東方書録   作:鳥の番

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 ヒッソリ移転。
 書き直し多いですけどどうぞ宜しくお願いします。


第1書 番人の誕生

 ――暗い。此処は、僕は今どこにいるのだろう?

 

 不思議と体が動かせない。全身から力が抜けたかのようだった。微かに余力が残る目を動かすも、見えるのは深い、深い闇ばかり。

 

 ――――わからない、なんだか体が冷たくなってきた。

 

 寒い、目を開けることすら億劫だった。瞼に重く塞がれさらに濃密な闇が広がる。

 

 ――――――眠い、ああ、そうかこれは夢か……なら……。

 

 そこまで思考が行き着くと、全身に暖かい何かに包まれた。でも、僕の心には不安一つないほどに澄み切っていた。知ってるこれは……。

 

 ――――――――覚めない夢なんてないだろう?

 

 不意に聞こえた声に不思議な暖かさに包まれた。僕はその夢心地な安堵感に似た波に呑まれ、最後にこんな誰かの呟きを聞いたような気がした。

 

 ――待っていた。ようこそ『書の番人』よ。

 

 ◆

 

「――あれ……?」

 目を開けたはずだったがそこは何も見えない真っ暗な視界。景色も何も見えなくて目が閉じているのかと寝起きの僕は錯覚してしまいそうなほどであった。

「うん大丈夫、ちゃんと起きてるよね?」

 普通、目が覚めたら『知らない天井だ』とか、ベタなセリフを言うのだろうが……出てきた台詞に含まれているのは困惑、まさにそれだった。

 

 あれ……たしか家で寝ててそれから妙な夢見て、あれ? というか僕の部屋ってこんなに暗かったけ?

 そう確認するも先も言ったように何も見えない。と言うか瞼が開いているのかさえも自分では判断できないほどに周囲は暗く、天井と思える暗闇の中を睨み付けるように見上げるも、さっきと変わらず見えるのは先が見えない黒色。

 

 暫くぼーっとして見ていたがそもそも天井なんてものがあるのか怪しいほどの深淵の闇に阻まれて結局は天井のそんがんを見る事は叶わなかった。

 と言うか……。

「僕の部屋ってこんなに光を遮断するほど閉鎖的だったけ?」

 そう考えると僕は出てきた疑問に思わず頭を捻った。

 いや閉鎖されている空間だからこれだけ暗いだけであって、少なくとも天井はあるのかな。自分でも呆れるほど落ち着いた思考でしごそんなどうでもいいことを考えながら、取り合えず明かりをつける為に立ち上がった。

 

「うわっ」

 やはり光度の足らない場所では平衡感覚が全くといいほど分からず、危うく倒れそうになるも、めちゃくちゃに動かした両手で何とか壁に手を付き、頭から倒れる事に難を逃れる事が出来た。前が見えない事で覚束無い足取りながらも何とか立ち上がる。

「取り合えず電気……ってどこだっけ」

 

 一寸先も闇の中で彷徨いながら、一先ず明かりを求めて壁伝いに動き前に進んだ。しかし自分の家の中で迷路の真似事をやるとは僕自身思わんかったよ、と自分への呆れを含めた溜息を吐き出した。

 昨日、仕事から漸く我が家に帰ってきた訳なのだがいきなりこんな探索染みたことをする事になるとは。引き攣った笑みが浮んだような気がする。

 そうそう、帰ってきた。と言ったがそれは言葉通り。そもそも半年に一回帰ってくるかどうかな家なだけであって明かりを付けるためのスイッチの場所すらわからない。というか忘れていた。

 我ながら一目見ただけで契約を済ませた家なだけであって、自分の家の間取りすら記憶に残らないほど忘れていた。自分の事ながらこの時ばかりはアホかと思った。

 

「ん?」

 そこで家の中で彷徨っていて気づいたのだが、何だこの足に伝わるほんのりと柔らかい感触は? 手で触ってみると羽毛を敷き詰めたような、その触れた物を包むような柔らかさに僕は驚いた。

 素足だったからか、ダイレクトに足裏に伝わる毛糸のようなザラザラとした感触だが、不思議と不快な気分を感じさせないような、逆に言えば手触りがいい感触に僕は再度目を剥いた。

 何とも言えない違和感、冷や汗が背筋を伝う。

 

「……ウチって畳だったよな……?」

 流石の僕でもそれくらい覚えている。貧乏社会人らしくワンルームだけの部屋だった筈なのに……。

 そこでやっと違和感に気づいた、『広すぎる』と。

 ――目測だが今の今までおよそ5分ほど歩いてるにも関わらず、手を付いている壁以外、僕の前進を阻む壁に一度すらぶつかっていなかった。

 僕の住む場所は都会、とも言えないが程ほどに発展した街だった。それでも数分歩いても壁に当たらないとはどう考えても可笑しい。

 

 それに一社会人でもあり、その字の前に貧乏が付く僕がこんな広い家に住んでいる訳がない。

 なら、此処は何処だ? 最近ニュースになっていた拉致か何かなのか? でもそれであれば僕が拉致される理由がない。何故なら狙われた人達が皆裕福層一般人なのだから。

 ……知らない場所にいる事で動揺する僕に畳み掛けるように鼻を衝いた独特の何かがカビ付いたような匂いにうっと呻いた。

 しかしこの匂いは知っている。嗅ぎ慣れた――その匂いは、僕には馴染み深いモノと感じさせると同時に言い表せられない懐かしさを感じていた。

「いいにおい……」

 

 蜜の匂いに誘われる『虫』のように、いつの間にか手を付けていた壁からは僕は手を離して足が勝手に前へ前へと動いていた。

 

「?」

 何かに急かされているような気がして不思議と歩みが速まった。でも一度も障害物にぶつかる事無く、徐々にだがその事で僕の中にあった暗闇対する恐怖心が薄れていった。

 既に、暗闇の中で奔っている様な感覚さえあった。自分の足音が響くほどに足早に、周囲が暗いせいで速度はわからなかったが前から来る風からそれなりの速さなのだろうと予測した。

 普通であれば暗闇の中で走るなんて危険な事はしないが、薄れた自意識の中、僕はそんな事に構わず足を前へと進んで行った。

 何処に向かっているのか、自身でも分からないが止まってはいけない。そんな気がした。

 

 それは唐突に、途端に、僕の進んでいた足が止まり。最初からここで待っていることが決まっていたように足が動かなくなった。と同じく、鼻を衝く臭いがより一層強烈に感じ、ふと頬が緩んだ。

 ――そしてそれは突然に。

 シャーと小気味いい音と共に何かが引かれるような音が部屋中に響き、差し込んできた燃えるような日の光に僕は顔を顰めた。数秒の間の後、引き延ばした目の中でそれは視界に入った。

 

「――……!」

 言葉が出なかった。僕はただ呆然とその驚きを目を丸くする事で表現した。

 台座……。いや、台座と言うには些かおかしいか。それは余程の職人が作り上げたと思われるほどの王座とも言える椅子であった。

 一目では台座と見間違えるほどに豪奢でもはや唯も椅子とは言えないほどに見事な出来であったそれは、一国の財と並ぶであろうほど金銀と数多くの宝石で遜色されていて、まさに王座とも謳われるモノであった。

 しかしそんなモノより、僕の目を引いては離さないモノが静かに、その王座に立て掛けられている一冊の『本』があった。

 

『ようこそ、我が書の番人よ』

「――え?」

 

 荘厳なそんな響きを持つ声を、空気を震わせて僕の耳元まで届いた声は側で囁かれような、相手を威圧する覇気を含んだ声に思わず体を身構えて驚きから体を縮ませたさせた。

「……?」

 改めて警戒するように体を窄め周囲を見渡しても、人影すら、音の発生源とも思えるスピーカーの類すら見つからない。あるのはあの王座と本、それとなぜか空の本棚のみが僕の周囲を囲んでいた。

 暫くじっと待っても声の主は一向に現れず、困惑から長い沈黙の警戒への疲労が僕に溜まっていき、それがとうとう限界を迎えようとした時、タイミングを図ったかのように話しかけてきたのは又もやあの声だった。

 

『汝、まずはここまで馳せ参じて来た事に先ずは感謝を』

 そこでやっと気づいた。いや、というか嫌でも気づく。

 王座の本が動いていることに。この現実ではあり得ない光景を目にして、さらに困惑すると思ったら答えは否、自身から沸いてきた感情は歓喜、愛しさそしてなにより、未知への興奮だった。

 

 そして次に、自分でも押しとどめることができないほどの【読みたい】という欲望の感情、それに付き添い一歩ずつ、確実に本に近づいて行った。

 よく見ると、本の表紙は黒に染められていて、至る所に金で煌びやかに遜色されていていたがそれは本本来の役割を阻害する事無く、美しく飾られていた。その威厳さえ感じさせる姿に僕は心の底から感動を、それを読める事に感激した。

 

 すごい、すごい! 目の辺りにした不思議な物への浮かれる僕の心を表すなら、感想などそれだけで十分だった。

 依然として本は悠然とその王座に居座り、そして左右から日の光を浴びる姿は何処かの国の王の姿を幻視させるほど幻想的で、夢を見ているのではないかと錯覚を思わせるようで――いや今はそんなことはどうでもいい。

 読みたい、読みたい貪欲に、強欲に文字からその断片まで読みつくしたい!

「……ぁ」

 

「僕は、何をしているんだ?」

 そう呟く事が出来たのは指が触れ合うかどうかの距離だった。頭がハッキリとし、気が付くと同時に現実に引き戻されたのに何かに冷めた感覚に僕は自分の意思ではない何かに弾かれたように本から離れた。

「っ」

 

 無意識の内に、僕の体が芯の底から震えた。肌が粟立ち、気持ちが悪い鳥肌が立った。その拒絶反応に似た感触僕はすぐに否定するようにかぶり振った。

「……いや違う」

 拒絶された事を言葉に表し、すぐさまにそう否定した。

 僕には騎士道精神なんて大層なモノはないがまるで絵空事にあった主従に従者が逆らえないような、あの時は頭の上がらない上司と相対した、そんな感覚に襲われた。

 勝手に触れちゃいけない。そんな戒めの様な思いが僕を夢から現実へ引き戻したのだとハッキリとした意識の中でそう結論付けた。

 

 不思議と気疲れしていただけにも関わらず、息は荒れて指の震えが止まらない。

『怖い』

 その考えに自分でも首を傾げた。何が怖いのか、自分でも理解できない恐怖心に内心戦いた。

 震える指先僅かに付いた埃。

 それは催眠術に掛かったように、僕は本能のまま本を求めていた。これじゃまるで――。

 

『人間(じぶん)ではないみたいか?』

「――っ!」

 

 実に的を射たようにあの声に、僕はハッと視線を向けると未だにその場から動かぬ本が僕を見下げていた。

 図星かと言ったようにあの声が失笑する。

 僕は呆然とそれを見ていた。耳障りと感じない声が落ち着き、無音の幕が下りても僕は立ち竦んだまま、動けなかった。

 沸いてくる疑念の感情も、僕の意思を押し殺して。そう、ただ命令を待つ従者として僕はその場で棒立ちに立っていた。

 

『そう。汝はすでに人に非ず、書物に憑かれそれを貪欲に、壮絶にまで求める獣、いや虫と言った所か』

 

 そこでなにが可笑しいのか。ハハと笑う本に対して普通ならば、何一つ理解できない謎が多い言動に憤りの一つくらい覚えるだろうが。僕はなぜか、それらを含めた負の感情何て何一つ沸かなかった。

 あるのは尊敬と畏敬の念のみで、何時もであれば謎を追及する考えが一つや二つ浮ぶ筈が何一つ浮かばず、とにかく普通の自分ではないようだった。

 

 本の言葉を否定、反対するなんて考えは思い浮かばず、逆に深く理解しようと気づけば僕は頭を回していた。

 そしてこの方が言った事、それは間違いなく事実なのであろう。そう受け入れた。

 僕は本の言葉を、素直に飲み込み、それを理解し、さらに自分がなんなのか想像、予想してまるで自分より目上の者と話すように恭しく口を開きかけるも、その前に片膝を付き、頭を垂れ、やっとの事で口を開く事が出来た。

 

「――なぜ……私なのですか……?」

 考えた終点、与えられた言葉を熟読し、噛み砕き、咀嚼してでてきた、僕が考えられるだけの答えだった。

 本、いや【主】は、ほぉと感嘆の声を上げるのを聞き、それが正解だと分かり僕はほっと、荒れる心を落ち着かせようと安堵の息を吐き出した。

『汝は輪廻転生を信ずか?』

 

 いきなりの問いに、思わず目を回しそうになった。出かけた唸り声に喉を詰らせ、思考するために自然とその眉を硬く顰めた。

 輪廻転生、それは社会が、体内の血液が循環するように、人が生まれ、死に変わりし続けること転生輪廻とも言われ、数多くの宗教に、組み込まれている思想……のはずだ。

 

 しかし何故今そんな事を? 素直にそんな疑問を懐いた。しかもそもそもとして無宗教の僕はそんなモノは信じてすらいなかったし、神という存在を書物だけの存在と認識していた僕には全く浮ばぬ考えだった。

 だがこう質問されるとなぜか、頭にチクリと刺されたような違和感があった。

 これは僕の前世があった、と言うことを示唆しているのか?

 そう疑念を浮かべると霞んだ景色が頭に浮上する。それは昔の、それとも少し前なのか、大昔からなのかわからないが不明瞭な記憶のためか、酷くおぼろげに見えた。

 

 僕と思える男が古びた電車に乗り込み、田舎町を走る風景が脳内に再生されるとぷつりと途切れる映像に僕は確信と共に一度大きく頷いた。

 ふむ、どうやら輪廻転生というものは意外にもあるらしい。と長くない思案の中で自分でもあっさり理解できてしまった。

『どうやら思い出したようだな』

 満足そうに言う【主】の声に思わず、顔が綻ぶ。なぜならこれからどうなるか、水に沈んだ浮き輪が浮き上がるように思い出せた。わかってしまったからだ。

 

『前にも言った。が、ここにもう一度問おう。汝、書の番人よ。契約に基づき我、×××の名において生涯、我を守り書物を守り抜くことを誓うか?』

 一陣の風が舞い、バサバサと自分の服が肌を叩き、床に蔓延る埃が浮き上がり、髪がかき上げられる。大いなる者と対面するプレッシャー。

 

 嘘偽り許されない問い。それは悪魔の契約のようで――いや、ようでではなくそうなのだ。

「……」

 だが悲観する気持ちなどこれっぽっちも沸かない。それは今までの世界を捨て、一人の下仕えるための契約だから。

 光栄だ。満面の笑顔を浮かべ、顔を【主】に向け問いに答えるべく、喉から声を張り上げた。

 

「はい。不肖ながらもこの私、一生貴方様に仕えることを今までの名を捨てここに誓います!」

 前に一度答えた問い、勿論答えは同じだった。

『よかろう……』

 そう満足げな声が聞こえた瞬間、僕の視界は光に包まれ、それは収まる事を知らないかのように、世界は光に飲み込まれ、僕という存在はこの世界から消えた。

 

 

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