楓と天子はしばらく魔界の景色を見て時間を潰していたが、やがてそれにも限界が来る。
二人は船の縁に背中を預け、うんざりした様子で空を見上げた。
「……ねえ、話は終わってる?」
「……まだ終わってない」
「あーもう! いつまで話し込めば気が済むのよあの二人は!!」
天子が言っているのは白蓮と村紗の方ではなく、アリスと夢子の方を指していた。さすがの彼女も千年ぶりの再会となった彼女らの話を邪魔しようとは思わない。
楓も天子と同じく待つことに飽きた様子ではあったが、傍若無人な連中が好き勝手するのはいつものことと、鍛え抜かれた堪忍袋の緒はまだ切れていないようだ。
「まだ説教中だ。見ていて面白いくらい萎れている」
「ああ、そうか。あんた今は見えるのよね……終わりそう?」
「果てが見えない」
「ダメじゃない!」
「ここで終わるのを待つのも飽きてきた。白蓮のところに行くか」
「賛成。あの僧侶、虫も殺せない顔して結構な腕前だったわね」
「千年前の尼僧だ。お前が人界と呼ぶように、色々あったのだろう」
楓には想像しかできないが、過酷な時代であることぐらいはわかる。その中で独自の思想を掲げて活動していたのだ。相応の力があったと見て良い。
景色を見るのも飽きていた二人が甲板に移動し、白蓮と村紗が仲睦まじく話しているところへ近寄っていく。
白蓮は一生懸命に話す村紗を穏やかに微笑んで見ていたが、楓たちが近づいていることに気づくとそちらへ顔を向けた。
「お二人とも、お話は終わったのですか?」
「アリスたちの方はまだだ。景色を見ているだけも暇でな。こっちの話に混ぜてもらおうと思った」
「あんたたちの今後とか気になるところはあるからね」
「むー……せっかく聖と会えたんだからもう少しぐらい良いじゃん!」
村紗からもっともな不満の声が上がるが、二人は取り合わない。
楓たちも最初は気を使ったが、それも自分たちが退屈にならない程度である。
「まず白蓮。先の戦いでの助力に改めて感謝する。あなたがいなければ手ひどい傷が増えていただろう」
「いえ、出過ぎた助勢でした。私の力などなくとも天子様と楓殿のお二人で勝利を収めていたでしょう」
「謙遜を。俺以上に体術に覚えがあると言ったのはそちらだ」
「あ、あれは久方ぶりに身体を動かせるのに高揚してしまって……お恥ずかしい限りです」
照れたように頬へ手を当て、顔を赤らめる白蓮の姿に、楓は彼女から見た目相応の少女らしからぬ反応を見出す。
白蓮のどこかしわがれた老婆を思わせる動きに楓は眉をひそめるが、深く追求はしなかった。どちらかといえばこれから言うべきことで憂鬱になる気持ちの方が強い。
「……しかし、いくら腕に覚えがあってそれに助けられたとしても。俺はあなたが戦いに参加したことへ良い顔はできない」
「はい、承知の上です」
「ちょっと、聖はあんたを助けるために……!」
「黙って見てなさいな。誰かが言わなきゃいけないことよ」
白蓮への苦言を話し始めた楓に村紗が食ってかかろうとするが、天子に手で制される。
「俺は寅丸星とナズーリンに託されてここにいる。天子もあなたを慕う妖怪を置いてここにいる。……あなたに万が一があれば俺たちは彼女らに合わせる顔がない」
楓と天子が共謀して魔界へ向かう人数を減らしたという事情はあるが、それはそれ。白蓮がよほどの危険思想でも持ってない限り、彼女を丁重に幻想郷へ連れて行く気ではあった。
その彼女が危険に首を突っ込んできたのだ。助けられた身ではあるが、言うべきことは言わなければならない。
「あなたは、あなたを千年思い続けたものたちの願いを受けてここにいる。それは忘れないでほしい」
「肝に銘じます。そして忠告に感謝を」
楓の言葉に白蓮が神妙にうなずいたところで、天子が手を叩いて場の空気を切り替える。
「さて、堅苦しい話はこれぐらいにしましょ。楓、まだ終わってないの?」
「……いや、さすがに一段落したらしい。こちらに来る」
「だったら事情を聞かせてもらわないとね。十中八九原因にあんたは関わってるでしょうけど」
「俺は潔白だと言ってるだろ……!」
「ごめんなさい、楓が襲われた原因は私にあるわ」
萎びた様子の夢子を引きずって楓たちの前にやってきたアリスは、開口一番に深々と頭を下げた。
「……一から説明してくれ。今回襲われた理由については本当に心当たりがないんだ。俺が知らないところでお前の不興でも買っていたのか?」
「いいえ、その逆。むしろ私はあなたを好ましく思っているわ」
「…………」
なんだか嫌な予感がしてきた。楓はさっき天子と笑い話にしていた内容がにわかに現実味を帯びてきたことに、キリキリとした頭痛を覚える。
「まず一から話すなら私の出自について話すわ。――もう察しているでしょうけど、私の生まれは魔界よ。今から百年ほど前に幻想郷へ移住している」
「……魔女というのはもしかして言葉通りの意味なのか?」
魔界生まれの女であるから魔女を名乗っているのか、という楓の疑問に対してアリスは小さく笑って首を振る。
「その解釈は面白いけど、少し違うわ。私が魔法使いであるのは本当。ただし、魔界生まれの人間が修行を積んで捨虫の魔法を習得して魔女になった。楓の言う通り、二重の意味での魔女ね」
「……そこの女みたいな身体能力があるのか」
「それも違うわ。魔界人は個人差が大きいの。夢子みたいな戦闘に特化した個体はほとんどいない。私は魔法を使わない身体能力なら普通の人間に毛が生えた程度よ」
ある意味安心した。これでもしアリスも夢子顔負けの身体能力など持っていたら、いよいよもって楓は自分が井の中の蛙であると痛感し、穴に入りたくなってしまうところだった。
「話を戻しましょう。私は幻想郷に来てから百年ほど、とあるテーマを題材に研究を行っていた。内容は知っているわね?」
「……自分の意志を持ち、自分の意志で動く、完全に自立した人形の作成と言っていたな。人里での人形劇はその動作確認も兼ねていると」
「その通り。このテーマについても魔界の全てを創造した母さ――母の真似をしているといえばその通りだけど、そこは置きましょう」
普段は母さんと呼んでいるのか、という至極どうでも良いアリスの肉親への呼び方を記憶しながら話の続きを促す。
「けど、最近までの研究はハッキリ言って上手く行っているとは言い難かった。俗世との関わりを絶って、何十年も魔法の森にこもって研究していたのに、めぼしい成果は皆無と言っても良い」
「……それが今の話と関係するのか?」
確かにアリスの活動が目に見えるようになったのはつい最近、より正確に言えば魔理沙が魔法の森で修行を開始したのに続いてとなる。
楓の指摘にアリスは肩をすくめ、大いに関係があると首肯した。
「魔理沙やあなた、あなたの父親――人里と交流を持つようになって、私の研究は大きく進歩した。数十年の停滞に比べれば飛躍したと言って良いほど。あまり引きこもってばかりも良い結果にはつながらないって痛感したわ」
「……なるほど、少し読めてきたわ」
今のアリスの話がどう関係してくるのか、首を傾げていた楓だったが横の天子は合点がいったと口角を釣り上げる。
どういうことかと楓が目線で説明を求めると、天子は難しいことではないと話し始める。
「要するに彼女は私みたいに生家を飛び出してきたのよ」
「お前の場合は追放では?」
「細かいことは気にしない。で、意気込んで飛び出したは良いけど目立った成果が上げられなかった時、おめおめと報告したいと思う?」
「難しいなら人の力を借り――」
「思わないでしょう? でも、ここしばらくで一気に進んで気分が良くなった」
自分一人でやらなければならない目標でもなし。難しいと思ったなら人に聞くなり力を借りるなりすれば良いのでは? と言おうとした楓だが、天子に言葉を被せられて中断させられてしまう。
違ったのか? と本心から首を傾げている楓を無視して天子が話を続けると、アリスは恥じ入ったように頬を赤らめながらもうなずいて同意する。
「……まあ、彼女の言うことが正しいわ。それで久しぶりの近況報告を兼ねて手紙を送ろうと思ったのよ」
「なあ、俺が何か間違って――」
「後で教えてあげるから黙って聞きなさい」
「……わかった」
結局よくわかってない楓はアリスの話が微妙に理解できていなかったが、とりあえず話を全て聞くことにした。
そんな二人を見て、話を横で聞いていた白蓮は笑みを深める。
基本的に楓が前に出て戦闘も折衝も行うが、天子も要所要所で楓の補佐を行う。きちんと互いの役目を理解して動いている様子が仲睦まじく映ったのだ。
成すべきを果たすことに関しては迷いがないものの、人の情動を読むことに関してどこか抜けている楓と、そういったところも含めて知恵の回る天子。
どういった経緯で知り合ったのかはわからないが、天人と半人半妖という種族も何も違う存在が協力しているのが白蓮には嬉しかった。
「話を手紙に戻しましょう。さすがに細部は言いたくないけど、魔理沙や楓のことを含めた近況を報告したものよ」
「まあ無難なところで言うなら面倒を見る相手や友人ができて、毎日楽しいです的なところかしら」
「概ねそんな感じ。特に楓は同年代……というわけではないけど、数少ない男の子の友人だからその辺りも書いたの」
そこまで聞いて楓にもなんとなく理解が及んできたため、何とも言えない顔で空を仰いだ。幻想郷とは違う紫の空が広がっている。
天子も筆舌に尽くし難い顔で隣に立つ楓を見た。
「……まさかとは思うが、俺が襲われた理由って」
「その、母が勘違いをしてあなたが私の将来の恋人みたいに感じたみたいで……」
「そうか……そうか……そうか……」
徹頭徹尾自分は関係なかったのだ。ただ、自分の与り知らぬところで勘違いが進んで襲われるという結果になっただけで。
空を仰いでいた顔を地面に向け、アリスになんて顔を向けたものかと困り果てながら言葉を選ぶ。
「……一応確認させてくれ。なんで襲われた?」
「将来、魔界で暮らすなら私を守れるくらいの力量がほしいって夢子から聞き出したわ……」
「…………」
二の句が継げない楓に天子もさすがに同情したらしく、どこか哀愁を漂わせる背中を優しく叩いた。ここまで彼の巡り合わせが悪いのは想定外である。
「女難の相でもあるのか、俺……?」
「……お祓いにでも行ってみる?」
「……やめておく。霊夢か早苗、どっちに頼んでも余計な面倒事になる気がする」
言われてみれば天子もそんな気がしてきたので何も言えなかった。
傍から見ている分には面白いし、楓と一緒に問題へ対処するのも楽しいが、楓自身にとってみればたまったものではないことが実感できた。今後はもう少し優しくしよう。
「本当にごめんなさい。全面的に私の責任よ」
「いや、お前が悪いわけじゃない。……というより、誰が悪いでもないだろう」
親へ近況報告しようとしたアリスが悪いとは言えないし、娘を心配した母のことも思うところはあるものの、責め立てる気にはなれない。
いくつになっても親が子を心配するのは親の権利だと楓も自分の母を見て学んでいた。
楓が別に怒っていないことにアリスは信じられないと驚いた顔になり、思わずといった様子で楓を見上げる。
「……本当に言ってるの?」
「怒って、罵倒して、恨み節を言って、それで俺が何か得をするのか? しないだろう? あと俺は自分で言うのもあれだがそこまで情動が強くない」
他者を大切に思いもするし、彼なりに優しくあろうともしている。そういったあまり上下のブレ幅が少ない感情は阿礼狂いであれど持っている。
だが、怒りや殺意といった激情と呼ばれる類の感情はほとんど持っていない。より正確に言えば持っているが、発露するタイミングは完全に決まっている。
「俺は非常に大きな迷惑を被ったが、ご覧の通り死んでないし御阿礼の子に何かあったわけでもない。だったら怒るほどでもない」
「狂人なのか聖人なのかわからない精神性ね本当……」
言うまでもなく前者なので楓は答えず、夢子の方を見た。アリスによほどキツく言われたのか、力なくうなだれている。
「そちらの謝罪は受け取った。俺は咎めない」
「……許してくれるの?」
「咎めないのが許しであるならそうだな。俺はもう魔界に行く予定はないし、関わることもないだろう。妙な禍根を残したくない」
それに力は示せたのだ。仮に次来ることになっても、多少は穏便に済むはずだ。というより、そうであってほしい。
夢子は先ほどまでの萎れた顔が嘘のように力を取り戻し、明るい顔で楓の手を掴む。
「大いに行き違いはあったけど、あんたの力は見せてもらった。色々と助力はあったがお前さん、もう一人で私に勝てる算段は立っているな?」
「どうかな」
曖昧にごまかしたが、夢子の中ではすでに確信になっているようだ。楓の態度に一層の笑みを深めて話を続ける。
「あんたの強さは本物だ。きっと我らが母上もいたく興味を示すだろう」
「夢子?」
ドスの利いた声がアリスから発せられ、夢子は楓の手を握ったまま顔を青ざめさせる。よほど強く責められたらしい。
「……だがお嬢様はあんたが魔界と関わるのを好まないらしい! 私からも言っておくよ!! 以後、魔界からの干渉はないと思ってくれていい」
「こちらも不用意に近づかないようにしよう。アリスもそれでいいか?」
「次、私の知り合いに変なことをしたら本当に縁を切るのも辞さないからそのつもりでいて、と母さんに伝えて」
「え、それ伝えるとか貧乏くじじゃ……」
「た、の、ん、だ、わ、よ?」
「はいお嬢様!! この命に代えてもやり遂げます!!」
アリスは怒らせると怖い。楓たちは口に出すことなくその情報を脳に書き込んだ後、逃げるように去っていく夢子を見送って誰ともなく口を開いた。
「……今度こそ帰るか」
その言葉に反対する声は一つも上がらなかった。
「あはははは……ここまで強いとは、おみそれいたしました」
幻想郷の上空。聖輦船が法界へ向かい消えていった場所では、残されたものたちが弾幕ごっこを繰り広げていた。
過去形なのはすでに勝負が決し、寅丸星らがボロボロの姿でどうにか立っているのがやっとの状態だからである。
「はんっ、博麗の巫女ナメんじゃないわよ」
「返す言葉もありません。どうやら私も千年の時の中で無意識に慢心していたようです。一廉の使い手だと思っていましたが、いやはや幻想郷は狭くも広い世界です」
この短時間で二人も自分を凌駕しうる存在に出会うとは思いもよらなかった。
「これでは宝塔が私の手から離れるのも道理です。修行を怠ってはいませんでしたが、それ自体が気の緩みにつながっていた」
「なにわけのわかんないこと言ってるのよ。というか宝塔ってなに?」
「持っているだけで財宝の集まる毘沙門天より遣わされた秘宝です。今は守護者殿に渡しておりますが」
「楓か……。知っていることを洗いざらい話すならこれ以上の攻撃はしないわよ」
「喜んで。すでにナズーリンたちの方も趨勢が決してしまったようですし、敗者の役目を果たしましょう」
満身創痍ながら、にこにこと笑みを絶やさない星に霊夢はどこか不気味なものを覚えながら、後ろからやってくる魔理沙を迎える。
「よっと、今回はだいぶ楽させてもらったぜ。いつもより良く弾幕が見えたし、頭が回ってくれた」
「……成長したってことでしょ。喜んでおきなさい」
地霊殿で楓と戦った――明確な殺気をぶつけ、あらゆる手段を持って殺しにかかる相手との修羅場を乗り越えたため、肝が据わったのだろう。
魔理沙が意識しているかはわからないが、心のどこかであの時と比べてしまい、それによって冷静に動けたのだと霊夢は推測する。口に出すとあの時の嫌な記憶まで思い起こすので黙っていたが。
霊夢のもとに魔理沙が来ると同時、星のもとにもナズーリンと一輪が戻ってくる。どちらも等しく傷こそないものの、服がボロボロに破れているのは弾幕ごっこで負けた証だろう。
「頑張ったけど無理だった。弾幕ごっこの領分で新参者の私たちに勝てる道理はないよ」
「私も負けたので敗者同士、勝者の言いなりになりましょう。さて、どこから話したものか――」
星がどういったものかと悩んだ素振りを見せた瞬間、彼女らの頭上に影がかかる。
何事かと全員が視線を上げ、それが法界へ消えたはずの聖輦船であると理解した星たちの顔が喜色満面に変わっていく。
なにせそこには送り出した天人の少女と半人半妖の守護者の他に、千年忘れることなく思い続けた尼僧の姿があったのだから。
「聖!!」
矢も盾もたまらないと星と一輪が飛び出し、ナズーリンは一拍遅れてそれに続く。
そして霊夢たちも聖輦船に乗っている人物を見つけ、そちらへ近づいた。
「ちょっと楓」
「む、霊夢か――っと、危ないな」
無言で殴りかかってきた霊夢の拳を楓は目を瞑ったまま回避し、霊夢の手を掴む。
「あんた異変に加担したでしょ! だったら私が退治するのが筋ってもんじゃない!?」
「加担した、と言われるのは心外だな。むしろ異変の規模を最小限に抑える貢献を果たしたと言っても過言ではないぞ」
「大体目隠しも外して何があった……って」
そこで霊夢は楓の左腕に目が行く。あまり肌を晒すことなくきっちりと和服を着込んでいるが故に目立つ、鮮血によって紅色に染まった腕を見て目の色を変えた。
「ちょ、ちょっと怪我してるじゃない!? あんたその腕どうしたのよ!?」
「……思い出したくもない事故があってな。もう治っているから安心しろ」
阿求のもとへ戻る前に服は着替えておかねば余計な心配をかけてしまう。
それに霊夢にも不要な心配をさせてしまった、と楓は相好を崩す。
「お前たちにぶち抜かれた時より軽傷だから心配するな。目隠しについても事故みたいなものだ」
「べ、別に心配したわけじゃないわよ! ただ私は異変で弾幕ごっこ以外が使われるのが気に食わないだけ!! あとなんか目隠しも取れてるし!」
「これも事故の一部だ。結界まで外れてしまったから後で付け直してもらう」
幻想郷に戻ってきた際、目を閉じているのも紫へ自分が敵対する意図はないことのアピールである。
と、そんな霊夢と楓の後ろから聖輦船に乗っている面々を見渡した魔理沙が不思議そうに首を傾げた。
「ん? アリスもいるぞ? お前、船に乗ってなかったよな?」
「……霧の湖より浅くてしょうもない事情があったのよ。巻き込まれた楓以外に話す気はないわ」
「……なんか面倒なことでもあったのか?」
魔理沙が訝しげに追求したのは、アリスの顔がこれまで見たこともないような疲れたものだったからである。どんな時でも颯爽と冷静に物事を片付けていく彼女らしからぬ姿だ。
「ちょっと身内関係でね。触れないでくれると嬉しいわ」
「お、おう……なんか苦労したんだな、アリス」
「話を戻して。幻想郷に戻ってきたのは良いとして――」
一旦魔界の家族は思考の横に放り投げ、アリスは改めて周囲を見回す。
楓に説明を求めて食って掛かる霊夢と、そんな彼らを面白そうに眺めている天子。
白蓮を中心とした人だかりを形成し、千年ぶりの再会に涙を浮かべる妖怪たち。
それらを見て、アリスはふと思った疑問を口に出した。
「ねえ、この船ってどこに下ろすの? こんな大きな船、ずっとこのままにもできないでしょう」
「それは予め聞いておいた。村紗、できるんだな?」
アリスの疑問に反応したのは楓だった。霊夢の追求から逃れられるからか、これ幸いとアリスの方へ近づいてくる。
そして楓が村紗へ呼びかけると、彼女は意気揚々と再び操舵輪を握り舵を切った。
「任せておきな! この聖輦船――聖の弟君の法力が込められた飛倉を改装したものだからね! 元の飛倉に戻るのだって自由自在さ!」
そう言って村紗は聖輦船を駆り人里から離れた場所へ向かうと、そこで聖輦船を変形させる。
木造りの巨大な船が組み替えられ、どういった構造だったのか倉の形になっていくのを霊夢たちは半ば呆然と見るしかない。いくら幻想郷が摩訶不思議に満ち溢れた場所といえど、彼女らの想像力には限度があるのだ。
「楓と冒険するようになってから何が来ても驚かない気がしてたけど、気がするだけだったわ」
「俺が原因みたいな物言いはやめろ天子。というかこの場所にするのか?」
村紗が下ろした場所はどの勢力とも関わりのない、人里からもだいぶ距離の離れた場所だ。
白蓮から今後の活動についてもある程度は聞いていたので、あまり人里から離れすぎているのは望ましくないと思ったのだ。
そんな楓の言葉に答えたのは一輪だった。
「いや、ここはあくまで当座の場所さ。正式な場所は改めて皆を呼び集めて話し合おうと思う。人里の守護者さんには本当にお世話になった」
「こちらの事情で迷惑をかけたところもあるから気にするな。そして会合については承知した。俺の方で他勢力にも声をかけよう」
この場の面子で各勢力とつなぎを持っているのは楓と霊夢以外にいない。
そして霊夢はあくまで幻想郷の調停者であり、異変を起こしたものを退治するのが役目である。ぶっ倒した後の動きに関与する理由はないため、必然的に楓がその役目を担うしかなくなる。
「何から何まで済まないね」
「良好な関係を築けるなら手間は惜しまない」
「必ず応えよう。さて、今日のところは――うん?」
そこで一輪は何かに気づいたのかキョロキョロと周囲を見回し始める。
「誰か探しているのか?」
「いや、ほら、もう一人いただろう? 緑色の髪の巫女さん」
「早苗のことか。彼女がどうした?」
「私らも後からやってきた魔法使いや博麗の巫女との弾幕ごっこでうやむやになっていたけどさ――」
――あの子、いつの間にいなくなったんだ?
「……そんなの」
あの場で弾幕ごっこをしたのはあくまで霊夢が異変解決を担っており、異変に加担した妖怪は全てぶん殴るという理由に過ぎない。
早苗にこれ以上関わる理由もないのだから、帰ってしまえばそれで今回の異変との関わりは途絶える。
だが、その推測は楓自身も間違っていると思えるものだった。
楓の知る早苗はやや肩に力の入っている、しかしだからこそ信用できる真面目な少女だ。
その彼女が政治的な決定も多分に入っているとはいえ、祭神や天子から頼まれた仕事に手を抜くだろうか?
「…………」
「心当たりはあるのかい?」
苦い顔になった楓に一輪が問いかけると、楓は目を閉じたままの顔をしかめる。
彼女の本質についても祭神から聞かされている楓は、今の状況があまりどころか、かなり早苗にとって良くないものであると察することができたのだ。
「……天子」
「私も少し甘く見ていたかもね。良いわ、行ってきなさい。ここは私が適当にまとめるわ」
「頼んだ」
天子に短い言葉で頼むと、楓は目を閉じたまま駆け出して妖怪の山へ向かうのであった。
――少し先の未来において正真正銘の神と戦うことになるなど、思いもせず。
大体情報説明回です。ここでメタ視点の情報(アリスの出自、アリスの手紙事情)が楓の情報になりました。
そして楓は迷惑を受けたとは思っていますが、それ以上は特に気にしていません。いきなり殺しにかかられるとか彼の中ではまああること扱いになっています。
白蓮改め命蓮寺組はどこかで改めて話し合いの場所を作ってそこで場所が正式に決まります。場所が決まったら? 神霊廟フラグが立ちます(真顔)
あ、ぬえも出す予定はありますのでご安心ください()
そして次回は早苗さんの地雷起爆予定。
星蓮船と神霊廟の間で爆発させようと思っていましたが、よくよく考えたら時間を置く理由も特にないと気づき同日に爆破させてしまえとなりました(爽やかな笑み)
魔界突入→魔界で命がけの勝負→早苗を追いかけるとホットスタートばかりですがなんとかなります。なんとかならなかったら幻想郷が滅びるだけなので(真顔)