そんでもってやっとこさ2人目の原作キャラが登場。ここまで長かった……。
第13書 盛大な自爆
ある日の森の中、太陽は既に空の沖天の勢いで上りながら燦々とその森の中を天高い場所から照らすも、鬱蒼と茂る木々の間は薄暗く、湿った靄のような霧が立ち込めて夕暮れと勘違いしてしまいそうなほどに静寂に包まれていた。
森の先から聞こえる音はなく、時たまに吹き抜ける風で草木が鳴くくらい。生き物が存在するとは思えない静けさは恐ろしく感じるほどに平坦だった。
感じた通り、周辺には動物の気配は全くない。
そしてこの様な薄暗いような場所を好む妖怪と言った物の怪の類の姿も見えないせいか、そこは近所の村人からはそれが、逆に気味が悪いと専らの噂と為っていた。
月日が経ち、何時からか、その森には色づいた瘴気が立ち込み始めるようになった。それは何が原因かは全く不明であり、周辺の動物達が数を減らし始めたのはその頃からだった。
生ある生き物は徐々にその場から何処かに去って行き、生き物が寄り付かないせいか、そこは不思議な場所として、何よりその森から漏れる瘴気が人に害があるものだった故か、何時の日からか、それは魔物さえも寄り付かない。
安直ながらも『魔境の森』と村人から畏れられるようとなったのだ。
しかしながらそんな不可解な物が手が届く距離――とは言わないが、近隣に在るとしたら人が不安を懐くのも至って自然であり、それを解決するために動くのもまた道理であろう。
つまり何が言いたいのか。その不安な気持ちを願いとして聞き届けた。今この時、瘴気が充満する森の上空には一人の――いや一柱の神が佇んでいた。
容姿は誰もが見惚れるであろうほど整っており、上空にいる為か、風が強く靡くも、彼女は悠然に空の足場に立ち、そのふんわりとした青紫色の髪が頬を撫でる。
背には何の用途に使うのか不明だが、注連縄を巻いたような物が括り付けてあり、その豊満とも言える胸元には、鏡が飾り付けてあった。それは日の光を受け反射して、まるでそれ自体が発光しているように、光輝いて自然と感じる威厳の様は彼女自身がまさにこの世の者ではない。幻想的なと言った印象を受ける。
しかしそのような悠然としている彼女であろうと、その表情には少なくない憂鬱とした陰りが見える。
森を眺める彼女の目は、その森から立ち昇る瘴気を見る毎に、陰りを帯び、ふぅ……と口元に手を当て妖艶に息を吐く様は、正に恋に悩む乙女の如く、彼女の吐いた小さなその溜息は厳しい心中を表していた。
「あー……メンドクサイ」
そう呟くと同時に彼女から感じる威厳が少なくとも薄れたような気がした。
あーもう! と自身の髪をがしがしと掻くのは彼女であり、まるで先ほどまであった威厳のい、さえ感じさせない姿だった。
どうやらこちらが彼女の素らしく、彼女は一通り自分の中でなにかと葛藤する様子を見せるも、ゆっくりとその森の中に入って行った、という事は少なくとも用事を済ませる事にしたようだった。
そもそも彼女自身なぜこの様な森に来たかと言うと、偶々村の村人達が彼女を深く信仰する村人であった為だった。
その村人達はこの森から漂う瘴気からか、体調を崩す者が増え、それをどうにかしようと村人総出で祈祷をし、信仰を捧げたのだ。
その深い信仰心を受け取った彼女は、その願いを無下に断る訳にも行かず、今こうして森の中、瘴気が立ち込め、森の中では視界が悪いためか、空から大体当たりを付けその場所を探している訳なのだが……。
「……本当に気味が悪い森ね……」
整った顔を歪ませ、吐き捨てるように呟く彼女は、忌々しげであり、まさに不機嫌であった。
どこから出したのか、巨大な木の柱をぶんぶんと振り回しながら、邪魔な木々を片っ端から吹き飛ばしていった。
「…………」
これだけ暴れても、それ以外物音一つしないのだから、まさに魔境と言うべきか。最早生き物の影すらない森で彼女は不安と不満が腹の奥底に溜まっていく気がした。
「さっさと終わらして帰ろう……」
呟きと共に彼女が振り回していた柱はピタリと動きを止め、同時に彼女の足も止まった。
「ふぅん……」
彼女の視線の先に在るのは一つの小さな穴。しかしそれは明らかに普通の穴ではなく、その穴からは際限なく闇色の靄とも霧とも似つかない禍々しい何かが吹き出していた。
彼女がそれに最大限までの警戒を持ちえながら近づき、その深い淵を覗くも、見えるものはやはり何もない。
「――強力な結界、か? 見た事も聞いた事もない形だが……何かが封印されて、抑えきれなくなったその影響で瘴気が……?」
繁々と観察しているとその穴の縁には不思議な文字が刻み込まれ、彼女には感じた事がない力の片鱗を感じる事が出来た。
「ふむふむ……なるほど……わからん」
彼女はしばらくその文字を解読しようと試みたが、自分の知っている言語とは全くかけ離れたもので、相当昔に刻まれたモノなのか、霞んでなんと書いてあるか分からないがすぐ側に書いてある文字は少なくとも自分達が使う言語に近いという印象を受けた。
「わ、我……? いずる時、目覚めん……? 知らんがな」
やはりよく分からないモノであったが、少なくとも何かがいる事は確かだと解釈する事は出来た。
という事はこれだけ周りに影響を与える奴だ。相当昔だろうが大暴れした妖怪なら記憶にありそうなモノだが、封印なんぞした事がない彼女にはどれも記憶に当てはまる人妖は少なくとも一人としていなかった。
ここに封印されているの妖怪か、それともそれに準ずる何かか……。
考えるも、突然止め止めと言った様子で彼女は首を左右に振り、考えを振り払った。
そう、すでにここに来た時点で自分のやることは決まっているのだ。
無言で右手を天に掲げると、同時にその手には不可視の力が集まり、暴風にも似た力に余波により木々の草木が吹き飛ばれていく、それは収束と、凝縮を繰り返し、風が止むと彼女の手の平には青紫色の光球が浮いていた。
ぽいっと彼女はその球を穴に投げ込むと、同時にかなりの勢いで後方へと下がった。
一時の静寂が森を包む中。
破った爆音に事前に耳を塞いでいた彼女は何とか事なきを得ていた。
音で地を揺らす激震に、地響きと共に穴から吹き上がったのは天を貫かんばかりの竜巻だった。
竜巻は周囲の瘴気を吸い込み、集めていく。そして、森全体から集まったと思われる黒々に凝縮された瘴気が作りだした穢れの塊に、彼女は神力で作り出した柱を気合の下に投げつけた。
「はあああああ!」
天を突く竜巻と、その膨大な量の力に内包された柱がぶつかり合った瞬間、眩しい光が周囲を包み、薄っすらと目を開けると、既に瘴気も竜巻も消え失せていた。森は元の平穏の姿を取り戻した事に一息付くと同時に、穴に視線を向けた彼女に瞬時に悪寒が走った。
そこには一人の少年がいた。
(こんな所になぜ子供が、村人の子供か?)
しかしその考えはすぐに間違えだと気づく。少年から感じるは微弱ながらもそれは妖怪として妖力だった。
少年の姿も、今の時代からは考えられない灰色の着物に、足には鎖を巻きつけ、それを目で辿ると腰には紙の束と思われる書が携えられていた。
そして少年の顔にはどこか生気がなく、髪はこの大陸の者達と同じような漆黒の黒髪だったが、その目はこの地域の者ではない黒目ではなく、灰色だった。
だが、彼女はそんな違和感に目を向けず、視線をある一方向を指していた。
袖から僅かに覗く四肢、相当ぶかぶかの服なのであろう、と思いかけて、その袖から覗いた指は黒いなにかが蠢いていた事に背筋にヒヤッとしたモノが流れた。
――不気味だ。彼女は一目でそう感じ取り、警戒態勢に入る。
しかし少年はその様子を横目でチラと見ただけで、顔を背けどこを見ているか分からない瞳は、空の虚空を見つめるばかりで二人の間には言葉などなく、空白の時間がこの場を支配する。
『…………』
何故、私はこんな奴にこんなに警戒しているのだ? 不意に彼女にそんな考えが浮かぶ、たしかにそうだ。少年から感じる力は微弱なもので小妖怪でさえ彼に勝ってしまいそうなレベルである。ならなぜ私はこんなに警戒しているのだ?
そう疑問が沸くも微動だにしない少年を見て、思わず歯噛みする。
そもそも彼女は今日に限って、機嫌が悪くあまりこの願いにも乗り気ではない気分で、しかもこんな辛気くさい場所に来たのに、そこにいた一人の子供に、尻込みする自分自身にイラ立ちが募る中、ソレが限界に達しようとした時、その姿相応であろう可愛らしい鈴のような声が、森に溶けるように響く。
「――本、読ま、ないと……読む、読む読む、何を? 決まってる本だよ、何? というか、どこ――知らない。分からないよ……ああぁ……読みたい――早く、早く――」
まだ続く少年の言葉に彼女は思わず面を食らった。
勿論少年の周りには何もなく、それが独り言だと分かる。だがまだ少年は一人で喋り続けているもその声には、一切の感情すら含まれて居らず、見ただけでその存在が危うい、と感じさせる。
封印された妖怪が自由になると、一時暴走状態になるということはザラにあることだが、それとは違う危なさをこの時彼女は感じていた。知らず知らずのうちに、額から汗が滲んだ。
「な、なあ、お前さん」
そこで思わず彼女は少年に声をかけてしまった。
それが聞こえたのか、少年の独り言がぴたりと止み、その虚ろな灰色の目に、彼女の姿を映すと同時に、少年の顔が歪みその目には悲哀の感情が爆発し、涙がせりあがって行く。
「――お姉さんも、僕のことを邪魔するの……? 僕、は、本を読みたい、だけなのに――」
少年は零れんばかりに、その目には涙を湛え、嗚咽を吐き出すと、一緒に言葉を吐き出した。最初はなにかの演技かと、彼女は疑ったがその潤む目には真偽の余地もないほどに本が読めないことを悲しんでいるように見えた。
その姿に彼女は面を食らい、如何するべきかとオロオロと視線アッチこっちに、彷徨うも勿論視界には助けになる物は何も映らず、目の前に視線を移すと何時の間にか少年は彼女の裾を掴み、鼻をずずと鳴らしながらその愛らしい顔は涙で歪ませていた。
この少年に過去に何が逢ったか知らない彼女だったが、こんな風になるまでに、その昔に何か辛い事があったのだと痛まれない気持ちになった。
彼女はその姿を見て、無意識のうち胸に湧くは情の感情に体を任せ、少年に目線を合わせるために、腰を落とし、ぎゅっと抱きしめ、漏れる嗚咽を落ち着かせるように背を宥めると、少年は次第に落ち着きを取り戻していった。
「――大丈夫よ、安心して私は貴方の邪魔なんてしないから、好きなだけ本を読みなさい?」
自分でも気づかないうちに、そう彼女は耳元で少年に囁き、少年はそれに鼻水を自分の袖で啜りながらうんと頷くと同時にぱっと顔を笑顔で輝かせて彼女から離れる。
あっ、と心なしか渋るような声に彼女は無意識に上げた声に赤面をしているとそれに気づいていないのか少年が元気よく両腕でバンザーイしながら言う。
「じゃあお姉さんに聞きたいんだけど近くで静かな場所知らない?」
「――あ、ああ、それだったら――」
と余りの少年の変わり身の速さに動揺しながらもこの先に静かな広場があると伝えると、彼女が止める間もなく、少年は元気よく走り出し、藪の中に入ろうとした時に一度こちらに振り向きぶんぶんと千切れんばかりに振られる腕を見て彼女は思わず目を疑う。少年の腕はよく見たらそれは腕ではなく、黒い何かが蠢く『モノ』だった。それに面を食らい、それでも少年それに気づいていないらしく、元気よく手を振る少年に彼女は手首だけで軽く手を振るうと少年は満足したのか。その姿はすぐに薮中に消える。
「あの子は一体……」
独白する彼女はしばらくその場から動けず、周囲が暗闇に包まれるまでずっと少年が消えた藪の中を見つめていた。
◆
気を失って目覚めた時、始めに感じた感触は岩のごつごつとした質感と、肌から骨隋まで氷に浸かったような寒さだった。
さむっ、さむ! 驚きのあまり魔法を使う事すら忘れて思わずパーカの中に手足ごと頭まで突っ込んで暫し厳しい寒波に耐え忍んでところ、やっと火を付ける手段を思いついた。
閉鎖空間での火の用途。と思い至って、発動しかけた魔法を取りやめて保温に切り替えて魔術を発動させ、包まってから暫く……何とか平静に思考できるまでに回復できた。
「うぅ……やっぱり、僕の予想は当たってた?」
スノーボールアース、この寒さはそうとしか思えない。今頃見渡せる限りの地表が雪に覆われている事だろう。今さっき感じていた寒さ、表しとしたら明らかに今まで地上で暮らして感じてきた低温のマイナスメータを全力で振り切っての更新であろう。
……今外に出てはヤバイ。そんな事は考えなくとも分かる。
「……どうしょうか……」
概ねの不安の理由としては何時までこの状況が続くかが分からない。脳内で歴史を振り返ろうと思うならば、この大極寒が終わる時期が実に曖昧な事がすぐにわかる。それに、一度張った魔法陣が永久的に発動しない事も今後の問題だった。
「うわぁ……もう殆どの奴がぼろぼろじゃん……」
防護系から隠密、探査ともろもろの結界に至るまで、文字通り決壊寸前。恐る恐る指で触れると、止まっていた時間が進んだように刻まれた紋が急速に色を失って消失した事に、想像以上に地表にぶつかった衝撃が大きかったらしいく、ギリギリで耐え忍んでいた事が僕でも理解できた。……少しでも、後ちょっとでも掛けていた魔術が少なかったら、考えただけでもぶるっと震えがきた。
……この様子だと上はもっと大変なんだろうなーと、考えを切り替えながら、ふと自然な仕草で――本を取り出して読み始めた。
――よくよく考えれば外に出ても大してメリットを感じないし……と言うか寒いのが苦手な僕の本音としては今外へ積極的に出ようとは思わなかった。
「んー前はこれ読んだし……今日はこれ読んでみよっかなー」
そう能天気に僕は書かれた文字列を目線で追って行った。
安全な空間、一睡もせずに本を読み漁っていた顔を上げて、天井と表す一筋の出口にふと見上げたのは何時だっただろうか――僕は気づいた、いや、気づいてしまった。
「あれ……これ、って」
七色の光に照らされた洞窟内、ある一角だけが覆うように真っ黒なベールが落とされていた。
気づけば唯一の水源である湧き水が氷解していた。これは氷河期が去った予兆では? そう思って確認しようと出口を塞ぐ蓋を外そうと片手をかざした。
「?」
違和感に気づいたのはその頃だったか、握った手のひらに手ごたえはなく、振った手の先にはなんら変化の予兆すら見られない。
「……あ、ぇ?」
だらだらと服にシミを作り始めた汗に焦りを感じて何度も、何度も魔術を行使し続けた。
「はぁはぁッ、は……嘘でしょ……解除出来ない……?」
そ、そうだ……何なら水路から出ればいいじゃないか! 服が濡れるのは不快だが今はそんな事を気にしている暇はない。
よろよろと水面に近づき、波紋を作った水面を見て息に喉が詰まった。
「――ちくしょう! 何で、障壁じゃなくて結界を張ったんだ。しかもこいつは……」
直に触れて分かった。元の術式に込められたそれは一枚の壁ではなく重なってより厚みを増した壁が僕の自由を阻んでいた。
「3重結界……は、はは。よくも考えずにこんなもん張ったな僕は……」
そもそも朦朧とした意識で書いた術式が合っている筈もなく、その弊害はと言うと内部からの術式への干渉は一切不可能に加え、異常なほどの力を注ぎ込んだ事による本来の能力を超えた、状況が状況でなければよかった強固さが僕をより苦しめる。
つーかなんだよこれ、こんなん張れるなら鬼と戦うときにでもやれば楽に勝てただろ。今更出来るって……アホか。てか今になって思い出したけど僕って妖力と魔力の併用的な使い方って絶望的に下手糞な筈なんだけど、出来るにしても遅すぎるわ。てか硬すぎんだろこれ、僕がこんなんやるとかまじありえんわーハッハッハ……。
「……ふ ざ け ん な――!!」
え? 何? 自分の魔術で窮地に落ちるって笑い話にもならないんですけど? 殴っても殴っても――つかマジカッテェー!
「おおおおおお落ち着け俺! ま、まままだ全然大丈夫、よゆうよゆう僕なら出れる、デレルでれる出れるでれる……」
……ぶつぶつぶつぶつ。
「ふっ――ハ」
八方塞がり、あーこんな状態の事なんて言うんだっけか。ああ、思い出した思い出した。
すっかり投げ出した体勢で思い出した言葉を呟いた。
「……かゆ……うま……」
一先ず……寝るか。直視出来ない現実に目を背けようと僕は瞼を閉じた。
――勿論、目が覚めて始めに見た物は、依然と変わらず僕を塞ぐ何重の壁だった。
あれから……何百年経ったかな、今日も今日とて長い一日になるだろうな、とすっかり根暗根性丸出しの考えから一転。
「ん……?」
感じた異変に僕はすぐに気づいた。
「風が、変わった。それに上にも……何か、いる?」
僕がいる場所は極端に生き物が少なく、それのせいで生物に対する反応が過剰になっていたおかげとも言うべきか、すぐ呟いた言葉に確証が持てた。生き物がいなくなった理由、その原因の一端……と言うか全部僕が悪いのだが、脱出する為に色々と試した魔術が周辺の、様子は分からないが環境を汚染していると思われるから。
「結界の容量を超えれば何かが起こるって思ったんだけど」
頭を掻いて上を見上げるが、まあそんな簡単に破れるものではなく予想通り、不発に終わったんですけどね。
「はぁー、しかもこの感じ……神か」
計った限りじゃ力はそこそこ、そして何やら険しい気配が伝わって来たが、
「ハッ、どうせならここら周辺を破壊してくれればいいのに」
小音の破壊音にガッカリして物騒な願望を願うもそれもすぐ止んだ事に言い表せないほどの失望感に加えて、どうしようもない絶望感にどうにか振り払おうとかぶりを振った。
この何百年間、僕は努力の限りを尽くし続けた。が、結果はどれも駄目。
前向きだった気持ちも次第に後ろ向きに変わり、……気づけば焦りのあまり下級の魔術すら初歩的なミスをするほどに落ちて、落ちて。
「魔法ってなんだっけ……」
自分が分からなくなっていた。
妖怪は決して脆くはない。それは人間と比べたら体も強靭だし、心も強い。だけど――僕は元は人間だ。それが今の状況で痛いほど分かった。
孤独のあまり独り言が多くなった。最初は、寂しさを紛らわすそれが次第に虚しくなって……気が狂いそうだ。
「くっそ……見失うな、僕は、僕はまだ死ねないああ、まだ本があるじゃないか……まだ、まだ」
思わず呟いた言葉に、最近思い始めた思考が介入してくる。
(本の内容は無限なのか? それとも有限、終わりある限られたモノなのだろうか?)
黒く染まった教本が、今の僕には頼り気なく見えた。
本質を見失った妖怪の辿る道は単純な肉体の破滅。それは例外もなく僕の肉体も含むだろう。この場所に居ても今までは大して危機感を懐かなかった、考えすらしなかったが次第に募り始めた不安が焦りの気持ちに拍車を掛けていた。
それに、どのみちこのままでは僕の精神が危ぶまれた。
――ポトン
「……次は何だ」
投げやりになった思考に振り回されながら、抱えていた顔を上げた。
上から落ちて来たと思われる球体のそれに込められた神力に目を瞬かせると、数秒の静寂の後、一転してギョッとした。放った神が雑な性格なのだろうか、込め切れなく漏れ出した神気が考えなくともその危険性が嫌にでも伝わってきた。
「――」
反射的に逃げようと体が動いたが、そもそも密室の空間では逃げ場なんてない。
思考の硬直、数瞬でしかない時間が仇となった。
「まずっ」
眩い光に目も開けられず、薄目を開くと同時に襲ったのは打ちつける様な暴風。
時間が引き延ばされた感覚に目を見開き、考えずとも本能的に体が前へと動いていた。
爆音が鳴った。
だが僕はそんな些細な事に見向きもせず、ただ天井の一点を睨み付けた。右手が手とは別に、瞬時に鋭利な棘となって鋭さが増していく。吹き飛ばされ、神速の速さを超えた事に精神より体が悲鳴を上げ始めた。軋む骨にぐら付くのを歯を食い縛って耐える。
ヒュ――ン、空気の壁を貫いた槍が一瞬にして天上へと到達する。
ぶち当たった一点に対して結界は瞬時に色濃い反発の色を示した。
(早く――速く!)
背後から追ってくる暴虐の風が凄まじい勢いで迫っているのが摩擦で焼けた肌からチリチリと焦りを懐かせる。――まだ結界は残っていた。
風が足元に達し、少しづつ身を削り始めた時、急速な変化に目を覆った。
「――わ、わ、うぁー……!」
視界が開けた時、真上にあった水色が見えた。次にそれを覆う白から、照らされる緑と目まぐるしく色を追って行った。自分が落ちている事すら忘れ、久々に見た外の景色に見惚れていた。
使えなかった魔術への悩みと溜まりに溜まった苦悩の一瞬で吹き飛んだ気がした、その時は。
――気づけば、何故か神様に抱きしめられていた。何でこうなったし。
呆然としている僕に、神は自由に本を読んでいいとか言っているが。そう言えば天気がよかったから本読みたいなーとか考えが口から出たのかもしれない。
……よく考えもせずに外に出た感動のあまり、泣いた興奮から他に何か口走った気もするが……そのせいで何だか勘違いをさせているような気がするけど、そんな事よりもこの状況が僕には凄まじく恥ずかしかった。
そもそもこの人(神だけど)とは初対面である。何をトチ狂って僕は黙って抱きしめられてるんだ。
いや、別に気分としては悪くはないんですけど、って違う違う。僕は、そう、これが原因で気まずい空気になる前にさっさと立ち去ろう、うんそうしよう。
そう考えが纏まり、よくよく思い返すと行き先を決めていない事に気づき、聞くと神はさっと教えてくれた。この神さま、僕が妖怪って気づいてる筈なんだけど……書と事実は大分食い違ってるのか? 兎も角、存外目の前にいる神は親切心に溢れていたことにこの時ばかりは感謝した。
それの意味も込めて、立ち去る前に手を振った訳だが、相手の顔には戸惑いの色が濃く見えた。
一瞬、嫌われたかも、と不安な気持ちになったが振り返された事に安堵して次こそ、足早に林の中に駆け込んだ。
「あ……抱きしめられたと言っても不可抗力だから別にセクハラ、とかじゃないよな……?」
呟いた台詞に背筋が凍る寒気を感じ、僕はそこから更に歩く速度を上げて考えを何とか追い払った。