「あやや……これは由々しき事態ですね」
射命丸文は自宅兼職場である家で一人唸っていた。
机の上に並べられたのは自分の発行している文々。新聞と花果子念報の二つ。
新聞の構成、書き方、見せ方など、どれを取っても自分が上であると断言できる。
「だけど、話題性が強すぎる……! なんであの子、ここまで事件に直面できるのよ……!」
上に挙げた内容は言ってしまえば小手先のもの。
決して疎かにして良いわけではないが、新聞が情報を伝達する紙面である以上、情報の価値こそ何よりも重視される。
そしてここ最近のはたての新聞はこれでもかと言うほど面白い情報を先取りしており、新聞の先駆けを努めた文々。新聞を凌ぐものがあった。
速度には自信がある。これだけは天魔にも匹敵すると自負するが、事件のある場所全てに駆けつけられるわけではない。
「……待った。そうよ、そもそもとして、あの子だけタイミング良すぎない?」
はたてとの付き合いは長い。それ故新聞の違和感にもすぐに気づいた。
彼女は天狗の中では変わり者だ。人付き合いを苦手とし、目的もなく外に出ることすら嫌がる出不精。
だから彼女は自身の能力である念写を使って新聞を作る。
本当に最近の事件を引き当てることもあれば、数ヶ月前の事件を語ることもある、まさに当たるも八卦当たらぬも八卦といった新聞だ。
それがここ最近になって急激に情報の精度が上がっている。となれば考えられる可能性は多くない。
「あの子の能力が強くなったか、もう一つ――事件の中心人物とつるんでいるか」
まあ後者だろう、と文は特に考えることなく判断する。能力は基本、解釈を変えて幅を広げることはできても出力を変えることはできない。
「楓かぁ……」
なので文は原因にいるのは人里の守護者として目覚ましい活躍をしている少年――楓の名を挙げる。
彼のそばにいれば良くも悪くも事件には事欠かないだろう。
だがずっと彼女に先を越され続けるのも癪だ。
「――よしっ、動きますか!! 情報は足と翼で稼ぐのが基本です!!」
そうと決まれば話は早い。文は手早く身支度を済ませると今日もまた幻想郷の大空へと飛び出すのであった。
「姫海棠のことか? ああ、確かにオレが命令して楓につけた」
最近のはたての動向について、当事者以外で詳しいと思ったのは天魔その人だ。
妖怪の山の頂ではちょうど楓と稽古をしていた天魔が、右へ左と腕をせわしなく動かして術を放っていて、楓はそれを黙々と回避、または防御に徹している。
長刀は抜かずに左手の刀を振るって風と炎を断ち、時には右手から放った術で相殺しながら秒と同じ場所に留まらず動き続けていた。
「あやや、やはり天魔様でしたか。どういった風の吹き回しです?」
文の言葉に天魔は視線を向けることなく、また術を放つ速度も落とすことなく答える。
「天狗ってやつに慣れてもらおうってのと、一人ぐらい天狗を自分の側に引き込めるか、って試金石だな。後はまあ、姫海棠に横のつながりが少ないってのは知ってたからそっちの解消もあわよくばってところか」
「ご存知だったんです?」
「お前からの報告ぐらいしかあいつの近況は上がってこなかったからな」
それにしても天狗全員を知っているかのような口ぶりである。
いや、彼は天狗全員の事情を正しく知っているのだろう。そしてそれを当然と信じているのが天魔という、文が絶対の忠誠を捧げると己に誓った天狗だ。
「いつになるかはわからんが、楓には次期天魔の座を渡しても良いと思っている」
「あやや、私に話してもよろしいので? 特ダネじゃないですか」
「腕が頭の意に反した行動を取るか?」
天魔が一瞬だけ振り返り、不敵な笑みを見せる。
そう言われては文もうかつな行動はできない。降参だと言うように肩をすくめた。
「わかりました、これ以上は聞きません。いかなるものであれ、天魔様のご判断に従いましょう」
「優秀な片腕を持ててオレは幸せだよ」
「じゃあ話を変えて、今は何をやっているんです?」
「防御術の訓練だ。一定時間、オレがひたすら攻撃し続けてあいつは避けるか防ぎ続ける。時々やっているものだな」
「普段は何を?」
「剣、体術、術のみでの戦闘。今みたいな防御重視の戦闘。後は何でもありの勝負といったところか。楓の提案で色々と条件を付与して戦うことが多いな」
余談だが何でもありの勝負の場合、楓は天魔が相手でも優位に戦うことができていた。
会得できると思った術を無節操に何でも取り込む彼の貪欲さは、すでに戦闘力という一点で天魔に匹敵するほどの力量を与えている。
とはいえそれで満足などできるはずもない。なので楓は自分の力を縛り、あえて天魔と同じ土俵に立つことで天狗の術や剣術も全て覚えるつもりなのだ。
「あやや、貪欲ですねえ」
「全く、オレから本当に全部を超える勢いだ」
僅かに苦笑する。少年の父親とて、天魔と全く同じことができたわけではないというのに。
などと話している間も術の猛攻は途絶えることなく、一つ避ければその先に三つ、それらに対処したらすでに別の術が十起動しているといった詰将棋の如き動きで楓を追い詰めていた。
「――っ!」
しかし楓は焦らず全てを見極め、左手に持つ刀を一閃させる。
それだけで楓の周囲にあった術は全て霧散し、その上からさらに多くの術が殺到する。
術を切り払うことまで天魔の掌。それを理解した上で楓は右手を地面に叩きつけた。
すると彼を中心にドーム状に土が盛り上がり、彼の姿を隠す。
無論、ただの隠れ蓑程度の土壁など天魔の操る風の前では砂塵と変わらない。容易く吹き散らされ、土埃すら薙ぎ払った風はしかし、楓の姿を捉えられなかった。
「ほぅ」
「おお、これはまたなんとも」
どんな術を使ったのか、楓は五体満足で別の場所に出現していた。
移動ではない。単に素早く動いただけなら天魔と文、どちらも気づいている。
つまりこれは移動ではなく――文字通りの転移と言っても過言ではない。
「どうやった?」
「……魔界で学んだ術だ。ごく短い距離なら霊夢の亜空穴のように移動できる」
「他には何が使えるようになった?」
「術で言うなら仙術もどきぐらいだ」
「もどき?」
「見様見真似で雑な囮を作るぐらいしかできてない。どうせなら本格的に学びたい」
こんな風に、と楓が腕を振って動くと、先程まで立っていた場所に楓と同じ姿の存在が現れる。
だがそれが動くことはなく、また時間が経つと煙のようにかき消えてしまった。
「意欲的で大変結構。今日の稽古はこのぐらいにするか」
「わかった。時間を割いてもらって感謝する」
「なに、未来の天魔への投資さ。で、文は楓に用があるのか?」
「もうよろしいので? では楓、この後少し時間をもらってもよろしいです?」
「取材か? 悪いが今話せる内容に面白いものは少ないぞ。とうとうスキマがボケたと慌ててやってきた霊夢の相手をしてたら、うっかり話を聞いていたスキマが拗ねたのでご機嫌取りに奔走させられたくらいだ」
「なにそれ気になる」
どういった経緯でそんな状況になったのか。文は思わず真顔でツッコむが、楓はそれ以上の仔細を語ることはなかった。
ともあれ気を取り直した文ははたての新聞が最近妙に出来が良いことを話すと、楓は驚いた様子もなくうなずく。
「多分、俺にまつわる話を新聞にしているからだろうな。ここ最近、良くも悪くも事態の中心にいることが多い」
「ふむふむ、では今日は私があなたについて回ってもよろしいですね?」
「なんでそうなる」
「はたてばかり特ダネ製造人のそばにいるなんて不公平じゃないですか! 私にもそのおこぼれに預かる権利ぐらいあるはずです!」
「好きで特ダネ作ってるわけじゃないんだが」
しかも楓が何かやったから取材させてくれではなく、これから何かやらかすと確信してるから同行させてくれと来た。
あんまりな扱いに楓も真顔になるが、文は持論を曲げるつもりはなさそうだった。
仕方がないと大きなため息をつき、楓は今日の予定を指折り数えていく。
「……この後紅魔館に寄って、パチュリーの様子を見に行こうと思っていた。焚き付けたのは俺だからな」
「あやや、何かやったんです?」
「喘息を治す薬を作ってくれと言われたから、運動しろと突き返して門番に見張るよう頼んだ」
だいぶ時間も経過しているのだ。真面目に運動を続けていればそれなりの成果は出ているだろう。
「ほほう、面白そうですね! 私が取材しても?」
「パチュリーには許可を取れよ。そこまでは面倒見ないぞ」
「わかっておりますとも! 清く正しい射命丸をご存知でないと?」
「距離を離して向こうの視界外から見て取材したと言い張ったら俺がチクるからな」
「千里眼持ってるあなた相手にそんなことしませんよ。私を信じてくださいって!」
千里眼を持ってなかったらやったのだろうか。
楓はどこか胡散臭いものを見る目で文を一瞥した後、天魔に別れの挨拶を告げて紅魔館へ飛び去っていくのであった。
「おや、楓さん。咲夜さんならちょうど人里へ買い出しに行ってしまいましたよ。入れ違いですか?」
紅魔館の門前へ降りると、門番を務める美鈴が朗らかに声をかけてくる。
しかし今日の用事は違っていたため、楓は首を横に振って用件を話す。
「パチュリーに用があって来た。あんまり図書館に顔も出せてなかったし、体の具合を聞こうかと」
「なるほど、そちらでしたか。パチュリー様はいつものように図書館におられますので、本人から直接聞くのが良いと思います」
「そうさせてもらおう。ところでお前に運動の監督を頼んでいたが、どうだった?」
「意外なことに体を動かすこと自体はそう嫌いじゃないみたいです。楓さんに頼まれて始めましたが、結構意欲的についてきましたよ」
「ふむ」
「この前は空気の綺麗なところを求めて天界に散歩に行ってましたし」
「なんと」
楓は目を丸くする。体調が良くなっていたら連れて行こうと思っていた場所に自分で行っていたとは。彼女の意欲を甘く見ていたかもしれない。
「お話されるのでしたらどうぞお通しします。……ところで後ろの烏天狗は一体?」
「あやや、私のことはいないものと考えていただいて大丈夫ですよ?」
「メモ片手にペン動かしてるブンヤを無視できるわけないでしょう!?」
「いやあ、しょっちゅうメイドに怒られている門番かと思いきや、彼と一緒の時は普通に応対するんだなって感心してしまって。特別な相手なんです?」
「体術の稽古仲間だ」
「いやあ、拳法の稽古ができる相手は貴重ですから。咲夜さんもできるんですけど、あの人追い詰められると時間を停めて勝ちに来るんですよねえ」
それがまた可愛いんですけど、と美鈴は大して気にした様子もなくケラケラと笑う。
「あ、一応確認しましたけど楓さんのお連れならどうぞです。彼の目をかいくぐって新聞作れたならそれはそれで面白いですし」
「それは別の機会に挑戦するとしましょう。ではでは、失礼しまーす」
楓と一緒だと他勢力でもほぼ顔パスのため、色々と楽ができてありがたい。
迷わず目的地へ向かう楓の後ろに文もついて歩き、図書館の中へ入っていく。
内部は以前に見たときと変わらず視界全てを埋め尽くす書物の山と、以前とは違って淀んでいない空気が漂う。
「おや、あんまり埃っぽくありませんね」
「前に掃除をしてから定期的に掃除をするよう咲夜に頼んでおいた。パチュリーが泣いても喚いても実行しろと医者としての見地でな」
「そ、それはそれは……」
容赦のない判断に文は口を引きつらせる。
とはいえ埃っぽい空間は文もゴメンだったので、口を引きつらせる以上の同情はしなかった。
二人が図書館の中を進んでいくと、中心部の机で今日も飽きずに本に囲まれて本を読み耽るパチュリーが鎮座している。
図書館の主である彼女は楓たちの来訪に気づくと顔を上げ、楓の存在を認めると不服そうに眉をひそめた。
「……人に運動を命じて、掃除まで咲夜にお願いした挙げ句、全く顔を出さなくなった不調法者がようやく来たの」
「まるで長い間放置された恋人みたいな言い草ですねえ」
「楓に求めているのは医者としての見地よ。下らない世俗と一緒にしないで」
文の揶揄する言葉を一蹴し、パチュリーは本を閉じて立ち上がる。
「で、今の私はどう? 地道な運動を続けて、空気も綺麗にするよう心がけたわ」
「正直そこまで積極的に動いてくれたのが意外だった」
「専門家の言葉は素直に聞くようにしているの。あなたは私専属の医者と言っても過言ではない。というか紅魔館に来る医術の知識を持った人間があなたしかいない」
「それはそれで問題あると思う……」
「お医者さんって大事なんですねえ。純粋な妖怪の集落である天狗にはわかりにくい話です」
およそ妖怪たちに体調不良というものは存在しない。
それは楓も例外ではないが、彼は人間の少女である御阿礼の子に仕えているため、人の体調というものはよく知っていた。
レミリアが咲夜たちに気を使う理由がわかるものである。妖怪である彼女と違い、人間は些細なことでも死んでしまうのだ。
「必要なら医者の紹介をする。そっちだって同性相手の方が気楽だろ」
「嫌よ、面倒。これからもあなたがこっちに通って私を診て。その代わり好きな本を読んで良いって契約でしょう」
「そんな契約した覚えがないんだが……いや、わかったよ。だからその血判状見せつけるのをやめてくれ。それ破ったら絶対ロクなことにならないって俺にもわかる」
「あややや、これは期せずして大スクープですよ!! 人里の守護者が魔女との契約を結ぶ! その背景には魔女の隠された秘密が……!?」
すごい勢いで手元のペンが動く文をパチュリーは不愉快げに一瞥し、楓の名を呼ぶ。
「楓」
「文に新聞にしてほしい内容は別にあるからそこで話す。それはそうとここに来たついでだ。診察しても?」
「そこのブン屋は追い出して」
「後で呼ぶから少し待っててくれ。勝手にどこか行ったら今日の取材内容全部燃やす」
「怖いこと言わないでくださいよ!?」
彼なら今日の記憶全部忘れさせることぐらいできそうで怖い。
文がそそくさと出ていき、図書館の扉前で楓が戻ってくるのを待つことにする。
「しかしまあ、彼はどこを目指しているのでしょうねえ……」
天魔に匹敵する力量を求めたかと思いきや、紅魔館の魔女に信頼されるほどの医術も修めている。
これでさらに本業は側仕えであり、従者としての技能が一番高いというのだから方向性のわからない少年だ。
「全部じゃない?」
「おや?」
そんな文の独り言に答えたのは後頭部で腕を組んだレミリアだった。
「自分にできることは全部やりたいのよ。必要になれば全部捨てられるけど、言い換えれば必要にならない限り全部捨てないってことだし」
「ふむ?」
「強欲は身を滅ぼす、って言うのかしら。まあ欲しい物全部力づくで奪ってきた私が言うことじゃないけど」
チロリと赤い舌と白い牙をのぞかせて笑うレミリアの姿は妖艶な吸血鬼のそれだった。
その気安さやあまり表舞台に出ないため忘れがちだが、彼女は本来、地底に隠れた鬼に匹敵する大妖怪なのだ。
「でも強欲な人間は嫌いじゃないわ。分不相応な願いで破滅する様も見物だけど、それぐらいの大望を御してこその英雄よ」
「やはり彼にも英雄としての姿を求めているのですか?」
「もっと先に行ってほしいのよ。おじ様は前人未到の領域に至っていたでしょうけど、それでも人間だった。楓には正真正銘、誰も見たことのない景色を見てほしい。そのための礎なら喜んでなるわ」
「愛されてますねえ」
文は当たり障りないことを言うだけに留めておく。
彼女のある種狂的な感情は、紅魔館と多少の付き合いがある勢力は皆知っている。そして下手に触れたら不味いこともわかっている。
「――」
そんな文の心を読んだのか、レミリアは牙を剥き出しにしたおぞましい笑みを浮かべ、踵を返す。今の笑顔以上に雄弁な言葉など何もないと確信して。
文は何も言わずそれを見送り、知らず握り込んでしまっていた拳をゆっくり開いて力なく笑う。
「ははは……彼の隣は話題に事欠きませんが、命の危険も絶えませんね……」
面倒な輩に面倒な愛され方をしているものだ。
それらを知ってなお彼の隣に立とうとする輩がいたとしたら、きっとよほどの傾奇者に違いない。
などと考えていると、楓がパチュリーを伴って図書館から出てくる。
「待たせた。移動しよう」
「それは構いませんが、紅魔館の魔女も連れてどこに行くのです?」
「新しい散歩コースを教えろと言われたから迷いの竹林方面を教えるついで、竹林の屋台に向かう。あそこは宣伝してほしい」
あそこかと文は納得の表情を見せる。以前、開店当初にはたてや椛を誘って行ったことがあった。
「楓の名前を出すつもりですが、宣伝しても良いんですか?」
「構わん。一枚どころじゃなく噛んでいるし、出資者のようなものでもある。文句を言われたらお前を紹介するからそこでまた仕事を受ければ良い」
「ふふ、記者使いが荒いですね。ですが嫌いじゃありません。では行きましょう!」
文が意気揚々と飛び上がるのに追従しようとすると、楓の腕が遠慮なく引かれる。
振り返るとパチュリーが不満を露わにした様子で楓を睨んでいた。
「楓、私は静かで空気の綺麗な散歩コースを教えろと言ったのだけど?」
「天界は嫌だと言ったのはそっちだろ。妖怪の山は歩いて登るには辛い場所だし、竹林ならあわよくば医者に紹介もできる」
「呆れた。私を医者に紹介するってまだ諦めてなかったの」
「もう腹はくくった。お前の体調の責任は俺が持つ。が、それはそれとして意見が多いに越したことはない。魔法の研究と同じだ。物事は多角的に、客観的に確かめられるべきだ」
間違えない人間は存在しない。まして楓は阿礼狂いであり、半人半妖の肉体がある。
故に判断を間違えることもある。そして彼が判断を失敗する場合、大体の状況において極めて大きな騒動になる可能性が高い。
「むきゅ……そう言われると研究者としてうなずかざるを得ないわ」
「納得してくれると助かる。俺一人の最善より、複数人の力を借りた方が上手くいくものだ」
「……見ない間に少し変わったわね。前はそれでも一人でどうにかしようとしたのに」
「手痛い失敗をして反省したんだ」
それだけ言って楓も飛び上がり、パチュリーを案内するように先導する。
パチュリーも軽く息を吐くと、以前よりだいぶ軽く感じるようになった肉体を浮かび上がらせて楓たちの後ろをついていくのであった。
「――で、屋台のところに来たは良いけどミスティアも私もいなかったから家に直接来たと」
場所は屋台の店主――藤原妹紅が暮らす真新しい家。
そこで部屋の主人である妹紅はいきなり訪ねてきた三人にお茶――楓が以前に置いていった――を出し、事情を聞いて頭痛をこらえていた。
事情を話した楓は腕を組んで鷹揚にうなずき、全く反省の色が見えない顔で口を開く。
「うむ。事前の連絡なしはさすがにダメだったな」
「楓、断言してもいいけどあなたは行き当たりばったりの選択を、自分の立ち回りで無理やり最善に引っ張ってるだけよ」
「文が来るのが急だったんだ。前々からわかっていれば根回しぐらいやっている」
「私がいきなり来たのは認めますけど、宣伝に利用しようと考えたのは楓ですよね?」
「……さて、妹紅。屋台の調子はどうだ?」
逃げやがった。そんな視線が三方向から突き刺さる中、楓はそれら全てを無視して話を進めた。
妹紅は何を言っても無駄だと察し、それでも特大のため息を見せつけてから話し始める。
「趣味の屋台としては上々ね。リピーターもつくようになってきた。だけどこっちも同じ味を提供し続けるだけじゃあ早々に頭打ちになりそう」
「だろうな。リピーターを逃さないのも大事だが、新規の開拓も重要だ」
「そこでこの清く正しい射命丸文が、あなたたちの取材を行おうというわけです!」
「筋は通ってるわね。私に一切話が来なくていきなりだったことを除けば」
「悪かったって」
「反省してないでしょう?」
「さすがにその日に誰が来るかまで予想して予定作るのは無理だと思う」
「誰も来ない日とかないの? 一人の時間がほしいとか思わないわけ?」
首を横に振ると、三人が信じられないという顔で見てきた。
そもそもの話、楓は常に椿という己にしか見えず、己にしか干渉できない付喪神のなり損ないが物心ついた頃から側にいる。
完全に一人の時間というものはむしろ知らないと言っても良い。楓にとって孤独とは未知の領域なのだ。
「わかった。楓に常人の感性を求めちゃダメだってのがわかった。……良いわ、良いわよ、もう。天狗の取材だっけ? 受けてあげるから良い記事を書きなさいよ」
「おお、では早速屋台を作るに至った経緯などをですね……」
取材に応えるとわかった途端、文は目を輝かせてブン屋としての仕事を始めていく。
こうなっては楓たちは邪魔者になるだけだ。暇そうになっていたパチュリーに視線で退出を促し、二人で外に出る。
妹紅の家は迷いの竹林で言えばごく浅く、しかし人里から見れば十分に深い場所にある。
日光が木漏れ日となり、淡く差し込む以外の光源が少ない薄暗い場所で、むしろパチュリーは居心地が良さそうに伸びをする。
「んっ、場所としては私好みね。日陰者らしい陰気な場所だけど、空気は綺麗」
「迷いの竹林の名前通り、特定の順序で歩かないと奥へたどり着けない結界が張られている。そこに触れない範囲で安全な場所を案内するからついてきてくれ」
「わかったわ」
大人しくパチュリーがついてくることを確認しながら、楓は比較的浅い場所で散歩できそうな場所をいくつか案内する。
美鈴がパチュリーを体を動かすのは苦にしていないと評した通り、意外にも彼女は好奇心に顔を輝かせて竹林を歩いていた。
研究者としての気質もあるだろう。本以外からでも知らないことを知ることが彼女にとって何よりの娯楽らしい。
これからは時々彼女に良い散歩コースを教えてあげても良いか、と考えているとパチュリーが不意に口を開いた。
「楓」
「なんだ?」
「過程こそ強引極まりなかったけど、結果には感謝しているわ。あなたを頼って、私はあの苦しみから離れることができた」
「完治したわけじゃない。治すことだけを考えるなら、天界で暮らす方が体に良いぐらいだ」
「お断りよ。本を読む日陰すらロクにない場所で暮らすくらいなら、喘息と付き合う道を選ぶわ」
「そうか。紅魔館でも言ったが、腹はくくった。医術を学ぶ端くれとして全力は尽くす」
「そうして頂戴。私はあなたのがむしゃらさと、つながりの多さは信頼に値すると思っているから」
パチュリーは楓と付き合いの深い部類ではない。
普段から方々を出歩いている楓と、基本的に図書館から外に出ることがないパチュリーでは行動圏が被らない。
しかし、彼が色々な方面で動いているのは彼女の耳にも届くほど。
後は魔女仲間である魔理沙やアリスの口から語られる話を聞いて、パチュリーは楓という人間に対してこういった評価を下していた。
――出鱈目な動きをするし、大勢を振り回すが、それだけ多くの結果を引き寄せることができる存在である、と。
楓の実力や在り方ではなく、その生き方に価値を見出した。
パチュリーは楓にいつも見せているむっつりと引き結んだ不機嫌そうな顔を僅かに緩める。
「だから患者の信頼には応えなさい。私の主治医でしょう?」
「……最善を尽くそう」
また面倒事を背負い込んでしまったと思いながらも、楓はパチュリーの信頼に背く気にはならなかった。
理由は面倒だとか他の勢力に弱みを見せたくないとか、そういった打算があるのだろうが、それでも信じる先に自分を選んでくれたのだ。
その信頼は捨てるべき時が来るまで捨てたくない。これまで以上に医術の勉強も深めていかなければ、と楓は一層の精進を己に課していくのであった。
パチュリーさんは楓の行動自体に信用を置いているタイプです。
頼み事をしたら物事が大きくなって、大勢を巻き込んでハチャメチャになるけど、大体丸く収めてくれるという方向の信用。
魔理沙や霊夢の面倒を見ているっぽく動いてますが、こいつもこいつで他人を躊躇なく巻き込むし本人の行動指針もだいぶ適当というか、ちゃんと考えているし筋も通っているけど割といきあたりばったりなので描写外で霊夢も魔理沙も騒動に巻き込まれてます(真顔)
そして次回から心綺楼の導入に入っていきます。あとぼちぼち他勢力の地雷も起爆準備始めます()