目が覚めると、既に見慣れた天井が目に入り周囲を見ると、机に置かれた薬品が並べられていて、それを見てそこが彼女の部屋ということに確信した。
どうやら術式を組み込んだのに意外と疲労していたらしく、指輪をはめたあたりから記憶がおぼろげになっていたことに気づいた。あの後、たぶん僕が気絶したと同時にこちらに戻ってきたのであろう。
相も変わらずの脆弱さに情けなさを感じながら、僕はいつの間にか寝かしつかれていたベットの上にから起き上がった。と同時に部屋のドアが開いた。
「ああ、やっと起きたの? 貴方が急に倒れて心配したんだから」
「あれ、永琳?」
内心、何で自分がそんな驚きの混じった声を上げているのか分からなかったが、永琳の表情を見て更に驚いた。
そう言う彼女は心底心配したと深いため息を吐き、目元の涙を拭っていた。まさかそんなに心配されるとは……。少し寝ていただけなのに、大げさではなかろうか? というかやっと?
「ねぇ永琳。やっとってどうゆうこと?」
気づけば疑問が先立って口から出ていた。
「……呆れた……貴方が気絶してからもう一ヶ月よ一ヶ月!」
「は、はぁ!? そ、そんなに?」
彼女の言葉を聞いて、そんな素っ頓狂な声を上げる。なんと、確かに自分でも少し、無茶な術式を組んだと思ったが……。なるほど道理で体の調子がいい訳だ。
どこか遠い目を向けているとパーンと頭から小気味いい音が鳴った。
「いっつ~いきなり何す、ん……の?」
僕を叩いた張本人に、顔を向けるとそこには般若のような形相の彼女が居て、僕は思わず場違いであろう、わぁーと人事の様に小言で呟いた。
「貴方が気持ちよく寝ている間、私が何をしていたか貴方知っているかしら? 突然私が研究所から飛び出してきたことを同僚やら上層部の連中に懇切丁寧に説明して、謝罪文の書類を作成した後に私が周辺住民にその説明をするために回ったり、一時的とは言えここから急に居なくなったことをでっちあげる嘘を考えたり――」
と、まだまだあるぞと言った不平不満をぶちまける永淋に、いつの間にか正座の体勢を取らせられていた僕は勿論反抗する気すら文字どうり失っていた。というか最初のほうはあまり僕は関係なんじゃないか?
「ねぇ、研究所を飛び出したのって永琳の責任だよね?」
「説教中よ。黙りなさい」
……理不尽だ。
そう思いながらも僕が逆らえるはずもなく、その後も、永琳の説教と言う名の小言は太陽が沈みきるまで続き、足の感覚がなくなってきたあたりでやっと永淋が立ち上がり説教というより、半分以上横暴である話に終わりを告げたのであった。
「……で」
「――で?」
足の痺れのまま立ち上がることが出来ない僕に投げかけられる言葉に、思わず首を傾げた。なんだまだ話が終わっていないのか、できれば手短にしてもらいたいものだ。だと思って無言で、彼女を見上げていると永琳の額に、青筋が立っていたのを見て思わず焦る。
「ど、どうしたのさ永琳? な、なんか怖いよ?」
思わず口走ってしまった言葉に、はっとした時には時すでに遅く、彼女はドスの聞いた声「へぇー」言う。すでに部屋の中は、薄暗くかったが、彼女がこちらに暗い笑みを向けていたことが、なぜかハッキリと分かり戦慄する。
立ち竦んでいると、いつの間に取り出したのか、右手には在り得ない色合の薬が入った注射器が――
デジャブッ、と言う間すらなく早口で弁解をまくし立てた。
「ちょっと! 分かった、分かったから! ごめん! ごめんなさいいぃぃ!」
僕の必死の命乞いが成功したのか、今にも首に刺さりそうな注射器はピタリと首元で止まり、だらだらと流れる冷や汗袖で拭う。
「そう、それなら早く準備しなさい」
「へ? 準備?」
一体なにを準備しろと言うのだろうか? まさかさっきの長い説教中に何か、言ったのだろうか。半分以上聞き流してたので全くわから――『プツ』
「――ってえええええええ! 痛ッああ! なにアグレッシブに首に注射器刺してんの!」
「大丈夫よ。中身は栄養剤だから」
ニッコリとそう言う彼女、いやその色で栄養剤とか在り得ないでしょと思ったが、しかしそこはさすがの永淋クォリティー。薬の色なんて能力で、なんとかなるとかならないとか。いやならなかったら洒落にならないよ。ほんと……。
「で、準備ってなに?」
「冗談ではなく本気だったのね……」
とまた正座されて説明――ではなく八割型の説教を聞かせられた。掻い摘んで纏めると、どうやら僕が寝ている間色んなことがあったようだ。
端的に言うと、シャトル出来た――隕石があと少しで落ちてくる――月に逃げるとかなんとか、半分以上説教だったので聞き流していたが、大体そんな所だろう。永琳に理解した内容を自信満々に言うと拳骨をもらった。解せぬ。
「適当に要約しすぎよ……というか貴方、性格変わってないかしら?」
いや、僕はいつも通りですけど? あれ? おかしいのか? 僕ってこんなにテンション高かったけ?
「あ、れ?」
なんだろう。自分でも分からないけど……――気持ち悪い。
「――ッ! どうしたの!?」
あれ――なんで目の前に永琳の顔が、視界が震えて、景色が歪んでいた。どうやら仰向けに倒れたみたいだ、と辛うじてそう、認識できた。
なんだか右腕が熱い。まるで溶かされた鉄を流し込まれたみたいだ。あれ? なんだ右腕が光って――
思考の刹那の閃きに無理矢理に抑え込もうと左手を添えたが、気づいた時には遅かった。
次の瞬間、パリンと何かが砕けると同時に、爆風が巻き起こった。同時に体から溢れ出して来る力の波に圧倒された。思わずそれに、舌打ちを洩らしながら如何にかして抑えようと、魔力を加えるも押さえが利かない。
――今まで魔力で抑えていた妖力に、魔法陣の許容範囲を大きく超え弾け飛んだのだ。抑えていた妖力が、何処にいくのか――僕の頭にはすっかりその考えがなかったのだ。長年貯めに溜まった妖力が、今になって体を巡り、妖気となって体から迸る。そして湧き上がる妖怪としての感情――僕の原点であり押さえつけてきた欲望の感情が今になって暴れ出して来る。
このままじゃ不味い――本能的にそう察した僕は本を手に取り即席の結界を作り、一時的に自分を押さえつけた。
ふと気づいた時には、僕の周りには瓦礫が散乱し、クレータの中心には僕が、それを囲むように複数の男女がいて、その目に宿るのは明らかな敵意であり、その男女に囲まれるように中心に永琳が居た。
「――ごめんね。永琳、一緒に行けそうに無いや」
僕が口を開けるとその兵士だろうか? 兵士達は銃口を僕に向けて永琳の顔色を窺っている。どうやら――彼女が抑えてくれたらしい。
「……どうゆうことなの……?」
「今まで妖力を抑えていた楔が耐え切れず、って所かな」
ははと空笑いを上げる。こんな事になるんだったらもっと、丁寧にやっとくんだったなぁと、今更ながら後悔しながらも、後の祭りである。
僕の自傷の笑いに、永琳は顔を歪める。幾ら彼女でも、ここまで暴れた僕を月に連れて行くことができないだろう。欲望は力と主に教えられていたのに……僕は本当にだめな従者だ。何時も爪が甘いなぁ。
同時にキィキィと、錆びた鉄が擦り合う様に、結界が悲鳴を上げ始めた。……もう、長くはないだろう。
「永琳、僕はもうだめだよ。今だってギリギリで抑えてるけどもう少しで――」
「――少し黙ってて!」
彼女は癇癪を起こした駄々っ子のように、手を振るい、必死に考える素振りを見せる。とそこに走り寄ってきた男が、永琳に近づき耳打ちをした。
最初はそれを鬱蒼しそうに、露骨に嫌そうな顔をするも次第にその表情を真面目なものに変えていく。僕はその間、どうにか妖力を操作できないか、と試してみるもどれもうまく行かない。
今まで本ばかり読んでいて魔法ばかり学んでいたツケが今になって回ってきたような複雑な気分だ。
「玲、落ち着いて聞いて」
そう感傷に浸っていると永琳が幾分か落ち着いた声色で話しかけられた。
「今、この瞬間妖怪達の大群がこちらに向かって移動を開始したのよ」
「……どうするの? 正直僕の相手をしている時間もないほど切羽詰ってるんでしょ?」
僕の問に不敵に笑いながら永琳はそれに答える。
「貴方なら溜まったストレスを発散させるならどうすればいいと思う?」
「――あーなるほどね」
その答えに合点言った様子で答える僕も、不敵な笑みを彼女に返して、焼け石に水で在ろうが僅かに残った魔力で結界に強化を加え、立ち上がった。
さあ、大暴れと行こうか。
「…………」
「…………」
二人だけで都市の外周を目指して舗装された道を歩いていく。僕達の間には会話は無く、既に近隣住民はシャトルに避難したのか、辺りには全く人の気配はなかった。
がらんとした道を歩きながら、予定、作戦と言っては余りにもお粗末だが予測としては、妖怪達の侵攻をシャトルの準備する時間を稼ぐため、ある程度僕が暴れて妖力を発散させた後、シャトルに乗り込み、月へと逃げると言った算段である。
大部分の市民達はすでにシャトルに乗り込み、その時を待つ間の時間稼ぎをして後は無事帰還した僕を妖怪から人間を助けた者として祭り上げるとか……。
後は燃料の積み込みのみとなっているので、時間稼ぎと言っても僅かなものと永琳は言っていた。だが、そんなことは僕の頭にはなく、僕が暴れたせいで奇跡的にも死者は出なかったそうだが少なくとも、迷惑をかけたのには変わらないのである。罪悪が胸を締め付けるのを振り払い永琳に向き直る。
「悪いね見送りまでしてもらって」
「ええ、まったくよ。これでも忙しい身なのだから少しは感謝してもらいたいものだわ」
「はは……感謝してるよ。今も昔も――ね」
そう他愛もない話をしながら、僕は不意に足を止めると、同時に彼女もそれに習い足を止める。
息を浅く吸って、深く吐き出した。何だか緊張しているみたいだ。
「最初、君と出合った時は絶対絶命のピンチだったよね。いきなり悲鳴が聞こえてきた時はびっくりしたなあ。あの頃、実はどこかのヒーローみたいに、颯爽と現れて、君を助けて、大丈夫って声をかけて終わりだと思ってたんだけど、いつの間にか、それが何年も引き伸ばされて……。それが叶ったのは数百年経った後で、その後に一生に生活しだしたなんて……ほんと偶然って笑えないよね」
「――貴方、覚えて――」
あと一息だ、と語調強めに頷いた。
「うん、覚えていたよ。でも黙ってたわけじゃない。確信したのはつい最近なんだ」
だから気にしなくていいよと、そう言ってはぐらかす様に、笑って永琳の肩に手を伸ばす、いつの間にかまた背が伸びたのか、背伸びをしないと届かないよまったく、それがまたおかしくってクスっと声が出る。
「永琳」
彼女の首を抱きながら耳元で囁いた。
「今まで有難う。君のおかげで僕は――大切な、本以外でやっと大切なモノに気づけたような、いや、確信できた。それはとても嬉しい事で、君とこうやって触れ合うのは、君からしたら他愛でもない事でも僕からしたら……とても幸せな事なんだ。だから――」
永琳は黙って聞いてくれている。僕は先の台詞言うかと思わず、今になって言葉に詰りそれは喉を詰らせた。いつの間にか泣いていたのか、小さく嗚咽を洩らして、吐き出すように最後に開くは――
「だから……自分のことを大切にして、僕の事なんてもう忘れて、ね。これから自分の為、みんなの為に僕にくれた幸せを分けてあげて――」
――さよなら。
そう言うや膝から崩れ落ちる彼女の体を支え、僕と同じく泣いてくれていたのか、その目元の涙を拭き取る。そして誰も居ないはずの空間に話しかける。
「そこにいるんでしょ? 出てきてくれないかな」
そう言うや、凄まじい殺気と共に白い衣を纏った黒髪の女性がなにも無いはずの空間から現れ、光に体を輝かせながら地に降り立った。その顔には至って落ち着いて見えるも溢れ出る神力は今の彼女の様子を雄弁に語っていた。
「落ち着いてよ。別になにもしてないから、彼女寝てるだけだし」
「……どうやらその様だな」
ふぅと、安堵の息を吐く神、酷いなー僕ってそんなに信用ないかな? あ、でも都市の一部を破壊したのも僕だし、それもしょうがないかもしれないなぁ。そんな事を考え少し憂鬱になりながらも、殺気を収めた神に目を向ける。
「それで少しお願いしたい事があるんだけど?」
「……言って見るがいい」
「彼女のことお願いします」
「――――」
なぜかポカーンとする神をほっといて、彼女を地面に横たえながら立ち上がる。僕は妖怪が侵攻してきているであろう方向に頭を向け、能力で妖怪と僕の間合いを計る――まだ時間はあるか。
そう結論付け、神と向き合うと神は既に永琳を抱えていて此方に視線を向けていた。どうやら願いは聞いて貰えたみたいだ。だけどまだあるんだけどなー。
「それじゃあ、次のもいいですか?」
「なんだ、まだあるというのか?」
嫌そうにするのも隠そうとせずそういう名も知らない神。
「なに、簡単なことですよ。僕を――――ってください」
「…………」
それに又唖然とする神、ほんと表情豊かだなーこの神は。本にはお堅い連中と書いてあったがそうでもないのかな? まあいいかそんなことは、と僕はそんな神を無視して言葉を続ける。
「それと最後に、この指輪と一言、言伝を頼んでいいでしょうか?」
「――ああ」
「――――」
それを神に伝え、今度こそ終わりだと言うように僕は背を向ける。最後に――
「彼女のこと……お願いしますね」
僕はそう念を押して目的地に向けて走り出す。
「ふん、少しは自分の心配をしたらどうなんだか……」
と、残された神の呟きは僕には届かなかった。
◆
「……止まれ」
額に黒い角を生やした、鬼の男がそう手で侵攻を制すと彼の周囲に蔓延る様々な妖怪達は、ピタリと動きを止め、同時にその侵攻を塞き止めた原因の者に視線が集中する。
それは灰色の服を纏った少年、いや正確には子供だった。
傍から見れば子供からは人間特有の力の証である霊力の欠片も感じず、それに順ずるように、他にこれと言って何も感じない。見れば見るほど注意する点すら見えない唯の子供……。
しかし、少年は妖怪の大群に囲まれているというのにも関わらず、顔には笑みを浮かべている。それを見た妖怪は、気が触れたか、などと言って感じた不気味さを破棄捨てる。
しかしその妖怪達を統べる頭である鬼は、依然として厳しい表情を崩さず、少年がなにを考えているのか見定めようとしているが、底が見えず、考えが読めずにさらに警戒を厳しくする。
「……まさか、鬼ごっこの相手が本当の鬼だったとはね……」
「そうか、お前はあの時の……」
少年の思わぬ独白に聞いた鬼は厳しい顔から打って変わって思い出したように口元に笑みを浮かべた。
少年の言葉は理解できなかった部分は多々あったが、鬼の脳裏には確かに数年前に逃げられた獲物が今になって、姿を現したのだと確信できた。それはその言葉に、嘘はないと本能的に理解出来た為だった。しかし、それでは、はて? とふとした疑問が沸いてきた。
依然として不敵な笑みを浮かべる少年。そう、人間と言う種族でありながら年相応の姿をしていない違和感に鬼は人知れず眉を顰めた。
「さあ……そろそろ始めようか」
矮小な姿は至って堂々としているようにも見えるが、よく見ると少年の手が振るえているではないか。
鬼はそれを見るや、予感やら思考を他所へとぶん投げて不遜な態度で応じた。
「おう、久しぶりだなガキ。処で少し聞きたいんだが、人間のお前が何故あの時の事を知ってる? 幾らなんでも成長が止まったとかではないだろう。それともその小さな成りは流行り病か何かか?」
哄笑を含めた鬼の言葉に。
「鬼でも知らない事があるんだね、そう……あまり、大した事がないんだねぇ」
コツコツと自分の頭を叩く少年の言葉の意味など、先が続けられなくとも鬼には分かった。
「ハハハ! 自分で言ってる意味が、分かってるか小僧……?」
普通なら身を竦めてしまうであろう覇気が含まれた言葉に、少年は全く反応を示さず、表情を崩さない姿に鬼はやはり気が触れたのかと考えたが、少年の眼の色を見てその考えを改める。
――あれは戦いにきた者の目だ。
鬼自身それを見て、少年の壮絶な覚悟を感じた。それは今まで数多くの強者と相対した時と同じく、それの姿を幻視したとも感じられ、知らぬうちに肩を震わす。
気づかない内に震えた手を見て鬼は思わず、悪態をつくとそれを見てか知らぬか、不意を付くような呟きにも似た声を発した。
「――悪いけど、ここを通す訳には行かない。それとそろそろ限界なんだよ
君らには悪いけど僕の憂さ晴らしに付き合ってもらうよ」
鬼が何を、と言おうとした瞬間。周辺の妖怪を巻き込むような爆発が起きた。
凄まじい爆発音に吹き上がる神風と共に、舞い上がる土ぼこりと、それを起こした張本人である少年から感じる馬鹿げた妖力、少年が――いや少年から姿を変えた青年が手を横に一閃すると、それにより舞い上がった埃は払われ、その姿を現した。
「――っ!」
『――――!!』
先ほどまで少年の姿をしていたそれは、今は青年に姿を変えていて体から迸るその妖気に当てられた妖怪は腰を抜かしたように地べたに尻を落とし、それ以外の大部分の鬼が連れてきた妖怪達は狂ったような意味の無い言葉叫びながら鬼の周りから次々と姿を消して行った。
そもそも、大部分の妖怪達を力で押さえつけて引き連れて来たのだろう。恐怖政治と言う言葉があるように、恐怖で打ち付けられた枷には更なる恐怖を。鬼自体に忠誠を誓う者はこの場には、一人していなかったのだ。
「やってくれたな……!」
底冷えするような怒気を含んだその声に、青年は全く反応を示さない。が、その目は鬼から離すことはなく、その灰色の目は何を思ってそれほど冷静に鬼を見ていられるのか、彼以外わからない、が。姿形は変わったが依然としてその眼には強い意志の力を滲ませていた。
――言葉は不要、かと一人呟きを洩らしたか定かではないが鬼も青年に対抗するように、体を妖力で纏う。
二人の妖気がぶつかり合い、地鳴りにも似た音が響き渡った。両者の足元が、大きく地面が砕けた瞬間、鬼は青年に向かって飛び出した。
「ハアアアア!」
二人の距離はあっという間に縮み、鬼の豪腕が青年の顔を打ち砕かんと振り抜かれたが、青年はそれを上半身だけで屈んで交し、と同時に鬼の懐に飛び込んで鬼の顎を狙う拳を繰り出すも、鬼は身を後ろへ引く事でそれを回避して攻撃移ろうとしたが、それよりも早く反転の勢いを乗せた青年の風を切る足蹴が鬼の腹部にぶち当たった。
鳩尾を狙った一撃に鬼は低く呻くも、その場に何とか留まり、右足を振り抜いた体勢のままの青年の腹部に、お返しとばかりに拳を叩きつけた。
「っあ……!」
腹を突き破るほどの衝撃が体をつき抜けたのにも関わらず、依然として青年は冷静にその鬼の拳を撃ち抜かんとする勢いを殺す為に後ろに飛ぼうと身を浮かせた。
青年の体が宙に浮き、一度離脱を謀ろうとしたが鬼はそれを許さず、左手で青年の袖を引っ張って体を引き寄せた。
瞬時に二度目、右腕を力一杯振りかぶり、青年の頭目掛けて振り下ろした――いや下ろそうした。
掴まれた状態で身軽に体を使い。青年は両足が鬼の首に巻きつけて勢いを付け鬼の顔面に拳を打ち付けたのだ。
グガン!
「ちぃ!」
一撃。
刹那の間で鬼は自らが頭突きを繰り出す事で拳と相殺を図った。
骨が砕けるような音が響き、妖力が込められた拳に脳を揺さぶられ、体勢を崩しかけた鬼に追い討ちを掛けるよう、青年が右足を振り上げ、雷鳴の速さで打ち落とした、が。鬼の左手は今だにしっかりと青年の右腕の袖を握っており、本能的に危機を察した鬼は朦朧とした意識の中で袖を引いた。
青年は釣られた魚のように空中で体制を崩し、空ぶった足が運悪く鋭利な角に突き刺さり、そのまま抉られたまま、紅い線を引いて青年を地面に叩きつけられた。
「――ガッ!」
短く悲鳴を洩らす青年が上を見上げると同時に覆いかぶさるような重い拳が襲い掛かる。
「オラアアア!」
背中は地面に叩きつけられ、胸部を強打された事で肺から空気が押し出された。酸素が吐き出され、呻く青年を見上げる鬼に瞬時に青年は危険と感じて起き上がろうとするもそれが出来ない。
極度の集中化でコマ送りにされた視界で見ると、鬼は左足で青年の腹を踏みつけ、固定されていて動こうとも動けないのだ。身を捩り、どうにか逃げようとするも、力の差は歴然だった。
「アガァアアアアアア!」
鬼のような怒号で吐き出された気合の元、振り落とされる鬼の拳を無駄とも知りながら受け止めようと、両手を前に突き出し、それは掲げるも。
次の瞬間、振りぬかれた鬼の拳はその余波で周りの大地を砕き、青年はそれを一身に受け、大地にめり込んで平地から姿が消えた。
終わったか――そう思い、気を抜きかけた鬼はすぐに考えは裏切られた。
すぐさまにその地面の中から抜け出そうと、もがく二本の腕が突き出された鬼の足を掴み、引き千切らんと足に指が捻じ込まれ鬼は、先までの油断を払拭し、躊躇なく更に左足に力を加え青年を潰す。そして何度も、何度も拳を振り上げる。
振りぬく毎に大地は揺れ、そのヒビは広がっていく。
――幾度か鳴った地響きは何時しか止み、その場には鬼の耳を塞がんばかりの咆哮上げた瞬間、天を目指して突き進むシャトルが月を目指して飛び立ったのはほぼ同時だった。
宇宙に飛び立ったシャトルの中では、蒼い地球を見上げ、二つの指輪を朱と蒼の指輪を血が滲むほどまでに握り締めた銀髪の女性が涙で瞳を濡らし嗚咽を洩らしながら泣き叫んでいた。周囲には誰も居ない場所で、急にピタリとその女性がその涙で濡れる顔を上げ、真っ直ぐと地球を見下ろすその眼の中には確かな覚悟と決意の炎で揺らいでいた。