東方書録   作:鳥の番

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第10書 やっと言えた

 

「……?」

 彼女、八意永琳が作業ディスプレイとは違う、明らかに私的用途の為に設置された旧式のブラウン管と思われる映像画面を作業の合間に見たとき不審そうに首を傾げた。

 また寝てる……? 確か昨日食事を取ったきりよね?

 画面に映る映像には玲が布団で横になっている姿がハッキリと映されていた。

 幾つもあるカメラだが、始めは彼のへの安全の為と設置されたものであるのだが今となっては監視カメラと大差ない役割に納まっていた(勿論彼の監視であるが)。そして尚、類に類を重ね、これまた彼の知らない、知る由のない事であった。

 

 半犯罪染みた行動に大した罪悪感も沸く事もなく、永琳は湧き上がる疑問につられ、投影ディプレイに録画映像を流して確認すると、やはり食事を取ったあと玲は部屋に篭ったきり全く動いてない事が確認できた。

 ふと画面端に表示された時間を見ると既に針は一度回って夜の8時を指していた。

 

「おかしい、わね……」

 言葉となって出た違和感に永琳は眉を顰めた。

 玲の平均睡眠時間は長くはない。どちらかと言うと少ないはず、前も言っていたけれど彼自身、本当は睡眠は必要ないし云わば趣味のような物、だったっけ? 何時もなら寝る時間すら惜しんで読書している筈なのだけれど……寝過ごしたりでもしているのかしら?

 ……そもそも睡眠が必要ない生物って言うのが胡散臭いのよね。

 

 常々玲の生活サークルに疑問と不満を懐いていた彼女はその時は特に何を思うでもなく。

「珍しい事もあるものね。さて――さっさとこの作業を終わらしちゃいましょ」

 考えを切り上げ、視線を正面に移された。

 この間、彼女は長時間の画面と向き直っての作業に態度に表さなくとも多くれ少なからず疲弊をしていた。もししていなかったら、もしくは注意深く見ていたら気づいていたかもしれない。

 彼の持つ本が仄かに光を帯びている事に。

「……もう一頑張り、ね」

 それに気づいたのは翌日、仮眠から目覚めた後だった。

 

 ◆

 

 僕が目が覚めたのは気を失ってからすぐだった。前までには考えられないほど、意外に早い覚醒(立ち直りとも言う)に驚きはしたが意識がしっかりしても脳内に蔓延る半信半疑さは拭えずにいた。

 が、無視できないほどに膨れ上がった気持ちがあるのも然り、この気持ちに目を逸らすほど僕は愚か者でもないし臆病者でもないつもりだ。気絶はしたが、またそれも一種の気持ちの強さ……なのだ。

 

 言い訳に冷や汗を掻く自分を何とか脳内で説き伏せてどうにか頭の中で構想を練るも、どれもいい案とは言えない。

 美味しい料理を作ろうとも、相手の帰宅時間が分からないし、それならばドッキリのような搦め手も考えたが成功するビジョンが見えない。

 結局の所、圧倒的に僕には経験地が足りないのだ。今の状態で彼女と面と向かい合ってしまえば言いたい事も忘れて赤面してあまりの恥ずかしさにもしかしたら自殺まがいの行動に出る可能性までもあるかもしれない。

 この気持ちは怖い、とはちょっと違う。

 ただ、考えられないほど、あり得んほどに照れくさいのだ。

 あくまで比喩だが、長年付き合ってきた幼馴染に告白する、他には血は繋がってない姉弟(きょうだい)に告白すると言うところだろうか? こう脳内で纏めると僕が緊張するのも無理がないと思う。

 

 正直に言えば今すぐこの都市から脱出して彼女の目の届かない秘境に逃げ出したい。だけどその選択を選べば一生後悔する事などすぐに考えつく事でもあった。

 何時もであれば尻込みする状況だが、それ以上に、迫るタイムリミットが僕の心を焚きつけてくれる。

 この時ばかりは追い込まれる状況が逆に焦りではなく、冷静さを与えてくれた。

 どう行動に移すか、思考が冴えるに末に出した結論は、やっぱりあれしかなかった。

 

 言い方として適切かどうかは分からないけど、出来ればお互いに傷かつかないようにと考えての作戦だった。それに、もし断られても僕はどちらにしろ宇宙について行くと決心した。

 決して、それを餌に脅す気なんてない。真っ向から、真正面からの勝負だった。主に僕の心情面での鬩ぎ合いだが。

 

 それで、告白のコの字さえ知らない僕が出した結論、それは――

(やっぱ告白っつたらむーどだよね……?)

 我ながら初心者ばりばりの思考に頭を抱えかけたが考えの末、それほど間違ってはいないと思い始めての結果である。決して妥協とか、腹案などではない。

 本音を言えば……ムードなんてない、平凡な部屋の一角でまごつきながら僕が『すす好きです!』なんて言ってもお遊戯会にならないにしろこのままでは唯のお遊びと間違えられてもなんら可笑しくない。

 

 しかし、ムードと言っても具体的にどうするのか? 答えは簡単だ。

(僕が今まで培ってきた力を使ってどうにかしてする!)

 高らかにそう宣言したつもりだけど……やっぱり、本見たほうがいいかな。……ん、本?

「あーその手があったか……」

 思い浮かんだ名案に数日前に読み切った書の内容を思い出し始めた。

 

 ◆

 

 

 

 

「――っ、こんな時に!」

 

 それまで取り掛かっていたプログラムの確認を手に止め、モニターに表示されていた映像に思わず舌打ちを洩らした。

 何時ものよう、彼が過ごす部屋を映す監視カメラから彼を見て仕事に取り掛かっていた途中彼――玲が急に立ち上がり、なにを仕出すのかと様子を窺っていた時の事だった。

 寝起きという事もあり、彼のことだから大したことはないだろうと思っていたが、彼の本――あの訳が分からない文字で綴られた本が朱色に光り出した時、思わず自分の目を疑った。

 

 次の瞬間、本から飛び出すは朱色の文字にそれはあの本に書いてあったと同じような訳の分からない、明らか文字として成り立ってない文が、屋敷を這うように壁を覆って朱色に輝くと同時に仕掛けていたカメラの画面が砂嵐に切り替わったのだ。

 ――不味い。

 人知れず永琳は唇を噛み締めた。今は都市内は、妖怪達の不可解な動きに警戒をしていて少ない異常事態を見逃すほど甘くない警戒態勢を敷いていたのだ。そしてそんな中、彼が居る事がばれてしまったら……。

 私自身がどうなろうとどうでもいい。そもそも彼に助けられた身なのだ。今更、死のうがどうでもよかった。だけど――彼だけはだめだ。

 永琳はいつの間にか、血が零れ落ちるほど強く、手を握り締めていたことに気づいてハッとした。

 

 此の侭ではいけない。早く彼の所に行かなければ、そう思考を切り替え、機械の電源を切ることすら忘れ、自分のために用意された個室の部屋を飛び出した。

 後ろから聞こえる同僚からの何事だなどと言う、静止を求める呼び声。私の名を呼び説明しろなどという声を全て無視する。今はあんな奴らを構っている暇はない。私は建物から飛び出し、持ってる総力を出し切って屋敷まで走った。

 その姿を見た通りを歩く人々は驚きの声を上げるもそれは彼女に届かなかった。

(――せめて、何事も起きなければ言いのだけれど……)

 永琳は不安な気持ちが胸を騒ぎ立てる中、目の前にある自分の屋敷を見上げていた。

 

 

 よし――大体これで準備が整ったか、と玲が一息ついていると、ガラガラと玄関が開く音がした。

 同時に圧し掛かる疲労から僅かに遅れて反応して体を向けると、息を切らして鬼気迫る表情をした永琳が立っていた。

 玲はその様子に一瞬面を食らったが、彼女が来たなら些か早すぎる来訪だったが好都合だと、柔らかな笑みを浮かべようとしたがどうも緊張からか、強張った物になってしまった。

 

 玲は笑顔を維持したまま、永琳を見たが彼女が強張った表情を崩さない事に少々戸惑いを覚えた。

 そんな彼とは別に、永琳は硬い表情を崩さないまま、表向きは何時と変わらない様子で廊下を歩いて玲に向かって行った。

 ふと気づいたときには玲の前に仁王立ちし、昔よりさらに成長した……体でさらに大きな影を玲に落とした。

 正直彼女の今の顔を直視すると恐いが、今が踏ん張り時であろうと自分を鼓舞し、目を逸らさず見上げる。すると彼女は、どこか不安げに覇気のない震えた声で、口を開いた。

 

「……な、なにをしているの?」

 彼女らしくないハッキリしない言葉に思わず玲は首を傾げた。なにをそんなに動揺しているのであろうか、その問に玲が考え事に言葉を発さないと急に怒ったように言葉を荒げた。

「何をしていたのよ!」

「ぇ……」

 肌を叩きつけられた怒気に驚きのあまり玲は目をまるくした。

 自惚れ、などではなく永琳は玲に対してこれほどまでに、怒声を上げる事なんて今までになかった事であった。玲の戸惑いから困惑に、感情の変化に伴って逆に頭が冷えて行った。

 

 しかし、何をしていたのかと聞かれるとは……僕がなにかしてたのを知っている? なぜ? そう頭の中で考えが駆け巡るもどれも要領を得ない。それよりも、現状で一番の問題である説明に言い悩んでいる僕の様子を見て、さらに眉間に皺を寄せる彼女に目を白黒させながらも思い悩む。

 事情を言いたいのは山々だが、サプライズとして用意していた術式のタネ明かして――なんて事をしたら折角用意したプレゼントが――と言っても今の永琳の見る限り、言わなければ言わないで逆効果であろう事は玲の目から見ても明白であった。何よりこれ以上混乱している彼女にさらに動揺を与えるのは良くないと思考を簡潔させた。

 

 彼は、はぁー、と盛大にため息を付いて、彼女はそれにさらに鋭い眼光を玲に向けられる。それを無視して嘘すら許さないであろう彼女の目を見ながらおずおずと口を開いた。

「別に永琳が怒ることじゃないよ。ただ――準備していただけさ」

「……準備?」

 それはなにかと、彼女が口を開こうとした瞬間、玲が術式を発動させ、壁が朱色に輝きを帯び始めた。それに目を見張る彼女に目を向けて一言。

「ようこそ、僕の世界へ」

 にこやかな彼女に笑みを向けて、際限なく光が洩れ出す朱色に体を染めて、彼と彼女は視界が朱色に染まった。

 

 

 屋敷に到着して何時もなら荒い息のまま、彼と顔を合わせたくなくないが今はそんなことも言っていられない。不安の一心に玄関のドアを乱暴に開け放った。

 彼は確かにそこに居た。

 永琳が忌避した予想とは違い、何の変わりもない屋敷内部に彼女は安心よりも強い、不信感を懐いた。

 

 驚いた様子でこちらに振り向き笑顔を向ける彼は何時もと同じ――でもどこか何時もの彼と違う?

 疑心暗鬼な思考に拭えぬ不安感が何よりも恐ろしく、彼女の胸の内を掻き回した。

「……な、なにをしているの?」

 

 口から零れた声は自分の物とは思えぬほど掠れ、どれだけ今に恐怖しているか表していた。

 それを、玲は永琳の問いに答えない事で更に増長していく。無言で、強張って見える笑顔をこちらに向けるだけ、それがまた永琳の心を揺さぶった。

 それを見て、私が知ってる彼が何処か、遠くに行ってしまったような気がした。

 

 よぎった考え、崩れそうな表情を隠す強張った顔で見る無言の玲の姿は、永琳のことを突き放しているのでは、と。よく考えてみれば、この時の自分が普通ではなかったと気づけただろう。或いは気づいてかもしれないが、彼女の悲観は止まらなかった。

 やだ、やだよ。私を置いていかないで――どこにも行かせない!

 それは支配欲による激情の感情だった。昔からあるトラウマにも似た感情、彼女はそれに囚われ、気づいた時には激を飛ばしていた。

 

 一瞬、自分で言ったにも呆然としてしまった。

 湧き上がる感情は後悔、やってしまったと彼に――き、嫌われてしまうかも……。崩れ落ちそうになる体を押さえる様に不安な気持ちを何とか体を抱えるように抑えた。

 ここで自棄になってはだめ、と自分から湧き出る感情を何とか押さえ込んだ。

 

 苦しい――彼はまだ黙っている。もしかして嫌われてしまっただろうか? 表現ができないほどの苦痛にも似た時間、彼女が痛みを必死に抑えていると、彼がはぁー、と深いため息を吐いた。

 一息から感じた呆れ、落胆と言った感情を彼女は誤認した。

 

 なぜ? どうして? 私が貴方が何かをやっていることを邪魔してしまった? もしかしたら外に出れない事を不満に思ったのかもしれない。私を嫌いなったかもしれない。様々な憶測が飛び交う中彼は言う。

「別に永琳が怒ることじゃないよ。ただ――準備していただけさ」

「……準備?」

 準備とはなんだろうか? 彼は偶に訳の分からないことを言う。それは私とは違う、先を見ているような言葉、そして彼が使う不思議な術のことは知っていた。どの文献にも存在しない文字の数々で紡ぎ、最後に結ばれて発動することができる術――彼は魔術と言っていた。自慢げにそう言う彼の姿は子供そのものでとても可愛らしい。けど、今はその可愛らしい姿もどうしてか、とても恐く感じてしまう。

 魔術に準備が必要なのは知っているけど……それで何かをしようとしていた? ならなにを……?

 それを聞こうとした瞬間、周囲が朱色に包まれ、言葉がでない悲鳴が上がる。

 そして彼は変わらぬ笑みを浮かべながら言ったのだ。

『ようこそ、僕の世界へ』

 その時にはすでに意識が深く沈みかけていて、聞こえた彼の声は耳元で囁かれているような気がして不思議と幸せな気持ちだった。

 

 ◆

 

 周囲は数々の本棚に囲まれた空間、本棚どこまでも続き、先が見えないほどである。そしてその空間の中心には広いテーブルが置かれており、それを囲むようにイスが数えるほどと、端に置かれた高級感があるソファーには二人の男女が座していた。

 男は青年の風体しており、優しげな顔には微笑みを浮かべ漆黒の黒髪は目に掛かるほどの長さに後ろ髪は雑ながらも縄で束ねていた。見る人が其処にいれば人目で好青年と言った感想を抱くであろう。

 服装は長めの灰色のパーカーを着込んでおり、ゆったりと着こなし、人が良い印象を受けた。

 

 女性は赤青の奇抜な人目で中華風と感じる服に、此方では珍しい銀色の長髪で長い後ろ髪は青年と同じく、後ろで束ねる形を取っていた。青年はその女性に微笑みを向けながら優しい声色で。

「さ? 起きて永琳」

 そう声をかけると永琳と呼ばれた女性は震える瞼をゆっくり開け、夢から覚めたような、どこかまどろんだ目を青年に向けた瞬間、驚いたようにその目を見開いた。

 

 開いた口が塞がらないと言った様子で、何時もキリっとした顔を呆けたモノと表情が変わっていた。それが面白いのか青年はクスクスと笑い、笑われた恥ずかしさからか、女性は顔を赤らめ俯ける。

「ふふ、永琳僕だよ? れい、もしかして忘れちゃったかな? ふふ」

 それはそれは可笑しそうに笑う青年の口元は、悪戯っ子の悪戯が成功したような子供っぽい笑みを浮かべ、永琳は驚きの混じった声を上げた。

「れ、玲? なんでいきなりかっこよ――じゃなくて成長してるのよ!」

 

 驚きを隠せない様子で、そう言う女性は照れているのか、手をぶんぶん振り回してそう主張する姿に、玲と呼ばれた彼がさらに吹き出した。

 それに女性は憮然とした表情に、ふんと顔を他所向け、如何にもイジケましたと主張しているようで、彼女の容姿は大人と感じるにも関わらずやることが些か子供らしい。

 それにまた笑みも深くするも、さすがに悪いと思ったのか声は上げず、謝るも彼の顔には依然と笑みが浮かんでいるため、本当に謝っているのか怪しいものがある。

 それを女性が見るとはぁ、と諦めのため息をつき、ここはどこかと青年に問う。

 

 それに青年はぱっと表情を真面目なものに変えて、先とは違う空気に変わり厳かに口を開く。

「此処は僕の中であり僕の世界、此処では全てが僕であり全てが形が違えど僕なんだよ」

 彼がそう言うと彼女はその言葉を吟味する様におずおずと口を開いた。

「――なら……この座っているソファーも、あの本棚いっぱいに詰っている本も?」

「そう、全てが僕と言う形を現しているものなんだ」

 

 そう言う彼はソファーから立ち上がり、それに続けて彼女も立ち上がる。歩く彼の後ろを着いて行く彼女の姿を満足そうに見て、彼女は彼に手を引かれながら本の森の中を進んでいく。

 二人の間には言葉はなくとも、目で語らい、理解し合っていた。ふと女性を見ると、顔には満足げな笑みを浮かべ、それに続けて彼も小さく笑う。

 

 目的地に到着したのか、気づけば荘厳な王座が二人の目の前に現れていた。と同時に玲は彼女に振り返り、永淋はその動作に首を傾げる。

 玲は語るような口を開いた。

「昔、永淋と出会うより昔、僕の世界にはこのイスとここまで通ってきた本が入っていない本棚しかなかったんだ。僕はその本棚に沢山の本で埋めて、埋めて。それはとても楽しい事で、それでも少し寂しくて、虚しくもあったけど、それでも僕は満足してたんだ、だけど」

 王座に一歩ずつ足を進める彼の肩は、僅かに震えていた。彼女は彼のその姿に何を言いたいのかと視線を送りながらその場に留まる。彼は続けるように言った。

「――この世界にきた僕は、君出会って、少しづつ、ほんの少しだけれど、変われたんだ」

 そう言って辿り着いた王座の上にあったモノを拾い上げ、背を向けていた彼女に振り向く彼の目には僅かに涙が浮かんでいた。

 

「この『世界』に来てから君に遭う前までは、元はこの王座と、本が詰った本棚以外無かったんだ。でも君と出合って、君と共に座るためのソファーが増え、君と語らうためのテーブルが出来て、君と刻む時間を知るための時計が出来て、何より――」

 いつの間にか彼は彼女の目の前にいて、彼女は彼の言葉に静かに耳を傾ける。

 

「――何より、君と過ごした本『記憶』が出来たんだ。今まで人と触れ合ってきたけど、思い出だなんて、こんな事は初めてなんだ、だから、うまく言えないけど……これからも、こんな僕と一緒に居てくれますか?」

 そう言う青年は、右手を彼女に差し出す青年の目は不安気で、彼女の目には青年の姿がぶれる様に悲しそうにする少年の影が見えた。

 青年の手に目を向けるとそこには朱色の宝石で遜色された指輪と対になるように蒼色の指輪が乗せられていた。

 それを確認すると、彼女はその整った顔を涙で歪め、彼と同じく、床に跪くように崩れ落ちて嗚咽を洩らす中で掠れた声でも確かにそう聞こえる声で呟く。

「……ほんとに……本当に私でいいの? 私を許してくれるの……?」

 その言葉には、今まで抱いてきた何百年経とうとも感じてきた罪悪感が含まれていて、そしてなにより深い恋心があった。彼女自身……彼のことが好きだった。だけどそれを考える度に深い罪悪感で苛まれ、こんな自分じゃ、彼と釣り合う分けない。そう信じて生きてきた。

 

 それは言うなれば一種の罪滅ぼし、手が届く所に彼が居るのに、手が伸ばしきれない。途中で手を引いてしまう彼女自身が、何より嫌いだった。

 何より嫌いな自分自身のことを彼は一緒に居てほしいと、そう言った。それはとても幸せな事であり、それはとても、長年の罪の意識からか、叶えられた願いであり……嬉しさから、涙を零した。

「うん……。この世の誰も許してくれない事だろうが、僕は永淋を信じて、永淋も僕のことを信じてくれる限り、どんなことでも許すよ。だから――」

 今度こそ――

「こんな僕と一緒に居てくれますか?」

「――はい」

 

 微笑みあう男女は見つめ合い。彼は彼女の左手に朱の指輪を、彼女は彼の左手に蒼の指輪を、その瞬間二人の姿は重なり合い、それを祝福するように、窓からは金色の光が差し込み、荘厳なる王座はそれを見つめるようにそこにただ静かに、佇んでいた。

 

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