阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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守矢神社トークが思いの外楽しくて伸びてしまった……。おのれ守矢!(風評被害)


揺らめく茜色

「よし、今日の稽古はここまでにしよう」

「え? まだ組手5本目が終わった辺りだけど……」

 

 水中散歩を実行する日。予定が何かと詰まっている楓は日課である霊夢との組手をやや早めに終わらせようとして、霊夢に怪訝な顔で見られてしまう。

 軽く乱れた息を整え、流れる汗を袖で拭いながら霊夢が僅かに眉をひそめ、次の瞬間には明るい顔になっている。どうやら疑問を諸々横に置いて稽古が早く終わったという一点を喜ぶつもりらしい。

 

「午前中の間に行きたい場所があってな。稽古が短くなったのはすまない、こちらの都合だ」

「いや私は毎回これぐらいで良いわよ? うんうん、やっぱり人間、適当って言葉を知らないとダメよ」

「別の日に補填はするから安心してくれ」

「人の話聞いてないでしょあんた!?」

「そっちも聞いてないだろ」

 

 怒った霊夢が陰陽玉を投げつけてきたが、楓は軽く回避して話を続ける。

 このぐうたらな巫女に少しでも優しさを見せると、際限なく付け上がって調子に乗るに決まっているのだ。

 適当なところで引き締めてやるのは彼女の兄貴分である自分の使命だとすら思っていた。

 サボりたい霊夢とサボらせたくない楓。稽古の頻度に関する会話は大体噛み合わなくなるのが二人の常である。

 

「はー、これから二度寝できると思ったのに……。で、何か阿求の方の用事でもあるの?」

 

 霊夢も幼い頃から生真面目に過ぎる楓の言動には慣れていたため、言っても無駄だと察して諦める。口論で余計な体力を使うのも惜しい。

 それよりは楓の都合が気になった。常日頃から霊夢の想像を絶するスケジュールで動いている中でも、きっちり稽古時間は確保している少年だ。

 

 真っ先に浮かんだ阿求の問題かという疑問は楓が首を振って否定される。

 

「阿求様は関係ない。……いや、あの方は俺の話を楽しみにしているようだから無関係とも言わないが」

「じゃあ何の用よ」

「……天子との約束をすっぽかしてな。その埋め合わせをする羽目になった」

 

 楓の苦み走った顔に霊夢は思わず吹き出してしまう。

 確かに墓暴きの一件といい、楓と阿求が揃って動く事態が多かったが、まさかこの几帳面を絵に描いたような少年が約束を忘れるとは。

 

「ふ、ふふっ……。ま、まあ仕方ないわよ。そっちは色々と騒がしかったからね。うんうん。く、くくく……」

「それは言い訳にしかならん。なのでまあ、向こうが知らない場所を案内しろと言われて知恵を絞ったわけだ」

「ちなみにどんな約束を破ったの?」

「天界に帰っている一日の間に異変に巻き込まれないこと」

「えぇ……」

 

 霊夢は引いた。精神的だけでなく物理的にも三歩ぐらい距離をとった。

 たった一日の約束を見事に破ったのかこの男は。霊夢も大概妖怪に好かれていると思っていたが、ちょっとこれと一緒にはされたくない。

 

「巻き込まれたこと自体は良いにしても、忘れていたのはこちらの非だ。で、案は思いついたからそのために動いている」

「あんたも大概災難ね……。というか墓荒らしの件はケリが付いたの?」

「阿求様が見事に終わらせた。もう今後、父上の話で騒動になることはないだろう」

 

 蘇るだの、そんなことを不安に思う必要はなくなった。

 その事実だけを伝えると、霊夢は少しだけ寂しそうな笑みを口に浮かべた。

 

「そっか」

「……過程を知りたいか?」

「……やめておくわ。知って気分の良いものでもないでしょうし、変に聞いて未練なんて浮かべたくないし」

「その方が良い。ともあれそういうわけだ。この後守矢神社に行かなければ」

「はいはーい。私は二度寝でもするかあ……」

 

 あれだけ動いておいて眠気が残るのか、霊夢はすでに欠伸を隠そうともしない。

 

「今日だけは何も言うまい。明日からは叩き起こすが」

「ほらほら、行った行った」

 

 霊夢にしっしっ、と犬を追い払うように扱われた楓は苦虫を噛み潰した顔になっていたが、何も言わず去っていく。

 それを見送り、霊夢は早速貴重な時間を二度寝に費やそうと体を伸ばす。

 

「さてと……汗を流したら二度寝するか! 布団に愛されちゃって辛いわー」

「よう霊夢! さっき楓とすれ違ったけど暇してるんだって? だったら弾幕ごっこやろうぜ! 最近ゴタゴタしてご無沙汰だったからな。ここらでいっちょ私の新作スペルカードをだな」

「あのバカ兄貴!!」

 

 楓と入れ替わるようにやってきた魔理沙がウキウキとミニ八卦炉片手に構えるのを見て、二度寝の野望は露と消えたことを悟り、霊夢は楓への恨み節を吐き出すのであった。

 

 

 

 

 

 早速動き出した楓は守矢神社を訪ねていた。

 丁度二柱の祭神が外に居たので呼び止め、事情を話している次第だった。

 

「――という事情で、あの湖を使わせてほしい」

「使うってほどでもないだろうし、あの湖はこっちも持て余していたからね。散歩ぐらいなら気にしないよ」

「そうそう。私らの土地ってわけでもないしね。ああ、一声かけてくれたのは嬉しいよ。そういう細かいことに気が向くのは希少な資質だ」

「後々の面倒になりそうな行動だから気をつけているだけだ。ともあれ許可がもらえたなら助かる」

 

 話が一段落したところで諏訪子が後ろ手を後頭部に組みながら苦笑いを浮かべる。

 神奈子も腕組をして大真面目な顔でうんうんとうなずく。

 

「欲を言えば早苗にも楽しんできてほしいが……お前さんの事情を聞く限り、早苗を連れて行くと面倒事になりそうだからねえ」

「……刺されるなよ?」

「刺されたぐらいじゃ死なん」

「英雄の死に色事はつきものだからね」

「…………」

 

 困った顔をするしかなかった。というか幻想郷の妖怪たちが軒並み少女なのが悪いとすら思っていた。

 楓とて付き合う相手の性別を選んで良いなら男にしている。その方が色々と今より気楽である。これでも気を使っているのだ。

 

「少年にその気がないのは知っているよ。でも相手がどう思うかは相手次第だ」

「割と上手くやってる方じゃないかね。それに身体も張ってるし」

「何が悲しくてお前らにそんな批評されねばならんのだ」

 

 憤慨したように憮然とした顔になると、二柱は違う違うと手を振って話を切り上げる。

 

「すまんね。私らも早苗の友人になった男にしょうもないことで死なれるのは困るんだよ」

「安定こそしたが、まだ現人神で何が起こるかは未知数だからね。痴情のもつれで友達が死んだなんて言ったら何が起こるか」

 

 勝手に人の生死に幻想郷の存亡を懸けないでほしいと思う楓だった。

 そもそも死ぬ気などサラサラない。御阿礼の子の使命が果てる時まで永劫の時間であろうと生き抜く気満々である。

 

「話を戻そうか。そっちの事情は把握したし、好きにやってくれて構わない。それの代わりではないが、少しこちらの相談を聞いてもらえないかい?」

「早苗の件だよ。私らも本格的に稽古をつけようと思ってね」

「うん? むしろ稽古をしてなかったのか?」

 

 諏訪子、神奈子の言葉に楓は不思議そうに首をかしげる。

 早苗の実力は弾幕ごっこに限ればすでに霊夢、魔理沙らと遜色ない領域だ。

 妖怪退治にしてもその弾幕ごっこの力量を活かし、危なげなく行っていると聞く。最近、少々妖怪退治を楽しみ始めたという厄介な話も同時に出てきているが。

 

 楓の疑問に二柱は苦み走ったような顔で首肯する。

 

「事情はわかってるだろう? なので私らは外の世界での稽古は必要最低限に済ませた」

「というかあの手この手でごまかしてたよ。せいぜい、巫女としての作法ぐらいだ」

 

 それだけでも力が増しちゃうんでどうしようかと頭を抱えたものだ、と二柱は乾いた笑いを浮かべて在りし日の早苗を思う。

 神になる才能が人形を取った、と言っても信じてしまうほどに彼女は才能の塊なのである。

 

「で、来た直後も基盤が整ってないから適当にごまかしてた。天狗との会議があるとか、それより布教を頼むとかで」

「まあ弾幕ごっこ始めて力の増すペースは上がってたけどね! いやあ、我らが愛娘の才能が恐ろしい……」

 

 愛娘というのは比喩だろうと思い、そこは流して楓が話の先を促す。

 

「そちらの事情はわかったが、俺に何を相談したいんだ? 稽古のするしないの方針はそちらの事情だ」

「ん、そろそろ本格的にやろうと思ってね。神としての神通力。巫女としての結界術。いつまでも逃げられるものじゃないし、博麗の巫女とかのを見様見真似で覚えて、変な癖がついても困る」

「少年にも身体の動かし方とかを教えてあげてほしいのさ。博麗の巫女と年中やってるって聞くし、手加減はできるだろう?」

「まあ人間を壊さない程度の加減はできるが……」

 

 基本的に楓が組手をする相手は霊夢を始めに妖夢、椛に天子といった、人間のカテゴリに収めてはいけない連中ばかりだ。

 

「俺より霊夢に頼んだ方が良いんじゃないか? 向こうも同性の方がやりやすいと思うが」

「それとなく頼んでみたんだけど、商売敵にあげる施しはないって言われたよ」

「あれで早苗とは普通に友達なんだから不思議な巫女だよ。嫌う気にはなれないけど」

 

 霊夢はそういうところがある、と納得してしまった楓は難しい顔になるしかなかった。

 

「……早苗が希望したらな。あと、無理だと思ったら諦めるぞ」

「絶対にないと思うよ。二人みたいになりたいってぼやいてたからね」

「憧れられてもなあ……」

 

 霊夢や楓が戦う術を身に着けているのは、弾幕ごっこで終わらない場合を想定してのことである。

 基本は弾幕ごっこで全て終わるのなら、それに越したことはないのだ。

 

「まあ話には出してみよう。まだ少し時間あるし、早速やるか?」

「お、良いね。じゃあ――」

 

 

 

「――というわけで、早苗はよく見ておくんだよ」

「はいっ! お二人の勇姿、しかとこの目に刻みつけます!!」

「ちょっと待て」

 

 神社の稽古場に場所を変えた楓は二柱と素手で対峙しており、現状に対するツッコミを硬い声で入れた。

 しかし二柱はどこ吹く風と楓の抗議は気にもとめない。

 

「私らも最近は身体を動かせてなくってね。弾幕ごっこなら博麗の巫女だが、そうでない身体の動かし方なら少年以上はそういないだろう」

「なぁに、こいつは神の祝福ってやつさ。光栄に思うと良い」

 

 そう言って神奈子の背に丸太と見紛う太さの御柱が複数展開され、獲物を見定めるように楓に狙いが据えられる。

 同時に諏訪子の両手に鉄輪がそれぞれ握られる。

 

「ここいらで若い力ってのを確かめようと思ってね。数多の妖怪に認められたその武勇、私らもご相伴に与りたいのさ」

「俺じゃなくても良いだろうに……だがまあ、腕を磨く機会が得られるのはありがたい」

 

 先日の一件で一層の精進が必要であると痛感した次第だ。

 自分の阿礼狂いとしての可能性を垣間見ることができた事件でもあった。

 阿求の言葉を受け、御阿礼の子の剣として己を振るう時の万能感と、事実として平時を遥かに上回って発揮された力。

 

 阿礼狂いが全力を出すのは御阿礼の子の言葉を受けているとき。

 魂に刻まれた阿礼狂いの理であり、楓が今まで知ることのなかったもの。

 そして――半妖である楓は人間の阿礼狂い以上に強く御阿礼の子からの影響を受ける。

 

 御阿礼の子が死ねばその精神的ショックだけで肉体の崩壊を招きかねないというリスクは、同時に御阿礼の子の言葉による精神の高揚だけで肉体性能を爆発的に引き上げるメリットにも繋がっているのだ。

 あの時の自分は正真正銘、父にも匹敵する力を発揮していただろう。

 

 

 

 ――言い換えれば、そこまで御阿礼の子にしてもらってようやく父と並べる程度の力量でしかないということ。

 

 

 

 あの時の力を御阿礼の子に頼らず引き出せるようにする、ないし素の力量を引き上げる。それができなければ父の領域に到達など夢のまた夢でしかない。

 

 楓の目はいつにもましてギラギラと力への渇望が揺らめいており、諏訪子はそれを見て舌なめずりを隠さなかった。

 

「いやあ、やはり悪くない。その渇望は正しく人間にしか持てないものだ。じゃあ――始めようか!!」

 

 言葉と同時、諏訪子が持っていた鉄輪が両方とも投げられる。

 神の力が込められたそれは鋭利な水の刃をまとわせ、弧を描くものと直進するものに分けて楓を襲う。

 水の刃をまとっているため、掴み取って迎撃は不可能。さらに――

 

「私も忘れちゃ困るよ!!」

 

 楓の回避先を潰すように御柱が大地を削る轟音と共に放たれる。予想外の動きに備えて一本は手元に残す用心深さだ。

 同時に楓も動き出す。ただし攻撃への対処を行うために横に動くのではなく、勝負に勝つための前進である。

 

(直撃したら確かに怖いが、それだけだ)

 

 範囲が広く、避けにくい。しかし、それ以上ではない。

 

「――椿、俺一人で十分だ」

『大丈夫、知ってる』

 

 先に自分へ触れるのは御柱。楓の胴体を撃ち抜く正確さで放たれたそれに対し、楓は前進を選ぶ。

 そして己に当たる直前に掌底を御柱の一点に狙い撃つ。

 力の方向を精妙に変える一撃だ、と御柱を操作している神奈子は御柱に加わる力で読み取る。

 驚嘆に値する絶技である。しかし、ただ放たれただけの御柱にならば、という注釈がつくと神奈子は獰猛に笑う。

 

「こいつは私が操作している。悪いがそんな力じゃぁ――!」

 

 御柱は勢いを失わず直撃する前にもう一つの掌底が御柱を正面から叩き――御柱は粉々に砕け散る。

 

「――壊れても操作は行えるのか?」

 

 剣で斬るのも簡単な強度である。神気をまとっているのは確かで、多少は手間取るがそれも多少止まり。

 神奈子は足を止めることなく自身に向かってくる楓を見据え、皮肉げに口元を歪め――

 

「――諏訪子助けてぇ!! 私と相性最悪だこれ!!」

「私とも相性最悪ですけどぉ!? 神気をまとった武器をそんな簡単に壊すなよ!?」

 

 軍神である神奈子の振るう力とは個の力にあらず。文字通り軍勢にも等しい大量の力をぶつけ、突出した個であろうと薙ぎ払うもの。

 そして諏訪子もまた、今でこそ正面からの戦闘を行っているが本領は祟り神としての呪い、祟りを交えた呪法が主力。

 

 なので二柱の狙いは神奈子による物量の飽和攻撃と諏訪子による一点狙い。そして隙が見えたらあわよくば呪いも仕掛けるというものだったのだが――飽和攻撃の物量が素手で突破される場合、話が変わる。

 

「もっと数集めて数! 全方位ぶつけりゃ変わるでしょ!!」

「今やってる!! ええい、死ねぇ!!」

 

 前進を止めない楓を狙った全方位からの御柱が次々と殺到し、彼の姿を御柱の向こうに呑み込んでしまう。

 だがそれも一瞬。次の瞬間には破壊され尽くした木片の先に無傷の楓が立っている。

 しかしそれさえも神奈子は予測した。最初から彼は神に挑む側ではない。自分たち二柱が死力を尽くして倒さねば容易に自分たちを打倒しうる相手なのだ。

 更に用意した無数の御柱。現在発揮できる力の大半を注ぎ込み、足止めに徹して諏訪子の呪法に賭ける。それが唯一の勝ち筋であると軍神は悟っていた。

 

「持ってけ泥棒!! 諏訪子!」

「任せな!! とはいえ殺す呪法とか使ったらシャレにならないので体調不良程度で済ませてやるよ!!」

「――いや、それは不要だ」

 

 その声は二柱の後ろから聞こえた。年若く、しかし揺るぎない信念に裏打ちされた声。

 ぎこちなく振り返るとそこには五体満足どころか、傷一つ負っていない楓が腰の刀に手を添えて立っていた。

 

「……どうやって抜けたんだい?」

「あれだけの物量だ。紛れて接近するのは訳ないのと――幸運にも見た目だけ作ってごまかす術を見たことがあってな」

 

 青娥との経験が活きた。文字通りの見様見真似であるため精度は比べるべくもないが、無数の御柱が迫った状態であればごまかす程度問題ない。

 

「またできることを増やしたのか! 少年、そりゃズルだろ!!」

「そーだそーだ!」

「呪おうとした輩に言われたくない。まだ続けるか?」

「参った、降参だ。剣神か武神でないと今の少年と殴り合う気にはなれんね」

「正面からの勝負はさすがに無謀だったかぁ……」

 

 二柱が負けを認めたため、楓も肩の力を抜いて早苗の方に向き直る。

 早苗は二柱の戦いがようやく見られたことと、その爆撃機じみた猛攻を涼しい顔でいなした楓にキラキラとした目を向けていた。

 

「こ、これが神と人の戦い……!」

「断言してあげるけど違うからね? 人間がか細い糸を手繰り寄せて一矢報いる形が普通で、こいつみたいに私たちの攻撃を簡単にいなすのがおかしいからね?」

「だそうだ。というわけで早苗に求められるのは俺と打ち合える白兵能力だな」

「えっ」

 

 何を言っているんだ彼は、という目で早苗が楓たちを見るが、神奈子と諏訪子はうんうんとしきりにうなずいて同意を示していた。

 

「俺と戦う、という観点で語るなら神奈子と諏訪子ともう一人欲しい」

「軍神に突出した個と戦うというのが無理がある。戦うなら戦争だよ戦争。人里対守矢神社なら形にできると思うよ?」

 

 そうなったら楓がなりふり構わず暗殺を仕掛けている。

 

「まあ神奈子の妄言はさておき、私らに必要なのは殴り合えるやつだからね。私や神奈子はもう方向性が定まってしまっているから難しい。となると……ねえ?」

「いやいやいやいや!? 私に楓くんと殴り合えと!? 死ねと仰る!?」

「最終的にはそれぐらいやってほしいなって。ああ、早苗の体術の稽古は楓にお願いしておいたから」

「お願いされた。最初から霊夢と同程度は求めないから安心しろ」

「霊夢さんもすごい達人じゃないですか! ……え、私もあの領域にいけると?」

「多少時間はかかるかもしれんが、無理ではないはずだ」

 

 早苗の才能は楓も認めるところである。というより、下積みも相応にある霊夢らと幻想入りして早々に対等なのだ。本格的に磨いたらどうなるのか、楓にも想像できなかった。

 その辺りを聞くとワクワクした様子で胸の前に握り拳を作り、やる気をみなぎらせた目で楓を見つめてくる。

 

「で、ではいつから稽古開始で!? うふふ、漫画とかアニメで見た戦いが私にも……!」

「俺もそう頻繁に来られるわけじゃないので、最初は体力作りだな」

「ふむふむ」

「とりあえず湖の外周を五周するのを日課にしてもらうか」

「えっ」

 

 山の中腹を陣取るだけあって、結構な大きさの湖である。おまけに森のど真ん中にあるため、足場も悪い。

 それを軽く五周と言ったのか。この男に慈悲はないのか。

 

「待った待った。いきなりそれは酷だよ。というか無理だ」

「諏訪子さま!」

「最初は優しめに三周ぐらいにするべきだ。これなら今の早苗でもなんとかなると思う」

「諏訪子さま!?」

 

 殺す気かという目で早苗が三人を見るが、三人は大真面目な顔をしていた。

 

「何をするにも体力がないと話にならん」

「少年の言う通り。どんなにすごい力を持っていても、維持する体力がなければどうにもならないよ」

「体力があればそれだけ続けられるってメリットもある。私も早苗を鍛えるならまず体力だと思っていたんだ」

 

 とりあえず体力という方針は全員一致しているようだ。

 早苗は今日から始まりそうな過酷な日々に半泣きで三人を見るものの、意見は変わらないらしい。

 

「じゃあ日課に湖三周で」

『異議なし』

「三人の鬼――っ!!」

 

 叫んでも現実は変わらなかった。

 

 

 

 

 随分と時間を食ってしまったが、楓は天子を伴って湖に来ていた。

 道中で何を見せるかは説明済みのため、天子は楽しそうな笑みを隠さない。

 

「なるほどなるほど。水中とは考えたじゃない。他の候補はなかったの?」

「……橙に頼んでマヨヒガに招待してもらうとか、パチュリーに頼んで大図書館の見学とか、幽々子に頼んで冥界の白玉楼見学とか」

 

 他にも小町辺りに頼んで三途の川散歩もあったが、あの辺りに面白いものは特にないため却下していた。

 

「全部女の名前が出てくるわね……」

「人里の外で勢力を保っている奴らが大半少女なんだから仕方ないだろ」

 

 むしろ頼れる伝手が豊富なことを称賛してほしいくらいである。

 天子はじっとりとした半目で楓を見ていたものの、言われたことはその通りだと思ったのかうなずいてこれ以上の追及を終わらせる。

 

「まあ良いわ。この地上に降臨した偉大で! 素敵な! あんたの仲間である天人さまを忘れた罪は許してあげようじゃないの」

「そりゃどうも。っと、わかさぎ姫たちも来てたか」

 

 楓たちが降り立つと、すでにわかさぎ姫らが湖の方まで登ってきているのがわかった。

 

「すまない、遅くなった」

「こっちもさっき到着したところ。この辺りまでは道中もあんまり怖くないね」

「中腹辺りだからな。こっちも話はつけてきた」

 

 早苗への稽古など色々と付いてきたが、影狼たちには関係ないので省略する。

 

「早速始めよう。まずわかさぎ姫以外の四人に水中呼吸と濡れるのを防ぐ空間確保の術を俺が使う」

 

 言葉と同時、四人の周囲を薄い風の膜が張られたのがわかる。

 天子が試しにと屈んで水に手を付けると、水が彼女の周りだけを避けるように動いた。

 

「俺から離れなければ維持される術だ」

「どのくらいの距離になるとダメ?」

「俺の視界外に長時間いること」

「幻想郷覆ってるじゃん!?」

「水の中だとわからんぞ。ああ、音声伝達もついでにやっておいたから会話も普通にできる」

「あんた、父親と違って器用ねえ」

「普通なら不要で済むんだぞ……」

 

 できることが多くて損はない、というのは楓の父とも共通する持論だが、よもやこんな術が必要になる時が来るとは父も思っていなかっただろう。

 

「あとは私の視界確保ね。私は水の中じゃないと力が出ないから、まず水に入ってもらえるかしら?」

「はーい。じゃあ私が一番!!」

「あ、私が一番よ! やっほー!!」

 

 橙と天子が我先にと湖に飛び込んでいくが、術が効果を発揮しているため水しぶき一つなく彼女らの身体が消えていく。

 それを見送った影狼はパチパチと無邪気な拍手を楓に送る。

 

「おおー。すごい術だね、楓!」

「我ながら細かく作ったと思う。人生で何回使う術だとも思うが」

「良いんじゃない? 効率よく相手を傷つける術よりこっちの方が好きだよ私は」

「……使いみちがあるなら良いか」

「そうそう。私たちが楽しかったら次はばんきっきとか誘っても良いし、みすちーも来るんじゃないかな」

 

 影狼が描く未来予想図に楓は軽く笑い、肩をすくめた。

 

「最初が草の根妖怪ネットワークで良かったよ。妖怪の紹介はちょくちょくやっていたが、あんまり会合に顔も出せなかったからな」

「気にし過ぎだよ。もともと私と姫、ばんきっきの三人だけだったし、ばんきっきが来るのなんて本当にたまーにで、一年ぶりとかもザラだったし!」

「それをメンバーに含めて良いのか……?」

「いーのいーの。お気楽な集まりなんだし。楓も忙しくなったら後回しにして良いんだからね?」

「そう言われるとなんとしても顔を出したくなるな」

「へへへー。楓ならそう言うってわかってて言ってみた」

 

 得意げに歯を見せて笑う影狼にもう一度肩をすくめ、そろそろ行こうと手を伸ばす。

 

「じゃあ行くか。影狼」

「うんっ!」

 

 影狼の手を取って、二人は同時に水の中へ飛び込んでいくのであった。

 

 

 

 透明な風の膜で覆われ、目を開いた先には異世界が広がっていた。

 まだ浅い場所なのだろう。水面の揺れと合わせて日光が網目のように広がり、底を照らしている。

 魚は楓たちの侵入も知ったことではないと群れで泳ぎ、湖の奥底へ向かっていく。

 呼吸ができるとはいえ、視界は一面の水で青く染まっている。

 そういった未知の光景を前に一行は目を輝かせていた。

 

「わぁ……日の光がゆらゆらとしてとっても綺麗!」

「水底も色々とあるものね。ふふ、釣りをしているだけでは見えない光景なんて太公望も知らないわよきっと」

「あ、お魚! ねえ楓、この状態でお魚って取れるの?」

「術の設定変えるのが面倒だから諦めてくれ」

 

 橙の要望をすげなく切り捨てた楓はわかさぎ姫を見上げる。

 あまり見ることのない魚の下半身を優雅に動かし、魚たちと戯れながら目を細めて笑う。

 

「ここは綺麗な場所ね。楓の言った通り、私も楽しめそう」

「ここで暮らしてみてはどうだ?」

「浅瀬は良いけど、少し奥に行くと妖怪魚も出てくるわよ。私はなんとなく縄張りがわかるけど、楓たちは知らないでしょう?」

「そういうのもいるわけ。どうせなら見ておきたいけど……今回は私たちが部外者なわけだし、郷に従いましょうか」

 

 水棲の妖怪に天子は興味を惹かれたようだが、今の状態を思い出して首を横に振った。

 

「楽しいところを楽しめるだけ楽しむ。世知辛いところも面倒なところは……深入りするなら知っていきましょう。今日のところは楽しさだけ見たいわ」

「ふふ、じゃあ私が今日は案内してあげる。浅い場所は釣り針にさえ気をつければとっても綺麗で穏やかなのよ」

 

 自分のテリトリーに人が、それも複数人来るなど始めてなのだろう。わかさぎ姫は張り切った様子で足ヒレを動かし、楓たちの案内を買って出るのであった。

 

 

 

 水中から見る夕日の、水面に揺らめき魚の鱗に反射された茜色を目に焼き付けるまで水中散歩を楽しんだ後、一行は地上に戻ってきていた。

 

「あー楽しかった! 水の中ってああなっていたのね!」

「楓、次はお魚が取れるようにしなさい。親分命令よ!」

「前向きな方向に善処する形で検討する」

「玉虫色に玉虫色を重ねた回答ね……」

 

 呆れた天子の言葉に返事はしなかった。つまりやる気はないということである。

 そろそろ日が沈み、この辺りも暗闇に包まれる。楓は解散を促そうと振り返ったところでふと呼吸を忘れる。

 実に奇妙な話だと楓自身も振り返って思ったことだが、その場では確かに思ったことなのだ。

 

 蒼天に茜が混ざった髪をなびかせて笑う天子と、無邪気に笑う橙に影狼、わかさぎ姫らを見て不意に――この光景がとても美しいと感じたのだ。

 

「――天子」

「なに?」

「お前が地上に来てくれたこと、感謝している」

 

 良かれ悪しかれ、彼女が引っ張ってくれることが多いからこそ楓は世界を広げることができた。

 楓一人では受け身になりがちな上、目的に必要な相手を重点的に選ぶ傾向がある。

 今でこそ能動的に動くよう心がけているがそれでもやはり、冒険に手を引いてくれる彼女の存在は楓にとってありがたいものだ。

 

 素直な気持ちで感謝の言葉を口にした楓を見て、不思議そうに目を瞬かせた天子はやがてその口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

「私の方こそ感謝してるわ。地上だからこそ得られた経験、知識、刺激、冒険……。そうね、一度だけ言ってあげる。二度目はないと思いなさい」

 

 

 

 

 

 ――私と出会ってくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

「あんたの素性も全部知った上で言うわよ。殺されかけたってこの価値は揺るがない。私がそう決めたから」

 

 楓は天子の言葉を噛みしめるようにうなずいた後、己の拳を突き出して湖へ視線を向ける。

 

「……これからもよろしく頼む」

「よろしくされてあげるわ。私とあんたで最高の冒険をしましょう」

 

 こつり、とぶつけられた拳の感触は楓の中で不思議と長く残り続けるのであった。




神奈子の戦い方:御柱を大量に作っての飽和攻撃。一点突破、ないし全部突破されると厳しい。大勢の雑魚相手に強い。
諏訪子の戦い方:祟り、呪いによるデバフ攻撃。落ち着いて祟れる場所が必要なので正面からの戦闘自体が不向き。

守矢神社の祭神二柱は戦闘的な相性が楓とよろしくなかったりする。
※二柱が十全に力を発揮できる状況が幻想郷にどれほどあるかは考えない。



もこたんみたいな究極の出不精相手には引っ張る側だけど、天子とかのアクティブ勢だと引っ張られる側になる楓です。

天子は地上で天人としての自分を認めてくれた楓に感謝していますし、楓は自分を引っ張って色々な世界を見せてくれる天子に感謝しています。
今回のも結果的にですが、色々なものを知ることができた。

この二人は特に書いてて相棒感あります。キミ登場したの中盤よね???(不思議そうな顔)
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