東方書録   作:鳥の番

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 随分と遅れてしまってすいません! 今回結構悩んでしまって……あぁ言い訳ですね、ほんとすいません。
 それでこれまた別の話ですが『小説家になろう』のほうで東方の投稿がありになったと言う事を聞きましたんでこれからはそっちを含めアップしてこうと思います。
 それで導入とか話し一部を変えるつもりなのでそれを含め、もう一度目を通して貰えるとこちらとも嬉しいです。
 ハーメルンの投稿は止めるつもりはないので、そこは安心してください。
 では新話、どうぞ。


第16書 待ち合わせには遅刻は厳禁

「――嫌よ」

 一瞬の間も開けずに幽香は八雲の助言に即答した。

「……もしかして勝てる、と思ってるのかしら? 花妖怪。断言しておくけど万が一、貴方には勝ち目なんてない。戦うだけ無謀、助けなんてない。足掻くだけ無駄なのよ」

 呆れと苛立ちが混じった八雲の言葉に、幽香はこの場の雰囲気にそぐわない、はぐらかしとも取れる柔かな笑みを浮かべた。

 細められた瞳に続いて睫毛が伏せられ、つり上がった薄紅色に染められた唇はキッと歪めたように引き締められていた。

「昔は、今と違ってここは荒れ果てた土地だったわ。木々は好き勝手に生えそろって、草なんて今の私たちより背が高かったのよ」

 

「何を……」

 言ってるのか、と言葉を言い終える前に幽香は背を向たことに八雲は怪訝に眉をしかめる。

「今みたいにこう花たちが満足に咲けるような環境じゃなかった。そこに転がり込んできたその時は自分の不運を呪ったわ。どれだけついてないんだって。それでも、何かに抗うように毎日木を押し倒したり、土地を切り開いて、必死に土を耕した。

 今に思えば、ここから離れてまともな他の場所を探す事くらいできたでしょうね。……不思議よね、昔は考えもしなかった考えが今になって浮かんでくるわ」

 ふと空を見上げた幽香の横顔を見ていた八雲は過去を振り返って彼女が味わってきた感情までは知りえないしろ、この花畑は、花妖怪である幽香から切っても手放せない物だと理解できた。

「――この枯れた土地に一本の花が咲いたときの私の気持ち、貴方には到底理解出来ないでしょうね」

 

 語り終えた幽香は青芝生に腰掛けたまま、無言で自分だけの庭園を眺めている。

「……後悔、してるのかしら」

 じっとりとした風に巻き上げられた髪に手を添えながら囁く様に呟いた。

 聞こえなかった訳ではない。だけれど幽香は聞いた瞬間、逸らしていた思いが過ぎったのか、浮かべたそれに背けるよう頭を腕の間に伏せた。

「後悔してない。してる訳がない……ってハッキリ言えない自分が恨めしいわね」

「ならさっさと逃げなさい」

 くぐもった自嘲の篭った返事をバッサリと切り捨てた。

「――……」

「? 聞こえないわ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

 

 ――陽は沈みきり、すっかり辺りは夕闇の幕が落ちていた。

 太陽に変わり月が青白く発光して月夜の下で、花たちは色とりどりの彩色を銀燭の物へと変えて呼吸するごとに一帯の煌きが増しているかのように八雲は感じた。

 美しい。素直に彼女は思った。だが、考えたのはそれまでで、それ以外に特に思うことはなかった。

「この花畑を必死に貴方が作り上げたのはわかったわ。……それでも命があればやり直せるじゃない。今は引いて、逃げればいい。何で前に進もうとするの?」

 

 幽香が感じている花たちに対する親しみも、愛情から不安まで。様々な想いが頭を浮かんで消えるのを、物に対する考えがずれている八雲には察する事など出来なかった。

 出会ったのは今日と昨日の関係ではない二人。お互いの素性など、大体は把握し合っているはずだったと思っていた。

 その思いの食い違いに少なからずの苛立ちを募らせていた幽香はついに、

「それができたら、こんなに悩む事も、ここまで苦しむなんてなかったわよ!」

 髪を掻き毟るのを寸でのところで抑えた、と言った様子で両手で頭を抱えながら胸に詰まった感情を吐き出したが幽香の嘆きは届かない。八雲の冷め切った瞳が鋭く細められ、言葉語らずとも淡々と彼女の背を射抜いていた。

 冷酷とも取れる八雲の沈黙は、幽香に無言で「だから?」と再度、問いかけていた。

 

「花たちの声が聞こえる私の気持ちがお前にはわかるか、わかるわけない!」

 必死の叫び、振り向かれた表情とその一言で八雲はやっと、自分の失言に気づいた。

 彼女の手で一から育てた花ならば、関係で言ったら親子だ。そしてこの庭園は花を守護する土壌であり、人間で例えると村と同じ。代々受け継いでいった土地を人間が懸命に守るように、幽香は一人ながらも村を守ってきた。それはどんなに小さい物だろうと、他人からしたら有象無象の物であろうと、彼女からしたら生涯変えられない物だと。

 八雲はとんだ思い違いをしていたと考えを改める。現実逃避気味に語っていた幽香が抱いていたのは庭園への愛着ではなく、守護の執念と溢れ出すほどの情熱と花たちに対する愛情だったと。

 それに対して思い至ったとき、自分はどれだけ彼女にぞんざいな言葉を投げかけていたのかと。

「幽香……!」

 後悔の念が口を開かせるより先に体が動いた。

「っ! 触るなぁあ!」

 肩に触れた瞬間に手を弾かれ、八雲は痛みに感じるより先に目を見張った。

 片方は見つめ、もう片方が睨む中で、ぽつり、と雨粒が突然二人に降り注いだ。

 

 次第に数滴だった雨粒は徐々に雨脚ははやまり、雫は髪を濡らし、顔を伝って服を湿らせる。

 謝罪の言葉に口を開くのも忘れ、八雲は苦悶に曇らせた幽香の顔を、気づけなかった友人の真相をただ無言で見つめる事しかできなかった。段々と蒼白に変わる八雲の顔色は雨の冷たさに熱を奪われたとはこの場合考え難かった。

「くっ」

「……ぁ」

 走り出した。逃げ出したとも言える幽香の遁走を防ぐべく、八雲は弾かれた右腕を伸ばした。しかし、突きだした手の反応はあまりにも愚鈍だった。

 あえなく握った手は先ほどまでそこにいた彼女の残滓(ざんし)を捕らえて空を切った。

 追った視線の奥では幽香が森の茂みへと姿を消したのが同時であった。

 ざーざー

 ノイズにも聞こえる雨音と共に、手を伸ばして固まった八雲へと容赦なく打ち付ける。

 思い浮かべたのは、何時も毅然としていて、傲慢で、自意識過剰な反面、変な優しさを持つ、風見幽香の輪郭だ。

 気丈であり、自分の弱い姿を他人に晒す事を嫌っている彼女が先ほど見せた表情は八雲を驚愕に長い時間足元を縫い合わせる威力を持ち合わせていた。

 

 ――木々の縫い目から、或いは木の葉から落ちてきた雨雫に幽香は疾走しながら腕で目元を拭った。

「うっ、うぅ……」

 滲んだ視界が足元をくらませる。偶然根を這っていた木に足を取られ、派手に転んでしまった彼女は、起き上がろうとするが、思い出せば戦いつかれた後だと、無理に動かした体のツケが今にやってきて自力で起き上がる力さえ残ってはいなかった。

 ぬかるんだ地面にへたり込んだまま、漏れる嗚咽を隠すように両手を口元へ押さえつけた。

「……! ……!」

 涙ぐんだ瞳が目元に溜まり、抑えがきかず一筋の道を作った。次第に勢いを増すそれに、彼女は対には反抗する事を諦め、手を離した。感情を抑えるのも限界だった。

「あ゛、あ゛あ゛あぁぁぁ! う゛ぁ」

 ――今となっては雨の雫となって隠れてしまったが、彼女は確かに、先ほどまで伏せていた顔の下に敷いた腕を涙で濡らしていた。

 涙声と際限なく漏れる嗚咽が山彦の如く辺りに木霊する。せめての慰めと、より強く雨脚がはやまった雨粒の音が幽香の絶叫を覆い隠していた。……両腕で涙が溢れる瞳を覆ったのは、彼女が今できる自分へ対する最後の反抗だった。

 

 ◆

 

 眼を瞑る瞼の奥で、僕は魔力の構想を練りこんでいた。動かないせいで手足や体の感覚が鈍くなって暑さとか寒さなんてあまりに気にならないが、ぽつぽつと降る雨は耳障りな音をたて僕の集中力をそぎ落とそうと無駄な努力に勤しんでるように思えた。

 幸い、なんでか雨粒は頭上から落ちてきていないが、こうも長い時期雨が続くと気になってくる。もしかすると、今は季節で言えば梅雨に差し掛かった辺りなのかもしれない。

 湿気、いやだなー。

 

 内心で嘆息を漏らしながらも、手ではなく頭で行う作業の手を休ませない。

 僕が本の魔力に気づいたのは、神同士の戦いを仲裁している時だった。

 ……自分でも何してんだ。とは思うが、巻き込まれたのだから仕方ない。どうやら僕は、相当厄介ごとに巻き込まれる性質(たち)らしい。

 今に思い出すとその片鱗やら旅の最中で色々やらかしたなー、ちょっと反省する事が多々あったりした。眼を瞑ってるせいで外の状況は分からないが赤裸々な思い出は僕の表面温度を上げるくらいの効果はあった。

 まあそんなことも色々あったりなかったり、と。外を出てから数百年間くらいははしゃぎ過ぎてあっちこっちに飛び回っていた。いやマジ何やってんだ僕。

 

 でもある意味じゃ、飛び回ってたおかげで本の魔力の被害が最小限まで抑えられたのかもしれんと希望的観測をして見たが、なんてたって相手の欲望にそのまま作用する魔力なんて、集中的に浴びてしまったら並の人じゃ即、廃人だ。

 だから今はこう人が少ない場所に篭って封印の作業をしてる訳だけど……昔はそれは生き物なんて全く寄り付かない場所だったはずなんだけど……時間の流れって恐ろしい。

 すっかり緑豊かになってしまった山中には今では沢山の生き物が住み着いてしまっていた。

 

 そう言えば、ちょっと前まで来てたあの子はどうしたのだろうか。姿、っつっても目深くフードを下ろしてるせいで足元しか見えなかったが、声からして女の子……だったと思う。自信はあまりないが。

 毎回傍で何かをしてる気配は伝わってたけど具体的に何してるかは集中状態であった僕の耳には入らず、全く把握していない。と言うか見知らぬ人と目線を合わせるのに勇気が足らなくて毎回上げた時見たものは立ち去る時の後姿だけだった。見た限りじゃ、やっぱり女の子だったかな? どうも記憶が曖昧である。

 ……外出たあとも人と関わらないようにしてたからコミュ障が加速したのかも、いや絶対的にそうだ。

 

 思い浮かべた少女の背に、僕は悩みに思案した。

 "離れろ"とか"逃げて"と色々言った覚えあるけど、今になったらそれって全然聞こえなかったんじゃ? だって性懲りもなくちょくちょく来てたし。

 ……これって目覚めたあと大変な事になるような気がするんだけど、何で気づく前に実力行使にでなかったんだ僕は……。確かに手を掛けたら多少の罪悪感は残るにしても、あとを考えればどうってこともない。

 今になって気づくって……いや、ここまで来る前に僕が何かしら強く言えばよかったんだけど、ここまで物が言えないとなると……最早僕のコミュ障は難病のレベルかもしれない。

 そう言えば最近は全然来てないし、もしかしたら僕の助言が通じたのかもと淡い期待を懐いてみたり……死んだのかも――?

 

 ――あーヤダヤダこんな事を考えるくらいだった封印に集中しよう。

 溜息すら吐けない今の状況に、僕は内心歯噛みした。力を収束し過ぎたあまりに能力の使用も、目を瞑ってからは指一本碌に動かせなくなっていた。今の状況が分からないのがこんなに面倒だったなんて。

 微々たるものだが順調に作業が進んでいく感覚だけが今の僕への一つの救いだった。

 時間のかかる工程を不可解に思うかもしれないが、魔法の封印なんて一瞬で済む、なんてのは対象の構造をすべてを理解して上で力で押さえて初めてできる事だ。と、言うのも……本に掛かっている魔術の形式は僕には理解できない物だったという単純明快な理由からな訳だが。

 だから解くことも出来ないし、完全に封印する事も叶わない。ならどうするか、数年考えて思いついた結論は魔力を収めるための器を作ることだった。

 本を手に取って分かったのは、どう足掻いても理解不能な術式に、難解の魔術。それと何かが漏れ出してくる感覚だった。

 

 基礎に100年、それが7つ。これが器にかけた時間。空のそれに、更に魔術を組み込むのに数十年。

 読書の片手間で取り組んでやっていた事なのだから辛くはなかったが面倒なのは変わりなく、一生やりたくないというこの思いだけは確かだった。

 ……時間をかけて作りあげた器、それでもこの魔力を抑え込められるかは、僕には分からない。そんだけ恐ろしい容量なのだ。

 一体どこからそんな出力を出してるのかは僕の知りえないことだが気にはなった。だから、一度だけ魔術に干渉してハッキングを試みてみたのだが。

 結果、死にかけた。詳しく状況を説明するなら、全身大火傷と全身の骨にひびが入った。

 

 傷の完治は出来たが頭にこびり付いた恐怖は癒えなかったのも頷けるだろう。骨が折れるとか、ちょっと火傷するくらいなら誰もが経験した事があるとは思うが、全身火傷にひび、骨の髄まで染み渡る痛みは発狂モンだと……。

 魔術のおかげで後遺症はなかったが禁書も禁書、あまりに危なすぎる代物であるのは確かである。それでもこの本を手放さなかったのは単に結んだ約束もあるし、ある意味僕がどうしょうもない、読書バカだったということなのだろう。

 

 我ながらどうかしてる。内心そう揶揄しながら慎重に、閉じた本から漏れ出す靄にも霧のようにも感じられる立ち上る煙を体に一度取り込み、イメージのみで作り出した創造の器に移していく。

 ふと、衰弱の一途を辿っている体で唯一退化の影響をあまり受けていない耳が、土砂を踏みしめる足音を拾った。  

 誰だろ。そう思ったがよくよく考えればここに来る生き物など、あの子しかいない。

 内心、何度目の溜息だろうか。忘れてしまったが息を吐くのすらできない事を思い出すと、瞑っている目頭辺りが凝り固まるような気がした。

 

「……こんばんわ」

 耳に入った女性特有の高い声に、僕は思わずうん? と首を傾げる。

 ――む……どうやら挨拶を聞く限り外は夜、らしい。しかしこれはどう言うことだろうか?

「今日は、ちょっと独り言を言いに来たわ」

 ……悲しいことなのか、それとも喜ぶべきなのか。他人の心情に物凄く気を使う僕は他人の感情にえらく敏感だと自負――うん、考えている。

 完璧ではないが気づけば表情を見れば大体のことがわかるようになっていた。長生きのおかげ、老人スキルと言うべきか。

 空気と言うか雰囲気などで大体は察することも造作もない。それが声色、声だけとなると多少ながら正確性は落ちるが、僕には目の前に居る少女が今どんな気持ちなのかくらい、気落ちした声色とどんよりとした雰囲気が伝わってきた事に察する事ができた。

「少しの間、ここを離れなきゃいけないの」

 思案していた脳内に少女の申し訳なさげな声が響く。

 謝る理由が全く見当もつかないんだけれど……それにしてもなんで、そんなに気を落としているのか。

 理由が湿気だとか天気が悪いとかだったら思わず同意して頷いてしまいそうなものだけれど。

「だから、私が居ない間もしかしたら危険な物とかが迷い込んで来るかもしれないの。……もし、この声が聞こえてるなら今すぐ逃げたほうがいいよ」

「動きたくとも動けないから無理なんです!」と、返事ができたらどれだけいいか。それと人払いの結界を張ってるからそもそも妖怪やら人間なんて無意識でない限りここに近づけないし。危険、と彼女が言ってもそれほど僕は危機感を感じなかった。

「はは、私なにいってるんだろ……聞こえてたら、そもそもこうはならなかったでしょう」

 ドシャ、と水分を多く吸った土草の上に居座った音が聞こえた。意味のわからない言動は別に、風邪でも引かないか心配になったが、僕が考えても無駄か。

 

 声が途切れ、ぽつぽつと静寂を取り戻しつつあった空間で、何か思い出したように目の前でいるであろう少女がかすかに呻いた。

「ねぇ……何か言ったらどうなの?」

 ……。喋れたら楽なんだろうけど、ね。

 

「お前のせいで、今私がどんな目に合ってるかわかってる……?」

 深遠の奥底から響いた声に冷水をぶっ掛けられたようにやっと、この少女が何を考えているか合点いった。つまりは、僕に対する復讐だろうか? 理由はわからないが、魔力の影響やら何かしらの不備が僕にあったのは明白だろう。訳は知らないが、彼女の口ぶりだと僕の能力とは違うが本が周りに与える悪影響に気づいているらしかった。

 

「殺してやる」

 憎悪の篭った宣言と共に身を引きずる音が聞こえた。一呼吸の間に次に肉が軋む音に加え、僅かな嗚咽が伝わってくる。泣いているのだろう……泣きながら、感じる息苦しさは僕の首に彼女が手を掛けているから、か。聞こえる音だけで、僕は自分の今の姿を想像した。

 けたたましい雨音、それ以外の音が消失し、気味が悪いほどの静けさを森に与えてた中で、僕から滴る肉の締め付ける音がしんしんとした気配を漂わす森の一角で悲鳴のようにキリキリと締め上げられていた。

「ふーぅふーぅ……!」

 荒い息遣いが耳鳴りとなって鼓膜を揺らす。

 首に掛かっていた重圧は次第に強くなると思いきや、意外にも何故か時間に経つにつれ弱まり、ついには掠れた声と共にフードの下に隠れていた僕の肌に、何か冷たいものが落ちた。

「死ん、でるの……?」

 動揺しきった声に、内心「イヤイヤイヤ」と首を振ってるわけだが僕の内情、そんなこと関係なしに物事は進んでいく。

 息を詰めた気配が伝わった瞬間、発破音に似た爆発音が耳元を撃った。

 ギギと木が軋む擬音が耳障りに音をたて、木の葉に留まっていた雫だろうか、滝のような轟音をたてて一斉に地面にくだった。

「――――!」

 理由はしらないが相当お怒りらしい。生命活動に必要な行為の殆どを停止――つまりは今の僕は仮死状態な訳だが死んだと思われるとは勘違いにも程がある。

 あーでも、このままだと……今は死体と勘違いされているようだけれど相手は随分と荒っぽい手合いみたいだし、死体とか関係なく存在とか、残っている肉体それもろとも消されかねない、と感じた身の危険にどうするか思考を組み立てていると、予想に反して爆音が収まる頃には先ほどまであった少女の気配が消えていた。

 あれ? と拍子抜けするのと、何でと疑問を思わずにはいられなかった。

 

 試しに耳を澄ましてみたが、大きな音を聞いた後では正確に音が聞き取れるはずがなく、ただの耳鳴りが遠くまで鳴っていた。それと合わさる雨の音が僕の耳を打つ。

(訳がわからないな)

 独り言をしゃべりに来たと思いきや実は殺しにきたと、んで。と思ったら死んでたから(誤解だけど)八つ当たりして――憎むべき相手だったら肉片もろとも消されると思ったけどそんな事もないし。

(?? 結局なんだったんだ?)

 謎すぎる行動に、頭を捻ったが。分からないならまぁいいか、とこれ以上考えても時間の無駄だと思い、思考を打ち切って再度止まっていた魔術へと手を移した。

 

 又か……。耳をつついた土砂を蹴り上げる音に内心、面倒だと感想を込めて思いっきりなじった。

 そう言えば、前の足音が聞こえたのは、今からすぐだったか? 時間の感覚が狂っている僕は、一分前と感じていた少女の来訪に続いて来た足音に辟易すると同時にがさがさと草木を分ける異音に警戒心が跳ね上がり今度こそ意識を覚醒させた。

 

 ◆

 

 灰色の雨雲から遠雷のようにゴロゴロと鳴り響いた音が山彦となってそこ等一帯に住む者たちは、何時自分の身に落ちてくるか判らない災厄の恐怖に生ける者を問わず自分の住処に追いやっていた。

 気が緩んだ瞬間を狙うかのように、爆音が何処か知らぬ場所で弾けた。大概の者は安堵から息を吐き着地地点からほど近い者は運がよかったと次の襲来がない事を心から祈った。

 

 ――その祈りが聞こえた一柱の神は、純白の袴と同色の長髪を鬱陶しげに掻き揚げた後ろ髪から白いうなじがそっと姿を表す。つんと尖った鼻に人とは思えぬ美貌の次に前髪に隠れていた双眸が隙間から覗き、鋭く前方の指し示し、動く人影を見つけると何度目かに判らぬ息を吐いた。

「ほんと、人間って面倒よね。少しでも不満があればすぐに神頼み」

 呟くと共に群青色の空覆う靄を見上げながら口の端をつり上げ皮肉気な笑みを零した。

 

「この長く続く雨も元はと言えばあっちからしてきた。所謂お願い事なわけ、人間達の慣習では雨乞いって言ってるらしいけど今回もあのお方は気合が入りすぎたようです。……手が掛かる子ほど可愛いと言うけど私には到底理解できないですね」

「……それだったら、帰るついでにその神に言って頂戴。そんな気まぐれで雨を起こすんだったら首を絞められるくらいの覚悟をしておきなさい。私の花びらを散らせた罪、このくらいじゃ済まないわよ」

 ふらふらと体を揺らした起き上がった幽香は満身創痍ながらもよそおった気丈な態度に、神は声を殺した苦笑を漏らした。

「くく、そうですね、貴方の遺言であれば或いは……食事会話の合間にでも話すかもしれませんね」

 

 上品に手を当てながら笑みを取り繕う姿は、普通であれば嫌味に感じるものだが大人びた声を零し優麗に微笑む様は自然とそれがなかった。

「しかし、貴方が先に言った花はどうも私からしたら見えないのですが……ふむ……嘘言、そう取ってもよろしいのですかね? それでしたら態々私が言伝する理由もありません」

「自分で破壊して置いて、よくそんな白々しい態度を取れるわねっ、花を散らしたのも全部お前がした事じゃない」

 彼女が指差しで示した地面は、柔らかい土などではなく白い石が周辺の草木の根っこごと土を盛り上げていた。

 冷たい雨に打たれ、萎びた花に視線を流しながら神は冷淡な表情で言った。

 

「それでしたら尚更、貴方を見逃すわけに行かないのですよ。今日私が呼ばれたのは何も周囲の信者たちの統治だけではなく妖怪の――排除も含まれている訳ですから」

 相手を見下した格上の風格に幽香は一歩も引き下がらない。それに、再度の厭きれ顔で下がっていた腕を振り上げた。僅かな地響きに幽香は見切った様子で、半歩飛び引いた。

 瞬間、先まで幽香が立っていた位置に一本の棘が地面から突き出し、避け切った幽香の姿を見つけると、神は驚愕から上げていた手で口元を押さえた。

「何故、何で避けれたっ」

「そりゃ……あれだけ同じ技を何度も見せられたら馬鹿でも避けれるようになるわよ。それとも、何?」

 雨の影響でたれ下がった前髪の隙間からすっと細めた赤色の双眸を覗かせて、薄ら笑いを浮かべて口を開く。

 

「地面を石に変えた最初の攻撃からの石を生やす一撃で、貴方の能力が大体どんなものくらい誰でも分かるわ。……間があるから何度か避け損ねたけど、もう当たらない。何そのアホ面? そんな事も解らないとでも思ってたのかしら」

 格下の相手、それも見下していた、低脳だと思っていた妖怪にあっさりと自分の能力を明かされた事に、内心で隠し切れない衝撃を受けた。

 それに加えて相手の挑発的な態度に、目の前の神は押さえていた動揺を押し切って、自身の神力を体から立ち上るほどに出して怒りをあらわにした。

 風ではない力の荒波によって巻き上げられた純白の髪を巻き上げて怒りに歪めた表情を幽香へと向けた。

「気が向いたら生かしてやろうと思ったが気が変わったよ、今すぐ殺してやる」

 今まで袖の奥に隠されていた右腕を振り上げた。

 圧倒的な圧力にも幽香は微動だとしない。澄み切った思考で、振り上げられた手に握られていた物が、石の剣だと神の素早い動作から辛うじて認識できた。

 

「ふふふ、さっきは自分で逃がしてやらないとか言ってたくせにもう忘れたの?」

「ほざけっ」

 神力が込められた剣が振り下ろされたと同時に、緑の森は石の森と化した。――いや針の山と表現したほうがいいかもしれない。

 先端に鋭利な棘を持った柱が何百と地面から突き出された光景は、さしくも地獄のものと思えるものだった。

 この規模だ、予備動作が分かられようと避けれるはずがない。荒い息を整えながら神は一番高い、針を見上げた。

 視界を塞ぐように、赤い布の切れ端が宙を舞った。その事に確かな手ごたえを感じ、感じていた緊張に体を緩ませながら、先端へと更に目を凝らした。

 雨が視界を阻害する。

 

 降りが強くなった雨粒のカーテンに曇らせられた瞳の中で、血の滴る棘が映った。達成感からつり上げかけた頬。だが、

「え――――く、ぁっ」

 驚きに声を上げた次の瞬間、体を襲った痛撃に身をくの字に曲げて次に襲った背中への衝撃から堪えきれぬ痛みに声を上げた。

 不意打ちによる一撃に気を抜いたばかりに受身を忘れ、モロに体を撃ちつけたことに朦朧とする意識の中で一度は見失った妖怪の姿が目の前に入った。

 視界が霞んでも、脳は動いている。戦いは続いているのか――

 思考がそこに行くつくまでに数瞬の間に幽香は一歩の間合いを詰めていた。

「くっそ!」

 倒れながらも、握られた剣を地面に突き立てた。先と同じ棘が迫る妖怪の足を塞き止めようと地面が爆発したかのような揺れと共に幽香を襲う。

 

 ――掠る。翻ったスカートを石槍が貫き、掠めた太股からは血が飛び散る。だが気にした様子など、恐怖を感じた様子など幽香には微塵も無い。

 忙しなく動く眼球が、突き出る地面の予兆を捉え、凄まじい反応速度と自らの戦闘経験から最善の手を一瞬のうちに導き、身を捩り、妖力が篭った拳でまだ短い棘を砕き、道を開く。

 いや、道とも言えない針の筵(むしろ)を擦り抜けていた。視界の中で、まだ霞む姿は作り出した石のバリケードでさえでもとても、スピードが落ちたようには見えない。

「――ッ!」

 感じた危機感に飛び起きてぐらつく足元を両足を広く取ってバランスを取った。ガクガクとぶれる視界で、幽香の姿を見定めた時にはもう、離れていたはずの間合いは残り10歩までに詰められていた。

「舐めるな妖怪ッ!」

 

 地面が起立し、数本の石柱が現れた。だがそれは幽香を攻撃を意図に出したものではなく、中心に居る者を囲むように一本一本が並みの妖怪など一撃で消し炭にするほどの神力を立ち昇らせて存在していた。

 神はその一本、いや、一柱の先端を握り根元から千切った。キーンと響いた涼やかな石の悲鳴に、幽香は聞いた瞬間に思わず耳を押さえたい衝動に駆られた。

「厭な音ねっ!」

「下賎な妖怪如きが、神の力の前で塵と果てる事を喜ぶがいい!」

 踏み込んだ一歩が硬い地面を揺らした。予想外の揺れに足元を取られ、たたらを踏んだ幽香を襲ったのは、斜め上から振り落とされた柱が神々しい銀光を懐いた。

 

「ちぃッ!」

 触れた物を容赦なく滅する柱を、幽香は片腕をかざすと流すように受けきり、柱は勢い余って地面に硬く打ちつけた。

 衝撃はかなりのもので伝った振動に思わず神は握っていた柱から手を外した。

 好機! 思わず口に出して叫び飛び出した自分に、我ながらどうしようもない違和感を抱く。

 今、目の前にいるソイツは痛みに呻いている。握り締めた拳は今まさに空いた腹部へと吸い込まれていくように、私がまばたきをする間に手ごたえを感じるだろう。だが、何だこれは?

 瞬間に湧き上がる疑問に幽香が答えを出す前に、神の一喝が先を制した。

「石の花よ、ささくれろ!」

 打ち叩かれ、一度は硬い地面に弾かれ使いの手から離れ、地面に転がっている筈の柱は、気づけば地面の石と同化していた。

「――!」

 驚く間も、避ける間も無く背を向けていた柱が弾けた。柱を中心に枝分かれした幾千もの棘が幽香を襲う。

 突き抜けた枝が血に染まり赤い血の雫が雨粒に紛れて宙を舞った。

 

 

「……これは驚いた。まだ生きてるのね」

 かは、と肺に詰まった血を吐き出した幽香は心臓を脈動させ呼吸の最適化――うつ伏せで倒れ、即死に近い傷を負ってもまだ、確かに生きていた。

 生きている、と言っても白い石の地面には赤い水溜りが幽香を中心に広がっているのでは、このまま放っておいても確実に死ぬだろう。

 そう結論付け、神は幽香から離れた。

 

 それでも、何故これほどまでの傷をつけて生きていられるのか。ひとえに、それは幽香の仕掛けた猛攻、猛突のおかげだった。

 見渡せる場所、全てに生やす事が出来る石の棘には唯一、棘が侵食しない場所があった。幽香は本能的にそれに気づき、背後で柱が爆発した瞬間引くのではなく、一歩前へと進み出た行動により、半ば棘の領域外へと身体が抜け出た。

 その為に身体を貫く筈だった棘は半分肉を抉るのに止め、即死には至らなかった。

 瞬時の判断、皮肉にもそれは今回神を呼び込む理由ともなった、過剰とも言える防衛。彼女の領域を侵す者共の戦いで得られた戦闘経験から来ている物だった。避けるのを諦め受け切る事に専念した為だ。

 しかし、戦いの果てに敗れた幽香だが、頭の中には後悔も、死に対する恐怖もなかった。

「…………」

 花が……。音にならない呟きが幽香の口元から零れた。

 力が抜け落ちた身体を伸ばし、ぎりぎりと悲鳴を上げる肉体を無視して硬い地面に無残に転がった花にそっと手を伸ばした。

 ――いや、伸ばそうと、した。

「……あぁ……」

 

 今度こそ、幽香の口から悲哀の悲鳴が漏れた。

 伸ばされた腕が花に届かず、触れる寸前で途切れていた。

 生まれてから今まで、数え切れない日々を共に過ごし花を愛で育て上げた右手は、無残にも千切れすっかり荒涼とした花畑の中で冷たい雨に打たれている。

 身体が冷たい。薄まった視界、現実感を失った感覚の中で徐々に冷たさが増す事だけがしっかりと感じられた。

 意識を失う寸前、それでも幽香は只管願い、思っていたことは花に対する愛情だった。

 ――伸ばされた左腕が、花に届くより先に、幽香の手が小さな手にそっと包まれた。

「……誰……?」

 不思議な安堵感に幽香はゆっくりと瞼を閉じた。

「綺麗な花だったんだろうね……」

 散った茎を持ち上げながら、少年の声で呟いた。

 ええ……とっても。

 声ならぬ声が消えた時には幽香の意識は闇の中に落ちていた。

 

 ◆

 

 体が運ばれる感覚、次第に募る焦燥感の訳は見知らぬ者に連れ去られたことではなく、手元から離れた本に意識を向けたが為の、殺意にも似た感情を抑えるためだった。

「――その子は?」

「――様! 実は森の奥深くを見回ってた時この子供が倒れているのを見つけて――」

 やっと何処かに着いたのか。道中でひたすら僕に頑張れと声を掛けていた男の声が女の声に随分とへりくだった様子で返事をした。

 話を聞く限りでは僕は人間の子供、として認識されているみたいだが……今にしては好都合かもしれない。起きる準備はもう整っている。後は瞼を開けて眼を開くのみ。

 久々に開いた視界じゃ生憎の空模様だった。だけれどそれ良かったのかも、何故ならこれだけ曇った空でも眩しいと感じるのだ。

 僕の身動きした事に、はっと背負っていた男が驚いた様子で僕を地面に横たえさせてくれた。

『――……! ……?』

『――――?』

 心配そうに僕を見下ろす人たちの顔が見えた。だがそんな事は今はどうでもいい。聞こえる音も、見上げていた視界も意識から追い出して肉体の隅々まで血を巡らすように筋肉が生き返る――動く感覚に確信と共に深く深呼吸をした。

(動く……!)

 眼を瞑ったまま、ふらつく三半規管を制御して立ち上がろうとする。その時僕を押さえようとする手たちを振り払い、立ち眩みのような眩暈を感じながらも立つことには何とか成功した。

 人心地つきたい気分だけど、まだまだこれからだ。自分に言い聞かせ、瞳を開く。

 灰色の瞳に映ったのは、もう心配そうにこちらを見下ろす人間の姿ではなく、驚き或いは不安から躊躇いと、僕に向けられる不信感が詰まった視線をあえて何も言うまでも無く無視した。

 僕の視線はある一方。純白の、銀とも思える女、神の持つ僕の本へと固定されていた。

「……そなたは妖か……? それとも人か?」

 厳かな響きを纏った声に恐れでも畏怖でもなく、凄まじい苛立ちを抱いた。

 苛立ちに力が入った身体から、抑えていた妖気が漏れ出し、目の前にいる神に限らず人間までも目を見開くが、そんな事はどうでもよかった。

「貴様っ……!」

 相手側、特に神の瞬時の動きは実に素早かった。咄嗟に僕から距離を取ろうと地面を蹴り上げ、勢いをつける。

 離れる身体。

 僕の伸ばされた手がムカつくほどに、神の動きに対して遅すぎる。緩慢な手が開かれた時には神は数メートル以上離れていた。

 届くはずがない距離、間合い。だけど僕には自分でもどう言い表していいか分からない確信があった。

 捕れる!

「返せ」

 妖気が全身を包む感覚、瞬間。間合いが詰まった。

「なッ」

 驚きから声を上げる前に、僕は手を伸ばして目の前の本を奪取した。指に触れた表紙のざらっとした肌触り、次に感じたどっしりとした本の重み。少し離れただけでも当の昔遠ざかったしまったように思われる記憶、再び感じられた感覚に懐かしさを感じずには入られなかった。

 思わず表紙を捲り文字を読む衝動に襲われたが、歯をかみ締めギリギリのところでそれを押さえた。

 辺りに充満した神気に気を配りながら、ここでやっと回りを見る余裕が沸いてきた。

 

 背の高い木が立っている所を見ると、ここは森の中だろう。見上げた天気は雨、大粒雫が硬く、白い石に落ちて砕けて水溜りを広げている。最初は木かと思った無数の棘が地面から突き上げ、まるで針の森みたいだ。

 回した視界で神の背後にある一際膨大な神力を放つ棒切れが4本。しかしそれよりも危険なのは地面に突き刺さっている剣だろうか。恐らくはあれこそが神の新とも言える武器だろう。

 自然と分析と観察の両方をこなす視界で、赤い血溜りが映った。

 中心で倒れる妖怪は、その出血量から僕から見てもこのままでは助かるようには見えない。

 背丈はまあまあ高い。そりゃ僕より高いだろうがあくまで平均より、と言う意味である。服装も、これまた血塗られてるがこの古い日本の時代に似つかない不思議なワンピース。倒れる女性の姿に、視線が数瞬食い付けにされる。

 ――見覚えがない相手。

(まあ、どうでもいいか)とすぐさまに興味を無くした瞳を逸らそうとした時に、今まで視界に入れても考えなかったモノが目に入った。

 花……?

 地面に転がるそれに必死に手を伸ばそうとする妖怪の姿に、ちくっと頭の中が刺激される。萎びた茎に土がこそげ落ちた細い根っこは、どう考えても硬い地面に生えるモノとは思えない。それならば誰かが育ててたと考えるのが妥当だろう。

「――――!」

 思案していた脳内に、さっき聞いた神の声が耳に入った。

「――あぁ忘れてた……」

 僕の囁きは愚弄とも取れたのか、更に強くなった神気が怒声と共に打ち付けられる。

「……」

 せめて反応だけは出来るように、攻撃との間合いを計る。瞬間、地面に動きを感じて僅かに右に身体を逸らす。棘だ。それを合図に、あっちこっちから棘の噴火が始まった。

 左から右へ、斜めから下からと鋭い尖端が襲い掛かってくる。

 出来れば動きたくないだけど……。短い動きで早くもエンジン音にも似た爆音を立てる心臓が、耳鳴りを響かせて脳内から動けと身体に働きかける。

 出来るだけ少ない動き、慣れてきた攻撃にセンチからミリへとほんの僅かな動きでかわして行く。

「くっ!」

 パキン、と茨の奥から何かが割れる音が4つ。同時に飛び込んで来た棒切れが僕の傍を突き抜け、地面へと突き刺さり生える樹木のように枝分かれた棘が瞬時に囲まれる。

 閉じられた茨の中で僕の動くスペースは限りなくないに等しい。

 壁ではなく棘に遮られた世界で、神の手に握られた剣が真っ直ぐ、刻一刻と僕に向かって石の刃が振り下ろされるのが、能力の能力を超えて――確かに感じられ、まるでそれは自分が動かしているかのとでも錯覚するように見えた。

「……当たらないよ」

 斜めの一閃。肩口から腹部を突き破る刃は、開けた視界と一緒に僕の服を裂くに止め空気と共に抜けて行った。

「!!?」

 確信に満ちた顔から一転、驚愕に見開かれた神を無視して僕は前へと足を出した。傍観に徹していた人は怯えからか、もしかしたら飛び掛ってくると思ったがその考えとは違い、道が割れる。

 その中を通り、ある一方を目指して歩いて、数歩ほどで止まって座り込んだ。

 血痕の量は今も勢いが劣る様子はなく夥しい。伸ばされた右腕、指した方向にふと視線を向ける。

 一輪の花が、淡い色の花びらを散らして血と雨と一緒に地面に流れている。

 不意に、少女のあの声が聞こえた。

『花が……』

 掠れた響きを持つ声色は、聞こえた僕からしたら断末魔にも聞こえる。

「……あぁ……」

 聞こえた肉声は、やはり悲哀を纏う声色だった。

 ふと浮かび上がった情景は、真下から見上げた大木の景色でも、今まで本を読んだ内容ではなく、歩く後ろ姿に僕の傍にそっと添えられた淡い一輪。

 ――そうか、君は。

「……誰……?」

 虚ろな瞳は僕を見上げていた。折れた花を摘みながら僕はそっと彼女の手と一緒に包んだ。

「綺麗な花だったんだろうね……――花の妖怪さん初めまして、僕はれい……随分と待たせちゃったみたいでごめんよ……」

 呟いた侘びの言葉に、少女ではなくなっていた女性が、ふと頷いてくれた様な気がした。

 湧き上がる怒りに駆られ、僕は7つの器――七色の本を召喚した。

 

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