東方書録   作:鳥の番

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第7書 追い追われ

 用事も終わり、あとは来た道をゆっくりと辿るだけだったはずの二人。

 それが日常であれば――それこそ軽い雑談を交えながら、安全に都市へと帰宅が出来たかも知れない。

 だが時にしては理想と現実では結果は噛み合わず、事象としてそれは必然として起きる事もある。

 

 細い木々が生えそろう緑の中で二人はそれぞれ赤と青、灰色の影を残し、障害物が多すぎる場所での疾走から、それでも肌が傷つくことも厭わずに土を踏みしめた。

「もう少し、だからがんばって……!」

「……」

 

 玲はそう後ろを走る彼女に励ましの言葉をかけ、更に元気づけようと繋がれた手に力を込める。彼女はそれに苦しげながらも何とか頷き、前へと振り返って尚も走る速度を上げる玲の表情は先まで彼女へ見せていた笑顔ではなく、焦燥しきったものに変わっていた。

「……くっそ!」

 

 誰に対してでもなく、自分に対して吐いた悪態。それは油断していた、気が緩んでいた自分に対しての叱咤だった。

 背後から追ってくる追跡者、感じる力は紛れもなく妖怪のモノ。

「逃げられる? ……いや、無理だろ……」

 一度たりとも視界に納めなくとも感じる力だけでその差は歴然としたモノ。勝てるか? と考えるだけで自分の思考に呆れてしまうほど、今でさえ相手は手を抜いて、遊び半分での追跡だと玲は理解の上で――逃げの一手の予定が、それがこのままではどう足掻いても不可能と判断した。

 ならどうするか、一瞬の迷いさえも表に出さず玲は決断を下し、能力を発動した。

 その目標は――

「僕は囮で……せめて永琳だけでも逃げれれば……」

 

 その言葉は幸い、擦られる木々のざわめきで永琳の耳には入らなかった。

 不意に背後の彼女の表情を覗いた時、自らが囮になると言う決心が揺らぎかけたのを何とか引きとめ、深呼吸を繰り返し、深く意識を集中させる。

(戦るしか、僕一人でも戦うんだ……)

 沸騰する感情に何とか頭だけは冷静さを保とうと、当に限界を迎えている身体強化の魔術を自身に重複させ、力一杯振り絞った右腕を八つ当たり気味に行く手を阻む木々たちに叩きつけ道を開いて行く。

「ちょ、ちょっと!」

 

 障害物の破壊、玲が移動の最適化に取ったと永琳に思われたその行動は、到底遁走を図っている者の考えとは思えない行動だった。

 それもそうであろう。今も道無き獣道を無理に走る事が、後に続く追っ手を皮肉にも助けることになっているのに、更にその行動が苦しくも防波堤の役割をはたしていた物を自ら破壊しているのだから。

 

 それに幾ら魔術を掛け様とも、そもそも魔法使いとして未熟な玲が掛けた程度の魔法では効力、それこそ高が知れていた。

 乱雑に振るった腕が木々の幹に打ち当て、灰色の袖を布越しに紅色に染め始めた頃、今まで黙っていた永琳が傷を気にした様子がない、未だに腕を振るい続ける彼のその異常な行動に悲鳴を上げたのだ。

 永琳は繋がれた手を引き、それでも止まらない玲を無理矢理引き止めた。

「っ……貴方、可笑しいわよ。それに、こっちは都市とは」

 

 足を止め、玲の恐慌とも思われる状態を何とか落ち着かせようと『逆方向』、そう言おうとした永琳の言葉を遮って玲は又も、乱暴に走り出してしまった。

 それも、繋がれた永琳との手を離してまで。

「ま――待って!」

 

 しわがれた永琳の懇願にも聞こえる悲鳴にも、玲はまったく反応を見せず、そのまま走り去ろうとするところで永琳は自失から気を取り直し、必死に前を走る玲を見逃さんと追い縋る。

 

 △▲▼▽△▲▼▽

 

 ◇苗字なし 名前 玲

 種族:本の虫  能力:間合いを計る程度の能力

 体力:200/150  スタミナ:40/14

 状態:遠隔集中―『一時的な周囲への視野の低下』

 装備:灰色のパーカー

    緑のハーフパンツ

    英知の書

 ステータス

 妖力―150/150 霊力―0/0

 魔力―56/30 神力―0/0

 

 腕力―15 IQ―155

 素早さ―22 運―12%

 

 △▲▼▽△▲▼▽

 

 △▲▼▽△▲▼▽

 ◇苗字 八意 名前 永琳

 種族:人間  能力:あらゆる薬を作る程度の能力

 体力:94/75  スタミナ:45/10

 状態:不安定な精神―『意思の低下』

 装備:永淋製のワンピース

    八意製薬品

    (弓)霊弔

 ステータス

 妖力―0/0 霊力―340/120

 魔力―0/0 神力―0/0

 

 腕力―29 IQ―165

 素早さ―63 運―65%

 

 △▲▼▽△▲▼▽

 

 ――能力で言えば、確かに永琳がほぼ全てにおいて勝っているように見え、玲に追いつくのも容易い。そう考えるのも、そう思うのが普通であろう。

「……っ」

 

 しかしそれは能力だけでの話しであって、自身がそれを全部引き出せるのもまた、自分次第という事。

 自身の力がどこまであり、限界がどこまでなのか。それを知ってるか知らないかでは力の運用は大きく変わって来るであろうそれは、力の消費量にも関わってくることでもあった……。

 

 永琳は自前の俊足を活かし、何とか彼との距離は離れた状態で維持しているものの、それは一向に狭まる事無い隔たり、壁のように彼女の前へと立ちはだかっていた。

 足の速さでは明らかに彼女が上、しかし何故か、二人の間合いは埋まることがなく、逆に離されているのではと錯覚してしまいそうなほどに永琳は自分が追いつけないことに動揺し、唖然とした。

「何でッ追いつけないの!?」

 

 まさかこのまま彼は自分が手の届かない何処かに行ってしまうのでは? 決して自分がこの場に置いてかれているとは考えず、玲がまた何処かに行ってしまうのではないかと言う考えが頭を掠めた。

 一度想うと想わずには……。という言葉があるように、ある種の不安から永琳は歩みは次第に力を失い、ペースを考えぬ走りからくる疲労は焦燥と変わり、走る時間と共に彼女の足かせとなってその体を蝕み始めた。

 

 ――勘違いしてもらって困るが、今の彼女の走り、それは紛れもなく自身が出せる全力のモノだった。

 ……それならば、何故その手が届かないのか。

 

 振られた腕が前への前進を図り、前のめりに縮められた全身が踏み締められた足に力が篭らせさらに前と体が進んだ。彼へと伸ばされた腕が姿を捉え――開かれた手が空を切った。

 追いつけない。

 

 ……永琳がその考えに至るまでにはそう時間は掛からなかった。

 彼を射る?

 追いつけないのであれば……深層の奥にあった暗い感情を持つ自分がそう囁いているように感じた。

 この時、永琳の頭の中には背後にいる敵の存在などすっぽりと抜け落ちていた。

(此の侭彼が何処かに行ってしまうなら……いっその事)

 

「…………」

 無意識の内に腕は背に回され、その手の平には弓が握られていた。

 

「……え……りん……と……!」

 スローに見えた視界で、番えた弓がゆっくりと玲へと向けられ華奢なその姿を次はしっかりと、視線の先に捉えた。

「永琳と、すストップ! ストーップ!!」

「はぇ――?」

 

 過度の集中状態から浮上した意識に目を向けると玲が足を止め、こちらを向いているのに気づいた時には既に遅く。

「けばぶ!?」

「きゃああああ!?」

 全力疾走が急停止出来るはずもなく、衝突した二人はそのままぶつかった勢いを殺すことが出来ずにもつれ合う様に、運悪く空いていた地面の穴の中へ落ちて行った。

 

 ◆

 

 永琳と正面衝突して視界が暗転したと思ったら次に来た軽い浮遊感のあと、"目的地"に着いた合図が僕の頭に響いた。

「っ~っ~」

 文字通り、地面に頭をぶつけただけなのだが(僕にはお迎えの鐘のように聞こえた)。

 そもそもだ。僕が妖怪だと言っても体の出来で言ったらまだ人間の方が頑丈だ。ていうかこの子供体形(フォルム)に耐久性だとかそんなものを期待するほうが可笑しいと思う。

 今回は"予め張って置いた"魔術のおかげ助かったが……

 

「はぁ……決心して損した気分」

 僕の上をあの妖怪が通り過ぎて行くのを感じ、ため息混じりにそう呟いた。まあ別段に戦いたかった訳ではなかったのだからある意味、幸運ということなんだろうけど――何だか納得行かない気分だったのだ。

「は、そういえば永琳は――っと、ん気絶してるだけかな」

「ん……」

 ペチペチと顔を叩いて確かめると微かな吐息が漏れている事に一先ず安堵の息を吐いた。

 あの凄まじい邪気に感じた妖気は間違いなく大妖怪のモノと直感していたが、その予測が正しかったと洞窟内に張っていた陣が煌々と光ったことにより肝を冷やした。

 探査結界というモノらしく、その術式範囲内に侵入して来た相手の力を計るものなのだけれど。これは少なくとも中級程度のモノでは淡く光るくらいなのにそれが思わず目が眩んでしまいそうなほど輝いたのだから、

「そういや帰りどうしよう。飛ぶ? いやいや、目立っても後が怖いと言うか二の舞は勘弁……はぁ」

 追っ手は相当の強者ということなんだろうと人事のようにやや現実逃避を試みた。けど衝撃が大きすぎたと言うか何と言うか、何十年ぶりかの命の脅威に心底疲れた。

 湧き出る水で乾いた喉を潤しながらふと一息をついた。

 そう、ここは僕が前まで住んでた洞窟。そして僕が敵を迎え撃とうとしたのはこれが近くにあったから。

 壁に刻まれた紋、擦り付けられた魔力の痕跡は最早この洞窟自体が一つの大きなアーティファクトの役割を果たしていた。もしここで僕が魔術を行使するならばそれだけで代償は最小限まで削られ、威力もそれ相応のモノとなっていたであろう。だから――

「ここまで釣って、戦ろうと思ってたんだけど……」

 思わぬアクシデントと言うより永琳ならば、二手に別れるなり、一人で都市に行ってしまうのかと考えていたのだけど。

「ふーん……ま、人それぞれだよねー……」

 時が経てば人の価値観なんて変わるし、時代によっては殺人さえも黙認されるのだから。

 彼女の乱れた綺麗な髪を整えていると断続的な鈍い鈍痛が骨の髄まで響いた。先までなかった痛みが安心しきった今になってやってきた感じだ。

「あー右腕、どうしようかな……」

 魔法を使えばどうにかはなる。とは思うんだけれど、外傷が裂傷だけではなく内部まで至っていたこの場合では僕の魔法では治しようが……あるにはあるが到底僕の今のレベルではそれは扱えない。

「ふっふ、そうだよ。今思えば僕は妖怪じゃないか! 人間の時ならいざ知れず、妖怪の僕ならば包帯でもこの際何でも巻いときゃこの程度の怪我なんてどうとでもなる――はず」

 とは言ったものの。

「布ないじゃん」

 早速問題発生。

 布の確保であれば服を破ればいいのだろうがそんな事をしてまで傷を包んで何の意味があるのかと。

 骨折であれば添え木でもしとけばいいだろうし、言い出したのは自分だけれど処置をせずにほっとくのも体に悪そう、確実に悪い。長考の末、一先ず傷を洗ってから表面だけ傷を癒すことにした。

 

 下位魔法を使うこと自体には然程手間は掛からない。力のある言葉、自身の想像を固め易い。大体のモノはこの呪文を使うことで発動することが出来る。

「傷の対象は肌の裂傷、傷ついた事変を癒すことで確立させよ」

 本には魔法の一番の大切な部分は発動者の想像(イメージ)と書いてあった。つまりはその先の予測がしっかりと出来ていれば呪文も必要ではなく、確固たる自信があればより成功に近づき、集中できていない場合では発動しないことも稀ではない。

 つまりは。

 所詮呪文や魔方陣は術者の補助の役割でしかなく。アーティファクトも魔力の増幅品、装備品でしかなくて――面倒な説明は兎に角。

「大事なのは自分……っと――成功、かな」

 肌はすっかり治り、流れていた血は止まっていたが試しに力を込めた手から筋肉繊維、腕の内部から伝わった痛みが完治はしていないと僕に知らせていた。……暫くは右手を使うのは自重しよう。

「……………」

 あとは帰るだけ。そう思ったのだけれど永琳はただ今絶賛気絶中であり、どう考えてもこの狭い入り口では洞窟から抜け出すには一筋縄で行くとは考え難く。

「はぁ……。……ん?」

 難題とも言える脱出の手を考えていた時の僕は、まだ淡く光る魔方陣に気づきはしたものの、周囲からは妖怪の気配はなく、その時は何かの誤差だろうと考え、その違和感を気づけずにいた。

 

 ◆

 

 トン――トン――とんっと。

「……ん――」

「んん? 起しちゃったかな」

 ゆらゆらと揺らぐ視界で最初に動く地面が見えた。その次に

「固まってどうしたの? あれ、何だかいやな予感が――」

「どこ触ってるのよ!」

「理不尽っ!?」

 

 玲から冷静に話を聞けば私は気絶している間おぶさって移動していたと説明してくれた。私は素直にそれを信じ、そうなのだと理解した。

「素直に、って分かってくれたら謝ったりの一つや礼の一つでも言ったらどうなのさ」

 腫らした頬を撫でながら、私を睨む玲の姿は怒っている、というよりはどちらかと言うといじけているように見えた。

 その姿に思わず緩みそうな表情を何とか引き締め、出来るだけ憮然とした顔に見えるように取り繕う。

「ふん。そんなの自業自得じゃない。貴方が一人で走り出さなきゃ、そもそもこんな事にはならなかったじゃない」

「いや、だからそれには深い訳があってだね君……」

「だったら説明して見なさい」

 そう説明を要求すると彼は悔しそうに「うぐぐ」と一通り呻いてすぐ諦めたようにこうべを垂れた。

「――」

 一人で走り出したあの行動には確かに怒ってはいるが、実際はそこまでその事に怒ってる訳ではない。私はただ、今のような『何かを隠している』、彼のその様子が気に食わないのだ。

 ――どんな親しい間柄でも、人には言えないことなどいくらでもあるくらい知っている。

 理解してもいるし、分かっているつもりだった。

 今までは。

「永琳……まだ怒ってる?」

 そして今日、わかったことがあった。私は彼の事になると妥協が出来ないんだと。

 

「ふぅ……別に、もう怒ってないからそんなうじうじしないで頂戴……」

「うじうじって……ぼーっとしてたから心配してあげたのに、何だよその言い草ー」

 ぶすっと私から顔を背けても、繋いだ手を離さないのは見えない彼の優しさなんだとこの時はふとそう思った。

 不意に見上げた空はすっかり紅く染まり、遠くに見えた都市が紅く輝いていた。

「……ごめんなさい」

 こんな私で。

「ん? 何か言った?」

「――何でもないわ。さあ、早く帰ってご飯にしましょ?」

「え、えー……帰ったら本読んでいいってさっき言ったじゃないか?」

「はいはい、ご飯を食べてからね」

「僕、別にご飯食べなくてもいいんですけど」

 はいはい。

 そう何時もの様に笑って、彼に勘付かれずに対応できた。

 

 その後の数日間、落とした筈の薬草を回収してくれていたおかげで無事薬は作ることが出来た。

 私が作業している間、彼はずっと本を読んでいたものだから、よく飽きないわねと愚痴ったりもして、幾分かは大人しい日々を過ごしていた。月の移住計画が立案されたその日までは。

 

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