阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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2連休のありがたみを噛みしめる日々。


鬼の宝物庫

 白狼天狗程度、と侮る気持ちがあったことは否定しない。

 人里で聞けた話でも有名なのはもっぱら人間の側であり、娶った相手が妖怪であることも逸話の一つではあるものの、妖怪側に特筆した話などはなかった。

 

 故にそう強い存在ではない。青娥の出した結論は取るに足らないというもの。

 

「――なんとまあ」

 

 青娥の口からこぼれた言葉は心底からの感嘆。

 脅威ではないと断じた相手が想像以上の奮闘を見せたことへの驚きが溢れる。

 今も襲いかかった芳香の拳を軽く回避すると、返しの刃で芳香の両腕を切り落とす。

 

「せーがー! こいつつよいぞー!?」

「ああ、よしよし、痛いでしょう芳香。すぐ直してあげるわ」

 

 戸惑った様子で距離を取って主人を見つめる芳香の頭を撫で、青娥は軽く指を動かすことで切り落とされた彼女の両腕をくっつけてやる。

 

「――」

「驚く様子もなし、と。これは本格的に見くびっていたようですわね」

 

 紅玉の瞳が一瞬たりとも青娥たちから離れず、一挙手一投足全てを見通している。

 

(さすがに芳香一人では無理ね。噛み付ければ事足りるとはいえ、彼女ほどの達人相手に関節の固まったキョンシーでは不可能)

 

「……まずは一つ、謝罪をしましょう」

「私がそちらに求めることは唯一つです。速やかに引き取り、金輪際ここに近づかないと約束することだけ」

「あなたという存在を軽視しておりました。人里で伝え聞いた話ではあなたの夫ばかりが有名で、あなたは無名も良いところ」

 

 白狼天狗の言葉を聞かず、青娥は自らに酔ったように滔々と語る。

 

「ですのでついつい比較の心が生まれてしまいました。――それがあなたの力量を決める要因になどなり得ないというのに」

「…………」

「素晴らしい。本当に素晴らしいですわ。それほどの技量、さぞかし厳しい鍛錬を積み重ねたのでしょう。一介の仙人として尊敬いたします」

 

 青娥は強い存在が好きだ。わかりやすい暴力もそうだが、意のままに権力を振るうものや財力を持つものも好きだ。

 なぜって、取り入るなり操るなりすれば自分に莫大な利益がもたらされるからである。

 故に彼女の口元には歪な笑みが浮かび、瞳には狂気が浮かんで白狼天狗を睨めつけるように見据えていた。

 

「ああ、本当に――夫婦のキョンシーを作るなんて初めてで興奮するわ」

「……っ!」

「ええ、ええ。仲睦まじい夫婦だったのでしょう? もうすぐ、あなたの愛する夫に会えますからね。芳香、ここからは私も手伝うわ」

「そうか! ならば百人力だ!!」

 

 大きな声で叫ぶと同時、芳香が再び飛びかかってくる。

 白狼天狗は腰を落として構え、彼女らを迎え撃つのであった。

 

 

 

(――負けはない。時間を稼ぐだけなら半日持たせられる)

 

 関節が固く、直線的なものの弾丸じみた速度で動く芳香を回避し、すれ違いざまの斬撃で上半身と下半身を切り飛ばす。

 あーれー!? と間抜けな悲鳴をあげながら上半身だけがどこかへ飛んでいくのを見ることなく、次いで椛に迫る青娥の拳と刃を合わせる。

 鋼と鋼をぶつけ合わせたような、およそ人体から生じるとは思えない音が響き渡り、青娥の追撃が椛を襲う。

 羽衣のような服をまとった見た目とは裏腹に動きは俊敏で隙がないもの。椛は夫の墓から離れないようその攻撃を防ぐ。

 

「鋼体の術は仙人のたしなみですわよ!」

「――そうですか」

 

 ムチの如きしなりで椛の軸足を刈り取らんと放たれた蹴りに、椛は大太刀を振るって迎撃する。

 その音は青娥の予想した鉄の塊を蹴り飛ばす音ではなかった。

 ただ、蹴りに使った足が妙に軽く、膝から下が見えなくなっていることだけが結果として残る。

 

「あら?」

「――鋼程度、私が恐れる理由にはなりません」

 

 思い起こされるのはかつての記憶。当時は夫になるとは夢にも思わなかった存在から稽古の折に言われた言葉。

 

『鬼は硬い。肉体だけで鋼以上の強度を持っている。存在からして卑怯だ』

『はぁ。それは私も百鬼夜行の時に散々味わいましたけど……それがどうかしたんです?』

『今から鬼の斬り方を教える。至極単純なやり方だ』

 

 そう言って教えられた内容がまた無茶苦茶で悲鳴を上げたものだが――その経験は椛に鋼だろうと容易く斬り裂く技量を与えていた。

 

『難しいことはない。人体を模している以上、関節部分は他より脆く柔らかい。そこを狙い、刃を重ねれば良い。十、二十と重ねれば無理なく斬れる』

『言っていることがすでに無理です』

『人間の俺にできる以上、妖怪のお前にできないとは言わせないぞ。ほら構えろ』

『無理ですって!? 私が何を相手にする想定してるんですか!?』

 

 結局、彼は人の話を全く聞かず椛を再び地獄に放り込み、半泣きで剣を振っていた記憶しか残っていない。

 残っていないが、役に立つ時は来るものだと椛は懐かしい過去を一瞬で振り返った後、懐にいた青娥を盾を持つ左手で殴り飛ばす。

 

 大して痛がる様子も見せない青娥はバランスの崩れた片足だけでおっとっと、と軽く言いながら距離を取るとひらりと手を動かす。

 たったそれだけで彼女の傍らには万全な状態の芳香が現れ、足が再生して最初に見た時と同じ姿になっていた。

 

「これは白兵戦では分が悪いようです。芳香、盾になりなさい。私は遠間から術を使うわ」

「わかったー!」

「キョンシーへの愛着はないのですか」

「愛着があるからこそ直してあげるのです。致命的に壊れない限り直せる。妖怪にはない利点だと思いません?」

 

 理解し合えると思っているわけではないが、本格的に価値観が違う。

 彼女の価値観はおよそ人のものではない。災害が形を成したようなものだ。

 

「――これは最後の警告です。今、ここで下がるなら私は何も言いません。下がらないなら――」

「下がらないなら、殺しますか? その背中に大事なものを抱えて?」

「いえ、時間を稼ぎます。ただ、あまりに当然のことを見落としているようなので」

「当然のこと?」

 

 確かに時間を稼がれるのは良くない。だが、彼女の言葉に見逃せない何かを感じ取った青娥は問い返すことにした。それが相手の思惑通りであるとわかっていても。

 

「墓守をやっているのは私だけです。こんな事態を想定していたとも言いません。十中八九何もないだろうと思っていましたが、色々と騒がしいので念には念を入れる程度の気持ちです」

「それが何か――」

「――彼を大切に思っていたのが私だけだと思ったんですか?」

 

 その言葉と同時、月明かりを背に立っていた青娥の頭上に影が落ちる。

 危険と判断。芳香を盾に飛ぼうとして、その背中に熱が走る。

 

「――くぅぁっ!?」

 

 それが炎をまとった刀での一撃だと悟るのに時間はいらなかった。

 同時に芳香も傷口を焼き焦がされ、両手両足が一太刀で切り落とされている。直せはするが、一度焼けただれた部分を修復してからになる。単純に斬られた時より時間はかかるだろう。

 

 今まで切り結んでいた白狼天狗からすると正しく別次元の力量。剣術、妖術どちらも使いこなす少年は母と同じ紅玉の瞳を輝かせ、母の隣に立つ。

 

「――母上、遅くなり申し訳ありません」

 

 少年――椛の息子である火継楓は、月明かりを受け滑らかな輝きを放つ二刀を携えて口を開く。

 

「助かったわ。私一人じゃ負けはなくても、勝ちも難しかったから」

「多少のリスクを飲んで踏み込めば勝てたと思いますが」

「万が一がある時点で私は堅実策を選ぶわよ。失敗して私までキョンシーになったらどうするの」

「…………」

 

 楓は想像する。夫婦揃って意思なきキョンシーと化し、自身の前に立つはだかる光景を。

 ……その光景を招いてしまった自分の浅慮を悔やみこそすれ、多分迷わず殺せるだろうという結論が出てしまったので、楓は何も言わないことを選んだ。

 しかしそこは楓の母親。椛は楓が何を考えたのか完璧にわかっていたらしく、答えない楓にため息をついた。

 

「本当にもう。嘘でも悲しいぐらい言った方が母親としては嬉しいものよ?」

「心にもない嘘を言う方が悲しむと思ったので」

「口ばっかり上手くなっちゃって。それで――どうします?」

 

 最後の言葉は楓に向けたものではなかった。

 すでに芳香の再生まで終わらせた青娥は椛と楓、二人を前にうーんと顎に手を当てて唸る。

 

 椛一人なら遊ばず術を使えばどうにかできた。しかし、楓もやってくると話は別だ。

 彼が相手の場合、間違いなく自分と芳香は鎧袖一触だろう。ロクな抵抗もできず倒されるに違いない。

 なので勝利は一旦諦める。椛をキョンシーにすることも横に置く。だが――遺骨の入手は諦めていなかった。

 

 青娥の能力は壁をすり抜けられる程度の能力。僅かでも良い。あの墓に触ることさえできれば、それをすり抜けて中に納められている骨を取ることができる。

 

(芳香を盾――愚策。彼女相手でも壁がせいぜいだったのに、英雄の少年までいる今じゃ肉壁にすらならない。私の仙術で撹乱――多分無理。特に少年の方を惑わせられる絵面が一切浮かばない)

 

 摩訶不思議なことではあるが多くの存在をたぶらかし、破滅に向かわせた青娥だからこそわかることがある。

 あの少年は怪物だ。あらゆる手練手管を尽くしたとしても、一切動じることなく青娥を斬ることができるだろう。

 彼の前に幾百の死体を積み上げても、夫婦のキョンシーを見せても、あるいは色事で堕落させようとしても、眉を少し動かすだけで終わらせる存在だ。

 

「……こうなるとさすがに分が悪いですわね。私はこれにて――」

「ああ、そうそう母上」

「どうかした?」

「実のところ、母上が出ていった時点で私は気づいていました。休むために家に戻っていたのが幸いした」

「そうだったの? あら、だったらどうして――」

 

 来るのが遅くなったのか。椛はその質問に行き着き、同時に答えにたどり着く。

 

「ええまあ、知らせるべきだと思いましたので。――死にたくなければ上を見ろ」

 

 楓の口から発せられた心胆を凍えさせる言葉は、半ば脅迫じみた勢いで青娥の視線を上に向けさせ――そこにあったものを見て、彼女は自身の破滅を一瞬でも浮かべてしまった。

 

 

 

 そう――煌々と輝く月を背に翼を広げ、悠然と佇む幼い少女が青娥を見下ろしていたのだ。

 

 

 

「――良い月ね。満月にも十六夜月にも遠いけれど、明るく良く照らしてくれる」

「レミリア」

 

 楓の声に対しレミリア――夜の女王である吸血鬼は片手を上げて声を制する。

 

「口上を遮るものではないわ。私、いまだかつてないくらい気分が昂ぶっているの。こんなに激しい気持ちを抱いたことなんて生きていて初めてかも」

「だから言っている。抑えろとは言わないが、タガを外すな」

「たまには良いじゃない。ねえ? こんなにも月の綺麗な夜に吸血鬼を呼び出したのだもの。――血の一つも見なければ冗談というものでしょう?」

 

 口が裂ける。そう形容しても良い程にレミリアの口が広がり、犬歯をむき出しにした笑みが青娥に向けられる。

 これは不味いことをした、と青娥もここで悟った。自分は単なる墓暴きではなく――鬼の宝物庫に忍び入った盗人になっていたのだ。

 

 そんな青娥の心を知ってか知らずか、レミリアの言葉が続いていく。月を背にしていた姿はいつの間にか地上に降り立ち、青娥が目当てとした墓を愛おしげに撫でた。

 

「彼は炎だったの。私がいくら手を伸ばしても届かず、ついぞ私の手に収まることなく去っていった。心の底からほしいと願って、手に入らなかった最初の人」

 

 レミリアはそこで言葉を切り楓に一瞬だけ目を向けた後、再び青娥を睥睨する。

 

「それを、ねえ? 私の手に入らなかったものを誰とも知れない薄汚い墓暴きに取られるなんて。一周回って面白くて笑ってしまうわ。へそで茶を沸かす、というのかしら」

 

 コロコロと鈴を転がすようにレミリアは笑い声を上げる。甲高く、透き通った声は夜空にも良く届き――

 

 

 

 ――次の瞬間に放たれた魔力の槍が青娥の膝を撃ち抜いていた。

 

 

 

「……っ!」

「私が話しているというのにいつまで立っている盗人風情が。跪き頭を垂れろ」

 

 すでに笑顔は消えており、あるのはどこまでも無慈悲で残酷な夜の女王の顔。

 片手に紅色の槍を携え、一歩一歩を踏みしめて青娥の前まで来ると、不意に楓の方に向き直る。

 

「で、どうしたら良いんだっけ? 殺していいの?」

「好きにして良い。彼女の素性が気にならないと言えば嘘になるが――お前流に言えば、盗人の素性など知っても意味はないだろう」

「あはは、言うじゃない。そちらの意見には従うわよ? 私はおじ様を愛しているけど、この盤面で怒りの方向性を決めて良いのはあなたたち親子だもの。ああ、私に任せるって言うなら生まれたことを後悔する死に方にさせることだけは確実とだけ言っておくわ」

「やめておけ、無駄だ」

「え?」

 

 楓は一つ肩をすくめると二刀を収めて戦意を消し、レミリアに背を向けて墓の無事を確かめ告げる。

 

「もう逃げた。そいつらはただの抜け殻だ」

「――――」

 

 レミリアは楓の言葉を聞いて全ての感情を消す。

 そして無造作に放った槍が青娥と芳香だったものを貫き、消し飛ばした。

 血は流れず、臓物も飛ばない。なるほど確かに楓の言う通り、何らかの術を使用して見た目だけ取り繕ったものを置いたのだろう。

 

「忌々しい毒婦が!! ここまで私をコケにして逃げる? 逃げるだと? ハ、ハハッ、アハハハハッ!! ――殺してやる。お前に夜の安息は一生訪れないと知れ!! 私は今から全霊を尽くしてお前を見つけ出す! お前の血など飲みたくもない!! 八つ裂きでもなお我が怒り収まらぬわ!!」

 

 怒りを紛らわせるように踏みつける足は地団駄を踏むものと変わらない。ただし、一歩ごとに大地が揺れて青娥と芳香のいた場所に大穴が生まれていくものだが。

 

「レミリア、落ち着け」

「これが落ち着いていられるか!! もうお前たちも関係ない、これは私の戦だ! 邪魔をするならお前だろうと――」

「落ち着けと言っている」

 

 夜の女王に恐れる様子も見せず意見する愚か者。今のレミリアにとって、楓はそう映った。

 故に爪牙を振るう。彼が大事な存在であるのは確かだが、礼儀を弁えない小僧に教えてやるのも年長者の役目。

 しかし爪は空を切る。そしてレミリアの後ろに回っていた楓が振り抜いた一刀を収めると同時、レミリアの身体に袈裟懸けの傷が刻まれた。

 

 血が吹き出すのは一瞬。夜の吸血鬼の再生力は鬼を凌ぐ。吹き出した血は文字通り瞬きの間に消え、レミリアの惚けた顔だけを残す。

 

「あ――」

「いつだったか語っていた、父のつけた傷をなぞった。これでも落ち着かないならまず先にお前を仕留める」

「……なによもう。こんないじらしいことをされたら興が削がれちゃうわよ」

 

 楓の言葉にレミリアは落ち着きを取り戻したのか、可愛らしく唇を尖らせた。

 

「まあ良いわ。私はもうホント腹立って仕方ないし、許されるなら生きたまま八つ裂きにして鳥の餌にでもしてやりたいくらいムカついてるけど、処遇を決める権利があるのはそっちでしょ。そっちが沙汰を決めればそれに従うわ」

「母上は何かありますか?」

「え、私?」

「父と最も関係が深いのは母上でしょう。俺はあの人の息子ですが、だからこそ他人でもある(・・・・・・・・・・・)

 

 成すべきことを成す。しかし、楓は父の墓に手を出されたからと言って、レミリアのように怒りを見せることはない。

 椛は楓の言葉の意図を正確に読み取り、瞑目する。そして肩の力を抜いたのか、楓も見慣れた困ったような優しい笑みを浮かべた。

 

「……はい、私は楓に任せます」

「よろしいのですか?」

「あの人は最近現れた人。多分だけど、楓が今関わっている神霊騒動に近しい。違う?」

「直感ですが正しいと思います」

「だったらそっちに任せるわ。――もう楓は一人前の守護者だと信じてるから」

「……期待に恥じぬ働きを約束します」

 

 楓は言葉少なにうなずくと、レミリアに向き直る。

 

「足労してもらって悪かった」

「良いわよ。というか気になってたんだけど――」

 

 そこでレミリアは一度言葉を切って、何もない空間を見つめる。

 

「――これ、単に私が一番乗りだったってだけで皆来てるの?」

 

 レミリアが呟くと同時、空間が割れてスキマが開く。

 そして中から扇子を片手に持った八雲紫が悠然と現れ、楓に艶然と笑みを向けた。

 

「うん? ああ、そうだな。俺が一番最初に呼んだのはスキマだ」

「時間をかけすぎてしまいましたわね。どうせなら彼女らが集まったのも見てほしかったのだけれど」

 

 そう言って紫はスキマを広げ、中にいた文字通りの魑魅魍魎たちをレミリアたちに見せた。

 スキマという空間内にいるからだろう。大雑把なシルエットが浮かび上がるだけだが、それでも中にいる存在はレミリアも唸る面々がいた。

 

「全くだ。いきなりスキマに放り込まれた時はまたぞろスキマの悪巧みかと思ったぜ」

「そんなこと言うくせ、私が目的を告げたら真顔で刀を持ったのは誰だったかしら、天魔?」

「鬼の宝に手を出すたぁ大した命知らずだ。その無謀、命をもって贖うのが筋だと思うがね」

「なに、決めるのは楓だ。楓が殺すと決めたら力を振るうし、殺さないと決めたなら何も言わない。違うかい、萃香?」

 

 天魔、伊吹萃香、星熊勇儀らが順々にスキマから降り立ち、丁寧な所作で墓参りを行っていく。

 彼らを降ろし、自らもスキマから降り立った紫もその手に花束を持って静かに供え、両手を合わせる。

 女三人寄れば姦しいという言葉に漏れず、この場の面々は誰か一人でも口を開けばすぐに騒がしくなる者たちばかりだが、この時ばかりは誰も声を上げず見守っていた。

 

 そうして少しの時間が経過した後、紫は楓の方に向き直る。

 

「思いがけぬお墓参りになってしまいましたわ。無論、命日を忘れるつもりなどございませんが」

「……やはりそちらも?」

「当然でしょう? ――私が怒らない理由はどこにありますか?」

 

 怒気。それも憤怒と形容するにふさわしいものが妖しい笑みを浮かべる紫から発せられた。

 

「直接刃を交えたわけでも、智謀を交わした間柄でもありませんが、彼には多大な恩義があり、生涯敬意を表するに相応しい人。個人的な友人でもあります」

「…………」

「彼の役目はあなたに受け継がれ、あなたは立派に役目を果たしている。いいえ、仮にあなたが果たせずとも、成すべきことを全て終えた彼の眠りが妨げられて良い理由などない」

 

 楓もそれには同意する。父は人間の寿命を終えて死んだのだ。誰に殺されたでも、道半ばで斃れたわけでもない。

 生涯を阿礼狂いとして御阿礼の子を支え続けた。その偉業が誰かに踏みにじられるのは楓としても気分が悪かった。

 紫は楓を見ると真面目な顔でこれからのことを話し始める。

 

「楓、彼の墓を守ることについては一切の損得勘定なく力を貸すと約束しましょう。ですが、下手人への対応は我らも納得できるものになるのでしょうね?」

「どうなるかはわからんが、そうなると思う」

「ほう? 楓が決めるのではないと?」

「当たり前だろう。この場で最も大事な人がいないのに話を進める理由もあるまい」

 

 楓の言葉を聞いた瞬間、椛以外の面々があっ、と全てを察した顔になる。

 そしてレミリアは興味が失せたように頭の後ろで手を組み、欠伸を漏らした。

 

「だったら大丈夫ね。はい解散。おつかれさまー」

「墓参りしただけになったな。まあ久しぶりだし積もる話もあったから悪くなかったが」

「んむ、これはこれで思いがけない同窓会だ。普段は顔合わせりゃ喧嘩だけど、たまには良いもんだ」

「こんなことでもなければ地上に出ない私も良い機会だったよ。墓暴きに感謝するつもりは毛頭ないが」

 

 各々が好きなことを言いながらスキマに戻っていく。呼び出した責任として、宿まで戻すのも紫の役目なのだろう。

 そして最後に紫もスキマに身を滑り込ませながら、楓と椛を一瞥する。

 

「それでは私も帰りますわ。――ところで楓、あなた私たちと阿求の話について知っておりますの?」

「……? 俺が呼ばれる以前の話はわからないぞ」

「ならば良いのです。私も聞いてみただけですわ。……本当、最近の子は怒らせると怖いわぁ……」

 

 何やらブツブツ言いながら紫もスキマに消える。

 残された楓と椛は顔を見合わせると、この後について少し話していく。

 

「ひとまず母上は戻ってお休みください。今日のところは俺が千里眼で不寝番をします。念のため墓の周りにも簡素な結界で良ければ」

「そんなことできるの? 霊夢ちゃんじゃないのに」

「近づいてきたらわかる、程度のものならば妖術でもできますよ」

 

 そこから相手の侵入を防ぐとなると霊夢のような力量や霊力が不可欠になるが、ごく限られた効果を僅かな範囲に広げるぐらいは難しくない。

 

「だったらお願いしちゃおうかしら。ここは任せても良い?」

「任されました」

 

 欠伸を噛み殺して戻っていく椛を見送り、楓はこの後について考えていく。

 何にせよ楽しい冒険は一旦終わりだ。早苗たちと合流したら異変を終わらせるべく最短距離を突っ切りたい。

 そして父の墓にある遺骨についても考えなければならない。

 

「何か手を打たないとな……」

 

 死後の遺骨まで使われかねないとは。幻想郷に色々な存在が集まり過ぎではないだろうか。

 頭の中にいくらか浮かんだ方法のメリットとデメリットを検証しながら、楓はこの後について呟く。

 

 

 

 

 

「何はともあれ――阿求様に事の次第を報告してからか」

 

 

 

 

 

 阿礼狂いの全てを決める権利を持つのは、あの方以外にいないのから。




Q.椛一人であの場はなんとかなった?
A.防戦だけなら朝まで余裕

Q.正直勝てるの?
A.八割勝てる。二割負ける。

勝ちに行く場合は後ろのお墓が危ないとか未知の攻撃へのリスクあったし、時間稼げば間違いなく誰か気づくだろうと思っていたのでひたすら防御選んでました。

ちなみに楓なら青娥にゃんの術ごとぶった斬って倒せるので彼が来た時点で青娥にゃんの勝機は消えてます。

おぜうたちが来たら? そらオーバーキルよ()
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