阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

92 / 143
書きながら思ったこと:こいつ一回の会話内で阿求の逆鱗全踏み抜きRTAやってんな。

割と踏んだり蹴ったりな原作キャラがいますのでご注意ください(今更)


幻想郷で最も恐ろしい少女

「最初に断っておきますと、殺す気はありません」

 

 それは神子たちが死に物狂いで夢殿大祀廟を修繕し、青娥を待ち構える罠を準備している時のことだった。

 存分にトラウマを刻み込んだ少女がふらりと楓を伴って再び現れたのは。

 

 神子は作業に集中するよう指示を出した布都と屠自古を羨ましく思いながら、開口一番の言葉を聞いて首をかしげる。

 

「ふむ? 先日のあなたの怒りようから察するに殺すのも生ぬるい、というわけではありませんね?」

「ええ。そりゃもちろん、墓荒らしは人里の法に照らし合わせても罪になりますが、それだけで殺すほど重い罪ではありません」

「道理ではありますね。とはいえ、我々を法で裁くこと自体が難しい気もしますが」

「同意します。なので私たちは私たちのやり方で彼女を罰します」

「お手柔らかに、とだけ言っておきましょう。彼女の行いを庇うつもりはありません。罪に咎を与えるのは当然の道理です。力で蹂躙するなら、力に蹂躙されるのもまた摂理」

 

 妖怪の世界とはこういうことなのだろう、と神子はこの短い間で身に沁みて学んでいた。

 強ければある程度の無体は許される。だが当然、やり過ぎれば自分たち以上に強い存在に蹂躙される。

 確かに人間は超越した。しかしそれは妖怪という、種族によって個の力も大きく異なり、中には災害と同一視すらされる存在と同じ土俵に立ったとも言い換えられる。

 

 要するに神子たちは人間を超えはしたものの、より大きくて残酷で理不尽な力が眼前に立ちはだかったのだ。

 

「とはいえそちらには感謝しています。今語った摂理で言えば、弱者である私たちは何をされても文句が言えない。それは嵐を跳ね除けられないくらいに弱い自分が悪い」

 

 脅迫であっても、話せる余地を残してくれたのだ。

 問答無用で全員殺されてもおかしくなかったし、それを咎める輩もいなかっただろう。

 

「いやですね、私は人里生まれの人里育ちですよ? 気に入らない輩がいるからといって、殴って良いなんて教育は受けていませんよ。野蛮人じゃあるまいし」

「おっと、私もすでに人外の理に染まりつつありましたか、失礼」

 

 朗らかに笑う両名だが、神子の内心は冷や汗ものだった。

 この幼い少女は絶対にやる。売られた喧嘩はのしを付けて返す性格だと神子は読み取っていた。

 なので神子はもう青娥の話を自分から切り出すのはやめることにした。爆弾があるとわかっている火中に手を突っ込む趣味はない。

 片膝をつき、頭を垂れて沈黙を保っている楓を一瞥し、阿求が口を開く。

 

「さて、話を戻しましょう。殺すつもりはありませんが、痛い目は見てもらいます。具体的には私に歯向かおうという気が二度と失せるぐらいに」

「ふむ」

「そこであなたから見た彼女の性根を教えていただきたく。私たちは彼女のことを知らないも同然ですから」

 

 どうすれば効率よく苦痛を与えられるか。そういった観点での話が聞きたいらしい。

 

「であれば知る限りのことをお教えしましょう。霍青娥と呼ばれる邪仙についてですが、彼女は力を好みます」

「力、ですか」

「武力だけではありません。権力や財力……要するに自分が好きにやるために必要なものを愛します」

「欲望に忠実ですね」

「そして自らの力を誇示することを好みます。仙人というのは道教由来の存在ですので、道教を知らしめるためだと言っておりましたが、建前でしょう」

「なるほど、他には?」

「彼女は並ぶものなき仙人であると騙り、私たちに取り入って道教を広めることを提案してきました。この辺りの経緯は本筋ではないので省きますが――実を言うと、彼女は本来の土地ではそこまで図抜けた仙人ではありません」

 

 阿求は軽く目を見開いて驚愕を表すと、神子は薄く微笑む。

 

「仙人を名乗る得体の知れない存在です。当然、裏を取っています。それも踏まえてまとめるなら――彼女は自分が好き放題できる力を持って、弱者にその力を見せつけるのが好きな女、といったところでしょう」

「……端的に言って最悪では?」

 

 阿求の言葉に神子は曖昧に笑うばかり。

 尸解仙にしてくれた恩はあるが、それはそれとして彼女の人間性は酷いものだという認識は神子たち三人に共通したものだった。

 

「多かれ少なかれ人は似たような願いを持つものです。彼女はそれが他より強いだけです。これで阿求殿の求めた話になりましたか?」

「……ええ、ありがとうございます。ではもう一つ確認したいことが。キョンシーについてです」

「彼女は死体を愛しています。なぜなら死体は口答えをせず、術を施せば唯々諾々と従ってくれる。ですがこれは決して万能ではありません」

「っ、詳しくお願いします!」

 

 阿求が息を呑んで身を乗り出してくる。

 本命はこれだったかと理解した神子はキョンシーの知識について開示していく。

 

「まず、大前提としてその人物が死んでいる必要があります。肉体の一部分を確保したとしても、当人が生きていればそもそもキョンシーは作れない」

「死んでいなければならない、と」

「そしてもう一つの前提。死後の遺体や遺骨、当人の肉体に関連する何かを所持している必要があります。遺っているものは多いほど良いですが……青娥の行動から察するに、骨だけでも問題なく作れるのでしょう」

 

 厄介極まりない術である。阿求が顔をしかめると、神子は少しだけ微笑む。

 

「……何かおかしいことでも?」

「誤解されないでほしいのでお話しますが、キョンシーはそもそも大した存在ではありません。人間の死体を操ることは確かにおぞましい邪法ですが――人間を操ったからと言って妖怪相手に太刀打ちできますか?」

 

 効率の観点で言えばあまり良くないのだ。人間など多少の強弱があっても多少止まり。上澄みであっても個人で妖怪を相手にできるものではない。

 そのことを指摘すると阿求は目を見開き、神子は再び説明を始める。

 

「キョンシー化の問題はそこです。妖怪は死体を残さないので論外となり、人間では青娥が求める力とはなり得ない。それとは別に個人的に気に入った相手をキョンシー化して侍らせることもありますが、大した意味はありません。あなたの従者であれば問題なく薙ぎ払えるでしょう」

「……彼女が私の家族に執着するのは英雄だったから、ですか」

「私も多少は話に聞きました。妖怪と正面から戦い、打倒できる存在。青娥からすれば喉から手が出るほどほしい人材でしょう」

「…………」

 

 ぎり、と歯ぎしりの音が神子にまで聞こえそうなほど、阿求の顔が怒りに歪む。

 そして背後に控える楓の手が音もなく刀に添えられる。寿命が縮むので本当にやめてほしい。

 しかしそれは阿求が片手を動かすだけで静止する。次に口を開いた阿求の顔には、感情という感情が全て排された冷たい無表情が張り付いていた。

 

「最後の質問です。……死後の安寧を守り通す術はありますか?」

「あります。その方法は――」

 

 

 

 

 

 今、神子の眼前には両手足を縛り付けられ、壁抜けすることもできないよう布都の術で僅かに浮かせられた青娥の姿がある。

 芳香は青娥と同じように縛り上げ、屠自古の見張りのもと放り投げられていた。

 

「あらあら、豊聡耳様。尸解仙としての目覚め、おめでとうございます。私も一日千秋の思いで待っておりました」

「……青娥、あなたはなぜ自分が捕まっているのか、疑問に思いはしないのですか?」

「それは聞いて教えていただけるものでしょうか。違うのであれば、あなたへの恩を突いて庇い立てしてもらえる可能性を高める方が上策というもの」

 

 捕まり、窮地にあるというのに青娥の顔には焦りというものがなく、むしろ余裕さえ感じられた。

 否、事実余裕なのだろう。彼女の話術は利害が一致したとはいえ、神子すらも彼女の思惑に乗るほどのもの。

 こんな状況下では口しか動かせない。だからこそ、彼女は己に最も自信のある話術で切り抜けようとしているのだ。

 

「そのあけすけな物言いも懐かしい。己の欲望に忠実で、どこまでも純粋なあなたを私はどこか羨ましくすら思っていた」

「まあまあ、豊聡耳様ほどの権勢を持つお方にそう言われるとは光栄です」

「――ですが、私はあなたと一蓮托生になったつもりはない。物事には限度があります」

「はて……? 私、何か豊聡耳様のご気分を損ねることをしてしまったでしょうか?」

 

 心当たりが一切ないとばかりに可愛らしく小首をかしげる青娥に、術をかけていた布都が怒りの声を上げる。

 彼女の行いによって自分たちがとばっちりを受けたのだ。声を荒げる権利はあるだろう。

 

「お主のせいでこっちがどれほど苦労することになったと思っておる! この夢殿大祀廟も一度は崩壊したのを外側だけ修繕したのだぞ!!」

「ああ、道理で内側がみすぼらしいものになっていると思ったら。何かあったんです?」

「我と屠自古、太子様も徹夜して作り上げたものだがな!! お主が怒らせたあの――」

「布都、それ以上はいけません。そこから先を言う権利は彼女らにしかない」

「むぅ、失礼しました。おい、邪仙よ。これから起こることについて、我らは味方できんからな。というか我らも脅されている側だからな!!」

 

 はて、彼女らを脅せる相手などいただろうか、と青娥は首をかしげる。

 彼女の知っている強者は人里の守護者が真っ先に上がるが、彼とて尸解仙となった三人を相手にすれば圧勝とまではいかずとも、多少の脅威にはなるはず。

 そんな風に考える青娥に、布都は憐れんだ目を向けるだけだった。あれを知らないでいられるのは多分幸運なのだろう。これからその幸運は消えるわけだが。

 

 布都と青娥が話しているのを見下ろしていると、ふと夢殿大祀廟の入り口に人の気配が現れたのを神子は察知する。

 これからどう話が転がるのか。神子にはもうわからないが、青娥がこれ以上彼女を怒らせないことを祈るばかりであった。

 

 やがて現れた阿求は普段どおりの姿だったが、傍らに控える楓は神子の目に見慣れないものを持っていた。

 腰に刀を二振り用意し、背にも長刀を背負った少年はその手に大事そうに何かを抱えている。

 それが何なのか。理解できた神子は目を閉じる。決断を下した阿求への敬意と、彼女が信じた家族とやらへの好奇を瞳の奥に閉じ込め、目を開いた。

 

「あら……?」

 

 青娥が振り返ると、阿求は蕩けるような笑みを浮かべて会釈をする。

 内心の声が欲の形をとって聞こえている神子は背中にじっとりと嫌な汗をかく。

 最初に会った時は地獄の業火すら生ぬるい音だと評した彼女の心だが、まだ底があると理解したのだ。

 この少女、笑顔の裏にどれだけの感情を故人に向けているのか。というより、一個人が向けられる熱量なのかすら疑問に思う。

 

 阿求と楓の音を聞き続けていると耳がおかしくなりそうだ。

 音の大きさだけで言えば楓の方が大きいが、阿求の欲望もまた神子の脳髄に響く声を発している。

 重く、深く、甘く、そして激しい。自我を意識して保たなければ流されかねない音だった。

 

「初めまして、霍青娥。私の名前は稗田阿求。先日あなたが暴こうとした墓の家族です」

「彼の血縁はそこの少年だけだと聞いていましたが、なるほどあなたが主人でしたか」

「ええ、なんでも仙人様の使う術でキョンシーとして蘇らせようとしたと伺いました」

「その通りです。人里での伝え聞いた内容でしたが、彼こそまさに英雄の名に相応しい」

 

 話を聞いている神子たちは気が気でなかった。先日の激昂を思い出す限り、彼女は彼を家族として扱っていた。

 現に青娥の話を聞いている阿求の顔が徐々に能面じみたものへ変わっている。布都と屠自古は内心で両手を合わせた。

 しかし青娥も阿求の反応が芳しくないことに気づいたのだろう。話の切り口を変える。

 

「……しかしあなたにとっては唯一のご家族。肉親に先立たれる悲しみ、私も理解が及びます。これでもかつては父に先立たれ、夫となった方とも死別した身。正しく身を切る痛みでしょう」

「…………」

「のう屠自古。我、あそこに口を挟めと言われたら、太子様を売ってでも逃げる自信があるぞ」

「意見が合ったな。私もだ」

 

 私も二人を売って逃げます、と神子は布都と屠自古のひそひそ話に心の中で同意した。

 正直、事情をある程度知っている三人には青娥が逆鱗の上で踊り狂っているようにしか見えない。

 気が気でない三人をよそに阿求は穏やかに見える微笑みを維持したまま、青娥の口上を遮って口を開く。

 

「ええ、これから私がお願いすることを聞いてもらえるなら、墓暴きの件も水に流そうと思っています。聞いていただけますか?」

「もちろん。愛する人にひと目会いたいと思うことは当然のこと。あなたの健気な思いに彼もお喜びになるでしょう」

 

 貼り付けられた阿求の笑みを青娥は疑わなかった。

 言葉で見れば至極当然のことを言っているのだ。死別した家族にもう一度会いたいと思うことは、誰であれ思うこと。まして深い愛情で結ばれた家族ならなおさらだ。

 阿求が傍らに控える楓に目線を向けると、音もなく前に出た楓がその手に持つもの――遺骨が入った骨壷を青娥に渡す。

 

「阿求様は完全な形での蘇生をお望みだ。可能か?」

「遺骨をいただけるなら問題なく。手足も解いてもらえますか?」

「手だけなら」

 

 楓は言葉少なに答え、睨むだけで青娥の手枷が寸断される。

 青娥が骨壷を受け取ると同時に楓は下がり、阿求は後ろを向く。

 

「楓、耳を。私は蘇ったあの人に声をかけたいから」

「かしこまりました」

 

 阿求のそばに顔を寄せた楓に何やらボソボソと話しているのが見えたが、青娥の関心はもう二人になかった。

 少年の母親や吸血鬼に睨まれた時は無理だと思っていたものがこのような形で手元に転がってくるとは。

 つくづく人は死んだ人間に会いたいという殺し文句に弱い。血縁であっても、血が繋がっていなくても、骨に魂はもう宿っていないというのに。

 

 青娥は口に出さず嘲笑い、ほくそ笑む。

 阿求の願いは叶えてやろうではないか。完璧な形で蘇生し、感動の再会を演出してやろうではないか。

 

 

 

 ――そして蘇った人間を使ってこの場の面々を神子含め全員殺す。そうすれば青娥の歩みを邪魔する者はいなくなる。

 

 

 

 神子に取り入ったのは彼女が強い存在であったこともだが、彼女の振るう権勢が青娥にとって魅力的だったため。

 強い存在はより強い存在に会えば霞んで消える。吸血鬼、鬼、天狗を退けた人間の力があれば不要となるものに過ぎない。

 極論、青娥は己の意思を自由に通せる力があれば良いのだ。絶対的な力が手に入れば、他に拘泥する理由はなくなる。

 

「では始めましょう。――彼の者の命を今一度、この体に」

 

 青娥は言葉だけ荘厳に取り繕うと術を開始する。

 骨壷を恭しく撫でると仙術の方陣が浮かび上がり、骨壷に吸い込まれていく。

 何度か方陣が生まれ、都度骨壷に消えていくことが続き――腕が伸びる。

 

「――っ!」

 

 息を呑んだのは誰か、あるいは全員か。筋骨隆々とした、しかし血の通わない青白い左腕が骨壷から生えたのだ。

 そして腕は虚空を何度か掴み、残った身体を取り出すように地を掴む。

 楓が最期に見た姿と相違ない、やや白髪の混じった後頭部が楓に向けられ、右腕が姿を現す。

 そこからは早かった。両手で地を掴んだ存在は残った下半身を強引に引きずり出し、その五体を彼女らの前に晒した。

 

「――――」

 

 男がどこか茫洋とした様子で己の両手を見つめていると、顔に札が貼り付けられる。

 これで意識の掌握は終了した。念には念を入れて芳香に付けているより強力な意識抑制の札である。魂まで十全な状態ならいざ知らず、肉体に残っているかもわからない残滓程度なら造作もなかった。

 だが約束は果たそう。阿求に復活が終わったことを伝えようと青娥は口を開く。

 

「さあ、復活は終わりました。ああ、感動の再会にみすぼらしい姿は似合いません。服を着せてあげましょう」

 

 青娥が指を動かすと男の身体に楓と似た意匠の和服がまとわされた。

 肌が青白く、顔に札が貼り付いていること以外、何も生前と変わらない姿となった男は微動だにすることなく――

 

「お祖父ちゃん、そこにいるの?」

 

 青娥の言葉を遮る形で阿求の声が背中越しに発せられる。

 その言葉を受けて男は復活した直後とは思えない滑らかな動きで振り返った。

 

「――――」

「は?」

 

 青娥の気の抜けた声が響く。今、既に魂のない肉体がごくあっさりと青娥の支配を脱したのだ。

 まるで濡れた紙を裂くように、青娥が入念に作成した意識抑制の術は効果を失った。

 

「起こしちゃってごめんなさい。私もお祖父ちゃんには安らかに眠っていてほしかった」

「――――」

 

 男は何も言わない。声を忘れたように口を固く結び、静かに少女の言葉を待つ。

 

「でもこれで本当におしまい。あなたの姉である稗田阿七。あなたの娘である稗田阿弥。あなたの孫娘である稗田阿求が阿七の弟であり、阿弥の父であり、私の祖父である――火継信綱に願います」

「――待て!!」

 

 阿求の言葉が何を意味するのか理解した青娥は、これまでとは打って変わって鋭い声で彼女を止め、今度こそ手加減抜き。全身全霊の力を用いた意識抑制の札を貼り付けようとする。

 楓はそれをいつでも止められる状態にあったが、相手にしなかった。既に結果はわかっているのだ。無駄な行いをする意味が感じられない。

 

 

 

 

 

 そう――阿礼狂いは肉体と魂、双方が御阿礼の子に狂ってこその阿礼狂い。

 

 

 

 

 

 阿求と楓には確信があった。魂なき肉体だけになろうと、彼が御阿礼の子への忠誠を裏切ることなど絶対にない、と。

 復活した彼にもう一度会いたい? ――御阿礼の子が望むものか。二代に渡って生きてほしいという願い(呪い)を遺し続け、それでもなお膝を折ることなく己の生を歩み切った男である。

 

 彼の献身を御阿礼の子は忘れない。彼が遺したものを御阿礼の子は忘れない。彼の歩みを御阿礼の子は忘れない――!

 

 故に此度の願いは復活にあらず。むしろ逆のことが阿求たちの狙いだった。

 キョンシーとして蘇った肉体が致命的損傷を負った場合。今度こそあらゆる手段での蘇生が叶わなくな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)()

 

 楓は札越しに父の顔を見て、しかし何かを言うことなく腰の刀を一振り取り出す。

 彼が三振の刀を持っていたのもこのため。両手で捧げるように持ったそれを男は掴み取る。

 ほぼ同時に青娥の用意した札が男を全方位に取り囲むが――男の一閃で青娥の腕含め全てが斬り落とされた。

 物の序でとばかりに青娥の首も半ばほどまで断ち切られ、食道を通る血に青娥が一瞬だけ苦悶の表情となったところで阿求が振り返った。

 

 その双眸は涙に泣き濡れ、しかし彼を見送る時の約束を守ろうと精一杯の笑顔を浮かべて――最愛の祖父に別れを告げる。

 

 

 

 

 

「――お祖父ちゃん、さようなら!! 今度こそ安らかな眠りをあなたに!!」

 

 

 

 

 

「――――」

 

 男は阿求の言葉に目を細めて微笑むだけで、最期まで口を開かなかった。

 あるいはそれは彼の肉体に残った矜持だったのかもしれない。

 死者は生者と交わらない。いかなる手段で蘇ったとはいえ、死者は死者。何かを発せば未練になってしまうかもしれない。

 既に最愛の主を泣かせているのだ。悲しませた要因と思しき女はいつでも殺せたが、主に殺せと命じられていないので首を半分断つ程度で済ませている。

 

 後のことはとうの昔に託してある。息子は一瞥したが別人かと思うほどに腕を上げていた。

 自分の領域に到達するまで、最低でも二十年ぐらいはかかると見込んでいたのだが、予想が嬉しい方向に外れたようだ。

 あるいは己を夫にした酔狂な白狼天狗が力を尽くしたのか。会えないことに僅かな寂寞を感じるが、彼女は精神の痛手に脆い妖怪だ。このような白日の悪夢、知らない方が良いだろう。

 彼の今後を思えば少々の妬ましさも生まれるが――その思いすらも死んだ自分には過ぎたものである。死者は死者らしく、潔く消えるとしよう。

 

 息子が渡した刀を己に向け、自らの首に添える。

 楓はそれを見て僅かに腰を落とし、己の長刀に手を当てた。

 御阿礼の子は見たものを忘れない。見苦しいものは見せないよう任せる。

 

 そうして刃が己に食い込む瞬間、最愛の主が男の最も愛した笑顔を向けて叫んだ。

 

 

 

「――私、生きるよ! 絶対、絶対に!! お祖父ちゃんが遺したものをお兄ちゃんと一緒に研究して、生きて、お婆ちゃんになるまで生き抜いてみせるから!! だから――ありがとう!!」

 

 

 

 なんともはや、望外の言葉である。

 死んでからそれほど経っていないと思っていたのだが、そこまで主の心を動かす何かがあったのか。

 もう少し生きてみれば良かったかもしれない、などという戯言を一瞬でも考え、しかし自分では成し得なかっただろうとすぐに割り切る。

 阿求が生きたいと願ってくれた。その言葉が聞けただけでも死んだ身体で動いた甲斐があるというもの。これ以上は不相応だろう。

 ああ、しかし不相応ならばやはりついでに言葉を遺しても良いか。なに、たったの一言である。閻魔大王も大目に見てほしい。

 

 

 

 

 

 

 

「――どうか幸せに生きてください、阿求様」

 

 

 

 

 

 

 

 男は阿求の前で再び死んだ。

 自らの握った刃で首を落とすと同時、楓が振るった刃に纏わされた天狗の炎が五体を骨も、炭さえも残さず消し飛ばす。

 今度こそ本当の別れ。もはや彼の生きた痕跡は成し遂げたこと以外に存在せず、その肉体の存在を証明するものは何もなくなった。

 よって、もう他者に脅かされることもない。阿求ははらはらと流れ続ける涙を強引に袖で拭った後、もう一度笑顔を作る。

 

 それは祖父に向けた暖かなものではなく、向けた相手の全てを踏みにじると決めたかの如く、冷たいもの。

 そしてその顔のまま、首と手の再生を終えて半ば成り行きに呆然としていた青娥に言葉を発した。

 

「――ありがとうございます、霍青娥。あなたのおかげで祖父は今度こそ誰に邪魔されることのない、永遠の眠りにつけました」

「あなたは、なんてことを……」

 

 なんてことをしたと思っているのか。青娥が手にしたと思った最強の力は、青娥の目の前で消えてしまった。

 一度キョンシー化させたため、もう彼女がいくら手を尽くしても復活は不可能になった。

 青娥の思考がそこまで到達したことを見計らったように阿求の口が開く。

 

 

 

「――はい、その顔が見たくてやりましたがなにか?」

 

 

 

「な……」

「私なりに考えたんですよ。墓荒らし自体、まあ罪ですが殺すほどではない。ですが単なる罰では私の気が済まない(・・・・・・・・)

 

 最愛の祖父の墓が暴かれ、結果としてその眠りを妨げてしまったのだ。

 八つ裂きにしてこの世のありとあらゆる苦しみを背負わせて殺したい気持ちは否定しない。彼女が穢したのは祖父との思い出だけでなく、阿七、阿弥との時間すら穢したのだ。

 だが結局墓荒らしは未遂で終わってしまった。本当に彼が生き返り、阿求たちに刃を向けたのなら神子たちもろとも殺せと楓に命じていたが、それができなくなった。

 

 

 

 ――なので殺さずに彼女の全てを踏みにじることにした。

 

 

 

 神子から彼女の性質を聞いたのもそのため。彼女の嗜好を調べたのもそのため。

 わざわざ腸が煮えくり返る思いに耐えて下手(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)に出たのもそのため(・・・・・・・・)

 そうすれば彼女は力を見せびらかそうと振る舞うだろうから。彼の復活まで何もなく振る舞い、増長を促したのもそのため。

 

「あなたに彼を渡すはずないでしょう。ですが、最強の力が手に入ったと錯覚して増長するあなたの姿は――ええ、とても滑稽で記憶するにも耐えない有様でしたよ?」

 

 泣き濡れて赤くなった目で、どこまでも楽しそうにニッコリと笑って、阿求は青娥の誇りを踏みにじったのであった。

 

「――――」

 

 当然、そこまでされて怒らない輩はいない。青娥は神子ですら見たことがないほどの怒気を滾らせて腕を振るおうとして、既に四肢が斬り飛ばされていることに気づく。

 四肢が消えたことでバランスを崩した顔が僅かに楓の姿を捉え、彼が無表情に刃を振り抜いているのがわかった。

 そしてその瞬間をもって阿求の与える罰が完成する。阿求はこれから起こる結果を見ることなく背を向け、楓に命令を下す。

 

「――楓、邪仙の魂を侵せ。但し、阿礼狂いにさせることは許さん。恐怖だけを与えろ」

「阿求様の御心のままに」

 

 命じられるままに楓は己の魔眼を解放する。

 視たものを阿礼狂いへ堕とす、人外に属するものには防ぐこと能わぬ翡翠の魔眼。

 その狂気の輝きが青娥に注がれ、彼女は斬り落とされた四肢の再生すら忘れて顔を引きつらせた。

 

「――ひいッ!?」

 

 肉体を斬られる痛みは耐えられる。誇りを踏みにじられたのもまあ、腹立たしいがそれだけだ。

 だが、これは違う。身体の裡にある魂を鷲掴みにされ、解くことの敵わない鎖が耳障りな軋みを上げて絡みついていく。

 自分が自分でなくなる。己という人格を構成する全てが無遠慮にぶちまけられた絵具に塗り潰される恐怖。

 消える、消える、消える。青娥の歩みが、尊厳が、願いが、性根が悪徳が別の何かにすり替わっていく。

 腕が自由なら思考する頭を握り潰していた。しかし切断された腕ではそれも叶わない。

 

 

 

 

 

 かくして異変は終わる。夢殿大祀廟に響き渡った身の毛がよだつ全霊の悲鳴を最後に。

 良い感情を持っている相手ではなかった。率直に言って痛い目を見た方が良い相手だとも思っていた。

 だが、あの有様を見て憐れみの一つも覚えないほど良心を捨ててはいなかった。

 

「……太子様、我は目覚めたのなら早々に人里の掌握を提言しようと思っておりました」

「……はい」

「ですがやめましょう。人里が最も恐ろしい(・・・・・・・・・)

「殺さないことが慈悲だって? とんでもない。殺さないだけじゃないか」

 

 神子たちの前にあるのは幼児のように体を丸め、恐怖に耐えている青娥の姿だ。

 戸惑い、彼女を慰めようと背中を撫でている芳香の方が主のようにすら見えてしまうその光景に、神子たちは怖気を隠せなかった。

 ……いつぞやの地霊殿で魔眼を解放した時よりも時間、強度共に短いため、後遺症が残ることもなく一日あれば元に戻ると言われて誰が信じられるだろうか。

 仮に楓の言葉が正しかったとしても、それだけの恐怖を自在に与えられる魔眼の持ち主に誰が歯向かえるのだ。

 神子は目を瞑っても浮かぶ光景を努めて頭から消し、口を開いた。

 

「……もとよりこちらの方針は変わりません。和をもって貴しとなす。我々は和を説いて道教の教えを広め、人々を次の位階へ導いていきましょう」

「その方針に異論はありませんが、青娥はどうしますか?」

「元に戻るのであれば変わらず接しましょう。元に戻らずとも……恩義はあるのです。世話は私たちで行いましょう」

 

 以前までは恨みもあったが、今やそれは憐憫に変わってしまった。

 悪事を働いたのは青娥。その構図は変わらない。しかし、彼女は幻想郷で最も踏んではならない逆鱗を踏み抜いてしまった。それも何度も何度も。

 

 

 

「差し当たって――御阿礼の子、とやらには絶対に喧嘩を売りません。良いですね?」

『はい』

 

 

 

 声を揃えてガクガクと首を縦に振った布都と屠自古に神子も引きつった笑みを返し、神子たちの幻想郷にやってきて以来最も長くて苦しい時間は終わりを迎えるのであった。




※青娥にゃんは翌日から元気にまた邪仙やり始めます。
神霊廟面子「人里怖い。喧嘩売らんとこ……」

前作主人公の名前を最初に呼ぶのは阿求であることは予定していました。
詳しいことが知りたければ前作を読んでください(100万字超えの作品を勧める作者の屑)
ただ、御阿礼の子は並々ならぬ感情を彼ら一族に向けていて、楓より前にそれを受け止めて3代に寄り添った人間がいるとだけ知っていれば良い情報ではあります。

そして阿求の逆鱗ポイントは大体こんな感じです。

①家族の上辺しか見ていないような輩が訳知り顔で彼の偉業を語る(言われずとも知っているが????)
②死別したことに生半可な同情を向けて、自分も同じだとでも言うような同族意識を抱いてくる(こっちは三代家族になってくれた人なんだが????)
③自分と彼が笑って別れたのを知らず、また会いたいなどとうそぶいてくる(死別したのは悲しいけど互いに笑って別れたんだよコラ)

青娥にゃんの来歴的(父親が仙人になると言い残して出奔。嫁ぎ先で家族捨てて修行し、死んだふりして逃げ出す、神子たちに尸解仙を持ちかけたことからの死生観)に言いそうな言葉を並べたら大体阿求の逆鱗を踏み抜く形になったという。

これでも墓荒らし(未遂)なので殺さず済ませる辺り阿求も根は温厚な方です。温厚な人間が怒った時に残酷でないとは限らないだけで。

ちなみに一瞬だけ復活した彼から見た各々の感想はこんな感じです。なんだかんだ蘇らせられたことには驚いていた。

阿求:少し背が伸びた。健康そうなので何より。幸せに生きてほしい。自分がまた死んで悲しませるのが心苦しくてならない。

楓:なにこいつなんでそんな長くないであろう時間でこんな強くなってんの怖い。こいつの人生どうなってんだ(自分は棚上げ)

青娥:多分こいつが自分を蘇らせた。なんか頭の中でうるさいのあったし。殺せとは言われてないのでいつでも殺せる状態で済ませる。

他:多分今回の件に直接関係がない。興味なし。

椛:いたら何か言おうかと思ってたけど、いないならいないで構わない。死んだ人間がまた何かを言って精神を傷つけても悪い。





余談ですが前作主人公、物語の最終盤にもう一度だけ登場する予定があります。逆に言えばそれ以外で言葉を発することはもうありません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。