阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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鬼の宝物庫よりヤバいもの。


逆鱗の在処

 洞窟の中は昨日出現したとは思えないほど広く、地底への道に負けず劣らずの暗い空間が広がっていた。

 

「かなり広いですね。入り口からだと想像できません」

「……地底と似た仕組みかもしれないな。あそこは別の世界だと言われた方がしっくり来る」

「長くて暗い道を抜けると別世界だった、というのは術としてもありそうですしね」

「というか実際あるわよ。天狗の術にも人を迷わせて、その間に認識を狂わせて天狗さらいするやつ」

 

 何気なく語られたはたての話に楓と早苗は信じがたい生物を見る目ではたてを見る。

 

「……それ最近使ったとかないですよね?」

「使うわけないでしょ!? 使ったら一発で坊やにバレるじゃない!!」

「バレなければやるのかこいつ……」

「いや、やらないわよ? 危険ばっかり大きい割に今の天狗社会でやったら袋叩きだし」

「まあ妖怪にその手の術があること自体は驚かないが……」

 

 もともと妖怪と人間は敵同士なのだ。彼女の語る術だって昔は使われていた場面もあっただろう。

 

「今使わないなら良い。俺が抑止力になっているなら問題ない」

「そりゃもちろん! 人間の子供なんて養えないわよ」

 

 なんで子供に限定したのか。その疑問をはたて以外の二人が抱き、そっと顔を見合わせる。

 踏み込まない方が良さそうである、という結論を目線でのやり取りのみで出し、楓は改めて前を向く。

 

「千里眼でも先が見通せない。多分何らかの術がかかってる。進行を妨害させる類ではなさそうだが……」

 

 今の所一本道が続いており、岩肌の特徴などは逐一覚えている。

 方向感覚を狂わせる、ないしループさせる術がかかっていないことは楓が保証できた。

 とはいえ戻るつもりはなかった。楓の推測が正しく、この場所が墓荒らしの邪仙と関わっているのなら、後で阿求を連れてもう一度この場所に戻ることになる。

 罠があっても全て踏み潰し、阿求の安全を確保するのは楓の使命と言っても過言ではない。

 

「ここまで厳重ですと、中に眠っている人も気になってきますね。財宝と一緒に眠っていたり?」

「可能性は否定できん。価値ある財宝が腐ることはそうそうない」

「え、ということは私たち億万長者も夢じゃない!?」

 

 幻想郷で億万長者になって何をするのか。

 目を輝かせるはたてと早苗に楓は呆れた顔を隠さない。

 

「金なんてあっても霊夢が羨むぐらいだぞ。生きていくのに必要な分だけあれば良いだろうに」

「わかってませんねえ、楓くん」

 

 楓の言葉に対し、早苗はちっちっと指を振って、目の奥に文字通り銭を浮かべながら拳を握る。

 

「誰しも人生で一度は夢見る、札束で頬を引っ叩く!! 私はそれがやってみたいんです!!」

「なんで?」

「やってみたいからですが?」

「……はたても夢見るのか?」

「私は銭風呂ってやつをやってみたい!」

 

 こいつら自分より頭おかしいんじゃないだろうか。楓は彼女らから物理的に距離を取る。

 できることなら一生知りたくなかった夢を嬉々として話す二人に辟易していると、楓が唐突に足を止めた。

 

「…………」

「ですから私は札束で霊夢さんの頬を叩いて――楓くん?」

「何かいる。一瞬、肌が粟立った」

 

 いつでも抜刀できるよう柄に手をやって、手に走った静電気で正体を察して離す。

 

「いるんだろう、出てこい。こっちは気づいているぞ」

「……身の程知らずの人間が迷い込んだなら脅かして帰そうと思ったが、違うようだね」

 

 楓の呼びかけに応えたのは、緑の服をまとった少女――の幽霊と思しき存在だ。

 何せ足がない。この時点で真っ当な人間でないのは確定である。

 少女は尊大な様子で腕を組むと、パリパリと電気を迸らせながら楓たちを睥睨する。

 

「それとも私たちの復活を祝福しに来た? だったら献上品の一つも用意するもんだ」

「電気を操る……坊や、こいつ怨霊に近いわよ。強い感情の力で電気を起こす霊体は昔にそこそこいたわ」

「そこの烏天狗、失礼だね! わたしゃ蘇我屠自古って名前があるんだよ! あと怨霊でもない!!」

 

 少女改め、屠自古が叫ぶと彼女の周囲に漂っている電気の勢いが増していく。感情が電気を呼んでいるのは本当らしい。

 屠自古は鼻息を荒くしたまま話を続ける。

 

「……で? 見た感じ純粋な人間は一人もいないみたいだけど。外の世界は妖怪の世界にでもなったわけ?」

「知らないんですか? 幻想郷では人間と妖怪がむごご?」

 

 彼女らは幻想郷の情勢がわかっていない。それがわかった楓は説明しようとした早苗の口を塞ぎ、代わりに自分が口を開く。

 

「こちらの質問に答えたら教えよう。青娥という仙人を知っているか?」

「うん? 彼女、もう活動しているのか? 姿を見ないと思ったら」

 

 屠自古の言葉でこの場所が何らかの関わりを持つことを確信する。

 

「彼女を探している。居場所を知らないか?」

「戻ってないことは確かだ。次はこっちの質問に答えてもらおうか」

「――その必要はなくなった」

 

 知りたいことはわかったのだ。後は目的地まで最短を突っ走れば良い。

 楓が拳を握って彼女を物理で黙らせようとしたところ、隣を歩いていた早苗が楓の腕を掴み、小声で囁いてくる。

 

「お待ち下さい。楓くんの事情はわかっていますが、新参者の勢力相手にいきなり暴力を仕掛けてしまうと、弾幕ごっこのルール的に問題なのでは?」

「む……」

 

 墓暴きなどという、合法化されるとは今後もないであろうルール違反を先にしたのは向こうなのだが、話しぶりから考える限り青娥の動きとは関係ないだろう。

 楓一人だった場合、そんなこと知るかと殴り倒していた。しかし今は早苗たちがいる。

 

「……わかった。不意打ちはこちらで警戒するから頼んだ」

「任されました! はたてさん、一番手は私に譲ってもらいますよ」

「バッチリ良い絵を撮ってあげるから頑張んなさい!」

 

 楓、はたてに背中を押された早苗が前に出て、強気に笑う。

 

「ふっふっふ……ここは幻想郷! 人も妖怪も等しく遊ぶスペルカードルールという素晴らしいルールのもと、人妖共存が成された楽園なのです!!」

「ほう、ということはお前さんたち……私を倒して進むつもりだな?」

 

 屠自古の周囲に電撃が浮かび上がり、バチバチと帯電して唸りを上げる。

 

「楓、刀は大丈夫?」

「見たところそこまで火力が高いわけじゃない。多少のしびれを許容すれば戦える」

 

 雷によって周囲のものが焦げている様子はなかった。見た目ほどの威力はなく、直撃しても身体が麻痺する程度で済むと睨んでいた。

 

「いいじゃないか、面白い! 一度死に、尸解仙として復活した我らに敵うものか!!」

「尸解仙も仙人も関係ありません! なぜなら私――神さまですから!!」

 

 飛び上がった早苗と屠自古の熾烈な弾幕ごっこが始まると同時、楓は一歩後ろに下がってはたての隣に立つ。

 はたては携帯電話のカメラを夢中になって睨み、先に語った言葉通り良い写真を撮ろうと集中している。

 

「あまりのんびりもしたくないんだが……」

「まあまあ。坊やが殴り倒すより良いでしょ?」

「……まあ、そうだな」

 

 はたての言葉は渋々ながら認めるしかない。後で阿求も連れてくるのだ。

 全員殴り倒して戻り、決死の抵抗などされては目も当てられない。殺す必要が生まれてしまう。

 屠自古、青娥の力量を見る限り、阿求の言葉を受けずとも全員を相手にして勝てる公算は高い。

 ましてや阿礼狂いとして動けるならば、それこそ抵抗を許さず叩き潰せるだろう。

 

 とはいえ楓もそうしたいわけではない。全ては阿求が決めること。

 彼女が許すと言えば何があっても許し、許さないと言えばどんな抵抗があっても許さない。至極単純な阿礼狂いの行動理念だった。

 

「それにあんまり強くなさそうだし。ほら、もう早苗が勝つわよ」

 

 はたてが顎で示した方を見ると、早苗と屠自古の弾幕ごっこが既に終盤に向かっているのがわかった。

 気持ちに余裕が生まれたのだろう。心から弾幕ごっこを楽しみ、同時に容赦のない苛烈な弾幕が屠自古を追い詰める。

 

「これで――終わりです!!」

 

 そうしてトドメに放った星型の弾幕が屠自古に被弾――する直前に彼女の姿がかき消える。

 

「む?」

「はたて、早苗のところに。もうひとりいる」

 

 楓が指差した先には屠自古を抱え、空を飛ぶ早苗のさらに上空に位置取る少女がいた。

 狩衣に酷似した衣服を纏い、烏帽子と思しきものを頭に付けた銀髪の少女は傲岸不遜といった出で立ちで楓たちを見下ろし、次いで屠自古を見て笑った。

 

「だいぶ圧されておったようだのう? 助けが必要か? この! 完全な尸解仙の我、物部布都の助けが痛ぁっ!?」

「お前がやらかしたおかげでこうなってるの忘れたわけじゃないぞ? 助けてもらったことには感謝するが、それはそれだ!」

 

 偉そうにしていた少女――布都を一発引っ叩いた後、屠自古は彼女の腕から離れて並び立つ。

 

「神がどうこう言っていたが、あれかの? 我らを天界に迎え入れるやつかの? 一度死んでみるものよな!」

「天界? 私は現人神ですが、天界とは関係ありませんよ?」

「む? 違うのか? では何用ぞ」

「人探しのお手伝いで、神霊が集まる異変の解決です!!」

 

 そういえばそっちもあったな、と楓は他人事のように思う。墓暴きの騒動で神霊の方は記憶から抜けていた。

 

「この夢殿大祀廟に用があるということか。となれば我らも神子さまより先に目覚めた者として抵抗するほかないな!」

「みこさま?」

 

 巫女(・・)という単語を聞いた楓は眉をひそめる。

 ここにいるのは為政者だと推測しており、なおかつ彼女ら二人の名前を聞いたことで人物の予想もある程度できていたが、その情報は予想外だった。

 そして布都、屠自古らが敬う相手である存在はまだ目覚めていないときた。

 となればここで負けることは避けたい。楓は空中でにらみ合う早苗とはたてに声をかける。

 

「早苗、はたて。なんとかできるか。無理なら俺がやる」

「――問題ありません!! 楓くんの力になるって決めたんですから、不可能だろうと可能にしてみせます!!」

「坊やは弾幕ごっこやらないんだし、そこで応援してなさいな」

 

 はたての言う通りなので、楓は後ろに下がって弾幕ごっこの推移を眺めることにする。

 そうして、四人での弾幕ごっこが始まり――乗りに乗っている早苗がはたてとともに空間を支配するのはすぐのことだった。

 あっという間に流れを己のものにした早苗に楓も思わず息を呑む。

 

『圧巻だねえ。本人のテンションで大きく左右されるタイプと見た。ようやく本気で遊べているのかな』

「末恐ろしい相手を目覚めさせてしまったのかもな」

 

 といっても、弾幕ごっこで苦労するのは霊夢である。楓は素知らぬ顔で早苗たちが勝利を収めるのを待つのであった。

 

 

 

 屠自古、布都の両名は弾幕ごっこで敗北を喫した後、揃って洞窟の奥へ逃げ込んでいく。

 楓たちも空を飛んで付かず離れずの距離で追いかける。

 

「順路が示されていて助かる」

「飛べないほどに追い詰めるな、って勝つ直前に言ったのはこういうこと」

「罠とか大丈夫なんですかね?」

「あったらもっと最初の時点で気づく」

 

 致死性の罠があったらその時点で二人を戻し、楓が一人で進んでいた。殺す気ならこちらも容赦する理由はなくなる。

 

「二人がいてくれて助かった。俺だけだったら殴り倒していた」

「そっちの方が手っ取り早そうだけどね。坊やはそれ、嫌なんでしょう?」

「遊びで済むならそれが一番だ」

 

 常々思っていることである。ただ、遊びで済まされないことを相手がやった以上は是非もない。

 

「あの二人を追いかければ最奥にたどり着けると思いますけど、その後はどうします?」

「話せるなら話しておきたい。で、終わったら阿求様に報告して、今度は二人で尋ねる形だ」

「ほーん、坊やの主人って結構活発に動くんだ」

「今回が特別だ。阿求様ご自身に戦える力はない。だから異変の時も俺に動くよう命じるだけに留めている」

 

 好奇心旺盛ではあるものの、長く幻想郷に生きてきた者として妖怪の脅威も知っている。

 それに楓が色々と動き巻き込まれることも多いので、彼の話を聞いているだけで割と満足しているところがあった。

 

「ご家族のお墓が暴かれかけたのです。心穏やかでいられるはずもありません。……ちなみに阿求ちゃんって怒ると怖いんです?」

「多分」

 

 楓は阿求の怒りに恐怖を覚えたことなどなく、これから先もないので曖昧な言葉になってしまう。

 しかしそれでも早苗たちは色々と察したようで、少しだけ頬が引きつっていた。

 自分たちより年下の少女ではあるが、彼女は確かに楓の主人であり、そして振るうべき時に刃を振るうことができる人間なのだ。

 早苗たちが阿求への認識を改めていると、開けた空間に飛び出す。

 

「む……」

「終点みたいね」

 

 これまでの道中と比べると明るく、周囲が観察できる。

 金銀財宝があるかもしれないと話していたが、予想に反して何もなく静謐な空気の漂う空間だった。

 布都と屠自古が侍るように膝を折る先にある、一つの棺を除いて。

 

 楓たちが到着すると、布都が顔を上げて三人の方へ顔を向ける。

 

「来たか。うむ、我らを退けてここまで来たのだ。其方らの目的を改めて聞こうではないか」

「青娥と呼ばれていた仙人を探している。知り合いなのはわかっている」

 

 楓の言葉に布都は鷹揚にうなずき、青娥との関わりを肯定した。

 

「如何にも。あやつは邪仙などと呼ばれ、事実その通りの性根だと我も思っているが、同時に彼女は我らに尸解仙となる術を授け、道教の力を与え給うた恩人でもある」

「私たちも目覚めたのはつい最近で、起きた時には青娥の姿はなかった」

 

 布都、屠自古の話を聞いた楓も納得の首肯を見せると、次に彼女らの姿勢について質問を投げる。

 

「……その棺にお前たちの主人が眠っているのか」

「うむ。かつてより神童として名を馳せ、その才覚を遺憾なく発揮し、我らのみならず国をも導いた偉大なお方。定命の者故に避けられぬ死に疑問を抱き、死からの超克さえ成し遂げた我らの主――太子様である」

「もう間もなく目覚められる。そして我らがより善き治世を約束するのだ!!」

 

 屠自古の言葉と同時、霊廟に振動が走る。

 初めは微かな揺れとともに砂埃が舞う程度。しかしその揺れは段々と大きくなり、やがて霊廟全体を揺らすほどに大きくなる。

 立っていられないほどの揺れに楓たちが僅かに浮かび上がっていると、興奮に上擦った布都の大声が霊廟に反響する。

 

「これは……」

「いよいよだ! いよいよあの方がお目覚めになる!!」

 

 その叫びと同時、石棺の蓋が重い音を伴って動き始める。

 ゆっくりと、しかし着実にそれは動き続けて人間一人分が出られる程度の隙間を作った。

 

「ん……」

 

 石棺から少女の白くて細い指が伸び、縁を掴む。

 人間の体の動きを確かめるように何度も掴んでは離しを繰り返し、やがて指に力が込められて上半身が石棺から起き上がる。

 袖のない装束に身を包み、耳あてを付けた少女の顔が動き、その穏やかな知性を宿した双眸で布都、屠自古、そして楓たちを順に見ていく。

 

「……っ!」

「うわ、やばっ!?」

 

 彼女の瞳に見られた瞬間、己の全てを見透かされるような錯覚を感じ、思わず身を固めてしまう。はたては楓の背中に隠れた。

 同じ感覚を受けたのはかつて閻魔大王、四季映姫と出会った時以来だ。

 間違いない。彼女には何らかの能力を所持しており、それはこちらの本質や内心を見抜く類のもので――

 

「……そう身構えないでください。私にあなた方と争う気はありません」

 

 発せられた声は楓たちを落ち着かせるためのもの。淡々と、けれど優しい声音は発声の技術として楓たちの心を鎮めてくる。

 

「私は豊聡耳神子。只人として生きていた頃は為政者として、そこの布都や屠自古らと共に民を導いた者」

「おお、太子様! ついにお目覚めになられたのですね!!」

「布都、屠自古も。共に目覚めることができて嬉しく思います。彼らは――」

 

 神子と名乗った少女は涙ながらに見上げてくる布都と屠自古に微笑んだ後、楓たちと改めて向き直り、僅かに顔をしかめて耳当てに手を当てる。

 

「っ、あなたの欲は静かですが、とても耳に残る。目的は私たちではなく、私たちと関わりを持つ存在を探している、ですか」

「……聖徳太子、か。十人の声を聞き分けたとされる稀代の為政者」

 

 神子は楓の言葉を否定せず、むしろ意味深に笑って面白そうに楓を見る。

 

「そう呼ばれていた時代もありました。懐かしく、遠い過去のことですが」

「え、じゃあ旧一万円札の!?」

 

 なんだそれは、というのは早苗以外全員の疑問だった。

 当然ながら楓たちも外の世界の貨幣など知る由もない。

 視線が集まっているのに気づいたのだろう。早苗は恥ずかしそうに咳払いをすると、楓に話を進めるよう促した。

 

「太子様。どうにも彼ら、青娥を探しているそうです」

「青娥を、ですか……ふむ」

 

 神子は楓の真意を探るべくじっと見つめた後、これまでの穏やかな感情を消した無表情で口を開く。

 

「……彼女が何をしでかしたのか、あなたの口から聞いてもよろしいですか」

「父の墓を暴かれかけた。幸い、俺と母上で退けたので未遂で済んでいる」

「ふむ、そうですか。では――」

 

 神子が何かを言う前に楓は背を向け、早苗たちに声をかける。

 

「戻るぞ。ここから先の話は俺一人で聞くべきじゃない」

「え、よろしいんですか?」

「――そうですね。私も寝起きの姿のままというのはいささか恥ずかしい。あなたも本来は主人と共に来る予定だったのでしょう」

 

 無礼とも受け取れる楓の唐突な退出に、神子は怒りを見せず三人が立ち去るのを見送っていく。

 姿が見えなくなるとまだ涙を流していた布都が頬を膨らませ、彼らの無礼に憤慨する。

 

「何たる奴ら! 太子様とお言葉を交わせるだけでも光栄だというのに、あのような無礼……! 太子様、これは我らの力を示す時では!?」

「やめとけ。青娥を退けたって言っている通りあの小僧、自分が戦わないだけでその気になったら私らなんて一蹴できるぞ」

「む? 女子に任せて下がっている男子ではなかったのか?」

「勘だけどね。あの小僧が拳を握って前に出た瞬間、私は冗談抜きに負けたと思った」

 

 早苗が止めなかったら、戦いにもならず地に伏せていた。そんな確信が屠自古にはあった。

 そんな風に布都と屠自古が話していると、神子がおもむろに口を開く。

 

「さて、二人とも」

「太子様、なんでしょう! 我々ならどのような難事も退けてみせましょうぞ!」

「――これから対応を一手間違えたら全員揃って死にます。覚悟をしておいてください」

 

 じんわりと冷や汗をにじませながらの言葉に、布都と屠自古は揃って目を丸くするのであった。

 

 

 

 

 

 楓が夢殿大祀廟に戻ってくるまで、そう時間はかからなかった。

 最初に来た時とは違い、幼い少女が一人、楓の隣を歩いている。

 

「……戻りましたか」

 

 石棺を移し、玉座にも見える椅子に座りながら布都と屠自古を傍らに置いた神子が、僅かに緊張の色をにじませる。

 神子の言葉に応じる形で少女が前に出て、楓は主を立てる形で後ろに下がり、片膝をつく。

 誰が見てもその所作は洗練されたものであり、布都と屠自古はやや意外そうな目で楓を見る。彼の本質はこちらにあったのだ。

 

(――何とも恐ろしい。青娥、恨みますよ)

 

 人の欲望の音を聞き分けることができる神子の耳は克明に捉えている。地獄の業火と例えることすら生ぬるい少女の怒りが、薄皮一枚下にぐるぐると渦巻いている音を。

 そして楓の思考も常軌を逸している。明らかに少女の事以外何も考えていない(・・・・・・・・・・・・・・)

 恐ろしいことに今、彼の欲望は少女に仕える以外に存在しないのだ。人倫も道徳も今の彼にとって何の意味もない。

 

「まずは自己紹介いたしましょう。私は豊聡耳神子。かつては為政者として民を守っておりましたが、やがて訪れる死に疑問を持ち、不老不死の法を求めて尸解仙へと至った者」

 

 彼女らも同じ存在です、と言って神子が二人の紹介も済ませる。

 阿求もそれを受けて小さく口角だけ上げて笑い、自己紹介をする。

 

「礼には礼を返しましょう。私は稗田阿求。幻想郷の妖怪を記した幻想郷縁起の編纂を使命に持ち――楓の主人を務める者です」

「ご足労いただき痛み入ります。さて、今日の用向きは――」

「ああ、いえ。今日は話に来たわけじゃないんです」

 

 神子は阿求の欲を聞いて、色々と察してしまう。

 彼女は今、こちらと対等の立場ではない。

 

「私はあなたたちを脅しに来ました。青娥という仙人、知っていますね?」

 

 激情のままに楓という武を振りかざし、神子たちを頭から押さえつけようとしているのだ。

 

「……ええ、存じております」

 

 瞬時に神子の頭に様々な行動が浮かぶ。

 懐柔、隷属、反抗、先延ばし、中立等々。しかし、彼女の激情を前に生半可な言葉は油を注ぐ結果にしかならないだろう。

 

「彼女を探し、捕らえなさい。あろうことか彼女は私の家族の死を穢し、辱めようとした。その罪は償ってもらう」

「稗田殿。いくらなんでもその言葉は看過できぬ。青娥がロクでもない仙人であることを否定はせぬが――」

「布都、いけません!」

 

 阿求の言葉に対し、不遜に過ぎると咎めようとした布都を神子が止めようとする。

 しかし時すでに遅く、能面の如き冷徹な無表情になった阿求が楓に命じていた。

 

「――楓、力の差を教えなさい」

「御意」

 

 楓の言葉は短く、行動も短かった。

 ただ、腰に差した刀を抜き、納め、また片膝をついて阿求へ頭を垂れるだけ。

 

 

 

 

 

 ――たったそれだけの動きで、神子たちが立つ場所を除いた夢殿大祀廟は消失した。

 

 

 

 

 

 神子は為政者としての矜持と、布都と屠自古を束ねる者という意地じみたもので声を上げなかった。

 だが布都と屠自古は全身から脂汗を流して膝をつき、ペタペタと己の身体の所在を確かめるように触れている。

 

斬られた(・・・・)。五体満足で呼吸できているが、確信がある! 私たちは今、彼に斬り刻まれた!!)

 

 尸解仙として目覚めた時は万能感に満ち溢れていた自身の身体が、今ほど頼りなく感じたことはない。

 呼吸ができるのも、思考ができるのも、彼女に許可されているからに過ぎなかった。そして今、神子たちは崖っぷちに立たされている。

 斬られた錯覚に苦しむ神子たちを阿求は冷たく見下ろし、口を開いた。

 

「――私は脅しに来たと言った。お前たちに選択肢はない。もう一度だけ言ってやる。青娥を捕らえ、私に教えろ」

「……わかりました。彼女を捕らえ、あなたの前に引きずり出しましょう」

 

 阿求の言葉通り、神子たちに断る道はなかった。

 

「ですが、一つだけ懇願を許していただきたい。青娥を許せと言うつもりではありません」

 

 彼女は踏み越えてはならない一線を超えた。いや、邪仙でもある青娥はこれまで踏み越えてはならない一線を幾度も超えてきたのだ。

 ただ、そのしっぺ返しを仙人としての実力で跳ね除け続けていただけ。そして仙人程度(・・・・)の実力ではどうにもならない相手の逆鱗を踏んでしまった。

 もはや神子にも庇えない。死なないことを祈る程度はするが、それ以上の行動をして一蓮托生になるつもりはない。

 故に神子の懇願は別。彼女らの行動理念にわからないことがあったので知りたいのだ。

 

「……なんですか」

「なぜ、青娥の誘いを跳ね除けられるのです。故人にもう一度会いたいと思ったことはないのですか?」

 

 死を好む人間は少ない。他者の死に何とも思わない人間がいても、自分の死を肯定的に受け入れられる人は希少だろう。

 だから人は死から逃れる方法を模索する。

 神子もそのクチだった。死なねばならない人の宿命に不満を持ち、己の才覚をもっともっと活かし続けたいと願って尸解仙となった。

 

「……会いたい、と一度も思わなかったと言えば嘘になるでしょう」

「ならば――」

「だけどあの人は家族として死んだんだ! 私が看取って、あの人は笑って人生を終えたんだ! 私があの人に暇を出したんだ! 彼に与えた死を侮辱するな!!」

 

 荒い息を吐きながら、流れる涙を拭うこともせず阿求は叫ぶ。

 

「人は必ず死ぬ!! だけどそれまでに人は何かを残せる! 何かを託せる! そして生きている者は受け継ぐことができる! 変えていくことができる!! たった一人が死を超越したとして、何ができるものか!!」

 

 そこまで言い切って阿求は神子たちに背中を向ける。

 

「……あの人は私たちのために生き、私たちのために死んだ。彼の命は――火継の命は私たちのものだ。お前たちが好きにして良いものじゃない。楓、戻るぞ」

「かしこまりました」

 

 楓が立ち上がり、阿求の手を取る。そして浮かび上がったところで阿求は神子たちに最後の釘を刺す。

 

「ああ、一つ――隠し立てしようなどと思わないでください。私たちも勢力を一つ消し飛ばしたいわけではありませんので」

「……肝に銘じます」

「では、早い連絡を望みます」

 

 それだけ言うと阿求は楓に支えられて今度こそ立ち去っていく。

 視界から彼女らの姿が消え、たっぷり一分ほど無言で呼吸だけを繰り返し、やがて緊張の糸が切れたように椅子からずり落ちる。

 

「こ、ここまで神経をすり減らす会話など生前にもありませんでした……」

「死ぬかと、いや死んだと思った。もう今が余生なのでは?」

「屠自古、我の身体どこか斬れてないか? 我、五体満足か? いや良い、何も言うな。何を言われても自分で信じられん!」

 

 永い年月を眠り続けてようやく目覚めたと思ったら、逆鱗を踏んだ龍の前にいたなど笑い話にもならない。

 

「……とにかく青娥を捕まえましょう。夢殿大祀廟をハリボテで構いませんので修復し、戻ってきたところを狙います」

「わかりました。しかし、よろしいのですか?」

「選択肢はありませんよ。もう賽は投げられています」

 

 それにしても、と神子は片手で顔を覆ってため息をつく。

 永き眠りについてからの復活だ。問題も苦難も相応にあるだろうと覚悟していたが、状況は彼女の予想を上回っている。

 仮に彼女を捕まえたとして、その後どんな制裁が待っているのか。考えるだに恐ろしいと神子は僅かに復活したことを後悔してしまうのであった。

 

 

 

 

 

「青娥、あなたこの短時間でどれだけの人間の逆鱗を踏み抜いたというのです……?」

 

 

 

 

 

 そして数日後。邪仙、霍青娥を捕らえたという報告を阿求が受けるのであった。




※阿求、まだ全ギレではありません。だってこいつら当人じゃないもの。

楓は半妖なのでメンタルダメージがフィジカルの方に反映されてしまいますが、逆も起こりえます。
メンタルの調子が良いとフィジカルにも大きな影響が出ます。なので阿礼狂いとしてのバフが人間より強く乗ります。阿求の命令で楓が動く場合、父親超えも夢じゃない領域まで力が増加します。



次回、神霊廟の異変は終わります。墓暴きの騒動も一段落。
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