阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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妙齢の少女ってなんだよ(哲学)


鈴奈庵の化け狸

 阿求はその日、一人で鈴奈庵に向かっていた。

 

 先日の事件からしばしの日が流れ、ようやく自分の中で感情の整理がついた頃。

 部屋にこもりがちだった阿求に何も言わず、しかしずっと心配していたであろう従者の少年が外出を提案してきたのだ。

 

「阿求様、少し出歩かれてはいかがでしょう」

「外に? でも、今はそんな用事も……」

 

 幸か不幸か、幻想郷縁起の取材も先日の顔合わせで半ば終わってしまった。

 阿求の私情が大いに入った内容となっているが、あのぐらいは校閲を行う紫も大目に見てくれるだろう。

 しかし愛する従者は首を横に振る。理由などなくても構わないのだと教えるように。

 

「外に出れば誰かしらと出会えます。誰かと話すことは良い気分転換になるかと」

「外ですぐ誰かに会うのはお兄ちゃんぐらいじゃないかなあ……」

 

 穏やかに笑う少年の顔が引きつった。しかし諦めることなく言葉を紡いでいく。

 

「……だとしても、いくらかの気晴らしにはなるかと思います。室内にこもるばかりでは気持ちまでこもってしまいます」

「……うん、そうだね。あんまり小鈴のところに顔も出せてなかったし、今日は鈴奈庵に行ってみようかな」

「そうされるのがよろしいかと。自分はいかがいたしますか?」

 

 必要なら一人にする、という意味合いの言葉に阿求は悩むように天井を仰いだ後、彼の厚意に甘えようとうなずいた。

 

「だったら迎えだけお願いしようかな。日が暮れる前に鈴奈庵に来て」

「かしこまりました。ではこちらをお持ちください」

 

 一人で出ることを決めた阿求に、楓は後ろに隠していたであろう風呂敷を阿求に差し出す。

 

「これは?」

「先ほど饅頭を蒸しておりました故、彼女とお食べください」

 

 一人で出かけることまで読んでいたのだろう。

 阿求のために如才なく動く姿に阿求は懐かしい影を見出し、思い出し笑いが溢れる。

 

「ありがとう。ふふっ、お兄ちゃんもお祖父ちゃんみたいになってきたね」

「む? そうでしょうか……」

 

 本人に意識はないようで、阿求の言葉に楓は不思議そうに首を傾げるばかりだった。

 

「必要ならば対応を変えるよういたします。私の父を思うことは楽しいことばかりではないでしょう」

 

 そして良いことではないと判断したのだろう。ためらいがちに問いかけてくる。

 阿求は慌てて首を横に振る。あくまで楓には似ていると言っただけであり、決して愛する祖父と同じになっていくわけではない。

 

 よく似ているけれど彼は彼で、楓は楓なのだ。その線引は阿求の中でしっかりと行われていた。

 

「あ、ううん! お祖父ちゃんみたいに私の考えていることとかわかってきたんだなあ、って嬉しかっただけ! お兄ちゃんも成長している実感はあるでしょう?」

「? 変える必要はありませんか?」

「そのままのお兄ちゃんが私は大好きです」

 

 そこまで言われては是非もない。楓は出過ぎた言葉を侘びながら外へ通じる障子を開く。

 

「阿求様の手を煩わせてしまい申し訳ありません。屋敷のことは私に任せ、行ってらっしゃいませ」

 

 空は快晴で暖かい日差しが阿求に降り注ぐ。

 心地良さそうに目を細め、外へ出る支度をしながら阿求はふと思いついた悪戯を楓に仕掛けてみる。

 かつて祖父にも同じことをして、いとも簡単に対応されてしまった懐かしい悪戯を。

 

「うん、行ってきます。――あ、お兄ちゃん! 今日は兎鍋が食べたいかも!!」

「既に肉を用意してあります。熟成も進み、食べ頃かと」

 

 やっぱりそっくりだ、と阿求は軽やかに笑って気分良く鈴奈庵への道を歩き始めるのであった。

 

 

 

 一方その頃、鈴奈庵では珍しい客を迎えていた。

 そもそも鈴奈庵はそれなりの歴史がある貸本屋だ。そのため訪れる客層も大体わかっており、完全新規の客というものが少ない。

 小鈴が店番を始めた時から、そういった人物は今日まで訪れていない。

 そう、今日までは。

 

「邪魔するよ、店主。やっておるかい」

「あ、はい。いらっしゃいませ! あれ、お客様……」

 

 やってきたのは小鈴にもひと目でわかるほど仕立ての良い服に身を包み、貸本屋としてはやや行儀が悪い煙管を片手に持った、縁の丸い眼鏡をかけた妙齢の少女だった。

 少女は小鈴の視線が煙管に注がれていると思ったのだろう。すまんねと一言謝ってから懐に煙管をしまう。

 

「あ、いえいえ! 煙はあんまり良くないですけど、こちらに読書スペースはありますのでそちらでしたら大丈夫です!」

「おや、そうかい。それは良いことを聞いた。少し邪魔しても良いかの」

「どうぞどうぞ! お姉さん、里では見ない顔ですが妖怪ですか?」

「あけすけに聞いてくるお嬢さんだのう……」

 

 少女は呆れた声を隠さず、曖昧に笑うだけに留めて読書用の安楽椅子に腰掛けた。

 小鈴はそんな少女に手際良くお茶を並べ、新規のお客様を取り込もうと明るい笑顔を浮かべる。

 

「さて、ここにはどういった書物があるのか聞いても良いか?」

「なんでもありますよ! 娯楽本に学術本、武芸の指南書に明日の献立本まで! お客様は何を読まれますか?」

「ふむ……人里の経済状況などがわかる本はあるかの? 儂はしがない金貸しでな。そういったものは把握しておきたい」

「でしたらこちらにありますけど……寺子屋をご存知です? そちらの方が詳しいものがありますよ」

 

 そう言いながらも小鈴は探す素振りをほとんど見せず一直線に該当の書棚へ向かい、あっという間に一冊の本を持って少女の元へ戻る。

 よく本の配置を理解している、と少女は内心で感心しながら本を受け取って礼を述べる。

 

「そちらは別の機会に尋ねるとしよう。感謝するよ、お嬢さん」

「鈴奈庵の本居小鈴です! お客様は……」

「二ツ岩マミゾウと名乗っておる。マミゾウで構わんよ」

「ではマミゾウさん、ごゆっくりお楽しみください!」

 

 元気の良い小鈴の言葉に少女――マミゾウも居心地の良い店だと頬を緩め、本に没頭していく。

 

 そうしてマミゾウが本を読み始めることしばし。比較的最近の人里の経済状況を読み取っていく中で思ったことは一つ。

 

(予想以上に安定しているのう。幻想郷の文明レベルを考えるならもう少し不安定でも良いものじゃが……)

 

 正しく黄金期。繁栄を謳歌し、何もかもが順風満帆に推移しているような状況にマミゾウも唸る。

 指導者、ないし為政者がよほど優秀だったのだろう。言われてみれば道中の人々の顔にも楽しみと希望があるように思えてきた。

 

「……いやはや、ここに金貸しの仕事は不要かの。そう思ってしまうほどに安定しておる」

「そうなんですか? 私はあんまり実感ないですけど……」

「実感がないのは良いことよ。悪い時など知らぬに越したことはない」

 

 とはいえ貧しい人間も皆無ではない。詐欺をするような真似さえしなければ商売はやっていけるだろう。

 一通りは読んだが、鈴奈庵はマミゾウにとって思いの外居心地が良い。

 小鈴も本を読んでいる相手の邪魔をすることなく、自らの本に没頭しており紙をめくる音が微かに聞こえるばかり。

 

 今度は純粋な娯楽本目当てで来るのも悪くないかもしれない。

 マミゾウがそう思った矢先のことだった。鈴奈庵の暖簾をくぐる少女がやってきたのは。

 

「小鈴、やっているかしら?」

「あ、阿求! 最近、あんまり顔を見ないと思ったけど、元気そうね」

 

 風呂敷片手に小鈴と同い年ぐらいの少女が現れたため、マミゾウは本から視線だけを上げる。

 

(身なりが良い。良いところのお嬢さんじゃな。服もおろしたて。従者でもおるのかのう? 何より――見た目通りの少女ではない)

 

 二ツ岩マミゾウは長い間外の世界で活動してきた妖怪。人間など文字通り星の数ほど見ている。

 その直感が告げているのだ。今、小鈴と親しげに話している少女を決して侮ってはならない、と。

 

 通常ならマミゾウも直感だけを理屈に行動方針を決めたりしない。しないが、この手の直感を軽視して痛い目に見たことも数え切れない。

 

「ふむ……お嬢さんや」

「? はい、どうかしましたか?」

 

 なので話して確かめることにするのであった。

 マミゾウが不意に声を上げると、阿求と呼ばれた少女は可愛らしく小首をかしげてマミゾウへ視線を向ける。

 

「なに、儂は最近幻想入りした人間でな。見知らぬ少女がおったから声をかけたまでのこと」

「――幻想入りした人間はいませんよ」

「む?」

 

 阿求の返答は確信に満ちたものだった。

 不思議そうにマミゾウが片眉を上げると、阿求はやや瞳に警戒心を浮かべて口を開く。

 

「私は見たものを忘れません。断言しても良いですが、最近で幻想入りした人はいませんよ」

 

 特異な能力持ちか、とマミゾウは心の中で感心しながら言葉を選ぶ。この程度、窮地にも入らない。

 

「ふむ……それはつい数日前のことでも、かのう?」

「え?」

「儂が幻想入りしたのは本当につい最近なのじゃよ。小鈴の口ぶりからも最近は忙しかったのじゃろう? その時に来たとなれば知らずとも無理はない」

「あ……ご、ごめんなさい!」

 

 マミゾウの落ち着き払った言葉に阿求も自分が言ったことへの自信を失ったのだろう。あるいは本当にここ数日で来たのなら知らないと思ったのか。

 阿求は慌てて頭を下げてマミゾウに謝罪する。

 

「いやいや、新参者が信用されぬのはわかっておるよ。気の置けない友人の店に得体の知れない輩と来れば警戒するのも当然。気になどしておらぬさ」

「あうぅ……」

 

 羞恥に頬を真っ赤に染める阿求にマミゾウは愛らしいものを見て、目を細める。

 さっきのやり取り、阿求が自論を貫いていたらマミゾウは逃げるしかなかったのだ。彼女が幻想入りした人間ではなく、変化している妖怪である故に。

 しかしそこは海千山千の大妖怪。事実を言えば良いだけではない、ということをよくわかっていた。

 

「儂は客として本を読みに来ただけ。二人は気にせず歓談すると良い」

「そ、そんなわけにはいきません。こちら、よかったら一緒にどうぞ!」

 

 阿求は慌てた様子で手元の風呂敷を広げ、小鈴たちと食べるように渡された饅頭を見せる。

 蒸かしたてだったのか、まだ温かく湯気を立てているそれを見て、出処を知る小鈴は目を輝かせた。

 

「わ、それお兄さんの!?」

「久しぶりだから、って持たせてくれたの。良ければえっと……」

「マミゾウで構わんよ。馳走になろうかの」

 

 お茶のおかわりと皿に載せた饅頭を受け取り、頬張ると中から丁寧に下ごしらえされたのがわかる甘い餡が顔をのぞかせる。

 

「ほう。これは美味い」

「でしょう? 阿求のお兄さん――従者の人なんですけど、何でもできるすごい人なんですよ!」

「ちょ、ちょっと小鈴!」

 

 我がことのように自慢する小鈴と、そんな彼女をたしなめるように、しかし誇らしげにする阿求の様子を見てマミゾウは小さく笑う。

 

「ふふ、優秀な従者のようじゃな。いや、お兄さんと言っていたし家族なのかのう」

「そう、ですね。私はあの人のことを本当の家族みたいに思っています」

「ここでもよく話すもんね。お兄さんも時々来るし」

「え、お兄ちゃんも来てるの?」

「うん。たまに製本をお願いされるわね。色々なジャンルの人気シリーズをいっぺんにまとめて、って」

「へえ……お兄ちゃんが本を読んでるところ、あんまり見ないけどなあ」

「阿求、その言い方はお兄さんが馬鹿みたいに聞こえるわよ」

「喧嘩売ってるなら買うわよ、小鈴」

「今のは理不尽じゃない!?」

 

 小鈴に据わった目を向けた阿求の様子から判断するに、変に従者を突くのは危なそうだとマミゾウは察する。

 断言しても良いが、単なる家族という間柄に収まるものではない。

 そもそも阿求という少女、本当に見た通りの年齢なのかすらマミゾウの中では怪しくなっていた。妖怪と言われた方がしっくり来る執着心である。

 

「この話を続けても面白いものではなかろうて。どれ、一つ儂が外の世界の話でもしてやろうか」

「え、良いんですか!?」

「わ、私も興味あります!!」

 

 どうやら外の世界は話題として正しかったらしい。

 阿求と小鈴が食いついてくるので、マミゾウは苦笑しながら席を広げて二人を招き、どこから話したものかと思索を広げる。

 

「さて、何を話したものかのう……」

「あ、一つ聞いてみたかったんです! 外の世界って妖怪がいないんですか!?」

「私も知りたいです。幻想郷でずっと暮らしていると、妖怪がいるのが当たり前で……」

「儂も知って驚いたよ」

 

 本当に人妖の共存ができていることに、である。マミゾウ自身が妖怪である以上、実在を疑う余地はない。

 だが、幻想郷の内部についてはいささか想像と違っていたのがマミゾウの感想だ。

 人と妖怪が顔を合わせることを当然と捉える光景など、長く生きてきた中でも見たことがない。

 

 人にとって妖怪とは災害であり、妖怪にとって人とは畏れを得るための餌でしかない。

 そう考えるのが普通の妖怪だ。そして普通の妖怪は幻想が駆逐された外の世界で生きていけず、消滅するか幻想郷に逃げ込んでいる。

 そんな普通の妖怪が集まる場所だからこそ、幻想郷では人と妖怪の力関係が外の世界とは逆転している、と思っていたのだが、いかなる奇跡が起こったのか現時点において天秤は釣り合っているらしい。

 

「お嬢さんらの質問に答えようか。外の世界に妖怪はおらんよ。おとぎ話や怪談話として伝承程度は残っていても、実在はしておらんじゃろう」

 

 無論、人の手が入っていない場所であれば可能性はあるが、幻想郷ほどの規模ではないだろう。

 マミゾウの語る外の世界に二人は目を丸くする。あって当然の存在がいないと断言されたのだ。当然といえば当然である。

 

「一度も見たことがないんですか?」

「ないな。外の世界に妖怪の居場所などなく、土地のほとんどに人の手が入った。よしんば生きているとしても人間たちに混ざって暮らしているか、あるいは幻想郷のように隠れ里を作るか……いずれにせよ、衆目を集める生き方は無理だろうて」

「はー……なんか想像できないなあ。阿求はどう?」

「お兄ちゃんが一度話してくれました。外の世界ではものすごく高い建物や、複雑極まりない仕組みで動く鋼鉄の乗り物があるって」

「うん? お主の家族は外の世界に行ったことがあるのか?」

 

 マミゾウの疑問に阿求は首を横に振った。そしてどう説明したものかと額に指を当てて考える。

 

「えーっと……、外の世界から来た巫女さんの心の中に入ったらそういった風景が見えたとか言ってました」

「顔も知らぬ他人を悪く言うのはあれじゃが、お主の兄君は狂人の類かの?」

 

 何を言っているんだ、という顔になるマミゾウ。

 嘘だとしても外の世界について妙に詳しいし、事実だとしたらどれだけ波乱万丈の人生を送っているのか。

 

「も、ものすごく忙しい人ですから……」

「そ、そうか……。忙しいと心の中に入る機会が来るのか……」

 

 マミゾウの言葉に反論できないのか、阿求と小鈴は引きつった笑いを零すしかなかった。

 おほんと咳払いをして話を戻し、マミゾウは説明を続ける。

 

「う、うむ、その話に間違いはない。外の世界では自動車と呼ばれる鉄の乗り物や、ビルと呼ばれる高い建物がそこかしこに並んでいる」

「高いってどのくらいですか?」

「ものすごく高いものから少し高い程度まで色々じゃが、ものすごく高い方ではこの家を縦に十並べようと届かないほど高いぞい」

「そんなに高いんですか!?」

「崩れたりしないんです!?」

「その辺りの建築技法も遥かに進んでおるのよ。そしてその建物で人が働いておる」

 

 よくもまああそこまで効率的に人を詰め込み、仕事させることができるものだとマミゾウは感心していた。

 こと効率化において人間を凌ぐ生物はいないだろう。例え多少潰れても平気で続けられる仕事など、人間の集団意識には恐れ入る。

 

「はあー……全然想像できないなあ。あ、でもでも、人間の世界って言うんだし人間なら楽しいのかな?」

「さて、どうかのう。案外、人間だけの世界の方がしがらみが増えているかもしれんぞ?」

「マミゾウさんは楽しくなかったんですか?」

「悪くはなかった。儂ぐらい色々と生きるとな。大体どこに行ってもこんな感想になるものよ」

 

 楽しいこともあれば、苦しいこともある。嬉しいだけでなく、悲しいものもある。

 禍福は糾える縄の如し、というものだ。マミゾウはいつの間にか手元に引き寄せていた煙管を弄びながら話し、そこで切り上げる。

 

「さて、つまらん話はここまでにしよう。外の世界の面白そうな話をしてやろうか」

「何があるんですか!?」

「そうさのう。まずはてぇまぱぁくなる遊ぶための施設についてなど――」

 

 

 

 

 

「――とまあ、外の世界では多種多様な食事情がある。とてつもなく辛い食べ物や、途方もなく臭い食べ物なんてものまでな。人間の探究心とは何とも凄まじい」

 

 そう言って語る口を閉じ、マミゾウは長く話してしまったと残った茶を飲み干し、饅頭の欠片を口に入れた。

 

「うむ、冷めても美味い。菓子職人として生きるなら儂専属にしたいくらいじゃ」

「私のですよ!」

「これは振られてしもうた。残念無念。しかし、そろそろ良い時間になった」

 

 その言葉を受けて阿求と小鈴の二人は外へ視線を向ける。

 既に日は落ちかけ、夕焼けが鈴奈庵に差し込んでいた。

 

「え、もうこんな時間!? あ、やばっ、店番サボってた!」

「小鈴の母親には儂から目配せしておいてやったよ。まあ叱られるのは避けられぬじゃろうが」

「庇ってくださいよマミゾウさん!?」

「子を叱る母親を止められるのは父親と相場が決まっておる。頼むなら父親にすることじゃ」

 

 これから待っている未来を想像してシワシワの顔になる小鈴に呵呵と笑い、マミゾウは阿求の方へ顔を向ける。

 

「そちらも帰らず大丈夫か? あまり遅くなると従者も心配しよう」

「あ、私は大丈夫です。もうすぐ――」

 

 

 

「――阿求様、お迎えに参上いたしました」

 

 

 

 主の言葉を待っていたように、店の入口に長刀を背負った少年が現れた。

 阿求はパッと顔を輝かせて少年――楓の方へ駆け寄っていく。

 

「阿求様、小鈴とは話せましたか?」

「うん。マミゾウさんって言う外来人のお話が聞けてとっても楽しかった!」

「む……?」

 

 楓の視線が店の奥に向けられ、マミゾウと目が合う。

 その紅い瞳に射すくめられたマミゾウは身体が硬直してしまう。

 

「う、ん? おう、儂は二ツ岩マミゾウというものじゃ。つい先日、外来人として幻想郷に流れ着いたしがない金貸しよ」

「……そうか。自分は火継楓。阿求様の従者を務める傍ら、人里の守護者も兼任している」

「ほほう。それはそれは、まだ若いながら凄まじいものじゃのう」

「未だ父の背を追うばかりの身だ。幻想郷は全てを受け入れる。何事もなければ(・・・・・・・)それに越したことはない」

 

 楓は手を伸ばし、安楽椅子に腰掛けたままのマミゾウと握手を交わす。

 

「阿求様と小鈴が世話になったようだ。それには感謝しよう」

「受け取ろう。なかなかに居心地も良いし、店番のお嬢ちゃんも気に入った。儂はちょくちょくここに通わせてもらうよ。外の世界にも多少の伝手がある。本を渡すことぐらいはできそうだ」

「本当ですか!?」

 

 小鈴が目を輝かせてマミゾウの方へ身を乗り出し、マミゾウは困ったように笑って彼女の相手をする。

 これ以上の話は難しいだろう。楓は小さくため息を吐いて、店の入口で待つ阿求の方へ戻った。

 

「帰りましょうか。彼女から何を聞いたのですか?」

「その前にお兄ちゃんから聞きたいな。今日は何かあったの?」

「そう大したことはありません。妖夢が稽古に尋ねてきて、たまには場所を変えてやろうと無縁塚の方に足を運んだら映姫から逃げる途中の小町と鉢合わせし、距離を操る彼女を妖夢と二人がかりで捕まえて映姫に突き出したくらいです」

「なにそれ気になる」

 

 阿求がマミゾウと話している間、また何か冒険してきたのかこの男は。

 絶対に後で詳しく話してもらおうと心に決め、阿求は楓の手を握って家路につくのであった。

 

 

 

 

 

「……行ったか」

 

 楓たちが去っていくのを見送り、マミゾウは静かに息を吐く。

 顔には出さないようにしていたが、背筋にじっとりとかいた汗が気持ち悪い。

 

「マミゾウさん?」

「ああ、なんでもない。外来人には刀を背負った少年が見慣れなかっただけじゃ」

 

 嘘である。いや、外の世界では久しく見ていなかった戦う人間であることに驚きがあるのは否定しないが。

 何より驚いたのは、自分の変化をひと目で見抜いたことだ。

 彼は間違いなく自分が妖怪であると確信を持っている。

 自分を幻想郷へ招いた者――ぬえが少年を混ざりもので妖怪の気概もない半端者と下した評価が蘇る。

 

「全く、人を見る目を養えと過去に言ったのに学んでおらぬな……」

 

 混ざりもので妖怪としての自覚がない。それは一面で正しいのかもしれない。――それは彼が弱いことと結ばれるのか?

 当然答えは否。マミゾウは軽く相対しただけで少年の身に秘められた力量を見抜いていた。

 

(ぬえと儂が並んで戦えば可能性はある。個人で挑んだら間違いなく返り討ち。特に儂は搦手の方が得意なクチ。殴りかかっても瞬殺がオチじゃな)

 

 妖怪は強い。だが、結局最後は人間に退治されたのを忘れてはいけない。

 時折生まれるのだ。妖怪を生身のまま殺し尽くせるような、規格外の人間が。

 

「……のう、小鈴や」

「はい?」

「あの少年、父の背を追っていたと言っていたが……あやつの父親は知っておるのか?」

「幻想郷で知らない人がいないくらいの有名人ですよ! 私が生まれる前にあった百鬼夜行も一人で退治したって聞いてます!」

「…………」

 

 絶句するしかない。少年が少年なら、親も親か。

 同時に幻想郷がここまでの黄金期を築けている理由の一端にも思い至り、乾いた笑いを零すしかなかった。

 

「幻想郷も幻想郷で恐ろしい世界じゃよ、全く……」

 

 

 

 

 

「なるほど、外の世界のお話ですか」

「うん、外の世界って広いんだなあって思ったよ」

「凄まじいものですね。外の世界で一廉の勢力を保っていた妖怪とは」

「え? あの人は外来人って……」

「彼女はおそらく化け狸の類です。文字通り化かされたのですよ」

 

 楓の目――魂の形を見抜く魔眼はマミゾウの魂を見抜いていた。

 本当に人間だった場合、肉の器に阻まれてほとんど見ることはできないため、ハッキリと視認できる魂を持つ時点で彼女が人外である確信を持つには十分だった。

 

「え……えぇっ!?」

 

 阿求と楓の帰り道。特に隠す理由もなかった楓が阿求にマミゾウの正体を話してしまう。

 そこでようやく阿求は自分が言葉で煙に巻かれてしまったのだと理解し、幻想郷縁起の編纂者が情けない……と落ち込む羽目になるのだがそれは別の話である。




マミゾウさん登場。海千山千の妖怪な上、外の世界で人間との関わりも持ち続けていた妖怪なので楓たちのヤバさも大体ひと目でわかっています。
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