東方書録   作:鳥の番

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 前書いてたのが残っていて心底ほっとした! ちょこちょこ改変したら上げれるレベルに…いやー悩む手間が省けて良かったです。


第15書 境

 

「おい、あの噂知ってるかよ?」

「ん? 噂って?」

 とある質素な村の中で、表通路は横行が激しく商売で人々が賑わいを見せる昼下がり。

 通り人を呼びとめ、呼び込む声が呼びかう中央通りからそこより幾分か離れた建物の影になるように、壮年の男が若い男を呼び止めた。

 

「なんだ知らねぇのか? あれだ、山ん中にある花畑にいる大妖怪の噂だ」

「あー、それだったら知ってるよ。確か昔からあそこに住んでたらしいけど、最近じゃ村まで襲ってくるんじゃないかって近隣の族長達が話し合ってるっていう、あれだろ?」

「あん? なんだ知ってたのかよ」

 声が聞こえるのは家、というには些か質素すぎるであろう位置の裏手、家としてではなく農具入れとして使われている場所だった。

 柔和な笑みを浮かべる若者と言えるほどの男が一人、それとは対象的ないかにも頑固親父と言った風体の厳しそうな男だ。

 

 頑固そうな男は若者の言葉を聞くと、あからさまに落胆したように顔を下げるも、すぐにその暑苦しい顔を上げ、若者に耳打ちをするようにそれを近づける。

 男は顔を喜色にはらんだモノへと変え、だけどよと言葉を続ける。

「そこに住んでるっつう妖怪ってのは、どうやら花の妖怪らしくってよ。つい最近、っても数十年も前の話だがよ、そいつは人が其処に近づいても花に害さえ与えなければ、人を襲うことなんて滅多になかったらしんだがよ。最近じゃあ近づいただけで殺されちまう奴まで出やがる。だからよ、噂では専ら宝を守ってるなんて言われてな……」

「宝!?」

「おい! 声がでけえ!」

 

 驚きのあまり声を上げる若者を咎める様に拳骨を一つ落とし、男は目を鋭くして周囲に目を配って誰も気づいていないことを知ると、ほっと息を吐いた。

 そのまま怨めしそうに向けられた視線を、

 若者は、たははと苦笑いで答え、手を後頭部に当てすまないと一言謝った。

 男はそれの態度に又も目に険を宿したものの、この若者は何時もこうなのだろう。直に諦めたように再度息を吐き、何度も周囲に目をやりながら、声のトーンを幾分か落として話を続ける。

 

「実はよ、この話はここ最近、この村にきた風変わりの旅人に聞いた話でな。そいつと偶然酒の席で一つ酌をした時聞いた話でな。その宝ってのがよ、四角い、黒い箱のようなものだそうだ」

「箱? でもなんでそんなのが宝なんだよ?」

「まあ最後まで聞け。……偶然にも旅の途中でソイツがあの山の中で迷ってな。そんで行き着いた先があの大妖の花畑だったそうだ。

 近隣で有名な話だったもんで、偶然姿は見えなかったにしろ奴も直その場から逃げようとしたんだと、でも、ある一方を見るとその足が止まっちまってあるのモノに目が行っちまった」

 若者は男の話に引き込まれるように話の続きを促すも、男はもったいぶりながら。

「何でもその日は月があまり出てなかったらしくてな、そんで真っ暗なもんでそいつは焦ってな、大きな物音を立てちまって」

「ああ! もう前置きはいいからさっさと言ってくれ!」

 

「おぉ、悪い悪い。……それでよ、そいつは絶体絶命のピンチって時に、暗闇の中でホタルの光を見たらしい」

「ホタル……? でもそれって宝と何が関係あんだよ?」

「旅人もそう思ったさ。でもな? それはよくよく目を凝らすと、七色に光る玉だったそうなんだ。近づいて見てみると、そこには黒い箱が置かれていたらしい。

 その宝は、薄雲から覗く月の光を浴びるたんびに色を変えて、それは綺麗だったんだとよ。

 思わずそいつも見とれちまって暫く其処から動けず、雲が月を隠すと同時に気がついてすぐその場から逃げたんだとよ。それで、だ――」

 声を切った男の顔は興奮のためか上気しており、より暑苦しさが増した顔を若者に近づけて、俺達もそれを見にいかねえか? と誘いをかけた。

「ふ……むぅ」

 

 若者は男より冷静さを保ちながら、僅かに逡巡するも、諦めたように首を振り、いや、俺は止めとくよ、と言って不満を漏らそうとした男に向かって言葉を続ける。

「いや確かに興味はあるが、命を捨ててまで見ようとは思わないよ。それに、あの族長のことだ。この事を既に知ってるかも知れないし、何よりそんな所で勝手に俺達が行ったら、村を追い出されるかもしれないぜ?」

「……はぁ……だよなあ。……畜生ッ」

 本気で悔しそうに拳を握り締める男を宥めながら、若者が酒に誘って落ち込む男を連れて賑わう大通り戻っていった。

 

 

 その男達が話していた屋根の上では一人の女性が優雅に藁屋根に腰掛けていた。

 時代には珍しいドレスを着こなして頭には帽子のような物を被り、顔には真偽の分からぬ。何ともいえぬ笑みを浮かべてそれを隠すように、手を口元に添えていた。

「あの子がねぇ……」

 そう呟く女性の声が村を吹き抜ける風に攫われ、その輝く金髪がふわっと宙に巻き上がると、大通りの方では風で品物が飛ばないように必死に耐える商人達の声が悲鳴となり村中に木霊して、ふと気がつくように風が止むと同時に、その場から女性は跡形も無く消え失せていた。

 

 

 ◆

 

 

 ある所の小高い山腹、其処には色とりどりの花達が咲き乱れ、その中心である場所には、一人の女性が花達一つ一つを手で確かめるように手に取って様子を見て、満足げに頷く作業を何度も繰り返していた。

 花達をみる女性の顔には常に慈愛に満ちた笑みを浮かべ、其処に花畑をすり抜けるように風が吹きぬける。そのクセのある新緑の髪を風がかき乱れた。

 ふと気がついたように女性は顔を上げ、風が吹き抜けた一角、其処を目を向けて数秒、いや数瞬だったかもしれない。

 顔に浮かぶは確かな憂いの表情をすぐに気を取り直したように息を吐き、花達の手入れに戻る。其処には何時もと変わらない生活を送る一人の妖怪の姿があった。

 

「――はぁー……」

 そう溜息が聞こえたのは花畑から離れた一端、木製の丸テーブルと二つのイスが置かれた一つに座る幽香からのものだった。

 何時ものチェック柄の服を着こなして何時もと同じく花達の手入れを終えて休憩をしていた彼女は、空の虚空を見上げるとまた溜息を吐き出した。

 その横には誰が座るのか、何故か幾分か小さい形をしたイスが置かれていた。

 

 今の彼女の顔には確かな憂いが浮かんでおり、その視線は暫くその一角を見て離さない。その肘はテーブルに付け、その手は頬に添え、また一つ溜息を吐く。その姿は何処かの淑女かと思い違えるほど、絵になっていた。

 幽香は憂鬱だった。

 何を悩むかと聞かれれば――色々と悩みはあるが大きいのはやはりあの子供のことだった。

 縁を切った、と彼女はあの時、そう思っていたが。偶にだが未だに花のお供えを続けていた。

 

 少年に最後に会ってから冬を超えては暖かい春を向かえ、暑苦しい夏が過ぎればまた冬がやって来る。その環境のサイクルは既に80を超えていたが、しかしそんな物は妖怪の彼女からしては大した時間ではない。

 寧ろ短いと言ってもいいだろう。もうこれっきり、これっきりと長らく自分に言い続けて今に至っているのだが、なぜこんなに憂鬱で気分が優れないのか。

 

 理由は、行動が不可解だと感じたためだった。自分のではない。あの少年のが、だ。

 ――あの子が本を閉じた。

 不安なこの気持ちはその一点に向かっていた。

 少年がその本を閉じて眠りにつくように動かなくなってから少なくとも400年。初めは動くのか、目覚めるのか、何をしゃべろうかと期待したものの、それを裏切るかのように日々は過ぎていった。

 

 期待と不安が合わさり、それが重石のように彼女にのしかかり今にも潰れそうなほどだった。だから、この数十年の間、一度もあの森には足を向けていなかった。

 しかし今は彼の事ばかり気にしてもいられない。

「はぁ……疲れるわね……」

 急激な、最も大きな変化が今の彼女を彼への悩みと同じくらいに頭を悩ませていた。それは人妖の彼へ対する襲撃の頻度だった。

 彼が眼を閉じてからか、何故か人間がよくこの花畑に迷い込むようになったり、最近は討伐隊まで仕向けてくる始末、そもそも幽香は自分から人間を襲ったことなど滅多にない。

 襲うとしても花達を傷つけたりしなければ、警告(物理)をして帰ってもらうくらいである。でも、最近ではそれが鬱陶しく感じ殺してしまう事もしばしば……。

 

「チッ……」

 しかし殺す、と言ってもそれでも他の妖怪の基準は良く分からないが、幽香自身、相当甘いのではと考えていた。そして妖怪に至っては狂ったような奇声を上げて暴れまわるせいかさらに性質が悪い。

 どちらの襲来も既に月に一度のペースのレベルではなく、週に一度か、この所ほぼ毎日それが続いていた。

 その為か、安心して寝る暇がなく彼女は酷く、そう。端的に言うならば、とても不機嫌であった。

 そのためか、突然の来訪者に対する態度もそれによって乱雑になる訳だが、

「あら、ご機嫌様如何かしら? 幽――」

「死ね゛え゛え゛え゛!!」

 そしてなんと間が悪いことか、突然空間に黒い裂け目が出来たかと思ったらそこから洋風の紫色のドレスを揺らす金髪の女性が現れるとその顔には真偽を悟らせない――言うなれば胡散臭い笑みを貼り付けて優雅に地に足を付け、ドレスを持ち上げて優雅に挨拶をすると同時に幽香に殴りかかられ、その強烈とも言える打撃が見事に彼女頭を打ち抜き、その体は紙の様に吹き飛んで先ほど裂けたままの空間にその体が放り込まれた。

 

 それは一秒にも満たない一瞬の出来事で、本当に起きたかどうか目を疑うものだが、現れた女性から弾かれて落ちている帽子が更にその遣る瀬無さというのか、空しなさを感じる光景だった。

 暫くの間、花畑の中は静寂に包まれた。庭園を囲んでいた妖怪、動物共に彼女の豹変ぶりに恐れをなして逃げていく足音が聞こえる。

 先ほどの出会い頭殴るという驚くべき光景を生み出した張本人である幽香は、幾分かスッキリした。と言った顔で、その額の汗をいい仕事をしたと言わんばかりに袖で拭き取る。そして――

「さて、花達の世話でもしましょうかしら?」

 ……今日も幽香は平常運転、実に平和である。

 

 ◆

 

「ちょっと花妖怪! いきなりなにすんのよ!!」

「なによ隙間、私は花達の世話で忙しいんだから邪魔しないでくれるかしら? ふふ、というかどうしたのその頭のコブ? 見る限りとても痛そうね。見てるだけでこちらも痛くなるから早く消えてくれないかしら?」

「あ、な、たが殴ったんじゃなくて!?」

「あら? 記憶にないわよ。気のせいじゃないかしら」

 

 全く一々細かい奴、そう評しながらぎゃーぎゃー騒ぐ知り合いの妖怪を適当に受け流す。

 面倒だ、と思いながらもついつい構ってしまうのは何故だろう。なんだか見てると苛めたくなるのよねコイツ、それにしても今の私はどんな顔をしているだろうか? たぶん心底楽しい、嗜虐的な笑みを浮かべているだろう。

 目の先では八雲が今にもムキーと言いそうなほど悔しそうに地団駄を踏んでいるのを見るとそれが可笑しくて、辛うじて笑うのを堪える。数百年来の再会だと言うのに全く変わってない様子に思わず噴出しかけた。

「……なに笑ってるのよ」

「いや、何でもないわよ?」

 

 これでも私と大して変わらないほど生きた大妖なのだから少しは身の振りと言うのを少し考えてはどうなのだろうか。と会うたびそう思うのだけれど、流石と言うべきか、先ほどから感じる殺気と妖力は他とは比べ物にならないほどの物。と言うよりコイツはここに何しにきたのかしら? もしかして私の遊び相手にでもなってくれるのかしら?

 

「先に言っておくけど今日は戦いに来た訳じゃないわよ。貴方、一々こう言わないと無闇に襲い掛かるんだから」

「――チッ……ならなんできたのよ。できれば手短にしてもらいたいものだわ」

「……そう、なら早速いいかしら?」

 言うと何時ものように薄気味悪い笑みを浮かべ、口元を隠すように手を当てて胡散臭い雰囲気を醸し出し始めた八雲に少しばかりが苛立つ。

 こう言う時のコイツの用件は何時も碌な事が無い。それにウンザリしながらも顎を縦に頷く。そうしなければこいつは帰る気はないだろうし。

 

「この場所に最近――いえ、貴方に何かあったかしら?」

 その質問にハッとなりかけて、平静を装うと必死になる。

「――ええ、なんだか最近になって此処にくる愚か者が増えて困っているのよ。何とかならないかしら?」

 少なくとも嘘は言っていない。疑っているのか……こちらの真偽を窺おうとその鋭い視線で私を睨むように見てくる。

 しかもその視線には含まれるのはあからさまに此方を挑発してくるような殺気、しかしこんな物は私からしたら微風に等しいもの、悠々とそれをその視線を目で受け止めて逆に挑発をしてやる。

 暫し睨み合っていると諦めたように溜息を吐く八雲にニンマリと笑いかける。しかし、突然気を取り直したようにその胡散臭い雰囲気を真剣なモノに変えた。それに私が呆気に取られている内に口を開いた。

 

「そう、ならそこの村で聞いたんだけど、黒い。七色に光る本に関して何か知らないかしら?」

「……知らないわ」

 無意識に、嘘の事を口にしていた。

 本? 疑問に思ったがこれも口には出さない。 

 内心、分からない焦燥に何故か焦りながら辛うじて平然と受け答えが出来た。その返事を聞いてか何故かバカにしてるように笑う八雲に眉根を寄せる。

 

「ま、言いたくないならいいですけど。ふふ、それじゃあ質問を変えましょう」

「もう、何も答えるつもりはないわ」

 くるりと背を向けて、足早に家へと帰ろうとした。

 コイツと話しているとやはり気分が悪くなる。

「くく、別に答えなくてもいいですわ。あの子、れいは元気かしら?」

「――は?」

 

 その言葉を聞いた瞬間思考が止まった。れい……? 一体誰の事を言っているか? そんな奴聞いたこともないし、知り合いにもそんな名前の奴なんて一人もいない。

「ふふ……やっぱり」

 そんな私の様子を見てか、はたまたほかに理由があるのか。その顔には、なにを考えているのか分からない笑みを浮かべてこちらを挑発するように見てきていた。何時もなら受け流せるそれも今じゃなぜかそれを見ると酷く心がざわついた。

 

「あらあら、本当に何も知らないのかしら? それとも、話して貰えなかったとかかしら?」

「――何、を言って、るの」

 なぜ、声が掠れるのか、私の口が、喉が、緊張のあまり涸れていた。依然として八雲はこちらを見やり、私の様子を楽しそうに見ている。

 なに、これ。何で、コイツ何かが。湧き上がってくる感情は黒くて重い、憎悪だった。

「まだ分からないのかしら? ふふふ、困ったわねー」

 五月蝿い、なにが言いたいの……お前は、何を知ってるの?

 

「そんなに怯えてどうしたの? まるで路頭に子供見たいに震えて――」

 はっ、私の何処が怯えているって言うのかしら? バカにされるのもいい加減我慢の限界だ。次、次私に何か言ったらコイツを殺そう。

 そう決めて怒りで震える肩、指先に力を加えて必死にそれを抑えていた。だけど、その時の私はそれに気づけなかった。だから、既に目と鼻の先に居た私の耳元で囁く八雲にすら気づけなかった。

「この際だから教えてあげる。彼の本当の名前は」

「――――」

 

 最初から気づいていた。それがあの子を指す言葉と言うことくらい。

 でも、私の中から沸いてくる感情がそれを許さない。なんで、私が知らなくて、こんな、この女が知ってるの? 長年一緒に居たのに話した事もない私が、声すらも聞いたことない私が知り得なくてなんでこいつが知ってる? それが不思議で、不可解で、不快で、理不尽で自身が抑えきれなくなって……溢れ出す嫉妬の感情に身に任せて八雲に襲い掛かった。

 

 ◆

 

「……まるで獣ね」

 あの子の噂を聞いたからまさかと思っていたけど、彼女が狂わせられているなんて……。

 我が強い大妖怪がその己を失うと言う事は盲目になるのと一緒。それなのに、我が一倍強い彼女がこんな事になるとは私自身それが驚きだった。

 これは彼の能力なのか、それともあの本の魔力というものなのか。

 まあ、今はそんな事はどうでもいい。此の侭だと彼女の存在自体が危険だ。少ない友人のために人肌脱ぐのも悪くはない。

 

「ぐぅ、あああああああ!」

 今の幽香は空間に能力で開けた黒い裂け目、能力で作った隙間に四肢を吸い込まれるように動きを封じている。

 幽香は目をカッと見開いて、それでも必死に其処から抜け出そうと鋭い歯で今にも私の喉笛に噛み付いてこようと吼える。今の所、私が開いた隙間で手足を押さえているが正直、この状態が何時までもつか判らない。私の能力である『境界を操る程度能力』で空間を裂く隙間は確かに便利だが相手が同等、もしくは格上相手になると話は別だ。

 相手の力に対して作用するように能力を使用すると莫大な妖力を消費してしまう。今も押さえているだけでも額に汗が浮かぶ。

 

「でも……弱音を吐いてもいられないわね」

 無意識に溜息が出そうになるのを堪える。危ない危ない、溜息をすると幸せが逃げるんでしたっけね?

 不意にくすっと笑いが零れる。少ない時間だったが彼と話して教えてもらった事、まるで何でも知っているような雰囲気を纏う彼は幼かった私からしたら魅力的に映った。彼は容姿とは裏腹にその中に沢山の知識を持っていた。

 右も左もわからなかったあの頃に、彼に知り合って私は相当幸運だったのかもと今更ながらそう思う。それとあの時した小さな約束も。

「ふふ、貴方との約束ですものね。でも、今度会った時はお返し、しっかりしてくださらないと怒りますわよ?」

 

 そう自分でも忘れていた無邪気な笑い声を上げ、懐かしい昔の事に思いを馳せながら、私は幽香を縛る隙間を解き放つと同時に、彼女が飛び掛ってきた。

「――さあ、来なさい獣に成り下がった花妖怪。今日は気分がいいから……半殺しで許してあげますわ」

 

 ◆

 

「落ち着いたかしら?」

 憎たらしい声が聞こえ目を開けると、既に日が落ちかけていてあたりは夕闇に支配されていた。

 私と言えば、なぜか地面に体を投げ出した状態で横たわっていた。手足が気だるさに包まれているように口をあける事さえ億劫と感じてしまうほどに消耗のあまり立つ事さえ出来ないような気がしてくる。

 だけど、そんな事は私が許さない。

 私が無理やり立とうとしている間、八雲は黙って私を見ていた。立ち上がって全身を見てみると至る所に傷があり、其処感じる妖気が八雲の物だと私は気づいた。

 

「……っ、アンタ私に何したのよっ」

 今からでも殺してやりたいが疲労感からか、頭が重く、実際の所立っているだけで限界だった。

「――本当に何も聞かせてもらえなかったの?」

「だからさっきっから何を訳のわからないことを――!」

「うーん……そう言えば準備がどうこうとか……集中がどうこう言ってたような……」

 ぶつぶつと呟く八雲に私は力を振り絞って掴みかかろうとした。

 

「あら、野蛮」

 だが今の状態では碌に動くことできず、軽口と一緒に逆に倒された。

「あぁー……そう、か。うんうん、それなら――幽香、彼は今寝てるのかしら?」

 軽い調子で尋ねる隙間に顔を向ける。何でもない言った様子、めんどくさげにそう言われると大事な物が穢されたような気がしてムカムカと怒りが沸いてくる。

「――ッ! なんでお前がそのことを!?」

「彼は、本当に一言も口を開かなかった? あの子、恥ずかしがり屋だから話さなかったんだと思うけどそれとは別に警告なら言うはずなんだけど『僕に近づかないで』、とか」

 言葉が出なかった。言われれば確かに聞き覚えがあった気がする。でも、なんで今まで。

 

「……貴方、拒絶されてでも彼の傍に居たかったんじゃないの?」

「……」

「あくまで聞いた話だけど、知的生物の殆どは嫌なことからなるべく目を背ける傾向があるそうよ。意識的ではなく、本能的にね。あたま、ああ脳って言ったかしら? それが迫った現実に対して自分が耐え切れるか判断してそうなるそうよ。だから、気づく気づけないじゃなくて――ああ、小難しいことはもう良いわ!

 ……この際ハッキリ言うけど――幽香、貴方は寂しかっただけなんじゃないの?」

 呆然と見ていた八雲に突きつけられた指を叩き落す気すら失せていた。

 

「私と始めてあった時もそうだったように、自分の中で割り切っても時間を引き延ばしてずるずると幽香……本当は彼の声に気づいてたんじゃないの?」

「分からない、わよ……」

「幽香……」

 おぼろげだった景色の変化に、思い出してきた記憶に頭を抱えた。

 血が染まった手に、下に沈む死体はそこ等じゅうに広がっていた。泥水溜まりに、浮かび上がった私は愉悦の表情で鮮血を舐めとっていた。

「わ、私は……ぁ、なんで――」

 

 あれは私がやった事? でも、あれは私が思った事だから――彼の、せい? ――違う。違う違う! あれが本当の私なの? 私が、わたしがあんなに醜い感情を? わたしはだれ、に? ほんとうのわたしはどこにあるの? わたしは、わたしは――

「――幽香」

 厳しい声、だけど此方を咎めるような響きはなく、八雲の気遣うような声にハッとした。

 

「貴方が自分を見失うほど混乱しているのはわかるわ」

 こちらをしっかりと見据える八雲の目を見ていると朦朧としていた意識が真っ直ぐに伸びていくのを感じた。フラフラとしていた体に芯が通っていく。

「でもそれは唯の甘えでしかないわ。彼ではなく、自分を見なさい幽香、本当の貴方は何処に行ったか? そんな物なんて何処に行きようもないでしょ? 貴方は初めからここにいるのだから、あの不遜で、大胆で、大雑把な自分の絶対的な自信に満ちた貴方は、この程度の影響で乱されるものなのかしら?」

「――っ」

 ああ、コイツ私のことを元気付けようとしているのか、幾ら混乱しようとも、そんなことくらい気づけた。

 ガラにも無いことをして、全く余計なお世話だ。

「うっさいわね」

 それに言葉一つ一つに私情があるじゃない。そして私はなにしているの? このまま言い返さない。そんなことをしたらそんなの――それこそ私じゃない!

「――ハッ! 何を言うかと思えばそんな下らないこと言って、分ってるわそんなこと。それにアンタほど私は不遜でもないし大雑把でもないと思うんだけど?」

「あ? あら、何を言うかと思えば、そんな粗野な貴方にそんな事を言われるなんて心外ですわ。出会い頭殴り掛かるなんて猪のマネをしていたくせして」

「は? 何を言ってるのかしら? そもそもアンタがいきなり不法侵入してきたせいでしょうが、自業自得なのだけれど? それともそんな事もわからないのかしら?」

 …………。

 

「――なによ?」

「――なにがよ?」

 睨み合う両者から迸る怒気と殺気が一陣の風となり、二人の間を吹き抜けた。

 それは数時間か、それとも数秒だったのか、沈黙の中両者は睨み合って初めに息を吐いたのは八雲だった。

「――はぁ……止めましょう。こんなの不毛以外なにものにもならないわ」

「ええ、そうね」

 私自身それは賛成だった。このまま殺り合っても良かったが、万全の状態じゃない今じゃ不利だ。しょうがない、今日の所は見逃してやろうとしよう。

 

「それで、今日ここまで来た本題に移ろうと思うのだけれど」

 服の着いた土を払っていると八雲が神妙な面持ちでそう切り出した。

 本題も何も彼のことを聞きに来ただけじゃないのかしら。

 そう言うと、それもそうだけれど、と何とも歯切れが悪い返事を返してきた。しかしほかに何があると言うのだろう? 疑問が浮かぶも、今は大人しくコイツの話を聞くとしよう。

「ならさっさと話なさいよ」

「……少しは変わったと思ったのだけれど……」

「いいからさっさとしなさいよ」

 こっちは疲れて立ってるだけでつらいってんのに。

 

「はいはい、それじゃあ言うわよ。初めに言っておきますけどこれは警告よ?」

 タップリ間をあけて、

「此処から逃げなさい。彼を置いて」

「――――」

 余りの、八雲の言った言葉に一瞬、息に詰った。

 何を言い出すかと思えば、花を、彼を置いて逃げろ? なぜそんな事をしないといけないのか。しかし依然として八雲の目は鋭さを増し、それが鬼気迫ることだとわかると同時に質問を飛ばしていた。

「何故?」

 

「理由はあるわ。一、貴方が彼の影響を受け過ぎているから、正直私でも此の侭で貴方がどうなるかわからないわ。次は無い、しっかり覚えておきなさい」

 それを、彼の能力だ、今は抑える作業を行っているとも八雲は言っていた。

「そして問題のその二、彼の力のせいで周辺の妖怪達が活発化しているから。これは貴方も実感していたでしょう? それが等々深刻化してきたのがその理由。そして三つ目だけど――」

 そう言って間を空けて、空気を肺に取り込み、溜息と一緒に吐き出した。

 

「人間達の軍隊が、神を引き連れてもうじきここに攻めてくるわ」

 

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