阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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迷いの竹林にある屋台

「ついに……ついにこの日がやってきた……! 正直私一人だと何年かかるか、と思っていた日が……!」

 

 とうとう完成し、暖簾まで下げた屋台を前にして夜雀――ミスティアは感無量といった様子で拳を握る。

 それを見ていた共同経営者の妹紅も思わず笑ってしまい、後ろに佇む楓も鷹揚にうなずく。

 

「食材の調達先も選定した。酒も選んだ。屋台も一から組み上げた」

「あんたの手先がここまで器用なのは予想外だったわ……」

「家を新築した時にイロハは覚えた」

「大工以外でどういう人生送れば家を新築する出来事があるの?」

 

 何言ってんだこいつ、というミスティアの目に対し楓は何も言わず肩をすくめる。原因は隣の妹紅にあるのだが、本人が言わないのなら楓から言う必要も感じない。

 

「暖簾もお品書きも作ったんだ。これでやっぱりやめたとか言われたら屋台に縛り付けてでも店をやらせるつもりだった」

「なんで言い出しっぺの私たちよりやる気に溢れてるの!?」

「やると決めたことに手抜きはしないし、途中で降りることも許さん」

「うわこいつ自分勝手」

 

 善意に端を発している辺り、タチが悪いと言うべきか。

 物理的に引いた様子のミスティアをよそに、楓は妹紅に詳しい日程の確認を始めていく。

 

「これでいつでも店は始められる。どのぐらいに始めるつもりだ?」

「できるならすぐにでも。早速今夜から始めようと思う」

「わかった。それに合わせて影狼を引っ張っていく。あと何人か酒飲みも誘う」

「そこまで良いの?」

「宣伝しないと誰も来ないだろうがこんな場所」

 

 屋台の場所は迷いの竹林に入り、少し進んだ先にある開けたところ。

 ここによく出入りしている楓や妹紅、慧音はこの場所が安全なことを知っているが、他の人間はそうもいかない。

 むしろ竹林に近づこうとすらしないだろう。ましてや夜の竹林は妖怪の領域だ。

 しかし店をやる以上、客が来なければ話にならない。

 霖之助の経営する香霖堂は商品を彼が調達、値段も彼が設定。そして商品は基本的に劣化せず、腐りもしないという好条件を満たしてようやく成功するのだ。

 食事を扱う店である以上、継続的な利益を是が非でも出してもらわねばならない。楓は自分がここまで手を尽くした店があえなく破産する様など見たくない。

 

「ということで人里からは慧音先生に頼んで何人か。俺の方からは他勢力に頼んで人を呼んでくる」

「それ、楓がやって良いことなの?」

 

 人里の守護者として考えるならあまりに個人に肩入れし過ぎなのではないか。そんな妹紅の疑問に楓は真顔で応える。

 

「個人的な友人が店を出したから、個人的な伝手を使って繁盛するようにした。誰でもやることだろ?」

 

 第一、外の勢力で楓が人里の守護者だから付き合っている、なんて打算を働かせられる輩はそう多くない。大半の面々は楓のことを個人的に好ましく思っているか、彼の武勇を認めて付き合っているのだ。

 

「それに問題があると言われても人里内部の話じゃないんだ。止めることなんてできっこない」

「頭が良くて行動力のあるバカって厄介なんだって心底思うわ」

 

 彼女らの希望を叶えようと粉骨砕身したというのになんて言い草か。

 楓は憮然とした顔になりながらも自分の行いを止めることはせず、妹紅らに背を向ける。

 

「夜にまた顔を出す。初日ぐらいは俺も見ておきたい」

「そんな暇あるの?」

「なければ作るんだよ」

 

 阿求には予め伝えてある。今日の様子で問題なさそうなら、後日彼女と一緒にここを訪れる予定だった。

 そして今日、楓が夜までかかる作業は残していない。というか基本、楓が夜にやっているのは仕事ではなく鍛錬の類が多い。灯りの消費も馬鹿にならないのだ。

 鍛錬は早朝に回せばどうとでもなる上、最近は天子も付き合ってくれるので一人でやるより充実している。

 

「ということで今日の俺は時間を作ってある。俺だってたまには気楽な時間がほしい」

「まああんた、その辺歩いているだけで色々な妖怪引っ掛けてるからね……」

 

 ミスティアが同情的な視線を向ける。草の根妖怪ネットワークに属し様々な妖怪からの噂も聞いているため、楓がどこで何の騒動に巻き込まれたのか、時々情報が入ってくるのだ。

 ……幻想郷で起こる騒動の大半に楓の名前が出てくる辺り、本当に一度お祓いか何かにかかった方が良いのではないかと妖怪ながらに思ってしまったのは墓まで持っていく秘密だった。

 

 

 

 夕焼けが妖怪の山に隠れ、宵闇の帳が幻想郷を染め上げ、満月の明かりが地上を微かに照らす時分。

 迷いの竹林に人の手は入っていない。故、夜になればそこにあるのは足元すら覚束ない完全な暗闇のみ。

 一歩先、一手先すら見えず、竹を揺らす風は亡者の嗤い声に錯覚し、吹き付ける生暖かい風は今にもこちらを喰らわんと顎を開く妖怪の臭い。

 

 ……そういった人の立ち入ってはならぬ場所が迷いの竹林なのだが、今日に限ってそれはない。

 踏み慣らされた道を照らすように点々と提灯の明かりが灯され、迷い人を先導するように道の先に続いている。

 提灯の明かりと何とも言えない香ばしい匂いに誘われて歩を進めると、その先には入り口から見えない開けた空間がある。

 そしてその中央に我が物顔で鎮座する屋台と、明るい笑顔で客を誘導する人狼の少女。

 今日この場において、そしてこれから先も。妖怪や異変に関わる少女たちと人里の知る人ぞ知る者たちの間で話題になる屋台の初営業が始まっていくのであった。

 

「いらっしゃいませー! こちらの席にどうぞー!」

 

 人狼の少女――楓に頼まれて看板娘をやっている影狼はぞろぞろとやってくる人たちを空いている席に誘導し、注文を聞いていく。

 

「はい、清酒と八目鰻ですね。かしこまりました! みすちー!」

 

 影狼から呼ばれたミスティアは、屋台で忙しなく焼き続ける八目鰻にうちわで風を送りながら叫び返す。

 

「忙しいからって略すな! もしくは女将と呼べ!!」

「結構気に入ったんだね、今の立ち位置……」

「こっちできたから運んで頂戴! 予想以上の大盛況ねこれは!」

 

 影狼とミスティアが丁々発止のやり取りを繰り広げている横で、黙々と注文の料理を作っていた妹紅が出来上がったものを皿に乗せて声を張り上げる。

 これも影狼が受け取り、てんてこ舞いながら見事なバランス感覚で看板娘の役割をこなしていた。

 

「……ふむ、意外なところに意外な才能が眠っているものだな」

 

 そんな三人の様子を楓は少し離れた席で、吟醸酒と八目鰻片手に眺めていた。

 楓の席には彼が招いた少女たち二人――霊夢と魔理沙も座っており、招いたということもあって奢りであるとわかっている彼女らは楓の懐事情など一切斟酌せず、高い酒をひたすらに飲んでいた。

 今も二人は盃に注がれた銘酒をごくごくと味わう素振りすら見せずに飲み干し、酒臭い息を吐く。

 

「ぶはぁ、美味い!! こんな良いお酒出す店なんて知ってたのね、あんた」

「いや、こいつは……ウチの店で出してる酒だぜ? それも結構希少なやつ。ウチと関係があるのか?」

「酒と食品の卸先を霧雨商店に頼んでいる。霧雨商店はこっちで選んだ店からの商品をまとめてもらう役だ」

 

 その方がお互い管理もしやすい。

 無論、管理する手間も含めて霧雨商店がやや多めに利益を得ているが、そこは魔理沙の父親がやり手である証左だろう。

 

「ふぅん、私らと比べたら石か鋼かってくらい頭の固い楓が酒に誘うなんて明日は槍かと思ったが、楓の知り合いがやってる店だったのか」

「そんなところだ。料理が美味いのは俺のお墨付きだが、あいにくと立地と知名度がなくてな。最初はこっちで人を増やそうとしたんだ」

「こいつの知り合いなんて妖怪しかいないでしょうよ」

 

 すでに酔いが回ったのか、霊夢は赤ら顔でケラケラ笑いながら楓をからかう。

 楓は妖怪神社の主が何を言っているんだと呆れた顔になるが、酔っぱらいに道理を説くことほどバカバカしいものはない。

 これみよがしにため息をついて霊夢の声を遮り、魔理沙の方を向いた。

 

「気に入ったならアリスとかも誘ってくれ。あんまり繁盛に対応できる規模じゃないが、閑古鳥が鳴くのも困るんだ」

「ま、気に入ったらな。料理の味は悪くないぜ」

 

 そう言って魔理沙は醤油のかかった香ばしい焼き筍をつつく。

 

「にしても意外に繁盛してんな。そんなに誘ったのか?」

「ある程度声掛けはしたが、正直ここまで来るとは思ってなかった」

 

 紅魔館や白玉楼に守矢神社、妖怪の山などなど、地上で楓の知り合いとなっている勢力には一通り声をかけた。

 さすがに仏門である命蓮寺は省いた。仏教の用語で酒を般若湯と言うこともある以上、酒を飲むこともあると思うが、白蓮の目が黒い限り無体はできないだろう。

 

「知り合いが多いな。親父曰く、人脈は力だってよ」

「常日頃からそう思っている。実際、最近起きた騒動はどれも俺一人での解決が無理なものばかりだからな……」

 

 魔界に行った時は天子と白蓮の力がなければ死んでいた可能性があるし、早苗の時は霊夢とさとりがいなければ死んでいたどころか幻想郷が危うかった。

 なので楓は難しいと感じたら躊躇なく人を頼ることにしている。自力でどうにかしようとして、取り返しのつかないことになるより遥かにマシだ。

 

「俺もいざという時は迷惑をかけるので、普段はこうして人の頼みも聞くわけだ。趣味を兼ねていることも否定はしないが」

「別に良いと思うぜ。いやあいつらの状況見てるとお前に頼るのも良し悪しだなって思うけど」

「あんたはー! もっろわらひに感謝しなひゃいよー!!」

 

 かなり酒が回ったのかろれつの回らない口調で感謝を求める霊夢に楓は肩をすくめ、一生懸命働く三人の方へ視線を向けた。

 どうしてこうなったのか。そんな感情がありありと伺える様子で働く三人を見ていると、楓を頼った場合の功罪がよくわかると魔理沙は酒を含みながら思う。

 この幼馴染は大半の問題をどうにかしてくれるが、同時に迷わず人を頼る彼のやり方は問題の規模を大きくすることが多々ある。

 自分は問題があったらアリスを頼ることにしよう、と心に決めた魔理沙はすっかり出来上がっている霊夢を一瞥すると楓を見る。

 

「ここは任せてくれていいぜ。霊夢はもう酔っ払いだし、楓は一応全体を見たいんだろ?」

「ここからでも把握はできるがな。声をかけた手前、挨拶はしておくか」

 

 魔理沙の厚意に甘えることにした楓は自分の酒を飲み干した後、机に突っ伏して管を巻いている霊夢の横に水を置いてから他の席へ向かう。

 最初に向かったのは白玉楼の主従で飲み食いをしている妖夢と幽々子だ。

 

「あ、楓。ごちそうになってます」

「半ばダメ元だったが、来てもらえて嬉しく思う。妖夢だけでなく幽々子まで来てもらえるとは」

「ふふ、殿方からのお誘いを無下にはいたしません。それにしてもこのお店、あなたが手掛けたのかしら?」

「ふむ……」

 

 何と言ったものか。もとを正せば妹紅の希望に応えた形なのだが、ミスティアと影狼については折良く居合わせた彼女らを楓が引っ張ってきた形となる。

 

「あそこで焼きおにぎりを作っているやつがいるな」

「はい」

「で、八目鰻を焼いている夜雀と客の対応をしている人狼がいる」

「いますね。正直、楓以外で接点あったんです? って組み合わせですけど」

「一から話すと長くなるので適当に省略するが、あの夜雀は一度彼女を殺したから俺に退治されて、後は話の流れで今に至っている」

「省略しすぎでは!? 何がどうなってそういう経緯になったんですか!?」

 

 自分でも話していてよくわからなくなってきた。

 しかし今、上手く回っているならそれで問題ないのだろう。どうせ妹紅は死なないのだ。

 だが、それを聞いた幽々子は顔をしかめる。

 

「……冥界の管理者として、彼女の存在に良い顔はできないのだけどね」

「不老不死か」

「と言っても、私から何かできるわけではないのだけど。言った通り、私は冥界の管理者。冥界を訪れる魂を歓迎するものであって、私から他者の死をもたらすのは領分に反する」

「幽々子様があんまり外に出ないのはそのためでもあります。決して出不精なだけではありません!」

「妖夢、明日からしばらく来なくていいわよ」

「なにか失言しましたか私!?」

 

 心底わかっていなさそうな様子な辺り、心に浮かんだことをすぐさま口に出さねば気が済まないのだろうか。

 楓もこれには呆れて妖夢を見るが、自分から何かを言う必要もないと思い直す。

 彼女の教育は幽々子がやれば良い。それに口を出すのもお門違いだ。

 

「また今度剣の稽古をやろう。天子も誘って2対1はどうだ」

「悔しいですけど、楓の成長速度は本当に半端じゃありませんからね……」

「そうねえ。永夜の異変から見違えたとしか言いようがないわ」

 

 幽々子が楓の目のことを知らなかった頃であり、楓もまだまだ初陣でしかなかった頃の話だ。

 あの時の楓は大妖怪を相手にしたら時間稼ぎが関の山だったが、今はもう正面から戦っても競り勝てる領域に達している。

 条件さえ整えば、一つの勢力程度なら蹂躙も不可能ではない。

 年齢や同年代との力量差を考えれば破格の評価だが、楓はまだまだだと首を横に振る。

 

「父上に追いついたとは言えないんだ。もっと強くなる必要がある」

「このストイックさは妖夢と相性良いのよねえ……」

「私も好ましく思います。っと、今日はこんな話だけではいけませんね。幽々子様、お味はいかがです?」

「白玉楼に出てくるものとは違う味ね。たまに食べるには嬉しいわ」

「それは良かった。こちらの方が良いと言われたら毎日この味にするところでした」

「妖夢、加減というものを覚えましょう?」

 

 こうと決めたら一直線なのは食事にも反映されるのか。楓は幽々子の食生活をそっと慮りながら、席を立った。

 

「他の連中にも声をかけてくる。あまり相手できずに悪いな」

「次の文通を心待ちにしていますわ。あなたの話は本当に聞いてて面白い」

 

 それなりに長く生きているであろう幽々子をして、面白いと言わしめる自分の人生はどうなっているのか。

 楓は曖昧な笑みを浮かべてその場を離れるのであった。

 

 

 

 そうして一通りの客――天子が相変わらず衣玖の言動に振り回されている姿や、早苗たちがなんでか出遅れたとつぶやきながら憎々しげに八目鰻を頬張る姿や、文がはたてと楓の母、椛を誘って飲んでいるところ等へ声をかけてきた。

 楽しみ方は人それぞれであるが、皆思い思いに楽しんでいる様子だった。この分ならリピーターも期待できるだろうとほくそ笑みながら一段落ついた様子の妹紅と彼女と話している慧音に声をかける。

 

「調子はどうだ?」

「む、ああ、楓か。妹紅は見ての通り、疲労困憊だ」

「ここまで肉体、精神的に疲労したのはいつぶりかしらね本当に……」

 

 たいてい、ここまで追い詰められる前に死んでリセットされていた。

 妹紅は料理の作り過ぎで悲鳴を上げる腕の筋肉に、懐かしい痛みを覚えながら苦笑している。

 

「上手く捌けていたじゃないか。影狼とミスティアは嬉しい誤算だったな」

「私一人だったらもっとのんびりやる屋台にしてたわ……」

 

 それこそ営業日も不定期にして、妹紅の気が向いた時ぐらいにやるような悠々自適な店を希望していたのだ。うっかり楓に話したことで露と消えた夢である。

 慧音だけの秘密にしておけばよかった、と心の中で涙するも時は戻らない。

 

「多分断言できるが、お前はのんびりやろうとしても長続きしない。やるんなら誰かに背中を蹴ってもらってでも動かされる方が良い」

「なんでそう思うの?」

「自分ひとりでは真っ当に暮らすことすらしなかっただろう」

「むぐ」

 

 そこを突かれると弱い。楓はどうも最初に妹紅と知り合った時の印象――要するに廃屋で食事すら取らず、ただ餓死を繰り返しているだけの姿に固定されているらしい。

 実際その通りというか、楓の指摘が正しいとうなずく自分もいるため、あまり強く否定もできない妹紅だった。

 そんな彼女を慰めるように慧音が酒を飲み干し、朗らかに笑う。

 

「まあまあ。過程はどうあれ大事なのは今だ。楓も楽しんでいるか?」

「もとより趣味も兼ねています。人と話すことも、誰かの力になるのも趣味みたいなものなので」

「うむ、お前がそういう人間に育ってくれて先生は嬉しいぞ。その懐っこさは父親に似なかったな」

 

 楓も母親似だと思っているので、慧音の言葉に同意の首肯で応える。

 そして疲れ果てた様子で――しかしどこか満たされた様子の妹紅を見ながら口を開く。

 

「……まあ、この調子なら俺が面倒を見るのもここまでか」

「そうね。ミスティアちゃんも影狼ちゃんもいるし、この屋台もしばらくは毎日やらなきゃ飢えた妖怪に食い殺されそう」

「客を呼ぶところまでは手伝ったが、人気が出たのはお前たちの実力だ。誇って良い」

「色々とありがとうね。慧音一人だけだったらこんな光景、生まれるはずもなかった」

「ふふ、私と妹紅だけの秘密の屋台、というのも面白そうではあったか」

 

 それなら楓の目に留まることもなかったのだろう。

 ……いや、千里眼を持つ彼のことだ。どこかでポロッとバレて面倒事に発展する未来が妹紅にも見えてしまった。

 

「だけど、それじゃここまでの充実感は得られなかったか」

「妹紅?」

「八つ当たりだってわかってても輝夜と殺し合って、飽きたら家で餓死して、気が向いたらふらりと竹林をうろついて」

 

 振り返るほど昔のことではない。楓たちと出会ってから全てが目まぐるしく動いているだけで、それは妹紅にとってほんの少し過去の話でしかなかった。

 だというのに、すでに振り返らなければ思い出すのに苦労しそうなぐらい遠くに感じてしまう。

 

「楓、ありがとうね。やり方には色々と問題があったかもしれないけど、楓が動かないといつまで経っても何も変わらなかった」

「お前の普段の生活が見てられなかっただけだ。先生と同じだよ」

「だったら慧音にも。一年前はこんなことになるなんて想像もしてなかったわ」

「それは私もですよ。私一人ではせいぜい、妹紅に時々食事を差し入れするぐらいしかできなかった」

 

 妹紅がそれ以上に踏み込ませなかったのだから慧音に責任はない。知ったことではないと踏み込んでいった楓がおかしいのである。

 

「もちろん、慧音にも感謝しているわ。私の時間は二人に出会ってやっと動き始めた」

「そこまで大層なことをしたつもりもないがな。正直、店を出す手伝いぐらいで感謝されるのはいささかむず痒い」

「楓、普通はそれを親身に手伝ってもらうだけでも相当な恩なのよ?」

「その通りだとは思うんだがな」

 

 どうにもここ最近の騒動ばかりが頭に残ってしまう。天子の心情を聞き出したことも、早苗の心を見たことも、どちらも楓が命がけで向き合わなければならなかったものだ。

 その果てに感謝されるのは楓も頑張った自覚があるので受け取れるが、妹紅の頼みぐらいであれば半ば片手間で行えるので、深々と感謝されるほどでもない認識だった。

 

「……慧音、楓は少し休んだ方が良いんじゃないかしら?」

「私もそう思った。良いか、楓。お前がどれだけ力を尽くしたかは関係ないんだ。あるいは今後、お前が命がけで戦うような献身をしても感謝されないかもしれない。

 ……はたまた片手間のことで生涯の感謝を受け取るかもしれない。お前の尽力と相手の感謝は決して比例しない」

「…………」

「だから相手の感謝は素直に受け取れ、というだけの話だ。そこでひねくれても良いことは一つもないぞ」

「そうそう、慧音の言う通り感謝は素直に受け取りなさい? そういうのを疑うのは大人になってからで十分よ」

 

 人里の守護者としても動く以上、すでに成人とみなされている、という反論がいかにも子供のそれであるとは楓にもわかった。

 

「……わかった、悪かった妹紅」

「よろしい。楓の活躍は慧音から聞かされてるけど、やっぱりまだ子供ね」

 

 くしゃりと微笑み、妹紅は手を伸ばして楓の頭を撫でる。

 

「その場に居合わせたのが俺だったから、できる限りで力を尽くしているだけだ。そこに大人も子供も関係ない」

「ま、楓に関してはそれで良いのかもね。突っ立ってるだけで騒動が起こるわけだし」

 

 楓は普段どおりに生活しているだけなのに、妖怪たちが楓を巻き込んでくるのだ。

 ならば楓も好きにしたところで問題はない。ただ、その規模が最近大きくなることが多いだけである。

 

 と、そこでふと妹紅は楓を見ている目の光を変える。どこかやんちゃをする少年を見守るような瞳から、もしかしたら彼ならば、と縋る光を宿したそれに。

 楓も慧音も気づかないほどの一瞬。かつて妹紅自身が何度も抱き、その度に裏切られ続けたのだろう――生きる理由となるに相応しい相手を求める瞳。

 

「ねえ、楓――」

「どうした?」

 

 だが、それを言い出すことはなかった。

 前途ある若者を文字通り先のない自分に付き合わせることはない。そんな遠慮が脳裏をよぎったのだ。

 

「……いや、なんでもない。あなたも売上に貢献してねって言いたかっただけ」

「時間がある時にな。俺だって毎日は来れないぞ」

「だとしても上客として期待してるわ」

 

 そう言って妹紅は楓の飲んでいた盃を奪い取り、一息に飲み干して満足そうにつぶやく。

 

 

 

 

 

「ああ――生きるのってなんて楽しいのかしら!!」




迷いの竹林の屋台のお話でした(そして埋め込まれる妹紅の地雷)

後は永遠亭のお話(地雷設置)と魔界に行ったことがゆうかりんにバレてもう一回連行されるお話と命蓮寺でのお話が終わったら神霊廟が始まります。

なおこの異変、阿求が動く予定です(予定は未定だけど)

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