鬼哭劾―朱天の剣と巫蠱の澱―   作:焼肉大将軍

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懐かしの我が家

  †††

 

 

 聖杯戦争。

 およそ二百年前、アインツベルン、マキリ、遠坂、後に始まりの御三家と呼ばれる魔術師達は互いの秘術を持合い、万能の願望器『聖杯』を召還する事に成功する。が、それは血で血を洗う闘争への幕開けに過ぎなかった。

 

 聖杯は土地の魔力を吸って一定周期で降誕する。聖杯はその意思によって七人の魔術師を選定し、彼等にその膨大な魔力の一部を与えて『サーヴァント』と呼ばれる英霊召還を可能とさせる。聖杯を得るに相応しい一人を、死闘をもって決させるために。

 

 七人の魔術師に七騎の英霊。超常の存在を率いた殺し合いの儀式。

 それを聖杯戦争と呼ぶ。

 

 否、呼んでいた、と言うのが正しいか。

 

 第二次世界大戦の開戦前夜、日本の冬木において執り行われた三度目の聖杯戦争は、その儀式途中に願望器たる小聖杯が砕け散るというアクシデントの発生によって、有耶無耶(うやむや)の内に終結した。

 

 問題は、その際のどさくさに紛れ、円蔵山の洞窟に秘匿されていた儀式の核たる大聖杯が何者かによって奪われてしまった事である。

 

 御三家が総力を結集して構築した大聖杯はこの時を以て行方不明となる。

 大聖杯は消え、戦争は終わり、そして、月日は流れた。

 

 しかし、魔術師達の夢は、妄執は消え去ってはいなかった。

 

 

  †††

 

 

「もう二度とその面を見る事は叶わぬ、と諦めておったのじゃがな。家を捨てた愚か者が、今更何の用じゃ、雁夜?」

 

 針。

 言葉一つ、視線一つに込められた殺気が、まるで針の様である。

 この時、間桐邸の応接室は溢れんばかりの殺気で満ち満ちていた。

 

 渦巻き、肌を刺す殺気は、極低温の風雪の如く、体温を奪う。

 憎々しげに言い捨てる間桐家現当主、間桐臓硯の言葉には険があった。少なくとも、十年振りに帰省した愛息子との再会を喜ぶ風には到底見えない。

 

 小柄の老人である。

 禿頭もその四肢も、まるでミイラの様に萎びていて一切の力を感じさせない一方、その落ち込んだ眼下の奥には爛々と生気を湛えた光がある。言葉もそうだ。ミイラの如き肉体の内に、恐るべき力を秘めている事が窺える。

 

 容姿、風体、そして、その力。いずれも尋常ならざる怪人である。

 語るも悍ましい手段によって延命を重ね、長きに渡って間桐家を支配してきた不死の老魔術師、間桐臓硯。現代に生き残った正真正銘の妖怪。

 

 そして、雁夜に魔術を叩き込んだ師にして、敵。

 

 雁夜の人生において、否、間桐の家に生まれた全ての者にとって、自由とは、平穏とは、この男を殺す事を以て初めて手に入れられる物では無かったか。

 

 しかし、対する雁夜に気負った所は無かった。

 彼は既に戦う覚悟を決めて、この場所に赴いている。

 

 およそ十分前、玄関先で繰り広げられたささやかながらも剣呑な押し問答の末、雁夜は応対に出た兄の鶴野を平和的に殴って昏倒(こんとう)させると、勝手に我が家へと上がり込んだ。結局、兄の鶴野は意識を失うまで、目の前の相手が十年振りに帰省した弟だとは気付かなかった。

 

 雁夜としては臓硯に気付かれる前に、桜を確保しておきたかった。故に、彼は失神した鶴野に蟲を呑ませて桜の居場所に関する情報を聞き出すと共に、その身体を操って臓硯の注意を引き、その間に裏手の窓から邸内に侵入しようと目論んでいたのだが、仮にもここは臓硯の(ねぐら)であり、工房、魔術的要塞である。

 

 鶴野を殴り倒した所で、臓硯に発見されてしまった。

 久しぶりの再会はそんな流れのせいか、応接室に通された後も、雁夜と臓硯、机を挟んで相対する二人の間に流れる空気は最悪であった。

 

 応接室のソファに深く腰を掛け、出された茶を啜ると、気を取り直して雁夜は言った。

 

「どうも聞き捨てならない噂を聞いた。間桐の家がとんでもなく恥さらしな真似をしている、ってな」

 

 挑戦的な口調だった。否――

 

「遠坂の次女を迎え入れたそうだな。何処にいる?」

 

 殺気を隠そうともせずに、雁夜は言った。

 雁夜の気当てを真っ向から受け、臓硯はニヤリと口元を歪める。

 

「ホウ、ホウ、ホウ。鍛錬は怠っていなかったと見える。クク、雁夜。貴様は本当に優秀な息子じゃな。貴様が消え、残った貴様の兄の鶴野は凡庸。衰退は(まぬが)れぬ。間桐の純血は途絶え、零落、ここの極まれり、と思っておったのじゃが、分からぬ物よなぁ」

耄碌(もうろく)したのか? 俺は桜ちゃんの場所を聞いているんだぜ?」

「フン、耄碌、か。それは貴様の方であろうよ、雁夜。貴様、何を勘違いしてワシに対し、五分の口を利いておる」

 

 臓硯は飽く迄、余裕を崩さない。しかし、カラカラと上機嫌で嗤うその眼に、邪悪な光が宿ったのを雁夜は見逃さなかった。

 

迂闊(うかつ)よのぅ、雁夜。帰れば、死ぬ、とは思わなんだか?」

 

 底冷えする声と共に、雁夜へと影が落ちた。

 雁夜が咄嗟に天井を見上げたのと、それが落下したのは同時だった。

 

 蛭だ。天井を這っていた握り拳程の太さもある丸々と太った無数の蛭が、一斉に雁夜へと跳び掛かったのである。魔蟲は雁夜へとへばり付くと、次々とその牙を突き立てる。ぐらり、と世界が揺れた。魔蟲の毒牙が一瞬で雁夜の意識を奪いに掛かり、同時に――

 

「また、要らぬ考えを起こさぬ内に、蟲漬けにして洗脳し、我が傀儡としてくれるわ。クク、雁夜と桜、まだじゃ。まだ終わらぬ。じき、六十年の周期が巡り来る。今こそ、我らが悲願、聖杯の奪還を――」

 

 キン、と(つば)鳴りの音がした。

 断末魔の声は聞こえない。

 雁夜へと跳び掛かった魔蟲の群れは、獲物から剥がれ、次々と床へと落ちた。

 臓硯の声が途切れ、

 

「――遅い」

 

 ごろり、とその首が落ちて、床の上を転がった。

 一拍の間を置いて、臓硯の首から、床へと落ちた蟲々から鮮血が噴水の様に噴出した。

 同時に繰手の絶命によって、魔蟲の呪毒が抜けていく。

 立ち尽くす臓硯の首無し死体を前に、鮮血に塗れながら雁夜は言った。

 

「魔蟲による洗脳、催眠を行えるのは、俺も同じ。蟲噛の剣。俺に意識が無くとも、体内に寄生させた魔蟲は別だ。奴らの自己防衛本能に起因して反射行動が起こり、自動的に敵を斬る。アンタも知らない、俺の編み出した間桐の技だ」

 

 雁夜の手には一振りの太刀が握られていた。

 帰省した際に、長袋に入れていた代物である。

 雁夜はこれを自らの編み出した間桐の技と言ったが、正確には異なる。

 

 彼が十年の修練の折、暫し身を寄せていた鞍馬流(くらまりゅう)の一派から、免許皆伝の印可を受ける際に伝授された無空と呼ばれる技が、この剣の骨子と成っている。

 無空とは外界の刺激に対して自動的に繰り出される反射の剣。それは修練の果て、剣撃の際に生じる余分な思考を削ぎ落とし、遂には思考を介さず敵を斬るという業である。無の剣、空の剣。故に無空。

 

 雁夜はこれに蟲を介在させる事で、その精度を高めているに過ぎない。彼に無空を教えた師は、死角から迫る無数の矢を一瞥もせず斬り落とす事が可能であった。

 雁夜が手にしている太刀も、出立の際に師より餞別として頂いた代物である。

 

「思考を介さぬ剣を前に、洗脳など意味が無い。間桐の蟲の術は俺には通じんぞ、臓硯」

 

 雁夜は床に落ちた臓硯の首に向かって言った。

 

“当初の予定とは異なるが、此処までは想定の範囲内。

 さて、鬼が出るか、蛇が出るか――”

 

 雁夜の不安は的中する。

 不意に床に転がっていた臓硯の生首が、バラ、と解け、無数の魔蟲へと変貌した。それだけでは無い。床に流れ出た血から次々と魔蟲が湧き上がって来るではないか。蛭に似たそれは身をくねらせて地を這い、臓硯の身体へと寄り集まっていく。

 

 僅か十数秒、再び結集した魔蟲の群れが人型を形成し、ずる、と何かが這う音と共に、臓硯の身体を真っ暗な(もや)が包んだかと見えると、果たして、そこには何事も無かったかの様に無傷の間桐臓硯が立っているのであった。

 

「カカ、凄まじい技の冴えじゃの、雁夜。このワシが、一瞬、死んだ事に気付かなんだぞ」

 

 臓硯が(おぞ)ましい笑みを見せた。

 異常なる再生能力。

 この老魔術師が不死と呼ばれる所以である。

 

 無論、何かしらの種が在る事は間違いなかろうが、それを易々と看破、打破させる程、間桐臓硯という魔術師は甘くない。さしもの雁夜も、こればかりはお手上げであった。

 

“死んでも生き返ると言うのなら、死ぬまで殺すのみ。

 そう言いたい所だが、この怪物を相手に体力勝負を挑むのは愚かだな”

 

 雁夜は正攻法での打破を諦め、交渉へと移る事にした。

 臓硯の態度、行動含め、ここまで事態の推移は大方、雁夜の予想通りだった。交渉とは、対等の相手にのみ、もっと言えば人間相手にのみ成立する物である。こちらを自らの操る魔蟲か、壊れても良い玩具程度にしか思わぬ怪物相手には成立する道理が無い。

 

 臓硯を交渉の土台に上げる為には、ある程度こちらの実力を晒し、洗脳が効かない事を示す必要があった。

 交渉の道具となるのは自分自身とこの手に宿った令呪。奪い取るのは、少女一人。勿論、雁夜は切り札である令呪については手袋で隠している。

 雁夜はどかりとソファに座ると、臓硯へと問うた。

 

「聖杯の奪還、と言ったな。やはり、アンタの目的は聖杯か?」

「当然じゃろう。アレは我等が悲願。貴様とて、それを知らぬ訳ではあるまい」

「アンタ、の悲願だろう? 間桐の純血が途絶える? 一族の零落? 笑わせるなよ、吸血鬼。新しい代の間桐が産まれなくても、アンタには何の不都合もあるまい。百年なり、千年なり、アンタが生き続ければ済む話だろうが」

 

 雁夜は鼻を鳴らして言った。

 雁夜の口にした千年という言葉は決して大仰では無い。

 雁夜とて、実際の所、臓硯の正確な年齢は把握していない。ふざけた事に戸籍上の登録では彼が雁夜達兄弟の父親という事になっている。だが、更に間桐の家系図を遡ろうとすると、そこかしこに臓硯という名が出てくるのである。この老魔術師がいったい何代に渡って間桐家に君臨してきたかは知る由も無い。

 

 しかし、解っている事がある。

 間桐とは、すなわち、この老魔術師の事で、間桐に連なる他の者は、所詮、その手駒に過ぎないという事だ。否、生きる為には、そうならざるを得ない。

 

 間桐の家にとって、臓硯は絶対の支配者だった。

 幼き雁夜が強さを求めた理由がそこにある。

 雁夜の瞳に映った感情を読み取ったのか、臓硯はニヤリと口元を歪めた。

 獲物を(なぶ)るケモノの表情。怪物の笑みだった。

 

「確かに、貴様や桜より、なおワシは後々まで生き永らえる事じゃろう。じゃがな、それもこの日毎に腐り落ちる身体をどう保つのかが問題よ。間桐の跡継ぎは不要でも、間桐の魔術師は絶対必要――この手に、聖杯を勝ち取る為には、な」

 

 執念。

 妄執と言っても良い。

 臓硯の追い求める不老不死。他者の血肉を喰らい、腐り落ちる身体を何とか繋ぎ止める今の様な不完全な物ではない、完全なる不老不死。それを叶える『聖杯』という願望器。

 

 数世紀を経て猶静まらぬ、否、猶巨大に、そして歪に燃え上る不死への妄執が、それを可能とする奇跡の存在が、この街で行方不明となった夥しい屍の山が、この怪物を支えているのである。

 

“その為に、どれだけの物を犠牲にしてきた?

 その生に、どれだけの人を犠牲にするつもりだ?”

 

 その事を考えると雁夜の鞘を握る手に自然と力が篭った。

 名も知らぬ、顔も知れぬ彼等に自分を重ねる。

 まるで炉にくべられる木々の様に、屠殺(とさつ)される家畜の様に、この化け物に生き血を啜られ、この妖怪の足元に埋められているのは自分だった。

 

 そして、また一人、そこに加えられようとしている。

 それは、許される事では、無い。

 

「何者かに聖杯が奪われて、じき六十年。未だ聖杯の在り処は判らぬが、その煩悶に満ちた日々もようやく終わりを告げる。聖杯が何処に在ろうとも、令呪は再び我等御三家に宿るであろう」

「何故、そう言い切れる? 大戦の折に聖杯は奪われ行方不明なんだろう? 何かしら、操作や改竄を受けている可能性はあるんじゃあ無いのか? 俺が聖杯を奪った人間だとしたら、徒党を組んで聖杯の奪還に回りかねない御三家の人間は確実に弾く。準備期間は十分ある訳だしな」

 

 雁夜は問う。

 勿論、雁夜の手には令呪が宿っているのだから、彼は御三家への令呪の優先付与が今猶失われていない事は把握している。だが、臓硯がそれを確信している理由が分からない。

 

 そう、臓硯は確信している。

 次なる聖杯戦争と、その参加を。

 それこそが遠坂の次女を引き取り、雁夜を洗脳しようとした動機であり、間桐の血脈に拘る理由に違いない。要するに聖杯戦争に参加させる手駒が欲しいのだ。

 

 英霊との契約、令呪関連については間桐の秘術が使われている。恐らく臓硯以上に詳しい人間はこの世に存在するまい。何かしら確信するに足る情報を持っているのだろう。

 

“聖杯戦争が続き、間桐の血脈が続く限り参加出来ると確信しているならば、臓硯は俺が帰ったというだけでは桜ちゃんを決して解放すまい。

 用心深いこの男は、次回への保険として手元に置きたがるだろう。

 さて、どうするか――”

 

 雁夜の思惑を余所に、臓硯は笑みを浮かべて続けた。

 

「クク、それこそ不可能と云う物じゃ。聖杯は、ユスティーツァは、決して我等を運命から逃がしはすまいよ」

「つまり、確実に間桐に令呪は宿る、いや、確実に俺に令呪は宿る訳だ。それなら、俺が帰還した以上、遠坂桜は用済みだろう?」

「だから、解放しろ、と? 馬鹿を抜かすな。貴様が勝ち残れる保証が何処にある。あの小娘は更にその次の為の重要な素材。次なる間桐の術者を産み落とす大切な胎盤よ。クク、雁夜、貴様が戻ったのは本当に運が良い。貴様との子であれば、一層期待が持てると云う物よ。少なくとも、鶴野の子の様に魔術回路すら宿らぬという事はあるまい」

 

 臓硯の回答は凡そ雁夜の予想通りの物だった。

 ただ一点を除いて。

 臓硯はさも愉快そうに、にんまりと底意地の悪い笑みを浮かべ、

 

「クク、とは言え、貴様が聖杯を持ち帰る事が出来たなら、その時こそ本当に娘は用済み。解放してやらんでも無い。なんじゃ、雁夜――」

 

 雁夜も笑った。

 

耄碌(もうろく)したな、臓硯。

 以前のアンタなら、絶対に言わなかっただろうぜ”

 

「そりゃあ、良い。どの道、俺も聖杯戦争には参加するつもりだし、当然、勝つつもりだ。それで桜ちゃんが解放されるならそれで良いさ。ただし、条件として、桜ちゃんはその間、遠坂家で過ごし、彼女の修業は俺が行う。アンタには指一本触れさせない。当然、蟲蔵も無しだ」

 

 雁夜の言葉に、急激に室内の温度が下がる。

 臓硯の放つ殺気が膨れ上がっていた。

 

「通る、と思っているのか?」

 

 雁夜は笑って答える。

 

「ああ、通る。逼迫(ひっぱく)しているのはアンタの方だからな。ここで俺と揉めて、万が一俺と桜ちゃんを失えば間桐の血は絶える。未来永劫令呪が宿る事は無い。アンタが言ったんだぜ?

 兄貴の子供には魔術回路が宿らなかった、ってな。蟲に魔術回路を代替させるアンタの刻印蟲も、元がゼロじゃあ意味が無い。

 それともアンタが参戦するかい? 死ぬリスクを背負って」

 

 桜に間桐の魔術を叩き込むなら当然早い方が良い。可能な限り若い内、少なくとも第二次成長期を逃せば属性を定着させる事は難しくなる為である。

 しかし、雁夜はそれでも臓硯が要求を呑むに違いないと思っていた。

 

“臓硯はリスクを冒さない。

 ここで俺と小競り合いをしても益が無い事が解っているからだ。

 俺が聖杯戦争を勝ち抜けば問題は無いし、仮に負けて死んでも、遠坂との盟約に拠って合法的に桜ちゃんを引き取れる。

 臓硯としては消耗を承知で、俺と殺り合う理由が無い”

 

 その雁夜の予想を嘲るかの様に、臓硯はにやりと笑った。

 

「クク、顔色一つ変えぬか。よかろう、と云いたい所じゃが、少々遅かったのう。遠坂の娘が当家に来て何日目になるか、おぬし、知っておるのか?」

「な――、まさか――嘘だろう? だって、俺の時は――」

 

 臓硯の言葉の意味する所に、雁夜は言葉を失い戦慄する。

 自責と殺意、そして、絶望がゆっくりと彼の胸を満たしていく。

 その雁夜の表情に満足したのか、臓硯はにんまりと悍ましい笑みを浮かべた。

 

「カカ、間桐の血肉を持つおぬしと同じ様にはいかぬからのぅ。先ず、間桐の魔術に身体を馴染ませる必要があろう? とは言え、アレについては、おぬしも身を以て知っておるか。カカ、初めの三日はそりゃあもう散々な泣き喚きようだったがの、四日目からは声も出さなくなったわ。今日などは明け方から蟲蔵に――」

「黙れ。それ以上しゃべるな」

 

 鍔鳴りと共に剣閃が瞬き、一瞬で臓硯を十二の肉塊に変えた。

 雁夜は斬り殺した蟲蔵には目もくれず、蟲蔵へと走る。

 

“糞!! 俺は馬鹿だ!! 甘かった!!”

 

 盟約相手は同じ御三家の遠坂。

 早々無茶はしないだろうと高を括った自分に腹が立つ。

 勝手知ったる我が家である。十年振りとは云え、蟲蔵の場所は覚えていた。

 

 雁夜が廊下に消えて数秒後、ずるり、と蟲の這いずる音と共に、臓硯の声が応接室で木霊(こだま)する。

 

「カカッ、激昂(げっこう)しおって。その様では桜を人質に取られれば何も出来ぬと公言しておるに等しかろうに。まだまだ青いのう。カカッ、カカカカカカカ!!」

 

 高らかな、邪悪な嘲笑が続いた。

 




<次回予告>

雁夜おじさんは桜を救う事が出来るのか!?
成長したおじさんの能力とは!?

次回、怪物二人。

臓硯死すべし、慈悲は無い。

多分、明日投稿します。

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