第2書 生きる術
不意に冷たい風が頬を撫でるように吹き抜け、僕の起床を促すように瞼に白い光が落ちた。
体を動かそうにもまだ頭の中には靄が覆ったように、不透明な思考で今自分がどうなっているのか事態が把握できず、思考がうまく纏まらない。
朝のまどろみの中のように――それから早く抜け出そうと靄を掻き出すように手を動かすとなにやら硬いものが指先にあたった。
「ん……? あっ」
同時にハッと目が覚めて上半身を起き上がらせ、周囲を警戒して周りを見渡すも、とりあえずは危険がないようでほっと胸を撫で下ろした。
どうやら先ほど触った硬いモノは本だったようで、二重の意味で安堵の息を吐く。
確認するように本を手に取ると上の角に取り付いていた鎖に気が付いた。
ふむ……これはこうしろって事かな? 前、見た時付いてなかったし。あ、でも前って何時だったけ? そう呟きながら一先ず作業を終わらせてしまおうとグルグルと、足の太ももあたりに鎖を巻きつけて腰に付属してあったホルスター(どうやら主が用意してくれたようだ)に設置、一先ず自分の状態を確認すると驚くことに、作業に夢中で気がつかなかったが手が小さくなっていた。
一瞬「は?」などと、呆けた声を出してしまったがたぶん僕は悪くない。
いやこれはなにかの間違いに違いない、うん。突然変異で手だけが都合よく小さくなったとかそうに違いない。
と、立ち上がり確認するも地面が近い。
「んー? まさか目も悪くなったか、そう言えば掛けてたメガネもなくなってるし――そうか、は、はは……」
おおふ……。その枯れた笑みに後はなにも言えず言葉に詰って黙って膝を抱えた。
と言うか何で? 別に子供にする必要ないじゃん。あれか、よく大人になってから一度は童心に帰りたいとかそう言うの思いに反応しちゃって思わず再現しちゃったテヘペロとかそう言う出来心的なあれなのか?
服装も確認するもやはりと言うべきか、僕(子供)に合わせた服装だった。それは契約を交わした時と違ってスカートのように見えなくもない。足元まで届くようなぶかぶかの灰色のパーカにそんなはずはないと思いながらも、パーカーの中を弄るように確認するも、あまりにも、確かにあったが自己主張が低すぎであろうショートパンツを穿いていたことに人知れず安堵した。
そして運良く? 性別も変わっておらず、一人安堵から額に滲み出た汗を拭った。
何だかそれほど動いてもいないのにとんでもなく疲れた。
それでなのだが僕には残念な事に靴はなく、素足であった。
今はこんななりでも僕は立派な現代人。靴ない外歩きは厳しいモノがある。何時も靴を履いていたから裸足と言うのは何だか落ち着かない、が。不思議と地面を踏んでも痛みというものは感じなかったからこれは一先ず保留としておこう。
「だけど……」
しかし僕の姿を見る限り、上だけ着ていて、下は穿いていない、とまるでどこかの痴女よろしくが如くなのだが。いや、この場合僕は男だから痴漢となるのか? いやまあそれはとりあえずは置いとくとして。
「んー……というかここどこだろ?」
軽く伸びをして体を解しながら出てきた疑問、なぜなら周りを見渡す限りの、木、木、木。
目印なんて存在しないし当たり前の様に此処が何処なのかさえ知らない。
在るとしたら上で僕を嘲笑うかのようにその有り余る熱気を辺りに振りまく太陽と、緑の草木のみである。
「んー……わからん」
少し此処が何処か思案し、そうそうに諦めた。
そもそも此処が何処なのか、何が周囲にあるのかさえわからないのだから太陽の位置とかで方角が分かっても目印には到底なり得ないだろうし、下手したら星の流れ、配置すら違うのかも知れない。
それにたぶんだが当分は一人で生きていくことになるだろうし、とりあえずは僕はサバイバルの基本である水場を目標に探すことにした。
水場を拠点にできれば、すぐ死ぬと言ったことにはならないだろうし、少なくとも水場は生物の生活拠点になりえる場所だ。
可能性は低いだろうが、知性がある生物と、接触できる可能性はなくもないだろう。
「って、そう簡単に見つかる分けないよねー」
それから数分ほど目が覚めた周辺を歩き回っていざ本格的な探索に向かったわけだが、水場のみの字すら見つからず、森を掻き分けていたのだが森を抜ける様子もなく、最悪な事に絶賛迷子中だった。
勿論どこにあるかなんて当てもなく進んでいた僕が悪いのだがこれは予想外だった。と言うか広すぎ、予想出来るかこんなもん。
当面の目標を決めて水場を目指して適当に歩を進めて森の中を邪魔な草を掻き分けて突き進んでいたが始まって早々僕のテンションはだだ下がり、若干諦めムードが漂い始めていた。
「本当に何処なんだ此処は……と言うか木、大きすぎじゃないか?」
いや、僕の背が小さくなったのか。そう思うと更にモチベーションと自分の体の縮小に落胆を隠せずに頭が下に落ちる。
しかしここは、本当にどこなのだろうか? 現代の記憶を照らし合わせてもここまでの大自然は存在しなかったのだから最悪異世界、と言う線もあるかもしれないが。少なくとも現代の線は限りなく薄いだろうと僕は予想した。
それでなくともタイリープ、つまりは大昔かそれに順ずる古代、ということもあるかも知れないが。
その可能性は低い……と思う。そもそもこの場所が日本かどうかすら怪しいのだけれど……。
「んー考えても分からん! ・・・・・・せめて歴史の欠片でも出てくればなぁー」
此処が異世界の可能性が捨てきれない今、僕としては古代と考えたほうが精神的にもそっちのほうが現実的……いや、もはや自分の中では現実の定理がおかしくなっているような気がしないでもないが、この森を見る限り科学が確立されているのかどうかさえ怪しいし、いやまさかね……?
「あんまり期待はしない方がいいのかなぁ……」
というか、この辺りを見る限り人が頻繁に通るような道なんてないし、どう考えても未開拓状態で文明発達もあまり期待できそうにない。
落胆する一方の心情のまま、何とか諦めずに水場を探していると、何かと何かがぶつかり合う音、争い合う様な物音とそれに合わせて怒声が耳に入ってきた。
「?」
どう考えても動物の泣き声に聞こえないそれに、かき分けようとしていた草から手を離して耳を澄ませた。
『……!――ッ!』
――よく聞き取れはしないがどうやら空耳ではというのは確かなようだ。しかし運がいい。僕は内心そうつくづく思った。
と言うのも、声を聞いた限りここに住む人達の言語は日本語に近いようだったからだ。話せるということは少なくとも知性があるということであって今の時代に付いて、何かしら詳しく聞けるかもしれない。
良ければ今がどんな時代か、それとも違い世界なのかと言うの事にある程度は目星がつけられそうだ。
そして争い合っているなら手助けをして恩を売れば待遇も最低でも悪くなりはしないだろうし、コンタクトを取れれば尚更だろう。遠目から見て危なければ逃げればいいしね。
『…………!』
ふむ、それほど距離がある訳ではない様だ。
しかし恩を売るにしても手遅れな事態になっては相手に悪い印象を与えかねない。僕は急ぎ足で、声が聞こえてきたほうに向かおうと獣道を進むと木々が少ない、開けた場所に出た。
「だいじょ――、うぶ、です……か?」
藪から顔を出して声を掛けようとした所で思わず僕は固まった。
そもそも最初からおかしいと何故疑問を懐かなかった?
一度は考慮するべきだった。何故これほど人気が少ない森の中で騒ぎ合っているのかを。
その広場の中央、そう表現できる場所にはまさに異形の化け物が今にも自身の体を抱いて震える少女に襲い掛かろうとする瞬間だった。
周囲には、数分前まで人間であったであろう、肉片が当たりに散らばり、その大体は原型すら留めないほどグシャグシャにされていた。
「んー?」
それは所々に噛み千切られた痕が残っていた。それは生きたまま体を喰らわれた苦痛からか、死ぬ瞬間まで苦しんでいたと僕に問い掛けるかの様に死体達の顔は苦悶に歪んでいた。
その犯人である醜悪の根源であろう異形は、芋虫のようなブヨブヨとした胴に、そこから蜘蛛のような毛むくじゃらの手足を八つ生やし、頭部には、口のようなものが、グバと八つに裂かれており、唾液だろうか、口元からは透明なそれが際限なくたれ落ち、その醜悪さがさらに増している。
「うぇ……下手な映画に出てくる寄生虫見たいな奴だな……それにしても気持ち悪い」
その化け物の気味の悪い姿に眉を顰めながらも化け物を見ても、死体を見ても不思議と自分が落ち着いていることに気が付いた。
どうやら『前』での記憶で似たようなものがあり耐性というのか分からないが、動揺しないことに越したことはない。
それにしても少女は腰が抜けているのか、まったく逃げる気配がないその様子にご満悦の化け物は此方にいる僕に気づいている様子もない。
(――好都合、かな)
その感想と共に僕は足元に落ちている石を拾い上げ――。
なにをするかって、そんなもの一つしかないじゃないか。
僕はその石を思いっきり油断仕切っている化け物の後頭部をカチ割る勢いで、石を投擲した。
普通の生物なら気絶、もしくは下手をしたら即死するであろう勢いで、ヒューと空気を切りながら石は吸い込まれるように頭部目掛けて飛び、ボコと生々しい音を立てて不意の衝撃に体勢が崩れた化け物はドーンと砂埃を上げて地面に落ちた。
ストラーイク! と思わずガッツポーズしてしまうほど、我ながらそう自画自賛した。
何だかこの世界に来てからいやに体の調子がよかったのはどうやら気のせいではなかったらしい。悲しい事にヘタしたら前の大人だった時よりも体、身体能力的にも調子がいいかもしれない。
いや、だって体を動かすって言っても一日中イスに座ってるだけなのだから当然そうなるよね、自業自得です。ええそうですとも。
「ねぇだいじょ――」
若干落ち込み加減で未だに呆然としている女の子にそう声を掛けた。
そこでまだなにが起きたのか把握できないのか、目を白黒している少女に声をかけようとした所に、それは起きた。
「あ、れ?」
僕の読みが甘かった。と言うか謎の生物に対して普通と言う常識が通用する筈がない痛感した瞬間だった。
倒れていた化け物が何事もなかったように起き上がったのだ。「はい?」と間が抜けたような声を上げ、こちらを見る化け物の目に宿るのは、明らかな僕に対する敵意と食事を邪魔された憎悪の感情。
あ、こりゃまずい。そう声も出さずに、
瞬時に、180度回れ右をし脱兎の如く、その場から離脱を謀るも、僕を追うように背後からバキバキと音を立てて木々を薙ぎ倒しながらも、追いすがってくる化け物の姿が視界の端に入り込んだ。
さ、作戦道理だ。これで少なくともあの子は助かるだろう。というか最初の目標が先住民とのコミュニケーションに関わらず逃げてどうするんだ僕は!?
バカなのか! Q=というかこの場を脱却術は!? A=もちろんそんなモノ考えていない。現実は非情である。
「ですよねー!? じゃなくてッうぇ!?」
そうこうしているうちに既に後ろまで迫っていた化け物に思わず悲鳴を上げそうになるも堪え、懸命に逃げた。
しかし体が小さくなっているせいか、進む速度が遅く感じる。
いや、違う。見ると風景もすべて、スローモーションのように遅く感じられる。頭に浮かぶ言葉まさに走馬灯と、言うものだった。人間死に直面すると、時間が遅く感じるとはよく言ったものだと、人事のように関心しながら後ろを見ると、すでに背に絡みつくように口を開く化け物が。
あるのは後悔の一言、ああ。行動した自分が悪いがせめてあの子だけは――と不意に足元から地面が消え、視界からあの化け物が消えた。
「――は? ああああああああああああ!!」
その瞬間、一瞬の浮遊感と共に地面に引きずり込まれ視界が真っ暗に包まれた。その直後すぐにお尻衝撃がきた。
「つぅ~……! なんだってんだよ」
そう悪態を吐いて心臓を押さえた。内心ドキドキして動悸で息切れがやばい。もう死ぬ瞬間は二度と味わいたくない。
そしてどうやら運がいいのか悪いのか、洞穴に落ちたらしい。そんで出口が見えない。周囲を見渡しても漏れる光すら見えない。上から落ちて来たはずなのだがどうも上の入り口が入り組んでいるらしく此処まで光が届いていない。
「冷たっ」
範囲を確認しようと手足を動かすとピチャと指先が水溜りに触れた。
「……ほんとに運がいいやら悪いやら」
我ながら呆れながらそこそこ慣れてきた目で洞窟の全貌が見えてきた。洞窟自体はそこまでの広さはなく、せいぜい僕が前に住んでいた家というかワンルーム程度。
この体で暮らすにしてはちょうどいいといえるだろう。だが出口はなし、いや上にはあるが。というか天井が高くて出れそうにないんだけど。
「いや、助かったんだけど……これって助かってない?」
出ようにも洞窟にあるのは石ころと湧き水だけ。上にはどう考えても手が届きそうにない出口だけ。これと言って脱出の策もあるわけもなく、途方に暮れる。
「これからどうすれば……」
なにより洞窟の中は暗く、お世辞にも本が読める環境ではないというのが致命的だった。
思わず目じりから涙が零れそうになるものの、耐える。
自分を勇気付けるようにホルスターから本を抜き取り手の平で本の背を撫でていると、突然本が勝手に開いた。
と同時にまるで僕を元気付ける様に、そこから七色の光が漏れ出した。漏れる光は虹色で、藍に、緑と、様々な光彩が幻のように輝き、それは其々に幻想的な色を持ち、煌々と光る光と色が合わさり合い、その光に湧き水が反射、湿気から濡れた洞窟内の壁と乱反射し、光が虹色に景色を変えていく。
「わぁー……」
その光景に感嘆の声を上げながら、光に見入ると希望が沸々沸いて来た。
これだったら本が読める、と。
そこでふと開かれた本に目を向けると表紙のページに文字が刻まれていた。
『汝欲望のまま望め、さすれば願い叶わん』
これは……ここから出してとかだろうか? いやどうもしっくりこない。
前の僕が覚えているような気がするのだが、記憶に霞が掛かったように見えない。欲望……これは僕の心からやりたいこと……なんだ、あるじゃないか僕が今やりたい事が!
そこまで考えると、僕の行動は早かった。そうとしたら一つしかないないじゃないか!
「全て、いや――なんでもいい。読ませてくれ!」
そう願いを込めるとパァと一度光が瞬き、パラパラとページが捲れて僕の好きなジャンル、今読むことが必要であろう内容が選択画面のような物ができてきた。
凄い。これの一言だった。そこでどんなものがあるか、本に食い入るように探していると、あったのが『4種の力学』と言うものに目が惹かれた。
なぜならそれだけ赤線が引かれていてまるで最重要事項だと、言わんばかりの圧倒的威圧感を感じさせていたからなのだが。
よし何だか知らないがまずこれを読もう。そう思うと勝手にページが捲れ、内容が浮き出してくる。その本一つ一つの性能に驚きながら僕は本を読んで行った。
それから数分、いや数時間かもしれない時が過ぎ、やっと読み終えた。
ある程度だが予想通り、これから生きていく為に必要な内容が書き出されていて、本当だったら多分此処にきた時に真っ先に読むべきもだった。今更ながら自分の浅はかさに少しの後悔の念が湧いてくる。
「ふうー」
まあ、それは兎も角として読んだ内容をまとめると、この世界の生物には微力ながらも4つの力が存在するらしい。それは妖力、霊力、魔力さらに神などが持つ特性として、神力と言った、モノがあるそうだ。
妖力、つまりはこれも妖怪が持つ一つの特性のようなものだそうで、霊力は人間が持つ一つの特性として、魔力に関しては才能だそうだ。
ということはさっきの化け物は神と言う感じはしなかったし、妖怪と言うことか? ん~にわかに信じがたいけど事実は小説よりも奇なりと言うからには見た僕としてはそれを信じない訳にも行かない。それにしてもいやはや、異世界にきたかもしれないと思っていたがまさか当たるとは……。
そして驚く事にどうやら僕は人間ではないらしい。体内に宿る力の識別方法を試した所、該当するのが妖力に僅かな魔力だった。
主も言っていたが僕は本当にもう人間ではないのだろう。
その事に少し悲しい気もするが後悔など微塵もなく、ただただこれからずっと本が読み続けられる、悠久の時を過ごせるのだ。うれしくない訳がない。
と、話が逸れたが魔力を扱うにはそれなりの修行がいるようだ。
それも魔方陣に魔術文字、魔力の宿ったアーティファクトと言った魔力が篭った品物を媒体にする魔術などと魔法はまさに多種多様。勉強……考えただけで心が躍る。読書が好きな僕は勉強もそなりに好きだった。
今では懐かしい事だが学校の休み時間を使ってまで勉強をしていた僕はよくその事を友人に弄られたものだ。
話が少し逸れた。しかしながら魔法の事だが残念な事に僕の魔力の絶対量が少なすぎるせいか、僕にはまだ扱えないようだ。当分魔術の勉強と言ってもやるとしたら読書くらいになるだろう。
ということは残るは妖力の扱い、修行になるのだろうか。とりあえずは退屈しなそうない。
しかしご飯はどうするのだろうか? 本には妖怪の主食は人間の恐怖から感情、果てには人間自身という偏食ぶりだったが僕はどうなのだろうか? まあ今のところお腹もさほど空いていないし、なにより、主であるこの本を守るために、力を付けなければいけない。魔力の絶対量増長に加え、妖力の扱いに研究に読書。やることはいっぱいだ。
「ふふ、楽しみだなあー」
その時の水たまりに映った僕の顔には外見相応の、子供染みた笑顔が映りこんでいた。