穴の中に落ちてから数年か、はたまた数ヶ月過ぎただろうか。僕は未だに洞窟の中に居座って本を読んでいた。やる事と言えば妖力の扱い、更には魔力の応用と色々とあるのだが本を読む事が好きな僕はどうしてもそれを疎かにしがちでどうしても読書を優先してしまっていた。
それに洞窟内は意外とすごし易く、喉が渇いてもすぐ水が飲めるしこれといって日常生活にはまったくと言っていいほど苦労なんてしていなかった。そのせいで僕は昔のように体なんて滅多に動かさないといった怠惰の生活を送っていた。
だけどそれには理由があった。
どうやら僕はほかの生き物のような食事と言うものが必要ないらしく、ここの来てからというもの口にするといったら水のみで肉と言ったタンパク源などまったくと言っていいほど口にしていなかった。
食べ物を必要としない生き物、そもそも生物は何の為に動くのか? それは食事を取る為、生きる為である訳であるがそれは僕から食べ物も必要ないしたぶんだけど水も要らない。なら動く必要ないじゃないか? と、脳内では見事な引き篭もり思考が成り立っていた。
しかし、そんな生物なんているだろうか? 僕は少し特殊かも知れないが紛れもない生き物である。栄養を取らなければ弱るとか、それに準ずる変化が在ってもいいはずなのだがそれが何一つない。
そこで自分は何なのかと、疑問に思い、本で調べて見た所、あったよ。
それは『生物図鑑』と言ったもので気になって見てみるとそれには驚愕の内容が書かれていた。
そこには生物は勿論、一般的な妖怪に至ってもその能力表が事細やかに書き綴られており、それは生物の名前さえわかればその者の能力値が分かる。と言った物だった。
そこで僕のことを検索してみようとした所で名前がないせいか未登録となっていた。
契約の際名前を捨てていたので、今更ながらそういえば僕は名無しだったと思い至った、と。のほほーんとしながら気づいたわけだが。
「しっかし名前……なまえかー……」
別に自慢でもないが僕はネーミングセンスといものが一切なく、前に飼っていたペットの名前なんて付ける事すら諦めて『犬ー、猫ー』なんて呼んでいた。そんなレベルの僕が自分の名前をどうするか……。不安です。悩んだものの結局の所どうなったかと言うと――結局は少し、うん。本の力を借りた訳だが。
「輪廻転生……つまりは魂、魂の形……つまりは霊魂――うん、れい。これから玲でいいか」
そこで名前が登録されたのがきっかけか、開いていた本がパラとページが捲れると能力値が出てきた。
△▲▼▽△▲▼▽
◇苗字なし 名前 玲
種族:本の虫 能力:間合いを計る程度の能力
体力:200/185 スタミナ:40/34
状態:正常
装備:灰色のパーカー
緑のハーフパンツ
英知の書
ステータス
妖力―150/140 霊力―0/0
魔力―56/52 神力―0/0
腕力―15 IQ―155
素早さ―22 運―12%
△▲▼▽△▲▼▽
ふむ、どうやら説明を見る限り妖力は小妖怪程度で魔力は並以下と・・・・・・。あれから自分なりに頑張ったと思ったのだがそうはうまくいかないのが現実である。少しそれを残念に思いながらも視線を逸らしていく。
というかそれより酷いのが腕力に素早さだ。一般人の大人より少し上程度って、もしかして僕は種族的に言うと劣悪なのではないのだろうか? 僕、本当に妖怪だよね?
IQは知能という認識でいいのかな? ま、それは兎も角として。本を読んでいた為かそれなり、体力もまあ……なんというか。スタミナに関しては、正直すまんかったと思う。平均の大人以下ってほんと僕妖怪なんですか?
で、先から気になっていた運だけど……簡単に言えばその人の運の良さを数値化しただけのようだが。これはいいのか、悪いのかは僕としては判断が付かない。約十分の一ってどの程度なのよ? 分からんがこれは要検証すべきだろう。
そして妖怪の中でも平均以下、運動能力で言えば人間にさえ劣るかもしれない僕であるが、しかしまだ希望がある。今まで気づきもしなかったこの能力と言うものだ。
間合いを計るということは……限定的な対象を選択、もしくは確定して自分の危害を加える生き物などの曖昧な奴でも位置とか把握できるのかな? 使いように因っては敵の間合い、攻撃範囲も分かると……。
ふむ、意外と使えるかな? 何だか戦う、と言うか逃げるに特化したような能力だけど。僕としては戦う気すらないのでそれはいいとして。とりあえずこの能力を常時使用型にして自分よりつまりは強い物が何処にいるかどうか間合いを計るようにしよう。
一先ず深呼吸をして息を整えてからイメージし易い様に手を前方に突き出しては目を閉じた。体の内からモヤモヤしていた意識が次第に固まっていき、何かが見えた……様な気がした。
初めて感じた違和感に少し戸惑ったが、気を取り直して自分の中にソレを握り、力を込めた。
能力発動中――
……実感は湧かないが、これは周辺に敵がいないと言う事なのか? それに妖力が僅かに減ったような気がするのだから発動はしているのだろう。しかし能力を発動中に絶対強者、つまりは大妖怪に合わないとも限らない。(ま、洞窟の中に引き篭もっていれば会うことはないだろうが)どうやらこの能力には限界があるらしく僕の妖力を使って発動しているためか、周辺に僕より強力なそれも大妖怪クラスとなると、その位置や間合いを計ろうとするとさらに妖力が激しく消耗するようだ。
しかし幾ら居場所が分かっていたとしても決して遭遇するわけでもなく、あくまでそれは僕次第、運任せと言った部分が多い。こう考えるとステータスにあった運の要素の重要度は途轍もなく大きいような気がする。
間合いを計るだけという、つまりは僕の逃げ足にかかっているということなのだからスタミナと体力諸々が少ない僕としては少し心もとない。まあつまりは修行が足りない、と言うことだろう。
「……はー……」
何だかこれからの事を考えるといきなり気分が落ち込んだがこういうときは時は読書に限る。僕は本を開き漏れる七色の光を横目で見ながら、魔術書にページを選択。
僕はこれからどうなるか分からないと言った不明な未来、拭えない自分の不安な気持ちに煽られながら自衛に必要であろう魔術の術式の公式を学んでいくのであった。
◆
自分の弱さを改めて実感してから幾年か、もしかしたら数週間しか経っていないかもしれないがそろそろこの洞窟から出る必要があるかも知れないと思い始めていた。
確かに此処に居れば安全なのだろうがある意味では密室である。もし位置がばれたりしたら脆弱な僕じゃ相手にならないだろう。
今まで此処で暮らして来て何で今更そんなに警戒しているのかと言うのも、最近何だか上のほうが騒がしいのだ。今僕は能力を使用して妖怪と僕の間合いを計っているのだがどうも慌しい。頭上をウロウロされて何時僕に気づくか分からない状況で不安のあまりオチオチ本も読んでいられないほどだ。
しかしここに住み始めてからずいぶんと経ったような気がしないでもない。
服装は変わらずとも立ってみると僅かながら身長が伸びていた。詳しく言うと前までパーカーが足元に届きそうだったのが、弁慶の泣き所まであがったと言ったものだ。
「……くっ!」
ここまで成長しない自分を憎らしく思ったことはないだろう。おかげでいつになったら幼少期から脱することができるやら……。そう嘆息しながらも自分の成長を確認するため本を開く。
△▲▼▽△▲▼▽
◇苗字なし 名前 玲
種族:本の虫 能力:間合いを計る程度の能力
体力:246/244 スタミナ:68/55
状態:健康―『十全』
装備:灰色のパーカー
緑のハーフパンツ
英知の書
ステータス
妖力―289/280 霊力―0/0
魔力―127/112 神力―0/0
腕力―26 IQ―155
素早さ―32 運―12%
△▲▼▽△▲▼▽
「おぉー!」
これは素直に嬉しかった。自分の努力が目に見えて分かるとなんというかこう、来るものがある。ただ唯一鬼門となっていたスタミナがまだ心元ないが、今回はそれには目を瞑ろう。そもそも洞窟の中でぐうたらしてたからスタミナなんて付くわけがないし、一応準備運動と言う事で体操やらスクワットをしていたが……それだけで増えていて逆に衰えなくて驚いた。
……初期のスタミナがそれほどまでに少なかったという事なのだろうが。
「さてっと」と呟きフードを被り、本を腰に据えて埃を払う。忘れもはないかと、洞窟内を見ると妖しく光る壁達――あるのは実験で書き込んだ魔方陣の数々、防御陣に、妖力漏れないように対魔の陣に、周囲を強固に囲む結界に能力の応用で試しに作った妖力察知の陣と、ほか様々な幾何学模様が壁にびっしりと書かれている。我ながらずいぶんと厳重にやったものだと今更ながらそう思う。
最後にそれらを一瞥し、ふわっと体を覆う浮遊感。この修行の中で覚えた洞窟からの脱出手段がこの武空術――じゃなくて魔力を浮力に浮ぶ手段である。
そのまま飛び出すように天井に飛び込むと、天の井の穴を通り抜けて何年ぶりかの地上の景色が目に入ってきた。思えば結構長い時間此処に居たものだと今更ながら考え深くなる。
「……」
長年住んだであろう洞穴に感謝の念を込めて空中にて一礼して僕と人の間合いを計り、そこに人がいるであろう場所に向かって飛んで行く為に足に力を込めた。
◆
開いた口が塞がらないということはまさにこのことだろう。今僕の目の前には信じられない光景が映っていた。
少し前まで森が広がって場所がまるでスターウォー○のような、SF映画に出てくるような近未来都市と化しており、遠くには車のような物が空を飛び、ビルは摩天楼のようにそびえ立っていた。その大都市とも言える都市外で木の端からぬっと顔を出して観察中の僕にはそれがあまりにも信じられない光景だった。目を何度も擦っても変わらない光景にくらりと頭にきた。
こんな物21世紀にも存在しなかった。ここまでのモノを見せられると、本当に異世界にきたんだなーというまた確信にまた一歩近づいた、近づいてしまった。
「はぁ……」
しかしどうやって入ろうか……。都市はドーム状の半透明の壁に覆われており、試しに妖力を纏わせた石ころを投げると案の定、何かの術が掛けられているのだろう簡単に弾かれてしまった。
何度か同じ事を試してわかったが、どうやら妖力を纏う物が入ろうとすると拒むようにできているらしく、妖怪である僕は容易に入れそうにないがここで出てくるのが今まで修行の成果である。
僕は本を開き、そのページから紫色に光る魔方陣を抜き取った。
これは結構前に見つけたことで、僕は本に載っている文字を外に取り出せることが出来るのだ。僕はその魔方陣をペタと右腕に貼り付けると、妖力が縮まるのを感じると同時に体から力が抜けていく倦怠感に襲われる。
「――ッ」
……意外につらいが死ぬほどではない。これで僕は常人からしたら普通の人間にしか見えないだろう。
そのまま草むらから抜け出してまるで自分の庭を歩くように、堂々と都市に潜入する事に見事成功した。ふふ、何があるのか楽しみだなー。
始めてみるモノに浮かれた僕は跳ねるように舗装された道を前へと進んでいった。
都市内はやはり、SF映画の如く道を進めばロボットとすれ違い、現代で言う自動販売機と思えるモノまであり気になった飲食店はどうやらこの都市ではレトルト商品のような簡易食事が主流のようだった。その観察している間、僕は能力を使用して消費する妖力から魔力に変更して発動していた。
その間僕は自分に害となりうる物から間合いを計り、悠々と都市内を歩いていた時、妙な違和感に襲われた。
「……まさかもう気づかれたのか?」
脳内この都市のMAPが広がり、僕を中心として緑のマーカー、それと現れた赤いマーカーを見ると先までの高揚した気分は嘘の様に沈んでいった。
首を捻ってその方角に目を向けるも姿はまだ見えないにしろ数名、それもかなりの速度でこちらに向かって来ていたことを察知出来た。何故気づかれたのか分からないがまだ僕との距離はあるがこのままだと捕まるのも時間の問題。
「……意外に早いな……こりゃ危なそうだ」
それならさっさと逃げるが勝ちだ。僕は明るい繁華街から身を翻して路地の中に駆け込む。同時に魔術で足を強化、身体強化の術を掛けて脱出を急ぐ。
それで都市の外に向かって走りだした訳なのだが、やはりと言うべきか、それに合わせて追跡者と思える赤マーカーが後を追ってくる。
なんで居場所がばれるのか分からないが、僕と同じように敵の位置を把握できる能力者がいるのかも知れない。どうやって追跡しているのか知りたいがしかしそんな暢気に事を考えている時間はない。このままだと最悪、僕は殺されてしまうかも知れないのだ。
「はあ、はぁ――」
本では妖怪と人間は近い存在、人間と妖怪の多くは憎み怨み合う関係と書かれていた。
おそらくこの追跡者達もこの都市を守るために全力で僕を殺しに来るであろう。正直今は妖力を自ら封じているため人間にすら勝てる気がしない。確かに術を剥がせば使えるが妖力をもし使った時の都市の防衛システムがどう作動するのかわからない以上、下手に出る事は出来ない。
しかし反撃しようにも僕の魔術と言っても今使えるのは初級の攻撃魔法に防御の術と身体強化のみ。攻撃と言える物は少ないし何よりこれだけの数を相手にすると魔力がもたなそうにない。それなら肉弾戦に持ち込めばいいのかと言えばそうではなく、録に戦い方を知らない僕がそんな事をすれば肉体強化があっても勝敗は目に見えてるし殲滅に時間が掛かれば増援の危険性もそれだけ増す。
だがどうやら、僕がどんなに頑張って走ろうとも距離的に逃げ切れそうにない。ないよりマシと言った魔力で更に身体強化を施していても、既に僕のスタミナが限界に近い。
息が上がり、酸欠不足から視界がぐるぐると回ってきた。
必死に視界で逃げる糸口を探しているとそこには小さめのポリバケツが……! こんな科学都市のような場所にもポリパゲツは現役なんだ、と。どうでもいいこと考えながらも蓋を開けその中に飛び込んだ。
するとすぐその近くを通り抜ける複数の気配。
(……ッ!)
唇と息を噛み締めて息を潜める。
それは僕の事に気づくことは無く、すぐ側を走り去り思わず安堵の息を洩らすも、すぐにそれを引っ込められた。
誰かが目の前に止まるような気配を感じる。
そして手をゆっくりこちらに伸ばし、蓋に手が掛かる。
一か八か飛び掛ってみるか? いやそんなことしたら捕まった時余計に罪が重くなるよなというか今は捕まることより今どうするかだろ! どうする? どうしたら!?
頭が思考で混乱する中で無情にも蓋があけられ、覚悟を決め飛び掛ろうとした瞬間、思わず動きを止めた。
「大丈夫かしら?」
そこには太陽の光を背に浴び、奇抜とも言える赤と青の、僕が前いた場所では中華風とも思える服を身に纏い、キメ細かい銀色に輝く髪を靡かせながら笑顔で僕に微笑みかける少女が居た。