 

「ありがとう。じゃあまた後で」

「あ、ちょ、お嬢様――!?」

 

 騒ぐ夢子を引きずって何故か聖輦船の方へ降りていくアリスを見送り、楓たちは再度顔を見合わせる。

 

「……とりあえず船に戻るか」

 

 楓の提案を拒否する声は一つもなく、三人はどこか釈然としない気持ちを抱えたまま聖輦船へ戻っていくのであった。

 

 聖輦船へ戻った後、白蓮は駆け寄ってきた村紗から心配した旨の説教と、これまで積もり積もった村紗の話を穏やかな表情で聞き始め、楓は天子と並んで聖輦船の縁で魔界の景色を眺めていた。

 天子は心地よさそうに魔界の風でなびく髪を押さえ、隣に立つ楓に声をかける。

 

「これでようやく終わりかしら」

「だと思いたい。……アリスが魔界の住人だったとは知らなかった」

「知己だったんでしょう。知らなかったの?」

「人間より遥かに長い時間を生きているんだから、過去にそれなりのものがあると思って踏み込まないようにしている」

「ふぅん。しかし彼女が魔界出身だとして、それで結局どうしてあんたが襲われたのかしら」

 

 天子と一緒に頭をひねるが、納得の行く答えは出てこない。

 

「……アリスが俺の情報を魔界に渡したとして、それで襲ってくるか?」

「うーん……親御さんが心配した! とか」

「さすがにないだろう。アリスも幻想郷でそこそこ長いはずだぞ」

「私も言ってみただけよ。本気にしちゃいないわ」

 

 はははと笑い合い、答えはアリスに直接聞けば良いとまとめて話を終わらせる。

 

「それはそうとあんたの目隠し、取ってよかったの?」

「不可抗力だ。狙ったことは否定しないが」

 

 夢子の剣に力を断ち切るような効果があったのだろう。戦いが終わり、回収した黒い目隠しからはすでに結界の力が感じられなくなっていた。

 戻ったら紫に事の次第を話してもう一度封印させてもらうのが筋だが、今日のところは久しぶりの視界を堪能しておきたい。

 

「目が見えないままだと隙を作ることすらままならんかった。軽口を叩いて相手の反応を見るのも良し悪しだな」

「でも白蓮が来たからなんとかなったんじゃないの?」

「そうだな。彼女が俺の想定を超えて強かったのは嬉しい誤算だった」

 

 しかし楓も元々は白蓮の協力を計算に入れてなかった。自分一人でも彼女の剣で目隠しを破らせることはできると考えていた。

 とはいえ楓が私情を優先したところがあるのも事実のため、楓はその辺りの心情も話し始める。

 

「……まあ、動きの傾向が見えた時点で倒す絵面はあった」

「へえ?」

「やつの移動は転移だ。転移先に刀なり手なりを置くだけで痛手は与えられる。後半は大体転移先の読みも当たっていたから、それで倒すことはできただろう」

「だったらどうして目隠しを外すことを優先したのよ」

 

 ある意味当然の疑問に楓は何を言っているんだと呆れた顔で天子を見た。

 

 

 

「俺が魔界の景色を見られないのを残念だと言ったのはお前じゃないか」

 

 

 

「え――」

「だからチャンスは逃したくなかっただけだ」

 

 天子は呆然と楓を見る。

 確かに法界へ来た時にそんなことを言った覚えはあるが、あれは楓と同じ景色を共有できないのが残念であるという意味も含まれていた。

 楓が全部理解しているかはわからない。わからないが、楓は律儀に覚えてどうにかしようとしてくれたのだ。

 

「……ふ、ふふふっ! ええ、そうよ、これが私の見せたかった冒険の景色! どう、素晴らしいでしょう!!」

「そうだな。紆余曲折あったが……まあ、この景色が見られただけでも十分か」

 

 変なことを言ったつもりはないのに妙に上機嫌な天子が気になったものの、楓は深く追求はせず再び前を向く。

 

 そうして、二人はしばしの間、魔界の景色を並んで眺めているのであった。




VS夢子戦でした。目隠し楓、白蓮、天子の三人がかりで決定打という。なお戦闘不能ではない模様。

アリスの介入前に本気出して勝負していたら目の開けた楓も苦戦しますし、天子の攻撃にも対処されて本格的に危険な状態だったり。
ただ、打ち合うだけなら目の開いた楓一人でどうにかできます。決定打? それは別()

なお夢子さんはほぼほぼ魔界人としてのスペック+メイド的な訓練であの領域にいます。実戦経験? 魔界は幻想郷より遥かに平和らしいので……()

次話でアリスからの裏事情説明&法界からの帰還、阿求への報告辺りが入ります。魔界なんて危険な場所、もう二度と行くことはないでしょう(フラグ)
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