鉄の従者は血豹を飼う 作:石黒 柚李
ーーーー 火星・アーブラウ領地クリュセ独立自治区。その郊外にあるクリュセ・ガード・セキリュティ……つまりCGSにひとつの依頼が舞い込んだ。内容は、クリュセ独立自治区代表ノーマン・バーンスタインの愛娘を地球へと無事に送り届けること。はっきり言って大きな仕事だ。要人を地球まで無事に送り届ける。単なる人身輸送と言えばそれまでだが、地球までの道のりはそう簡単なものではない。真っ暗闇の無重力の世界には、海賊やらなんやらがごまんと潜んでいる。そんな連中が、革命の乙女を手にすれば何がどうなるかなんて分かりきった事である。
要人を横から引っ捕らえれば、当然金になる。しかも女とならば使い道は幾らでも。この仕事の難易度は高く、しかし報酬はそれに見合ったもの。つまり、巨額の金。更に革命の乙女と呼ばれ民衆の注目を集める存在を無事に地球へ送ったとなれば、CGSの名は世界に知れ渡る事になるだろう。
「で、受けたんですか。クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛を?」
「ああそうだ。金になるし、何かあっても厄介な参番組に全部押し付けてこっちは知らんぷりできるからな」
「……良識ある大人がする事ではないですね」
「それを見逃すお前も悪人だろう」
「事の善し悪しなんて、私が考える事ではありませんので。主君が善だろうと悪だろうと私はただ仕えるだけです」
薄暗い部屋。お高そうな家具で統一された一室で裸の黒髪少女がシャツを羽織る。顔には何の感情も張り付いておらず、紅い瞳に輝きはない。顔立ちは可愛らしいものだが、無表情と病的な肌の白さが合わさって可愛いよりも不気味と言う印象の方が先に来る。そこに無造作に伸ばされた長い髪が合わさって、片目しか見えないのが不気味さに拍車をかける。
ベッドの上にはだらしない体型の大人が一人。部屋に充満する、汗や唾液、そして体液の臭い。誰もが二人は事後であると認める状況だ。
背丈が低く、まだ大人とは言えない少女相手に体を要求するのだからこの男はろくでなしか異常性欲者のどちらかだろう。しかしひとつの会社を経営しているのだから、侮ることは難しい。
そう。この男はCGS社長のマルバ・アーケイ。どんな奴だとしても、社長は社長だ。
「しかしまぁ、空から墜ちてきた隕石の中身が腕利きのメイドとはな。しかもわけわからんMS付きだ」
「あー、思い出したくないんでその話題は止めてください。それと隕石じゃなくて隕石を模した船らしいですよ、あれは」
この少女は、文字通り宇宙から降ってきた存在だ。ある日CGSの演習場に不時着をかまし、それはもう多いにこの会社を騒がせたものである。
「ところで、シトリーの修理は進んでるんですか?」
「まぁどうにかこうにかな。厄祭戦の時のシロモノだ。そう簡単に修理は出来ん」
「バルバトスをここの動力源にしているなら手早く済みそうなものですが……。まぁ良いです。衣食住とシトリーの面倒を見てくれるなら、私は貴方に仕えますよ」
ベッドの上のマルバと話をしつつ手早く着替えを済ませたメイド少女は、フリフリのリボンが付いたメイド服を来て部屋を去る。ちなみにこの服は雇い主の趣味だ。
背中の小さな膨らみさえ気にならなければ、今の彼女は可愛らしくも不気味なメイドさんである。
「しかし、女に『ジャック』ね。昔の人間のネーミングセンスは、訳分からんな……」
彼女の名前はジャック。ジャック・シュトリ。今はメイドをしているが、その正体は三百年以上も前に冷凍保存された過去の人間なのだとか。にわかには信じ難い話である。しかし実際に、ジャックは三百年以上前の存在だ。何故ならばその名と存在が、絵画としてこの時代に残っているからである。
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空調もなく明かりが弱い、しかも埃っぽい廊下をジャックは歩く。時刻は既に真夜中を越えており、もう朝だ。ふわぁと間抜けな欠伸をしながら目尻から涙を流す姿は可愛らしいが、やはり肌の病的な白さが不気味だ。動いていなければ呪いの人形のようだし、動いたら動いたらでホラー感が出てくる。
こんな彼女ではあるが、見た目通りメイドさんらしくCGSで働いている。もっとも、やることの殆どは社長の世話でそれ以外の事は大してやっていない。そんなんだから社長の愛人だとかオモチャだとか他の社員にあれこれろくでもない事を思われてしまうのだが。
埃や汚れの見える廊下を通りすぎて、彼女が足を運んだのはCGSでも特に人が立ち入らない場所。何もない山岳部、その頂点に立つ大きな建物の電力を全て賄っているものがこの部屋にある。
大きな鉄の扉を両手で開くと、広い空間が出迎えてくれた。中にあるのは床や壁を這うケーブル。そして、膝立ちになった悪魔の巨人。
それはバルバトスと呼ばれる、三百年前に産み出された兵器。しかし今ではCGSの電力を支えているだけの、巨大な発電機だ。
「……全く。バルバトスをこんな風に使うだなんて、宝の持ち腐れですよ」
広い空間を突っ切り、膝立ちに機体の足元まで近付くジャック。バルバトスの側は暖かく、眠るには心地よい場所かもしれない。現に一人の青年が、いや少年が、バルバトスの近くで眠りこけている。
「………オルガ、こんなところで寝てはいけませんよ」
眠りこけている彼を放っておく事がメイド魂に反したのだろう。バルバトスを一瞥したのち、彼女は少年の頭の側で膝をついた。筋肉質な浅黒い肌をゆさゆさと揺さぶるが、彼は起きない。スヤスヤと眠りこけていて、起きるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「おーい、参番組隊長のオルガ・イツカさーん。朝ですよー?」
ジャックが先程から呼んでいる通り、彼の名前はオルガ・イツカ。マルバが言っていた通りならば、この少年はクーデリア・藍那・バーンスタインを連れて地球まで行かなければならない。そしてマルバが厄介払いしておきたいらしい男だ。
キチンと格好を整えればそれなりの風貌になるであろうオルガをどのような理由で厄介と言っているかジャックは分からないが、事の善し悪しなど考えない従者には関係のない話でもある。
「オルガ、起きてくれますか? オルガー?」
三度も声かけするが、オルガは起きてくれない。何か悪夢でも見ているのか、多少呻いている。しかし夢の外からの声は何一つとして聞こえていないようで、瞼が開く気配はどこにもない。
「あれ、冷凍されたまま墜ちてきた人だ」
オルガを起こすことに苦心していると、出入り口の方から誰かの声が聞こえた。ジャックが振り返ると、そこには男子にしては背の低い三白目の少年が立っていた。体が小さく見えるのは、大きなジャケットを来ているせいだろう。
しかし、事実とは言え人の事を見るなり「冷凍されてた人」と呼ぶのは如何なものか。
「おはようございます三日月・オーガス。今朝も早いですね」
「トレーニングしてたし。ええっと……」
「ジャックです」
「ジャックも早いね」
「寝てませんから。ご主人様はまだまだお若いので」
「ふーん。ところで、オルガ見なかった?」
「そこに」
「またこんなところで……」
床で眠りこけるオルガを見て、三日月は溜め息をひとつ。中々起きてくれない頑固なオルガの肩を揺さぶるために手を伸ばす。まるで兄の面倒を見る弟のようだ。
見た目からは想像もできないような無骨で筋肉質な手が床で寝続ける寝坊助に触れる。三日月が「オルガ、オルガ」と声をかけながら肩を揺さぶると、さっきまで爆睡していたオルガがゆっくりと瞼を開く。
「おお、ミカ」
「おお、じゃないよ。またこんなところでサボって。見付かったらまた何されるか……」
「分かってるよ」
こんな短いやり取りでも、二人の仲がどのようなものかハッキリ感じられる。オルガと三日月、仲の良い彼等を端から見ているジャックはすうっと目を細めた。何か言いたいことでもあるのか、口を開いて声を出そうとしたその瞬間。
「おーーい、居たか三日月ー!」
この部屋、つまり動力室の出入り口からしゃがれた声が飛んできた。
「うん」
「どーした、おやっさん」
扉の前に立っているのはおやっさんと親しまれている、大きな体の爺さんだ。名前はナディ・雪之丞・カッサパ。彼はこのCGSが所有している
「どーした、じゃねえよ。マルバが呼んでるぞ」
「社長がぁ?」
「三番組に指名が入ってるんですよ。大きな仕事もセットです」
「おお、……ええっとあんたは」
「ジャックです。そろそろCGSの皆さんに名前を憶えて貰えていると思ったのですが、そうではないみたいですね」
「まーな。ってかここに来てから五日も経ってないだろ。その上でマルバの私室にベッタリじゃ、誰も憶えらんねーよ」
ろくでもない噂は流れてるがな。と最後に付け足して、オルガは動力室を出ていってしまう。去っていく青年の後ろ姿を目で追うジャックはその場から動かない。むしろ背を向けて、バルバトスと呼んでいた鉄の巨人に近付いていく。
その時三日月と目が合ったが、特に言葉も交わさず彼は去った。ジャックもまた、何を喋ることもない。
「…………またね、バルバトス」
誰も居なくなった動力室の中に、少女の独り言が静かに響く。配線で繋がれた機体を見る目は、やはり虚ろなものだった。
翌日。CGSにお客さんがやって来た。名前はクーデリア・藍那・バーンスタイン。三番組に仕事を依頼した上客だ。なので現在、彼女は社長のマルバとあれこれ言葉を交わしている。もっともその内容は、マルバがあれこれ心にも思ってない褒め言葉を並べているだけなのだが。
仕える主人の胡麻すりに興味がないのか、応接室兼社長室のソファの後ろに立っているジャックは壁際に立つ四人に目を向けている。紅い瞳がジーーっと見ているのはオルガの横顔。刺すような視線を受けている彼は、楽に直立しているものの居心地が悪そうだ。
「おいオルガ。あの子なんかお前のこと見てね……?」
並んだ四人の内、右から三番目。派手な金髪が目立つ少年が一番右の隊長に質問を投げる。さっきからメイド姿のジャックにばかり目が行っているのは、メイド服が珍しいからだろう。女の子に目がない可能性もあるが、そこまで馬鹿じゃない筈。
「気のせいだろユージン。いいから黙ってろ」
「いやいや、その前にひとつ聞かせろって。あの子社長の側近だろ? 何でお前に向けてあんな熱い視線を飛ばしてだよ??」
どうやら女に目がない馬鹿だったらしい。とは言え彼が疑問に思うのも無理はない。社長のメイドであるジャックが何ゆえにオルガを見詰めているのか全く分からないし、二人はそんな関係でもないだろう。しかし現に、ジャックの目線はオルガに釘付けだ。
「客人の前で静かにすることも出来んのか貴様らぁ!」
彼らがこそこそ話していると、壱番組隊長が声を上げて拳を振り上げる。このまま行けばユージンと呼ばれた少年は大人にぶん殴られるだろう。が、実際にそうはならなかった。何故ならば。
「客人の前で暴力はいけませんよ。ハ エ ダ さ 〜〜〜 ん ? ? ?」
振り上げられた拳を、ジャックが掴んで離さないからだ。体は小さく、見た目は少女。そんな彼女では大の大人の暴力なんて止められなそうには無いのだが、ハエダの首に飛び付いたことで何とか暴力は振るわずに済んだようだ。端から見れば大の大人に子供が甘えているようにしか見えない。ジャックが笑顔だったなら、まさしくその通りだっただろう。
「き、貴様っ! はな、はなせっ!」
「暴力振るわないって約束してくれるなら離しますよ。それともハエダさんは、社長に客人の前で恥をかかせるおつもりですか?」
「分かった、分かったから離せ!」
「えーほんとですかー? わたしー、暴力は反対ですよーー?」
「いだっ! いだだだっ!! 貴様自身が暴力振るってるじゃないかっ!!?」
ジャックの左手がハエダの右耳を思いっきり引っ張っている。あれでは背中の少女を振りほどくのは大変だろう。下手に力を込めれば自分の耳が頭から離れてしまうかもしれない。客人、そして参番組の前でぐるぐると左に回り続ける壱番組隊長。社長に恥をかかせているのは、むしろこのメイドの方だ。
「おいジャック、馬鹿な真似は止めて大人しくてろ!」
「はーい、しゃちょーっと」
顔は無表情、しかし声音は明るく。その元気な声は本当に彼女の口から発せられてるのかと疑いたくなるぐらい、違和感がバリバリだ。やはり彼女に足りないのは笑顔である。その冷たい面構えさえ何とかすれば、間違いなく美少女だと言うのに。
「……っぷ」
ソファの上のお嬢様が吹き出した。派手な金髪に、真っ赤な衣装が似合っている。首の黒いリボンも可愛らしい。くすくすと彼女が笑い始めたのは、ジャックの行動を見たからだ。お客様の前で社長に恥をかかせるメイドなど、どこの世界を見渡しても居ないだろう。
大事な客人に笑われたからか、マルバの顔が赤い。もう少しで雷が落ちそうだ。
「おや、笑いましたね」
ハエダの背中から飛び降りたメイドは、ちょっと体のバランスを崩しながらお客様の前まで歩く。両手に腰を当て上体だけを前に倒し、お嬢様の眼前に自分の顔を突き付ける。顔色の悪い無表情を間近で見るのは軽くホラーだ。怒っているように見えなくもない。
「へ、あ、いや、……すみません」
「謝らないでください。その為にふざけたんですし。それと、これからの旅路に笑顔は必要ですよクーデリア。地球までは遠いですから」
「は、はぁ」
「あ、私はジャックって名前です。ジャック・シュトリ。気軽にジャックか、シュトリって呼んでくださいね」
青白い手が差し出された。満面の笑顔がセットならば応じやすい握手だったのだろうが、ジャックの顔は相変わらずの無表情だ。間近で見るのは怖い。
「え、ええっと……クーデリア・藍那・バーンスタインです。よろしくお願いしますね、えっと…ジャック」
ホラーフェイスに若干引きつつ、それでもクーデリアは握手に応じる。同性同士と言うのもあるのだろうか、肌が触れあうと彼女は静かに笑った。
「はい。じゃあ適当に施設の見学でもどうですか? ここは男達ばかりでつまらないでしょう?」
「つまらないって事はありませんけど、それは良いですね。私ここの施設を見て回りたいと思ってたんです」
「じゃあちょうど良いですね。それじゃ三日月、あとはよろしくお願いします」
「へ? ジャックが案内してくれるのでは?」
「ここに来て一週間も経ってない新参者ですので。あと参番組の人にはこれからお世話になるんですし、仲良くしておいた方が良いかと」
「……な、なるほど」
ジャックが言うことには一理ある。しかしどうにもマイペースだ。メイドとして振る舞ったり、子供のように振る舞ったり、今ではクーデリアの友人のように振る舞っている。猫よりも自由気ままだ。しかしだからと言って施設案内を三日月一人に押し付けたのは如何なものか。人として。
「じゃあえっと、案内して貰えますか? ええっと」
「三日月・オーガス。……です」
「では三日月、案内しください。フミタン、後は任せます」
「はい。お嬢様」
そんなこんなで、クーデリアは三日月と共にこの部屋を去る。それを見送るジャックは、さっきの取っ組み合い(一方的な)でメイド服に付いた埃を手で払った。目線がオルガにだけ向いている。彼に何か言いたいのだろうか。それとも何か特別な気でもあるのか。何にせよ彼女の心の中は分からない。
応接室兼社長室。その中央付近辺りにあるデスクにジャックは腰掛けた。御行儀などあったものじゃない。机の上に飛び乗るメイドなど、もはやメイドではないだろう。
「社長、私は寝ますんで何かあったら呼んでください。シトリーの中にいます」
「ああ分かった。分かったからメイドらしく出来んのか」
「朝まで人の体を好き勝手して良く言いますね。疲れて眠くて気遣いなんて無理です。むーーりーー」
「分かった。分かったから寝ろ。後で呼ぶから、その頃までにメイドらしくしとけっ」
「話が早い殿方は素敵ですよ。じゃ、おやすみなさい」
眠いらしいジャックは部屋を後にする。さっきから若干ふらついてるのは、眠いのが原因だったらしい。
フワフワとした黒髪が歩く度に揺れる。顔の白ささえなけれ美少女だというのに、どうして彼女はこうも肌が真っ白なのか。
「……そろそろご主人様を鞍替えすべきですかねー。マルバは悪くないんですが、イケメンでは無いですし。でもなー、シトリーが直らないことにはなー」
ブツブツブツブツと何かを呟きながら、ジャックは歩く。薄暗い通路を幽霊か何かのように、ゆらゆら、ゆらゆらと。