地に足を踏みしめ、木刀二振りを構えて眼前の相手を見据える。
「それじゃ、今日の稽古を始めましょうか」
相対する相手は左手に盾を、右手に人間が持つには少々大きい木刀を持って、優しく微笑む。
相手――実母である犬走椛を前に、楓は軽く頭を下げて敬意を払う。自分以上の力量を持つ誰かに稽古に臨む時の常だった。
「お願いします、母上」
「かしこまらなくていいわ。楓はもう私より強いでしょう?」
「だとしても、俺は未だ母上に教えを請う身です」
力量という点で楓はすでに母親を上回っている。
だがそれは阿礼狂いとしての精神性――言ってしまえば肉親が相手でも一切の躊躇と容赦を廃して戦えるという一点が優位に働いてのもの。
命の取り合いにならない木刀を使った稽古の場合、楓は今なお椛に一本を取れないでいた。
「ううん、実戦なら楓が勝つと思うのだけど」
「たらればが先立つ時点で、俺は未熟です。父上から一本も取れず、母上にも勝てていない」
「どう言えば良いのかしら……」
椛はある意味で真面目な、ある意味で卑屈とも取れる楓の言葉に椛は困ったように眉根を寄せ、頭頂部の耳が力なく垂れる。
鍛えられた環境のせいか、はたまた目標とする人物への果てしない道のりからか、楓は自分の力量への見方がひどく自罰的だ。
どれほど腕を上げても、どれほど戦果を上げても父上にはまだ敵わないの一点張りで、決して己を褒めるということがない。
彼の父親を幼少の頃から知っている椛から見てみれば、破格としか言えない力量をこの歳で得ているにも関わらず、である。
「あのね、何回でも言うけど――あなたの力は間違いなく自信を持って良いものよ。あなたぐらいの年頃だったら、あの人は烏天狗一人に良いように遊ばれていた」
「運が良かった。父上の生きていた時代はまだ妖怪が潜み、力を磨ける時間があった。――俺にそれはありません」
紅魔館の吸血鬼。華胥の亡霊。小さな百鬼夜行。スキマ妖怪に妖怪の山。永遠亭の住人まで現れ、幻想郷の環境は大きく様相を変えつつある。
その中で人里を守り、ひいては愛しい御阿礼の子を守り抜かなければならない。揺籃の時代は楓が幼い頃に終わったのだ。
「始めましょう、母上。次の異変が始まる前に、少しでも強くならなければ」
「ああもう……本当! こうと決めたら曲げないのは親子そっくりなんだから!」
その言葉を皮切りに楓の二刀が振るわれ、椛が盾と剣を駆使して稽古が始まっていくのであった。
稽古を終え、汗を流した二人は火継の家で出かける用意を整えていた。
「また負けた……」
「そう落ち込まないの。私から一本を取れる日なんてもうすぐよ」
「…………」
椛の慰めにも聞いた様子はなく、楓は憮然とした顔になるばかり。
力に貪欲な姿勢は常に見せているが、その結果に一喜一憂する様まで見せるのは椛の前だけだった。
ある意味、これは子供が親に甘えている姿とも言えるのだ。
そして当然のように母親である椛はそれを見抜き、楓を慰めるようにその頭を背伸びして撫でる。
「ほらほら、泣かないの」
「いや、子供じゃあるまいし」
「私には泣いているように見えたのよ。良いから息子の頭を母親に撫でさせなさい」
「…………」
楓は戸惑いながらも頭を下げて椛にされるがままとなる。いつも優しく、穏やかに微笑んで楓を見送ってくれる母親だが、時々強引になるというか、妙な押しの強さがあるというか。
普段の楓を知るものが見れば、間違いなく楓の気質は母親似であると確信できる光景も数分ほどで終わり、二人は家を出てそれぞれの仕事場に向かっていた。
「母上は今日の予定は?」
「自警団で見回りをして、その後は剣術指南ね。人里に嫁いでも、やることは昔と変わらないものよ」
やることは変わらないと言っても人里で妖怪の戦力というのは貴重であるため、椛の存在は有事の戦力として非常に重宝されていた。
楓の父が現役の時代は人間のみで構成されており、自警団という名目ながら実態は成人を迎えた男子のお披露目みたいな側面があったのだが、今は純粋に人里内外の警護という意味を持つようになっていた。
そのため、追い払う程度であっても妖怪を相手にしなければならない場面が出てくる。そんな時、正面から妖怪と切り結べる椛は紛れもなく人里の最強戦力だった。
「わかった。こっちはいつも通り阿求様にお仕えしてくる」
「じゃあ今日は途中まで一緒に行きましょうか。楓も最近は忙しそうだったし、少し話しましょう?」
「別にいいけど、そんなに忙しそうだった?」
全くわからなかったと首をかしげる楓を見て、椛は呆れたようにため息を吐く。自分が普段、どれだけ過密なスケジュールをこなしているのかわかっているのだろうか。
「忙しそうに見えた。ケロッとした顔でとんでもなく行動しているわよね、楓」
「そうかなあ……」
御阿礼の子の側仕えをしつつ、空いた時間で友人や知り合いと稽古したり話したりするだけなのだが、と楓は不思議そうな顔をする。
「私に言わせればあの人そっくりよ。その出歩いたら棒に当たるぐらいに妖怪と出会う運まで含めて」
「父上は母上に似たと言っていたけど」
当事者としては今ひとつ実感がないというのが正直なところである。父を目標にはしているが、あの人は相当に間が悪かったと記憶していた。
自分の人生で己に都合の良いことなど数えるほどしかなかった、とまんざらでもなさそうな顔で語っていた顔が印象に残っている。
「じゃあ両方の良いところを受け取ったのよ。優しい子に育ってくれて、私は嬉しいわ」
「……俺は父上と同じだよ」
阿礼狂い。今でこそ御阿礼の子が危険にさらされる事態がないため、穏やかな姿を装うことができているが、本質は冷厳な狂気である。
阿求のためになるのであれば何だってやるし、いかなる禁忌であろうと大いなる喜びを抱いて手を染めよう。里の人間を鏖殺しろと言われても。
父は己をそう呼んではばからず、彼の跡を継いだ楓も常々思っていることだった。
必要ならやる。今は必要でないからしていないだけで、時が来たら誰が相手でも刃を向けることに躊躇いなど持たないだろう。
「……ふふ」
だが、そんな楓の顔を見て母はかえって嬉しそうな顔になって楓の頭を撫でる。
さすがに公衆の面前でもあるので拒否しようとしたが、嬉しそうに目を細めている母の顔を見て何も言えなくなってしまう。
「そう言ってくれるのが嬉しいの。あなたもあの人と同じ――誰かを殺したくないって思える子だから」
「……?」
言っている意味がよくわからない。殺人癖があるわけでもないのだ。殺さずに済ませられるならその方がよほど良いだろう。
そう思っている――そう思える子となってくれたことが椛にとって何よりも嬉しいのだと気づかないまま、楓の頭から椛の手が離れる。
「さ、そろそろ阿求ちゃんのところね。私もお仕事頑張るから、楓も頑張るのよ」
「――言われずとも」
先ほどの嬉しそうな顔について聞きたかったが、楓が何かを言う間もなく母の背中は人混みに消えてしまう。
それに今の母の顔は知るべきではないとなんとなく思い、千里眼でこれ以上追いかけるのもやめて首を振った。
親にしか見えない何か、というのがあったのだ。それは子が詮索する必要もなく、気にする意味もない。
自分はただ前に進んでいれば良い。今はそれが母を一番喜ばせるだろう、と結論を出して楓は一日を始めていくのであった。
「あら、楓。奇遇ね」
「……母上も」
そして昼時、霧雨商店前でばったり母と顔を合わせてしまう。狭い人里で一緒に仕事をしているのだから当然あり得ると言えばあり得ることだが。
「楓は何を?」
「書物用の墨が減ってきたから買い足しと、阿求様のおやつ作りの材料を買いに」
「へえ、今日のおやつは何を?」
「この後紅魔館からレミリアと咲夜が来るから、洋菓子を作ろうと思って」
「それならここに来るわね。なんでもあるもの」
「そういうこと。母上は?」
「自警団で使う薬の調達。剣術指南をする側になってわかったけど、意外と怪我人は出やすいのよ……」
あの人はどうやって怪我を抑えてあそこまで私たちを追い込んだのかしら……というつぶやきは心当たりがあるので聞かなかったことにする。
父の稽古は恐ろしく厳しく、終わった後は指一本動かすことすら辛くなるほどだが、不思議と後に残るような怪我は少なかった。人間である霊夢などせいぜい擦り傷程度である。
……半妖の自分は痛みに慣れる目的も兼ねて割と痛めつけられたが。
ともあれ一緒になったので揃って霧雨商店の暖簾をくぐる。すると威勢のよい店長の声が耳に届いてきた。
「へいらっしゃい! ――っと、楓に奥様! よくいらっしゃいました!!」
威勢のよい挨拶と同時、誰が入ってきたかに気づいた霧雨商店の店主――霧雨魔理沙の父親でもある霧雨弥助は椛の方を見て、直角に腰を折った。
最上位の敬意を表すそれを見て、椛の顔が困ったような笑みになる。
「こんにちは、店長。それに私は奥様なんて言われる人じゃないわよ」
「いえいえ、あの人を射止めて夫婦になられたんですから! 自分はずっと奥様って言いますよ!!」
「あはははは……」
店長の目には色濃い尊敬が宿っているのを椛と楓の二人は理解し、笑うしかなかった。
今は立派な霧雨商店の大黒柱である弥助だが――過去に楓の父親には相当お世話になったらしい。
なんでも霧雨商店が今の大商店になるより前の店主。言ってしまえば魔理沙の祖父母に当たる人物と、楓の父親は非常に仲が深かったそうだ。
その縁で今の店長は非常に良くしてもらい、その恩を返そうと椛や楓に接しているのだ。
すでに楓の父親も、魔理沙の祖父母のいずれも故人だが、彼らが紡いだものは形を変えて自分たちに受け継がれているのであった。
「それで今日はどんなご用件で? 楓はまた稗田の家の備品とかその辺か?」
「そうです。ちょっと数が減ってきたものがありまして……」
予め紙にしたためておいた内容を見せる。
楓がよく使う――すなわち稗田の家ともお得意様な弥助はその内容を一読し、了承したと大きくうなずく。
「わかった、今日中には運び込ませる。代金はその時で良いからその代わり、また魔理沙の話を聞かせてくれよ」
「ありがとうございます。魔理沙の話はまた今度」
「おう」
力強く笑う顔には魔理沙を連想させるものがあり、彼女のあっけらかんとした楽観的な、それでいて不思議と見ていて元気になる笑顔は父親譲りだとなんとなく思う。
「それで奥様は何を? 何でも揃えますよ!!」
「切り傷、打ち身に効く薬が欲しいのだけど、あるかしら。できれば包帯もあると助かるわ」
「なるほど、自警団で必要な薬ですね。薬の一部はすぐに調達するのが難しいですが、用意できるものからすぐにお届けいたします」
「お願い。何か不足している材料なんかがあったら言って頂戴。私も楓も、妖怪の山の手前ぐらいならどうとでもなるから」
「……薬の材料が足りていない時があるのですか?」
楓の言葉に弥助は困ったように後頭部をかきながら素直にうなずいた。
「ちっとばかし、異変が続いたからな。ついこの前まで冬だったのも含めて、満足に薬草を採れない期間が続いちまってたんだ。ああいや、薬については霧雨商店の名にかけてなんとかするとも。
ただまあ、奥様も楓も里の外で活動できる人間だ。もしかしたら何かで頼み事をする時が来るかもしれねえってことは覚えておいてくれ」
「わかりました。いつもありがとうございます」
「…………」
丁寧に頭を下げた椛とは別に、何かを考えるように楓は顎に手を当てる。
「楓?」
「……もしかしたら程度ではありますけど、薬にアテがあります。上手くいくようなら叔父さんに話を持っていきます」
そういえば先日永遠亭で知り合った永琳は薬師をしていると言っていた。人里と何らかの関わりを持ちたいと永琳の主である輝夜が話していたのだから、この話を持っていけば食いついてもらえるかもしれない。
「お、おう。知り合いに薬師でもいるのか?」
「最近できました」
そう言うと、弥助は目を細めて懐かしそうな顔になり、優しく微笑んだ。
「そうかそうか! やっぱりお前は親父さんそっくりだな! すぐ人と知り合って、すぐ人に好かれる!」
「…………」
多分、その好かれるというのはこちらの事情を鑑みない好かれ方だろう。楓は自分の将来を考えて遠い目にならざるを得なかったのであった。
今度こそ椛と別れて稗田の家に戻り、阿求と共に客人を待ち構えること半刻ほど。
阿求が部屋で調べ物を。楓が側に控えていたところ、障子越しに女中の影が見えた。
「阿求様、楓様。本日お越しになられる予定のレミリア様がいらっしゃいました」
「――報告ありがとう。行こうか、お兄ちゃん」
「御意」
阿求の後ろに控え、来賓用の部屋に入る。
そこには温かいお茶を片手に待っていたレミリアと従者である咲夜がくつろいでおり、阿求たちを見て微笑みかけてきた。
「はぁい、久しぶり……というには、少し早いかしら。ここ最近は異変が多くてこっちも忙しいわ。退屈はしないけれど」
「私としては幻想郷縁起の項目が増えて、嬉しい悲鳴というやつですよ。改めて――本日はご足労いただきありがとうございます」
「ん、なに。咲夜もそっちの従者に会いたがっていたし、私も人里に来る用事があったのでね」
阿求の言葉に対し、レミリアは鷹揚に応えて座り直す。
そんな彼女へこちらも姿勢を正して話を始めようとしたところ、レミリアの後ろに控えていた咲夜が口を開いた。
「……ところでお嬢様、私が会いたいと言った覚えは一つもありません。お嬢様が暇だ暇だーって叫んでいた記憶ならありますが」
「私一人で良いって言ったのについてきたのは咲夜でしょ!?」
「主人の外出についていかない従者などいませんよ。それはそれとしてお嬢様がお一人だと迷子にならないか不安で不安で」
「この家にはあなたが生まれるより前から通ってるわよ!!」
「話を戻してくれお二方」
どうして自分の知り合いには好きに会話させると、十秒と経たず話題を脱線させる輩ばかりいるのか。頭痛を覚えながら楓がツッコミを入れる。
「っとと、失礼。話を戻すとして……今日、聞きたいのは異変についてのお話よね? どの辺りから話せばいいかしら」
「実はすでにお兄ちゃ――楓より異変を起こした人たちの情報はわかっているので、今回は異変解決の際に起きた出来事をお話していただければ、と思います」
「へえ、楓も足が速いじゃない。永遠亭にはどうやって行ったのかしら?」
「道を知る人がいて、案内してもらった」
かなり強引に頼んだので嫌がられたかもしれないが、まあそこは妹紅を一人にするのを危険視している慧音の意思を汲んだということにしておく。それにまた頼む予定ができたので、もう一度行くつもりだった。
「ふふ、楓は楓で私たちの知らない人と知り合ったみたいね。さて――異変の内容については咲夜から説明してもらおうかしら。阿求、少し従者を借りても?」
「……む」
レミリアの言葉に楓は難色を示す。主人に何かあった時のために控えているのが自分なのだ。それが離れるなどあってはならない。
「構いませんが私の身に何かあった場合、あなた方の安全は一切保証されませんよ」
しかし阿求は迷う素振りも見せずうなずき、同時にレミリアたちへの釘刺しも忘れなかった。
その言葉を受けてレミリアは気を悪くするでもなく、むしろおかしそうに阿求と楓を見る。
「言うわね」
「言いますよ。妖怪と人間ですもの」
「くく、それでこそ、ね。あなた、阿弥にそっくりよ」
「当然です。私は阿弥の生まれ変わりですから」
「そういう意味で言ったんじゃないけど……まあ良いわ。そんじゃ、楓を借りるわね」
指で席を立つことを促してきたため、レミリアに伴われて部屋を出る。ただし、何かあった際にすぐ動けるように阿求の部屋の方を常に意識して、だが。
楓は日陰の濃い廊下に立つレミリアを見下ろし、話を促す。
「……何か自分に用でも?」
「ん、まあその通りなんだけど――」
瞬間、レミリアの手に握られた魔力の槍が楓に突き出される。
それが自分に刺さる前に槍を掴み、楓はレミリアを見下ろした。
「――どういう真似だ」
楓の目を見た瞬間、レミリアの口元が裂けるような禍々しい笑みに変わった。
彼女には何度か世話になったと以前に語ったが――彼女は時折、楓を殺す気で攻撃してくることがある。
まるで楓の器を確かめるようなそれに、楓は何も言っていなかった。これで殺されるのなら、自分はそこまでの器でしかなかったと諦めもつく。
また、彼女が楓に確かめているのはその器もさることながら、彼が確固とした阿礼狂いとして在るのかを確かめているようにも感じられた。
その証拠に、己を殺そうとした――つまり、阿求の従者を害そうとしたレミリアを睥睨する虫のような目を見て、レミリアはかえって嬉しそうな顔になっているのだ。
「やっぱり良いわね、その目。何度見ても見惚れちゃう」
「…………」
「それに腕も上げている。この調子なら私が全力を出す日も遠くないわね」
「……別に倒しても良いんだぞ」
「へえ、言うじゃな――っ!?」
そこでレミリアは気づく。自分が持ち、楓が握っていた槍。それが凄まじい熱を発し始めていたことに。
手を離してからくりを理解する。楓の手から発せられる炎が、魔力で生成された槍の内部に浸透し、内側から炭化させていたことに。
レミリアの手から離れた槍を握りつぶし、その手に揺らめく炎を携えて楓は吸血鬼の少女と相対する。
「……炎の術。パチェの使う魔法とはまた別口ね。面白いものを覚えたじゃない」
「学ぶ機会があってな」
「なるほどなるほど。やっぱりあなた、おじさまの子だわ。ほんの少し目を離しただけで、あっという間に成長する」
「…………」
「おじさまも昔はあまり強くなかった頃があると聞いていたし、やはり人は修羅場をくぐり抜けてこそ成長するのかしら。……ねえ?」
子供のような普段の姿とはかけ離れた、怖気の走る妖艶な笑みを浮かべるレミリアに、楓は慎重に言葉を選ぶ。
「……俺は阿求様が害されない限り、誰の敵になるつもりもない。だが、それが時に他者への恭順に映ることも理解している」
よっぽど腹に据えかねるようなことがあっても、楓は基本的に飲み込める方の性格だ。というより、それぐらい鷹揚でなければ楓はとっくの昔に霊夢に怒っている。いや、今も彼女がだらければ怒っているが。
ただ、必要に応じて自分を曲げられる楓を良く思わない者がいるということも知っていた。目の前の少女が筆頭である。
「理解している?」
「あなたに理解させられた。――俺は父上のようには生きられない。力の強弱ではなく、気質の問題だ」
父のことは掛け値なしに尊敬しているが、生き方まで真似しろと言われてもできることとできないことがある。明らかに困っている人間がいたら、声をかけられるのを待つのではなく自分から首を突っ込むタイプである。
……いや、父は結局巻き込まれていたので結果だけ見れば同じだと言われたら反論できないが。
「それがあなたの目によく映っていないことはわかっている。わかっているが、それで生き方を曲げるのはそれこそあなたへの侮辱だ」
「……それで?」
「――来るなら力づくで来い。こっちも死力を尽くして抵抗するが、あなたはそうして欲しい物を手に入れてきたのだろう」
レミリアの望み通りにはならない。そう言い切った楓を見て、レミリアはかえって目を輝かせる。欲しいと羨望し続けた光の輝きが、世代を経てなお損なわれていないことに心から喜んでいた。
「……ふふっ、やーんもうそれでこそおじさまの子供ね!! ちょっと前まではあんなにちっちゃくて私のすぐ後ろを歩いていたのにすぐ一丁前なセリフ言っちゃって! お姉さん嬉しいわって痛い!?」
「人の小さい頃の思い出を捏造しないでくれ」
そんな幼い頃に彼女の世話になった覚えはなかった。
自分に抱きつこうと飛び込んできたレミリアを回避して縁側に放り出すと、日光で身体を焼かれて痛そうに身悶えしていた。
いたたたた、とあまり痛そうに見えない痛がり方をひとしきりした後、レミリアは普段の雰囲気に戻る。
「さ、そろそろ戻りましょうか。時間を取らせて悪かったわね」
「もうやらないでくれると助かる」
「それは無理よ。私はこれから先もずっと、欲しい物には手を伸ばし続ける主義なのだから」
よくまあこんな輩と半世紀以上付き合ったものである、と楓は無邪気に微笑むレミリアを前にして、父への尊敬を妙な方向で深めるのであった。
部屋に戻ると、ちょうど咲夜と阿求の話が一段落したところだった。
「阿求様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。話は何だったの?」
「ちょっと気になったことがあっただけよ。咲夜も異変の話は一通り?」
「ええ、全て私の尽力によって終わらせた、と」
「私も一緒にいたでしょう!?」
「私に語らせるということは、お嬢様は一切関わらなかったことにすべきなのかと思いまして。お嬢様の意を汲むのが従者の務めですから」
「全く汲めてないわよ!?」
レミリアと咲夜が相変わらずのやり取りを繰り広げているのを横目に阿求のもとへ戻り、その側に静かに侍る。
すると阿求が楓を見て、優しい笑みを浮かべた。
「――お兄ちゃん」
「? はい」
「お兄ちゃんは、私の大事な従者であり、家族です」
「……はい」
「だから、誰が何と言っても私の側にいてください。わかった?」
「……顔に出ておりましたか?」
阿求は首を横に振る。この少年は自分に良いところのみ見てもらおうとするし、事実それは上手く行っている。
上手く行っているが、御阿礼の子としての経験を甘く見てはいけない。なんとなく、楓の考えそうなことはわかるのだ。
それは御阿礼の子に仕えることを宿命付けられている、彼ら一族の魂が教えてくれるのかもしれない。はたまた転生を繰り返し、経験を積み重ねた御阿礼の子の魂が察しているのかもしれない。
――いいや、家族なのだから家族の悩みがわかるのは至極当然の帰結である。
阿求の言葉に楓は何も言わず平伏する。自らの終生の主はこの方しかおらず、彼女を全てから守り抜くことこそ自らの役目なのだ。
力が足りない。技が足りない。知恵が足りない。知識が足りない。――だからどうした、それは御阿礼の子の守護を諦める理由になるのか。
「阿求様」
「はい」
「……必ず側にいます。何も心配することなどございません」
「はい」
阿求はニコニコと笑い、楓がたどたどしく己の決意を語る姿を見守る。これも無論、聞いていて嬉しい言葉だが、本当に見たいのは――
「……ありがとうございます。阿求様」
「はい、どういたしまして。お兄ちゃん」
兄と慕う少年が浮かべる心からの笑顔なのであった。
楓の母親である椛の今と、人里での人間関係。他レミリアとのお話でした。
レミリア? 前作と変わらず爆弾に決まってるじゃないですかやだなあ(爽やかな笑み)
楓をかわいがっているのは本当だけど、つまんないことやったら殺しにかかるのも本当です。妖怪って恐ろしいネ!
しかし橙も出したいし、今回ちらっとしか出てない咲夜、妖夢辺りもちゃんと出したい……花映塚異変の最中にしてしまうか(ものぐさ)