……調子乗ってすいません、ああもっと罵って下さい! ――と、冗談は置いといて、行のスペースとかこれで十分ですかね? 読み難い箇所とかあったら気軽に意見とか下さいな。
「魔力操作の基本は使用者の集中力とされているけど……一般的ではないが一部では秘術とされる術は特殊ながら複雑な形を持つために――身体的な、術式によっては根本的な、術者の体質的な適合性……相性と性質があるからそれによっては使い分けする事を進めると……ふむふむ」
つまりは術者によってはその個体差で威力も、その効力も違ってくる時があるのか。魔術の手解きをする場合、下手な自分の先入観を与えると相手にも悪影響になることもあるのかもしれない。
「それが大魔法となると……より、リスクが高まる、と……。ふぅー……」
まだ、大魔法だの秘術などとそのレベルに達していないとは言え。やはり予防線としてこのような予習をするのも悪くはない。
知識を埋めた充足感に浸ってると布が擦り合う音とベットの軋む音が耳に入ってきた。
「朝が早い……と言うよりはまた寝ていないのね。休息を取ることは時には必要なのよ?」
僕が夜通し起きていた事にそんな呆れた感想を漏らした。
「ふふ。それだったら休息が僕からしたら読書だったってことだね」
実はこれは僕の密かな自慢でもあったのだが、彼女は特に驚いた様子もなく、諦めたようにため息を吐いた。
「それもそうね。おはよう玲」
「うん……おはよう、永琳」
ところ変わって居間に移った僕たち。
面倒ながらも、もはや日課となってしまった自分が作った朝食をもそもそと食べている中、一向に箸ならぬフォークが進んでない永琳が浮かぬ顔をしていた事に気がついた。
「? どうしたの。あ、やっぱり僕の料理じゃ口に合わないかな……」
味が心配で自分でそう言ったが決してマンガや小説でよくあるような作ったものがすべてダークマターとか、この世のものではない、食べられない物に変換されるからという理由ではなく。
それはお前の料理は薄っぺらい味がする、と両親のモノとは思えぬ言葉、指摘を母親から受けていた為の懸念であった。
「いえ、そういう訳じゃなくて……」
「なくて……?」
内心ほっとしながら、見るとフォークをからんと音を立てて置いてやがて彼女はふと息を漏らすと口を開いた。
「――何でもないわ。あらもうこんな時間、さ! 早く片付けちゃいましょう」
「う、うん。そっか……遅刻しても大変だもんね」
食べ物を口にかきこむ彼女を苦笑いで見つめながら、「行って来ます」と出てった彼女の背中にいってらっしゃい、と声と手を振った。
「…………」
彼女が居なくなってから静かになった居間で少しぼーっとしていると冷め始めた料理に気づき。
「……はぁ……」
僕はかちゃかちゃと音を立てながら残り物に手をつけ始めた。
この家に住み始めてから既にうん十年くらい。僕の時間間隔は曖昧で詳しくは知らないけどこの前だかにそんなお祝い事を永琳とした覚えがある。
その時は僕がケーキを作ろうとしたり、この都市にはケーキなるものがなかった事に驚いたが何より材料が足りない部分が所々ありその試行錯誤の末、結局出来たのはスコーンなのだからあの時は一人で大笑いしたものだと今でも時々思い出してはくすっとしたりする。
他には永琳が薬の実験を一緒にやったり、新薬の実験台には僕がなったり彼女がなったりと馬鹿な事も沢山やってきたが、この数十年は僕が人間として生きていた中でも特に濃厚な日々で、暇な日など、それこそ殆どなかった。
だけどそれから数年か数十年か、とたんに彼女が家に居る事が少なくなった。
その為に僕の一人の時間、つまりは読書時間が増え、この数年間は特筆する事は一つもない日常を送っていた。
思い浮かべた思い出と一緒に僕はぱたんと読んでいた本を内容と一緒に閉じた。
今居るのは永琳の寝室。窓から差し掛かる光が薄暗い部屋を照らし、黒と白の明暗が別れている室内を僕は沈鬱な気分で眺めていた。
「ふぅ……」
最近、こんなため息をつく事が増えたような気がする。
好きな読書をしていても、それでも最近では何だか気分が晴れない……何時もは無心になれる筈の時間が異様なほど気持ち悪かった。
体に感じる気だるささに身を任せ、ごろんとひんやりとした床に体を脱力させた。
今は起き上がる事さえ億劫だ。
「こんな事今までなかったのになぁ……」
現在、季節で言ったら夏くらい。五月病とか夏バテではないと思うのだけれど現状何もする気が起きない。
本を手に取る事さえ気だるい腕を動かすのも今では面倒だった。
「…………」
もんもんとする頭の中で、絶え間なく浮かんでは消える考え。僕は本の背表紙を撫でながら、そっと目を閉じて視界と一緒に思考を自分から切り離した。
「……永琳……」
自分でも微かに聞こえたその呟きに、我ながらイラつきを覚えたのは何でだったんだろうか。
そんな事を考える暇などなく、その日僕は数日ぶりの遅い眠りについた。
◆
「ただいま……」
今日も一段と疲れた……。この数年には珍しく早めの帰宅を果たした彼女はそう思いつつも口には出さずにガラガラと自宅の門をくぐった。……しばらく玄関で立ち尽くして永琳だったが、待っていた迎えは一向に来る気配はない。
「……まだ寝ているのかしら」
少し残念そうな表情にそう言うと一つ、大きなため息を吐いて靴を脱いだ。玄関から繋がっている木製の通路を歩くと目的の場所、彼女の自室に着いたのだが手を掛けたドアノブをそのまま捻るかと思いきや、握られた手をぱっと離した。
「…………」
引き締められた表情で自らの手を見る姿は、温まった室温とドアノブの冷たさの差異に驚いた訳ではなく、何かに恐怖したそれであった。
「……(ごくり)」
平和そのモノだった筈の室内の空気は一変し、彼女の周囲だけ不思議とぴりぴりとした緊張感に包まれた。永琳は依然として強張った顔のまま、再びドアノブを握って力を加えようとした瞬間。
「――っ」
「ふぁ……んん? あぁーえいりん……今日は早いね、ふわぁー……ねむ」
彼女が引くよりも早く押されたドアの先には寝ぼけ眼を擦りながらふらふらと立つ玲がいた。
先まで立ち込めていた緊張はドアが開かれた事に霧散され、残された彼女は暫くきょとんっと玲を凝視するとすぐに疲れたように溜めていた息を吐き出した。
「はぁ……」
「?」
「何でもないわよ。それよりもほら、起きたばっかりなら早く顔洗うついでにお風呂でも入ってきなさい」
「ん」
何時もはそのような子ども扱いする言動に食って掛かる玲であったがまだ寝ぼけたままようで、特に何も言うまでもなく玲は短く返事を返すと、本を持って――引き摺りながら脱衣所を目指して歩いて行き、何事もなく曲がり角の影へ消えて行った。
永琳はそれを見送ると、開かれた自室に入り、手荷物をテーブルへと置いた。
「……私は何を緊張してるのかしら……」
毎日とは言わないがそれこそお互いを知らないという訳ではない相手。それが好きな相手であれば、少なくとも緊張をするのは当たり前のモノと思えた。
しかし既に自分が彼に叶わぬ好意を抱いている事など永琳は分かっている。だからこそ理由は別にあり、それはこの数十年間、自分たちの成長の違いで十分分かっていることだった。
「――唯の緊張とは違う……」
永琳は訳の分からない自分の気持ちにただただ戸惑いを抱き、強く握られた手から滲んだ汗が言いようがない不快感を彼女に与えていた。
◆
「どうしたの? あまり食がすすんでいないようだけれど」
「――ん、いや別に」
感情を含めずに素っ気無くそう言ったつもりだったもののどうやら永琳には分かってしまったらしい。苦笑を浮かべながら「ごめんなさいね」と謝られてしまった。
「遠慮しないで食べて頂戴。そんなに気遣われると逆にあれよ?」
「う。だ、だけどさ~」
「そうやって拗ねるのもいいけど私としては別にこれぐらいの食事を用意するくらい別に苦ではないわよ? 最近では偶にでしかないけど一緒にこうやって食事を取れるだけでも、それに貴方がそう心配してくれるだけで私は十分嬉しいのよ」
拗ねてるって、別にそんなつもりではないのだけれど。一瞬のその言葉にむっとしたが後に続かれた言葉に思わず口をつぐんだ。……卑怯だ。そう言われると僕としては何も言えないじゃないか。
「……」
しかしこう自分の心を分かれていると思うとあまり釈然としないと言うか、見透かされているような気がして……気に入らない。
やはり僕は少しばかり苛ついていたのだろうか、それを思うのと少しでも永琳にそれを気取られないようにもそもそと食事を再開させた。
「あらあら、ほんとうに拗ねちゃったかしら?」
「拗ねてないっ!」
「ねぇ玲?」
「なに!?」
やっと僕の食事(強制)が後一口で終わろうとした時、僕より食が太い(早いでもいいが)永琳が僕より早く食事を片付けてお茶を飲み終わり、一息ついたところで声を掛けて来た彼女に僕が噛み付いた。
「……どうしたのよそんな大声出して」
「自分の胸に手を当てて聞いてみたら?」
先も言ったように、彼女は僕より食べるのが早い。と言う事は必然的に食に勤しむ僕、それを見守る――というより毎回のように永琳が食事が遅い僕を暇つぶしに茶化す構図ができるのだ。
それが今日は何時もよりしつこかった。彼女は存外粘着質な性格なのかと、今回ばかりは温厚な僕でも切れかけた。
「ストレスでも溜まってるの?」
「……柔らかいわ」
「……今僕が聞いてるのは別に物理的な胸の柔らかさじゃないからね! それと平然と言ったけど永琳は羞恥心っていうモノがないのかい?」
「そう言うつもりはないのだけれど……何を焦ってるのよ?」
そりゃ目の前で急に胸を揉まれたら男性でしたら焦るかそれこそ何かとリアクションの一つは取ると思うんですけど? この数十年間で成長して本人は自覚症状がないようだけれど永琳は成長した。それもほぼ僕の予想通りに。
居候としてそれは喜ぶべきなのかそれに比べてまったく成長しない自分に凹むかは別にして、彼女は残念な事に体は成長してもあまりに常識が足りないと思わせる箇所がいくつもあった。
それが今の行動(これ)である。
彼女の話を聞く限り(それと能力を使用して心の間合いを計った限り)ではやはりこの都市にはそれほど永琳と親密な関係を築いてる者は少なく、話すとしても事務的な会話くらいで同年代の人間と会話する事など滅多になさそうだ。
身近な、それも同年代との接触は大事だ。それこそ年中ぼっちだった僕が言うのだから間違いない。
突然な話にはついていけないし、同年代に問わずテレビの話題についていけなかったりして微かに覚えていた知識を使って知ったかぶりで何度も凌いではばれないかと冷や汗をかいていたりしていた。
それが幼い時から、人間同士の会話の繋がりというが全くない事が続いているのならば、永琳がこの様な常識が欠如している状態なのも頷ける。
他人を超越したとも言える頭脳に研究に掛ける熱意。それに比べて欠如と言うよりは欠落している常識。
普通であれば相応の知識、常識が釣り合って自我が出来ているはずなのに……言ってしまえば不自然なのだ。
前までは「だからそんなファッションセンスがないのか」と位にしか考えなかったが今のような行き過ぎた相手への不配慮――僕はそれほど気にしないが外でそれが果たして通じているのか? 要するに僕は……、
「ああーもういいよ! で、結局何なのさ?」
「あ、ええっと。明日仕事を休もうと思うのよ」
「へーそれで?」
浮かびかけた考えを振り払うよう、フォークでグサっと刺した残りの一口を口に入れた。
「それで……なんだけれど」
何だかとても言い難そうにしているが今回ばかりは僕は何も言わないし今の不機嫌な態度を直すつもりはない。
別に怒ってるとかそんなんじゃない。兎も角、僕は口に入れたままのフォークを噛みながら辛抱強く彼女の言葉を待った。
「一緒に外へ行かない?」
「痛っ~!!」
永琳の口から出た言葉に驚いて思いっきり噛んだフォークが跳ね上がって鼻先にぶち当たった。ツーンとした痛み耐え切れずに床に転げ回る。
「何をしてるのよ……」
「いや、何言ってるの!? せっかくの休みだったら家でゆっくり休んだほうがいいに決まってるよ! それに外は危険じゃ――」
すぐさまに起き上がって反論を繰り広げようと口を開いたが。
「その為の貴方よ。それに今回は近場だし、何よりこれはもう決定事項! 明日は外出だからそのつもりで用意しておきなさい」
「あっ、ちょっと永琳!」
勝手な言い分、それだけ言う食器を持って居間から出て行ってしまった。
「ぐぬぬ……毎回勝手な事言って……! もう、ムカつくなぁ」
あの事件。外で襲われた時からお互いの安全と言う事で極力外に出ないよう、彼女と約束して。それと永琳に出禁を食らっていた身としては彼女のその言い分が凄まじく勝ってなモノで、律儀にそれを守ってた身としては高が偶の休暇という身勝手な理由で破られていい道理ではないと思うのだ。
「あーもう!」
荒れる思考を自分で嗜めても、それでも治まらないむかむかとした気分に今日は不貞寝しよう、そう僕は決めたのだった。
「それで、結局何処へ行くんだ」
翌日、朝食が用意された席に挨拶も返さずに座って無言で食べ終えた後、僕は開口一番にそう言った。
「無理言ってわ、悪かったって思ってるわ。けど……いえ、だから、ね? 昨日の事は水に流して機嫌を治してくれないかしら……?」
食事を先に済ませた永琳は僕が食べ終わるまで慌しくそう言って来た様、そう機嫌を窺う永琳だが。
僕は別に昨日の事を引き摺ってもまだ機嫌が悪いとか言うわけではない。確かに気分が悪いのは確かだがそれほど根に持つ事でもないし、それに一緒に生活をしていればこんな外出などと言う突拍子もない事態などと比べる事態なんてざらだ。
それ思うと辟易する僕の心情は兎に角、僕が機嫌が悪いのはそう言った事ではなく別の事なのだ。
それは暗に永琳が話を逸らして行き先を言わないこの態度であった。
――気に食わない。
「うっ……そ、そんなに睨まなくとも……」
「……ふん!」
言わないならそれでいい。それなら僕はそれに見合った相応の態度で示すだけだ。
「ぁ……」
僕は立ち上がって食器も片付けずに、皮肉にも昨日とは逆に黙ってスタスタと居間を出て行った。
◆
私は何をしているのだろう……。後悔にも似たつぶやきが平屋の一室に響いた。伏せた顔はテーブル越しからでは探れないほど、こうべを深く垂れ、背には言い表せないほどの負の感情が漂っている。
「私は何時も何時も……っ」
大事な時になんでこうも――下手なんだ。
その呟かれた悲哀の言葉を誰に聞かれる事なく、壁に吸い込まれて消えていった。
昔からそうだった。言いたい事をハッキリ言えない。昔も今も業務であれば滞りなく出来る事が私情となると途端に駄目になってしまう自分が嫌いだった。
そのせいで家に居られる事が少なくなった。彼と一緒に居られる時間が減ってしまった事を何度後悔したか。
彼と出会う前、それは親と子の関係が仕事だけの関係になってことも、家庭での会話もが全部、義務的な、業務だけの話題で埋まるのはそうそう時間がかかる事ではなかった。
それに段々と慣れ始めた自分が、感情が死んでいく感覚。それが嫌で、何より怖かった。ある日勇気を出してついた自分の役職を理由に家を飛び出したのは彼女の一世一代の決心だった。
今回の外出も、元はといえば自分のせいなのだから――上層部の老いぼれ共に一言いってやれればどれだけいいか……。
それが出来たら――
勇気が出せない自分が悔しい。
制御し切れない感情に頭の中を掻き乱されて。
何より離れていく現実が悲しかった。
溢れた情緒が重力に逆らえ切れずに。
「……っ……うぁ……」
抑えようとも抑えられない涙が瞑った瞼から漏れ出し、耐え切れずにとうとう永琳は両手で顔を覆った。
「……はぁー……」
「なっ、れ、玲!?」
動揺のあまりに玲が近くまで戻って来た事に気づけなかった。自分が涙を流している事も忘れ、反射的に顔を上げようとした時、かぶらせられた何かに視界が遮断された。永琳は呆然としながらもその正体をつぶやいた。
「ぼ、帽子……?」
「出掛けるんでしょ? 何をそんな驚いてるのか知らないけど、今日は外も暑いし、出るんだったらそれくらいの用意は普通でしょ」
「で、でも……」
自らが言い掛けた言葉に詰まってそのあとの語尾が続かなかった。乗せられた帽子の端で濡れた目元を見せないよう玲の様子を見ると、無言で永琳の言うことを待っているようだった。
「……私が、行き先を言わないせいで玲が怒って……それで今日はもう駄目なんだって……だから…………」
「はぁ~……」
必死に絞り出した言葉は最後には掠れ消え、気まずい雰囲気が流れ始めた頃。玲の大きなため息に叱られた子供のよう、びくっと体を浮かせた。
「あのさぁ……」
「はいっ」
感じた怒気に驚き、咄嗟に出た返事に永琳のかっと顔が赤くなった。
それは恥ずかしさからか、それとも気まずさ故にか、居ずまい正すほどであり、玲は別に気にした様子でもなく口を開いた。
「『気にしてないから』」
「……え?」
「永琳が何をそんなに落ち込んでるのか僕は知らないし行き先を言わないのもそれには何かしら理由があるんだと思うし理解してあげるよ。気に食わないけど、まあそれは今はいいとして。
あー……それを踏まえて、つまりは僕が言いたいのはね……えっと」
滑らかに動いて舌は言葉が続くごとにその勢いを失い。最後には困ったように視線を彷徨わせ、ない場所で言葉を探しているようだった。
「僕はね、永琳」
「?」
「――僕は信じてる。君を。だからあえて理由も聞かないし、隠したいなら言わなくてもいい――でもあまり蔑ろにされると、やっぱりちょっと不機嫌になっちゃうかもしれないけど」
そう苦笑いを浮かべて言う彼の姿が永琳には眩しい物に見えた。
現実を受け入れながらも、自分の心を曲げずに相手を思い遣る気持ちが、優しさではなく自分と比べた時の劣等感が痛みとなって身に突き刺さった。
届かない。
「永琳?」
「……生意気」
「ちょ、ちょ永琳!? どうし」
「いいからジッとして、今はちょっとこうしていたい気分なの。……貴方的に言うなら、蔑ろにしていたご褒美ってとこかな?」
「ご褒美って……」
ため息混じりにそう言うと玲は諦めた様に黙って抱擁を受け取った。
少しの間重なり合っていた二人は、その後居間を出て行った。
「それで、僕は着いていけばいいだけかな?」
「ええ、後に着いて来て」
隣から聞こえた。と言うのも玲に対して永琳が返事をしただけなのだが、驚くことに音源の主である玲の姿は彼女の視界に映っておらず、あろうことか体そのまま消え去っていた。
「ふっふっふ、すごいでしょ?」
玲の自慢げなその声が、姿が見えなくともどんな表情をしているのかは永琳には容易に想像できた。
「ええすごいわね。全く……そう言うところが子供っぽいって言うのよ……」
「ふふ、この透過の魔術は習得には結構時間掛かったけど中々便利でね。だけど欠点があって激しい動きについて行けないことなんだよね。これには色々と理由があるんだけど説明するには根本的な魔術の構成が身体に付属する物として扱うからであってね――」
確かに玲の嬉々とした説明を聞く限り、姿は完璧に消えていたおかげもあって無事都市にから出る事が出来たのだが。
はぁ……姿は消えても声は周りに丸聞こえなのだけれど。その彼女の呟きの通り。
彼女の後ろから聞こえる幼い声にすれ違う人間が奇異な目で彼女たちを見たのは言うまでもないだろう。
◆
「……着いたわ」
「だから核となるのは術式ではなくてこの魔術で最も重要なのは――ってあれ? 着いたの?」
「貴方の魔法だか魔術っていう話、聞いてる私は全く着いてけてないし。自慢ではないけれど学問では理解できなかったのはその説明くらいなものよ」
「そりゃそうだよ、だって初心者に要点だけ掻い摘んで話して理解できるはずないだろう?」
手を上げてそう言ったら永琳は何だか肩を落としてため息を吐いていた。
「もういいわよ……それよりもうその変な術とか消していいわよ」
少々自棄に聞こえる言葉で言われた通り、僕は魔術を解いた。
「……」今になって周囲に景色に目を向けた僕だが、飛び込んできたその光景に言葉を失った。
小高い丘の上。その僕が立つ場所から見えたのは始めは森の緑に遠くには連なる山々、それからぽかんと空いたサークル状に模られた都市がどかっと居座っていた。白く光沢さえ持つ都市の中央付近の建築物は太陽の反射により宝石のように輝きを帯、逆にビルを囲む建物は落ち着いた色合いに統一され、感じた懐かしさに思考が止まった。
「ここは」
呟かれた言葉にふと気がついて見た彼女の横顔は鋭く、凛々しいものとなっていた。
「外で唯一私たちが住んでいる都市が一望できる場所。そして――
私が生まれた場所なの」
「……ここで?」
「勿論この地って意味だけど。ほら、通って来た道の端にあった人が住んでた名残があったでしょ? 元はあれが私が住んでた村、もうただ見ても判断がつけ難いと思うけど」
一度振り向いて眺めるも、僕には自然と同化してか、元は建築物の木材か、それとも自然の物なのかは確かに判断がつかなかった。
言われた言葉、ここが永琳が元は住んでた村って話の真相は僕にはわからない。けど淡々と話すその様子は、何かを覆い隠して口に出しているのだとなぜか僕は感じた。
本当に、これが永琳が僕に見せたかった物だろうか?
「あれ」
考え込んでいた僕に投げかけられた声に反応し、彼女の指し示す先を見た。
「――っ」
光の反射で視界が遮られ、見られなかったその全貌が太陽が傾くことで僕の目にしっかりと映された。
「ミサイル、ロケット? あ、いや……まさか、宇宙船……?」
鉄骨に支えられて天へ向けられた建造物。ビルに紛れて中央に突き出たように建てられたのは紛れもなく空へと昇るために作られたソレだった。
「あれが一目でなんだかわかるのね。なら話が早いわ」
彼女の言葉遣いは柔らかかった。それでも、顔は感情が抜け落ちたような、能面なままだった。
衝撃を受けた僕を待つことなく、続く言葉が突き刺さった。
「私と、宇宙に行ってくれない?」