夢子、幽香の先導はそう長くかからなかった。
目的地のほど近い場所から現れたのか、十分ほどで二人は足を止める。
「さて、ご覧――と言っても少年は目が見えないか。それ、外しちゃダメなのかい?」
「……事故だと言い張れば壊すことはできる」
多分、今回の話をしても紫は同情に満ちた視線で楓を見て、怒りはしないだろう。
それにここまで来てしまったのだ。毒を食らわばなんとやら。魔界の宮殿を拝める機会など次はいつ来るか。
「壊してくれ。お前の剣で撫でれば多分壊れる」
「あいよ。ほら」
夢子が無造作に振るった大剣の一閃が楓の目隠しをいとも容易く破壊する。
今日は目を開く用事もなかったので目隠しを付けたまま過ごす予定だったが、後で紫に頭を下げる用事ができてしまった。
「――ん」
目を開き、また見ることになるとは思わなかった魔界の紫の空を視界に入れ、紅玉の眼を二人の前に晒す。
風の流れや音の反響からおおよその配置はわかっていたが、歩く方向の先にそびえ立つ神殿を見ると本当に魔界神のもとへ向かっているのだと実感してしまう。
「にしてもお前さん、どうして目隠しなんて付けてるんだい? 目は普通に見えるんだろ?」
「千里眼だ。人より多く見える」
「なおさらどうして」
「楓の持つ千里眼の先。魂に作用する魔眼が危険だと判断されたのよ」
答えたのは楓ではなく、隣に立つ幽香だった。
そもそも彼女がなぜ楓の目隠しについて知っているのか。疑問には思うものの、口には出さなかった。大方、植物が教えてくれたのだろう。
幽香の答えに夢子もぽんと手を叩いて納得を示す。
「ああ、私が一瞬だけ受けたあれか。確かにあれはすごかったな。僅かな間とはいえ、私に抵抗すら許さず魂を鷲掴みにするとは」
「本質はさらに一歩先だけどね」
「幽香」
「言わないわ。知っているけれど、それを私の口から言うのは無粋でしょう」
彼女なら楓が苦しむ姿を見たいというだけで言いふらしそうだったので、内心で安堵する。
実際に言った場合、さすがに楓も彼女を殺すしかなくなっていた。
ある程度の存在に知られることは許容しているが、他者の口から軽々に語られて良いものでもない。
夢子は口を閉ざした幽香に多少の興味は覚えたものの、深く気にすることなく再び楓に話しかけてくる。
「さて、また来てくれて嬉しく思うよ。魔界は平和だが、退屈でもある。来客なんて最高の娯楽さ」
「おまけに花も美しくないときた。見てみなさい」
幽香が顎で示した方向に視線を向けるとそこにはおよそ花とは思えない、人の頭程度なら丸かじりできそうな牙の生え揃った植物らしきものがあった。
「……花?」
「花。魔界の花は誰にでもなく咲き誇るのではなく、文字通り捕食して生き残ろうとするの。魔界人には平和であっても、草木までそうとは限らない」
「幻想郷では違うのかい?」
首をブンブンと横に振る。楓の知る限り、そこまで攻撃的な植物は見たことがない。
「……幽香から見て、あの花はダメなのか?」
「ダメとは言わないわ。環境に適応した結果としてああなったのでしょうし、花の妖怪に愛さない花はない。ただ、美しさに欠けるのも認めるだけ」
余人には理解し難い感覚だが、それが花の妖怪である風見幽香の価値観なのだろう。楓も阿礼狂いとしての感覚を他者に理解してもらおうとは思わないので、そこには踏み込まないことにした。
「今度、そっちの花も教えてくれよ。私は生まれも育ちも魔界だからね。そういった話は全然わからない」
「気が向いたらね」
「幽香には言ってない。少年に言ってるんだ」
「手が空いたら考えよう」
文、はたてのカメラを借りて写真を取れば良いだろう。魔界の地に種が根付くかはわからないのだ。
楽しみだと夢子は快活に笑い、間近に迫った宮殿を改めて指差す。
「あれこそが魔界神様のおわす宮殿――パンデモニウムだ」
「最初に魔界に来た時は見えなかったな」
「そりゃそうだ。あそこは魔界の中でも辺境さ。対してここは魔界の中心部と言っても良い」
楓の千里眼でも見通せないほどの遠くにあるのだ。どれほど広いのか。
魔界の広さを改めて実感して圧倒されていると、夢子が魔界について説明していく。
「魔界の中心部とは言っても、魔界の全てってわけじゃぁない。基本的には魔界のことは魔界人がやる方針で、魔界神――神綺様は半ば隠居のようなものだ」
「創造神なのにか?」
「だからこそだ。自分の手で何でも造れてしまうからこそ、自分の手を離れた被造物が創り出すものを見ていたい。それが神綺様のお考えだ」
「要するにつまらないってことでしょう? 自分の手で何でもできたら、そこから先の発展もないわ」
幽香の補足に楓もなるほどとうなずく。確かに自分以外の手が入らない箱庭は作っている過程こそ面白いかもしれないが、作り終えてしまえば退屈なだけだ。
「魔界の技術も進んでいるようだ。幻想郷には見慣れぬものばかりで目が回る」
「お、わかるかい?」
「全くわからないということはわかる」
立ち並ぶ背の高い建物や、道を歩く魔界人の姿を楓の千里眼は捉えている。
魔界では魔法が普遍的な技術として普及しているのだろう。
魔法によって生み出された灯りが人々を照らし、使い魔と思しき存在が人々に道案内をしていた。
楓の持つ知見で語るなら、どことなく外の世界を連想させる風景だった。少なくとも幻想郷の風景に該当するものはない。
その辺りを語ると夢子は自慢げな顔で楓の肩をバシバシ叩いてくる。
「ま、そっちは隠れ里なんだ。文明の進んだ魔界と比べるのが酷ってもんさ」
「……いや、言うまい。では行くか」
上から目線の物言いに苛立ちを覚えなくもないが、ここで言い争っても良いことはない。
そもそも文明レベルが違うと思っても、幻想郷が劣っていると思ったわけではない。何よりここには御阿礼の子がいない。
それに楓は幻想郷に戻ったら、魔界であったことを逐一アリスに報告しようと考えているのだ。報告材料は多い方が良い。
魔界にそびえ立つ白亜の宮殿――パンデモニウムに足を踏み入れると予想以上に広い空間が楓たちを迎える。
滑らかな光沢を放つ大理石で作られた内部は、どことなく厳かな雰囲気に包まれている。魔界に縁の薄い楓ですら無意識のうちに背を伸ばすもの。
そして夢子が指し示す先には大理石で作られた女性の像が立っており、神殿に訪れた者たちを睥睨している。
髪の一部を片側でまとめ、三対の六枚羽を広げた姿で作られたそれが魔界神の姿なのだろうと楓は見上げながらぼんやり思う。
「ここらは一般の人でも立ち入れる部分だ。普段は私と神綺様だけで暮らしている」
「二人で暮らすには広すぎないか?」
「広いよ。だから――」
夢子は慣れた足取りで像の裏側に回り、人目を避けるように作られた階段を示す。
「暮らすのはこっちってわけ。幽香も初めて知っただろ?」
「そうね。以前来た時は激怒した神綺と戦っていたわけだし」
「……今更だがこいつも連れてきて良かったのか?」
「戦うつもりがないなら誰だって歓迎するよ」
「あら、戦っても良いのだけど?」
「ひねくれた子供みたいなことを言うのはやめてくれ」
「――――」
何気なく言った楓の言葉に幽香は目を見開く。その言葉はひどく懐かしい響きを持つものであったがために。
そんなにおかしなことを言ったかと楓が首をかしげると、幽香はゆるゆると首を振って畳んだ日傘でグリグリとえぐってくる。
「私を童女呼ばわりなんて生意気よ。半世紀早いわ」
「むしろ半世紀経ったらそう呼んで良いのか待てやめろ痛い!」
楓は迷惑そうな顔を隠さず幽香を睨むものの、幽香はどことなく機嫌良さそうな様子で楓を苛めるのであった。
そんな風に楓は夢子に示された階段を登ると、これまでの神殿にあった荘厳な雰囲気から一変し、楓たちにも馴染みのある温かい空間――要するに人の生活する空間に変わる。
使い込まれた様子のテーブルの上には花瓶が置かれ、先程見た魔界の植物とは違う観賞用の花が一輪だけ顔をのぞかせている。
小物類を置いていると思しき戸棚に手紙の束が置かれている。おそらくアリスからの手紙だろう。
「神綺様、客人をお連れしましたー!」
「今、お茶を用意しているの。夢子、手伝って頂戴」
「かしこまりましたー! 適当に座って待ってておくれ」
部屋の奥から届いてきた声は優しく、どこまでも普通なもの。魔界神であるなど、知らなければわからないくらいだ。
しかしその声に応える夢子は心底からの喜びにあふれており、主に仕えることを心から楽しんでいると楓には読み取れた。
幽香は勝手知ったる様子で適当な椅子に腰を下ろし、楓にも隣に座るよう目線で指示してくる。
「ここには初めてじゃないのか?」
「初めてよ。私が何かに遠慮すると思って?」
無理やり楓を魔界に連れてきた時点でそんなことは微塵も考えていなかった。
「まさか魔界神と話すことになるとは……」
「気に入られているみたいじゃない。良かったわね、好かれて」
「好かれて嬉しい相手が少なすぎる」
嫌われるよりは良いかもしれないが、無関心で居てほしかったというのが楓の本心である。
などと考えていると、部屋の奥から人数分のお茶とお茶菓子を持った夢子とその後ろから静々とローブを羽織った少女が現れる。
少女は幽香の方へ視線を向けると苦み走ったものに変わるが、次に楓の方に視線を向けるとパッと顔を輝かせて笑顔になった。
「まあまあまあ! こんな遠いところまでよく来てくれたわね! 魔界の創造神をしてます、神綺と言います」
およそ神とは思えない、普通の母親のような自己紹介に楓はほんの少しだけ口角を上げながら自分も席を立ち、自己紹介をする。
「火継楓。幻想郷では人里の守護者をしている。アリスには良くしてもらっている」
「アリスちゃんの手紙にもよく書かれているわ。いつ見ても面白くて見ていて飽きないって!」
彼女のみならず、他の面々から自分はどう評価されているのか。
一度聞いてみたい気もするが、聞いたが最後自分の評価に崩れ落ちる気もするので触れないことを心に決めながら握手を求める神綺に応える。
「ささ、座って座って。幽香も本当に久しぶりね。今回は勝負しに来たわけじゃないの?」
「そんな気分じゃないわ。こいつから魔界の匂いがしたから気が向いただけ」
「ふぅん。まあ戦わないなら私も歓迎するわ。さ、お茶にしましょう」
神綺に勧められるがままに注がれた紅茶を口にし、茶菓子を手に取る。
「どう、美味しい?」
「美味しいです。アリスが紅茶を好む理由がよくわかる」
「お口に合ったみたいで何よりだわ。幻想郷では紅茶をあまり飲まないの?」
「場所によると言った感じだ。人里では緑茶が好まれているが、紅茶を好む人間もいるので栽培はされている。魔界のお茶にも色々あるのか?」
「そうね。私と夢子ちゃんが紅茶党だから紅茶ばかり飲むけど、飲み物も色々とあるわ。炭酸飲料なんてご存知?」
「慣れが必要な味だったな、あれは」
早苗の世界で飲んだコーラの味と舌に弾ける炭酸を思い返し、渋い顔になる楓を見て神綺は目を丸くした。
「あら、炭酸飲料を飲んだことがあるの?」
「こいつの経験を幻想郷の一般人と同じにしない方が良いわよ。この私ですら知らない経験をいくつもしてるからね」
魔界神と話すという体験は誰のせいでしていると思っているのか。
楓が人を射殺せそうな視線で幽香を睨むものの、幽香はその視線すら心地よさそうに紅茶の肴にしていた。
「魔界まで来て、あの尼僧の封印を解放するってんだからそりゃ色々あるか。ああ、あの尼僧は元気?」
「仲間と再会して、命蓮寺という寺を構えている。少しずつ信徒も生まれ始めていた」
「そりゃ重畳。魔界に千年封印されて正気を保った女だ。意思の強さは折り紙付きだろうさ」
夢子の言葉に楓も同意の首肯を返すと、神綺が目を輝かせた様子で身を乗り出し、楓を見つめていた。
「ねえねえ、アリスちゃんと君はどういった友人なの? アリスちゃんの手紙にも書かれているんだけど、君の口からも聞きたいわ!」
「彼女のことは頼りにしている。何をするにもテキパキしているし、こちらの話もすぐ要点を掴んでくれる」
困った時に頼っても面倒そうにしながら応えてくれるので非常に助かっていた。
異変での関わりは今の所薄いが、平時は人形劇のことで話したり、魔理沙に盗まれた魔導書関係で話したりと比較的良く話す間柄でもある。
「アリスちゃんとは仲の良いお友達なのかしら?」
「確かに友人だと思っているが、彼女と関係の深いやつは別にいる」
「それが魔理沙ちゃん? 迷惑ばかりかけられてるって書いてあるけど、とても楽しそうなの!」
朗らかに笑う神綺にうなずき、魔理沙のことも軽く話していく。
そういった楓の話に神綺と夢子はどちらも興味深そうに何度もうなずき、瞳を輝かせる。
幽香は基本的には目を瞑って話を聞いているのかわからない様子だったが、話の盛り上がり所になると眉が動いたりしているので、楓の話は聞いているようだった。
「――とまあ、こうして迷いの竹林では時折屋台が開かれるようになった」
「少年、すごいじゃないか! 幻想郷なんて狭くて面白みのない場所だなんて思っていたが、全く思い違いだったのか!」
「魔界に比べたら狭いと思う」
「それでもそんな事件ばっかり起きるもんじゃない! っかー! 私も行ってみたいなあ! 少年のところにいれば楽しいことがいくらでも起きそうだ!!」
「うふふ、夢子ちゃんったらとても楽しそう。ごめんなさいね、来客は本当に久しぶりなの。それもアリスちゃんのお友達で、色んな面白い話をしてくれる子は特に」
話ぐらいで気が済むのならまだ軽い方であると楓は肩をすくめる。
幻想郷の住人には話すだけでは満足せず、殴り合いを要求してくる輩も少なからず存在するのだ。具体的には楓の隣りに座っている花の妖怪とか。
などと考えていると、隣の幽香が目を開く。
その目は不機嫌そうに細められており、神綺を射抜いていた。
「……ちょっと」
「あら、どうかしたの」
「魔界神なのでしょう。ちょっとはそれらしい姿でも見せたらどう? このままじゃちょっと変な妖怪として終わるだけよ」
「何か問題あるのか?」
楓が疑問を口に出すと幽香に睨まれるものの、物怖じせずその目を睨み返す。
この場で幽香の威圧に怖気づくような存在はいない。
「魔界に来たのは気まぐれよ。ええ、それは認めるわ。――でもここまで来た以上、魔界の頂を見ても良いでしょう。こと戦闘においては私より弱くとも、彼女は間違いなく魔界で最強の存在よ」
「……だから?」
「言わせるつもり?」
言いたいことが今ひとつわからない。楓が眉をひそめると幽香は言わせるのかと頬を赤らめた。
そして顔が赤くなった勢いのまま立ち上がり、楓を見下ろして言い放つ。
「――今のあんたじゃ勝てない相手を一回見ておきなさいって言ってんのよ!」
「なぜ」
「小さくまとまる男になってほしくな――っ!」
そこで幽香は言い過ぎたと口元を抑えるも、後の祭りだった。
話を理解した夢子と神綺はニヤニヤとした笑みを隠さず、楓はこの女にそんな思考が存在していたことに驚いていた。
「く、くくく……っ。まさか、まさかあの幽香がそんな殊勝なことを言うなんて! お前さんも変わったねえ!! なんか良い出会いでもあったのかい!?」
「うるさい! そのよく回る舌を引っこ抜くわよ!」
「幽香が男を連れてきた時は若いツバメでも囲ったの? って思ったけどあながち間違いでもないのかしら」
「それは違うと思う」
神綺の言葉に幽香が反応したら文字通り部屋が吹っ飛びそうなので、楓がきっぱりと否定しておく。
「彼女との付き合いは俺の父を通していた。そちらとの方が付き合いは深くなる」
「ほう。親父さんは妖怪なのかい?」
「人間だ。すでに故人のな」
「人間!? ただの人間が幽香の興味を引いたってのかい!?」
「らしい。俺も詳しい話は知らない。幽香、さっきの意図も含めて説明してくれ。俺は父上ほど察しが良くない」
楓が頭を下げると、幽香は思いっきり不機嫌そうな舌打ちを隠さずどっかりと椅子に座り直した。
「もっと察しを良くしなさい」
「半世紀ぐらい経ったら期待してくれ。人を見る時間が足りてない」
「で、この少年との馴れ初めはなんだいっとぉ!?」
変わらず茶化した夢子の顔面に幽香の日傘が突き込まれる。
避けはしたもののかすめた頬がざっくりと抉られ、これ以上突くと本当に不味そうだと夢子も察した。
「少し前の話よ。こいつの父親が私の暮らしていたところにズカズカとやってきて、私を良いように辱めたの」
「……普通に話しただけじゃないのか?」
「普通ならもっとへりくだってたわよ! それをあの男、まるで物怖じせずこの私を言葉だけで辱めて……!」
思い出すのも屈辱なのか、握り締められた幽香の拳がプルプルと震えていた。
そんなに嫌なら話さなければ良いのでは? と口には出さず思っていたところまたもや幽香に睨まれてしまったため、無言で話の続きを促した。
「……おまけに強かった。私は誰に負けるつもりもないけど、その男にだけは勝てる絵面が描けなかった」
「それ人間?」
「百年経たずに死んだから人間よ。私が一度も土を付けられなかった人間」
そこまで一気に話すと幽香はぶすっとした様子で頬杖をつき、面倒そうに楓を指差す。
「で、こいつがその男のガキ。認めるのも業腹だけど才能は父親譲り。――だから私は待ってるのよ。こいつが父親を越えるときを」
いつか楓が父を越えた時。その時こそ幽香は楓と勝負するつもりだった。
父を越えた楓に勝つことで、幽香は永遠に手の届かない存在になってしまった楓の父にも勝つことができると信じているのだ。
「そのために手間は惜しまないわ。花は何もせずとも美しく咲き誇るけど、手を加えることで一層美しくなるの」
「一度ならず殺されかけた覚えがあるんだが」
「花が美しく咲くためには剪定も必要なのよ。不出来な枝葉を落とすことで花の生命力はみなぎっていく」
一回くらい負けてやればよかったのに、と楓は心の中で父に恨み節を吐く。
周りの面倒事は確かに自分から背負い込んだものも多いが、父からぶん投げられたものもそこそこあると楓は思っていた。
「神綺に会えたのなら見ておくべきよ。こいつ、守るものがない直接戦闘は多分私より強いから」
「あら、過大評価じゃない?」
「はっ。魔界の空も海も大地も全部愛しているから神威が撃てないなんて宣う輩に勝って何を誇れと言うの?」
「あらあら、でも事実よ? 私は創造神であって、戦う存在じゃないもの。大きな力をぶっ放して当たるを幸い薙ぎ払うなら私が一番強いでしょうけど、本当に私が無敵なら夢子ちゃんは造らないわ」
「私は小回りの利く戦闘担当。神綺様は本当に魔界の危機が迫った時ぐらいしか本気を出さないよ」
神綺と夢子の説明に楓は納得する。確かに神綺の立ち振る舞いを見ても夢子に比べれば隙だらけである。この場で戦えと言われたら一瞬で制圧できるだろう。
だが、神綺にそもそも戦う理由はない。魔界にいる限り存在全ては己の被造物であり、愛すべき存在なのだ。自分の子に殺す気で剣を向ける親がどこにいる。
……自分の一族はそうだったと思い直すが、それは横に置く。さすがに阿礼狂いの一族を常識に当てはめるのは常識に失礼だ。
「だとしても一度ぐらい見ておきなさい。神綺の神威と力を。創造神は伊達じゃないわ」
「あれ疲れるからやりたくないんだけど」
「あら、魔界の支配者様は遠くからやってきた客に土産もないの?」
「楓、こいつ幻想郷でもこんな感じ?」
「こんな感じ」
誰に対してもおもねるといったことは一切しない、どこでも誰にでも天上天下唯我独尊を地で行く女である。それが許されるだけの実力もあるので始末が悪い。
夢子が僅かに腰を落とし、楓も傍らに立て掛けて置いた長刀へ手を伸ばす。神綺が本気で嫌がっているようであれば夢子と協力して首を落としてしまおうと思っていた。
「うーん……確かに私もお話してもらってばっかりだし、魔界にいつでも来られる座標をあげようと思っていたけど、それだけじゃ足りないわよね!」
「魔界にそんな頻繁に行く用事が――」
「でしょう。ここで創造神の度量を見せても良いと思うわ」
座標も正直なところいらないと断ろうとしたのだが、それより早く幽香がうなずいてしまう。
すると神綺は立ち上がり、指を鳴らした。
――それだけで楓たちは真っ白な空間に放り出されていた。
「――っ!?」
「落ち着きなさいな。彼女が力を振るっただけよ」
団らんしていた場所からどこまでも広がる純白の空間に放り出されたのだ。驚くなと言う方が難しい。
「こんなものでしょう。さて――神威が見たいと言っていたわね」
呼吸が止まる。眼前の存在からにじみ出る力が原因であると気づくのに時間はいらなかった。
文字通り桁が違う。世界の創造を成し遂げると言われても納得してしまうほど。自分など彼女と比べれば塵芥である。幽香はこれに状況が味方した上でも勝ったというのか。
背筋に冷たい汗を流しながら神綺を見上げていると、両肩に手が置かれる。
右肩に夢子の手が落ち着くように置かれ、左肩に幽香の手がこれから起こることを見逃すなと置かれていた。
「慣れてなきゃキツイよな。丹田に力を集めて深呼吸しな」
「これが創造神の力よ。――これ以上に強くなりなさい。私が摘み取るに相応しい大輪の花を咲かせるのよ」
神綺は莫大な力に当てられている楓を一瞥し、先ほどまでと変わらない母親を連想させる優しい笑みを浮かべ、無造作に腕を振るって――
世界が光に包まれる。楓にとって認識できたのはそこまでだった。
「はい、どちらさま――あら、楓? 今日はどうかしたの?」
「……アリス。お前の母親、本当に創造神だったんだな」
「え、ちょ、また家の家族が迷惑をかけたの!?」
「いや、今回は幽香に引きずられて魔界に行った。まあ座標もらったのでいつでも行けるようになったが」
「は? いや確かにあいつはあり得るか。いやでもなんで楓がまた魔界に行ってるのよ!?」
「考えても無駄だから諦めた。で、夢子と神綺の二人にもてなされて来てな」
「ああうん、もう一回最後まで話を聞くわ。怒るのはその後にする」
「かいつまんで話すなら魔界に行った後、二人にこれまでの異変の話をして、神綺の創造神としての一端を見せられた後、アリスとの仲を執拗に聞かれたくらいだ」
「全部突っ込むとキリがないから最後のだけ聞くわ。――どんなこと聞かれた?」
「今後の展望とか深い仲になる予定とか……なあ、俺がまたしでかしたのか、これ?」
「楓は悪くない……と思う。とにかく迷惑かけたわね。後は私の方でなんとかするから……できる限りなんとかするから……!」
こいつは本当に目を離すと面倒事に巻き込まれている。しかも今回は自分まで一緒だ。
とはいえ楓が悪いわけではないので責めることもできず、アリスは魔理沙以外にも手のかかる相手が増えたと思いっきりため息をついて、どう対処したものかと頭を抱えるのであった。
なお、当然の如くアリス一人ではどうにもならず、楓と二人で問題解決に奔走する羽目になるのだが、それは少し先の未来の話である。
ゆうかりんは楓に強くなってほしい一心です。誰よりも何よりも強くなって、最後に自分が殴り倒して私最強したい。でも負けてもそれはそれで嬉しい面倒臭さ。
神綺さまは現在出たキャラの中ではぶっちぎりに強い力の持ち主です。
ただ、その大きすぎる力が災いして魔界じゃ軽く力を振るうだけでも周辺被害が洒落にならない。
なので小回りの利く白兵戦、という条件下なら楓も勝利できます。ちょっとでも相手に時間与えたら異空間創造されて神威ぶっ放されて死にますが()
アリスとのお話は魔界関係や人形関係のテーマが増えることが多くなりそうです。娯楽に飢えている魔界の家族をどうにか満足させるべく動いてもらいます。大変ですね(他人事)
そして次回から神霊廟が開始します。