永遠亭に寄ってから少し日が経った後。楓が人里を見回っている時のことだった。
満月がおかしかった異変など人間には何の影響もない。今日も今日とて日々の仕事に精を出している。
楓も里の一員として己の職務をこなさなければ、と気合を入れ直していると、遠くから己を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ! いたいた、楓ーっ!!」
「む」
声の方向に改めて目を向けると、永夜異変の時に知り合った狼女の今泉影狼がこちらに手を振っていた。
「やっと見つけた! 楓、意外と人里にいないんだね」
「仕事柄、外に出ることも結構ある。手間を掛けさせたのなら悪かったな」
こっちも探していたのだが、竹林のどこに住んでいるかもわからない状態ではいくら千里眼でも無理がある。日がな一日探せるならともかく、楓も普段は阿求の側仕えがあるのだ。
「良いよ良いよ! こっちも人里の友達と遊びたかったし!」
「ああ、あまり知られたくないんだったか」
「そうそう。押しかければなんだかんだ言って面倒見てくれるから優しい子なんだけど」
「知られたくないなら詮索はしないでおこう。縁があったらどこかで会う」
楓も本心から嫌がっている人間のもとにわざわざ押しかけたりはしない。
影狼はお気楽な様子で笑いながら楓と一緒に人里を歩く。
「あはは、そうだね。でもなんとなくだけど、楓はその子と知り合う気がするなあ」
「じゃあ知り合うんだろうな。友達が増えるのは良いことだ」
「だよねえ。そうだ、楓はこの後暇?」
「別に暇じゃないが、時間ぐらいなら捻出できる」
「だったら私に付き合ってよ。この前は話せなかった草の根妖怪ネットワークのメンバーを紹介したいんだ」
確か水場から離れられないのだったか、と楓は永夜異変の折に話した内容を思い出しながら首肯する。
「ふむ……良いか。案内してくれ」
「そうこなくっちゃ! ついてきて、霧の湖に行くよ!」
「わかった。それと道中暇だからなんか話せ」
「きみ、なんで私に上から目線なの!?」
特に理由はないが、なんとなく彼女は下手に出ると調子に乗りそうな空気があるのだ。
下手に出たら調子に乗る輩が知り合いに多い、楓の直感だった。
霧の湖に通じる方面から人里を出て、魔法の森を通っていく。
常に鬱蒼とした森で瘴気に満ちており、対策がなければまたたく間に意識を混濁とさせ、妖怪の餌食となってしまう厄介な場所だ。
とはいえ半人半妖と妖怪には関係のない話だった。薄暗い森の中を歩く彼女らの足取りに恐怖の類はなかった。
「私は割と慣れてる道だけど、楓も結構この辺通るの?」
「霧の湖の向こうにある紅魔館には何度かお世話になっている」
自称父の愛人を騙る吸血鬼は、楓のことも気にかけて良くしてくれる。それはそれとして彼女が愛人と名乗ると、父はものすごい目で彼女を睨んでいたのをよく覚えていた。
「へー……って、そういえば楓のお父さんは紅魔館の吸血鬼とも知り合いなんだっけ」
「そうだな。半世紀前の吸血鬼異変からの知り合いだとか」
具体的にどういう経緯で知り合ったのかは父が語りたがらなかったのと、彼女はそんな父の意向を尊重して何も語らなかった。
秘していたい思い出にまで踏み入るほど愚かではない。きっと、父と彼女だけが知っていれば良い思い出もあるのだろう。
「……よく吸血鬼と半世紀以上付き合えたもんだね。人の血を吸うんでしょう?」
「吸わない約束を取り付けたらしい。吸血鬼異変の折に、先代の巫女さまと一緒にあの人を倒したとか」
「博麗の巫女と一緒とはいえ、人間二人でよくもまあ。私だったら自分が百人いても逃げるね!」
彼女の力の一端を知るものとして同意できる言葉だった。いや、戦わなければならない場面が来たら楓は迷わないが。
そうこうしていると、森の中にだんだんと霧が漂い始める。霧の湖に近づいてきた証拠だ。
「そろそろかな。一人だとこの辺りも結構恐ろしいんだけどね」
「理性のない妖怪ぐらいならなんとかなるだろうに」
「危ないのはこわいの!」
そんなものか、と楓はこちらを伺っている獣の妖怪に千里眼越しの殺気をぶつけて追っ払いながら思う。
影狼曰く、己は間違いなく強い部類であるらしい。そうなるよう物心ついた頃から鍛錬を積み重ね、稽古に明け暮れていたのだから当然といえば当然な気もするが、あまり実感はない楓だった。
なにせ自分はまだ父に勝てていない。御阿礼の子を守り抜いたのが父の力であるのなら、
「俺は別に危ないのは構わないな。経験になるのなら何だってありがたい」
「わあストイック。そんなに強くなってどうするの?」
「何に代えても守り抜く人がいる。その人を守るためだ」
父越えはその道中にある通過点でしかない。無論、相当に遠い道のりなので目標と言うのが正しいが。
楓の言葉を聞いて影狼はおおー、と感嘆の声をあげる。一人で気楽に過ごしていた影狼には誰かを守るというのがピンと来ないらしい。
「なんかすごいなあ。住む世界が違うって感じがする」
「いや、ここにいるが」
「んー、それもそっか! 私たちに付き合うなんて楓、案外暇なんだね?」
「暇じゃないってさっき言っただろ。けど、それはそれこれはこれだ」
自分の力量を追求することと、友達との時間を大切にすること。別段片方だけしか成立しないわけではないのだ。
「で、まだ着かないのか? もう霧の湖だぞ」
「ああうん、後少しだけだよ。あの子、気が弱くてさあ。妖精の気配も少ないところが良いんだ」
「よく霧の湖で暮らせるな……」
この場所は妖精が非常に多い場所だ。悪戯好きな子供っぽい無邪気な性格と言えば聞こえは良いかもしれないが、子供故の残酷さも持ち合わせているため、不用意な接触はオススメされない存在である。
そこかしこにいるであろう妖精が入り込みにくい、やや奥まった水場の方まで影狼は淀みない動きで向かう。普段からその場所を使っているのだろう。
「っと、着いた。おーい、姫ー!」
姫? と不思議そうな顔をしながら待つと、水場の一角からボコボコと泡が生まれる。
それが気泡であると理解したのは、楓の千里眼が水中にいる少女に気づいた瞬間だ。
水場から出てきたのは上半身が人間の、下半身が魚の少女だった。人魚、というのが適切だろう。
少女は影狼の方を見て、次いで楓の方を見た。
「影狼ちゃんと……もう一人。なぁに、草の根妖怪ネットワークの新しい仲間?」
「似てるけど違うかな。この前の異変で知り合った友達を紹介しに来たんだ」
「火継楓。人里の守護者だ。よろしく」
どぼん、と少女がまた潜ってしまった。
「ちょ、姫!?」
「私はその人とは無関係なので捕まえるならどうかそいつだけに……!」
「お前里でなにかやってないだろうな」
「やってないよ!? というか姫、悩む素振りも見せずに見捨てないでよ!?」
影狼が水辺をばしゃばしゃと叩いて少女を呼ぶと、まだまだ警戒の色が強い様子で近寄ってきた。
「えっと……火継さん?」
「楓で良い。あとこいつが何かやって仲間を売ったわけでもないから安心してくれ」
「ねえ、楓も姫も私の扱いひどくない? そろそろ泣くよ?」
影狼がちょっと涙目になってきたので、楓は肩をすくめて少女に手を伸ばす。
「改めて、よろしく。そっちの名前も聞いていいか?」
「わかさぎ姫です。影狼ちゃん、あなたみたいな人とは関わらないと思っていたのでつい驚いちゃって……ごめんなさい」
「気にしてないさ。それにあながち間違いでもない」
わかさぎ姫の水に濡れた手と握手しながら笑って話す。
満月が終わらない異変で影狼の気が昂ぶってなければ、今でも楓と影狼の間に接点はなかっただろう。
「ふふん、私と楓の出会いはそりゃもう凄まじいものだったんだよ。満月で気が昂ぶった私と楓の壮絶な戦いが――」
「あったの?」
「一方的に殴り倒したことなら」
「言わないでよ!?」
楓と出会った瞬間に逃げようとしたわかさぎ姫の観察眼を見るに、すぐにバレると思ったのはここだけの話である。
しかしそのやり取りを見て本当に仲が良いのを理解したのか、わかさぎ姫はクスクスと笑う。
「ふふっ、本当にお友達なんだ。じゃあ今日はお近づきの印にこれを見せてあげちゃう」
そういってわかさぎ姫は着物の袖に手を入れると、何かを取り出して楓に見せてきた。
川の流れで徐々に削れたのだろう。真ん丸な石がそこにあった。
「きれいな石でしょう? こういうのは水底ぐらいでしか取れないから自慢したいのだけど、影狼ちゃんは興味を持たないのよ」
「だって食べられないじゃん」
「初対面の時に私を食べようとしたのは忘れてないからね?」
「く、食いでがありそうだとかはもう思ってないから!」
前は思っていたのか、と楓は影狼に冷たい目を向ける。
いたたまれなくなったのか、楓を指差して影狼が吠えてきた。
「だ、大体楓こそどうなのさ!? 姫を見て美味しそうとか思わなかったの!?」
「いや、半分人間に食欲はちょっと……」
人魚の肉には不老不死の力がどうこう、といった逸話も耳に覚えはあるが、それでもいきなり食欲に結びつける勇気はさすがにない。
というより、別段不老不死を求めてはいなかった。
何せ今の己はまだまだ道の途上。不老不死になったら技術の向上以外に強くなる手段がなくなってしまうではないか。妹紅を見るに、おそらく不老不死とはなった瞬間の状態で固定されることを指すのだから。
ともあれ自分の旗色が悪いと察した影狼は素早く話題の転換を試みることにした。この話を続けても自分が涙目になるばかりである。
「よし話題を変えましょう。ところで、姫の方で何かおかしなこととかなかった?」
「本当に強引に変えたわね……私の方は平穏そのものよ。何かあっても水中にいると誰も来ないからね。皆見上げるのは空ばかり」
「普段はこういった話を?」
楓の疑問に二人は同時にうなずく。
「うん。どこで妖怪が動いた、とか異変の時にどこが危なかったとかそういうの。楓は知らないかもだけど、数十年前はどこもかしこもピリピリしてたんだよ」
「ふむ」
父母……と言っても大体母親の方からだが、話には聞いたことがあるものだった。吸血鬼異変に始まり、多くの妖怪がそれぞれの目的を掲げ動いていた時代だった、と。
「伝聞でしかないが、聞いたことはある。俺が生まれるよりだいぶ前の出来事らしいが」
「楓って今何歳?」
「まだ二十歳にもなっていない」
「じゃあ知らないよね。妖怪って見た目で年齢とか全く判断できないからさ。こう見えて私も姫もきみの何十倍……いや何倍も生きているのよ?」
「えっ?」
「それだけ生きてあの強さなの? みたいな目で見ないでよ!? 妖怪って生まれが大体なんだから!!」
生まれついた種族が大半の強さの理由であり、そこからは多少の個人差や能力の有無、技術を磨いているかに集約される。
鬼が速度で天狗を上回ることはまずないように、天狗も膂力で鬼を超える日は来ない。それぞれの定められた領分から明らかに逸脱した力は持てないのだ。
楓は半人半妖のため当てはまらないところもあるが、母親である白狼天狗の犬走椛は種族ゆえの限界というのを知っているようだった。
……まあそんな道理は蹴っ飛ばせば良いと真顔で言う人が良人であったため、母はしょっちゅう父と剣を振るっている姿を見た覚えがある。
同時に手足が容赦なく切り飛ばされる光景も。治るから良いものの、あれを見た子供の心の傷は考えないのだろうか。いや、阿礼狂いにそんな真っ当な感受性を要求されても困るのだが。
「それに鍛えたって絶対に守りたい相手がいるわけでもなし。一人でお気楽に過ごす分には要注意なところだけ覚えておけば大丈夫なのよ」
「そういうことね。私も影狼ちゃんも、こうして時々集まって情報交換したり、適当にお喋りするだけで十分なの」
「ふ、む……」
目的の有無、というのは楓にはない視点だった。自分の周りにいた同年代の少女らは皆、彼女らなりに目的を持って生きていた。
あるいはそれは人間だからかもしれない。妖怪のように百年二百年と生きられない人間なのだ。生き急がないでどうするというのか。
だからこそだろう。楓には二人の生き方が新鮮に思えた。同じ生き方ができるとは思わないが、彼女らがこうしてのんびりと過ごす時間が消えるのは避けたいと考える程度には。
「楓も私たちみたいに肩の力を抜いたら? 妖怪の命って長いよ?」
「……誘ってくれた気持ちだけ受け取っておこう」
御阿礼の子に狂い、御阿礼の子を守るために生まれた命だ。阿求がいなくなったとしても、次の御阿礼の子を待って再び仕え、それを寿命が尽きるまで繰り返し続けるだろう。
影狼たちのように生きられる時はきっと、生涯訪れない。ただ楽しく生きるのに目的も力も不要な彼女らの生き方と、自分の生き方は決定的なまでに相容れない。
――が、それはそれ。生き方がぶつかり合う瞬間など避け得ぬ戦い以外にないのだから、そうならない限り彼女らの生き方に寄り添うことはできる。
なるべく自分の事情や都合には巻き込みたくない。しかし一緒に過ごして楽しい彼女らとの付き合いを終わらせるつもりもない楓は、口元に薄く笑みを浮かべて彼女らの話題に入っていく。
「それより情報交換は良いのか? 影狼はこの前、妹紅に顔を覚えられただろ」
「ハッ、そうだった!? 聞いてよ姫! 竹林で大暴れしてたっぽい危ないやつ! あれと知り合っちゃったのよ!」
「影狼ちゃん、あなたは私の最高の……いえそうでもないか。素晴らしい……もうちょっと下がるわね。良い友人だったわ……!」
「楓、ちょっとその辺の木を切ってまな板作ってきて。あと唐突だけど天ぷらって好き?」
「食べないでくださいー!?」
「お前ら話題を一貫させるつもりないんだな?」
……またたく間に別の話題に流れる彼女らの姿を見て、こいつら本当に特に目的もなく楽しく生きられれば良いんだなと実感してしまい、頭痛を覚えたのはここだけの話である。
もうしばらく話していく、と言っていたため影狼たちとは別れて一人魔法の森への道を楓は歩いていく。これで側仕えの使命に守護者としての役目など、やるべきことは豊富にあるのだ。
「……む」
あるのだが、急いで戻る用事というわけではなかった。そしてこの楓という少年、合理性の重視はもちろんするが、同時に見かけた友人に声をかけないということもなかった。
千里眼で見つけたのは鬱蒼とした魔法の森の中にあってなお、美しい金の輝きを放つ髪を持つ少女二人だ。
相変わらず調子よく話す魔理沙と、それに付き合って辟易としながらも、どこか穏やかな空気を発するアリスの二人組である。
「よう、戻りか?」
「おっと、楓がこんなところにいるなんて珍しいな。紅魔館に用事か?」
楓が声をかけると魔理沙がすぐに応えてくれる。彼女とは互いの父と祖父が友人であったこともあり、家族ぐるみの付き合いとなっていたからか反応が早い。
魔理沙が家を出てからしばらくは楓の父が。今は楓が魔理沙の父親に頼まれて様子を見に行くことも多いので、今でも付き合いは継続して持っていた。
「いや、今日は霧の湖の方だ。この前の異変で知り合った妖怪の友達を紹介された」
「そいつは何より。てか、そっちでも色々あったんだな」
「そっちだって異変解決したんだろ。今度阿求様と一緒に聞きに行くぞ」
「良いぜ。その代わり、タダってわけにはいかないな。なぁアリス?」
魔理沙に話を振られたアリスが柔和に笑う。彼女も楓とは里の守護者を受け継いだ頃から親交があった。物事を論理立てて考え、己のやるべきことをきっちりこなしてくれる彼女とは良い友人でありたいと常々思っている。
「人里でご馳走してくれれば十分よ。それよりここで楓に会えたのは運が良かったわ。慧音に届け物を頼まれてほしいのだけど」
「ああ、疲れに効くという?」
そういえば異変の時に顔を合わせた際、そんなことを言っていた記憶がある。
「そう。あと里には馴染みがないでしょうから、淹れ方のメモも添えておくわ」
「助かる。ところで二人は何を?」
「月をテーマにした魔法の研究だ。私は星の方が好きだけど、アリスがうるさくてな」
「星と月なんて切っても切れない関係でしょう。一点集中型の知識というのは存外、成長の打ち止めも早いものよ」
学ぶことに貪欲な二人らしい姿勢である、と楓は感心してうなずく。
楓も魔法は紅魔館の大図書館で調べているが、それは主に相手が使ってきた場合の対処法という意味合いが強い。
それに魔法というのは基本的に準備あってのもの。詠唱なども含め、無防備になってしまう時間が生まれやすい。
誰かが時間を稼いでくれる、ないし予め準備ができる、という前提や状況が用意できないと強みの発揮が難しいため、楓は手を伸ばしていなかった。
要約すると体術、剣術を使って白兵での戦いが得手な楓が遠距離からの大砲を覚えても、使い所が少ないのだ。自分でそこまでやるぐらいなら、魔理沙か霊夢に頼んだ方が手軽である。
楓が内心当てにしている魔法使いの魔理沙はそんなこと露知らず、快活な笑みを浮かべているのであった。
「そんで家で話していたんだけど、さすがに腹が減ってな。ちょうどよく私の家に食料がなかったんで、アリスに食わせてもらうところだった」
「ちょうどよく?」
「タダ飯バンザイってことさ。いやあ、持つべきものは料理上手な友達だ!」
「楓、あなたに食費って請求していいかしら?」
「俺経由で魔理沙の親父さんには伝わる」
多分、ゲンコツ決めてくれとお願いされるだろう。
「はっはっは、待て待て話をしようじゃないか。困っている人には優しくするものだぜ?」
楓もアリスも困窮している人に手を差し伸べるぐらいはするが、明らかにたかりに来ている輩に情けをかけるほど慈悲深くはなかった。
「魔法瓶二つで手を打ってあげる」
「妖怪退治一回、格安でやれ」
「お、横暴だぞ!! というか楓は関係ないだろ!」
「バレたか」
「ったく、油断も隙もないな……」
魔理沙のジトッとした目に楓は肩をすくめて応える。彼女が昔、稗田の家にある資料を持ち去った事件は今でも忘れていなかった。当然、彼女が泣いて許しを請うまでお仕置きしたが。
「楓も食べていくかしら? 二人作るのも三人分作るのも大差はないけど」
「気持ちだけ受け取っておく。ハーブティーを預かったらそろそろ戻らねば」
「そう。じゃあ行きましょうか、魔理沙は料理の手伝いぐらいしなさいよ」
「私と楓で扱いが違わないか? 待遇の改善を要求するぜ」
「しょっちゅう人の本を無断で借りていくやつと、私に頼まれてその本を取り返しに行くやつ、どっちを重視するかなんて言うまでもないでしょう?」
「いつの間にか本が消えていると思ったら楓の仕業か! 失くしたかと思って本当に焦ったんだぞ!?」
「俺が盗人みたいに言われるのは心外なんだが」
頻度は高くないが、アリスに時折頼まれて魔理沙がいない時を見計らい、盗んだ本を取り返したことも何度かあった。
……本人には言わないよう依頼主に頼まれているので言わないが、その本は今の魔理沙が読むには少々難易度の高すぎる内容らしい。相変わらず本人の知らないところで多くの厚意を受けている少女である。
「ところでシェフ、今日のメニューは?」
「パンとホワイトシチューの予定。どうせあなたの分も入れるなら、多く作った方が美味しいものを選ぶわ」
「そりゃ楽しみだ。楓も食っていけばいいのに」
「また何か別の用事があった時にしてくれ。……それはそれとして作り方は後で教えて欲しい」
阿求は新しいものが好きなので、ここ最近で如実に流行り始めている西洋の食事などは彼女の好物なのだ。楓が足繁く紅魔館に通う理由も、人里では見られない食事に興味があるというのが挙げられる。
「別にいいわよ。こっちもメモで渡しておくわ」
「助かる。こっちも何か教えられるものがあったら教えるよ」
「そうね、じゃあ人里にある童謡があったら……」
こいつら勉強熱心だよなあ、と魔理沙は楓とアリスのやり取りを見ながら思う。
アリスはまだわかる。人里で時折開かれる人形のショーを行うため、人里の流行り廃りや受け入れやすいニーズを読み取るのは商売の一環だ。いや、他で人形ショーをやっているところなどないので独占商売なのだが。
楓は特に大変だ。阿求の側仕えとして衣食住の世話も彼が行いながら、人里の守護者として人里を守るために動き続け、さらに当人自身の鍛錬も怠っている様子はない。
パンクしないのだろうか、と思うがアリスと楽しそうに話している姿を見ると案外大丈夫なのかと思えてしまう。
まあ彼が霊夢に負けず劣らずの、才能に溢れた少年であることは魔理沙も知っているのだ。であれば彼への心配などするだけ無用だろう。
それに表立って口にすることはないが、こうして誰かが努力している姿を見るのは嫌いではない。ましてそれが己の目標とする存在ならなおのこと。
魔理沙は自分の頬を叩いて気合を入れ直し、アリスと楓を見た。
「……っし! さっさとアリスの家に行って飯食って、そんでまた研究しようぜ! 今日はとことんやるぞ!!」
「急にやる気を出し始めたわね……。ま、細かく理由を詮索するのはよしてあげましょうか」
「よくわからんが、こうなった魔理沙の集中力がすごいのは知っている。アリスも注意した方が良いぞ」
「嫌になるほど身に染みているわよ。……それも含めて、この子の資質なんだから魔女の先輩として見守ってあげるわ」
よくよく人の縁に恵まれているものだ、と楓は当人の気づいていないものに僅かな羨ましさすら覚えながら、彼女らの後を歩いていくのであった。
……面倒くさいものを惹き付ける縁では逆立ちしても勝てない、と魔理沙に言われるのはこれよりだいぶ未来の話であった。
わかさぎ姫登場。ばんきっきはもうちょっと楓視点の情報が出揃ったら楓から突っ込んでいく予定なのでしばしお待ちを。本心から嫌がっていたら会いに行かない? 本人の口から聞けてないしとりあえず聞きに行くやろ??
そして魔理沙、アリスのコンビも登場。もう1、2話はこんな感じで楓の既存の交友関係を描写していく形になると思います。それをやりつつぼちぼち花映塚の準備が始まっていく感じで。
Q.楓くん、面倒くさいのに絡まれるの?
A.大丈夫? 地雷誘蛾灯の次世代機だよ?
本作で地雷が埋まってない人? 影狼とわかさぎ姫は確定で地雷とかありません。他? うふふ。