その日、日課である霊夢との稽古を終えた後、楓は目隠しを直しながら霊夢に考えていたことを聞いてみることにした。
ちなみに今日の稽古は霊夢の勝ちだった。霊夢に不利な白兵戦での勝負だったのだが、逆境に強い霊夢が土壇場で亜空穴を利用して身体の一部分だけを飛ばす攻撃方法を思いつき、逆転勝利を収めていた。
「霊夢、お前確か結構本を読んでいたよな」
「え? うん、まあ暇だし割と読むわね」
「どういった本を読むんだ?」
楓の質問にどんな風の吹き回しなのかと霊夢は首をかしげる。
彼が興味を示す本はもっぱら学術本か教養書であり、物語を綴った小説とかにはほとんど関心を示さなかったはず。
「熱でもあるの? あんたがそういうの読むとは思えなかったんだけど」
「いや、合ってる。さとりはわかるか?」
「地底の?」
楓がうなずいたので、霊夢も記憶をたどって彼女のことを思い出す。
つい先日、早苗の起こした騒動を解決する際に楓が引っ張ってきた少女だ。
出会い頭に人の心をべらべら読んで、しかも面白くないとか抜かしてきた妖怪だったことを思い出し、霊夢の額に青筋が浮かぶ。
「あれ、なんか約束でもあるの?」
「協力の対価に本を要求された。地底に本は少ないらしい」
「なんとなくわかるわ。で、小説を持ってこいって言われたの?」
「そんなところだ。とはいえお前の言う通り、俺はその手の機微に疎いから詳しいお前に聞こうかと」
「なるほど。そういうこと」
「……下手な物を渡したら何言われるかわかったものじゃないからな」
楓は苦い顔でつぶやく。
さとりが嫌いなことは変わらない。そして嫌いな相手だからこそ、彼女に対して付け入る隙は与えたくないのだ。
「なので知っていたら教えて欲しい。鈴奈庵で写本を頼んで持っていく」
「んー、どんな心の動きが良いの? 一口に言っても色々あるわよ。剣豪小説とか、恋愛小説とか、冒険活劇とか」
「恋愛小説で頼む」
「ほほう、その心は?」
楓にしては珍しい答えだと思った霊夢が追求すると、楓はなんてことないと口を開く。
「さとりは自分が知らない心の動きを知りたいんだ。その三択であれば恋愛小説の方がありそうだと思った」
「もうちょっと面白い答え返しなさいよ、つまらないわね」
「つまらなくて結構」
「まあ良いわ。んじゃ本のタイトルとか渡すから朝ご飯作って」
「わかった」
当然のように朝食作りも命じられるが、霊夢の食事を作るのは楓にとって割とよくあることの分類なため、特に怒りもせず台所へ向かっていく。
と、そんな彼の背中にふと疑問に思ったことを霊夢は投げかけた。
「あんた、あいつと仲良かったっけ?」
「は? この上なく嫌いだが」
そう言い切った楓の顔は目隠しに隠れていてもなおわかる苦み走ったもので、心底から彼女を嫌っているのがありありとわかった。
彼がここまで嫌悪の感情をむき出しにする姿など、ある意味初めてである。
かつて地霊殿で見た楓は怒りや憎悪といった感情は捨てていた。なぜって、彼の中で彼女はすでに終わった存在だった。終わったものに感情を向ける理由など一つもない。
「……嫌いでも接するのね」
「行いを許しはしない。だがあいつもあいつで覚りとしての役目を果たしただけだ。金輪際御阿礼の子に関わるとも思わんし、呼吸することぐらいは認める」
まさに蛇蝎の如き嫌いようである。面倒見が良く、自分を殺しにかかってきた相手でも頼られれば応えようとする少年にここまで誰かを嫌うことができるということに霊夢は驚いた。
それでもなお距離を取るでもなく、普通に接する辺り建前の使い方が上手いと言うべきか、はたまた彼の面倒見の良さが底を抜けているだけか。
どちらを言ったものか悩んでいる間に楓は台所へ行ってしまった。霊夢は見えなくなった楓の背中を思い出しながら、そっとひとりごちる。
「……誰に見せたこともない嫌いって感情をそいつにだけは見せるって、一周回って仲良いんじゃない?」
霊夢に目当ての本を聞いた後、楓は鈴奈庵を目指していた。
鈴奈庵の店番を務める少女――本居小鈴が主人である阿求と友人であり、阿求も良く彼女と話す関係だ。
少女二人の会話に男が混ざっても困惑するだろうと思い、阿求が鈴奈庵に行く時に楓は同道しないように気を使っている背景があった。
とはいえ彼もそれなりに本は読む。最近はもっぱら紅魔館の魔導書と永遠亭の医術書ばかりになりつつあるが、その他の教養とて御阿礼の子の側仕えには必要なのだ。
「小鈴、やっているか?」
「あ、阿求のお兄さん! 久しぶりですね!!」
鈴奈庵へ入ると本に目を落としていた小鈴の顔が上がり、楓であると気づくとパッと明るい声で楓の来訪を歓迎する。
「忙しくてな。なかなか顔を出せずすまない」
「いえいえ、お兄さんが忙しいのは阿求からも聞いてますから! それに人里でも有名ですよ? お兄さんが見かけない妖怪と歩いていたら異変を疑えって」
「誰から聞いた噂だ?」
「え? 自警団の人たちが来た時に話してましたけど……」
「そうか、教えてくれて感謝する」
今度、彼らの稽古を付ける時に手加減は必要なさそうである。楓は心の中で彼らへの悪態をつきながら小鈴に感謝し、霊夢より預かった紙片を渡す。
「今日来たのは写本を頼みたくてな。これを頼めるか?」
「はいはい、少しお待ち下さい……ああ、これは人気シリーズですよ。お兄さんも読むんですか?」
「読みたがっているやつが知り合いにいてな。人里に顔を出せるやつでもなし、こっちで渡す必要がある」
貸本屋である鈴奈庵では基本、本というのは貸し出して読み、返却するものだ。
だがさとりは地底に住まう上、人気の多い場所は覚り妖怪の性質上、長くいられない。
楓の口ぶりから小鈴も相手が妖怪であるとわかったのだろう。紙片の内容を読み取り、元気な笑みを浮かべた。
「はい、わかりました! 人気作なのでちょうどこっちでも写本を進めてたんです! ただ、貸すのではなく買い取るとなるとちょっとお金が……」
「そこは支払う。用意にはどのくらいかかる?」
家一件買えそうな値段であれば多少は迷うが、そうでもない限り金銭に困ることはない。
手早くそろばんを叩いて申し訳なさそうに提示された額に迷わずうなずく。
「でしたらすぐお渡しできます。代金は後ほどで大丈夫ですので」
「わかった、後で女中を寄越す」
衣玖にお願いすればやってくれるだろう。最近、外へ出たがる様子を見せていたので用事を言えばついでにやってもらえるはずだ。
……おそらく彼女は天界へ天子の様子を報告したいのだと楓は予想していた。
そも、天子の処遇は天界からの追放だ。そして衣玖はその世話役であり監視役である。
となれば定期的な報告は当然のように課せられているはず。
「おお、お金持ちの台詞……」
「人を使うのに慣れないとやっていけない仕事量だからな……」
「まあ、お兄さんは特に忙しそうですからねえ……。ゆっくり本を読む時間もないんです?」
「捻出しようと思えばできるが、普段はもっぱら速読になる」
物語を楽しむ情緒もなかった。今、小鈴が話しながらも手際良く用意している小説を読んだとしても、これが人里で人気なんだな、以上の感想は出ないだろう。
それを小鈴に伝えたところで本を愛する彼女の機嫌を損ねるだけなので、楓は曖昧に笑って肩をすくめるだけに留めた。
と、そこで楓は一つ思いついたことがあったので小鈴に提案する。
「小鈴、一つ注文をつけてもいいか」
「え、包装とかですか?」
「いや、そうじゃない。頼みたいことは――」
さとりはご機嫌だった。朝からニコニコと気分良く笑い、地霊殿の机で書物に没頭していた。
そんな主の姿に燐は嬉しさと不審が半々に混ざった視線を向ける。
「……さとり様、今日は何か良いことでもあったんですか?」
「うふふ、わかります? ……なに、私の様子に思い当たるフシがなくて気持ち悪い?」
「いやまあ、正直言いますと今のさとり様、だいぶ気持ち悪いです」
心を読まれて開き直った燐の言葉にさとりの笑みが引きつるが、彼女に何の説明もしていなかったことを思い出して気を取り直す。
「そういえば何も言ってなかったわね、ごめんなさい。……実は地上の本を入手できる目処がついたのよ」
「それはおめでとうございます。地底に本なんてありませんからね」
「本当よ。お燐やお空たち動物から化性した妖怪が本に興味を示さないのは良いけど、地底の妖怪はどいつもこいつも野蛮な連中ばっかり」
橋姫や土蜘蛛は書も嗜む様子だが、地底でも嫌われているさとりが声をかけても応じてくれない。
なのでさとりは本の入手で非常に苦慮していた。自分で書いた本を自分で読んで無聊を慰めていた時もあったほどである。
「この間、地上へ行ったでしょう。あの時に約束を取り付けたのです。今後、彼には定期的に本を供給してもらう約束です」
「はあ……さとり様、あいつのこと嫌いなのでは?」
「嫌いですが、価値は認めます。利用できるうちは大いに利用しますよ」
さて、とさとりは立ち上がり出かける準備をし始める。
「あ、あれ? こっちに来るわけじゃないんですか?」
「忌々しいことに取りに来いと言われているのです。天人がこっちに来た時、一緒に持たせろと言ったのですが聞き耳を持たれませんでした」
これは楓の嫌がらせであるとさとりも察していた。だがそこで泣き寝入りしてやるほどさとりも優しくない。
「え、じゃああたいが行きましょうか? 人里は不味いですよね?」
「ええ。なのでこちらも条件をつけました。人が少なく、騒ぎにならない、かつ静かで落ち着いていてお茶が美味しい場所にしろと。無論、彼の家など論外です」
向こうがその気ならさとりも容赦はしない。半ば無理難題を押し付けてやったのである。楓が面倒なことになったと顔をしかめた時は思わず笑ってしまった。その後第三の目に目潰しを受けたが些細なことである。
くくくと嫌な思い出し笑いをしているさとりに、燐は楽しそうだなあと白けた目を向けていることは気づかないまま、さとりは外出していった。
それを見送り、燐は変わらず微妙な顔のままつぶやく。
「……さとり様、最近イキイキしてるんだよなあ。あたいやお空じゃできなかったのに……おのれあの男!!」
そういえば名前は知らなかったがどうでも良い。燐はさとりの知らない一面を次々と暴いていく楓に対し敵愾心を燃やし、今日のところはお空とやけ酒を飲もうと心に決めるのであった。
さとりの提示した半ば、いや絶対に嫌がらせである顔合わせの場所。楓は悩んだ末に魔法の森を選択していた。
あそこには過去に開拓をしようとした名残か、いくらか廃屋が残っている。
使えそうにないほど荒廃したものから、修繕さえすれば可能性はあるものまで。魔法の森に住居を構えている魔女や香霖堂の店主も、建物自体はこれらを再利用したものだ。
昔、人と妖怪の共存がまだ成立していなかった頃、父はこういった場所を利用して妖怪との会合場所に利用していたと聞いた覚えがある。
今の時代で使うことになるとは思わなかったが、人生何があるかわからない。覚えていて良かったと内心で安堵しながら、楓は協力してくれた人物に感謝する。
「霖之助さん、ありがとうございます。自分一人では最悪、博麗神社を指定するところでした。霊夢に何を言われるか」
「はは、気にすることはない。僕は店を開く前、色々と店を品定めしていた頃があったからね。その時に覚えていた家を紹介しただけさ」
室内に案内された霖之助は楓の出した紅茶を片手に、室内を見渡す。
さほど広くない平屋の家。紹介した時は土台こそ無事だったものの、他は荒れ放題だったのだ。
しかし今、畳や床は綺麗に張り替えられ、荒らされることを避ける妖怪避けの札や柵まで用意してあり、部屋にもチリ一つない。
妙なところで凝り性なのか、はたまた側仕えという役職上、汚れた場所が許せないのか。霖之助が思わず笑ってしまうほど、その空間は居心地の良いものになっていた。
「随分と見違えたね。僕の店より綺麗になっていそうだ」
「心底嫌いな相手とは言え、人を招きます。適当な仕事をして侮られるのはゴメンなので」
「なるほど、プロの意見だ。……ちなみにこれは興味本位だけど、僕の店は君から見て綺麗な部類かい?」
「人の家に何かを思いはしませんよ。魔理沙の家だけは別ですが」
霊夢は家事全般に関しては割としっかりやるので、その辺りの心配はしていない。
問題は魔理沙である。食事をアリスに集るなど、自分でやるのをとにかく面倒臭がるため、時々楓が抜き打ちで部屋を見に行って強制的に掃除させることがある。
魔理沙の父親――弥助より楓がその辺りを頼まれている事情を霖之助も知っており、苦笑いするしかない。
「僕が抜き打ちの相手に入ってなかったことを喜ぶよ。君もこの場所は活用するのかい?」
「何かしら活用は考えています。あの女のためだけに作ったというのも業腹ですし」
「随分と嫌っているね。君がそこまで嫌悪の感情を見せるとは」
「今も許したわけではありませんが、お互いの役目を果たしただけだと理解もしています。極めて遺憾ですが、利用しない手はありません」
「嫌いだけど、存在を認めてはいるって辺りかな。良いと思うよ。君のお父上もそういうところがあった」
「そういうところ?」
「結構好き嫌いがハッキリ出る人だったよ、あの人は。ただ、そういった自己の好悪と相手を切り離して考えられる人だった」
嫌いな相手でも使えるなら利用するし、信用に足るなら信用する。そんな人物だったと霖之助は述懐する。
「……でもそれはそれとして嫌いなんですよね」
楓の脳裏に浮かぶのは父を訪ねては無碍に扱われていたレミリアの姿だった。父が彼女に優しさを見せた姿など、楓の記憶には一切ない。
「それは……まあ、うん、そうだね」
「今なら父上の気持ちがわかる気がします」
「好きなものが多いに越したことはないけど、嫌いなものがあっても良い。君も一人の人間なんだ。その方が健全だと思うよ」
そう言って紅茶を飲み干し、霖之助は立ち上がる。
「そろそろお暇しよう。紅茶、美味しかったよ」
「重ね重ねありがとうございます。活用させてもらいます」
「今度は僕の店に来ると良い。最近拾ったタブレットなるものをお見せしよう」
平面でできることは大体できる道具らしい、と誇らしげに語る霖之助に今度は楓が苦笑いしながら帰宅を見送るのであった。
「――ということがさっきあってな」
「その店主、よほどの変わり者ですね。もしくは大人物か」
霖之助が立ち去ってから少し後、やってきたさとりに今の話をしたところ呆れた声が返ってきた。
さとりは楓の用意した紅茶を一口飲み、思い切り顔をしかめる。悔しいが、非の打ち所がない味だった。
「…………」
「なんだ、静かだな。お前の希望を全て叶えるよう動いてやったというのに。あからさまに面倒なやつもあったな、ん?」
「これだけの優秀さがあって、なぜ彼女に関してのみあそこまで短絡的なのか理解に苦しみますね」
「わかっている答えを聞く趣味があるのか?」
「愚問でした。そも、私たちは仲良くお茶などする間柄ではありません」
「同感だが、用意しろと言ったのはそっちなんだからなくなるまでは付き合え。言った側の責任だぞ」
「仕方ありませんね。場所は……まあ、多少行き来が不便なところがありますが、注文した内容を考えるに妥当なところでしょう」
そう言ってさとりは楓に手を伸ばす。
「今日はお茶を飲むためだけに来たのではありません。まずは一番の目的を果たしましょう」
「用意しておいた。こっちになる」
楓が手元に置いてあった風呂敷を机の上に置き、中身を見せる。
待望の本の山にさとりの目が露骨に輝き、こころなしかウキウキした様子で楓の心を読む。
「おお……何々、恋愛小説のシリーズ物と、その他の様々な小説ですか……。悪くない選択です。あなたが選ぶものですから、人情の欠片もない魔導書とかが出てきても驚かないつもりでした。いえ、もしそれが実現したら指差して笑いますが」
「それが予想できたから人に聞いた」
「ということは結局あなた一人ではわからなかったのですか。これだから人の心がわからない狂人は。私みたいに本を読まれては?」
「自分にできないことは人に頼る。素晴らしい言葉だと思わないか?」
「それには同意しますが、あなたのそれは人としてあるべき機能が欠けているので問題です。内容を検めても?」
好きにしろという心の声が聞こえたのでさとりは遠慮なく一冊の本を手に取り、軽く内容を確認する。
恋愛小説という題目に偽りはなく、出会った男女が互いに惹かれていく過程がゆっくりと、丁寧に描かれたそれにさとりは思わず頬を綻ばせる。
「あなたはその能力と好奇の対象である精神以外ほぼ全てが私にとって嫌いな存在ですが、だからこそ能力は認めます」
「約束は守る。憤懣やるかたないが、お前の力がなければ早苗は助けられなかった」
「もっと褒め称えなさい。この力は素晴らしいものなのです。あなたのような人間だけが特殊なだけで」
「お前が地底で嫌われる理由がよくわかる台詞をどうも」
「本についてはわかりました。持って帰っての楽しみとさせてもらいます。次の要件を済ませましょうか」
そう言ってさとりは紅茶に口をつけ、目隠しをしている楓を見据えた。
「あいも変わらず御阿礼の子ばかりを思い続けているようで。何を食べればそんな思考に到れるのです? 生まれつき? 人間は時折、妖怪には思いも寄らない狂気に身を捧げる存在が現れますね」
「確かにな」
以前、夢に見た初代阿礼狂いの思いを浮かべる。
主人に生きて欲しいという、ごくありふれた願いのために彼は子々孫々を全て巻き込んだ。
これを狂気と言わずなんと呼ぶ。楓も楓の父も、その点で言えば彼の被害者と言える。
「……ですが後悔はしていない。つくづく理解し難い。己の自由意志を最初から奪われ、塗り替えられ、むしろ喜んでいると?」
「俺は半人半妖だ。人としての属性もあれば、妖怪としての属性もある」
先日、天魔から学んだことを思い浮かべればさとりはそれを読み取り、事実であると首肯する。
「……なるほど、妖怪は生きるために理由が必要ですか。確かにそれは認めましょう」
「それが生まれた頃より定まっている。ある意味楽な生き方ではないか?」
「そういう考え方もありますか。ええ、認めます。妖怪の弱点は精神面での脆さであり、それを狂気によって補えるのは大きな利点です」
「人に依存すると痛し痒しでもあるがな……」
「御阿礼の子に依存しているからこそ、彼女らに関わることで容易に心が傷を負う、ですか。今は良いですが、未来ではわからないと」
「考えたくない未来だが、必ずそれは訪れる。――その時に俺が無事でいられる保証はない」
「精神の傷による肉体の崩壊……。寿命といったものが存在するか怪しい妖怪でも、こう言わざるを得ませんね。精神が死んだ時が妖怪の寿命である、と」
さとりの言葉に楓も同意する。
それを見てさとりは紅茶を飲み干し、楓についてわかったことをまとめていく。
「あなたは狂っているため精神が他者より強固ですが、同時に狂気の対象が他者であるためその人物の死がこの上ないダメージとなる……。こうして言葉に並べてみると、あなたは狂っていますが、法則性がありますね」
「今までは噴出するはずのない問題だ。阿礼狂いの一族は代々人間だったのだから」
「やはり興味深い。あなたという存在が生まれた過程もそうですが、あなた自身の心は私をして読み切れない」
楓に紅茶のおかわりを要求したさとりはカップに新しい紅茶が注がれるのを見て、話の続きを切り出した。
「私の能力は心を読む程度の能力。ある意味、私にとって人々とは本のようなものです」
「ふむ」
「とはいえ読む範囲には限界がある。例えるならこのカップを見て、紅茶が入っていることはわかっても砂糖や何かが入っている場合は読み切れないということです」
深層意識とでも呼びましょうかと言って、さとりは改めて楓を第三の目で見つめる。
「あなたの思考は御阿礼の子で埋まっている。ごく浅い、今まさに考えていること程度なら私でも読めますが、少し隠そうと思えば容易に隠せる程度しか読めない」
「心を隠すのは難しいのでは?」
「難しいですが、不可能ではありません。あなたならできるでしょう」
楓にできない可能性は考えていない声音だった。楓の能力を認めているのは本当のようだ。
「――だからこそ興味がある。あなたの心はここまで御阿礼の子に埋まっている。私から見て、どうして日常生活を送れているのかと思うほどに」
「あまり不思議ではないがな。俺は生まれた頃よりこうだ。むしろ普通とは何だ?」
「……不本意ですが、長い付き合いになりますね」
「お前は俺を理解したい。俺はお前を利用したい。俺は合理的な思考はある程度わかるが、心の機微を理解しろと言われるとさっぱりわからん」
だが、これから先は理解していかなければならないのだろう。天魔に言われたように、生きる理由を御阿礼の子以外で見つけなければならないのだ。己の心も、他者の心も理解しようとする必要がある。
「繰り返しますが、私はあなたが嫌いです」
「俺もお前が嫌いだ」
「ですが、あなたの価値は認めます」
「俺もお前の価値を認めよう」
ため息が溢れるのは同時で、立ち上がるのも同時だった。
「また今度、この場所で。次もまた本を用意するように」
「お前の能力の説明と心の読み解き方を教えてくれ。その対価として本を用意する」
「良いでしょう。尤も、嫌いなのでせいぜい困るよう難しく言いますが」
「こっちも俺の好きな本でも選んでやろう。学術書が中心だ」
「喧嘩売ってますね、買いますよ」
「こっちの台詞だ。言い値で買うぞ」
『あ?』
目隠し越しの視線でもわかった。今、さとりは自分にものすごい視線を送っており、自分も負けじと同じ視線を返している。
しかし視線でのやり取りはすぐに終わり、さとりは本をまとめた風呂敷片手に外へ出ていく。
「ではまた。……私の好みの味はもう少し渋みのあるものです。覚えておきなさい」
「わかった、覚えておこう」
次は柔らかめに調節した紅茶を淹れようと心の底で思う楓だった。
……さとりはこの時、己の全集中力を注いで心の声を読み取って楓がさとりの意図した通り
これなら次は自分好みの美味しい紅茶が飲めそうである、と内心ホクホク顔で地霊殿の帰路につくのであった。
「あの男っ! これは許されませんよ……!!」
「ちょ、さとり様!? 一体どうしたんです!?」
「全5巻の小説で4巻目だけ別の本が差し込まれているなんて……!! 中身を確認していなかったのも私に悟らせないためですね!! そっちがその気ならこっちだって出るとこ出ますよあんにゃろう!!」
……尤も、楓も楓でさとりに嫌がらせを仕込んでいたため、さとりは楓にさらなる怒りを募らせることになるのであった。
なお、燐はさとりが楽しそうに楓に仕掛けた嫌がらせの話を聞かされており、またさとりが怒り狂う内容が楓の嫌がらせであることもわかっていたため、とある言葉を必死に飲み込んでいた。
――この二人、ひょっとして一周回って仲が良いんじゃないかな?
争いは同じレベルの(AA略
お互いにこいつ嫌いという矢印を向けあっていますが、それはそれとして互いに利用できることを利用していきます。
なおこのためにさとりんはわざわざ地上に来ますし、楓は楓でさとりと話すためだけの空間を用意しています。こいつらやっぱり仲良いんじゃ(ry
でもやっぱり嫌いなのでしょうもない嫌がらせをしていきます。